第9話:おいでよ邪神温泉(外部からのお客様は受け付けていません)
日が沈み、月が出てくる夜。
身体の痛みを感じながら、雄太は目を覚ました。
「い、いてて……」
アラサーにもなると、筋肉痛は遅れてやってくる。
恐らく本格的な筋肉痛は明日以降だろうが、とりあえず今のところは動ける程度のようだ。
こんな世界では湿布もないのだから自重したくはあるのだが……。
「おはよう、ユータ」
聞こえてきたそんな声に、雄太は「うおっ」と声をあげる。
「あら、酷い態度ね。貴方を藁の中に運んであげたのは誰だと思ってるのかしら」
言われて雄太は、自分が藁の中で寝ていた事に気付く。
そんな事をした記憶はないから、間違いなくフェルフェトゥのおかげに違いない。
「あ、えーと……ありがとう。それと、おはよう」
「ええ。貴方の切り出した石も運んではいるけど……まあ、とりあえずはコレね」
「え?」
フェルフェトゥに渡された布の塊を広げ、雄太はそれの正体を知る。
深い青色の染料で染められた、布のシャツ。
ズボンは黒く、こちらも布製だ。
どちらも頑丈そうだが、今着ているスーツと比べれば格段に動きやすそうだ。
三セット用意されたそれらは、着の身着のままだった雄太には嬉しい贈り物だ。
「服……?」
「ええ、そうよ。その動きにくいのだけが取り柄っぽい服も汚れてるしね。捨てちゃいなさい、そんなの」
「あ、ああ」
ならば何処かで着替えようと考えていると、フェルフェトゥから「あ、これもね」と何枚かの男性用下着を手渡される。
紐で固定するタイプの、トランクス型の下着だ。
「ぶっ……!?」
「必要でしょ?」
「いやお前、こんな……」
「何よ。ノーパン主義者なの?」
「違う!」
叫んだ後、完全にからかわれている事に気付いて雄太は額を抑え深い溜息をつく。
「とにかく、着替えるから……」
「何言ってるの。汚れた身体で着ても意味ないでしょう?」
「そっか。なら井戸で……」
「いいから。こっち来なさい」
手を掴まれ、雄太は引っ張られる。
「わ、ま、待ってくれ。今立つから」
「はいはい」
慌てて立ち上がった雄太は、再びフェルフェトゥに手を掴まれ歩いていく。
「何処に……って、なんだあれ。湯気……って」
「温泉よ。見たことないかしら?」
「いや、知ってるけど」
雄太だって日本人だ。温泉は大好きだ。
近頃は仕事が忙しくて精々スーパー銭湯の類で誤魔化す程度だったが、機会があれば箱根だの登別だののに行きたいと考えていたのだ。
それがまさかの、異世界で温泉。
「え、ええ……? いつの間にこんなもの」
「貴方が寝ている間に決まってるじゃない。今日の頑張りへのご褒美ってところかしらね?」
ほかほかと湯気をたてる湯と、微かな硫黄の香り。
間違いなく温泉だ。天然物の源泉かけ流しというやつだ。
いや、源泉かけ流しの基準がどうとか言われても分からないのだが。
「お、おお……」
疲れた体には温泉。日本人のDNA的なものを刺激する光景に、思わず雄太はフェルフェトゥの手を握る。
「あ、ありがとう! 初めてお前が神様だって信じる気になってきたよ!」
「失礼な信徒ね。でもまあ、今は許すわ」
「よし、早速……!」
言いかけて、雄太はフェルフェトゥへと振り向く。
「あ、じゃあ俺、入るから」
「どうぞ?」
「いや、どうぞじゃなくて」
「何よ」
わけがわからない、といった表情のフェルフェトゥに雄太は「いや……服、脱ぐからさ」と言う。
そのくらい分かってくれという心の叫びを込めての台詞だったが、フェルフェトゥから返ってきた言葉は雄太の理解を超えていた。
「脱げばいいじゃない。なによ、脱いだら恥ずかしい体なの?」
「そういう問題じゃないだろ……」
「そういう問題よ。神殿の彫刻なんか見てみなさいよ。全裸と半裸の群れじゃない」
そういえば確かに彫刻の類ではそういうのが多いが、あれは芸術だから別問題というか。
「それとも何か? 貴方の裸には神を魅了するものがあるっていうの? この自意識過剰男」
「うっ、いや。そうじゃないけど」
「じゃあ脱ぎなさいよ。散々もったいぶるのがどの程度のモノか見てあげるわ」
どういうプレイだ。叫びそうな雄太ではあったが、だからといって脱いだら負けな気もする。
何に負けるのかは不明なのだが。
だが、葛藤する雄太を見てフェルフェトゥはニコリと笑う。
「ああ……ひょっとして、疲れて脱ぐ力が残ってないのかしら? なら私が」
「さあ、風呂入るかー!」
フェルフェトゥの手が伸びる寸前でバックステップすると、雄太は慌てたように後ろを向き服を脱いで。
そのまま飛び込もうとして、その頭にスコンと音を立てて何かを投げられる。
「い、いってえ……って、桶?」
「汚れた体で湯に浸かろうとするんじゃないわよ。まずは身体をお湯で流しなさい」
「……仰る通りで」
温泉から桶でお湯を汲み、身体にかける。
ただそれだけの事で身体の疲れが僅かに取れたような気がして、雄太は思わず身体を震わせる。
もう一回、更に一回。浴びる度に身体から悪いものが抜けていく感覚に、雄太は元気が戻ってくるのを感じる。
「よし……!」
桶を地面に置き、雄太は湯船の中に足を踏み入れる。
ざぽん、と。身体を沈めた瞬間に襲ってくる解放感と多幸感。
はぁ、という喜びの息を吐いて雄太は温泉の縁に背中を預けて。
「いい湯だぁ……」
「そう? それなら造った甲斐があるってものだわ」
いつの間にか隣で浸かっていたフェルフェトゥに気付き、雄太は「ひゃあ」と悲鳴をあげた。
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