第21話:植えるものを探そう

「で、木は出来たわけだけど。次は畑かしら?」

「そうだな。といっても何を植えたものか……」


 雄太がそう呟くと、フェルフェトゥから「探してきたら?」という意見が出てくる。

 なるほど、確かにもっともな意見だ。

 無いなら探してくる。買ってくる選択肢がない以上、実に的確だ。

 たった一つの問題点を除けば……だ。


「……何処から?」

「何処って。此処を何処だと思ってるのよ」

「可能性に溢れてるっていえば全てが許される感じのする死の大地」

「怒るわよ」


 確かフェルフェトゥの言葉を借りれば「人類の夢見るフロンティア。黄金や宝石が眠っているかもしれないし、奇跡の金属があるかもしれない。未発見の動物だっているかも。そんな可能性が溢れた場所」だっただろうかと雄太は思い出す。


「そう言ってもさ。フェルフェトゥの力が無ければ水も出なかったし、ベルフラットの力が無ければ木も生えなかっただろ?」

「私は確かに水源を見つけたけど、掘ったのはユータでしょ?」

「そりゃそうかもだけどさ……」


 それでも、雄太一人では生きられなかっただろう。

 そもそも、フェルフェトゥ自身が言ったのだ。

 この場では何者も生きられないから寄り付かない、と。


「実際、草一本生えてないだろ。こんな場所じゃ芋だってあるかどうか」

「あのね、ユータ」


 肩をすくめると、フェルフェトゥは雄太へと諭すように囁く。


「この場所は何もしなければ確かに不毛よ? でも、ヴァルヘイムの全てがそうだとは言ってないわ」

「そうなのか?」

「そうよ。実際、ヴァルヘイムの入り口辺りでは頑張って開墾してる人間だっているもの」


 それは初耳だが、そっちへ向かえという事だろうかと雄太は考えて。


「だから、チャンスなのよ。此処から更に奥には、人類が未発見の植物だってあるはず……そうよね、ベルフラット?」

「……そうね。北の方角に土と草の匂いを、感じるわ」

「だそうよ?」


 そんな事を言われても、まさか自分にその遥か北を目指せとでも言うのだろうかと雄太は思う。


「いやいや。待ってくれよ。バイクも車もないんだぞ。そんな何処まで行けばいいのか分からない北まで歩けってのか?」

「やぁね。そんな絶望する程遠くはないわよ。たぶんだけど、往復で3日もあれば充分じゃないかしら」


 なんでもない事かのように言うフェルフェトゥに、雄太は本気だと悟る。


「うぐ……気軽にとんでもねえ行軍提案しやがって……まあ、フェルフェトゥがいるなら」

「何言ってるのよ。今回はユータ一人で行くのよ?」

「げえっ!?」

「気軽に行ってくるといいわ。でも休憩はしっかりとるのよ?」

「いやいやいや! ちょっと待て!」


 散歩に送り出すような気軽さで言うフェルフェトゥに、雄太は思わずフェルフェトゥの肩を掴んでしまう。


「俺が一人で!? 未知の怪物とかいたらどうすんだ!」

「戦えばいいじゃない。逃げてもいいけど」

「気軽に言うなあもう! 言っとくけど俺、拳を握った経験すらほとんど無いからな!?」


 武道どころか、スポーツの経験すら雄太にはほとんどない。

 そんな雄太がファンタジーな世界の怪物相手……いるのか分からないが、とにかくそんなものに会ったら勝てるはずもない。


「そもそも、そんなのこの近辺に住んでないわよ。居たとして、目的地周辺よ?」

「ドラゴンとかじゃないだろうな……!」


 ガクガクと肩を掴んで揺らす雄太に、フェルフェトゥは「うーん」と唸る。


「あたしが」

「もし、そんなのが居たら」


 何かを言おうとしたベルフラットの脇を抓って黙らせると、フェルフェトゥは悪戯っぽく笑う。


「……居たら、なんだよ」

「すぐに駆け付けてあげるわ? だからそんなに怖がらなくてもいいのよ、ユータ?」


 まるで子供をあやすように言うフェルフェトゥに、雄太の僅かな……ミジンコくらいの大きさのプライドが刺激される。

 そこまで言われて引けない。そんな感情が湧いて出てきたのだ。


「ぐ……く……や、やってやろうじゃねえか……!」

「その意気よ。流石ユータ、私の神官ね?」


 そう笑うと、フェルフェトゥは家の中からリュックを一つ持ってくる。


「じゃあ、はい」

「……なんだこれ?」


 思わずリュックを受け取ると、フェルフェトゥは「水と食料よ」と答えてくる。

 試しに開けてみると、そこには水の入った水筒と堅焼きのパンや干し芋らしきものが入っている。


「……いつから用意してたんだよ」

「さて、いつかしらね?」


 クスクスと笑うフェルフェトゥに、雄太は手の平で遊ばれている感を味わう。

 しかしまあ、今更引けるわけでもない。


「まあ、行くけどさ」

「そうね。男は有言実行が一番カッコいいわよ。はい、神器」

「これもなあ……もう少しカッコよければなあ……」


 筋トレマニアのシャベルを手にして、リュックを背負おうとして。


「あ、待って。これも必要でしょ?」


 そう言ってフェルフェトゥが差し出してきたのは、フードつきの分厚いマント。


「これって……」

「外歩き用のマントよ。寝具にもなるわ」


 お手製よ、と言うフェルフェトゥを見てベルフラットが悔しそうな顔をしているが、とりあえず雄太は見なかった事にする。


「あー……ん、ありがとう。そんじゃまあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。良い成果を期待してるわ?」

「……行ってらっしゃい、ユータ」


 意外にもアッサリと自分を見送るベルフラットに雄太は少しだけ疑問を覚えつつも、北へ向かって歩いていく。

 その姿が小さくなり始めた頃……ベルフラットはフェルフェトゥを見下ろして、ぽつりと呟く。


「……まさか、あいつを警戒してるの?」

「そうよ。幾ら鈍くてアホだって言っても、そろそろ気付く頃でしょ?」

「……まあ、そうね」

「そういうことよ」


 納得した様子のベルフラットに、フェルフェトゥは好戦的な笑みを浮かべてみせる。


「手伝って貰うわよ、ベルフラット」

「仕方、ないわね。ユータの為だもの」


 言いながら、二柱の邪神は何かの準備を始める。

 勿論、雄太がそんな事を知るはずもない。

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