第160話「儀式と頚城」


 カズマ退院する、の報は仲間達に『へぇ……』くらいの感覚で受け入れられた。


 そして、ベルディクト・バーンようやく片腕を元に戻すの報は代々的に善導騎士団の内部広報で話題にされた。


 神との決戦から1週間と少し。


 イギリス国内にようやくシェルター都市が40%程充足したのが数時間前。


 各シェルターからの移住は順調に推移しており、3週間目に入るまでにはどうにかなるだろうとイギリス政府にも説明されていた。


 この間、多くの問題が北米でゾンビを片付けた人員達によって解決され、一週間を目途にしてようやく復帰する騎士や隷下部隊、イギリス側の人員が大量に現場へとブチ込まれて仕事を引き継いだ。


 人は何処も足りなかった為、すぐにあらゆる業務に人材が引きずり回され、彼らは反動のように降って湧いた徹夜案件を次々に処理していく事となる。


 その力の源は言わずもがな。

 イギリス側の人材はレベル創薬だ。


 戦闘終了後、数日で実際には回復していた彼らは観察中にレベル創薬の追加補完薬を摂取し、特に内政系と人材の統括者としての中間管理職技能を取得させられていた。


 管理職の仕事のノウハウを2日で24時間くらい学んだら完璧に覚えた彼らの働きぶりは軍と警察内において無類の威力を発揮したのである。


 現在、危険生物から民間人を護ってシェルター都市まで誘導するなどの業務を昼夜無く行っていた組織には管理職の増加は渡りに船だった。


 こうして人々の多くがシェルター都市への移住を開始しつつある今、ようやく一息吐いた騎士団と陰陽自は共に戦果報告と同時に戦闘評価を行っていた。


 諸々の状況整理と今後の方針をどうするかで議論が交わされる現場。


 その多くは戦闘にのみ関連したものだったが、少年のいる最上位の意志決定の現場では戦闘評価の概論のみに留めて、今回の一件の詳細が整理されていた。


「つまるところ、最後に出て来た魔術師の蘇りとやらは単なるおまけだと?」


 結城陰陽将。


 今、この場で自衛隊の立場を代表する男は魔術において造られた脳裏の議場において発言していた。


 殆ど現実と変わらないリアリティのある会議室内は円卓が置かれている。


「はい。完全に想定外のおまけでした。ザ・ブラックは現在、ブラック・ボックスを凍結して通常機能の部分のみを用いるようにシュルティさんに伝えてありますが、恐らくコピーされ続けている術式と内部機構の情報はお二人にはまだ手が出せない領域の複雑さでしょう」


「記憶処置についてはアレで良かったと?」


「ええ、内部の機構にシュルティさん以上に詳しい人が1人は残っていないと今後の利用にも差し支えますので」


「それで陰陽自研で解析は?」


「数百年、数千年単位で受け継がれてきたものを解析してるんです。それも暗号化されまくりでした。ついでに当時の僕らの大陸で最先端の魔術具です。恐らく一番古い部分の解析には年単位の時間が掛かります」


「今の我々ではその蘇りの機構そのものも起動させられないわけか……」


「恐らくですが、当時の話から言って、この方法での蘇生が可能であった故に製造元の国家はあの魔術具を回収したと思われます。原理的な部分で可能という事は解析されて開発が進めば、何れはそういう能力まで辿り着くという事……そうなれば、まぁ……色々と面倒な事になるのは目に見えてますし」


「だが、結局は今のこの世界においては無力、なのだろう?」


「もし魔術の動作環境が元に戻せたら、正しく人類は死を克服出来ちゃうんですけど」


「魅力的な話であると同時に悪魔的な破滅の匂いがするな」


「お解り頂けて幸いです」


「寿命を伸ばして、死んでも蘇らないくらいが丁度良いと個人的には思うな。命の価値は道徳や倫理に直結する。あまり性急に変化するのは困る部分でもある」


「どうするにしても今の僕らの手に余ります。彼らスパルナ家が無限に再生されて延々と神の採取や召喚の為に事件を起こされても困りますから」


「もしもの時の保険には欲しいが……」


 結城に少年が苦笑する。


「一応、言っておきますが無限の寿命や死を克服出来るとしてもお勧めしません」


「理由は?」


「アレ、恐らく紐付きになる機能が組み込まれてると思います」


「紐付き?」


「人間を分子レベル、魂魄レベルから完全再生させるという事は肉体も心も全て情報として収集しているという事です。それを組み上げられるという事はそれに何かを組み込む事は簡単でしょう」


