第17話:世界の果てでもギックリ腰
異世界に行ったら、何を思うだろうか。
魔法チート、肉体チート、知識チート。いっぱいあると思う。
強い力を持って転生なんてのもいい。
綺麗な女の子達に囲まれて幸せいっぱいってのもいい。
夢がある。
「で、も……腰痛はないと思うんだよ。異世界ぎっくり腰とか……笑え……ぐおおおお」
笑うと腰にくる。雄太の腰は今まさにぎっくり腰である。
ぎっくり腰は人類の腰に与えられるバッドステータスとしては最悪の部類と言えるだろう。
まず、腰を少しでも動かすと激痛が走る。
曲げるとか、そういう次元じゃない。僅かな振動でも痛みが走るのだ。
故に、今雄太が僅かに笑っただけでもぎっくり腰は容赦なく雄太に激痛を与えてくる。
当然、寝たら起き上がる事なんて出来ない。
起き上がろうとすれば、ぎっくり腰は雄太の腰に耐えがたい苦痛を約束する。
ああ、ああ。何と酷い。
雄太が一体何をしたというのだろう。
酷いスキル、外れスキルは数あれど「ぎっくり腰」などという呪いに満ちたスキルを与えられたのは雄太くらいのものだろう。
「悲しいわ、悲しいわね。でもユータ、あたしは嬉しいわ。あたしの為にユータは腰を捧げてくれたのだもの」
雄太の横で手をそっと握っているのはベルフラットだ。
結果的に雄太が「腰の健康を捧げた」事により、ベルフラットは雄太の近くに居る権利を得てしまったのだ。
その為こうしてフェルフェトゥの神殿でもある家の中にいるわけだが……そのフェルフェトゥは、ベルフラットの反対側に座り溜息をついている。
「まったくもう。貴方の腰にそういう危険がある事は分かっていたでしょうに。もっと腰を大事になさいな」
「……酷い神ね、フェルフェトゥ。貴方に優しいユータは似合わないわ」
そうベルフラットが言えば、フェルフェトゥはベルフラットを睨む。
「甘やかすだけが神の在り方じゃないのよベルフラット。そうやって甘やかして溶かして自分の泥に埋め込もうってわけかしら?」
「それも素敵。ユータなら、きっとあたしに永遠に寄り添うヒトガタになれるわ」
「勘弁してくれ……」
考えようによってはハーレムなのだが、ちっとも嬉しくないと雄太は思う。
何しろ片方は恩人ではあるが自分をロリコンにしようと企むサド邪神。
もう片方はなんだかヤンでるネクロマンサー系邪神である。
もうちょっと、異世界転移っていうものは夢のあるものではなかったのだろうか。
「ていうか、俺動けないけど。確かぎっくり腰って三日は続くよな……」
以前は確かそのくらい回復までかかったはずだと雄太は思い返す。
あの時は酷かった。何をするにも地獄なのに、人は何かしなければ生活できないのだ。
「大丈夫よ。あたしが全部お世話してあげる。それで元気になったら、あたしと神殿作りましょ?」
「何言ってるの。此処に住むのは許したけど、そういう事をやっていいとは言ってないわよ」
「何よ……海の底みたいに冷たい神は黙ってるといいわ。あたしは雄太を甘やかすの。それで、あたしだけを好きになって貰うの」
ベルフラットとフェルフェトゥは睨み合い……やがて、ベルフラットの方が目を逸らす。
「……そんなに睨まなくてもいいじゃない。あたし、泣きそうだわ」
「泣くなら何処か遠いところでやってほしいものだわ。で、ユータ」
部屋の隅に行っていじけてしまったベルフラットを放置して、フェルフェトゥは雄太を見下ろす。
「貴方の腰だけど、たぶん明日までには治るわよ」
「そ、うなのか?」
「そうよ。貴方のそれは肉体の起こす現象じゃなくて、スキルによるバッドステータスだもの。私が癒しても治るとは思うけど……あまり良くないと思うのよね」
治せるなら治してほしい。そんな視線を雄太はフェルフェトゥへと向けるが、フェルフェトゥは肩をすくめてみせる。
「あのね。貴方のそれがスキルによるバッドステータスである以上、それを乗り越える必要があるのよ。此処で癒したら貴方、どんどんそのふざけたスキルに抵抗出来なくなっていくわよ?」
所謂、スキルに対する熟練というものだ。
普通のスキルは何度も使う事によってその効果をあげていくものだが、雄太のぎっくり腰は恐らくは本人が屈する事で効果を上げていくスキルであるだろうとフェルフェトゥは考えていた。
ということは、雄太自身がぎっくり腰に屈しない事で効果を弱め……あるいは別のスキルに変化させることも可能である、かもしれない。
かもしれない、というのはそもそも腰に作用するなんていうスキルが普通は存在しないからなのだが、それはさておき。
「……これ、どうにかなるのか?」
「なると信じるのよ。まずはそこから始まるわ」
なんだって、まずはやろうという意思から始まる。
それがなければ、どうにもならないのだ。
「でも、よかったわねユータ」
「何がだよ……」
急に悪い笑顔になったフェルフェトゥに、雄太は警戒しながらもそう返す。
「だって……貴方、トイレが必要な身体だったら、私かあの女に介助されてたかもしれないのよ?」
その言葉にベルフラットが振り返るが、幸いにも雄太は気づかない。
「ねえ、その場合はどっちが良かった?」
「……いや本当、勘弁してくれ」
ニヤニヤと笑うフェルフェトゥに、雄太は目を瞑る事に決めた。
流石に夢の中までは追ってこれないだろう。
そんな希望に、縋りながら。
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