暇つぶし

『分かります翔ちゃん? 好き嫌いはするものじゃありません。栄養素は幅広くとらなくては良い体は作ることが出来ません』

「いや、知識としては知ってるけど、このキノコは食えたものじゃないって⋯⋯」

 その後、青キノコの苦さを一生懸命、高級アンドロイド昭子に語るが分かってもらえない。

 好き嫌いするな、栄養素、大きくなれないの言葉を返されて、俺の訴えを理解してもらえなかった。

 それからどれほど立ったのだろうか。ついに昭子が根をあげた。

『分かりました! 分かりましたよ翔ちゃんの訴え!! ならこの青キノコを美味しく食べられるようにすれば良いのでちゅね!!』

「いや最後、赤ちゃん言葉にする必要性ある?」

 昭子は怒り心頭にドスドスと足音を立てながら、山を下って行った。

 つまり俺はぽつんと一人残された。

「⋯⋯いや、どうすんだよ俺」

 一応、俺には目標はある。現代日本に帰ることだ。

 しかし、それはまず此処で生活できる基盤が出来ていること前提の話であり、その行動は殆ど昭子に任せてしまっている。

 ゆえにやる事がない。暇だ。

 現代日本であればスマホでも触ってツイッターやらしていただろう。でもそんな物は無い。インターネットも繋がらない。繋がれよ。インターネット認証したいんだよ。

 とりあえず周りの景色を楽しむことにした。

 まずは森。もともと俺たちが居た場所だろう。木々が生い茂る森であるが現代日本では考えられないクソ大きな花がばらばらに咲いていた。ひまわりっぽい花であるが、直径が東京ドーム位ありそうだ。

 海。もともとの森とは逆側には海が広がっていた。地平線らしきものが見える。それ以外は何もない。水だけが、そこにあった。

 その、森と海の境界線。

 片側は山がどこまでも並んでいる。山の終わりはどこかにあるだろうが、見えない。一体どこまで続いているのだろうかこの山脈は。

 もう片側は平地だ。緑一色、たまに木々がぽつぽつと立っている。

 ――そして、その平地の一つに城が建っていた。

 その城は灰色一色。大きい一つの三角屋根の円柱建物を中心に、様々な石材建物が横付けされている。そう感じる形をした城であった。

 ⋯⋯うん、何も変わり映えの無い景色だ。つまらないほどに変化がまるでない。

 その後、数分時間がたっても環境は何も変わらない。

 辛くなってきた。何も変化しない環境で待つことがこれほど苦痛だったとは、思いもしなかったぜ。

 足元にあった石ころを山の斜面に転がしてみる。

 コロコロ転がり、加速的に早くなり、最後に岩に当たって弾けて何処かへ飛んでいく。

 石の数を増やして転がしてみる。石どうしがぶつかり合い、あらぬ方向へ飛んでいく。最後は見えなくなるか、岩に当たって弾ける。

 くだらない暇つぶしのつもりだったが何だか楽しくなってきた。娯楽がなさ過ぎて脳が麻痺し始めたのかもしれない。

 石とかじゃなくて、もっと大きな、それも岩なんか転がしてみたら楽しいのではないだろうかと考える。

 俺が座っていた岩を確かめてみる。

 しっかりと地面に埋まっている様に見えるが、実はそうでもなさそう。少しは埋まっているが強い力があれば動かせそうであった。

 まぁ俺の力では無理そうなので、ここは物理さんの出番だ。てこの原理で動かそう。

 そう思い、木の枝でも探そうとするが、この辺に木なんて生えていない。ゆえに木の枝なんて一ナノミクロンも存在していなさそうであった。

 仕方がないので、木があるところまで降りることにする。昭子から此処で待ってろとか言われたけど暇なので仕方がない。そう仕方がないのだ。

 そう考えて、実際に下ろうと立ち上がる。そして足を進めるが――足が痛すぎて途中で悶えた。

 足に響く激痛は、まるで電撃のように体中に走り去っていく。「ぎゃぁ!」っと口から悲鳴が漏れ出て足を両腕で抑えて、その場で悶え苦しんでしまう。

 わ、忘れていた。俺の足には簡易的な草鞋しか履いていない事を忘れていた。

 此処は岩ばかりの場所。木や草で簡易的に作った草鞋の隙間に岩が刺さって痛かった。

 ⋯⋯だけどこのまま此処にいるのか?

