間章「お休みⅦ」


―――陰陽自衛隊式配給は無欠【陰陽自衛隊創設秘話-兵站編-】より。


「コンドームが無い?」


 騎士ベルディクトお休み中との言葉が人々の脳裏に打ち込まれて数十時間。


 善導騎士団東京本部及び陰陽自衛隊の各物資の配給を行っていた共同の酒保PXではそんな言葉が呟かれていた。


 両組織においては通常の軍隊とも違って自由恋愛可の上に民法とか刑法とか関係無く大陸式の16歳から同意があれば、何歳違いの恋愛でも可というのが憲法停止下で実施されている。


 無論、する事しても罪には問われない。


 なので、そういった大人のアイテムがお店には置かれている、と思わるのも致し方ない話だろう。


 ただ、恋愛における倫理のハードルは高く。


 社会常識に照らし合わせて貞潔と貞節は護るべきものであって、容易に安売りするべからずというのが暗黙の了解でもあった。


 こうしてやってきた青年だが欲しがったものは置いて無いとの話。


「いえ、実は……」


 それに応える店員が話し始めたのは現状そこに何故無いのかという理由であった。


 実は両組織では悪い大人が年下にエロい事しようとしたら、白い目で見られるし、その相手を大切にせずポイしたら、規律でメタメタにお仕置きされる。


 人格が普通に変わると言われるお仕置きを受けたい人間はいない。


 人格の変貌は死を意味すると専らの噂でもある。


 生憎と死んでないからセーフと言い張って人の精神を弄るのは善導騎士団の十八番であって、自衛隊にもそういった専門の部隊が出来た事を知る者は絶対に危ない恋愛には手を出そうとしないというのが現在の状況だ。


 そもそもMHペンダントを着けまくりの彼らが恋愛なんぞしたら、善良過ぎてちゅーもまだ、という層と。


 大人なんだから自由にしたらいい。

 ただし、規律は乱さないでね。

 なら、乱さないでしまくるわー。

 という層に別れる。


 最初期の風紀乱しまくりな層も今や一段落付いていた。


「こういうわけでして、それで……」


 結果、エロい事をしまくりな大人達とエロに多感なお年頃の手も握れない少年少女が同居する空間が生まれる。


 ただ、それでもそういう事が許されるのは善導騎士団加入時に自らの肉体を自由にする権利を女性側も男性側も獲得するからだ。


 男性側は精子の体内の移動を妨げるパイプカット方式。


 女性側は月のものを止めて卵子の排出を止めるピル方式。


 どちらも互いの同意が無ければ、子供を作れないという意味では自立している。


 結果として何でもあると言われている両組織の酒保に現代の利器コンドームは存在しないという事実だけが残った。


 まぁ、そういう肉体の変化は契約書をちゃんと見ていなければ、気付く者は多くないだろう。


 翻訳術式がまだ未熟な頃に書かれた契約書が未だ更新されずに使われていた為、やけに遠回しな表現方法だったりするからだ。


 それでも知らないままに外部で買ったものを使い続けて、ふと無くなって買いに来た人物達はそこでようやく契約書の内容やら自分達の肉体の変化に気付くのが殆どであった。


『え、マジか~~』


 女性の場合も男性の場合も任務従事中は脳裏に打ち込まれた術式で勝手に生体機能をオンオフしている為、気付く者はほぼいない。


 機械の完全オート機能を知らずに使い続けているというのは現代でならばよくある事だろう。


 そして、その機能が恋愛中もオートでオンになっているとは知らぬ者は多い。


 コンドームとピルは無いのに妊娠検査薬だけはある両組織のコンビニ染みた酒保の店員は今日も1人の青年にその事実を教える事になった。


「……道理で子供出来ないわけだ。いや、彼女とそろそろ子ども欲しいねって言ってたんだけどさぁ……近頃の大規模作戦や大事件でやっぱりしばらくは止めようかって事になって買いに来たんですよ」


「そうだったんですか。使う意味は無いので欲しい場合は脳裏の術式の一覧から機能のオンオフの項目を参照して下さい」


「はいはい。了解です。あ、ちなみに……玩具あります?」


「大人の方ですか?」

「ええ、大人の方の」

「それも無いですね」

「さすがに無いかぁ……」


「ああ、いえ、売ってないだけで術式の方にはあります。というか、周知してくれるようにって総務の人に頼まれてるんですが、レベル創薬が導入されると男女共にそちら系の技能が数値化されまして。年齢別でレベルが上がると自動的に覚える知識技能の方にそういうのは……」


「え、マジで?」

「ええ、マジです」


「そっかぁ……騎士団も終に日本のHENTAIを学んでしまったのか……」


「ああ、いや、どちらかと言えば、世界のHENTAIを学んだらしく」


「世界の?」


「ええ、MU人材の方から齎された技能や知識が結構エグイとの事で。種族を越えて子供作るとか。出来るらしいですよ。普通の動物との混合は技能化されてないそうですが、人間並みの知能を持つ魔力を操る動物との間には出来るとか」


「アクロバティック!!?」


「亜人系の遺伝子はそもそも元は進化の過程で眠っていたものが呼び起こされているらしく。ソレを用いて、相手の生殖細胞と適合するように諸々の遺伝子を改変する遺伝子のハブを創る技術? とか。遺伝子導入方法を術式で代用して生殖細胞を自力で劇的に変異させる事も出来るようになる、らしいっす」


「マジでどうなってんの?」


「元々はホメオティック遺伝何たらとか言うものを弄る為の技術を術式化する際に改良したようで主に中国系の膨大な実験データで細部まで弄る事が可能になったとか。要はアレですね」


「あれ?」


「簡単に要約すると子供が造れるようになるけど、キメラを胎内で作る技術らしいです」


「キ、キメラって……(´Д`)」


「通常の人間的な部分は残しつつ、相手の遺伝的な資質の一部を受精卵内部の一部の細胞に導入して次世代の生物が造れるとか。耳とか尻尾とか一部の人間には無い部位を受精卵単位で植え付けつつ、次の世代はその遺伝情報が完全に定着した生殖細胞を造れるようになる云々」


「神も激オコそうな技術力だな」


「邪神以外見た事無いのでいいんじゃないです? 後、局部の若返り方法やら肥大化やら締まりの回復法やら内部の造形用の術式やら神経の調整や形の成形やら自由自在らしいですよ。自己に限ってですがね。顔面は許可いるそうですけど。主にセキュリティの為に」


「え? じゃ、じゃあ、巨……ゴニョゴニョに出来るの?」


「ええ、巨……ゴニョゴニョに出来ます。男女共に……美容整形の医者が泣きますね。確実に……」


「小さい方がステータスかもしれない?」


「ええ、そういうのが良い方にも安心です。合法ロリは人類の夢ですよ」


「「……同志よ」」


 ガシッと固い握手が交わされた。


 人間、趣味と付き合っている女性との間にある隔たりが実は大きい事も多々ある世の中だ。


「レベル創薬ってそろそろだよね? 確か……」

「ええ、まぁ、そろそろですね」

「そっかー。世界のエロを学んだのかぁ……」


「ちなみに技能化されないのは拷問とか非合法活動の中でも倫理に反する系だけらしいです。あ、ちなみに近親婚関連もあるそうですが、愛と添い遂げる覚悟が有ればOKとか。劣性遺伝が出ないように遺伝的な調整を施す技能もあるようですね」


「マジかよ。陰陽自研パネェな。これからは地球人類最後の二人が直系の子孫や親兄弟息子娘でも関係なく人類の存在は可能になるのか」


「勿論、そういう状況の為に作られてもいるようです」


「神話も真っ青だな」


「いやぁ、一部先行して試験運用してる部隊からの話じゃ、ガンスリンガー系やガンスミス系の技能を持ってるとハッピートリガーになりがちだとか。剣術系の技能に偏ると新しい刃で試し切りしたくてウズウズするとか。危ない話も聞きますね。やっぱ、新技術にリスクはつきものですよ」


「技能を試したくなるのは分かるかなぁ」


「ま、一番ヤバイのは徒手空拳のマーシャルアーツや武道系で決定ですけど」


「え、一子相伝の暗殺拳法みたいなのでもあるの?」


「まぁ、あります。でも、単純にそういう系統が一つの系統の下位互換になっちゃったらしいですよ」


「下位互換……どんな技能?」


「超越者系です。ちなみに技能の出所はまぁ、あの人ですよ。黙示録の四騎士を1対1なら恐らく倒せるあの人」


「あぁ……あの人の技能、か」


「ちなみにソレを取得するのに必要な肉体強化系と格闘系の技能が最低で60系統あります。そのほぼ全てを最高階梯クラスまで極めると本部に認められて、超越者系の技能が解禁されるとか。アレですね。近接格闘系技能の完全上位職ですね」


「ジョブチェンジするまで何十年掛かるんだよ……(T_T)」


「現在、彼女の技能に到達する猛者は恐らく両組織や世界中のMU人材の団体を含めても3、4人いないと思われます。それも彼女の完全下位互換になるのは間違いないでしょうし、彼女に今一番近い肉体の性能が出せるのは肉体改造しまくりな我らが魔導騎士か、騎士ヒューリアらしく。後、未来的な話で言えば、彼女の子供が最有力との話も……」


「結局、あの人がオンリーワンな変態性能か」

「ええ、ある意味ではそうですね」

「また世界各国から日本人はHENTAIって罵られるな」

「でも、喜びそうですよね。海外に出来る本部の人達」

「まぁ、HENTAIは世界共通語だから……」


 こうして何気ない日常の最中。


 一つずつ階段を昇る人類の世界は広がっていく。


 その先へ行き付く為に。


 人が為し得る全てを出来る限り、人に与えようとする試みの先。


 そこに立つ者達を目指して。


 それをHENTAIと呼ぶならば、正しく陰陽自衛隊も善導騎士団もHENTAIの集団に違いなかった。


 *


 世界が深く静かに動き続けている頃。


 日本のとある廃屋で黄昏色の輝きを発する男がゲラゲラ笑いながらテレビの漫才を見つつ、缶ビールを呷り、ジャーキーを噛砕きながら、スプリングが見える廃ソファーに寝そべり、ズラリと横に並べた棺桶の死体をチラ見していた。


 どれもこれも死んで相当の年月が経った代物だ。


 十年以上というものばかりだろう。


 腐った死体は無い。


 最初から防腐処理されてキリスト系の棺桶に詰められている。


 誰も彼も国葬らしく。


 その顔は米国の軍人ならば、一度は見た事がある人々ばかりだ。


 陸軍中将。

 海軍少将。

 空軍大佐。


 当時、ゾンビ禍の最中、BFPビッグ・ファイア・パンデミックを生き残り、何とか日本に逃げ延びた指揮官達。


 ゾンビにやられたせいで最後には気高い自決を選んだ男達の肉体は正しく米軍が誇る本当の意味での英雄の残滓だ。


 だが、黄昏色の魔力を己の内に抑え込んだ男は敬意も払わぬラフな革ジャンの下にTシャツ一枚、ジーンズ姿でその男達へパチンと指を弾く。


 それと同時に男達の目がギョロリと目の前のテロリストを見やった。


「……ユーラシアの作戦で」


「魔力、魔力か……まさか、テロリストに使われる事になるとは」


「卵のヤツはどうやら上手く行ってないらしいな」


 男達が立てられた棺桶から動き出して降り立ち、左手の壁にいる蒼褪めた騎士を見て、目を細める。


 その肉体は未だ活動していたが、喋る事も儘ならない様子でその人類の敵は沈黙して巨大な赤黒い十字架で聖人張りに張り付けとなっている。


「お、お目覚めご苦労さん。元凶の皆さん」


 軽く元死人にして頚城と化した男が微笑む。


「蒼褪めた騎士を此処まで……まさかの展開だな」

「我が国の海軍は……どうやら失態続きのようだ」


「結局、ヘブンズ・ゲートを最後の大隊によって奪取された時から、我々の苦難の道は変わらずか」


 彼らは現状の情報を幾らか魔術で強制的に取得させられながら、目の前の自分達を産み出した相手に目を細める。


「ははは、頭の回転が早いこった。そういう事だよ。御三方」


「「「………」」」


 険悪な視線というよりは諦観に似た視線が男に向けられる。


 彼らの脳裏には男から送られた情報が大量に流れ込んでいた。


「朗報もあるぜ?」

「原初の大陸からの最後の来訪者か」


「善導騎士団? そうか、希望はまだあるのか……」


「最後の大隊とBFCの激突で地球は荒廃の一途。どちらにしても現生人類に未来は無いと思っていたが……ならば、我々が行う事は一つだな」


 ジロリと男を三人の屍がその腐った瞳で見やる。


「ふふ、そう活きり勃つなよ。仲良くやろうぜ?」

「テロリストがよくもそんな口を……」

「この手に銃があれば、撃ち抜いてやるものを……」

「要件を聞こう。クズ野郎」


 男達の前テレビのチャンネルが変えられる。

 すると、そこには北極が映し出されていた。


「あんたらのせいでBFCはあの土地に手が出せない。だが、美味しい駒を拾ったらしい。あちらに向かってるヤツがいる。お前らの仕事はお前らが北極に封印したアレの確保だ」


