間章「お休みⅥ」
近頃、陰陽自研の糧食部門に入り浸る男がいる。
その爽やかなイケメンにメロメロ(死語)になるお姉様やおば様は多い。
遺伝子工学や魔導機械術式を用いたハイ・マインナリー・プランツの研究データを実地でカタカタPCを操作しながら学ぶ様子は真面目な学生だが、彼が指摘した研究成果の一部が進展したりする事もあり、多くの研究者が一目置いている。
糧食部門系列の研究成果は現在、様々な生体強化や食品、植物などに応用されており、薬学分野でも大きく貢献する。
レベル創薬。
その大規模な前倒しでの治験やらが安全に行えたのもその青年の貢献が僅かばかり後押ししていた。
料理人としても一流である彼に目がハートな女性は普通に多い。
まぁ、安治総隊長の甥というコネと全体的に高いステータスが女性陣には堪らない感じらしい。
しかし、多くの女性が彼に好みを聞いてプルプルしながら遠ざかっていく事はあまり知られていない。
うっかり、口が滑った彼の性癖のせいである。
何がとは言わないが、極めて偏っている彼の性癖を見抜いた観察力高い系女子はブワッと涙を零しながら、何て惜しい人と思いつつ離れていくのだという。
まぁ、それはそれとして。
「ねぇ……アレに告白するのは止めといた方が……」
「そ、そうですよぉ!? すっごく口には言えないような性癖だって専らの噂というか。みんな何も言わないけど、メソメソしてたじゃないですかぁ」
善導騎士団一般隷下部隊が陰陽自衛隊の富士樹海基地で大型の練兵カリキュラムを行うのはもはや通例になっているが、その内訳に実は男女別のプログラムが導入されている事はあまり知られていない。
何故、男女を分ける必要があるのか?
それは実際には男女差別じゃね?と最初は言われていたのだが、隊員達は上層部が言わない意図を訓練する内に知るようになる。
要は戦える後方の女性達の生存率の確保を主眼としていたのだ。
人類が滅びるような事態になっても戦える後方職系の人材が残っていれば、受胎能力を保持する限りは男が共に数人以上いるなら、人類の絶滅という最悪のパターンは免れる。
機械で子供を作ろうという時代である。
だが、その機械が動かなくなれば、最後に頼るべきは女性。
種の保存を考えての事であるというのは一種の差別には違いないが、明らかに合理的な絶滅回避プログラムではあった。
彼女達が文句を言う筋合いも無かったのである。
まぁ、結果として訓練プログラム中は年若い十以下から四十代前半の陰陽自衛隊の女性隊員、女性騎士候補、女性一般隷下部隊員達が物凄く女子高や女子系の大学みたいなノリになる。
「ぅぅ、あのイケメンで知的で料理も上手くて話術も凄いと噂の人がどうして何か性癖歪んでるんですか!? そこだけおかしくない!? バグってない!?」
「二十代の先輩方が撃沈して虚ろな目になってましたよ……」
「でも『いや、あの性癖さえ受け入れられるなら……ブツブツ』とかも言ってたわね。神様は酷な人にあのフェイスを与えたわ。確実に……」
「安治総隊長の甥子さん。セブンオーダーズに招集されるらしいですよ」
「ねぇ、お姉ちゃん。あのイケメン、ダメなの?」
「ダメ、らしいわよ。男は顔も大事だけど、中身も大事よ。覚えておいてね」
「はーい。でも、カッコイイなぁ……えへへ(´▽`*)」
現在地は陰陽自衛隊富士樹海基地演習場前。
件のイケメンは野戦用のテントの前で巨大な寸胴を90個くらい同時に動魔術で掻き回しており、ポルターガイストみたいに料理用の器具が誰も持っていないのに踊っては野菜や肉や海鮮を切って炒めて蒸して揚げて煮て―――。
とにかく料理を1人で行っていた。
寸胴1人頭40人分×90個。
ついでに数千人分の揚げ物やら炒め物やら蒸し物やらテント前のキッチンスペースでは明らかに器具の体積に見合わない莫大な食材がフライヤーや蒸し器の中に放り込まれていた。
魔導による空間制御を超絶使いこなした調理である。
自分の制御する空間に蒸気、熱量、油の海を大量に確保してその中に食材を放り込み、器具から取り出した時には出来上がっているという寸法だ。
次々にテーブルには出来立ての献立が載っていく。
数千人分。
それもABCDと四種類も定食を1人で造っている青年は鼻歌混じりだ。
今日は快晴。
地獄の訓練を終わらせて、魔術で汗や垢をザッと流してヘロヘロになってやってきた訓練上がりの人々が昼飯の列に並ぶまでもなく。
次々に自分が食えるだけ定食を持っては野外のテーブルに掃けていく。
「ふぅ( ´Д`) 仕込みは終了。後は出すだけだね」
さすがに数千人分の料理を1人で用意した事で疲れたらしい青年が汗を拭って空を見上げる。
その一部始終を見れば、正しく爽やかイケメン(心まで清い)にしか見えない。
事実、彼に声を掛けていく隊員達は皆良い笑顔で料理と彼の腕を誉めそやし、青年の謙遜を引き出している。
友情並みに隊員達から信頼されている様子は将来順風満帆だろう。
「本日の献立は……南米風から揚げ定食サルサソースとタルタルソースの相掛け。ハンバーグ定食テリヤキソースか和風おろしを添えて。ガレット定食4種のガレットと3色ソース。パンケーキ定食塩味に七種の虹色コンフィ」
『お前神だよ(感涙)(´Д⊂ヽ』
『お前が女だったら、確実に結婚を申し込んでるぞ(真顔)』
『性癖さえ歪んでなかったら、お前はオレの敵だったが、今はマブダチだ!!』
『どうだ? やらないか?(迫真)』
『このぉう!!? 完璧チョォジンめぇえぇ!? なんて、なんてもん食わせてくれるんだぁぁあぁぁ(口から黄金のビームが迸る)』
『う、美し過ぎます(滂沱となる涙)』
『くぉ!? 眩しッ!? はは、何だ? 旨過ぎて前後不覚になったらお花畑……あ、死んだばっちゃが手ぇ振ってらぁ……』
『も、戻って来てぇ!? 三尉ぃ!?』
男にも人気な青年は圧さない圧さないと言いながら自らでもランチを次々に用意しては提供していく。
全てのランチが行き渡るのにニ十分。
90列40人の食事は速やかに隊員達の胃袋に納まったのだった。
世界中見渡しても基地内部にしかない光景は今や彼らには日常だ。
老若男女。
陰陽自衛隊は年若い者を採用しているが、善導騎士団一般隷下部隊は年代混成が主流。
そんな彼らが樹海を切り開いた基地の演習場で訓練する様子は姦しい。
夢で毎日のように訓練。
それ以外では耐久レース並みに一日から数日の連続戦闘訓練。
訓練が無い時間は全て休養。
書類仕事なんて殆どせずに尉官級以下の人材は戦闘サイバイバル訓練漬けだ。
偉くなった人々は戦闘訓練からは遠ざかるが、何も戦えないわけではなく。
純粋に一定以上の技能を有したので基礎訓練と状況に対応した最新の応用訓練以外は受けなくて良くなっただけだ。
次々に更新される訓練環境と万難を排すると言われる少年のあらゆる環境での戦闘を想定した夢の中での経験の蓄積が彼らに与えるのは超人的な対応力。
あらゆる死を経験し、その上でも職業倫理を遵守して仲間達の生存へとタスキを繋ぐ者達が幹部候補生として取り立てられていく。
ただし、能力至上主義ではないところが一般の軍事組織とは違うだろうか。
基礎的な能力は全て装備で画一化される為、その後に+αする必要もない彼らに必要とされるのは純然たる精神性なのだ。
幾ら能力が高くてもソレが唯一無二でなければ、大抵は組織から優遇もされないというのはある意味健全だろう。
