第26話:アラサークエスト4

「……そう、ですね」


 雄太の言葉に、女はそっと目を逸らす。

 そのまましばらく続いた無言の空間に耐えきれず、雄太が何かを言おうとした、その矢先に女が、再び口を開く。


「……でも、やっぱり森には入らない方がいいと思います」

「なんでだ? あのドラゴンもどきがいるからか?」

「それもありますけど。さっきのテイルウェイの魔力にあてられて、中の生き物が凶暴になってます。貴方もそれなりに強いみたいですけど……四方八方から噛みつかれて生きていられるとも思えないですし」

「いや、まあそれは……」


 さっきのドラゴンもどきに噛みつかれたら、四方八方からでなくとも生きていられるとは思えない。


「けど、困ったな……俺、畑に植えるものを取りにきたんだけど」

「畑、ですか?」

「ああ。ちょっと色々あって開墾してるからさ。それ用に……ね」


 雄太がそう言うと、女は考え込むように口元に手をあてる。


「……そうですか」

「なんとかならないかな」

「少し待っていてください」


 女はそう言うと、森の奥へと消えていき……数瞬もたたないうちに戻ってくる。

 森の中を歩いているのに草を踏む足音一つたてない女は、そのまま雄太の前まで歩いてくると丸いものがゴロゴロとついた蔓を差し出してくる。


「これなら、比較的育てやすいと思います」

「ジャガイモ……か、これ?」

「よく分かりませんけど、芋なのは確かです。普通の芋とは、少し違いますけど」


 ジャガイモらしきものを受け取った雄太が「普通のジャガイモに見えるけど……」と呟くと、女は少し恥ずかしそうに頬を染める。


「世界樹の魔力の影響で、成長力が上がってます。含有魔力も上がってるので、たぶん滋養にはいい……かと思います」

「ふうん……うん、ありがとう。育ててみるよ」

「はい」


 頷いて身を翻そうとする女に、雄太は「待った」と声をかけ……その拍子に肩を掴んでしまう。


「えっ……」

「あっ」


 セクハラ、という単語が浮かんで雄太は慌てて女から手を離す。

 しかし女の方は呆然とした顔で掴まれた肩にそっと触れ……先程までとは少し違う表情を雄太へと向ける。


「……まだ何か?」

「俺は雄太。ユータ・ツキバヤシ。まだ君の名前、聞いてなかったと思ってさ」


 そう聞くと、少女は困ったように眉をひそめてしまう。


「え。俺何か変な事聞いた?」

「ありません」

「ん?」

「私に、名前はありません」


 そんな事を言う女に、雄太は「あー……」と呟く。

 ひょっとすると、と思っていたが……もしかしなくても想像は当たりのようだ。


「それってもしかして、君が世界樹の精霊だから……とか?」

「……その通りです。でも、どうして?」

「いや、だって。エルフのおとぎ話になるような昔の話を体験したみたいに語るし。テイルウェイは世界樹には精霊がいるみたいな事言ってたし。総合して考えると、物凄い年のエルフか世界樹の精霊のどっちかだろうなあって……」


 頬を掻きながら雄太が言えば、世界樹の精霊は目を丸くして……やがて、顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまう。


「言われてみれば……ええ、そうですね。その通りです。私がそうだと自白していたようなものです」

「はは……」


 コミュニケーションに慣れていないんだろうなあ……と雄太が微笑ましいものを見る顔で見ていると、世界樹の精霊はキッと雄太を睨みつける。


「私をバカだと思ってますね!?」

「え、まさか。会話慣れしてないんだなあと思っただけで」

「……それは、そうですけど。エルフ達はなんか試練がどうのこうのとか言って、たまにしか来ませんし。勝手に喋っていくだけで私の答えを待ちませんし。待ってたら待ってたで何か貰えるものと思ってますし。私を何だと思ってるんでしょうか」

「神様じゃないのか? そういう扱いだって聞いたけど」

「神じゃないです。私は精霊です」


 そんな事を言われても、雄太にはどう違うのかはイマイチ良く分からない。


「えっと……どう違うんだ?」

「精霊は知恵ある生き物の友です。崇められても困るんです」

「ふう、ん?」

「分かってない顔ですね」


 雄太がそっと視線を逸らすと、世界樹の精霊は溜息をつく。


「……別に構いません。エルフも分かってませんし。でも……折角ですから、説明して差し上げます」


 神とは、何かを司る存在だ。崇められる事で力を増し、権能と呼ばれる力を振るう絶対者。

 精霊とは、物や現象に宿る意思だ。意志ある魔力と言い換えてもよく、自分の起源に関わる力しか振るうことは出来ない。


「そして、精霊は自分の認めた生き物を友とします。そうすることで、自分の力を貸すわけですね」

「へえー、精霊魔法とかそういうやつか」

「あら、ご存じなんじゃないですか」

「ん? んん……いや、そういうものかなって」


 ゲームやマンガの知識とは言えない雄太は、咳払いなどしながら誤魔化す。

 要はサラマンダーとかノームとか、そういうアレなのだろうとか考えていたりもする。


「ええ、そういうものなんです」

「そうか……」


 雄太が頷き、無言が訪れて。なんだかソワソワとしている世界樹の精霊を見ていた雄太は、試しに片手をあげて「じゃ、そういうことで」と身を翻そうとしてみる。

 そしてその瞬間、世界樹の精霊に物凄い力で肩を掴まれてしまう。


「違うでしょう!? その反応は違うと思いますが!」

「いて、いててて! 意外と力強い!?」


 引き戻された雄太は痛む肩をさすりながら「いや、そうは言うけどさ……」と言う。


「エルフにそんな長年崇められてそうな相手に「友達になりませんか」とか、言っていいものなのか?」

「エルフに私の何が分かるっていうんですか」

「うわっ」


 エルフが恐らく聞きたくないであろう台詞ナンバー1を聞かされてしまった雄太は思わずそんな声を漏らしてしまうが、世界樹の精霊に睨まれて目を逸らす。


「貴方、テイルウェイの他にも邪神の匂いがしますけど。そんな人にこそ私の力が必要だと思うんです。ええ、そう思うでしょう?」

「あー……いや、うーん?」

「それに私が居れば森の中でも安全ですし、植物も貴方の友となるでしょう」

「それはありがたい、けど」


 そう漏らした瞬間、世界樹の精霊は雄太の手を自分の手で包み込む。


「そうでしょう? そうでしょうとも。私に触れられるような才能を持った貴方が、私を欲しがらないはずがないんです。さあ、私の友ユータ。私に名前をください。それが契約の証になります」


 まともだと思ったら「また」性格に問題がありそうだ。

「え、えーと……なら世界樹の精霊だからセージュで」と言ってしまった雄太は……権能には確かに問題はあるのかもしれないが性格は極めてマトモだったテイルウェイの事を、早くも懐かしく思っていた。

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