捨てられおっさんと邪神様の最果て開拓生活
天野ハザマ
第1話:捨てる神あれば拾う神あり。ただし邪神ですが。
「意外と激情家ねえ。まあ、嫌いじゃないわそういうの。いかにもダメ人間って感じがしてゾクゾクするわ」
荒野で自分を踏みつける少女を見上げることすらせず、月林雄太は己の人生を振り返っていた。
何故こうなったのか。
どうしてアリはそんなにも自分の人生に疑問を抱かないのか。
ああ、俺もアリになりたい。でもアリってリストラとかあったりすんのかな。
たぶんブラックだよなあ……アリだけに。
「聞いてるかしら? ユウタ・ツキバヤシ。無視してんじゃないわよダメ人間」
そう、今こんな場所で少女に踏みつけられている原因は……たぶん、3時間ほど前に遡る。
確かそう。こんな異世界でのケチの付き始めは、王のあの一言であったように思う。
「申し訳ないがツキバヤシ殿、お主は我々の求める人材ではないようだ」
「ですよねー」
月林雄太、32歳独身。いや、独身はどうでもいい。
職業、無職。リストラされたてほやほやである。
次の職を探さねばと溜息をつきながら歩いていたらどうやら、異世界召喚に巻き込まれてしまったようである。
「しかし、それにしてもこの能力は……」
魔法使いらしき男が覗いているのは、水晶に映る雄太の能力である。
「ぎっくり腰、それに不健康……こんなどうしようもな……失礼、呪われたスキルは初めて見ました」
「ぶふっ」
「ちょ、ちょっと大樹、笑ったら悪いよ」
今吹き出した少年とそれを諌める少女は、どうやら召喚された勇者様であるらしい高校生である。
名前は忘れてしまった。おっさんは仕事上の相手でもない限り相手を覚える記憶容量は無いのだから仕方ない。
まあ、とにかく。雄太は役にはたたないらしい。
玉座に座る王は咳払いをすると、雄太を笑顔で……あくまで表情は笑顔だ、雄太をリストラした人事の笑顔に似ているが……ともかく王は雄太にこう告げる。
「ツキバヤシ殿。今はお主を元の世界に帰す方法はない。些少ではあるが金も渡すし、自由も保障しよう。しばしこの世界を楽しんでほしい」
実質上の勇者パーティからのリストラ……いや、まだ入っていないから選考落ちといったところだろうか。しかし、文句を言ってもどうしようもない。
こういうのは提案口調であろうと決定済であり覆らないと、アラサーは知っている。
「……分かりました」
そう答え早々に城を追い出されたのが、つい2時間程前だっただろうか。
幸いにも袋にたっぷり詰まった金があるので、これでまずは宿をとるのがいいだろう。
異世界に召喚されて早々嫌なことたくさんであったが、雄太の心は希望に満ちている。
雄太の唯一の趣味とも言える読書。その中でも最近のお気に入りは現代人が異世界に行く話であった。
つまり、現代知識チート。異世界に現代のものを再現し大金を稼ぐサクセスストーリー。夢いっぱい金いっぱい。
これだけ初期資金があれば、ある程度のものは実現できるに違いない。つまり未来は薔薇色。
そんな未来を妄想して空を見上げたその瞬間。雄太の手から金袋が奪われた。
「え、なっ。は!?」
慌てて振り返った先には、逃げていく子供の姿。
スリ。いや、あんなのスリって言わない。強盗だ。
「だ、だれか! その子供を捕まえ……」
「たすけてー! 攫われる!」
「な、なにい!?」
馬鹿な。そんな理屈が通用してたまるか。社会正義はそこまで死んでない。
そう信じてたのは、顔面に拳を食らって吹き飛ぶまで。
ゴロゴロと転がる雄太に、いかにもイケメンな鎧男が詰め寄ってくる。
「子供を誘拐しようとするとは……見慣れない服だが、何処の国出身だ? 違法奴隷は重罪だと知ってのことだろうな?」
「ち、違……あの子供、スリ……」
「なに?」
疑問符を浮かべるイケメンに、近くの店主がおそるおそる声をかける。
「あー、騎士の旦那。その男、さっきのガキに財布盗られてたんですよ」
「な、それでは……」
「……まあ、見たとこ移民みたいですし、問題は無いでしょうが……」
「ふむ。まあ、なんだ。今後は誤解される行動は慎むように」
なんだそりゃ。怒りのあまり、雄太はよろよろと立ち上がる。
「……そりゃないだろ。せめて謝れよ」
「治安維持の為の適切な行動だ。それより貴様、身分証は持っているんだろうな?」
「……身分証?」
そんなもの知らない。貰っていない。いや、ひょっとするとさっきの金袋の中に。
「たぶんスられた」
「持っていないということか……不法入国だな」
