キメゴン

 風が吹き荒れると地面の塩が舞う。この砂漠の塩は全てパサパサであり、埃のように飛んでしまうのだ。

 この砂漠の楽しみと言えば、その砂嵐⋯⋯いや塩嵐を見て楽しむくらい。トラックの中で俺はそれを定期的に見て楽しんでいた。絶対に外は出ない。一度トラックの外で観察してたら塩が目に入って死んだので。

 とは言っても、五日間見ていると流石に飽きる。昭子に日記を読んでもらっても、なんか飽きてくる。だって日記が面白くないんだもの。

 なので六日目では、昭子に手で出来る遊びを教えて楽しんでやろう。そう決めたのだが、

『いせーのイチ⋯⋯はい、私の勝ちです』

「昭子強すぎない⋯⋯?」

『翔ちゃんの指の動きを見てから反応できますので』

「ゲームの楽しみ方じゃないねそれ」

 正々堂々とマンチ行為をしてくるのだ、この無駄に高級介護アンドロイドは。

 ゲームという物は必死にやるものではない。いや、プロゲーマーみたいにやっている人は居るが、本質は楽しむもの。勝ちに行く行動は正当ではあるが、そんな常人では行えない認知は止めてほしい。

 そんなことを言ってみると昭子が反論した。

『確かに私は翔ちゃんでは出来ない芸当をして勝ちました。でも、かつ手法が分かっているのにワザと負けるなんて、ゲームとしてどうなんです?』

「それは⋯⋯あー見ないようにするとかさ。ほら、目をつぶっていっせーのってやるんだよ」

『音で分かりますし、音でなくても空気の動きから判別できます』

「⋯⋯目で認識するスピードを落として、指の初動が良く分からないようにするとか?」

『できませんねー。出来たとしても周りの風景を監視しながらなので、そんな危険な事はしたくないです』

 という感じで俺と昭子は話していた。



 ◇◆◇◆◇



 それは突然やってきた。

 ――地面が揺れる。

『翔ちゃん!』

 俺が周りを確認する前に昭子が俺を抱えてトラック外に出た。それと同時にトラックが持ち上がって――宙を舞った。

 塩の地面からそいつは現れる。

 それは、大きな二本のイノシシのような牙。

 それは、山のようにでこぼこ凹凸があり、岩のように硬そうな皮膚が貼られている。

 それは、強大な腕を、18本ある腕を、塩の地面に這わせて――回転する。

 暴風が起こって塩が舞う。塩嵐。ぐわあっと空気が裂ける音が断続的に鳴り響いた。

 俺は昭子にお米様だっこをされて遠ざかっていたので無事だ。だが、それ以外は悲惨なことになっていた。

 トラックは中央からまっふたつ。中に積み込んでいた食料や道具類が宙に舞って動いている。例えるなら、洗濯機の中で濯ぐられている衣類のように宙を舞っていた。

 地面から、塩嵐を巻き起こしたソイツが這い上がってくる。同時に塩嵐が収まる。舞い上がったもの――トラックや荷物、そしてドラゴンちゃんが地面にドサドサと墜落して突き刺さる。

 塩嵐というカーテンが開けたお陰か、ソイツの全体像が確認できた。

 いうなれば、ドラゴンのキメラだ。

 顔、羽、胴体と尻尾の色は一色ではない。赤、青、緑、黄、白、黒、紫、鋼、紅紫。計9色が混ざるように皮膚を張っている。きしょい。

 そして腕と足が密集して左右から生えていて、18本ずつある。その腕は一色の色で染まっていた。

 キメラなドラゴン。略してキメゴンの顔が此方を向く。目二つが此方を指す。

 目をよく見ると、光彩が一つではなかった。それぞれの目に9つの光彩が宿っており、それらは独立してぐりゅぐりゅとせわしなく動いている。きもい。

 キメゴンはそれから動かない。俺らをじっと見つめたまま動かない。

「なんだ、あいつ何してんだ?!」

『分かりませんが⋯⋯私たちのトラックを襲った時点で危険です。退避します!』

 俺の口から洩れた思考を昭子が返してくれた。その数秒後、

『あぶな――』

 視界が白に染まる。

 熱。それが俺のすぐそばを通りすぎていった。

 視界が元に戻った瞬間見えたのは、舞い上がる昭子の片腕。断面がパチパチとスパークして焦げている片腕だった。

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