第4話:異世界で初めての食事
肉の焼けるようないい匂いがして、ゆっくりと雄太は目を覚ました。
こういう場所で寝ていれば鳥の声でも聞こえてきそうなものだが、そんなものはない。
けれど思い返せば、元の世界でもそんなものを最後に聞いたのはいつだっただろうか?
いつだって目覚ましの不快な電子音とか、そういうものばかりであった気がする。
「ん……いい匂いがする」
「あら、起きたの。筋肉痛で動けないと思ってたけど」
鼻をヒクつかせる雄太の耳に届いたのは、そんな声だ。
雄太の起きたてでぼやっとした視界に映るのは熱した石の上でじゅうじゅうと焼けているベーコンと目玉焼きらしきものと。
平べったい石をまな板代わりに野菜を切っているフェルフェトゥの姿だった。
「……料理?」
「そうよ。わざわざ私が作ってあげてるんだから感謝して這い蹲ってもいいのよ?」
言いながらフェルフェトゥの手は忙しく動き、白い皿に何かの葉っぱらしき野菜とくし形切りにしたトマト……恐らくトマトだろう、そして焼いていたベーコンと目玉焼きを載せていく。
「はい、どうぞ?」
最後にカチャリとフォークを載せた皿を差し出され、雄太は戸惑いながらも受け取る。
「えっと……」
「遠慮せず食べていいわよ。お腹すいてるでしょう?」
言われて、雄太は自分の空腹を腹の音と共に自覚する。
考えてみれば、昨日召喚されてからロクに食事をとっていない。
「……いただきます」
「はい、おあがりなさい」
適当に地面に腰を下ろして、雄太はトマトを口に含む。
少し酸っぱくも甘い……そんな味が口の中に広がっていって、雄太はほうと息を吐く。
考えてみれば、いつも野菜はサプリかジュースばかりだった。
まともに生野菜など食べたのは、どのくらいぶりだっただろう?
続けて突き刺し口の中に運んだ葉野菜は、遠い昔に食べた事があるような……そう、ベビーリーフだ。
あんな感じの、ふんわりとした青臭さの無い味をしている。丁度トマトに支配された味をリセットするような、そんな柔らかな瑞々しさだ。
「野菜って、こんなに美味かったかな……」
言いながら、雄太はベーコンに手を伸ばす。
ベーコンエッグ。朝食としては基本だが、一人暮らしのサラリーマンではそんなものもロクに作らない。
カリッと焼いたベーコンは口に含めば確かな歯応えと、噛み締める度に広がるジューシーさを雄太の口の中に齎してくる。
そう、この味は調味料とかそういうのではなく、純粋に油の旨味と甘味だ。
噛む度に多幸感を感じるようなこの味は何か別のものと一緒に味わいたくなるが、ご飯もパンもない。
仕方ないと呑み込んで、もう一度葉野菜に手を伸ばす。
口の中に微妙に残った旨味を感じつつも、それが再びリセットされていく。こうなると、水を飲もうとすら思わない。
目玉焼きは、どう食べようか悩む。黄身を潰して白身に絡めてもいいが、零れた黄身を拭き取るのが野菜しかない以上は余さず味わう為に丸呑みするのもいい。
いっそのこと、口に纏めて放り込んでも贅沢感と幸せを味わえるだろう。
「……そうだ。黄身だけ最後に味わうか」
そうだ、それもいい。白身の淡白さを充分に堪能し、最後に残った黄身を味わうのだ。
その完成された濃厚さは、きっと幸せを齎してくれるはずだ。
カチャカチャと黄身と白身をフォークで分離させ、白身を味わっていく。
勿論、時折野菜を食べて味に飽きる事が無いようにする。
そうして最後に残った黄身はまるで、黄金のように輝いている。
その祝福を分け与えるべき白身はすでに消え、至高たる旨味だけがそこにあるのだ。
宝箱を独り占めにした海賊船長のような気分で、雄太は黄身をフォークでそっと掬い口へと運ぶ。
咀嚼するまでもなく口の中に広がる濃厚さは、幸せの味そのものだ。
甘い、ではない。しょっぱい? 違う。辛い? そんなはずがない。
とろりと口の中に広がる黄金を、そんな極論で表すことなどできない。
卵は卵味。そうとしか言えない幸せが口の中に広がっている。
これだ。これだから半熟卵という罠から抜け出せない。
「ああ、美味い……」
ほう、と息を吐く。呑み込んでも口の中に残る卵の旨味は水で流せば消えてしまう儚いものだが、その幸せをゆっくりと噛み締めて。
目の前で自分をじっと見ているフェルフェトゥに気付き、雄太は「あー、えっと……ごちそうさま」と慌てたように頭を下げる。
だが、それでもフェルフェトゥの視線は雄太から外れず……居心地が悪くなってきた頃に、フェルフェトゥは「ねえ」と声をかけてくる。
「な、なんだよ」
「貴方、食事する時にいっつも「ああ」なの?」
「は?」
「なんかこう、自分の世界に浸ってるっていうか……あの独り言ブツブツ言ってるやつ。ちょっと気持ち悪いわ?」
「ぐうっ!」
多幸感など何処かに吹っ飛んで、雄太は急激に顔を赤くする。
独り身なのだ。食事の時に会話する習慣など消えていたし、何よりも。
「い、いいじゃないか。美味かったんだよ……」
「そう? まあ、本当に美味しく食べてくれてるのはよく分かったけど。出来れば自分で完結してないで会話を楽しんでくれると助かるわ」
「わ、分かった」
思わず視線を逸らす雄太の前で、フェルフェトゥは実に優雅に食事を進めていくのだった。
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