重い
熊をほぼ一方的にボコった高級介護アンドロイドの昭子。
俺はそいつに担がれて、俺が青キノコを食って不味すぎて吐いた場所まで戻ってきた。
ついさっきまで居たこの場所は、すこし様変わりしている。
具体的に言うと調理器具らしきものが辺りに並んでいた。まな板や石切包丁に縄文土器みたいな土鍋、更にはピザ窯ぽいものまである。その横には食材、キノコや柿っぽい果物とかが山積みだ。
しかし昭子はそこに向かわず、少し離れた場所に俺を座らせた。
昭子はその正面に立って俺の頬を両手で包む。高級アンドロイド特有の体温生成機能の温かさが感じられる。
だが、昭子の表情は温かくなかった。逆だ。眉が寄って厳しい表情を出力している。介護アンドロイドは介護対象を安心させるために基本やわらかい表情をしているんじゃなかったんだっけ?
『さて翔ちゃん⋯⋯なんで此処で待っててくれなかったの?』
暇だったからだよ、と答えようとしたが口が開かなかった。
いまだに体が動かないのだ。指一つどころか、瞼すら動かない。目が乾いていく感じが続いてツライ。
そんな微動だにしない俺を見た昭子は、何を思ったのか――いきなりビンタを放った。
――いてぇ!
痺れるような痛みに悶絶しそうになるも、やはり体が動かないので俺は微動だにしなかった。
昭子の顔面が俺の眼球前に迫る。目が皿のように開かれており、めちゃくちゃ怖い。その状態で次のように叫ばれたので鼓膜が死にそうになった。
『翔ちゃん! 正直に答えられない子に育てた覚えはありませんよ!!』
俺も育てられた覚えは無いよ。
というか介護対象に暴力振るうなよ。お前って介護アンドロイドだろ。たとえ俺が
『私は! 貴方がスケールの大きい、尊敬される人物になってほしいって思って! 翔太って名付けたのに!!』
なんで俺の名前の意味知ってんのコイツ! その通りだよ。翔って感じは羽ばたくって意味で『太は思いを太くって意味で名付けたのに!』ほんとに何で俺の名づけの意味知ってんだよ!!
ほんとマジでツッコみたい気分であふれていたが体が動かない。さらに瞬きが出来ないので目が乾く。
身体と精神、どちらもとても苦痛で辛かった。
『⋯⋯瞬きを先ほどからしていない?』
先ほどまでの叫びが嘘のように、昭子は静かに呟く。
よく気が付いたな。この状態、本当にどうすんだよって感じだよな。
最初は俺があの熊にビビッて動けなくなったのかなって思ったんだけど、これ絶対に他に要因あるよな? 異世界の中には魔法っていう現代科学ではよく説明できない謎の法則がある所もあるらしいし。
これ一生このままだったら、やだなぁ。
『失礼します』
硬い口調で昭子は、俺の服を脱がせて、体の具合を確かめていく。
体の曲がり具合、呼吸の確認。俺には良く分からない診断までやっていく。いや本当に分からねぇ⋯⋯腹に星マークを書くことにどんな意味があるって言うんだ?
その診断は優しく行われていた。ゆっくりと俺の体を傷つけないように丁寧に扱われていた。代わりに凄く、くすぐったかったが。
そして、昭子の右手が俺の首を掴んだ時、俺は瞬きをすることが出来た。
「うぇい?!」
久しぶりにする瞬きは凄く清々しい気分で迎えられた。潤いを感じる。眼球という直径3センチ大くらいの物が濡れただけなのに、体中が満たされていく。そんな気持ちになれた。
だから思わず変な声が出てしまっても仕方がないだろう。そうだよね?
体が動くようになっている。先ほどまでが嘘のように体が動く。動けるって言う行為が此処まで良い物だったとは、動ける時と動けない時を経て感じることが出来た。
『良かった⋯⋯良かったわ翔ちゃん!!』
「翔ちゃんはやめ――グぇ!」
首辺りをフミフミしていた昭子が俺の腹に抱き着いてきた。
重い! この高級介護アンドロイドは様々な機能を実装した結果、ハードウェアが糞重い(物理的)のだ。潰れてしまう。
『翔ちゃんの身に一生の不幸が付かなくて良かった! ありがとう! 帰ってきてくれて、ありがとう!』
ぎゅぅっと腹を腕で閉められる。痛い痛い痛い! 本気を出せば、彼女は熊を止める程の怪力を持っているが、俺の体が分断されていない。加減している。だが、それでも痛いので更に加減してほしい。その事を昭子に伝えたかったが、痛すぎて声じゃなくて悲鳴が出た。ぎぇー!
『あ、でも何で翔ちゃんは此処に居なかったの?』
そして急に冷静に、低音な声で昭子は俺に聞いた。目を細め、眉が寄っている険しい表情で聞いた。
情緒不安定だな、この高級介護アンドロイド。切り替えが早すぎる。もう少し安定しろよ。
俺はその問いに「暇だったから」と答えたら、またビンタを食らった。
いてぇ。
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