「いや、ちょっと待ってくれ。城に確認して貰えれば分かる! 俺はぐはっ!」
殴られ地面に転がったのは、その直後。
「言うに事欠いて城に確認しろだと……? なんという不遜な男だ。兵士! この不届き者を追い出せ!」
「はっ!」
「待てって! 月林雄太について確認して貰えれば分かる! 話を……!」
「黙らせろ!」
殴られ、気絶させられて。気づけば王都を囲む壁の外。
というか、その更に先。何処か知らない草原に雄太は捨てられていた。
「……なんでこうなった」
「無能だからじゃないの?」
いつからそこにいたのか。雄太の視線の先には、一人の少女が居た。
深い青色のウェーブがかった長い髪。
同じく青い色の、悪戯っぽく細められた目。
手で隠してはいるが、口元は如何にもおかしくてたまらないと言いたげに歪められている。
その体に纏っているのは、ドレスにも似た服。何処かのお嬢様といった風体だが、近くに護衛や付き添いらしき姿は無い。
「……君に俺の何が分かるってんだ」
「分かるわよ。勇者召喚に巻き込まれる要領の悪さ。子供にお金をスられる隙の多さ。騎士への対応の拙さ。ついでにゴミみたいなスキルが二個もくっついてる。何それ、ステータス低下とか自分に状態異常付与のスキルとか、初めて見たんだけど。凄いわあ……ここまで生きてく才能ない男、初めてよ?」
何故。何故そこまで言われなければならないのか。
確かに、今までの人生はそこまで幸せでもなかったかもしれない。
それでも、真面目に生きてきたのだ。
こんな扱いを受けるいわれも無ければ、そこまで言われる覚えも無い。
「俺が……」
目の前の少女が悪いわけではない。
それでも雄太は、滾る怒りを抑えられない。
「俺が、一体何をした! こんな目に合うような何をしたってんだ!」
叫ぶ。自分の身の理不尽を嘆き、叫んで。謎の衝撃波に、思い切り吹っ飛ばされた。
……そして、今に至っている。
雄太を踏みつける少女は、時折捻りを入れながら雄太をグリグリと踏みつける。
「で、さっきの貴方の叫びだけど。何もしてないからでしょ? ううん、違うわね。何も無いからだわ」
「お、れは真面目に……」
「うんうん。そうね。でもね、真面目って世界で一番価値が無いのよ。無いよりマシだけど、あっても評価されないわ。テーブルに飾ってる花のほうが価値あるんじゃないかしら」
……それは、雄太も散々言われていた。
結果に繋がらなければ無意味。それでも真面目で誠実な事は武器だと必死で足掻いて……結果として今、こんなことになっている。
「分かる? 貴方のこの先は、堕ちていくだけよ。盗賊になったって、一日持つかどうか。あれだって、そういう才能がある連中がやってるんだもの」
つまるところ、雄太の未来は。
「行き倒れて骨になるか、モンスターに食われるか。盗賊に挑戦して殺されるってのもあるわね? 悲惨だわ……ああ、なんて可哀相!」
泣く振りをしてみせる少女に、雄太は投げやりな口調で「それで?」と問いかける。
「君は、そんな事言う為に俺を追いかけてきたのか」
「ん?」
「……城の中、町の中。俺の視界に入るか入らないかって位置にずっと居ただろ。お姫様かなんかなんだろ? 正直、悪趣味だと思う」
「……へえ」
だが、そんな雄太に少女は初めて感心したような言葉を投げかける。
「やっぱり、そうか。貴方、そっちの才能はあるのね?」
「は?」
「ひょっとするとそうじゃないかな、とは思ってたのよ。あんまり情けないから違うかもと思ったけど……ふふ、そうね。そんな才能があるんだったら、他の全てがマイナスなダメ人間でも仕方ないわよね?」
いきなり上機嫌になった少女の態度が意味不明で、雄太は逆に不安になる。
一体何なのか。その答えが出るその前に、少女は雄太に優しく手を差し伸べ引っ張り起こす。
「ねえ、ユータ・ツキバヤシ。貴方、私の神官になりなさい?」
「は?」
「私が、養ってあげる」
養ってあげる。今聞いた言葉が一瞬理解できず、雄太は頭が真っ白になる。
「養ってあげるから、私を信仰する村を作りなさい」
拒否権はないわ、と少女は言う。
そう、それが……少女と、雄太の出会い。
「私はフェルフェトゥ。暗い海のフェルフェトゥ。人間には邪神って呼ばれてるわ……よろしくね?」
捨てる神あれば、拾う神あり。
捨てられ、また捨てられ、物理的にも捨てられて。
ようやく現れた「拾う神」は……どうやら、邪神であったらしい。
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