「そういう事か」

「それで我々を……」


「計画の立案役。海上の運搬役。大陸での封印役。それで全員を揃えたわけか」


「御明察。オレはこれから遊ぶ準備に忙しい。もう行っていいぜ? 魔力は必要分渡した。後は好きにしろ」


「破れぬ命令をしておいて白々しい」

「クソ野郎。覚えておけ。貴様は地獄に落とす」

「お前にアレは扱えんよ。若造」


 三人の将校達がズブズブとその肉体を蕩けさせて捏ね回されるかのように衣服毎肉塊へと変貌。


 その内部から2m程の筋肉質の人間らしい姿形で再生されていく。


「これは……」

「どういう」

「事だ」


 同時に声が一つの口から響いた。


「こいつの機能さ。四騎士連中と違ってオレはバグの保持者だ。だから、こういう本来の能力も使える。お前らが望んだ機能の極一部だよ」


「「「―――ッッ」」」


「いいか? 頚城ってーのは本来の使い方を誤らなきゃ、こういう事も出来たんだ。それをお前らはああいう風に使った。もっと慎ましく使ってりゃ、あんな事にはならなかったろうぜ」


 三人の男達から造られた1人が揃って渋い顔になる。


「これからどうやら騎士団もBFCもニューヨークにご執心。オレはその合間に日本でテロ準備してちょっくらユーラシア遠征にも出なきゃなんでな。ちょっとしたサプライズ用の仕込みも終わったし、そろそろ行くかぁ」


 男が立ち上がる。

 そして、自らの横に黄昏色の鎧を顕現させると。

 腕を振った。


 途端、バラバラに砕けた鎧が渦を巻いて1人となった男達の肉体に装着し、食い込み、まるで無理やりサイズを縮めるかのように筋肉や骨格を無視して、元の鎧のサイズへと強制的に圧縮していく。


『グガァア゛ァア゛ァ゛ァアァ゛ア゛ァァッッッ!!?』


 内部で聞こえた痛みに対する雄叫びを尻目に男は廃屋を後にしていく。


 その十秒後。


 男の背後の廃屋は静かに崩れ落ち、黄昏色の何かがゆっくりと幽鬼のように空気に融けて消えていった。


「いやぁ、第二の人生どころか。第三の人生まで貰っちゃって、オレ感激。人類には是非生きる幸せを取り戻してもらいたいねぇ。獣呼ばわりされる理由も分かったし、それには納得だけども、だからって滅ぼされるのも救われるのも御免被る」


 男の行く手には東京。


 今やカラフルな街並みは遠目から見てもまるでお祭りのように見る者の目を賑わせて、心を浮き立たせるだろう。


「こういうのは当人達が決めて何ぼだろーよ。賢者気取り、ダークヒーロー気取り、真っ当な米軍人さんには絶望をプレゼントしなきゃなぁ(ニタァ)」


 歩き出す男はまるで晴れた日に遠足に行く子供のような心地で。


 いや、それそのものの良い笑顔で正気よりは狂気を共に歩いて行くのだった。


 悪が人の世の理を壊す側だとすれば、何よりも純粋に目的の為にテロを行う男は悪というよりは古い時代の暴力を是とする多くの国家のイデオロギーそのもの。


 巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテの如く。


 颯爽と行く背中には気負いも躊躇いも無かった。


 善導騎士団『お前の口にパンを突っ込んでやる。さぁ、列に並べ』と人々へ遠回しに伝える組織を前に『オレはお前が嫌いだ。さぁ、死ね』という聖人よりも分かり易いテロリストは微笑む。


「オレとダンスを踊ってくれるまで待ってるぜぇ~。くくく、カワイイ、ベルディクトきゅん♪」


 スマホに善導チャンネルを映しつつ、嘗て日本を核テロの恐怖でどん底に陥れた男は楽しそうにスキップするのだった。


 *


 実は善導騎士団及び陰陽自衛隊において画一的な戦力を造る為の努力というのは為されているが、逆に唯一無二の戦力という類のものを発掘する努力はあまり払われていない。


 その理由はとても純粋だ。


『おーとー!! レフト鍋島公一が吹っ飛んだー。今まで何とか耐え凌いでいたが、もはや盾はボロボロで戦おうにも肉体が衝撃で麻痺状態だったかぁー!!?』


『こちらはライト霧島暮側のスタンドです!! 準決勝第二試合は波乱の幕開け!! 抜刀居合を幼い頃から習っていた彼の連撃には相手の盾も堪らず砕けたようだぁー!! これはまた盾の標準硬度が上げられるでしょうねぇ』


『はい。こちらは特別演習リングです~~子供達がわーわーきゃーきゃー言いながら片世コーチに突撃していくぅ!! もしこれが大人やゾンビだったら阿鼻叫喚の地獄絵図を未来予測したスタンドが目を蔽うばかりに違いないー!!』


『え~~準決勝が全て終了致しました。決勝戦終了後、ただちに片世准尉による特別考査が実施されます。今回も優勝者はもうダメだお終いだぁと世界の終焉で嘆く獣と化してしまうのかぁ?!』


 特別なオンリーワンは危険。


 計画や作戦を1人のワントップな個人に頼って裏切られたり、組織が自滅したり、あるいは制御不能で暴走して被害を受けたりするリスクは看過出来るものではない。


『本日の定期考査修了者は概ね64点台をキープしており―――』


『観戦者は標準点40点に届くよう努力目標を個人的に立てる事を―――』


『おっとー!? 片世准尉の軽いデスデコピンが決まったぁ!? この間、僅か0.003秒ぉおおお!!! コマ送り映像だったので超スローカメラの映像で再生してみましょう!!』


『あーこれは遊ばれてますねぇ……意識狩るまでに盾を方陣防御毎素手で割って、衝撃に相手が吹き飛ぶ前に肉薄。唇にチョンと人差し指を立てて品定め。肩を竦めてからダメそうとガッカリ気味にデコピン、と』


『今回の優勝者も陰陽自衛隊の英雄には敵わなかったようだぁ!!』


 陰陽自研が無能ならば、強い個人を磨いて揃える方法が取られたのだろう。


 が、四騎士の強さに確実に追い付いて来ている両組織に片世以上の怪物はぶっちゃけ要らなかった。


 それでも何にでも序列を付けたがるのが人間だ。


 そういった優秀な人材が必要無いという事もない為、最低限の人材発掘手段として両組織は合同で現在も定期試験を行っている。


『今回も面白かったですね~~』

『結局、片世さんには誰も敵わないのな』


『レベル創薬来てから数十年単位で強くなれば、肉薄出来るかも? とか言われてますよ。真面目に』


『早くても固くてもダメ。攻撃力も無駄。優勝者の超常の力を最初から使って何とか数秒耐えられるかどうか。ってーか。変異覚醒者の肉体系より能力系の方がまだ戦えるって点だと生態的な強さで勝とうってのは不可能なんじゃ……』


『まず大抵の連中は素早さや速度が足りない』


『ギリギリ抗えそうなレベルで足りてても大抵他のスペック差で瞬殺。能力で物理無効系は無効にするなら、隙が出来るまで適当にあしらって隙が出来たら瞬殺。もしくは物理無効が本当に限界が無いレベルじゃなきゃ追撃の連打で無効を無理やり打破、とか』


『空間系や能力での防御を少量の魔力と肉体の性能で攻略されるのはちょっと……空間が曲がってるなら、空間を魔力凝集で更に曲げて貫けばいいじゃないとかも……能力なんて戦闘愉しむ為のおまけと言わしめるに足る実力ですね』


『量よりも質って言葉を体現するからな。初見の能力を勘と小手先の技で全部10秒以下で見切るとか何ソレ怖い状態……』


『防御に秀でた能力と魔術、装備を重ね掛けして耐え切る事だけ考えれば、試合時間一杯持つかもな……』


『それ試合じゃなくて、地獄の耐久レースって言わね?』


 戦闘能力及び各種の技能の確認はトーナメント方式。


 この時、ランキングが導入されたのは今回はコイツが一番優秀だから基準にしてねという目標にする為であった。


 ちなみに知識関連の暗記科目は必要なだけやらせてはいるのだが、レベル創薬が来たら、殆ど不要になる為、自身が働く部署に必要な分以外は行っていない。


 1月に1回。


 これらの考査が3時間で行われるが、テスト勉強という名の苦行が為される事はほぼ無いと言っていい。


 単純に1月で向上する事なんて高が知れているからだ。


 メキメキ戦闘能力が上がったところで根本的には装備依存の強さで戦う以上、彼らが強くなるのは一定以上からは保険でしかない。


 つまり、組織の壊滅や人類の絶滅が現実味を帯びるような敗北を喫した後に必要な強さこそが試されるのだ。


 ランキングはという類の看板に過ぎないのである。


『皆さん。手洗いうがいはして下さいね~』


『衛生管理にも気を付けて~~』


『え~~MHペンダントの一次貸与終了しますよ~~』


『返却は閲覧席の出入り口で~~~』


 善導騎士団の地下最終層手前。

 幾つかの重要施設がある。


 その一つが巨大なドーム型リングである事は外部には左程知られていない。


 だが、その場で技能と戦闘力を磨いた者達は言う。


 アレの倒せる日が来るまで試験は終わらないと。


 スーツに武装一式。


 弾速が秒速1kmまでの低ランクディミスリル弾付き。


 盾も装甲も剣も使って良い。

 M電池もMHペンダントもフル装備。

 市街地で使える術式は全て可。

 自らの超常の力は使用制限無し。


 此処までやって未だ単なるラフなジャージ姿の片世が倒せない。


 それこそが現実であった。


 一応、動きに堪えられるようにディミスリル化合金の繊維でジャージが編まれているくらいだが、そんなの同じ物質で更に固い弾丸の前には紙と同じ。


 まぁ、ハンデというよりは片世でなければ、一方的なワンサイドゲームになるところが、今のところ標準武装を使ってすらワンサイドゲームされているというのが現状なのだ。


『は~い。皆さん業務に戻って下さい~~』


 早めに昼食を取って正午0時に始めて現在3時のおやつ時。


 ようやく終わった試験の後。


 大人も子供も気が抜けた様子でグッと伸びをして闘技場染みたリングから去って行った後。


 今日も自分を超える者は現れなかった片世はリング横のスタンドでイギリス・アイルランドのベルズ・タウン製の紅茶セット、スコーンをジャムとクローテッド・クリームで頂きながら、横で今も気絶して伸びている少年。