その点で言うとカズマの能力は無限機関染みているのでオンリーワン。
ルカの能力も何やら少年は近頃本質的に何か思うところがあるらしく。
専用武装の開発に取り組んでいるくらいには特別になったようで。
対照的な二人であるが、どちらも代えが無いという点では同じであった。
『これが陰陽自衛隊と善導騎士団』
演習風景を遠方から見やるものがあった。
白い球体。
そう見える何か。
上空2km地点。
気流に紛れて浮かびながら漂い。
小さな浮遊ゴミのように風船の像がその上には被さっている。
『躯体を再設計。再構築。フィックス機構立ち上げ。【CEX】より戦力を招集……ベルト・コマンダーズによる支部への波状攻撃。人員の削減を推奨。BFC委員会の裁定を更新。最優先目標、ニューヨーク及び陰陽自研。二次目標戦略予備の漸減……自衛隊各基地』
フワフワと風船は飛んでいく。
そして、その風船は見落とす。
そのあまりにも不似合いな風船という存在。
そう、ゴムが稀少なこのご時世。
そんなものを飛ばすヤツはこの世紀末にはいない。
コンドームすらゴムが手に入らないからとリサイクル品が馬鹿高い値段になっている昨今である。
少なくとも高度2000mまで偶然1つだけ飛ぶ風船など在りはしない。
統計学的にも極めて珍しい以上に怪しい。
と、九十九に繋がるドローンの一機が送り込んだ映像は判断された。
それも知らず。
風船は風に乗り、消えて行った。
自分を地表から定点カメラのように追い掛け続ける枝や電線に止まった鳥型使い魔の群れの視線が見ているとも知らずに。
『本隊の到着まで残り――――――――秒。事前防除戦闘開始準備』
そんな風船を見つめる鳥を見つめる者が1人。
「何を見つめとるものか。実家に報告するかどうか悩む話だが……』
僧侶らしき衣服を身に纏う男が錫杖片手に頭の傘を僅かに傾けていた。
*
陰陽自研は陰陽自衛隊、善導騎士団のどちらにとっても生命線だ。
湯水のように彼らが生み出したあらゆる技術の集積の末の品は常人には理解不能に近いが全て実用品であると同時に芸術品でもある。
グラビトロ・ゼロ。
重力を消却する事で電力や熱量を得るという極めてオカシなソレも元々はチタン合金系のディミスリル化合金。
俗称では重力軽減合金の冶金学による高度な解析。
そして、量子力学分野の大規模な進展によって得られた代物である。
重力、時間、空間に関する高度な学問体系は魔導と錬金術の導入によって更なる飛躍を見せた。
実際に重力に干渉する物体が現物であるのだ。
それを解析する九十九が存在している以上、ソレの研究が進む事は明らかに天命構造に等しい。
結果、彼らは辿り着いた。
ダークマターの正体や世界法則の構造へと大海原を踏み出したのだ。
それを支えるのは無限に等しい物資を供給する少年の実験研究への支援だ。
千回実験しなければならないデータが1憶回今日中に行えてデータも取れて九十九による解析を受けた結果を人間が解釈し、新たな見解を得て、それを実行可能な現実のエンジニアリングとして再構築する。
特異な現象を機械で再現出来るならば、それだけで世界は変わる。
無限機関の開発は既存の魔力限界を取っ払い。
低出力低コストでの機械の超長期連続稼働を可能とした。
魔力電池が今まで莫大なエネルギーを賄っていたわけだが、その多くが低出力での定常稼働時は不要になり、最大効率での稼働でなければ、必要無くなる。
これだけで燃費が恐ろしくよくなるのは自明であった。
黒武、黒翔、痛滅者、無限者は元より。
自動化されているドローンや使い魔及び機動地雷群。
その他、多数の機械の動力源として組み込む事は確定的。
この更新作業そのものすらもドローンで行われているという現実から、今や陰陽自研は左を見ても右を見ても小型のドラム缶や球体や多脚型ドローンが大量に蔓延る魔窟と化していた。
無限者を全てのリソースを次ぎ込んで作成していた為、その後の復興事業中に始まった作業は未だ終わっていない。
陰陽自研が終われば、日本北米イギリス各地の支部。
重要拠点への無限動力確保は急務として1月を待たずして終わるだろう。
まぁ、それはそれとして今日も陰陽自研はオカシな研究者達が回す夢のワンダーランドとして人々の常識を変えていた。
『陸自の吉永一佐がお見えです』
『これはこれは一佐。お忙しいところを』
『いや、君達の方が忙しいだろう。無限機関への主動力換装という状況でこちらの話を聞いて頂けるだけ有難い』
『いえいえ、仕事ですから……』
『それで何だが、承認された例の件、どうなっているのか進捗を聞きに来た。こちらとしては無理を言っているのは分かっている。ただ、時間が捻出出来ないなら、上に少し掛け合っても良いかと思ってな』
『いや、まさか!? そんな事をして頂かずとも終わらせます。ええ、今は何処も忙しいですから、御手間は取らせませんよ。それに何とか取り掛かったところですので』
『本当か? 君達も忙しいだろうに……有難い』
『では、ご案内します。実機は一応、仮組みではありますが終わりました』
『本当か!? いや、疑うわけではないのだが、あれからまだ一週間しか経っていないのに……』
陰陽自研の中を歩く陸自のお偉いさんは虚兵が所々にカスタマイズの為に置かれている実機の駐機倉庫内へと案内されて、次々にマシンアームが組み立てていく実機のカスタム部品やカスタム装備品を物珍しそうに見ながら、奥へと進んでいく。
『それにしても黒武と黒翔の導入。更に虚兵も合わせれば、かなりのものと思っていたのですが、まだ足りませんか?』
『十分過ぎる程だとは思っている。夢による練兵カリキュラムの導入も進んでいるし、今まで以上の火力が出せているのも分かる。だが、歩兵装備が最終的には虚兵による対ゾンビ覚醒者寄りになった為、ドローンの高性能化も併せて従来の重火器による戦術が崩れた』
『まぁ、分かります。ですが、何分兵の消耗を抑制するのが戦略上は重要です。相手はただのゾンビのみならず無限の兵力を有していますので』
『それも理解は出来る。だが、こちらも動体誘導弾や刻印弾の扱いには慣れて来たところだった。やはり騎士や精鋭達が扱っている歩兵装備のように重火器をメインにしたものは必要だとの声は根強い』
『魔術師技能や魔導師技能、超常の力が無い方が使う歩兵装備は単純に現在陰陽自衛隊や善導騎士団が使用しているモノの劣化品になってしまうというのは話した通りです』
『機能をオミットした廉価品でも使えはすると思っている輩がこちらには多くてな……』
『ですが、それでは歩兵役の質が補えないから虚兵が導入されるわけで……』
『頭では分かっていても、身体では今まで覚えてきた事を使わずに戦えと言われる事に違和感を感じる者は多い。今回の依頼はそういう現実に端を発していると考えて欲しい』
『後方や予備戦力ならば、それでも構わないのですが、今後は現地への威力投射がDマリオネッターになる事も考えると非効率と思う方も多いでしょう』
『……それも分かってはいるのだ。分かっては……だが、そう何でもかんでも転換されて付いてこれる頭の柔らかい層だけではない』
白衣の男と陸自の制服を身に纏った男が倉庫の奥へと辿り着く。
『結城陰陽将からの依頼でもありましたので、現在の指針に逆らわない形で戦術的にも戦略的にも補助的な役割を果たす装備になる事は我慢頂ければ』