「……バックドアか」


「はい。それも今の技術で除去出来る類かどうか怪しいので」


「だが、推測だろう?」


「僕なら、というか。魔術師なら。あれだけの秘儀がただで転がってるわけないのはお解り頂けますよね?」


「真理だな……分かった。大人しく諦めよう」


 肩を竦める陰陽将は特段未練を惹かれた様子も無かった。


 少なくともソレが取り繕ったり嘘ではないと知るからこそ、少年はその男が本当の意味で敵にしたくない相手だと思う。


 私利私欲に流されない悪党と私利私欲に流されない善人は言う程に違いが無い。


 必要なら平然と彼らを裏切って殺すだろうし、平然としていなくてもやっぱり裏切って殺せるのだ。


 少なからず、そういうのの1人である魔術師の一派たる少年は目の前の人物こそが黙示録の四騎士よりも怖いと思うのだが、それを本質的に理解してくれるのはクローディオや副団長やフィクシーなどだけであろう。


「ちなみに人格情報及び魂まで再生させたのか。あるいは何処かにソレを保管してたのか。機能を一時的に凍結して解析した時の結果から言うと不明です」


「解析出来なかったわけだな」

「ブラック・ボックス内の処理らしくて」


「未だ人類を救う手立ては見つからず。否、見付けたが中身が覗けていない状態か」


決裁者オーナーと呼ばれてた老人の話にしても……救済の方法があるというのが本当だとしても内容が乏し過ぎて推測は不可能です。ただ、恐らく頚城を集め終えてから接触する価値はあるでしょう」


 少年がハルティーナが映像で提供してくれた情報を虚空に出す。


「ユーラシア中央は分かるが、南極と北極か。確かに米軍はあちらこちらにこの時代にも関わらず基地を維持しているが……先日の一件でどうやら大西洋の基地の機能をほぼ失陥している。隠しているが、友人が教えてくれたよ」


「そうなんですか?」

「ああ、ついでに君へ一つ頼み事が出来た」

「?」


 今まで会話していた二人に他の議論をグループ内で行っていたフィクシーや八木、安治、クローディオなどが集まってくる。


「先日のシエラⅡ二号機強奪の話は?」

「あ、はい。先日聞きました」

「内実は?」

「それも副団長から聞きました」


「で、彼から色々と便宜を図る代わりに諸々技術提供と情報提供を受けてね。頚城の解析結果と米軍内の極秘情報だ。君達にも今日整理して渡す予定だったのだが、あちらから更に取引を持ち掛けられた」


「更に取引……どういう?」


「神の欠片の封印と共に大西洋沿岸部で機能を復活させた米軍の基地から大量の変異覚醒者……君達のいるシェルター都市で今出産を始めている種族が大量に出現して、大西洋を渡り、西海岸の南に集まってるそうだ」


「……それって」


「米軍に問い合わせてみたが、返ってきた言葉は簡潔だった。人類を再興する為の施設がテロリストに乗っ取られて、人類ではない何かを大量に生産された、そうだ」


「……カルトの仕業ですか?」


「恐らくな。前々から大西洋の基地を維持していたが、どうやら人工出産設備を造っていたようだ。それも数百万人、数千万人規模の人口を創出可能な能力がある」


「密かに進めていた人類再建の要をカルトに乗っ取られて、彼らの種族を大量に製造された、と」


「ああ、そのようだ。しかも、ある程度の完成された人格と知識や技能を持ち合わせるようで君達が神を封印した影響が収まってすぐに海を泳いで彼の国に赴いたらしい」


「どうして其処に?」


「どうやら君達が受け入れた二人のカルト教祖の子供の1人。女性らしいが、彼女が全ての同胞に語り掛けたらしい。テレパシーあるいは魔術……どういう術かは知らないがね。あの場所に貴方達を救う国があると伝えたのだそうだ」