 野良犬と評されて久しく。

 そろそろ番犬と呼ばれ始めた彼。


 ミシェルの弟を横目に善導騎士団製茶葉の香気を愉しんでいた。


 先程の決勝が終わる前に狭い屋内での襲撃をやらせたラグは及第点は取ったが、取った直後に即死扱いで気絶。


 今も絶賛意識が落ちている最中だった。


「うわ。ウチの先輩ヤバじゃね?」

「あ、クロ君。来たの?」


 片世がスタンド奥の通路からやってきた黄色い髪の少年を見やる。


 恐らく高校2年くらいだろうか。

 善導騎士団用のデフォルト・スーツ。


 上に適当に騎士団謹製のトレンチコート(北米の騎士養成学校でも使われている実用品)と装甲を纏ったまだ少し幼さの残るかんばせ


 少年は汗と憐そうな瞳をその顔に載せて世界最強の女の横に『うわ、大丈夫かよ……』とやってくる。


「え~~基礎カリキュラム終わりました。片世准尉」


「そう。じゃ、応用課程をこれからよろしくね~」


「無理難題でしょ?! アレ、精鋭連中用のカリキュラムですよ?! オレ、もうかなり結構頑張りましたよ?! これ以上したら死んじゃう!?」


「だって、君才能無いじゃない」


「げは?! 弟子にしてくれって頼んだのオレだけど、師匠の愛が重い」


「え? 愛なんて無いわよ~~だって、月謝貰ってるわけでもないし、寝てばっかりの君相手じゃ愉しめもしないし~」


 片世は笑顔だ。


「グホッ、すげー真っ当な事を言われたオレに反論の余地が無いのが切実に悔やまれる。いやぁ……もう少しオブラートというか、歯に衣着せてもいいのよ?」


 涙目な少年に首を傾げた女は相手の全身をマジマジ見てからこう評した。


「ぅ~~~ん? 実戦じゃ役に立たなそうな若者?」


「はは、やっぱいいです。ナンデモナイです……辛辣!? この師匠辛辣過ぎ!?」


 ブワッと涙目で片世に思わず背を向けた少年が膝を付く。


「で、クロ君。君、初等の子達より強くなった?」


「いやぁ、実戦だけはまだなんで」


「ちょっと大陸行ってくる? 頼んであげてもいいわよ?」


「NOさんきゅー。オコトワリします。オレ、平和主義者なんで」


 顔が蒼くなったクロと呼ばれた少年はサラッとユーラシアのゾンビ地獄に自分を叩き込みそうな師の言葉を拒絶した。


「師の心、弟子知らずね」


「弟子の心、師知らずの間違いかもしれない。とは思わないんだろうなぁ……」


 弟子は師にまた課題終わったら来ますと言い置いて通路へトボトボ戻っていく事になったのだった。


「(*´Д`)……どうしてこうなったオレ」


 朝霧黒亥あさぎり・くろいは高校生だ。

 東京の下町で適当に生きて来た単なる一般人だ。


 一般隷下部隊に入れたのは単純に超常の力と魔力の資質が低くてもどっちも発現したからだ。


 頭が黄色いのは魔力に目覚めたら勝手にそうなっていたからだ(全身のうぶ毛以外がそうなってしまった)。


 殆ど、騎士団からの支援目当ての入隊だったのが本当のところだ。


 家族は北海道に移住したので今では独り暮らし。

 ついでに大そうな野望とか人生設計とか無い。


 いや、無かった。


 彼が休日を満喫していた時、変異覚醒者が暴走し、女の子や小さな幼稚園児達が餌食になったのを見るまでは……。


「はぁぁ……」


 彼は衝撃を受けた。

 だって、そうだろう。


 何とか守ろうとした人々の3割しか彼の手は護れず。


 お友達を失った園児が泣き喚き。

 絶叫する保母さんが同僚の死に硬直し。


 女の子が暴走した相手の手で砕かれていくところを見てしまったのだから。


 結局、彼に出来る事なんてちっぽけなものだ。


 それを知ってようやく彼はスタート・ラインに立った。


 だから、世界一強いと噂の彼女に弟子入りした。


「でも、やっぱり、現実は物語の主人公みたく行かねぇんだよぁ……」


 一言で言えば、無力感。

 それがあの日から彼の中から消える事は無い。


 物覚えが良い方でもないし、学力も一夜漬け主体だし、体力はある方じゃないし、技術は精度が低いと友人にすら言われるような代物。


「向いてねぇんだろうなぁ。オレ」


 言わずもがな。

 いや、言う必要も無く事実。

 そんなのは一番彼自身がよく分かっている。


 実はそんな絶望から這い上がって来るところが気に入られて、片世が片手間に面倒を見ているとも知らず。


 少年はトボトボ。


「ま、やるだけやっちゃうのがオレ流だからな。やるかぁ……」


 生来のメソメソしていても仕方ないという気質のおかげか。


 カラリと気分を変えた少年はスタスタ歩き。

 人気の無い通路から大きな道に向かおうとして。


「ん?」

「あ……」


 明らかに怪しげな素振りでデフォルト・スーツも使っていない一般人みたいな少年が帽子を被って目元を隠し、騎士ベルディクトの私室の前でガチャガチャ扉を弄るところに遭遇した。


 ポシューと音がして扉が開く。


「え、ええと、定期検査の者です」


「そ、そっかー。定期検査ね。うん。さ、食堂でおやつでも摘まみに行くかぁ」


 歩き去ろうとした少年を横目にホッとした様子でパーカーの下は何処かの学校の蒼と赤の制服姿な相手はおもむろに中へと入っていく。


「って、んなわけないからね!?」


 ノリツッコミも姦しく。


 少年がダダダッと駆けて背後からその腕を掴もうとした。


 だが、彼の顔が部屋の内部。


 少女とは別方向から拳のようなものでグシャッと歪んで壁に叩き付けられる。


「ぐへぇ?!」

「ママ!!」

「!!」


 その声で辛うじて意識を保った少年が見上げれば、彼を殴り飛ばしたのは十代とも二十代とも言えない美しいエメラルド色の瞳と髪を持つ人種不明の女性。


 何故かメイド服を着用しているが、そんなのはどうでもいい。


 問題は彼女がちょっと童顔で美人の癖に結構胸元が我儘である事。


 そして、その彼を殴り飛ばした拳の皮膚には金属の幾何学模様のような線が張り巡らされている事であった。


「お、お嬢ちゃん!! こ、ここはヤバイって!? ヤバイで済まないマジで国家滅ぶ級な何かとか結構置いてあるって師匠が言ってた!!」


「こっちはそれ探しに来てるんだ!! ボク達を壊滅させた善導騎士団なんて!! 消えちゃえばいい!!」


 そう言うと少年が手当たり次第ではない様子でバッと手を翳すと小さな光の玉が虚空に浮かび上がり、周辺にレーザーらしい光で捜査を開始。


 すぐに壁の棚の一点を示した。


 その場所へすぐに駆け寄った少年が棚の中にあった杖らしきものを引っ掴み、まだ衝撃が抜け切ってないクロを置いて部屋の外へと逃げ出す。


「あ、オイ!? ったく、あーもうぐっちゃぐっちゃ……」


 ようやく起き上がった彼が頭を振ってから早く追い掛けなきゃなぁと外に出た時だった。


「貴方、そこで一体何をして……」

「え?」

「じ~~~(T_T)」

「え? え?! オ、オレ?」


「こちら巡回班。騎士ベルディクトの部屋が空いており、内部から妖しい人物が1人出て来た事を確認。これより確保に―――」


「ちょ、ちょっと待ってぇ?! これは知らないパーカー君と人間じゃなさそうなメイドさんがですね!!?」


「と、意味不明な事を口走っており、薬物摂取の可能性も捨て切れず―――」


「ち、ちち、違わい?! オレ、ムジツ!! 後、何か危ないもんを掴んで逃げてったかもだから、早く追い掛けなきゃだから!!」


「あ、ちょ!? 貴方、投降しなさい!! 今なら、罪はまだ軽くて済むわよぉ!?」

 巡回していた女性隊員からザッと逃げ出した。


「ま、待てぇええ!?」

「ま、待たない待たない!? ムジツだからぁ!?」

「なら、何で逃げるのよぉ!?」


「だって、捕まったらあの子捕まえられねぇだろ?! 情状酌量の余地が付く合間にごめんなさいさせれば、まだ罰も軽いだろうしさぁ!?」


「貴方に私が言うべき言葉よ!?」


 ひぃぃぃぃとクロは追い掛けて来る女性隊員を背後にキョロキョロと周囲の通路を見渡して、メイドさんを発見。


 追い掛けて捕まえようと声を上げる。


「そこのメイドさんを捕まえてぇ!? 何か危ないもん持ち出したからぁ!?」

 ギョッとしたのはメイドさんとその横にいる少年だ。


 しかし、その周囲にいる隊員は『何言ってるんだコイツ?』みたいな顔で頭に?マークを浮かべるのみ。


「え、まさか、見えてない?!」


「これはマスマス違法薬物摂取の可能性が濃厚な……今なら陰陽自研が良い薬を造ってくれますから、そういうお薬は止めましょう!?」


「うぇえぇ?! オレがいつの間にか薬物中毒患者に!?」


「違わないでしょ!!?」


 マズイという顔をした少年がメイドと共に闘争を開始し、壁面の直通エレベーターへとダッシュ。


 それを追い掛けるクロを捕まえてくれと彼の背後から追う女性隊員が叫べば、周囲にいる隊員達が仕方なさそうに鬼も真っ青な笑みでクロを捕まえようと手に持つ得物を置く者が多数(だって、うっかり死んじゃうかもしれないし)。


「あ、ちょ、ソレは無しの方向で?!!」


 クロが俊敏に最短距離を諦めた。


 仕方なく彼が数十m先にある隣接するエレベーターへと向かう。


 追い掛けて来る連中が増えたまま。


 彼が何とかエレベーターに突入して、地表1階のボタンを押して扉が閉じる。


「ふ、ふう、何とか撒いた。じゃなくて!?」


 エレベーターの外は外の光が微妙に入り込んで仄かに明るい。


 目を凝らしてビタンと強化ガラス製の窓に張り付いた彼が見たのは一足先に地表で降りた少年とメイドさんだった。


「あっちは確か駐車場? 車はマズイって!? オレまだ原付しか持ってねぇ!! 今度、黒翔の運転資格取っとこ!!? 言ってる場合じゃないけどな!!?」


 エレベーターが地表に到達し、すぐに追跡に入った彼だが、メイドさん達はスタコラサッサと逃げていくと駐機中だった黒翔に跨った。


「え?! いや、嘘だろ!? アレだってちゃんとセキュリティ付いてんだぞ!?」


『こら待てジャンキー!!?』


 追い掛けて来る女性隊員の物凄い形相に涙目になったクロは慌てて近くに駐輪してあった自身の原付で空に飛び上がった黒翔に2人乗りした少年とメイドに視線を合わせる。


『持ってくれよ。オラァン!!?」


 適当な声と共に魔力で無理やり運動エネルギーを吐き出した原付が飛んだ。


 ジェットエンジン並みに超絶頭の悪い加速を果たしたのだ。


『は?!』


 それが一直線に黒翔へと向かって突き進み。


 それに体当たりをかましたと思ったら、共に虚空で空間が歪んで消え去る。


『に、逃げたわよ!!? 追撃部隊を編制!! ただちに騎士ベルディクトの部屋の走査と何が取られたのかリストを!! この裏切り者ぉおおお!!』


 追撃者達が何処かに消えた者達を見付けるべく動き出す。


 こうして主不在の部屋から何が持ち出されたのか。


 すぐに確認した者達は顔を蒼褪めさせる事になる。


 少なくとも噂にあるような国が亡ぶレベルのアレな代物は確かに存在していたのであった。


 *


「痛た……うぇぇ……ぎぼち゛わるい」


 涙目でクロが口元を抑える。

 何処かの山の中。


 黒翔は墜落し、周囲にはメイドさんと少年が投げ出された様子で横たわっていた。


「あ、オイ。大丈夫か~~死んでないよな? ないよね? え、いや、無いと言ってくれないとオレ、殺人犯?」


 サァァッと顔を蒼褪めさせながらも何とか少年を優先して息がある事を確認。


 隷下部隊の必須技能として救急救命の講習も受けていたクロがまず黒翔に乗せられているMHペンダントを使おうとして……背後のボックスが無い事に気付く。


「あの時、落とした? マズイって……」


 仕方なく。

 通常の方法で診断を開始。

 両手両足が折れていないか触って確認する。


「うわ。今時の若者っってホッソイのなぁ……男なのにちゃんと食ってるのかよ。お前メシは大事だぞ?」


 話し掛けながら大丈夫そうだと汗を拭い。

 制服を脱がせて、服の上から少し触診。


 肋骨が折れて肺に突き刺さってたりしないだろうなと胸元をフニフニしてから、折れてないと汗を拭う。


「後は頭部の外傷があるかどうか。ああ、ペンダント持ってく―――」


 ゴインとクロの頭部を衝撃が襲った。


「ゲホォッ?! な、んなに?!」


 見れば、背後では立ち上がったメイドさんがゴゴゴと怒っている様子でその拳を握り締めていた。


「あ、ちょ、ダメ!? ダメだって!? そのまま起こすと脳が逝ってたらマズイって!? せめて、本人の意識が戻ってから確認出来た後移動させるべきだって!?」


「?」


 急いでその場から少年を連れて逃げ出そうとしたメイドさんがクロの言葉に怪訝そうな顔になりながらも、微妙な視線になりつつも……一理あると思ったのか。


 言われた通りに少年を下ろし、その掌を頭部に当てる。


 すると、魔力の転化光らしきものが僅かに放射され、程無くして、その目がゆっくりと開かれた。


「ん……んぅ……アリア。早いよまだ……後、三十分」


 寝ぼけた少年をユサユサしたアリアと呼ばれたメイドさんが頬を横に伸ばす。


「んにゅ?! いはい。いはいいはいっへ!?」


 思わず起きた少年がフゥッと息を吐いて頭を振ってから周囲を見渡し。


「此処何処って―――あ!?」


 思わずクロから距離を取るようにして背後に跳躍した。


「大丈夫みたいだな。頑丈に生んでくれたお母さんに感謝しろよ」


「だ、誰だよ!? あ、いた、いたた」


 どうやら何処かやっていたらしく。

 少年が腰の部分を抑える。


「大丈夫か?! そうか、腰だったのか……まぁ、MHペンダント掛けりゃ治るだろうけど、あんまり動かさない方がいいって。治癒系の術式は無いが、患部の保護と、魔力で再生の促進でも掛けとくな」


