ラソイト・オンライン

 一説によれば、睡眠とは脳にある情報を整理するための行動らしい。保険体育で聞いた。

 一説によれば、走馬灯とは人間が死を回避する手段を見つける行動らしい。鬼滅の刃で聞いた。

 もしかしたら俺の今見ている夢は、この二つの現象が合わさったものかもしれない。俺は後から思ったのだ。



 ◇◆◇◆◇



 大学生の頃の話だった気がする。

「なぁ只野」

「なんだ?」

 俺、只野翔太は友人の声を聞いて、テレビモニターから友人の顔面へ振り向いた。

「それ面白いか?」

「クッソつまんねぇ!」

 現在は深夜で俺んちの中。バイト帰りで何となく来たという友人の横で俺は、

「クソゲーッ!!」

 っと叫びながらコントローラを枕へぶん投げた。同時にドンドンお隣さんから抗議の壁ドンが来ておとなしくした。

 横で友人が、俺の本棚からワ―トリ9巻を取り出しながら言う。

「何でやってんだよ」

「月額料金払っちまったら、元取りたいだろ? あと1か月遊べちまうんだよ」

 俺が今やっているゲーム。【ラソイト・オンライン】というMMORPGはリアリティを売りにしているゲームだ。俺はそのゲームをやるために1か月利用期間チケットを購入している。

 リアリティ。とても良い響きだ。

 事実、このゲームほどの現実に近づいた物は無いだろう。グラフィックは一級品。そして何よりも物理演算のすばらしさだ。

 例えば、腕に物を当てたとしよう。通常のゲームでは、その物がめり込むか、めり込まないかの反応を示す。だが、【ラソイト・オンライン】は違う。腕が動くのだ。それも第二関節まででしか。

 いわゆるラグドール状態を部分的にアクティブに出来る技術力は世界的に注目された。しかもそれを何百、何千、いや何万ともいえるプレイヤーの操作を受け付けながら。それが【ラソイト・オンライン】は世界一リアリティが高いゲームであるといわれる理由だ。

 まぁ、クソゲ―なんだけどな。

 リアリティが高いと言われるけど、それがイコールでゲームの面白さにはならなかったのだ。

 まずコンテンツ。いわゆるハイファンタジー世界で冒険者として世界を旅するというコンセプトの元、様々な楽しみが用意されているらしい。

 だが旅できる世界は非常に狭く、マップの種類も森か平原しかなかったのだ。それも見える場所はだいたい行けないというオマケつき。どれほどあそこ行きたいと願っても、そこへたどり着けない。現在のMMORPGのフィールドは、オープンワールドであるのが基本だというのに。

 敵の種類も少ない。全部で9体しか居ない。蝙蝠っぽい羽が付いた熊と、ドラゴン(全8色)、終わり。サイズの違いとかあるけど、それよりもグラフィックに違いが欲しかった。

 またクエスト、いわゆるNPCの願い事を聞く系のシステムは自動生成で、だいたいお使い系。面白さを一切感じさせなかった。

 そして止めの、

「《火精霊よ、わが願いを聞き入れ敵を燃やし尽くせ!》」

 これである。

 このセリフは俺がコントローラに向けて叫んだものだ。こうしなければ魔法は使えない。

 テレビ画面上にいる俺が火矢ファイアーアローを飛ばして敵を倒す。エフェクトも音声もグラフィックも、倒れる敵モーションが全て美しいいリアリティが溢れていた。

 だが、恥ずかしいし、たまに音声認識を上手く認識してくれないのが辛い。友人から笑われるし。

 ゲームバランスも悪い。魔法以外の攻撃は基本雑魚だ。だが魔法も使うために糞長い詠唱コマンドをしなくてはならない。それが難しい。回避動作しながら、定義の文をしゃべるのめちゃくちゃ頭回らなくて辛いんだよ。

「――ステータス⋯⋯ってああー。また表示バグってる⋯⋯」

 バグもひどい。ステータス画面の文字が文字化けするのだ。しかもちょくちょく。逆に現実ではあり得る所はバグらないので、メニューやステータスは初心者プログラマが作っているのではないかとツイッターなどで言われていた。

 何回かステータスと言って、ステータス画面を出し入れすれば治る。しかし息が辛くなるのでfjkdlさ;hじゃskfhgか(苦痛のあまり日本語で表すのを諦めた)

 俺が音の無い叫びをあげながら必死にプレイしていると、友人が変な事を言い出した。

「なんか面白い事してよ」

「は?」

「そんだけ面白くないゲームなら、逆に面白い事してよってことだよ」

 何言ってんだコイツ?

 俺はそう思いながらも、面白い事を考えてみる。

「じゃあ糞みたいな詠唱があるからそれやるわ。⋯⋯《なんか火が出てくれお願いだ頼む、故郷に病気の妹がそこそこの威力で飛んでいる火を見たいって言っているんだ! 本当に頼む!!》」

 画面の俺が火矢ファイアーアローを打ち込んだ。

 友人は「キモいな」て言って笑った。

 俺も笑う。なんだこの詠唱って笑って笑って、翌日からこのゲームをやらなくなった。エンドコンテンツまでやってしまったのだ。バランスが糞でも内容が薄っぺらいので一日で終わってしまった。



 ◇◆◇◆◇



 意識が覚める瞬間、俺は叫んだ。

「――ステータス!」

 現実ではありえない、ウィンドウパネルが目の前に表示される。

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