『要望を満たして貰えれば、こちらとしては構わない』
『では……』
巨大な扉。
いや、10m×10m程度ならば、陰陽自研では比較的小さい方だろう場所の横でディスプレイにカードキーが翳されて、すぐに開いていく。
『ッ、これが……!?』
『陸自からの要望を形にするとこうなります。火力投射を自身の肉体で行い。重火器を用い。騎士団や陰陽自衛隊の使用する装備の劣化版にならず。後方でも最前線でも実用に耐え。虚兵や黒翔、黒武とも違う従来の運用の延長線上で使える現実的な装備、です』
二人の男の前には倉庫内に鎮座する四メートル四方の巨大なキューブを背部に背負う虚兵よりは小さいだろうスーツ式のメタリックだが、装甲も殆ど急所にしかないハーフプレート……大陸式ならば、動き易さ重視の鎧が置かれていた。
接続された巨大なキューブは固着されたスーツの背部で威圧感を放っているが、鈍色の表面は薄っすらと内部が半透明に透けており、何もないクリスタル状の様子を晒している。
『これは一体……』
『現在、開発中の最新鋭歩兵装備の技術を応用して既存プランをブラッシュアップして造りました。これを持ち運ぶスーツの連続稼働時間は実働で常人が限界まで動いても420時間弱。見ての通り、装甲は無いものと考えて下さい』
『これが重火器をメインにした支援装備だと?』
『はい。昨日、軽く演習場で使用した映像がありますのでこちらを』
白衣の男が大型のディスプレイが付いた端末を渡す。
映像がスタートすると。
巨大なキューブを背負った白衣の男自身が走っていた。
『これの原型となったのは建築業で使われている建材を持ち運ぶ用のスーツですが、軍用技術で全て置換してあります』
『このブロックが装備の肝だと思われるが、どのように使うのかね?』
『ご覧頂ければ分かるかと』
映像が続く。
標的のゾンビが市街地から現れた途端。
白衣の男が手に持っていたチューブ状の弾帯のようなものを背部に接続、既存の重火器を連射、撃ちっ放しにした。
その映像が延々と垂れ流される最中、背後のキューブがゆっくりと細っていく。
そして、演習場全域の様子が映し出された。
市街戦を想定してあちこちにゾンビが配置されていたのだが、恐ろしい事にゾンビの頭部だけが白衣の男の銃を起点にして放射状に次々弾けていく。
それもビルの最中や路地裏や曲がりくねった迷路染みた路地裏の先にいる個体までもだ。
高低差も関係無く次々に打ち倒されていくゾンビ達のkill数が両手撃ちっ放しで連続掃射1秒で60発。
つまり、10秒で600体×2で1200体。
その圧倒的な火力と命中率に男は瞠目する。
『従来、転移を用いた補給は四騎士戦では使えないと言われていました。今は技術的に何とか可能かもしれないとは思われていますが、研究開発速度がその時に追い付かなかった場合の別プランがありまして』
『別プラン?』
『プランBです。その場合にはコレの方式が歩兵装備の正式採用版。主兵装になる可能性もありました』
『弾丸を造っているのか?』
『はい。それもオートで認識範囲内の敵を自動識別、解析して必要な銃弾を即時生成する代物です。常人には魔術師技能が無いのでソレを無理やりシステムで代用してあらゆる場所に低速の弾丸を誘導してます』
『ふむ……』
『ただ、それを可能にする為、10kg程のキューブの接続部のシステムコアが必要になります。このコアの周囲の半透明の金属に見えるクリスタル。これは錬金技能で現在使われているケースレス弾を造る際に必要とされる素材の最終加工前の代物です。コレの大きさや形は変えられます。今は基礎的なキューブ状ですが、装甲型にしたり、盾形にして持ち運ぶのも可能です』
『弾丸以外は造れるのかね?』
『はい。砲弾も可能です。これ自体がかなりの強度を持ち、あらゆる場面でシステムが自動識別した状況判断に合わせてオート・セミオート・マニュアルで様々な物体を生成可能です。背部に背負うディミスリル化合金次第では強固な簡易の塹壕や工作部隊顔負けの工作も出来ます』
『素晴らしいシステムだと思えるのだが、どうしてコレが採用されていないのか尋ねても?』
『……使い処が無くて』
『使い処?』
『つまり、コレは莫大な魔力を保持した魔術師技能と魔導師技能を持つ人材に出来る事をシステムで処理してやっているだけなので劣化版と言えます』
『この性能で劣化版なのか……』
『魔導師1人に同じものを空間制御で持たせてやればいいだけなので』
『いや、それでも常人をその域にしてくれれば、十分では?』
『ぁ~~いえ、そうでもなくて。とにかく魔力コストが高過ぎます』
『コストの問題か? だが、それこそ今やっている無限機関を載せれば……』
『いえ、魔導師技能関連のコードを実行するにはどうしても魔力が必要です。電力を魔力変換してから行ってもいいのですが、無限機関は基本低出力なので充電ならぬ充魔力に時間が……その上で殆どのゾンビとの戦闘は野戦か廃墟を壊して良い前提で戦う事になる為、コレを使うよりシエラⅡの戦域制圧機能でも使った方が安上がりでして』
『む。確かに言われてみれば……』
『防衛時に魔力の無い警察権力に使わせる案も出たのですが、通信が阻害されていた場合、外部からの演算処理が委託出来ないと誤射の可能性が……』
『確実なのはどれくらいの範囲なのかね?』
『100mくらいです。それも連携する観測システムがちゃんと機能していた場合に限りという。そもそも人のいる市街戦では機械頼みにする照準システムはちょっと……なので民間人を護る防衛戦には向きません。そもそも動体誘導弾ならば、備蓄だけで全ての避難所に現在10万発から備蓄されてますし』
『わざわざ視線誘導弾や低速の精密誘導弾で防衛する理由が無い、と』
『はい。ですので、運用状況が極限られてしまう事から開発データはあったのですが、生産は見送られていました。ですが、自衛隊の支援装備としては恐らく限定的ですが、有用かと』
『どのような状況ならば?』
『……基地が襲われた場合です』
『ッ、そういう事か』
『射程距離と支援距離を限定して基地の防衛に限って。あるいは無人の市街地や占拠された周辺地域の小規模作戦などによる奪還にも役立つかと』
『シエラが使えない場合を想定しているわけか?』
『はい。まだ実数が足りませんので。誤射しても現在使用する装甲を抜けない威力にしておけば、問題ありません。民間人やシェルターを護るというよりは自衛隊や各国軍の保全防衛に際して威力を発揮するのではないかと騎士ベルディクトに上申書を提出中です』
『ユーラシア遠征で占領するか造るだろう補給拠点も護れそうだな』
『対空砲と重火器の掃射に合わせて前進。一時、周辺の限定的な制圧や退路の確保、大型の艦艇を受け付けないような作戦状況下で魔導師や魔術師の技能が無い人員をその力で護りつつ時間を稼ぐ。こういう追い詰められた状況には打って付けかもしれません。生憎と能力をドローン化しても通信環境下でなければ、微妙な性能ですし、鹵獲の可能性を考えてもあまり高性能化出来ません』
『だが、劣悪な魔力コストも補給基地ならば?』
『はい。遠出しない限りは保証出来ます』
『……遠征までに実機はどれくらい確保可能かね?』
『十万機くらいでしょうか?』
