第10話:邪神温泉よいとこ貴様は駄目だ(外部のお客様へ)
「あら、可愛い悲鳴ね。可愛くないくせに」
「ど、どどどどどど!」
「童貞だから仕方ないだろ、って? そんな事自慢するのはどうかと思うわ」
「違う!」
「でも童貞でしょ?」
「黙秘権を行使……じゃなくて!」
「どうして、って言いたいのかしら? 私の造った温泉に私が浸かって何の不都合があるのよ」
全く動じた様子のないフェルフェトゥを見ているうちに、雄太は自分の心が落ち着いてくるのを感じる。
そうだ。考えてみればフェルフェトゥは自分よりもずっと幼い少女の姿なのだ。
そんなものに動じる必要はない。
たとえフェルフェトゥが現実とは思えないレベルの美少女であろうとも、だ。
そうやって自分を洗脳して……いや、微妙に洗脳しきれていないが気を落ちつけると、雄太はキリッとした顔を作る。
「そ、うだな? いや、でも男女別に分けた方がいいと思うんだが……」
「そうね、そのうちね」
そう答えると、フェルフェトゥは雄太の側に寄ってきて額へと手を伸ばす。
「それより、眉間にしわ寄せちゃダメよ? そういうのはイイ男だけが似合うものよ」
「……俺はイイ男じゃないのかよ」
眉間のしわを指で伸ばしてくるフェルフェトゥに雄太がむすっとした顔で問いかければ、フェルフェトゥは悪戯っぽく笑う。
「あら、イイ男って思われたかったの?」
「そりゃ、俺だって男だし……」
「そう思えるのはいい事ね」
人生に余裕が出てきた証だ。生きるだけで精いっぱいであれば、そんなところまで気が向かないものだ。
フェルフェトゥは雄太の眉間から手を離すと、軽くデコピンをする。
「いてっ」
「でもまあ、まだ努力不足ね。貴方の中の泥を全て吐き出すくらいに、精一杯頑張りなさい。そうしたら、多少はイイ男になってるかもしれないわよ?」
「泥ってなんだよ」
「泥は泥よ。吐き出してみて、初めてそうだと分かるわ」
たとえば町の人間なんかは、その典型的な例だろう。
自分はこんなものだと諦めて、心の中に泥を溜め続けている。
誰かの決めた枠の中で動くのが幸せと自分を誤魔化すし、そこから外れるものを徹底的に排除する。
そうして、泥の中に引きずり込んでいくのだ。
異世界から召喚された雄太も、その典型的な……末期の例だった。
しかし今は、少しだけ違う。
「そういえば、さ」
フェルフェトゥのほうを見ないようにしながら、雄太は問いかける。
それは、最初から抱いていた疑問だ。
「なんで、俺を拾ったんだ?」
「あら、気になるの?」
「そりゃそうだろ。別に俺をイイ男だと思ったわけでもないし、俺じゃなきゃ出来ない事をやってるわけでもない。特別な才能なんて、俺には何一つないんだから」
特別なスキルがあるわけでもない。特別な技術や才能があるわけでもない。
ついでにいえば、若さもない。
そんな雄太を選ぶ理由が分からなかったのだ。
「あるわよ、才能」
「……え?」
「貴方には、私を見つける才能があるわ」
「どういう、意味だ?」
見つける才能。そんな事を言われても、こうして横を向けばフェルフェトゥは其処に居る。
そんな才能など無くても、フェルフェトゥは此処に居るのだ。
「お前は、此処にいるだろ」
「そうね。私が姿を見せれば、誰でも私を観測出来る」
でもね、とフェルフェトゥは言う。
「私は今、自分を神霊化しているわ。この状態の私は、普通の人間には観測できないの」
「神霊化?」
「そうよ。いつそうなったか分からなかったでしょ? 貴方にはいつも通りの私に見えているでしょうから」
「まあ……」
フェルフェトゥの手が伸びてきて、雄太の頬に触れる。
「神霊化していても、私からこうやって干渉は出来る。でも、逆は無理。ユータ、貴方はどうかしら?」
そう言うと、フェルフェトゥは「さあ」と雄太を促す。
「触れて御覧なさい? それが貴方に出来るかしら」
言われて、雄太は手を伸ばす。その細い肩に、恐る恐る手を伸ばし……がしっと掴む。
そこには確かにフェルフェトゥの感触があり……きめ細やかなその肌の触り心地に、思わずゾクリとして慌てて手を離そうとして。しかし、フェルフェトゥにその手を掴まれる。
「やはりだわ。貴方は神霊化した私に触れられるのね」
「こ、こんなのが何だっていうんだよ」
「こんなの、が出来る人間を私達は探しているのよ」
「私達、って」
「神よ」
そう、フェルフェトゥだけではない。全ての神は探している。
超越者であるが故に、人の世に祝福を授け自分に目を向けさせる。
自分の意思を伝え、広げる事で孤独を癒す為に自らの神官を探し続けているのだ。
「いや、でも神様同士なら神霊化? しても触れられるんだろ?」
「そうね。でも神と神が出会っても大抵はケンカよ。人間の造る神殿で合祀してないのを見れば分かるでしょ?」
見ていないから分からない。そもそも、雄太の居た日本では。
「俺の世界では、神様は合祀されてるのが結構普通だったからなあ……」
「おおらかなのね」
「どうかなあ……」
結構荒ぶる神様も居た気もするのだが、その辺りの記憶は曖昧だ。
「ともかく、そういう事よ。貴方は私が見つけた、私だけの神官よ」
「っていっても……俺にそんな神官なんて」
「出来るわよ」
フェルフェトゥはそう言うと、雄太の肩に自分の身体をこつんとぶつける。
「私が、私好みの神官に育ててあげる」
「えっと」
「言ったでしょ? 養ってあげる……って」
少女の姿に似合わぬ妖艶なフェルフェトゥの笑み。
その唇からは……「逃がさないわよ」と、そんな言葉が紡ぎ出された。
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