 クロがそう言ってサッと手早く太ももに手を当てて数秒。


 魔力の転化光が浮かび上がり、痛みが引いた様子に少年が驚きつつも相手を警戒した様子で見やる。


「ぅ……時間稼ぎに付き合う暇は無いんだ。ボクはコレをッ」


 少年が腰から杖らしきものを引き抜こうとして、目の前に差し出された銀色の細長いチューブを差し出すクロを前に言葉を切った。


「ほら、食料は残ってたから、コレ齧っとけ。な?」


「……取り上げようとしないの?」


 立ったままレーションを差し出すクロに少年はジト目な視線を向ける。


「いや、ほら、オレって落ち零れ的な。いや、下から数えた方が早い的な……ええと、ちょっと実力がまだ発揮出来ない的な人材な―――」


「つまり、無能?」


 レーションが取られる。


「ゴホッ?! 人がせっかく、オブラートを微調整してピッタリな表現を見付けたのにハッキリ言い過ぎじゃないですかね!?」


「こんなのにボクの能力が見破られるなんて……」


「能力? あ、もしかしてセキュリティ誤魔化したヤツ? あ~~そりゃ強力なわけだ。ウチのシステム無力化するとか。ウチだったら真っ先に特定の部隊に配属されるエリートじゃないっすかヤダー」


「ママ。行くよ」

「!!」


「ちょ、ちょ、ちょおっと待った!! なぁ、本当にそんなもんの為に人生棒に振る気なのか?! 高が杖だぞ!?」


「ッ―――お前ら善導騎士団のせいでボクらは壊滅した!! もう誰もボクを止める事なんて出来やしない!!」


 その瞳の端の涙と宿る光がクロに突き刺さる。


「壊滅って、お前んとこ何やってたんだよ?」


「FC……ボクはFCの最後の生き残りだ!!」


「い、生き残り? FCって北海道戦役の?」


「そうだ!! ハンドレットとして取り残されたボクはあの日、起き上がったら能力に目覚めてた……でも、でも、みんな東南アジアに逃げたって……何とか希望を持ってボクが駆け付けた時、みんながいるはずの場所にはみんなの死体と沢山の船の残骸だけ……」


 ポロポロ泣き出した少年を前にクロはタジタジであった。


「そ、そっか。その事に関してオレには何も言えんのだが、それでもさすがに国が亡ぶみたいなのはやり過ぎじゃねぇか?」


「やり過ぎ!? そんなの!!? 家族が全員死んだら何をしたって同じじゃないか!? どんなに言葉で着飾ったってお前らは異世界から来た人殺し集団じゃないか!! 人を救うってお題目なら誰を殺したって今じゃ咎められもしないんだろ!? どうにか言ってみろ!?」


「ど、どうにか!!」

「ば、馬鹿にしてぇ!?」


「うぇぇ!? ちょ、それはマズイ!? マズイって!? 杖はダメ!? それにソレの使用回数が1回とかだったら、後悔するぞ!?」


「ッ、う、ぅぅ……」


 思わず激情で杖を向けようとした少年が涙を拭いながら、杖を握り締めて、メイドさんにそっと横から支えられる。


「な、なぁ……全部忘れて生きろとは言わんけど、せめて普通に暮らすって選択肢は無いのか? いや、こっち側から言われて腹立つのは分かるけどさ。実際、そんな事したって恐らく途中で誰かに止められて、痛い目合うだけだって」


「ボクの能力で誰もあの基地の連中はこっちに気付かなかった……」


「でも、ほら、オレみたいな落ち零れは気付いたわけだし」


「ッ、どうしてお前みたいな奴が……」


「悪いな。でも、見えちまったんだから、しょうがない。だから、言うんだけどさ。復讐も悪くないし、好きにしたらいいとも思うが、関係無い奴らを巻き込むのは止めてくれよ。そんなのお前だって見て気分の良いもんじゃないだろ?」


「ッ―――」


 杖が固く握り締められる。


「世の中に希望があるなんて、このご時世言えやしないのはオレだって百も承知どころか。千万億も承知だ。でも、八つ当たりでお前みたいな奴らを増やしたら、それこそ空しいって」


「ボクらは社会から見捨てられた子供だ。年長達は言ってた。あの頃、小さかったボク達はまだ良い。けど、ボク達よりも少し上はもう大人達の餌食だったって……」


「………そうか」


「ゾンビに追い詰められて、皆おかしくなってたって……誰も助けてくれないし、自分達を自分達で護るしかなかったって……」


「優しい人に育てられたんだな。お前……」

「その、優しい人を殺したのはお前らだ」


 少年の視線がクロに叩き付けられる。


「ボクより小さい子だっていた。でも、ボクは完全な方だからって……ハンドレットの中でも一番まともだからって……ボクは何もせずに見てただけ……ボクが殺したって一緒だって言ったらみんな……一番、普通になれそうなお前が人殺しじゃなかったら、少しは可能性があるかもしれないだろって……あの女の命令なのに関係無いって笑って……うぅぅ」


 後悔が押し寄せるのか。

 その歪む顔をメイドさんが優しく抱き留める。


「今、お前を抱き締めてくれるメイドさんがいても、お前立ち止まれないのか? その人、ずっとお前を護ってくれてたぞ」


「ママは……アリアは……戦闘用の頚城の試験体……あの頃ネストル・ラブレンチーと戦って死んだ仲間の無事な部分を使って組まれた存在。ゾンビですらない。みんなの遺品……ボクが生きてて欲しかった人達そのものじゃない」


「ッ……悪かった」

「謝るくらいなら見逃してよ!! 無能!!」


 杖がクロに向けられた。


「見逃せねぇよ。泣いてる子供を放り出したら大人失格だろ?」


「お前だってボクと数歳しか違わない癖に!?」


「そうだよ。でも、だからって才能あるヤツの未来を閉ざしたら、きっと滅びまっしぐらだ。オレみたいな無能でもな。努力と根性くらいは見せ付けてやれる。メイドさん。あんたがどういう存在なのかは分からなくても、そいつを護ろうとするなら、そのままじゃダメな事ぐらい分かってるんだろ。アンタの瞳には魂がある!! 分からないとは言わせないぜ!!」


 その言葉にメイドさんがどこかオロオロしている様子が見て取れた少年が唇を噛んでクロを睨む。


 膠着状態かと思われた時だった。

 不意にグニャリと少年の背後の空間が歪んだ。

 咄嗟に反応したメイドさんが少年を突き飛ばす。


 ―――アリア?


 音も無く。

 その胸が黒い腕に貫かれていた。


 吐血こそしないが、持ち上げられたメイドさんが血も流さずにドシャリと横に投げ捨てられる。


 空間の歪みが今度は黒い漆黒の沼のようなものを溢れ出させ、ズルリと内部から骸骨らしき形の人型が出て来る。


 それと同時に拡大した縦の沼地からは次々に同型ゾンビ。


 それも小銃や籠手を身に着けた個体が出て来る。


「BFCか?! マズイ、こいつら頚城を食うって習性が確か報告されてッ!?」


 クロが駆け出した。


 黒翔には一応、複数の武装が載せられている。


 正規の隊員ならば緊急時。


 つまり、今のような状態時ならば、ロックが解除される。


「目標BFCに掃射!! 武装六番連射!!」


 倒れていた黒翔が立ち上がると次々に弾丸を撃ち放ち。


 その合間に前方のカバーの一部からドシュリと何かが射出され、その取っ手が空中でクロに掴まれ、そのまま出て来たゾンビ達を薙ぎ払うように横振りされた。


 咄嗟に防御姿勢を取った首の無い籠手付き以外が両断され、沼までも半ばまで断ち割るが相手を破壊した瞬間に崩壊。


 すぐに崩れ落ちたゾンビ達が動き出す。


「逃げろ!! 出来る限り射線が通らないように下りじゃなくて真横にだ!!」


「アリア!!?」


「オレが掴んでいくから構わなくていいって。ほら、先に行け!!」


「ッ」


 咄嗟の事に迷う暇もなく。

 籠手付きの砲撃が最優先で黒翔に照射。

 銃撃がゾンビ達を襲い。

 黒翔をビームが襲い。


 その合間を縫うようにしてメイドさんを掴んで脇に抱えたクロが少年を追うようにして山の斜面を抜ける。


 沼を半ばまで割ったおかげで敵はそれ以上出て来れない様子だったが、彼らが逃げて合流する頃には遠方から爆発音と巨大な光が上空に立ち昇っていた。


「やられたな。黒翔の部隊が到着するまで後何分掛るか。うぇぇ~~怖かった~~骸骨とか反則だろぉ……はぁ」


 息を吐きながらも山道を小走りなクロに少年はもの言いたげだった。


「どうして、あんな危ない事……ママは……アリアは人間ですら無いのに……」


「意思あるゾンビがいるご時世だぜ? 今更、意思あるメイドさん1人くらい出自問わず助けるでしょ。いや、カワイイし、何となく大丈夫な気もしたので」


「……命掛けてまで?」


「オレは善導騎士団だからな。それより、メイドさんは大丈夫なのか? 血は出てないようだけど」


「アリアは自動で再生、再起動するから……東南アジアで他の子達の一部も取り込んだから、このくらいの損傷なら……」


 実際、その言葉と同時にクロの脇の下でムクリとメイドさんが首を上げた。


 胸部には穴が開いてはいたが、肉がゆっくりと傷口を塞いでいくのが見える。


 衣服まではさすがに無理そうだった。

 が、それでも途中で下ろすと自力で立ち上がる。


「アリアッ」


 ギュッと少年がメイドさんに抱き着く。


 それを優しく抱き留めた彼女がクロを見て、僅かにペコリと頭を下げた。


「あ、いや、どもっす……」

「……アリアが逃げ道が無いって言ってる」

「え? どゆこと?」


「この先の渓谷が飛び越せない距離で橋も掛ってないって。再生に魔力も使っちゃったし、壁面は断崖絶壁だって」


「マジかぁ……ああ、でも、きっとそろそろ部隊の連中が助けに……」


「……ごめん」


「何で謝るんだ? え、いや、まさか……あはは……え?」


「たぶん、来ない。能力オンオフ出来なくて……」


「距離とかには影響されるんだろ?」

「でも、距離が300mとかだから……」


「此処で離れたら恐らくどっちも助からねぇな。しょうがないか……ま、どうにかなるっしょ。行くぞ」


「でも、そっちには断崖絶壁しか」


「一般隷下部隊舐めんな!! サバイバルの鬼ですよ鬼。いや、一部には人類滅んでも絶対生き残る鬼神とかちらほらいるけど。そういうのの系譜なのオレ!!」


「数か月前まで一般人だった癖に……」


「ぅ、大当たりだけど、生き残る事に定評のある一般隷下部隊ですから(キラッ)」


「……歯に青のり付いてるよ?」

「やっべ!? たこ焼きだったんだよ。昼飯」


 思わず口元を蔽ったクロに少年が苦笑する。


「ぷ、ふふ……うん……分かった。アリア、良い?」


 コクリとメイドさんが頷く。


「此処から逃げ切るまでは一緒でいい。無能」


「ま、それならさっさと行くか。お前の能力がどれくらいあいつらに効いてるのかも効力を傍で調べられないしな。それと無能じゃなくて。クロイだ」


「クロイ?」

「ああ、お前は?」

「アリト……そう短くして皆はそう呼んでた」


「そっか。じゃぁ、リトでいいな。三語だと咄嗟に聞こえない可能性もあるし。えっと、ああ良かった。標準装備は重火器以外は持ってる」


「ク、クロって呼べばいい?」

「ああ、それで」


 三人がそうして山の道無き道を何とか走破した時。


 現れたのはメイドさん。

 アリアからの話通りの断崖だった。


「今から降りるぞ。傍に」

「う、うん」

「!」


 二人を両脇に抱えたクロが断崖の上に思い切り片足を打ち付ける。


 すると、ガチリと何かが食い込んだ音がして、そのまま40m程の高さの崖に飛び出した。


「?!!」

「!!?」


 二人が目を白黒させている間にクロが地面の岩石を噛んだ虎バサミ状のフックの先から伸びる魔力製のロープを意識し、バランスを取りながら二人を抱えて、踵を地面に向けて降りていく。