「聞いてませんね……後で確認してみます」

「ああ、そうしてくれたまえ。で、だ」

「何人くらいの衣食住を賄えばいいんですか?」


 話が早くて助かると結城が肩を竦めた。


「200万と3492人」


「シエラⅡに入れた諸々のキット量だと10万人が限界ですから、一番近いビーコンを近海から現地まで伸ばしてキットを転移で送るという事でいいですか?」


「よろしくお願いする」


 今、サラッと数百万人の運命が救われる事が決定された事に内心で他の人々はこの二人の会話は聞くヤツが聞けば、胃をキリキリさせそうだなと思いつつも口を挟まずに見守る。


「それで取引というからには何か新しい情報や技術でも?」


「先日の一件ではザ・マッドと呼ばれる彼が解析した頚城の術式の詳しい注釈付きのデータや米軍が後生大事に仕舞っていた石碑のデータを貰ったのだが、今回は現在進行形の情報らしい」


「200万人分に釣り合います?」


「それを聞くのはナンセンスだろう。君は釣り合わなくても救うだろう?」


 結城の言葉に思わず少年が半笑いで頬を掻いた。


「そういう事だ。それが釣り合うかは君達の行動次第だな」


「それで内容は?」


「どうやら黙示録の四騎士の一部が行方不明だそうだ」


「行方不明?」


「彼が言うには南極で反応が途切れた、らしい」


「反応を追えるんですか? あちらは……」


「どうやらFCの残党が持っていた知識や技術と彼が共に手を携えた結果として反応が追えるようになったとか何とか。まだこちらに開示してくれる要素ではないようだが、必要になれば頼ってくれても良いとの話だ」


「……色々と譲歩を引き出されそうな話ですね」


「米軍や米国には聞かせられんな。少なくとも彼らの海軍関係者の家族などにも……」


「日本も同じでしょうけどね」


「今更だよ。人類を滅びから救う為、テロリストに譲歩したのは国家としては致命的だ。だが、致命的であろうと暴れられては困るというのが事実でもある。ゲリラが現実的な解決策として政権運営に関わる代わりに武器を置くというような取引に近い。世論の醸成は君達に一任するとの内閣の判断だ。頑張って国民を納得出来るようにしてくれたまえ」


「本来、それは国家の責任ですけど」


「ははは、その国家の責任と義務を勝手に引き受ける集団が勝手に内政を乗っ取り始めたのだから、しょうがない」


「まぁ、やりますけど」


「そう言ってくれる限り、我らも柔軟に動ける。我が国は使えるモノは何でも使うという姿勢に欠けるからな。核戦力然り、BC兵器然り、クラスター弾然り、地雷然り……まぁ、それが良いところでもあるのだが、彼らの代わりに使う必要性を知り、使ってやる誰かが必ず必要なのも事実だ」


「米軍が今まではそれを担っていたと?」


「ゾンビが混じった避難民を船ごと沈めるのに心が痛む自衛官が毎年毎年精神疾患で辞めていった時の事を思えば、ジェノサイド結城と週刊誌に掛かれた私には米軍程優しい軍隊も無かったよ。彼ら無しに今だって防衛は立ち行かん。君達がいてすらな」


「それは理解の範疇です」


「発表時期はそちらに一任したい。官邸と内閣もその線でいいと了承は取った。米国側もこちらを責められる材料があれば、取引を持ち掛けて来る可能性もある。腹芸は可能ですかな? 副団長殿」


「交渉事に騎士団をテコにするのは良いですが、方法は?」


 ガウェインが二人の前で発言する。


「お任せします。リークして交渉を始める切っ掛けにするくらいは可能でしょう」


「強かですな。結城陰陽将……」


「ありがとう。最高の誉め言葉ですよ。世論の醸成さえ可能ならば、現実路線として反発はされても納得する層が出来る。それを可能な限り増やして頂ければ……現実が見えずに更なる被害を被るのは国民です」