 否だ。断じて否だ。俺は暇なんだ。昭子を待っている気は起きなかった。

 ゆえに、どれだけ足が痛かったとしても、歩く、歩いてやる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 声を張り上げ、両頬を叩く。頬に痺れるような痛みを感じ、意識を切り替えるように頭に念じる。

 俺は足を踏み出す。

 いてぇ! けど歩く!! そのまま歩く!!

 俺は痛みに耐えながら、足を進めた。

 


 ◇◆◇◆◇



 そして足を進めた結果がこれだよ。

「――」

 目の前に熊が居た。

 いきなり目の前に現れた熊に驚いて悲鳴も、何も出なかった。

 だって空中からドスンと落ちてきたんだよ? これで直ぐに動けたら凄いと思う。

 熊さんもイキナリ人間が現れたことに驚いたのか、こちらをじっと見ている。ついでに両足のみの二足で立っている。たしか、熊が警戒している時にする仕草のはずだ。二足で立つと遠くまで見通せる&体を大きく見せることが出来るという理由で。

 ⋯⋯どうする? 今すぐ反転して逃げるか? 逃げるとしたら何処に? たしか登坂はダメだったはずだ。理由は熊が登りやすいから、足が短いので登りやすいとか何とか。だから逃げるとしたら下りだが⋯⋯下り方面に熊が居るので不可能だ。

 そしてここは森の近くの平原であり木は辺りに無い。木を登って逃げることも不可能。

 死んだふりとかも今からできんし、というか逆効果だった気がする。

 ダメだ、これから如何するのか考えがまるで浮かばない。

 とりあえず熊をよく観察したら案が浮かばないかなあと、熊を見てみる。

 全体的に黒っぽい体毛で覆われている。大きさは俺よりでかい。2メートルはありそうな巨体だ。襲われたら絶対に死ぬ。

 というか後ろの方を見てみたら、翼が生えていた。なんじゃそりゃ。

 翼の形は蝙蝠みたいな黒色で骨と皮で出来てそうな感じ。大きさはそれほどでもない。折りたたんであるだけかもしれないが一メートルも大きさはなさそうであった。

 あれ、飛べるのか? いや、飛べるから空中からドスンと現れたのか。

 そう考えていると、熊が両腕を上げた。

 そうして、口を開き――ぎゅあっと叫び声を上げる。

 瞬間、体が痺れて動けなくなる。

 ⋯⋯なんだよこれは!

 体がピクリとも動かない。人差し指をどれほど曲げようとしても、動かない。瞬きさえ、出来ない。

 何もできない。俺の体は、本当に何も動けなくなったのだ。

 熊が動く。

 熊は四足歩行でゆっくりと迫っている。どすりと、ゆっくりと、熊の重みを感じる足音を感じる。

 俺はこれからどうなるのだろうか。

 決まっている。食われる。熊が普段どのように食事をしているのかは知らないが、熊の力はヤバイ。俺はそのことをネットニュースで知っている。飼うには専用の鉄檻が必要な事を知っている。

 その馬鹿力で俺は切り刻まれるのか、それとも直接食われてしまうのか。どちらにしろ、苦痛が伴うだろう。

 そんな出来事を想像して、俺は絶望した。

 ――だが、体は依然として動かない。

 熊の巨体はもう俺のすぐそばだ。熊は立ち上がり、腕を天に上げる。その手は爪をひねり出しており、その爪が俺を切り刻むのだろう。そんなスプラッタな未来が確定している。

 あまりの恐怖で失禁しそうになるが、体は動かない。

 せめて自分の流す血は見たくないと、目を閉じようとするが動かない。


 俺は何もできずに、熊の腕が振り下ろさ介護対象の防衛を開始します』その腕は、すぐそばで止まった。


 そこには、此処にいないはずの高級介護アンドロイドが居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る