 まるでエレベーターにでも乗っているような速さだ。


 地面に到着するとダラッと汗を流したリトがボカッと自分を持つ相手の頭を殴った。


「死ぬかと思った!?」


「いや、こんなの序の口だって!? ウチのサバイバル訓練じゃ道具有りで崖降りるなんて初心者なんだぞ?! 上級者は魔力と体術だけで1200kgまで何か持って断崖絶壁昇るし降りるし!?」


「それ人間?」

「単なる才気に溢れた一般人だよっと」


 二人を下ろして崖上のフックを解除して魔力のロープで回収。


 目の前の川を上に昇るか下に降りるかを悩む。


「下流に行くと一般人巻き込む可能性が高いんだが……」


「いいよ。上流で」

「いいのか?」

「アリアを助けてくれたから……」

「そっか。助かる」


 三人が上流に向かって歩き出す。


「そういや、思ってたんだけど、どうしてママなんだ?」


「……アリアはボクのお母さんの顔を移植されてる。あの女が気に入って死体を保存してたんだって……」


「悪りぃ。いや、本当にオレそういうのに疎くってさ」


「別にいいよ。ボクを産んで死んだって事だし」

「そうなのか……」


 緊急時という事もあり、クロは何も気付かず。

 ただただ周囲に気を配りながら、川を横断。


 足跡を消してからゆっくりと平たくなっていく周囲の森の中へと逃げ込んで更に山を迂回するルートを取った。


「あ~~それにしても此処何処だ? 転移で跳んだなら、東京から離れてない山林なんだろうが、通信も繋がらないし」


「……ぇぇと……ごめん」


「いいよ。謝られたら、オレの胃がマッハでヤバイ。善導騎士団ってのはこういう時も颯爽と笑って助けてなきゃダメなんだ。こっちこそ謝らなきゃならんつーの」


「どうして……」


 それに呆然としたような顔で少女は呟く。


「ん?」

「ボクは……」


「ウチの一番偉い人は何も言わずに行動で示すからな。お前が何処の誰かなんて関係ない。お前はまだ犯罪者でもなけりゃ、オレ達が倒すべき敵とやらでもないだろ?」


「それは貴方が決めるの?」


「ああ、そうだ。オレは才能が欠片も無い事以外は隷下部隊だ。そんなオレから見てもお前みたいに善良そうな子を見捨てたら、隊員失格だろうよ」


「ぜ、善良……基準がおかしくない?」


「おかしくない。だって、そんなウチのシステム騙くらかせる能力がありながら、お前爆弾仕掛けてテロしたり、人を暗殺しようとしたりしなかったろ?」


「ッ―――それは……」


「もっと、その能力を悪辣な事に使おうってヤツは幾らでもいるさ。それすら考え付かないお前を護るのに理由なんか要らない。オレはお前みたいな奴を後ろにして戦えるなら十分命は掛けられる」


「世界を滅ぼそうとしても?」


「そんな簡単に世界滅んで堪るか。オレはそれが何なのかは聞かないし、聞いたところで理解出来るとも思えない。取り敢えず、返してごめんなさいするか。あるいは逃げ出しても構わん」


「危険だと思わないの?」


「思わない。ソレ言うとだな。陰陽自研の方が百億万倍危険だって。うっかりで日本滅ぼそうとする連中だぞ?」


「え?」


「この間、見学に行ってたらイギリスの大襲撃が重なって、まだぺーぺーのオレに陰陽自研の研究の屋内保護が任務として課されたんだが、そいつら何造ってたと思う?」


「な、何?」


「新型動力機関。それも安全面ガン無視で起動試験。騎士ベルディクトに届けるんだぁーとか言いながらリアルタイムで制御のソースコード書いてうっかり暴走仕掛けた。つーか、暴走した、らしいんだが、何か良く分からん内に助かってよく分からん内に成功してた」


「何ソレ……」


 思わずリトの顔が胡乱になる。

 メイドもであった。


「後で聞いたら、連中何て言ってたと思う? 『いやぁ、良かったぁ!! アレが爆発してたら日本は確実に消滅して、地球の半分が物理的に無くなってたかもねwww HAHAHAHA』だって!!? 何がオカシイんだっつの!?」


 唖然とするリトとメイドに憮然としてクロが溜息を吐く。


「分かったか? そういうのがあそこでの普通なんだよ。だから、お前みたいな善良そうなのがどんな兵器持ってたってちっとも怖くないわけ」


 そっと少年が無言でリトを抱き締めるようにして樹木の背後に隠れる。


 それとほぼ同時に彼らの上空を黒い骸骨らしきものが通り過ぎて行った。


 音を出さずに口元を手で蔽って20秒。

 ホッとした様子でクロが汗を拭う。


「メイドさんもお前も騒がずにいてくれて助かった。今のはちょっと危なかった気がする。つーか、お前の能力って何処まで相手の認識掻い潜れるんだ?」


「えと……」


 僅かに逡巡するのを見てクロが手で声を遮ろうとしたが、その手がメイドさんに留められた。


「本当は認識してるの」

「いいのか? 言っても」


「だって、此処から逃げ出そうとしたら、協力しなきゃ無理だよね?」


「まぁ……」

「この力は情報の伝達を止める力」

「情報の伝達を止める? 何か難しそうだな」


「ボクとの距離で情報の伝達に必要な情報へのアクセスが減っていく。まず、ボクを直接見たり聞いたり、誰かが認識した瞬間にその情報を認識する為に必要な二次情報が規制を受ける。これが一番強力で能力範囲内で認識した情報が他の情報と完全に繋がらなくなる」


「繋がらない?」


「色々な情報を情報として認識するにはAという情報を認識するのにBという情報が必要で、それを理解するにはCという情報が無ければならない。積み木で言う土台が必要。でも、ボクのオトギリはソレを途中で断ち切る」


「成程分からん。分かり易く生徒にワンモアレッスンしてくれ」


「英語が出来ないのに英語の絵画を売って下さいとは米国のお店には頼めない」


「すげー能力だな(やっぱよく分からんけど)」

「そう。これで情報の連鎖が上手く繋がらなくなる」


「人間以外の機械も騙されてるのはどういう理屈なんだ?」


「同じ。機械は与えられた動作を行う。でも、その情報が与えられた動作に結び付かない。これが物理的なトラップで踏んだから直接虎バサミで挟まれるみたいな単純な因果関係のものでない限りは情報伝達に挟まる幾つかの工程で電気信号やその他の情報伝達する機構の一部が人間と同じように能力の影響を受けて止まる」


「つまり、よく分からんけど止まるのか?」

「うん。分かった?」

「よく分からんので分かったフリはしておく」


「やっぱり無能? 別にいいけど……元々は自分の音を途切れさせるものだったのに……あの日、魔力にずっと当てられてたせいで……」


「変異覚醒した、か。後、無能言うなし……元々の能力が強くなるなんて事もあるんだな。羨ましい話だ」


 それをあっさりと見破ったお前はどうなんだという顔になるリトである。


 が、周囲に気を配って同型ゾンビ達の影が無いかと警戒する相手を見て何も言わぬ事にした。


「些細な力にも使い道があれば、名前を付けるのがハンドレットの習わしだった。ボクのは日本語にすると音を限るって書いてオトギリって呼ばれてた」


「そういや日本語や漢字分かるのか?」

「兄さんがボクに教えてくれてたから」


「そっか。お兄さんもFCでその……他の連中と一緒に?」


「……分からない。ハンドレットを束ねてた人達の1人だったから。凄く綺麗な人だった……でも、一年以上前に何処かに行ってソレっきり戻って来なかった。それで上の誰に聞いても教えてくれなかった」


「そっか。まぁ、死んでるにしろ。生きてるにしろ。今は感慨とかに耽らないでくれよ? 即死しかねないし」


「案外辛辣……」


「シビアなモノの見方しとかないと対ゾンビ戦で死ぬ程酷い目に合うからな。いや、合ったが正解だが」


「戦ってたの?」


「はは、全然……ただ、夢の中では毎日お世話になってますハイ」


「?」


「知らなくていいぜ。精神年齢爆上がりしそうなっと……」


 再びクロが二人を抱き締めながら樹木の背後に身を隠す。


 30m以上背後から僅かに足音。


 大木でなければ3人は隠れられないだろうが、周囲には茂る藪も多く。


 その中に紛れつつ、現在の装備を確認する。


(形状記憶型の盾が肩に2枚。装甲に近接用の可変式ブレードが中小1つずつ。重火器用の9mmケースレス弾1ダースのフルパックが両腰に2個ずつ。持つ方の魔力充盾無いのが悔やまれるな。さっき、盾だけでも黒翔から回収しときゃ良かった)


 咄嗟にハンドル部分がディミスリル製の警棒や槍になると知っていたので引き抜いて装甲の隙間の腰に差したままである。


 が、確実にBFCの同型ゾンビ数体を相手に接近戦なんて無謀だ。


 そんなのは言わずもがな。


 相手は1体を倒している間に仕留めればいいだけなのだ。


 重火器も持っているとすれば、限りなく火力不足。


 応射出来ずに火器が無いと知れれば、一気に攻めて来るのは自明。


 リトの誤魔化す能力を最大限に使ってかくれんぼしつつ、連絡を取れればいいのだが、それも恐らく能力によってまともに働かないに違いなく。


「……しょうがねぇなぁ」

「え?」


「ま、死ぬ程後悔するよりは死ぬ程頑張るでどうにかしようってのが一般隷下部隊だしな。やるか!!」


「何する気……」


「色々考えたんだが、最適解がオレの知能と知識と現状から言って1つしかない。誠に遺憾としか言いようが無い感じに……」


「どうするの?」


「簡単だ。お前から300m離れた場所で限界まで派手に戦って援軍を呼ぶ。生き残ろうと色々と作戦を試行してみたが、確実性が一番高いのはソレだ」


「―――」


 さっぱりとした顔で言われて、まるで自分の方が普通であるかのような錯覚がリトを襲う。


「どうしてそんな軽く……」


「軽くなんて無いって。これでも震えそうだし、死なないといいなぁとか。死ぬんだったら即死がいいなぁとか。そう思うもんオレ」


「だったらッ」


「時間をダラダラ先延ばしにしてもいいんだが、恐らくピッタリとアレらが付いて来てる。このままだと最悪の事態だ」


「最悪の?」


「善導騎士団がオレを追ってるなら、恐らく後1時間以内に見付けてはくれると思うんだが、それまでにオレ達が包囲されて生死問わず連れ去られる可能性が高い。メイドさんは喰われるし、お前だって検体にされるかもしれない。オレも死体をゾンビにされて使われたりする可能性が高い」


「………」


「部隊がアレを捕捉するまでに最低限不完全な包囲を突破する形に持っていく。アレが撤退するにしろ。反撃するにしろ。部隊を呼ぶまでにオレ達が一番逃げ出すに良い状態を作っとくんだ」


