第3話 恐れ
「どうも〜」
ハキハキとした少し堅めの声が耳を通った。
「あっ春魅(はるみ)さん。お早う御座います」
「うん、お早うシドさん」
蘇芳色(すおういろ)で少し跳ねたボブカットを手で払い、鋭く尖ったみ空色の瞳でこちらを流し見た。
「いやぁ、廊下が酷く寒かったよ。此処(大図書館)ならちょっとはマシだと思ったんだけど…廊下より寒いんじゃあないかい?こんなんじゃ凍えちゃうねぇ」
おぉ寒い寒い、と自身の身体を抱き少し大袈裟に摩っている。
「ハハハ、すみません何分こんなに広いもので夏は涼しくて良いんですけど冬は暖房も効かなくて氷るような寒さなんですよ」
ストーブを各所に置いたら良いんじゃないかい?と彼は少し怪訝そうにする。
火事でも起きたら本が燃えてしまうので…と云うとへぇと興味なさ気な返事をする。
「それで、今日はどうしました?」
「あぁ、そうだ聞いてくれよシドさん」
「ん?何でしょう」
「新薬が完成したんだ」
その一言で私はピタリと動きを止めた。
「えっt「だから被検体になって欲しいんだ」
食い気味にそう云う春魅さんに懸念の眼差しを向けた。
彼の造るものは凄い。他の誰にも造れない素晴らしいものだ。だが、実験に失敗は付き物だ。私は今までに何度も彼の実験や新薬の被検体になって地獄を見てきている。
私だけじゃない、スターチスの構成員は皆体験しているのだ。途中で音を上げたり苦しんだりしなかった人なんてきっと八戸(やと)さんくらいだろう。
「春魅さん、申し訳ないのですが私はこれからちょっと用事がありまして他を当たって頂きたいのですが」
そう慎重に告げる。
すると彼は
「なんだい?僕の造った薬が飲めないってのかい?ねぇシドさん?」
と私の顔を覗き込みながら躙り寄ってくる。
最悪だ…。兎に角冷静に対処しなければ。
「い、いえそう云う訳じゃないんですけどね?私も時間があれば是非実験の御手伝いをしたいんですけど生憎今日は用事が…」
「嘘だね」
「はい?」
「用事があるなんて嘘だ、どうせ実験で辛い思いをするのが嫌なんだろう?見れば分かる。でも実験に犠牲は付き物だ!そうだろう!だから早く飲んでくれ」
「ちくしょう…!」
壁に追い詰められ引けなくなり悪態をつく。
彼は壁に手を付き私を壁と自身の間に閉じこめる、所謂壁ドンの体制だ。然しまだ何かをされているわけではない、何とか押し退けることが出来るかも知れない。
そう思い少し抵抗しようとしたとき。
「駄目じゃないか逃げようなんて考えたら」
其の儘口の中に無理矢理薬を捩じ込まれ吐き出す事も出来ず飲み込んでしまった。
頭の先から爪先まで一気に冷えていくのがわかる。
「な、なんの薬なんです一体?」
「体温を一定の温度下げる薬」
ニッコリ笑って恐ろしいことを告げる彼に恐怖を覚える。
「何でそんなもの造ってるんですか?!」
「解熱剤の強化薬だよ。あぁでも安心して。体温が下がり過ぎて死んだりしないように調整はしてる。さぁ研究室に急ごう。」
彼に少し強引に研究室へ連れて行かれ矢継ぎ早に体温を測られた。
「うわっ、想像していたよりひっくいな」
〝34.7〟そんな数値普通に暮らしていたら中々ないだろう。
道理でさっきから上手く力が入らない訳だ。
「実験終了、もういいよ〜。横になってな」
云われるが儘にソファーの上に横たわる。
自然と瞼が落ちてきて、其の儘眠りについた。
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