『―――精々数百くらいが限度かと思っていたが……』
『無限機関が導入されたので生産ラインの実働コストが実質0になりました。計画外の製造ラインを騎士ベルディクトに認めて貰って造れば、2日後からでも生産そのものは始められます。実機のデータ集積と実用段階での改良は必要でしょうが、基本的にはライン本数次第です。月産3万機程度を見込みます』
『生産ラインは確保出来るのかね?』
『まぁ、重要なのはコアなので。今もラインの増設が進んでいる虚兵辺りのラインに相乗りして増築を……弾丸資材や魔力の方も騎士ベルディクトが認可すれば、それこそ明日にでも数十万機分揃えられます』
『これを虚兵に載せられないのかね?』
『一時的な火力増強にはなるのですが、広範囲殲滅能力としては専用装備に劣るので実装は見送られました。まぁ……載せても構わないのですが、恐らく過剰火力な上に後方を護るのに必要な装備を揃える為のコストとしては余分な重荷になるかと』
『では、このまま頼めるかね?』
『ご要望と有らば。騎士ベルディクトは生憎と今日はお休み中なのですが』
『実機でのデータ収集はこちらで請け負ってもいいが』
『分かりました。取り敢えず試作したものが後30機程倉庫にありますので、言って頂ければ、転移で自衛隊基地の方へ送っておきます』
『よろしく頼む。送り先は今から少し連絡して詰めたい。少し待って頂いてもよろしいか?』
『ええ、勿論です』
『ああ、大事な事を聞き忘れていた。名称は?』
『【
『我々は拾われる方か』
『気を悪くしないで頂ければ幸いです』
『悪くなどするものか。これでまだ戦えるのだから……』
少年が知らずとも世界は動く。
それはまるで歯車のように噛み合いながら必要な力を拾い集めては組み上げていくに違いなく。
嘗て、北米でそうしたように日本でもまた戦えるようになった者達の準備は続く。
休んだ少年が働いていた時よりもまた何かが違う今がやってくる。
永い永い人々の一日はそうして始まっていく。
まるで独り立ちして歩き出した赤子のように。
名も無き1人が名も無き1人と行う未来への投資が身を結ぶ時。
そこにはただ事実だけが残るだろう。
歴史にも残らぬ些細な話。
それは確かに大きな流れを形作る力の一つだったと。
*
近頃、イギリスの善導騎士団一般隷下部隊及び復興支援中の陰陽自衛隊の一部の部隊はホラー映画を見ている気分で国土が丸ごと壊滅したイギリスとアイルランドでウロウロしている。
理由は簡単だ。
『そっちに行ったぞぉ!?』
『このゾンビ、同型とも普通とも違う!?』
『そろそろ夜明けよ!? 誘導も完了するわ!!』
『あの棘に刺されるなよ!! 前に太陽放逐されたヤツのだ!!』
『あいつらの持ってる棘、盾に罅入れてくるんですけど!? ヤバイって隊長!?』
何か危険生物?みたいなものが発見されたからだ。
その多くが何か神格の反応があるとか無いとか少年やフィクシーが判断した後、面倒だからと太陽に向けて転移砲弾で射出された。
フグみたいに棘だらけのアンコウみたいな生物とか。
蛇みたいな触手が大量に生えた蛙みたいな生物とか。
先日の主神級の海神による生物汚染によって出来た眷属染みた怪物とも違って何か正気が失われそうな外見だった為、被害が出る前に地球から放逐したのだ。
関わった人員の精神が軒並み重度の汚染に晒されたような侵食度合だったので正しかったのだろうが、それを機に危なそうな生物の駆り出しがイギリスでもアイルランドでも行われた。
『ふぅ。何とか……朝日で崩壊する……吸血鬼か?』
『触手の一部みたいな蛇の方も駆逐完了したとの報告です』
『銃弾が効いても耐久力が桁違い……色も青み掛かっていたし、アレも封印した神の影響かもしれんな』
『周辺で活動していた民間人の生体検査終了しました。大丈夫かと思われます』
『了解した。後は専門の特殊解析班が来るのを待って帰投だ』
『了解です!!』
侵食を受けても人に被害を与えない生物は囲い込みとデータの解析が終了後には解き放たれたが、それも6割くらい。
囲い込まれていた生物の一部は危険だった為、消却処分後に塵まで原子変換されて綺麗に北米の火山地帯の地下まで伸ばしたディミスリル・ネットワークで転移埋葬処理が施された。
こういった出来事が起きてから伝承だの言い伝えだのを確認する解析班が小さく立ち上げられ、その部隊入り前の現地の危険生物排除……現地に封印されてたり、新発見されたヤバイ生物の処理が開始された。
『班長一斉処理の最大案件が封印指定されたようです』
『あの緑青の炎の柱か?』
『はい。どうやら刻印弾が無しの礫らしく』
『マジかよ……弾丸が効かないとか。結局、生物なのか?』
『精霊のような神格位クラスの何からしいですが、噴出した場所が沿岸部でしたので囲い込んで解析。根本的な処理方法が見付かるまでは封鎖だと』
『イギリスも物騒になって来たなぁ』
『一番物騒なのはあの大玉ですけどね』
『そういや、ポツポツ半魚人が少数出て来たんだっけ?』
『ええ、どうやら玉に登っているらしく。繁殖や分裂する様子もなく。玉を破壊する行動も確認されていないのですが、頂上を目指して封鎖中のドローンに銃撃され、途中で息絶えているとか……ゾッとしませんね』
幸いだったのは通常の隷下部隊や陰陽自衛隊の戦力で太刀打ち出来る相手であったという事だろうか。
次々に何処かで化け物が復活しただの湧いて来ただの地下から現れただのと忙しくはあったが、あくまで業務と呼べる範囲で回せる数日に3件から10件程度の数であった事も幸いした。
『そういや、知ってますか? 近頃、噂なんですよ』
『噂?』
『駆け付けてみるとドローンに捕捉されてた化け物が消えてるらしいって話で。担当班が他の班が処理したのかと確認してみるんですが、瞬間的に消えてしまうとの事で……上は問題が無いなら構わないってスタンスらしいんですけど、特殊解析班の連中はおかしいってデータを洗って調べてるとか』
『空間を越えて消えてる、とか?』
『いえ、時空間や重力の歪みは感知されてないそうです』
『なら、概念系の硬度な隠蔽でも使われたか?』
『それが消えたら、その化け物は二度と戻ってこないとか』
『誰かが人知れず処理している、か。漫画やアニメの見過ぎか』
『班長、まだ15なんですから、もっと見た方がいいですよ。しがないヲタクからの忠告です。オレ今年で30ですけど、家が厳しかったんで今ではドップリでして……』
『そういや、ヲタク閥だったな。お前……』
『ぁ~~~♪ 猫ちゃんまた来たの~~』
『ん? アレは……騎士ベルディクトの使い魔?』
『ああ、近頃イギリスの部隊によく出没してるそうですよ。何でも人の言葉が分かる上にリアクションも面白いとかで女子に大人気。ただし、1講演で上等な弁当かディナー2食らしいです』
『講演?』
『マヲゥオヲ~~~♪』
『きゃ~~~二人で新作コント始めたよぉ~~何言ってるか分からないけど!!』
『クゥヲヲ。クッククーヲ!!』
猫達が何やら器用に食事をしつつ、ツッコミを入れるやら相手を片腕でド突くやらしている。
『かーわーいーいー^-^』
『あ、プロレス始めた!! え? エビフライの取り合い? ふふ~~』
『マヲゥヲヲォッ!!(エビを盗ろうとするモノに凄惨なる死の一撃を!!的な猫的拳法の構え)』