「手伝える事はある?」

「魔力って残りあるか?」

「うん……」


「それを半分。それとメイドさん。アンタの髪の毛ちょっと貰っていくぞ」


「……?」


 そう言ったら、メイドさんが首を傾げながらも少し髪の毛の端を手で撫でるように切ってクロの手に渡す。


 それを見てリトもまたその手をそっと握るようにして魔力を渡す。


 魔術師による魔力の融通は少し難しい。

 魔力の転換や変換が絡むからだ。


 しかし、素のまま渡した魔力が相手の中にすぐ馴染んだ様子になるのを見て、リトは知る。


 無能とは言いながらも目の前の相手が基礎のしっかりした魔術師であると。


「コレで良し。ちょっと借りるぞ」


 クロが目の前に方陣を縦に展開する。

 極小さいものだ。

 30cm程である。


 ソレの前にメイドさんの髪の毛が浮遊して浮かぶとすぐに光へと変換されて、僅かに方陣の前で凝集。


 プクプクと泡立ちながらメイドさんが……全裸で出て来た。


「HENTAI!?」


 ゴスッとリトのアッパーが炸裂する。


「ちょお?! これはオレも予想GAIだって!? 偽物!! 囮作戦するつもりだったの!!? すぐに衣服は造るから待っててくれ!? え、信じられない?!! みたいな顔しないで!? 本当だから!?」


 慌ててクロが小さくブツブツと術式の一部を追加。


 メイドさんの方を見ながら諸々十数秒程口内で呟き続けると。


 全裸だったメイドさん(偽)の上にメイド服がテクスチャでも張り付けるかのように構築された。


「ふ、ふぅ。今世紀最高に誤解されるところだったぜ……」


「じ~~~(T_T)」


「ま、魔力貰った方は肉体無くてもいいから大丈夫だぞ?」


「本当?」

「本当本当!! 信じて下さいって!!」

「ぅ~~~」


 疑わしそうなリトが溜息を吐いた。


 その合間にも貰った魔力を用いて幻影を産み出したクロが汗を拭う。


「そっくりだろ? これでしばらくは誤魔化せる、と思う……」


 その言葉に帽子の下から妖しいという顔が覗いたのも束の間。


 彼らの周囲が騒がしくなる。


「おっと、そろそろ狭まって来たな。行ってくる」


「ぁ……」


 飛び出したクロが偽物のメイドさんとリトを連れて高速で遠ざかっていく。


 それを見つめた二人が思う。

 その背中は自分達と如何程に違うのだろうかと。

 孤立無援の最中。

 敵の数は3体。


 出て来た相手は次々に発見される情報からクロに向けて走り出し、空を飛び、樹木を伝うようにして追い掛けていく。


 先程の黒翔の爆発に巻き込まれたと思われる敵群の数は減っていた。


(さて、どうするか。山岳戦のマニュアルは経験込みで叩き込まれたけど)


 クロは思う。

 言う程易い作戦ではない。


 また、群体の部分を撃滅出来ても背後の二人を護れなければ意味はない。


 敵の増援が未だに来ないのは爆発が相手の出入り口を焼いたからだ。


 だが、もう一度増援を受ければ、恐らく瞬時に襤褸屑にされて死ぬ。


 だから、この一点での最善手は―――。


(増援を受けないよう相手に苦戦してみせながら、派手にやるか。いや、苦戦しか出来ないけども)


 次々に追って来るのは3体。

 ビーム砲撃を用いる頭部の籠手付き。


 空を飛び、管制指揮を出していると思われる遠距離射程の小銃持ちの黒骸骨。


 そして―――。


「見た事無いのタイプ?! マズイマズイマズイ!? 即死系能力持ってない事を祈るしかないのかよッ」


 足場の悪い山間は暮れるのも早い山間の土地という事もあり、3時だというのに薄暗くなって来ている。


 民家はまだ見えないが、恐らく山道はある。


 問題は相手が恐らく映像認識以外の観測方法を持っているという事。


 そして、明らかに夜戦向きそうな新型個体は巨大な頭部に目を三つ。


 それもまるで複眼のようなものを持つゾンビ。


 胴体は寸胴型だが、光沢のある簀巻き状の黄色い装甲らしきものを纏っている。


「簀巻き型とでも呼ぶか?」


 言っている場合ではない。


 相手は空飛ぶモノ以外も移動速度が遅いわけではない。


 山道をまるで獣のように走って追い付いて来ている。


 左に傾斜した山岳部は真冬という事もあり、枯れ木ばかりだ。


 藪は多いが、隠れて戦うのは不可能だろう。


 相手の観測手兼指揮者は上空である。相手が丸見えならば、2体を使って攻めるだけで単純に強い。


 だが、3体目の地上戦力がいなかった事は幸い。


 そうなれば、作戦の難易度は跳ね上がっていたに違いない。


「ッ」


 思考が目まぐるしく移り変わる最中。


 上空からの射撃の予備動作を感知した上空の映像もザックリ背中側の観測用の術式で見ていたクロの片腕が挙げられる。


 すると、魔力を吸収した肩の盾が起動し、即時広がる。


 固まって動いていた囮の二人を蔽うようにして展開された盾は上空からの掃射を何とか受け止め切ったが、


 途端にドカドカとクロの左腕と肩がハードパンチャーにジャブでも撃たれたような衝撃に外れそうになり、何とか耐え忍ぶ合間にも盾の表面がベコベコに凹む。


(標準仕様の盾が割れないが凹むレベルッ、貫通しないだけマシと思うしかないが……ぅ……MHペンダント返すんじゃなかった)


 自己治癒用の魔術は肉体に掛けられているが、MHペンダントを常備するのは一般隷下部隊でも任務中だけだ。


 再生に数分弱掛る肉体への負荷。


 盾を戻して樹木を回避しつつ走り続ける彼に今度は後方から籠手付きのビーム砲撃が襲い掛かる。


 こちらは弾速こそ銃弾にも劣るが、砲撃である為、弓なりな軌道を取る。


 背後に迫る砲撃の光弾が背後で爆裂するよりも先に囮を抱えてクロが跳ぶ。


 本日一般隷下部隊は考査中でゼネラル・マシンナリー・コートは不使用である。


 少し型遅れ品を使用している為、基本装甲もスーツも最新式には及ばない。


 だが、それでも肉体を賦活、超人並みな耐久力と体力だけは授けてくれている。


 爆風の残滓に焙られながらもクロが背後の簀巻き型に注視する。


 一撃でやられない為の鉄則は観察だ。

 相手の役割を看破すれば、大抵は対処可能。


(まぁ、ダメな時は何やっても死ぬけどな!!)


 それだけの事だ。


 そして、それだけの事の覚悟が出来ている以上、やらないのは犯罪的に頭が悪いという事をクロは知っている。


 経験則で言えば、可能性に掛けて100回失敗したところで1回の可能性があるのならば、それは上等というものである。


 奇跡は起きなくても、努力と精神論で底上げ出来る部分はある。


 それを用いれば、0ではなくなる。

 希望を見続ける絶望。


 それを前にしても鼻歌混じりにやれなければ、そもそも一般隷下部隊をやっていられるものではない。


 何度死んでも学習しない生き物はやっぱり何度実戦しても死ぬ。


 学習して方法を見付けて賢く立ち回って、それでも死ぬとしても努力するというところにまで悟ってようやく半人前。


 後は実力を付けてね、というのがスパルタ式な隷下部隊の掟だ。


 レベル創薬で努力すれば報われ、実力もちゃんと規定値には到達するようになり、そもそも努力する素質すらも与えてくれるというのならば、彼らに怖いものなど在りはしない。


 いや、在るには在るかもしれないが、それは大まかには世界最強の超越者とか、陰陽自研のシレっと無茶振りしてくる主とか、陰陽自研のニコニコした顔で目をキラキラさせながらヤバイ実験や兵器の試験してくれと頼んでくるヤバイ研究者やつらくらいだ。


 誰だって、ゾンビをスライムにする実験でクローニングにした人体にも効くか試す首無しデュラハン実験に関わったり、いつの間にか装備の質が数十倍近く跳ね上がったのに魔力量が3000倍になったよとか聞かされたり、その装備使い間違えると戦略核並みの威力で爆発して危険だから侵食されたり、洗脳されたら自動で自殺自爆を承知してねとか周知されたりすれば、悟れる。


「ッ」


 簀巻き型が走りながら動いた。


 巨大な頭部の三つの複眼がクシャッと潰れた途端。


 ゾッとしたクロは咄嗟にデコイ二体を両手で抱いて、横に思い切り飛ぶ。


 跳躍先にはビーム砲撃を照準する籠手付き。


 だが、それよりも先に何かが来た。


 巨大な閃光が彼の足から数m先を放射状に広がるようにして山肌を呑み込んでいく。


 光が奔る最中に樹木は消え去り、岩も蒸発し、崩れてゆく山そのものの質量が莫大な光の渦によって抉れて失われた。


 照射時間12秒。


 ソレが終了した時、咄嗟に視界を遮光していた彼は薄緑色をしたビーム砲撃の直撃弾を片腕の盾でいなすように弾いて肉体のあちこちの映像情報観測用の術式から送られてくる情報を統合して、相手の攻撃範囲を割り出す。


(―――個体を起点にして扇状の放射範囲?! 質量を蒸発させたのに衝撃波が殆ど無いッ?! 何だ!? 固体を気体に昇華したにしては余波が少な過ぎんぞ!? ただの光熱の塊を照射してんじゃねぇのか!?)


 実は自分で派手な攻撃をしようと思っていた矢先の出来事。


 これはこれで助かるが、クロはもう一発喰らったら即死だろうと唇の端を吊り上げざるを得なかった。


「温度の上昇も殆ど無いとか!! 特殊兵器は勘弁しろよ!! ああもう!?」


 愚痴りながらも遠隔で自分を捉える黒い骸骨型ゾンビからの掃射をまだ無事な方の盾で再び耐え凌ぎ。


 そのまま山肌を降りていく。


 車道らしきものが見えたが、崖を這うようにして通っており、下が川だ。


 どうやらゾンビ無限湧きの大襲撃時に空間の先に潜んでいた敵が出た地点が近いらしく。


 周囲には未だゾンビの腐臭がこびり付くようにして空気にも臭って来ていた。


(しめた!! 地殻露出地帯に出れば、そっこーで見つかるはず!! なら、ギリギリで空間転移が間に合うかもしれん!!)


 クロがそろそろ疲労が溜まって来た脚に力を込めて山岳部を走破していく。


 道無き道であるが、樹木の多くが一方向に彼が来た方向へと倒れており、クェーサー・ボムが炸裂した現場までもう少しである事を教えた。


 薙ぎ倒された樹木の多くは断崖や山間を挟んで少なくなっており、衝撃波がある山影には到達しなかった様子が伺える。


 一山数百m越えれば恐らく現地。

 全速力でデコイ両手に彼は急ぐ。


 崖を跳躍し、川の反対側の森の中へと着地し、装甲がベキベキと樹木を圧し折る度に衝撃を受けながら倒れた樹木を砕いて跳躍。


 こうして追い駆けっこに勝った彼は峰を越えた先に巨大な爆心地を見た。


 山肌が完全に消え去り。


 大量の土砂は今や緑の雑草に覆われているが、それでも其処は……湖だった。


「は?! いや、あ?! くっそ、そうか?! この数か月で雨水や地下水が溜まったのか!? マズイマズイマズイって!?」


 彼を追撃していた籠手付きの砲撃が正確無比に彼が0.1秒前までいた場所を吹き飛ばす。


 その衝撃に巻き上げられた土砂に背中を押されるようにしてゴロゴロと転がった手が湖の淵に付かれた。


「ぅ、水上移動用の術式なんぞ用意してねぇ……」


 戦闘そのものは行うつもりだった。


 だが、あくまで水場ではなく何も無い場所で3体を相手に粘るのを想定していた。

 水の何がダメって脚を取られるし、水が衝撃を受けて爆弾並みに凶悪な兵器になるというのがもうダメだ。


 超高圧の水蒸気や爆発時の津波や飛沫が散弾よろしく飛んできて動きを鈍らされたりしたら、目も当てられない。


 観念したかとジリジリと間合いを詰めて来る3体。


 簀巻き型の瞳がゆっくりと再生中なのを見れば、次弾装填はそう遠くない。


 正体不明の範囲攻撃に巻き込まれては命も無いだろう。


 だが、時間は稼いだ。


 二人がそのまま離脱していれば、それで彼の思惑は完遂する。


 始めての実戦で戦死。


 締まらねぇなぁとは思いつつも自分で想像出来る範囲で死ぬまで抗ってみようと……もしかしたら、死ぬ前には現在地に転移で部隊が助けに来てくれるかもしれない……と、クロは自分を慰めてみたのだった。


『クロ!!』


 だが、現実は往々にして儘ならないものだ。


 メイドさんに抱えられた少年が音も無く彼の視線の先。


 敵の射程に入ったまま背後から突撃してくる。


 主を片手持ちのメイドさんの手には炎が宿っていた。


 敵に情報を与えない為にも視線すら動かさず。


 彼はデコイを置いて走る。


 敵にしてみれば、無謀な突撃で追い詰めた相手がカモネギされに来たというところだろう。


 だが、カモでもネギでもない朝霧黒亥あさぎり・くろいは生憎と世界最強(ガチ)な陰陽自衛隊のヤバイ人の弟子。


 少しは彼女から習った事もある。


 一つ。


 相手よりも早くあるべし。


 相手の行動の先読み先読みを繰り返しながら、数手先まで読み間違えずに自身の手札で敵を誘導する。


 少なからず圧倒出来る札が手元に無い時は駆け引きしなさいと師匠は言う。


 彼の予測はこうだ。

 黒骸骨が小銃を掃射。

 それに耐え切れなくなった瞬間。


 もしくは跳躍して虚空で身動きが取れない瞬間にビーム砲撃でボロボロな盾を直撃して破壊。


 砲撃の間隔から言って、次撃は籠手付きの白兵戦。


 その合間にビーム粒子の再充填もしくは簀巻き型の瞳が再生するのを待つ。


 骸骨がチョイチョイちょっかいを掛けて来る位置で安全策を取り、格闘戦で危なくなれば、銃弾による掃射で相手を仕留めるなり、牽制するなり。


(セオリーと夢での経験だけで言えば、だが。初撃当たってくれないと死ぬっす。あはは……当たれよぉ!?)


