第27話:アラサーの帰還

フェルフェトゥの予測通り、拠点を旅立ってからきっかり3日後。

 雄太はじゃがいもと……もう1つ、木の苗のようなものを抱えて拠点へ戻ってきていた。

 その肩には、まるで子供の持つ人形か何かのような大きさまで縮んだ世界樹の精霊セージュ。

 魔力を無駄遣いしない為の形態らしいが、「省エネか……」とうっかり雄太がつぶやいたせいで「省エネモード」という名前になってしまっている。


「あそこが雄太の村……えーと、村……? なんですね」

「無理して村って言わなくていいよ。まだほとんど何もないしな」


 井戸、手作りの家、温泉、神樹エルウッド。それが今の村の全てだ。

 これから増やしていく予定だが、どこまで出来るか。

 そもそも邪神2に人間1。そこに精霊1が加わるとなって人間の比率が恐ろしく低い。


「ま、慌てても仕方ない。納期があるわけでもないし、ゆっくり……うげっ」

「ひっ」


 ふと視界に入ったものに気付き、雄太とセージュがそんな声をあげる。

 そこにあった光景は、一言で表せば異常。

 円状に広がる赤い地面と、その真ん中あたりに載せられた首。


「……あ、いや違うな。生首じゃない。よく見ると肩がちょっと出てる。埋まってるんだな」

「ほんとですね……でもこれ、普通の土じゃないですよ」


 言われて、雄太は恐る恐る靴の先で赤い地面を叩く。

 するとカンッという音が聞こえてきて……雄太はその正体を悟る。


「煉瓦だ、これ。なんでこんなもんが?」

「レンガ?」

「家とかに使う建材だよ。確か粘土とかを干すとか焼くとかで作るんだと思ったけど」


 その辺りはうろ覚えだが、うろ覚えすぎて挑戦すら出来なかったのだ。

 何より、粘土のようなものが手に入らなかったというのもある。


「でも、なんでこの子は煉瓦に埋まってるんだ?」


 パッと見たところ、16から18頃の少女に見える。

 地球でもあまり見ないような見事なツインテールの色は真っ赤で、白目をむいているのが残念なほどに美少女だ。

 一体前世でどんな罪を犯したらこんな美少女が台無しになるような罰を受けるのか雄太にはサッパリ分からない。

 まあ、やったのが誰であるかは想像がつくし……そうなるとこの少女の正体も想像がつくのだけれども。


「分かりませんけど……この女、邪神ですね。火の魔力を感じます」

「今度は火の邪神……しかもまた女の子か」


 ハーレム、という言葉が浮かんで雄太はすぐに自嘲するように首を横に振る。

 そういうのがもっとダメ人間になるくらい幸せなものだと信じるくらいの救いはあったっていい。 

 とにかく、何故この邪神が煉瓦に埋まっているのかは知らないが……哀れなので起こした方がいいだろう。


「おーい、大丈夫か?」


 火の邪神に戦利品を燃やされては困るので一応木の苗や荷物を遠ざけてから……雄太も少し離れた場所から声をかける。


「どうしてそんなに離れてるんですか?」

「火の邪神だろ? 火傷したくないし」

「なるほど。まあ、平気だとは思いますけど」


 その理由を聞き出す前に、白目をむいていた邪神の目に意志の光が戻る。


「……ハッ!? こ、このお! まだ終わってねえぞクソ共! こんなもん! こんなも……うがー!」


 煉瓦に埋まったままジタバタと首を動かす邪神の身体の表面から火が噴き出し、まるで邪神が自ら火刑になっているかのような異様な光景が目の前で展開される。

 だがそれも長くは続かず、火が消え邪神はぜえぜえと荒い息を吐く。


「くっそ。こんなもんでこのアタシが……ん?」


 まためんどくさそうな性格の邪神だと気付いた雄太はコソコソとその場から離れようとしていたが、邪神アイは逃さない。


「おいこらあ! その人間! 困ってる神様見て何とも思わねえのかオラア!」

「げっ、見つかった」

「聞こえてんぞコラ! こっち向け! ケツ向けてんじゃねえぞ!」


 聞こえてくる罵詈雑言に渋々と雄太が振り返れば、そこには見た目だけは美少女顔な生首……もとい煉瓦に埋まった邪神が睨んでいる姿がある。


「えーと……なんですかね」

「なんですかねじゃネーんだよ! この硬ぇのどうにかしろ!」

「ええー……」


 そんな事を言われても、どうにかしたらめんどくさい事になりそうな予感しかしない。


「まず状況が分からないんですけど。たぶん邪神ですよね? なんでそんな事に?」

「あ? なんでも何もねえよ。ちっと因縁ある奴に喧嘩売りに来たら罠に嵌められたんだよ。卑怯な話だろ? 嫌いじゃねえけど」

「あ、嫌いじゃないんですか」

「おう。罠ってのは戦いを有利に進める鍵だからな。どんどん使うべきだ」


 何やら満足そうな顔をしている邪神の性格がよく分からなくなってきたが、今までの傾向からするとそっち方面を司っている邪神なのかもしれないと雄太は思う。

 火の力を持つ邪神で、罠とかに寛容。喧嘩っ早い。これだけでは何とも言えないが……予想くらいはつけられる。


「もしかして何か戦い関連の神様だったり?」

「あー? まあ、間違ってはいねえけどよ。戦神なら別の奴だぜ。ありゃ一応善神だ」

「ん、そうなんですか」

「なんだよ、アタシに興味あるのか」


 何やら上機嫌になってきた邪神に「えーと、まあ」と雄太が曖昧に答えれば、セージュが雄太の肩で髪の毛を引っ張ってくる。


「そうかそうか! お前アレだろ? この拠点作った人間だろ! その精霊の匂いじゃ隠し切れないくらいにフェルフェトゥの匂いがガッツリついてんぞ」

「え」


 初耳だ。思わず雄太はそう言いかけてしまうが、ひょっとするとフェルフェトゥの祝福を受けた聖水の影響であるのかもしれない。


「お前にも用があったんだよ。なあオイ。あの陰険女なんざ捨ててアタシと」

「あっ」

「あ?」


 スタスタと歩いてくる陰険女に気付いて雄太は思わず声をあげるが、邪神少女は気づかない。

 その陰険女は陶器製のフルフェイス兜のようなものを持っていて、すっぽりと邪神少女へと被せてしまう。


「人の神官を誘惑するのはやめてくれるかしら」

「あっ、てめえフェルフェトゥ! よくもノコノコと……!」


 邪神少女はすぐに火を噴きだすが、陶器製の兜は特別製なのか目や口のあたりからチラチラと炎が見えるだけで外には出てこない。


「ベルフラットの特製よ? そう簡単には壊せないわ」

「ギギギ……!」


 悔しそうに歯ぎしりする邪神少女をそのままに、フェルフェトゥは雄太へと微笑みかける。


「おかえりなさい、ユータ。ところで、その肩のは何かしら?」

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