殴る

 俺はいまだに動けずに、昭子と熊が目の前で対峙している。

 振りかぶった腕を止められた熊がした行動は追撃であった。

 もう片方の腕を横かぶりに昭子へ振るう。その高速で動く腕を昭子は何ともなく止める。片手で止めてしまう。

 両腕を掴まれた熊は身動きを取ることができない。腕を引こうとするもその腕が昭子に掴まれており、引くことができない。抵抗しても何ともならない。

 体格が倍以上ある相手に、先ほど咆哮程度で動くことができなくなった生物(俺のこと)と似たような生命体であるのにと、熊は驚きを隠せないのか、抵抗の動きが止まる。

 それがチャンスとばかりに、昭子は熊の腹に蹴りを入れる。

 驚いていた隙を突かれたその蹴りは、熊が身をひねらせて回避する余裕を与えずに、腹に突き刺さる。グワんっと熊は悲鳴をあげ、倒れこもうとするが、腕を掴まれているため倒れこめなかった。

 もう一発、もう一発、もう一発。

 どすどすと次々に突き刺さる蹴りによって、熊は口から悲鳴と、液体をまき散らす。

 俺はその光景を唖然として見守るしかなかった。

 ……昭子、強くね?

 いや、護衛用アンドロイドとしても優秀なアンドロイドであることは知っているんだよ。そうだとしても、熊相手にここまで一方的に蹴れるなんて高性能すぎる気がするわ。

 昭子が更にもう一発、蹴りを入れようとしたとき、現状に変化が起きる。

 熊が咆哮をあげて身を捻らす。それは凄まじい捻りであり、熊の両腕を持っていた昭子の体が持ち上がるほどであった。

 熊が地に立ち、自身が空中に居る状況で、両腕を掴んだままにするのは危険と判断した昭子は手を放す。

 しかし、それはマシな未来を選んだだけで、熊に取っての有利が無くなったわけではない。

 空中から地に降り立とうとする昭子に、熊の身が迫る。昭子には空中上で回避する装置や技能は持ち合わせていない。そこがチャンスだと踏んだ熊がタックルを仕掛けたのだ。

 そしてそのチャンスは見事に実現する。熊の巨体が昭子に突き刺さった。だが昭子はそれを踏まえて行動をしていた。

 昭子は熊のタックルによって、吹き飛ばされなかった。熊の体にまとわりついていた。

 熊の首周りに両腕をしめる昭子を振り下ろそうと、熊は転がる。それを読んでいた彼女は離れる。そして転がりが終わった熊にまた纏わりついた。

 昭子が纏わりつく。熊が暴れる。昭子は一時的に離れ、また纏わりつく。その繰り返し。熊の身がどんどん土で汚れていき、息が荒くなって疲れを表し始めた。

 ――だからこそ、体格的に本来ではありえない行動が決まってしまう。

 身を転がす熊の動きが少し止まる。疲労から来たその停止は、昭子には十分すぎる隙だ。

 昭子はその転がって伏せている熊の腹を掴む。その腹を彼女の股の下に遠し――腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためを決める。

 それは本来、物理的に身体的にありえない技であった。彼女の足はモデル体型でデザインされており長いが、熊の体を抑え込めるほどのに長くはない。

 しかし、熊の疲労がそのありえない、を可能としてしまったのだ。

 間接にかかる痛みによって、熊は悲鳴を上げる。解放しろとバシバシと腕を動かすが、彼女を痛めるほどの威力はなかった。

 その光景が数分続く。バギリという音が響く。もしかしたら骨を折ったのだろうか。

 熊の悲鳴がひどくなる。耳をふさぎたくなるほどの異常な響きな悲鳴。だが、俺の体は何故かまだ動かないので見ているしか出来ない。

 何故か、昭子が熊から身を引いた。

 身を解放された熊は、蹲りながら腕を抑えて、口からグワアと悲鳴を上げている。

 襲われた立場であるが、なんだか熊がかわいそうに感じてきた。

『さぁ翔ちゃん。逃げますよ』

 いや逃げんのかよ。このまま倒せそうな気がするんだが。

 昭子が俺の体を担ぐ。お姫様抱っこの形だ。こんな状況であるが恥ずかしく感じた俺だが、やはり身は動かないので、そのまま担がれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る