 瞬間、想像通りの小銃が掃射。


 コレを盾で受けながら破壊されるままに籠手付きに動魔術で直線距離を最短突撃しながらディミスリル化合金製のカッター型のブレードで刺突。


 狙うのは相手の籠手付きの腕の付け根。


 黒骸骨はそのまま銃を掃射し続けるが、魔力フル投入の全力防御方陣を砕かれつつカバーし、籠手付きの左腕を両断。


 返す刃で無い頸部を袈裟切りにして籠手付きの右腕も両断。


 そのまま突撃した勢いのままに籠手付きの胸に突っ込み、姿勢を低くしつつ、そのままブレードを捨てて両腕で巨体を持ち上げつつ黒骸骨に向けて掲げる。


 簡易の盾に次々と銃弾が着弾するが、何とかコレを保持。


 腕の筋線維が限りなく悲鳴を上げているがコレを無視。


 火事場の馬鹿力で黒骸骨へと投擲。


 もう使い物にならない両腕で左右のホルダーからケースレス弾を指で弾いて虚空に放り上げ、予め準備していた動魔術で虚空に固定。


 ソレを魔力を込めた片足の踵でハイキック気味に撃つ。


 ダンッとケースレス弾が2発。


 動魔術の頚城を放たれて簀巻き型の頭部に着弾。


 貫くのではなく。

 内部で爆発。


 小型の近接信管が作動した成果は相手の頭部の完全破壊。


 再生するにしても時間は稼げた。

 間延びした時間間隔の中。

 黒骸骨が投擲された籠手付きを避ける。


 そして、もう攻撃を防ぐ手段が途切れた自分を銃弾が貫く―――前に飛び上がったメイドさんの鋭い手刀が炎を纏って相手の頭部を貫通し、そのまま縦に断ち割ったところで小銃弾が数発―――。


「ガッフッッ?!!」


 腕、左胴体部、肝臓、腎臓、膵臓、背骨を貫通。


 そのまま倒れた。


 ―――数分後。


 帽子の下でポタポタ涙を零す相手を前に思う。


 何だ。

 強いじゃん。

 メイドさんが。


 そうして、空から転移でやってきたのは一般隷下部隊、ではなく。


「お? 生きてるか~~若者。ほら、MHペンダント。良かったな。片世が見てたって話だ」


「……クローディオ……大隊長殿」


「数分で治る。ちょっと待ってろ。それにしても今日は忙しいな。何処も彼処も……そのがウチのシステムを抜いたって相手か」


 夜明けの蒼き狼。


 紋章を肩に背負うエルフは片腕を今は魔術で再現せず。


 チラリと今も泣きながら己の魔力をクロイの再生に注いで持たせている相手。


 リトを見やる。


「お嬢さん?」


 MHペンダントを掛けられて数秒で痛みだけは引いた為、何とかまともに会話出来るようになったクロの前でメイドさんがリトの帽子をそっと厳かに取った。


 ハラリと零れたのは金の髪。


 黒髪のメイドさんとは似ていないようにも思えるが、よく見れば、その瞳の虹彩の色が一緒だった。


 黒ではない。


 いや、黒く見えていたが、実際にはアメジストのような深い深い闇を思わせる黒紫……透き通っていながら黒過ぎる瞳の底には何も見えない。


「クロ……助かる?……」

「問題無い」


 クローディオが不安そうなリトに頷く。


「お前、女の子だったのか……」


「悪い? ボクは……兄さんが素敵だったから……いつの間にかこうで……」

「いや、ボクっ子というジャンルは普通だと思うぞ? ッ―――」


「ッ、だ、大丈夫?!」

「ああ、ちょっと再生痛が……」


 顔を僅かに歪めたクロが強がる様子にクローディオが肩を竦める。


「ま、初めてならそんなもんだ。内蔵の寿命がちょっと縮まるが、もしダメそうなら義肢や寿命マシマシな臓器移植もある。女の子とメイドさん1人護った勲章と思えば、安い代償だろ? ええと、アサギリ・クロイ隊員」


「才能無いので……キッツイです。大隊長」


「ま、話は聞いてる。全部、明日にするぞ。ウチの一番上は今、天下分け目のお休み中だ。取り敢えず、面倒事はオレがやっておく。お前とそこのお嬢さんは……ええと、メイドさんがすっごい睨むんだが……」


「アリア……」

「っ……(´・ω・`)」


 主に言われてちょっとシュンとした様子になるメイドさんが静々と背後に回って定位置に納まる。


「あいつの部屋から取って来たもんに付いてだが、何処で知ったのかだけ教えて貰いたい。それと幾らセキュリティが誤魔化せてもソイツは使えないぞ」


「使ってみなきゃ分からない……」


 少し反抗的な視線で少女が呟く。


「いや、分かる。そもそもあいつの部屋にあったのは1兆分の1のモデルだそうだ。言うなれば、単なるプラモみたいなもんだな」


「プ、プラモ? プラスチック・モデル?」


「ま、普通の人間が使う分にはちょっと性能の良い杖型の玩具だ。ウチのシルク・トーラーの内部で使う備品クラスだから、世界とか滅ぼせないぞ」


「……何処まで知ってるの?」


「対FC用の戦術組んでたからな。頚城だってのは分かる。FCの事はウチのトップが全権を預かってる。一番エグイ奴は今じゃクロイ隊員の同級生。一番使えるウチの息子は同門。一番厄介な能力持ってるのはトップの片腕。ま、今更1人増えたところで……」


 クローディオが顔写真を出した。


「あ、ラグ」


「え?! こ、これって!? ダブルオーの方々!?」


「何だ。お前、ラグの知り合いなのか? つーか、あいつの知り合いでもあるのか。って言うか。ミシェルさんの妹さん、になるのか?」


「ッッ、し、知ってるの!?」


「いや、知ってるも何もオレの知り合いばっかなんだけど」


「?!! 全滅したと思ってた……」


「表向きは逃げた事になってるんだが、どういう事だ?」


 クローディオにクロが説明する。


「東南アジアまで言って来て全滅したと思ってた? 死体が残ってた、か。まぁ、適当な偽装でもしたんだろう。何人生き残ってるのかは知らないが、殆どのFCが今は北米のカリブ海を望む場所に建った新興国家にいるぞ」


「ッッ―――ほ、本当!?」


「ああ、本当だ。何なら連絡すら取ってもいいってウチの兵站係は言いそうだな。取り敢えず、ミシェルに繋ぐ」


 すると、虚空に映像が浮かび上がり、双方向のリアルタイム通信が確立された。


『……ハンドレットの番号は?』


「99番、です。ミシェル様」


『アーシュリト。久しぶりですね』


「覚え、て……?」


『ハンドレット全員の顔は忘れてしまいましたが、何を話したかは覚えています。アリアは元気ですか?』


「は、はい!! アリア!! ミシェル様だよ!!」

「!」


 どうやらミシェルに任せて良さそうだとクローディオがまだ傷の治り掛けなクロをお姫様抱っこする。


「すっげー恥ずかしいっす。大隊長殿」


『我慢しろ。自分で護った女の子の前だ。堂々と怪我人しとけ』


「半分死んでましたけどね!!」


 クローディオがそれだけジョークを言えれば、十分だとアリアから数m先で燃え尽している三体を見やる。


『お話はクローディオさんや片世さんから聞きました。彼の言っている事は本当です。FCは全滅していません。ハンドレットも今は米国です。私を始めとする数人はテロの償いと同時に自身の意思で今は善導騎士団に席を置いています』


「みんな生きてる? 本当に?」


『ええ、脱落者が出たかは分かりませんが、あちらに訊ねる事は可能でしょう。死んだ者も……いたかもしれませんが、全滅しているとは考え難いです』


「そっか……みんなまだ……」


 カランとその手から杖が落ちた。


「感動に水を差して悪いんだが、この杖の事。何処で知ったか教えてくれるか? お嬢さん」


「……私を見付けた人がいたんです」

「見付けた?」

「はい。その人は周囲に黄昏を連れていて……」

「黄昏って何だ?」


 クローディオの言葉にリトが思案する。


「色合いが滲んでたんです。そういう色が身体の周囲に魔力じゃない何かが……」


「左様か。で? そいつはお前に教える代わりに何かをさせたか?」


「伝言を頼まれました。その代金として今善導騎士団で造ってるモノの中で最も危険で奪取可能な品を教えると」


「そいつは誰だ?」


「名前は聞きませんでした……」


 リトが手紙らしいものを懐から取り出してクローディオに渡す。


『拝啓、ツリーじゃ世話になった。蘇ったついでに新しいゲームを始めようと思う。丁寧な埋葬は感謝するが、オレはロックに生きる男なもんでな。あの鍵はまだ持ってるか? もし持ってるなら、幸運に感謝するといい。どうやらオレは最初からこうだったし、そいつの先にあるのは生前は知らなかったが……恐らく9体目の魔王だ。ゲームが始まるまで待っててくれ。人類を目覚めさせるテロリストより。PS.7体目の怠惰は貰った。後、4体目の強欲はオレの手の中だ』


「ッ……まぁ、今更か。蘇りはこっちも色々と理解はしてるしな」


 クローディオが今まで彼らセブンオーダーズが戦って来た者や情報を総合して最も敵の可能性が高い相手を思い浮かべる。


『騎士クローディオ。今のはまさか?』


「ツリーでの一件で死んだはずのテロリストがどうやら復活したらしい。死体はこっちで埋葬したが、今もそのままだ。頚城……どうやらオレ達の常識は通じないようだな」


 クローディオがあの時の事を思い浮かべて、少年とフィクシーがいなければ、今の日本はどうなっていた事かと内心で溜息を吐く。


(核テロリストが黙示録の四騎士の1人を下して準備中かもしれんのか……オイ。これってあの騎士共よりヤバイ案件じゃないか?)