『クックゥーヲ!!!(昨日、お前はから揚げ盗っただろゴラァ的なボクシング・スタイル)』
ジャギィンと爪が出た両者がドガァッとかドゴォッとか衝撃波みたいな音を出しつつ、両手で攻防をこなしつつ、宙に浮かばせたマイ箸でモグモグ食事しながら相手を投げ飛ばしたり、打撃でノックアウトしたりしている。
どうやら姉妹愛とか同族愛は深くないらしい。
『騎士ベルディクトは餌をやってないのか?』
『マヲヲ!!?』
『クヲヲ!!?』
猫達が同時にその声へ抗議して振り向いた。
『あ~~班長ダメですよ~~そんな言い方~~猫ちゃん達は餌じゃなくて食事をしに来てるんですから~~それにこの子達って結構な大食漢らしいですよ? イギリスの食堂とかにも来るらしいですけど、大盛り2人前くらい頼むとか』
『そ、そうか……』
猫達は食べ終わる頃にはヘロヘロになった様子で今日はこのくらいにしてやると肩で息をすると腕をペシッと前で合わせる。
マヲマヲクヲクヲ……恐らく『ごちそうさまでした』と言って、女性隊員達に愛想を振りまきつつ転移で勝手に消えて行った。
『近頃の使い魔って転移も出来るんですねぇ……』
『アレは例外だろう。知ってるか? あの使い魔達、戦車乗り回すらしいぞ』
『え? マジですか?』
『そのせいで使い魔に黒武を任せるプランが真面目に検討されて試験的に導入されるそうだ』
『マジかぁ……ウチって正しく猫の手も借りたい忙しさなんですね』
『後、アレにあまり関わるな。オレの力が言ってる。アレは危険だ』
『そういや、班長の超常の力って状況のリスク判断を悪寒で感じる、でしたっけ?』
『攻撃系が欲しかったくらいのちょっとしたつまらない力だ。東京で活動してるアッパーテイルの班長くらいの能力が欲しかった。切実に……』
『あはは、でも精鋭になれたんですから、良しとしましょうよ。で、あの猫ちゃん達のリスクって如何程?』
『知らない方がいい。少なくともオレが出会った中で一番ヤバイ』
『またまた~~~冗談が上手いんですから~~』
『(あの猫モドキ……あの主神よりも悪寒が酷い……騎士ベルディクトも相当だが、アレは本当に猫を被ってるんだろうな……まさか、噂は……)』
『班長?』
『何でもない。何もオレは知らない。それが長生きの秘訣だ』
『あはは、まだオレの半分も生きてないのに分かったような顔してちゃ可愛げなくてモテませんよ~~』
『オレの
『猫神の祟りじゃ~~みたいな? (ゲラゲラゲラ)』
『そう言えば、班長。あの猫ちゃん達って日本や北米で野犬とか野良猫を集めて説法する猫の大師って呼ばれてるらしいですよ』
『さもありなん。恐ろしい世の中だ……本当に……』
班員達の笑い声が響く中。
昼食時は過ぎていく。
とある部隊の班長はその予感や予測を何一つ裏付ける事もなく。
報告もする事は無かった。
が、確かにその脳裏の想像は間違っていなかっただろう。
猫ズが現れるのは決まってヤバイ生物達が出現した地域の部隊。
そして、その泣き声が一種の長大な詠唱を圧縮する超高圧縮状態の魔術言語である事など魔導や魔術の超上級者ではない彼らには理解しようも無かった。
見知らぬ猫達の加護によって護られた彼らは知らず知らず救われているとも知らず、自らの仕事をこなしながら、昼時には猫漫才を見てマッタリ加減で日常を過ごしていく。
こうしてずっと部隊に少なくとも数人単位の死者が出てもおかしくない生物達の排除は何の因果か。
死傷者0で順調に推移していくのだった。
猫が弁当でお地蔵さんより効能のある護り神をしているだなんて、今まで殆ど一般人であった隷下部隊や常識人が服を着て歩いている自衛隊員にはまるで予想もしようのない話だったのである。
*
近頃、猫ズは神出鬼没というのは誠の事である。
イギリスでずっと何だか疲れる事をしていたらしい二匹は海神の封印後は勝手気ままに日本と北米とイギリスをブラ付いており、その目撃談は増加の一途。
現在、彼らが現れるホット・スポットは日米の大都市圏である。
何をしているのかと言えば、野良猫や野良犬を集めているのだ。
何やら夜半にマヲォオとかクヲォヲとか。
遠吠えしているとウロウロしていた野犬や野良猫達が集まって来て、彼らに連れられて何処かへと消えていくのだと言う。
ついでに保健所内の野良猫や野犬も消えるという不可思議状態。
関連は疑われていたが、だからって魔導騎士の使い魔に文句を言う者はおらず。
保健所としても処分しなくて楽なので野犬や野良猫が施設内から消えると報告書を書くだけであった。
そうして、北米や日本の野良猫と野良犬達が次々に消える事件はネット上では野良猫野良犬誘拐事件としてミステリーになった。
243:(・ω・)さん@新東京善導騎士団\(^o^)/:20××/××/××(×) 04:44:33.43 ID:/???
今日は怪奇ミステリーを皆さんにご報告したい
293:(・ω・)さん@新東京善導騎士団\(^o^)/:20××/××/××(×) 04:48:45.14 ID:/???
そういや、近頃野良猫と野犬が消えてんだよなぁ
323:(・ω・)さん@新東京善導騎士団\(^o^)/:20××/××/××(×) 05:06:64.13 ID:/???
そうなのか? そういや近くの山の野生化した動物の鳴き声、近頃聞こえねぇなぁ……群れ単位で移動したかと思ってたんだが……ミステリーだったのか。
343:(・ω・)さん@新東京善導騎士団\(^o^)/:20××/××/××(×) 05:08:14.13 ID:/???
噂じゃ魔導騎士の使い魔が連れてって、何処かで改造手術してるらしい。何でも使い魔の資質のある個体を欲しているんだとか。公開されてる善導騎士団の予定表に使い魔の一斉配布が重なってるとか何とか。オカ版で言ってた。
善導騎士団が怪しげな魔術の生贄としてワンちゃんネコちゃんを使っているという噂は実際に使い魔の大量配布という話と重なって、一部の動物愛護団体から政府や政治家への強烈なクレームというか。
単純に査察するべきという話になったのだが、それを真面目にやろうとする政治家も公的権力も存在しなかった。
そもそも処分前提で捕まえられている犬猫の使い魔としての再活用ならば、まったく善導騎士団は慈善活動をしているに等しいと言われて然るべきだし、怪しげな魔術の材料にしていると言われても、やっぱり野良猫や野良犬に対しての愛が現在の現状への支援を上回るネガティブな話かと聞かれれば、答えはNOであった。
だが、一部の狂信的動物愛護団体や思い込みの激しい個人などは犬猫の権利を護れとばかりに騎士団のネガティブ・キャンペーンを展開。
公的な請願として善導騎士団に犬猫をどうしたのか尋ねる政治家もちらほらと出始めた。
政治家にとって動物愛護は楽に票が稼げる科目だ。
ついでに善導騎士団が黙殺してくれれば、請願だけして後は何もしなくても良い為、恰好のポイント稼ぎだったのである。
だが、善導騎士団側も請願に答えようが無かったというのが本当のところだろう。
だって、誰もマヲーとかクヲーとか適当な泣き声をしている二匹が何をしているのかなんて全部把握していなかったのだから。
その請願が出された日。
生憎とお休みを取っていた魔導騎士のプライベートにわざわざ仕事をブチ込んで周辺の中核人材である女性陣から顰蹙を買いたい者はおらず。
彼らは考えた。
どうしよう?
