第20話:木が生えるよ!
「さあ、さあ。目覚めなさい。世界から忘れられし子よ。さあ、さあ。お出でなさい。失われし姿を再び、このあたしが与えましょう。腐れし泥のベルフラットの名の下に、貴方を手招き引き寄せましょう」
踊る。軽やかで、けれど静かなステップを踏んでベルフラットが踊る。
その足が地面を叩く度に光が舞い、少しずつ蓄光するように地面が光り始める。
「さあ、さあ。貴方はもう其処に居るのでしょう? 迷う理由は何もない。何故なら、このあたしが許すのだから。さあ、さあ。この手をお取りなさい。あたしと一緒に踊りましょう!」
ベルフラットの言葉に応えるかのように、地面から何かがポコリと現れる。
それは土をどけて出てきた緑色の芽。
それはビデオの早回しのように双葉へと変わり、メキメキと音を立てて伸びていく。
地面の光を吸い取るかのように、ベルフラットの放つ光を纏うように。
あっという間に若木となって、そのままぐんぐんと枝葉を伸ばしていく。
「……凄い……」
それは間違いなく、神の御業だった。
凄まじく、神々しく……そして、美しい。
神事では神に踊りを捧げるものも多いと聞くが、光を放ち踊るベルフラットの姿は、まさに「美しい」の一言でしか表現できはしない。
「さあ、さあ。刻みましょう。貴方の証を此処に。命の輪を繋ぐ貴方の叫びを、今此処に!」
すっかり立派な成木となった木に、赤いリンゴのような実が生る。
そのうちの一つがベルフラットの手元へと落下し……それを、ベルフラットは危なげなくキャッチする。
「……いい子。そしてお帰り、なさい。今日から貴方も、家族よ」
その手の中にある実にベルフラットが口付けると、木が喜ぶかのようにザワザワと揺れる。
そう、今の僅かな間に……雄太の家の横に、立派な実をたくさんつける木が出来てしまったのだ。
自分の手元に落ちてきたその実を持ったまま、ベルフラットは雄太の元へと歩いてくる。
今までのちょっとアレな雰囲気とは違うベルフラットの姿に、雄太はぼーっとして……気が付いた時には、ベルフラットはその実を雄太へと差し出してきていた。
「はい、ユータ」
「へ?」
「あげるわ。あの子が付けた、最初の実よ」
「あ、いや。でもそれはベルフラットにもがっ」
口に押し付けられて、雄太の台詞は途中で止まる。
「ユータの、よ」
仕方なしに受け取ると、ベルフラットは花がほころぶような笑みを浮かべて。まるで本当に女神様であるかのような姿を見ながら、雄太は「ありがとう」と呟いてリンゴのような実を齧る。
シャクッと。リンゴのようで、しかしそこまでは硬くはない不思議な食感。
味はやはりリンゴのようだが、蜜が多いのか不思議と甘く食べやすい。
たとえばシャーベットなどは、これと食感が似ているだろうか?
食べていると、不思議と気力が充実してくるような気すらする。
「どう?」
「あ、ああ。凄く美味い。なんだか元気も出てくるような気がするし」
ベルフラットに雄太がそう答えると、フェルフェトゥが「そうでしょうね」と相槌を打つ。
「だってそれ、神樹エルウッドの実だもの。確か、遥か古代に生命の実とか呼ばれて霊薬エリクシアの……」
「ちょっと待った」
なんだか聞き流せない単語が幾つも聞こえた気がして、雄太は食べかけの実を持ったままフェルフェトゥへと向き直る。
「なんか神樹とかエリクサーとか聞こえた気がしたんだけど……」
「エリクサーってアレでしょ? エリクシアを目指して作った紛い物。仕方ないわよね、もう神樹エルウッドは一本も残ってないんだから」
更に聞き流せない事を聞かされて、雄太は思わず木を……神樹エルウッドを見上げる。
さわさわと風に揺れるそれは、普通の……いや、少し大きめのリンゴの木に見える。
いや、リンゴの木とは細部とかが色々違う気もするが……。
「え、じゃあ……何この木」
「何って。ベルフラットが呼び出す木なんて、『死んだ木』に決まってるでしょう? この場で生まれ直させたのよ」
「……えっと、それって」
「人間は無理よ? あれは別枠だからアンデッドの類になるわ」
そうじゃない。そうは思いつつも、なんて言っていいのか分からずに雄太はリンゴ……いや、生命の実を齧る。
食べる度に元気になっていくが、頭の中はもやもやで一杯だ。
「……えーと、さ。ほら。なんていうか……この場にあったらヤバい木なんじゃないの? それ」
「気に、いらなかった?」
「え!? いやいやいや! とんでもない! すっげー嬉しい!」
泣きそうなベルフラットに雄太が慌ててそう答えると、ベルフラットは嬉しそうに雄太に抱き着いてくる。
「よかった……あたし、頑張ったの」
「あ、ああ……」
物凄く複雑な気分の雄太だが、確かにこの実は美味い。美味いのだ。
「でも、いいものよソレは。栄養満点で、あらゆる病気や毒に効く。呪いだって解くわよ?」
「え、マジか。なら俺のぎっくり腰も」
「貴方のはスキルだから」
「マジかー……」
落胆しかけた雄太だが、この木と実が凄いのは変わらないと気を持ち直す。
そう、これは凄い。人間の町にバレたら色々ヤバい気がするのだが、それはもうバレないように頑張るしかない。
「とにかくありがとうな、ベルフラット」
「うん……、ねえユータ、あたしだけのものになろ? 一緒の泥に溶けましょ?」
「あ、いや……それはちょっと」
最後で全部台無しだ。
そんな事を考えながら、雄太はそっとベルフラットを引き剥がす。
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