 思わず天を仰ぎそうになったクローディオだが、クロを適当に転移で転送されてきた黒武のCPブロックに放り込んで、載るかとリトに視線で訊ねる。


 それに僅か逡巡したものの。


 杖を拾い直した彼女はミシェルが何も言わず自分を見つめている理由を理解して、静かにその少年の隣へと座る事にした。


「悪りぃ。オレ、ヒーローって柄じゃねぇみたいだ。やっぱ、無能でいいですハイ」


「……ありがとう」

「ッ、んな事言うなよ。泣けちゃうだろ……」


 自分の情けなさよりは目の前の相手を少しは救えた事に安堵して。


 これから最後まで顛末は見届けようと覚悟して。

 彼は静かに再生の痛みに吐息を零すのだった。


「さて、後続が来る前に北米帰るか」

「え?」


 クローディオの言葉に思わず、そちらを振り返ったクロだったが、周囲の景色を映す風景が瞬間的な転移で黒く染まった。


「北米?」


「あ、まだ日本だぞ。ウチの兵站係の最新鋭装備持ち出したんだ。最新鋭な移動方法でも堪能してけ。魔力コストほぼ0の超長距離転移方式だ」


 CPブロック内部の壁に外部が投影される。


「星?」


 思わずリトが呟いた。


 黒い世界に瞬くような光が幾つも幾つも少しぼやけてあちこちに見えるのだ。


 それは満天とは言わずともキラキラ光る夜空を思わせる。


「いいや、よく見てみろ」


 CPブロック内の映像の一つが彼らの前で浮き上がってクローズアップされた。

 その途端、彼らはズームの倍率と共に表示された光景に驚く。


 輝きの大本には大量の人間がぶら下がって立ち働いていた。


 魔力転化光の照明器具がサーチライトのように彼らのいる場所を照らす。


 それは壁面、らしかったが……灯りの周囲に薄ら浮かび上がるのは巨大な建造物の影だった。


「もしかして、コレ……この光全部ッ?!!」


「そうだ。噂には聞いてるだろ? 此処は東京の地下30km地点。この近辺だけでも50近く此処と同じもんが存在する。今は外壁工事の真っ最中だ。1つで半径5kmの区画が丸々入る。本来は積層化した階層式で球体を何層にも別けるそうだが、今は上下のフロアが取っ払われてて、もうこの景色は見れなくなるそうだ」


「ヨモツヒラサカ・プロジェクト。日本全域の地下要塞都市化計画、ですか?」


「マグマ溜りとも接する地下大深度の開発途中だ。ちなみに本体工事の7割以上の外殻をウチの兵站部門のトップ、2割がドローン、1割だけ人間がやってる」


「すげー規模……」


「全国の政令指定都市及びそれに準じる全ての都市に作ってるからな。後、小さな市区町村のシェルターからは転移方式でこちらに移動出来るが、大都市圏は直通のエレベーターが整備されてる」


「これが最新式の移動方式?」


「コイツは地球全土に延ばされてるディミスリル・ネットワークと連結される事であらゆるネット―ワーク上の場所へ瞬時に移動する装置が付いてる。転移というよりは巨大な人口レイライン上を縮地する方式に近いな。通常の転移と違って異相空間や次元の歪みを使わずにって話だ」


「言ってる事が高度なんだなぁとは分かりました」


 彼らの黒武が空を飛びつつ、数分で見えて来た半径200m程もありそうな大きい扉の前までやってくる。


 それは正しく門というものだが、地獄門にも思えるのはそのレリーフが大陸式の異界を顕すオドロオドロシイ怪異達のパレード状態だからだ。


 悪魔、スライム、獣、剣を持つ邪悪そうな戦士。

 あるいは罪人や懲罰を課す獄卒。


 だが、幾つものレリーフに刻まれているソレらには何処か気品があるかもしれない……それは人型が妙に美形と見えるからだろうか。


「あの……行先が地獄になってんですけど」


「気にするな。大陸から持ち込めた術式と様式で異界クラスの大規模な隔絶された空間とのチャンネルを接合出来るのはウチの最高位死霊術師殿が脳裏に持ってたコレだけだっただけだ」


「それって騎士ベルディクトですか?」


「ああ、こいつは何でも酷界……あっちで言う地獄。魔族達の世界から死者の魂を呼び戻す時に使う代物だったんだと……魔術師の魂ってのはあっちだとよく神が見放したら召喚術式で連れてかれる事があったそうな」


「文字通り、地獄から術師を呼び戻す為の?」


「成功率は五割以下でお察しらしかったようだがな。そもそも別のものがよく紛れ込んで精度も低かったとか。ま、気にするな。中身は単にネットワーク内の魔力源に保存されたまま移動する際の圧縮と解凍の装置とか何とか」


「はい。もうイイデス」


「その内、分かる。分かった時には是非、ウチってヤバイなぁと理解してくれ」


「大隊長に部隊の戦力としてお前には未来があるって言われて感謝感激なんですけど。複雑以上に複雑っす」


「オレもだ。でも、死ななきゃ絶対に出来ない体験が今度からは誰でも出来るってだけだぞ。単なる先行体験。配送業者の皆さんは毎日出来るようになるとも聞いてる」


「そういやトラック運転手集めてましたよね!? 物凄く暗い顔して本部から出て行った事ありましたよね!?」


「いやぁ、疑似的な死後の世界に物資と共に突っ込んで各地に運送業するらしいから。ベテラン・ドライバー=サンは引く手数多らしい」


「死後の世界?!! 生贄?!!」


「違う違う。何でもゾンビには無い魂を基準にして転移中の世界が組まれてるから、ゾンビは入っても戻って来れないが……生きてる連中はに引っ張られるが出て来られるとか」


「やっぱ、死ぬのオレ達!?」


 今までの二人のやりとりリトとアリアは『この人達ヤバイ?!!』とガクブルしつつ、涙目であった。


 何も言わなかったのは高度でヤバそうな事をサラッと垂れ流されてツッコミどころが見付けられなかったからだ。


「というわけで行くぞ。あ、オレが一応さっき通って来たから大丈夫、だと思う。確率的には0.00034%でちょっと指先くらいの魂が欠ける、かもしれないってだけだ」


「やっぱダメだわ?! ちょ、ちょちょ、降ろしてぇぇ!?」


「「((((;゚Д゚))))」」


 喚くクロと怯える少女とメイドさんを載せて黒武が門に突っ込み。


 魔力の小さな転化光を宿す方陣に飛び込んで消えた。


 後で少年は少女と共に語る事となる。

 お花畑が見えたとか。

 知らない荒野を走ってたとか。

 海底に敷き詰められた死体の上を通ったとか。


 ディミスリル・ネットワークに吸収された莫大な死の魔力と神から吸収した魔力の巨大な塊の最中を通常の物質的な存在でありながら移動する死後の旅路。


 正しく神曲を辿るような刹那の魂の世界を彼らは垣間見たのだ。


 実質時間にしては0.32秒程で終了した転移であるが、生きたドライバーが必要というのは単純に物質を再置換する際に魂を起点として物質の圧縮を解除するからだとの事。


 まだ先行試験中のシステムを使った彼らは北米に派遣された笑顔の陰陽自研の白衣達からしっかりとした検査を受け、医療病棟に一応搬送。


 その後、少女はミシェルの下へと連れていかれ、事情を聞かれる事になる。


 こうして小さな騒動は小さなままに終わり。


 後日、返却された杖を見て少年は少しホッとした様子でミシェルへ語るだろう。


 盗まれたものが何であるか。


『良かった。無事に返ってきましたね』


『大事なものだったのですか? 騎士クローディオからは何かの兵器のプラモデルみたいな代物だとの話でしたが』


『ええ、間違ってません。でも、コレ戦略兵器の超小規模版なので』


『え?』


『能力は同じですけど、大規模なヤツの起動キーなんです。使い方を間違えると地球が滅びちゃうところでした』


『―――何でそんなものを自室に?』


『ああ、いえ、此処が一番安全だったんです。本来、この情報は僕しか知り得ないはずなんですが……まぁ、あっち側で知られたんでしょうね』


『あっち側?』


『その内に説明します。黙示録の四騎士の意図を挫き、世界の変質を止める為の力……これはその一つってだけです』


『切り札、沢山ですね』


『何が効くのか分かりませんから……でも、どうやら僕らも気を引き締めないと。此処からは僕らの死体だけじゃ済まないでしょう』


『……後であの子にはキツク言い聞かせておきます』


『いえ、心が弱ってるところを唆されただけでしょうし、誰もコレの事は知らない方がいいんです。ですから、優しくして上げて下さい』


『貴方がそう言うならば、お父様……』


『それよりも問題は彼の復活です。過去の話を聞きに行かなきゃならなくなりました。頚城の奪取方法とか。他の四騎士の制圧方法とか。色々……』


 こうして世界の滅亡は未然に防がれた。

 しかし、その功績を上げた少年は未だ己を無能と疑わず。


 厳しくて仄々笑顔の片世に殴られながら新しい境地を同門となる少女と共に開いていく事になるのだった。


『うふふ~~~(*´ω`*) ハイ、ドーン!!!』


『ウァアアアアアァアァアァ!?!!?』×一杯の新人隷下部隊員の悲鳴。


『アリア!? あの人、絶対オカシイよ!? ボクを認識してる!!』


『!?』


『いや、一緒に訓練受けるのヤバイって前置きしたじゃん……(´・ω・`)』


『ヤバイとかじゃないよ?! アレ!?』


『まぁ、同意する。取り敢えず、死亡回数目指せ100回未満って事で……』


『騎士団入るの早まった気がする……(;´Д`)』


『せっかく、能力がスイッチ出来るようになったんだから、頑張ろうぜ?』


『そう言えば、結局どうしてボクの事、認識出来てたの? クロ』


『ん? ああ、エヴァン先生が言うにはオレの能力は認識や知覚って行為の範囲外なんだとさ』


『どういう事?』

『オレの能力は夢だが、現実なんだ』

『??? ゲンジツ? 幻術?』

『ああ、現実を夢に見る能力なんだ』

『え? どういう事?』


『あぁ、ええと……説明するのはムズイんだが、要約するとオレの能力は現実を夢として見られる能力。それもリアルタイムに……夢遊病患者みたいなもんらしい』


『寝てるって事?』


『脳で認識してるんじゃなくて魂が感じてる。だから、オレは普通の人間とは違って自身の現実の箍が緩くて、ちょっと融通が利くとか』


『ごめん。分からない……』


『オレもだ。でも、今もずっと寝てるんだ本当は……現実の夢を見て会話してる。つまり、今喋ってるのも本当に寝言って話……五感を感じる脳の部位は殆ど停止してるから完全に能力が無きゃ、寝た切りの植物状態なんだってさ』


『え? え?』


『善導騎士団に入る前。東京で変異覚醒者が大量に出た時にオレ、一度心臓止まっててさ』


『し―――』


 思わず少女が絶句する。


『何とか助かったんだけどなぁ……結局、能力は暴走状態。オレは今も夢の中……ただ、ずっと気付かなかったんだよな。現実と殆ど変わらない夢を見てて……生体維持機能、運動機能以外は働いてないのに喋って笑って飲み食い出来てたし』


『………大丈夫なの?』


『まぁ、能力のおかげで普通に生活出来て普通に生きてるのと変わらないし。でも、夢だから、誤差があるらしくて』


『誤差? 現実との?』


『そうそう。で、魔術師技能も合わせるとちょっとだけ現実でズルが出来る』


『ずる?』


『オレの見てる夢と現実の齟齬を超常の力が補正する、だったっけ?』


『そうなんだ?』


『ああ、ミシェルさん曰く。オレの周囲は夢が食み出して少しだけ他の連中よりも曖昧なんだって。だから、オレの周囲でなら、オレは少しだけ本当の現実、実際のオレよりも有能になれるとか。嘘か誠か……自分の命じゃ試したくねぇなぁああもうホント(ブツブツ)』


『知ってる!! ネットで言ってた!! チート!! 悪い事だって!?』


『はい。無能なのに有能なフリしました。BANされて当然ですゴメンナサイ、って違うわ!?』


『それ知ってる!! ジャパニーズ・ノリツッコミ!!』


『ミシェルさん。何か育て方間違えてない? 大丈夫? 妹さん』


 頬を膨らませたリトの頭を適当にクロが撫でる。


『そんなリスみたいな顔すんなって。いや、カワイイけども』


『?!!』


『ほんの少し現実がオレの夢の方にズレるんだ。ほんのちょっとだけ……間に合わないものが間に合うかもしれない。本当は届かなかったものも、少しだけ手が届く。その程度の力なんだってさ……』


 アサギリ・クロイは目覚めない。

 だが、確かに生きている。

 現実と夢の境界を渡りながら。


『もしかしたら、お前もちょっと現実より可愛くなってるかもしれ―――』


『!!』


 ビスッと。


 メイドさんのチョップがその寝言は寝て言え的な夢遊病患者へ炸裂する。


『痛た?! メイドさん止めて!? オレ、これでも病み上がりな病人なのよ!?』


『クロの馬鹿……( ̄д ̄)』


 ツンッとそっぽを向いた少女を夢見ながら、少年は唇の端を少しだけ吊り上げる。


『こらそこぉ。遊んでるなら後2000回くらい死んでもらうわよ~~~(*´ω`*)』


『『何でもありません。ご指導お願いしますカタセ・センセイ(・ω・)/』』


『!!!』


 新人や幼年者達に混じって基礎を叩き込まれる少年少女+メイドさん。


 その様子に遠目からミシェルは大丈夫そうだと静かに通路の奥へ消えていくのだった。

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