そして、適当な中間管理職の1人が思い付いた。
よし調査したり査察しよう。
こうして現在暇な部隊の一つに使い魔マヲーとクヲーの身辺調査が回される事になったのだった。
『え~~という事で我々の目的は騎士ベルディクトの使い魔であるマヲーとクヲーの二匹の捜索と調査と査察である』
『はい。班長。よろしいでしょうか?』
『何だね? 田崎一般隊員』
『班長……我々はあの猫ちゃん達の居場所がまるで分りません』
『大丈夫だ。出現ポイントは絞り込んでドローンで確認出来るようにイギリス北米日本各地の映像取得許可は取ってある』
『ですが、班長。相手は恐らく超絶的な転移実行能力を持つ使い魔であると考えられます!! 騎士ベルディクトの無限の魔力を用いて転移で逃げられてしまっては追いようが無いように思えますが?』
『それもそうだ。だが、我々の目的はあくまで誘拐? されたっぽい野良猫や野良犬がどうなったかの調査だ。数百万匹単位で消えたその動物達が何処かにいるのならば、その場所があるはずなのだから、それを見付けて確認すればいい』
こうして善導騎士団東京本部で九十九にアクセス権を得た彼らは映像認識システムを用いて猫達を追跡。
イギリスで部隊の隊員から弁当を貰って漫才?というか日常的な会話を披露する猫ズとか、イギリスの食堂で実は毎日こっそり食事している猫ズとか、善導騎士団東京本部や北米の二本部の食堂でドリンクだったり、デザートを摘まみ食いする猫ズとか、取り敢えず毎日良いもん食ってるんじゃね?と思われる生体活動を確認した。
『班長!! あの猫ちゃん達、良いもん食べてますね……』
『ん? ああ、そうだな……今日の訓練は朝から昼まで。食事も全部レーションだったからな。腹具合はイイが、やっぱり食堂で食べたいのが人情だよな』
『ですよね。というか、あの猫ちゃん達、その日一番美味しいものを食べにあちこちの食堂に移動してません?』
『確かに……イギリスの危険生物処理部隊の和風ハンバーグ&エビフライ弁当、イギリス本部のパイのセットと3時のおやつセット【スコーン&ジャム&クローテッド・クリーム&紅茶】、北米のリブロース・ステーキとトロピカル生ジュース、日本のショコラティエのガトーショコラ1ホール……オレもクイタイ』
『班長。よだれよだれ』
『おっと、犬系な覚醒者はこれだから困る。いっそマスクでもしようかと近頃悩むんだよなぁ……』
『あ、消えましたね。どうやらドローンの観測範囲外のようです』
『むぅ……だが、おやつセットを持って行ったという事は何処かにあるはずだ。ハッ!? そうだ。それを辿ろう!! 確かあのセットはカップや道具も返却する為にビーコンが搭載されていたはず!!』
『班長!! 冴えてます!! 今、検索を……ビンゴ!!』
『一体、何処だ?』
『これは……日本の北海道北部!? ベルズ・ブリッジです!!』
『そうか!? あの未だ使い切れない広大な空間ならば確かに数百万匹の犬猫も入れられるかもしれん。よし、ベルズ・ブリッジに向かうぞ。内部の生体反応がサーチ出来る場所にいなければ、サーチ出来ない場所にいる事になる。絞り込めるぞ!!』
『やりましたね!! 班長!!』
『それはそれとしてあそこの入り口の屋台で売ってる500円弁当買っていくぞ。アレ旨いんだ実際』
『ついでにチョコ土産や海産物も買ってきましょう。今日は隊員全員が夜には訓練も終わりますし、海産物パーティーでもどうでしょう』
『おお、いいな。良し!! 地酒も買ってくぞ!!』
『はい!! 班長!! 愉しみですね!!』
このようにして彼らは生物捜索班となっていく。
後々には猫ズを必ず見つけ出すスペシャリストとして勝手に九十九内で有能人材リストに登録され、毎度毎度消えた猫達を追って未知の世界へと入り込んでいくのだが、それはまだ未来の話。
今は奇妙な猫達を追うただの班長と部下に過ぎなかった。
―――20分後ベルズ・ブリッジ。
ベルズ・ブリッジは北海道北部、サハリン本島と北方四島を長大な構造物の線で繋ぐ多角形の海を囲い込む巨大建築だ。
今や日本最北端の海洋基地兼実験施設兼ドック兼etcな多目的施設であり、米国にも基地機能の一部は解放されている。
建造物で囲い込まれた内海は冬を迎えて真冬の極寒に凍てつき。
人々の賑わいは無いかと思われたが、そんな事は無かった。
大規模天候操作術式による恒常的な戦域規模の人工的な天候構築。
そのおかげで氷雪に閉ざされるどころか。
真冬だというのに雲一つ無い快晴。
冷たくこそあるのだが、風は秋口の晴れ間のような気温だ。
絶景だろう澄んだ水平線の先にある雲までもブリッジ上層階からは見える。
内部は今や商売がてら移り住んだりする者達が独自の自治を確立しており、善導騎士団北海道支部と緊密に連携する事で変異覚醒者も暴走初期段階ですぐに鎮圧される事から、極めて治安も良く住み易いところとなっている。
内部は下層や上層は迷路染みているが、中層部は普通に貫通する巨大な通路が置かれている為、街並みも真っすぐだ。
外界から取り入れた光が壁から直接放射されている為、外と変わらぬ光量も維持しており、炉端では畑をやっている者さえある。
漁業と研究と港とドックの街。
ベルズ・ブリッジは正しく今や独自の商業圏を有する北海道有数の商業施設と化していた。
道端では海産物と加工品と食料品が大量に並べられ、それが飛ぶように売れていく様子は活気に溢れているし、善導騎士団と陰陽自衛隊の一部が見回りしている様子は日常であり、米軍の軍人達がちょっと肩身狭そうに店外に座席が迫出した居酒屋で飲んでいたりもする。
人類が衰退させてきた料理文化や食料的な豊かさが其処にはあった。
『班長。直通エレベーターの使用許可下りました』
『了解だ。行くぞ』
『はい』
二人でビーコンの反応を追う班長と隊員がイソイソとエレベーターで一般人の立ち入り禁止な最下層へと降りていく。
地底までも伸びたベルズ・ブリッジは最下層付近に近付けば近付く程に重力が軽減されている。
その為、彼らが最下層のエレベーターから降りた時には無重力空間に出ていた。
通常は消灯されている電灯がパパパッと周囲30m先まで点灯。
彼らがビーコンの反応を見ながら動魔術で加速して自動車並みの速度を出して虚空を奔る。
そうして数分後。
彼らは複雑に入り組んだ隔壁だらけの迷路を九十九の案内で抜けた。
その先には巨大な油圧ロック式の扉が一枚。
『どうやら、この先がビーコンの在処なようです』
『ちなみに此処は?』
『先程から九十九に問い合わせているのですが、どうやら無重力区画内の未使用領域のようです。重要なものは置かれていない使い道を検討中の場所との事で情報がありません』
『扉は自動か?』
『いえ、扉横の小さな小門をハンドルで回して開けるそうです』
『この先にあの猫達の秘密が(ゴクリ)』
『あ、開けますよ。班長(ゴクリ)』
『あ、ああ……』
彼らがハンドルを回して扉を開け、薄暗い内部へと踏み込む。
『こ、これは……』
『い、一体何だ。これは……ッ』
彼らが驚くのも無理はない。
彼らの前には広大な空間が広がっており、その内部では薄暗い世界をぼんやり映し出す発光した小さな袋状のものが無数に並んでいた。
まるで陳列される棚か。
あるいは本棚か。
という具合に左右に無数整列して天井までも高く伸びているのは……猫と犬が入った柔らかそうなカプセル状の半透明な水溶液に満たされた何か。
だが、その様子は以上であるというのに犬猫達はまるで眠っているかのようにスヤスヤしており、寝返りを打つやらガボガボと水中で寝言でも言っているように口を開くやら閉じるやら。
近い場所にあるミニチュア・ダックスフンドに近付いた班長が、そっと指先でその袋をなぞる。
『温かい? それにゴムのような弾力を感じる。どうやら死んではいないようだな』
『班長。九十九からの解析結果出ました。この袋内部の溶液は呼吸を可能にするものだそうです。それと生体活動に必要な養分を与えているようだと』
『……保護施設、なのか?』
『九十九が確認している最中なのですが、どうやら陰陽自研の研究の一部が勝手に流用されているらしく。再生用のスーツ充填ジェルの改変版であると』
『アレの別バージョンという事か』
『ええ、奥に行ってみましょう』
『ああ……一体、この施設は……この規模……本当に数百万いるのか?』
『いえ、それ以上かもしれません。九十九が空間制御の痕跡があり、実際の空間よりも更に数百倍広いのではないかと……』
『マジか……』
彼らがビッシリと蜂の巣箱のように並べられた袋の壁の間を通って奥へと向かっていく。
すると不意にケガをしているらしき犬猫が入っている場所に出た。
『……どうやらケガの治療再生を行っているようです』
『治療、再生? 保護施設や病院施設、という事か?』
『え、ええ、九十九は生体維持用の設備と断定しています』
『むぅ……ストレスを感じさせないよう眠らせている、のか?』
『高魔力反応を感知!! ビーコンの位置まで凡そ400m!! 班長、そろそろ辿り着きますよ!!』
『魔力反応? この設備の動力機関か何かか?』
『行ってみましょう。どうやら20m前後の開けた空間がそこにあるようです』
だが、彼らが後100mまで近付いた時。
その棚に出くわした。
『?!!』
『大きい!? それに既存の犬猫ではない?! まさか、改造されているのか!?』
彼らが見たのは明らかに彼らが知っている猫や犬とは異なる姿を持った四足系動物達の姿であった。
色々と姿はあるが、ライオン並みの体躯を持つ個体や人が乗れそうな像並みの体躯を持つモノまでいる。
一様に強靭な肉体である事は外側からでも見て取れるし、その数割には急所を護るような装甲らしきものまで毛皮に混じって付いている有様であった。
(犬? 猫? 狼? いや、奥にも何かハクビシンっぽいのからマングースっぽいのまで……鳥類もか?)
