第3話:神器「筋トレマニアのシャベル」

掘る。掘る。ただひたすらに掘る。

地面にシャベルを突き刺して、雄太は地面を掘る。


「ペース遅いわよー。そんなんで水が出ると思ってるの?」


頭の上から響いてくるのは、フェルフェトゥの声。

あの邪神様も手伝ってくれればいいのに、そんな様子はない。


「そういえば、ひたすら穴掘って埋め戻す刑だか拷問だかがあったな……」

「非生産的ねー。もっと生産的なことに使い潰せばいいのに」

「俺に言われても知らんし。皮肉だし」

「センスないわー」


バッサリと切り捨てられて、雄太は黙々と穴を掘る作業に戻る。

もうどのくらい穴を掘っているか分からなくなってきた。

こんなに身体を動かしているのは久しぶりだが、不思議と身体は疲れていない。

まさか異世界に来たことで体力に変化が……と。

そう考え、しかし何かに気づいたかのように雄太は穴の上のフェルフェトゥを見上げる。


「あら、ようやく気づいたの?」

「……このシャベルの力なのか?」


そんな雄太の質問に、フェルフェトゥはニヤニヤと笑いながら頷く。


「そうよ? その筋トレマニアのシャベルは神器だもの。疲れても疲れたと思わせない効果があるわ」

「神器……そうか……ん?」


手の中のシャベルが尊いものに思えた雄太だったが、ふと聞き捨てならない言葉が混ざっていた気がして聞き返す。


「筋トレマニア……?」

「そうよ? 筋トレマニアのシャベル」

「え、カッコ悪い……」


エクスカリバーとかグングニルとは言わないが、まさかの筋トレマニアのシャベル。

あまりにも汗臭い名前だ。

しかしまあ、疲れないというなら凄い効果なのは間違いない。


「いや、まあ……疲労無効っていうのは凄い効果だよな……流石神器……」

「そんな事言ってないけど。疲れはしっかり溜まってるはずよ?」

「は?」


思わせない雄太は聞き返す。

現実として、疲れていないのだ。

それ以外に何があるというのか。


「流石神器よね。相手の言葉すら曲解するんだら」

「何言ってるんだ……?」


疑問符を浮かべる雄太に、フェルフェトゥは優しく笑う。


「なんでもないわ。頑張ってちょうだい、ユータ。ご褒美に美味しいご飯を用意しといてあげる」

「ははっ、そりゃやる気出るなあ」

「でしょ? 信者思いでいい神様ねえ、私」


ザクザクと穴を掘る雄太を見下ろしながら、フェルフェトゥは笑う。

ちなみに疲労を感じないといっても身体はしっかり疲労しているわけであって……具体的には、身体が動かなくなるまで本調子みたいに動けるという酷い効果であったりする。

それすら神器の効果によって気付けずに雄太は穴を掘る。

掘って、掘って、掘り続けて。


「おっ」


じんわりと染みだしてきた何かに、喜びの声をあげる。


「あら、水出てきたみたいね」

「ああ、見ろ! 凄いぞ!」


喜ぶ雄太の足元で、水は土を押し退けてコポコポと溢れ始める。


「それじゃ、仕上げするから出てきていいわよ」

「え? うわっ」


フェルフェトゥがついと指を動かすと雄太の身体は宙に浮き、穴の外へと投げ出される。


「えーと。井戸の壁を固定……水の成分は……問題ないけど少し弄って……」

「なあ、何やってるんだ?」

「貴方の頑張りに祝福を授けてるのよ。いいから大人しくしてなさい」

「あ、ああ」


シャベルを地面に突き刺し眺めている雄太の目の前で、水の湧く穴だったものが井戸へと進化していく。

石で作られた立派な外観と、水を汲み出す為の滑車が生まれでる。


「すげえ……チートだ……」


こんなことが出来るなら、最初から井戸作れたんじゃないか。

そう考えてしまう雄太の前で、フェルフェトゥはふうと息を吐く。


「どうかしら? 立派なものでしょ?」

「俺が掘る必要あったのか……?」

「あるわよ? 貴方は私に捧げる為に井戸を掘り、私はそれに応え井戸に立派な形を与えた。神の権能とはそういうものよ」

「……分からん」


首を傾げる雄太に、フェルフェトゥはクスクスと笑う。


「その辺りも説明してあげるわ? まあ、ユータがまだ動けるならだけど」

「何言ってるんだ? 俺は見ての通り」

「えいっ」


フェルフェトゥにつつかれた雄太は、ふにゃりと地面に倒れ伏す。


「な、なんだこれ? 身体が動かない……!?」

「で、シャベルを身体から引き離すと……」


シャベルが身体から離れたその瞬間。雄太の身体に突然正体不明のダルさが襲いかかる。

動けない。身体が痛くて頭が重い。というか、これは……。


