太陽 or 月

『起きてください、翔ちゃん』

 昭子の声が聞こえて――まぶしっ!

 うっすらと開いた瞼に光が差し込んできたので、慌てて腕で覆い隠す。

 ママぁ、僕も少し寝ていたい。

『ダメですよ翔太ちゃん。あっさですよー』

 昭子の腕が俺の肩を優しく叩く。何回か叩かれていくうちに段々と脳が覚醒していく。それと同時になんでまたママとか発音しちゃってんだろと、後悔しながら起き上がる。

 ――太陽が真上に存在していた。

「おはよう昭子。夜はどのくらいあったの?」

『大体12時間ほどですね。それと同時に月が太陽に変わりましたよ』

「は? 月が太陽に変わった?」

『ええ、昭子ママは「やめてくれ」⋯⋯私は月が太陽に変わる瞬間を見ました。月が急に燃え上がりましたね』

 月が太陽に。太陽が月に変わるのか。

 すごいぞファンタジー世界。元の世界では考えつかない現象が当たり前のようにやってくるな。

『元の世界では太陽から地球まで約1億4960万キロですので、光が届くまでに8分かかります。光は毎分29万9792.458キロなので』

「⋯⋯それがどうしたんだ?」

『あの惑星が太陽に変わった瞬間、数秒ほどで明るくなりました。なのであの惑星はそう遠くないんです。5000キロほどですかね』

「あー実際の太陽よりも近いって事か」

『それどころか、元の世界の月よりも近い事になります。元の月の距離は38万4400キロほどですので』

 となると、あの太陽はめっちゃ近い所に存在してるってことか。

『流石に人工衛星よりは高い場所にあると考えられますが、非常に近い。仮にこの地が元の地球と同じ大きさと考えてしまうと、全土を光で満たすことは出来ないかもしれませんね』

「⋯⋯良く分からんなぁ。もう結論だけ言ってほしいや」

『この世界は箱庭のような密閉空間かもしれないってことです。仮にあの太陽がこの世界を照らす蛍光灯なら、そう考えられますよね?』

「箱庭って事は⋯⋯よくある小説なら管理者的な人物が居そうって感じだな」

『そうですね。もしそうなら、どうにかコンタクトをとってみたいものです』



 ◇◆◇◆◇



 とりま、俺たちは行動を始める。遠出する準備を始める。

 まず必要なのは荷台だ。その荷台を作るには斧などの道具が必要だ。そしてその道具を作るための紐などの道具が必要なのだ。

 紐は城に有った。有ったのだが触るとホロホロほどけてしまうので、新しく作る必要性がある。

 まぁ昭子が全部ひとりでやってくれたんだけどな。俺がこんな作業できるわけないじゃん。

 仮にやろうとしても『ケガすると危ないですよー』って止めちゃうし。

 つまり俺は暇だったので、湖で石切でもやっていた。

 食らえ俺のサイドカッター! ビシュビシュと石が水の上を跳ねて最後は水の底へ沈む。ドラゴンは知らないうちに湖から居なくなっていたので、思い存分に石を投げる事が出来た。

 石切を最後にやったのは小学生以来。最初は上手く飛ばなかった。二、三回ほどは飛ぶが、それ以上はとても出来なかった。

 投げ方の問題なのかもしれない。しかし、昭子にアドバイスを申し込もうとしたが、昭子は作業中。邪魔するのも忍びなかった。

 ゆえに独学。なんども角度を変えて微調整。その結果一つの結論に至る。

 ――石の形が良ければ意外と何とかなる。

 それに気が付いた俺は、石の加工に着手する。

 出来るだけ平べったく、丸い石に加工する。似たような石を見つけ、他の石とぶつけて加工する。

 最初はぶつけた瞬間、割れた。平らにしよう力を籠めると割れてしまう。加工するときに衝撃を与えると変な方向に割れてしまう。

 なので削る。岩に石を当てて擦って削る。これが安定の加工方法だった。

「うぉおおおおおおおおお!」

 俺は一心不乱に岩に石をコスコスコスコスコス――! 無我夢中になって擦っていた。

 この加工はとても良い。なにせ時間が一瞬にして無くなるからだ。



 ◇◆◇◆◇



 それから夜と朝が来る返されること三日目。

 朝になったので、俺たちは作業場に来た。来たのだが、目の前には以前見たことがある生物が屯っていた。

 背中に翼が生えている、蝙蝠熊だ。俺達には気づいておらず背中を向けて黄昏ている。

『翔ちゃん、ここに居てね。私があの熊を仕留めてくるから』

 いい加減、このアンドロイドの語尾口調が安定しないのかなと疑問を孕みながら、俺は頷く。

 俺の頷きを見た昭子は微笑み、『では』っと別れを言う。

 昭子は少し前に出て、右手を突き出し――詠唱コマンドを開始する。

『《なんか火が出てくれお願いだ頼む、故郷に病気の妹がそこそこの威力で飛んでいる火を見たいって言っているんだ! 本当に頼む!!》』

 魔法を実行するのに必要なアプリケーション 《魔法.exe》はナノマシン専用アプリではない。普通に高級介護アンドロイド昭子でも扱えたのだ。

 右手から火矢ファイアーアローが放たれる。俺が放つ火矢ファイアーアローと変わらない威力。詠唱が同じなら威力も同じらしい。⋯⋯そうなんだよ、アンドロイドでもその辺は変わらないんだよ。

 火矢ファイアーアローは熊に向かい、着弾。熊の背中が燃え上がる。

「――ぐぁっ!!」

 熊が燃えながら此方を向く。熊の表情は人間の俺には分からないが、雰囲気から怒りが感じ取れた。

 残念ながら熊の炎は一瞬で消え去る。魔法の炎は直ぐに消えてしまうのだ。キノコを焼く時、竈に火を付けても直ぐに火が消えてしまっていたので知っている。

 昭子は熊の方へ走った。熊は昭子の方へ走った。

 戦闘が始まる。

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