第2話:雄太、神器を手に入れる(嘘はついてない)

村を作る。神官になる。邪神。

 なんだか一気に言われてしまった結果、雄太の頭は処理が追いつかなくなった。

 もう若くないのだ。働き盛りではあるかもしれないが、決して10代20代の若者ほどに柔軟じゃないのだ。

 一気に新情報を詰め込むのは勘弁して欲しい。

 しかし、この新情報に対しどう反応して良いものかが雄太には分からない。

 邪神の神官になって村を作る。そこまでは分かった。

 目の前の少女の名前はフェルフェトゥ。それも分かった。

 ならば、聞くべきは。


「……なんで?」

「理由が必要?」

「あれだけディスっといて、俺を養うとか村を作れとか、意味が分からない」

「ディス? 変なスラング使わないでくれる、貴方の言動が私の評価に繋がるのよ」

「いや、だから」


 分かるように説明してくれ、と。そう言おうとした雄太の言葉を、フェルフェトゥの溜息が遮る。


「私にしてみれば30なんてガキもいいとこだけど、人間だと一応30代っておっさんでしょう? なのに一から十まで聞かなきゃ動けないからダメ人間なのよ、貴方」

「ぐうっ!?」


 いつか誰かに言われたような事を言われ、雄太は胸を押さえて後ずさる。

 確かにちょっと言われただけでパッと動ける人間はいる。

 いるが、そうでない人間がいたっていいはずだ。


「でもまあ、いいわ。分かったフリをされるよりは大分マシよ」


 そう言うと、フェルフェトゥはパチンと指を鳴らし……気が付けば、雄太とフェルフェトゥは何処かの荒野に移動してしまっていた。


「な、なんだ此処!? え、ワープ? ワープなのか!?」

「転移魔法よ。それより、周りをちゃんと見てくれるかしら」

「は? この荒野が一体……」


 そう、周囲は荒野。何処を見ても何も……いや、山はある。

 あるが、そのくらいだ。乾いた荒野には草一本生えておらず、「死の荒野」とかそういう名前が似合いそうだ。


「此処は、未踏地域ヴァルヘイム。人類の手が未だ及ばぬ、夢にあふれた土地よ」

「夢っていうか……死に満ちた土地ってほうがあいたあっ!?」


 脇を抓られた雄太が呻く横で、フェルフェトゥは人差し指を振る。


「未踏地域、よ。人類の夢見るフロンティア。黄金や宝石が眠っているかもしれないし、奇跡の金属があるかもしれない。未発見の動物だっているかも。そんな可能性が溢れた場所なのよ?」

「そ、そうなのか?」

「さあ? 夢見るのは自由だし?」


 それは「無い」と同義なのではないだろうか。

 そんな事を言うとまた抓られそうなので呑み込みつつ、雄太は周囲を見回す。


「で、此処に村作れって……なんか国の許可とかいるんじゃないのか?」

「要らないわよ。言ったでしょ? 此処は未踏地域。何処の国の手も及ばぬ地域よ。慣例として、そういう場所を最初に開拓した者に権利が与えられるのよ」

「……俺が王様ってこと?」


 異世界で王様。その響きに雄太は一気に顔を明るくする。現代知識チートは始める前に失敗したが、開拓チートというのも中々良い響きだ。此処に国を建てて王様になる。そうすれば、自分を捨てた連中や勇者達を見返すのだって夢ではない。文字通り一国一城の主……現代日本では叶うはずのない事でもある。


「よし……やる気出て来たぞ! 俺を笑った連中を全員見返してやる! 此処に俺の国を造るんだ!」

「そこまで大きく出来るならね?」


 そんなフェルフフェトゥの言葉に、夢見る雄太の思考が一瞬で冷静になる。

造るとは言ったが……そう上手くはいかないのだろう。

 開拓すれば王様だというのなら、夢見る若者がたくさん来ていてもいいはずだ。

 こんな土地が残っているはずは無い。


「何か穴っていうか……罠があるんじゃないか? こう、別の国に取られちゃうとか……」

「ないわ、そんなの。単純に自活できずに去っていくのよ。作物が育たないとか、水が出ないとかね?」

「致命的過ぎるだろ」


 そんなの、開拓以前の問題だ。

 水がなければ生活できないし、作物も育たない。

 確か砂漠で生きるサボテンだって、完全に水なしでは生きていけないのだ。

 人間が、水の出ない場所に暮らせるはずが無い。


「どうするんだよ、そんなの……って、まさか」

「そのまさかよ。私なら、水の出る場所が分かる。こう見えて私、水も権能の範疇なのよ?」

「おお!」

「というわけで、貴方に神器を授けるわ」


 神器。その言葉に、雄太の忘れていたアドベンチャーハートが蘇る。

 神器。神器。聖剣とか聖槍とか、そういう選ばれたものの道具。

 言ってみれば異世界チートの定番道具。きっと無限にアイテムが入ったりゲーム感覚でアイテムクラフト出来たりする素敵道具を夢見て、雄太の期待が最高潮に高まっていく。

 そうだ、国……村とか言われたかもしれないが、そんなものを作るのであれば当然既存の感覚を置いてきぼりにするような神器をくれるはず。

 そんな期待をする雄太の眼前で……無くしてた青春を取り戻すような輝きが、フェルフェトゥの手の中に現れる。


「さあ、受け取りなさいユータ。これが貴方の神器よ」

「は、ははーっ!」


 思わず跪いて、両手を上へと掲げる。

 一体何を貰えるのか。ワクワクしながら待つ雄太の手に、ずっしりとしたものが乗せられる。


「これ、は……」


 それは、暖かくも冷たくも無い不思議な金属で出来ていた。

 それは、刺すことも払うことも出来るだろう。

 戦うだけではなく、生み出す事にだって長けている。

 間違いなく人類の叡智であり、それ故に誰もが知るその形。


「……シャベル?」


 そう、金属の柄を持つ、大き目の穴掘り道具。

 自分の手の中にあるシャベルとフェルフェトゥを見比べ、雄太は疑問符を浮かべる。


「え? 神器は? 俺の異世界無双は?」

「何言ってるのよ。貴方、剣とか槍で井戸掘れるの?」

「いや、ほら。土魔法とかでドバーッと」

「貴方、魔法を勘違いしてるわね? いいから掘りなさい。魔法の講義も後でしてあげるから」


 フェルフェトゥは溜息をつきながら、スタスタと歩いていく。

 自然と雄太の視線もその後を追い……フェルフェトゥの足は、ピタリと止まる。


「うん、此処ね。掘りなさい、ユータ。なあに、簡単よ? ほんのちょっと本気で頑張ればたくさんの水が手に入るわ。それですぐに何かが変わるわけではないけれど、少なくとも渇いて死ぬことはなくなるわ」


 幸せね? と本気の顔で言うフェルフェトゥに……雄太はこっそりと「邪神……」と呟いた。

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