06 物語の始まり


阿久津勇利が死んだのは20歳になりたての春だった。


最近改築され、真新しくなったキャンパスの広場の真ん中に咲いた、樹齢40年以上はあるだろう、大きなソメイヨシノにもたれかかるように死んでいた。死因は失血死で、背中から、果物包丁で刺突され、当たりどころが悪かったのか太い動脈と脾臓を突き刺され、数分もたたない内に亡くなったと思われる。


しかし阿久津を殺した犯人は、警察がどのようか手を打っても見つけることが出来なかった。阿久津は衆人環境の中で誰にもみられることなく、監視カメラにも捉えられることもなく、ひっそりと刺されひっそりと死んだのだった。



血の広がるソメイヨシノには、未だに誰も近寄る事ができないような磁場が貼ってあるように見えた。なぜなら、事件から数年が経った今でも、献花が絶えなかったからだ。


阿久津が死んだ日になると、いつのまにか花が添えられていて、その花が枯れてる頃になると、その花が独りでに消えてしまうのだ。


この事から、ソメイヨシノは血を吸う桜として地元ではちょっとした都市伝説になっていた。


そんな手向けられた花の前に立つ、ひとりの女性がいた。艶のある長い黒髪は、藍色のワンピースに掛かるまで長く、細身の身体を背後から隠す程の大きさの、白い日傘をさした女性は、両手に抱えた花束をそっと、既に置かれた花の隣に置いた。


蝉の声がよく聞こえる、お盆の中だった。献花されている事を見ることはあっても、する人を見るのは珍しく思うのか、広場を通り過ぎる大学生達は遠巻きに女性のことを見ているようだった。


女性は数分ほど黙祷をした後、広場を出て正門から最寄りの駅に向かい、東京駅に向かう地下鉄に乗り込んだ。




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