隊長が戦慄する。
四方の空間の奥には更に別区画と思われる場所があり、様々な動物達が犬猫と同じように並んでいた。
そして、その奥の奥にもまた起きているらしき動物達の目が点々と彼らを見ているかのように輝いており、別生物と同じく爛々としている。
『一応、透明化と消臭の術式掛けて来て良かったですね』
『術式で隠蔽して脳裏で魔術師技能でチャンネル越しに会話までする必要はないだろうと思ってたんだが……』
彼らがそう話している間にもマヲーとかクヲーとか声が更に奥から響いてきた。
それに反応した動物達がノソノソと狭い棚と棚の間を歩いて掻き分けるように集合していく。
それを追った彼らは更に前方へと200m程の空洞を発見する。
どうやら細長いベルズブリッジの各所には多数の動物達が収められているらしく。
その棚の切れ間らしかった。
集まって来た動物達は多種多様だ。
四足動物のみならず。
鳥類も爬虫類もいる。
だが、集まって来ているのは殆どが魔力を体表に張り巡らせ、通常の動物には見えないモノばかりだった。
その中心には何故かミカン箱が二つ並べられており、二匹の白猫と黒猫が並んで座っていて、尻尾をユラユラさせている。
『マヲーヲヲ。マヲヲマヲゥヲ』
『クークククヲ。クヲゥヲクゥ!!』
何やら複雑な話を動物達にしているらしい。
動物達の前には次々虚空へと映像らしきものが浮かび、彼らの目の前に広がる光景は大量の人々が住まう都市の姿。
また、それを蹂躙していくゾンビ達の姿も続けて流される。
動物達と触れ合う人間のみならず。
動物達を捨てる人間や動物達を虐待する人間の事までも赤裸々に映像は伝えているが、その合間にも様々なマヲ語やクヲ語が話されていた。
十分近くマヲマヲクヲクヲ言っていた二匹は最後にゾンビ化した動物達はZ化と呼ばれるゾンビではないが、ゾンビのような口を持つに至る動物達の様子を彼らに伝えていく。
それを見ている動物達は正しく目をしっかりと見開いていた。
『マヲヲマヲ!! マヲーヲヲ!!』
『クヲークク!! クゥヲ!! クククヲ!!』
二匹が話しを締めくくった途端。
動物達が全員、二匹に頭を垂れた。
それだけで猫ズが如何に動物達の上に立つ存在かが分かろうというものだろう。
そして、二匹が尻尾を一振りすると。
彼らの首や頭部の下に薄い金の刻印が浮かび上がる。
それは二匹の連名での肉球らしきスタンプであった。
動物達がソレの刻印と同時に立ち上がり、二匹に頭を下げてから次々にベルズ・ブリッジの奥へと消えていく。
『……動物達を教育していた、んでしょうか?』
『分からん。本当のところは何もな……だが、状況を見れば、そのように思える』
猫ズが動物達を見送った後、ミカン箱の上で( ´Д`)フゥッという息を吐いた。
どうやら疲れたらしい。
『マママ・マ・ヲ』
『ククク・ク・ヲ』
その後、何やら調子を合わせて歌のようなものを歌い始めた二匹の周囲から魔力の光が伸び上がったかと思うと四方八方の棚に浸透して、透明なジェルの薬液にまでも輝きが宿り、次々に棚の一部に変化が現れる。
一部の動物達の姿が変化していくのだ。
犬と猫達が豹や虎や狼を模した何か巨大な体躯を手に入れたり、特別そうに見える体表や毛並みが金色になったり、目や爪が変化したり、多種多様な様子は見ていて同じ物が一つも無いという事実を彼らに教える。
『班長。この動物達を変化させているのはあの二匹のようですね』
『ああ、魔力を与えて、通常の生物を別の生き物にしているようだな。ただの使い魔がこんな事を出来るはずもない。あの魔力量……さすが魔導騎士の使い魔と言ったところか』
『一体、どうしてあの二匹はこんな事を……』
『もしかしたら、例の使い魔の量産計画なのかもしれん。詳しい事は知らないが、騎士団も陰陽自衛隊も使い魔を受け入れる準備をしていたところだったしな』
『陰陽自研で造られているとばかり……まさか、あの使い魔達が……』
『選別しているのか。あるいは動物達を救いがてら、自分達の任務を全うしているのか。九十九からの回答は?』
『……使い魔の量産計画は陰陽師研の秘匿情報らしく。我々は開示条件を満たしていないとの事です』
『そうか……』
『報告に困りますね』
『まぁ……』
彼らがどうするべきか少し思案した時。
ふと彼らは背後で自分達を見る視線を感じた。
そこにはさっそく出て来たらしい金色の猫が彼らをジッと見上げている。
『気付かれた、か?』
そう班長が班員に訊ねると。
『人間さん』
『『ッ』』
そう、金色の猫が喋る。
『喋れるのか? 君は……』
班長にコクリと猫が頷く。
彼はまだ声を出していない。
だが、そのチャンネル越しの隠匿した魔術師の通信を金猫は傍受しているらしかった。
『人間さんはゼンドーキシダン?』
『ああ、そうだ』
『ボクらを調べてる?』
『ああ、調べてる。君達の行方を気にしている人間がいてね』
その声にちょっと金猫が嬉しそうな顔になった。
『ボク、人間さんとまた遊びたい』
『遊びたい、のか?』
コクリと大きさは普通サイズの一匹は頷く。
『もう前に優しかった人間さんはいないけど、もう一度遊びたい……』
その言葉に彼らが想像したのはゾンビに襲撃された被害者達だった。
『ボクらの中には人間さんはワルイ人間さんやコワイ人間さんがいるって言う子もいるけど、ボクは人間さん好き……前の人間さんは遊んでくれた……コワイものに叩かれて動かなくなっちゃったけど……もう……いないけど、もう一度……』
その言葉に彼らは思う。
人も動物も誰か無しには生きていけないのかもしれないと。
それは動物達の知能どうこうという話ではなく。
生物として当たり前の事。
再びと次を望む姿勢は動物ならば、人間も犬猫もそう変わらぬのかもしれない。
彼らは次が無いと諦めていた世界にいた。
けれど、もう一度を……その可能性を騎士団と陰陽自衛隊に貰ったのだ。
目の前の金色をした猫はソレをあの二匹に貰った。
その状況は何も変わらない。
『君達はこれから何をするんだい? 猫君』
班長の問いに猫が僅かに考えて彼らに視線を向ける。
『カミサマが好きにしていいって』
『神様……好きにしていい?』
コクリと頷きが返される。
『カミサマ。言ってくれた。人間さんを護るのも人間さんと敵対するのも人間さんと関わらずに生きて行くのも好きにしていい。でも、あのコワイものがいる限り、やがて全ていなくなるって……』
『君は人間と一緒にいてくれるのか? 猫君』
『ウン。人間さん。助ける……みんな自分が決めた人間さんに付いて行っていいって……カミサマが言ってた』