「な、んで。急に、疲れ……」

「今日は頑張ったものね。ゆっくりお休みなさい、ユータ」


そう、筋トレマニアのシャベルは疲労しないアイテムではなく疲労を感じなくなるアイテムだ。

すでに限界を超えていた雄太の身体は筋トレマニアのシャベルを離した事によって疲労を感じるようになり……結果、動けなくなってしまったというわけだ。


「そ、んなこ、聞いてな……」

「教えたわよ? 貴方の頭が認識しなかっただ・け・よ」


ふふ、と笑いながらフェルフェトゥは雄太の頭をツンと突く。


「せっかく美味しいご飯用意してあげるはずだったのに、お預けかしら。残念ねえ」

「う、ぐ……食べ……」

「だぁめ。寝床用意してあげるから、寝なさい?」


悪戯っぽく笑うフェルフェトゥに、雄太は最後の力で悪態をつく。


「こ、の。邪神……」

「そう言ってるじゃない。それじゃお休みなさいユータ。良い夢を」


力尽きる雄太を何処かから取り出した藁の中に横たえると、フェルフェトゥはそれまでとは全く違う凄惨な笑みを浮かべて後ろへと振り向く。


「……で? ちょっと透明になったくらいで隠れてるつもりなのかしら」


 その言葉と同時に、ゆらりと空間が揺らぎ……黒ずくめの男が数人姿を現す。

 如何にも裏稼業ですと言わんばかりではあるが、服装には不思議と統一感があった。

 その内のリーダー格らしき男はフェルフェトゥを見つめ、静かに「……その男を渡してもらおう」と呟く。


「嫌よ。貴方達のご主人様が捨てたものを私がもらった。ならもう、ユータは私のものでしょう?」

「確かにその男に有用性は無い。しかし、その男には勇者に与えられるべき力を僅かでも簒奪している疑惑がある。故に……消さねばならない」

「呆れた」


 黒ずくめの男達の正体は、とっくにフェルフェトゥは承知している。雄太を召喚した国の特務部隊、あるいは暗殺部隊……影とも呼ばれる者達。政治の都合上、邪魔になった国一番の騎士を真正面から殺し闇に葬った事もある、事実上の「最強」達。すなわち最高戦力の一角と言い換えてもいい。そんなものを、たかが雄太を殺す為に送り込んできたのだ。

 雄太と一緒に召喚された勇者達ですら、もっと成長しなければアッサリと殺してみせるような者達を前に、フェルフェトゥはただひたすらに蔑みの視線を送る。


「どう見てもユータを生贄に勇者の力を強化してるでしょうに。馬鹿なの?」

「だとしても。邪神の拠点を造ろうとしている時点で捨て置けぬ。その男の抹殺は覆らない」


 言いながらも、男達の幾人かがフェルフェトゥの視界から消えている。会話で引き付け、その間に抹殺する。それは彼等にとっては当然の暗殺術……けれど、フェルフェトゥには通じない。


「がぼっ……」


 雄太を殺そうとした男達が、井戸から飛び出た水球に呑み込まれる。如何なる力によるものか、もがこうとも脱出できぬ水球の中で男達は手足をばたつかせ……その姿にリーダーの男が目を見開く。


「ちっ……! 水の権能か!」

「ずうっと見てたんでしょ? 馬鹿ね……こうなる事くらい想像がつかなかったのかしら」


 クスクスと嘲笑うフェルフェトゥに舌打ちすると、リーダーの男は素早く手信号で部下たちに合図を送る。俺が相手をする。そんな意味の合図を伝えると同時に男達は散開し……その瞬間、リーダー以外の全ての暗殺者達が闇に呑み込まれるようにして消えてしまう。


「なっ……!?」


 透明化の魔法を使ったのではない。文字通りに消えてしまった部下達に驚きながらも、リーダーはナイフを引き抜きフェルフェトゥへと斬りかかる。


「断罪の神より賜りし悪神殺しの刃……その命、貰った!」

「そう、よかったわね」


 フェルフェトゥの眼前で、リーダーの男は何かに吸い込まれるようにして消滅する。

 闇の中にある闇。まるで空間に空いた虚無。もし雄太が起きていたら……あるいは、それがブラックホールと呼ばれる類のものに酷似していると分かったかもしれない。だが、疲労で倒れている雄太がそれに気付くことは無い。すでにこの場から死体も何もかも消えているのだから、気付くはずもない。


「ふふ……馬鹿ね。そのまま帰れば、命だけは助かったかもしれないのに」


 言いながら、フェルフェトゥは雄太の隣に身体を横たえる。神である彼女は寝る必要は無いが……寝ることが出来ないというわけではない。


「貴方は誰にもあげないわ、ユータ」


 絶対に、逃がさない。そう呟いて、フェルフェトゥは静かに目を閉じた。

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