第25話:アラサークエスト3

「へえ……」


 雄太の言葉に、テイルウェイの顔には笑顔が戻っていく。


「なるほどなあ……そういう事を本気で言えちゃうのか。なるほど、なるほど」

「な、なんだよ」


 すっかり上機嫌になったテイルウェイは雄太の肩をバシバシと叩きながらハハハ、と笑う。


「うんうん、フェルフェトゥが大事に抱え込むくらいだから良い人間なんだろうなあとは思ってたけど。まさか僕相手にそういう事言うなんて、想像以上だね君は!」

「別に普通だと思うんだが……」

「まさか! 普通は僕がさっきみたいに言えば、大悪神だの呪神だの散々言うものだよ! それがウザくて引きこもってたんだけど……はは、長生きはしてみるものだなあ!」


 それに関しては雄太は何も言えない。実際、ヤバい神なのは間違いない。

 しかしまあ、人格的にはサド邪神やヤンデレ邪神よりはずっとマシそうではある。


「でもまあ、誤解はあるかな?」

「誤解?」

「ああ。ユータは僕を技術発展の神って言っただろ?」


 それに雄太が頷くと、テイルウェイは雄太へと顔を近づける。


「……技術に関して僕が司るのは純粋な発展じゃなくてね、破滅に至る発展なのさ。僕に頼りきりになる奴は、やがて周りを巻き込んで破滅するように出来ている」

「……それは」

「フェルフェトゥに聞いてみるといいよ。僕を崇めた人間と、その国がどうなったかね」


 そう言うと、テイルウェイはすっと雄太から離れる。


「君は良い人間だね、ユータ。でもね、警戒した方がいい。邪神だって色々だ。悪神に限りなく近い奴だっている……迂闊に近づかない方がいい」

「テイルウェイは違うだろ?」

「邪神なんてのは、その辺りの立ち位置がハッキリしないから邪神なのさ」


 テイルウェイは身を翻し、そのまま雄太から離れるように歩いていく。


「今回は楽しかったよ、ユータ。僕はこれ以上君に惹かれる前に離れる事にするけど、本当に気を付けた方がいい。どうにも邪神殺しだからね、君は」

「あ、おい。テイルウェイ……!」


 テイルウェイの姿は、ゆらりと光に溶けるように消えてしまう。

 光学迷彩、という言葉が雄太の中に浮かんだが、だからといってどうにか出来るわけでもない。

 追う事も出来ず、そのまま立ち尽くし……チラリと、暗い森の中を見る。


「まあ……仕方ないか。とりあえず俺は俺に出来る事をしないと」


 言いながらも、どうにも二の足を踏んでしまう。

 先程の巨大なドラゴンもどきを見てしまえば、シャベル一本でどうにかなるとは思えない。

 いや、ひょっとすると死ぬ気でやればいけるのかも分からないが。


「……とりあえず、入ってみるか」

「やめたほうがいいと思いますけど……」

「へ?」


 森に入ろうとした、その矢先。

 森の中の木の陰に隠れるようにして自分を見ていた女に気付き、雄太はそんな声をあげる。

 真ん中分けにした長い緑色の髪と、少し垂れ目気味の同系色の目。

 着ている服は白い貫頭衣にも似たような服。

 体格的には20代前後の女性といった感じだが、警戒するような雰囲気が漂ってきている。


「え、誰?」

「……誰だっていいじゃないですか」


 じっと雄太を見るその目は不審者を見る目そのもので、雄太は地味にダメージを受ける。

 いつだったか外回りで町を歩いていたら同じような目で見られた経験があるが、同じ種類の視線だ。

 怪しい訪問販売とか、個人情報を抜くのが目的の偽装アンケートとか、そういう類の奴を見る目だ。


「……な、なんだよその目。俺は別に怪しい奴じゃないぞ」

「あんな危ない邪神と楽しそうに談笑してた癖に怪しくないとか、片腹痛いと思いますけど」

「テイルウェイは……危ないかもしれないけど良い奴だぞ?」


 雄太が少しムッとしながらそう言うと、女はその警戒を更に強める。


「テイルウェイと知って仲良くするとか、信じられません。ゴヴェルの話を知らないんですか」

「ゴヴェル……?」

「遥か昔存在した人間の国です。テイルウェイを崇めて急速に発展し、ある日突然跡形もなく爆散し消え去ったそうです。エルフに伝わるおとぎ話ですが、私はそれが真実だと知っています。あの日遥か遠くから感じた、怖気の走るような呪いが撒き散らされる感覚。忘れるはずもないです」


 その真偽に関しては、雄太が判別する術はない。だが、女の嫌悪と震えを見る限りは恐らくは真実なのだろうとも思う。テイルウェイが去り際に言っていた話とも符合する。


「テイルウェイの権能の事は聞いてる。だからこんな人の来ない場所にいるんだろ?」

「あいつがその気になれば、この森にだってゴヴェルは出来ます。そうなれば……」

「ならないよ」


 女の言葉を遮り、雄太はそう断言する。


「テイルウェイにその気があるなら、俺を唆せばよかったんだ。わざわざ自分の権能を伝えて俺から離れる理由が無い」

「……それは、貴方を騙して」

「あれが騙しだっていうなら、下手すぎるだろ。そんな奴にゴヴェルとかいう町を再現できるはずがない」

「……なら、どうして」


 ゴヴェルを再現する気が無いなら、どうしてテイルウェイは貴方に近づいたのか。

 そう言いたげな女に、雄太は……俺の想像だけど、と前置きをする。


「寂しかったんじゃないかな。あいつ、話好きだったみたいだし。誰だって、一人は寂しいだろ?」

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