『……君達が決めるのか……そうか。そうだよな。君達が決めていい。ああ、当然の事だ』
班長の言葉にコクリと金猫が頷いて、テテテッと休んでいる猫ズの前に向かっていった。
『カミサマ。ヤクソクをください』
『マヲヲー』
『クヲヲー』
いいよーと適当過ぎる態度でだらけていた猫ズがペシッと判を押すように虚空に片手を同時に付くと金の刻印が猫の首元に焼き付いた。
ペコリと頭を下げた金猫が班長の下に戻ってくるとヒョイと飛び上がって彼の肩に乗っかる。
『君はあちらに行かなくていいのか?』
『人間さんについていっていい?』
『オレにか?』
コクコクと猫が頷く。
『……オレは猫飼った事ないんだが。餌って普通でいいのか?』
『カミサマ言ってた。ご飯食べなくてもお腹空かない。ヤクソクだから』
『約束……か』
『でも、人間さんが嫌になったら、別の人間さんに付いて行ってもイイって』
『そうか。なら、しばらく君を預かる事にしよう。話も聞きたいしな』
『イイの?』
猫は嬉しそうに尻尾を揺らす。
『オレが悪い人間さんで付いて行きたくなくなったら言ってくれ。出来る限り、何とかしよう』
コクコクと猫が人懐っこい様子で班長の顔に頬を摺り寄せた。
『班長。で、どうします?』
『まぁ、帰ろう。おとぎの国があったとでも報告書には書くさ』
『怒られますよ?』
『実はオレ……学生の頃、童話作家になりたかったんだ』
『意外ですね……』
『いいじゃないか。人間が好き勝手にしてきた動物達が神様とやらにもう一度機会を貰っただけの事だろ? 誰に彼らを左右する権利があるってんだ』
『動物愛護の精神に目覚めました?』
『馬鹿言え……意思ある者を所有物にしてきた人間に動物達が意思を伝え始めたんだ。今までみたいには行かないだろ。それとも人間の法で彼らをもう一度自分達のものだと主張してみるか? 黒人奴隷より酷い歴史になるかもしれんぞ?』
『それは……』
『今度は人間が見られる番なんだろう。丁度いいじゃないか。人類が滅ぶべきなのか。それとも生き残るべきなのか。人間の最良の隣人に判断して貰えばいい。人の業と人の性が滅びを大きく育てた時代だ。この先に生き残るのが人間でも彼らでも共に戦わなきゃ待ってるのは死だけだろう』
『詩人ですね』
『オレに考えがある。少し手伝え。報告書作りは得意だろ?』
『ええ、まぁ……付き合いますよ。それに結構猫は好きですしね』
こうしてたった二人の追跡者はテクテクとその場を後にし、すぐ様本部へと戻って報告書ならぬ書簡の作成を始める事になる。
数日後、彼らが請願者と善導騎士団、陰陽自衛隊、日本政府上層部に緊急に出した書簡は話題となり、テレビ局にも意図的にリークされ、大々的に世間を賑わす事になる。
その新時代の動物愛護の模範とされる書曰く。
【―――動物達は言いました】
『貴方は良い人間さん? 悪い人間さん?』
『良い人間さんなら話を聞いて下さい』
『悪い人間さんならすぐ逃げて下さい』
『ボクらは人間さんとお話しをして、ご飯を食べて、青空の下で遊んでから決めたいんです』
【―――人間さんは訊ねました。何を?】
『ボクらと仲良くしてくれるなら、ボクらは人間さんと一緒に泣いて笑ってご飯を食べて時には戦います。でも、ボクらを虐げるなら……食べちゃうぞ♪ ガオ』
その後、各地で喋る動物達が目撃され、次々に自分の主と決めた者達の下へと降臨していく事になる。
彼らは一様に通常の魔術師よりも高い魔力と能力と知能を持ち。
同時に人間を推し量る鏡の如く問うという。
『貴方は悪い人間さん? それとも良い人間さん?』
そんな御伽噺が現実の最中、動物愛護関連の法規は全て撤廃。
動物人格権法という新法規が世界政府にも取り入れられていく事になるが、それはまだ少し先の話。
一つ確かなのはその世界では野犬も野良猫も買われる動物も売られる動物も捨てられる動物も殺される動物も殆どいなくなるという事。
哺乳類系、犬猫爬虫類の類を扱うペットショップは破産し、蟲と魚以外は扱う事も禁止され、動物を捨てた人々は動物達の復讐に怯え、畜産業では善導騎士団の新たな政策の下、食肉や乳製品関連の産業が大転換を図られる事になる。
それは犯罪であり、悪であり、彼らを怒らせる事だからと……。
一部の過激なベジタリアンモドキな人々は一瞬だけ歓喜したかもしれないが、食料生産現場で食肉や乳製品が動物の肉や動物の乳ではなくなるだけで同じ遺伝資源が幾らでも正気が削れそうな様子で大量生産される事になって逆に肉に反対する理由が狭まり、同時に肩身も狭くなっていった。
『マヲゥ~~(´・ω・)(計画通りという顔)』
『クゥ~~~(´-ω-`)(カミサマ疲れるという顔)』
猫ズの深淵なる人知れぬ戦いは続く。
ベルズ・ブリッジ最終層の一角がそれから程無くして立ち入り禁止になったが、誰が気にする事も無かった。
人類にはまだ早過ぎる環境になってて入ったら死ぬより酷い目にあってやっぱり死ぬよとの警告に従わない馬鹿な人間さんは出なかったからである。
こうして人知れず。
動物達の人工的な進化と新たなステージへの突入を以てゾンビ化から生物を救う大規模な実証実験計画はスタートした。
表向きは動物の変異覚醒者というものが出現したのだという体で。
計画を主導する人間は存在しない。
ただ、いつの間にか陰陽自研の研究課題に紛れ込んでいた一つのお題に対して研究者達が出した答えが九十九を通して誰かに承認されたというのが事実である。
その誰かが人間である理由は無く。
また、九十九はセブンオーダーズの中核メンバーからの要望には最優先で応えるようにプログラムされていた事もプログラマー達にとっては単なる仕様でしかなく。
中核メンバーの中に人類以外が含まれているかいないかなんて、それこそ九十九の内部処理でしか確認する術はなく。
その技術が二匹の使い魔に流用されている、なんて事実はお釈迦様だって知る事は無い真実に違いなかったのである。
誰に承認された計画かは知らなくても有用そうなので大量の知的動物達が善導騎士団本部や陰陽自衛隊の庁舎にやって来て、思い思いに飼い主と交渉し始めた事は後に歓迎されたし、組織の年表にも書かれる事になる。
騎士ベルディクトお休みを取る。
そんな報の後ろ側では人間にすら分からぬ計画が静かに進行していた。
これはそんな誰も知らない知ってはいけない歴史に記されぬ物語。
後に金の猫を連れた男が人間に仇為す魔獣を退け、殺す事なく調伏するスペシャリストとして名を馳せる事にもなるが、それもまた今は無き物語であった。
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