「確かに……」


「国民が納得出来るかどうかではなく。国民が生き残れるかを考える局面なのですよ。我々にはもう国民感情というものを斟酌してやれる程の余裕も余力も無いのだから……」


「ですが、それを言ってはならぬ立場なのでは?」


 ガウェインが近頃ようやく肉が戻って来た顔でジト目(T_T)になる。


をシヴィリアン・コントロールと我が国では言うのですが、軍人とて人間です。政治家は国民の代弁者だが、軍人とて国家の生死を左右する代弁者だ。右も左もいて結構。しかし、どちらかに偏り過ぎた結果が先日の帝國とやらの台頭にも繋がった。感情は大事だが、合理性も大事と国家に言えるような軍人でありたいと私は常々思っている」


「その合理性が国民から排撃される類のものだとしても、ですか?」


「程度の問題でしょう。私は白でも黒でもない問題に白黒を付けたがる輩の方が危険に思えます。そして、常に妥協とは政治においては金言でしょう。軍事は政治の一部、曖昧な日本人らしいと自分を評価するくらいには灰色のつもりですよ?」


 ガウェインはそれ以上はベルのお株を奪うと頷くに留めた。


「……解りました。その件はこちらで預かります。FC側のデータの開示を」


 少年の言葉と共に卓の頭上に次々とデータが流れ込んでくる。


 それを見た善導騎士団側は目を細めた。

 特に石碑の内容についてだ。


「騎士ベルディクト」


 ガウェインがそう少年に視線を向ける。


「はい。緑燼の騎士の言っていた事にも符号します。船に付いては思い当たる節があります」


「戦船……あの当時に子供だった私の知識が正しければ、ガリオスの国境付近には……もう存在しない七教会の大規模なドックが置かれていた。新造艦専用との話だったが……ゲルマニアの指導者が発掘した可能性が高いか」


 ガウェインがそう碑文を前に目を細める。


「一緒に魔術災害に巻き込まれた可能性はありますね。この石碑の内容を書いたのは恐らく七教会関の内情に詳しい者。そして、何らかの方法で帰還の目途を付けていたと思えます」


「魂だけでも返そうとしていたのかもしれないな」


「騎士団には思い当たる節が?」


 ガウェインの言葉に結城が訊ねる。


「魂を祖国に持って帰る為に色々とあちらの技術で何かをしていたのかもしれません。それを可能にするのが頚城とやらならば、頚城の術式は本来が魂に関係する代物だった事になる」


「ふむ……」


「これを先日の決裁者から齎された情報と照らし合わせた場合、古代遺跡ガリオスは我々が大陸に帰る為の鍵。もしくは大陸人達の魂を何らかの方法で保存している可能性も高い」


 彼らが見たのは米軍が隠しながらも未だに保持していた遺跡から発掘された碑文。


 ザ・マッドが米国以外の亡命政権の諜報機関の重鎮達に見せた代物だった。


 ―――【いつも悲しい結末でお話は終わるのです】


 ―――【この石碑を見て下さる方がいる時代がどうか平和でありますよう】


 ―――【我々は欺かれた地より来る迷い子】


 ―――【この石板は同胞達がいつかまた来訪した日の為に置く道標】


 ―――【皆さん。この星に生きる現生種たる方々】


 ―――【我々は彼方達がいつか“来るべき日”を迎える事を信じ、此処に碑文を残します】


 ―――【我々の事は我々の文明の残骸を見て学んで下さい】


 ―――【我々は高度な技術力を有した大陸より多くの力を持ち込みました】


 ―――【ですが、我々にはそれを御すだけの御者がいなかった】


 ―――【世界がそれを我々に残さなかった】


 ―――【ですが、いつか力を御す者が来る可能性も示唆されている】


 ―――【故に我々はこの地に全てを封印します】


 ―――【その鍵は旧い我々の技術において頚城と呼ばれる存在】


 ―――【この地を封ずるは王家の御子によって生成した大門の頚城】


 ―――【この門が解放されし時、我々の世界に我々と神無き魂は導かれる】


 ―――【その代価によって我々は皆さんに我らが力を開放しましょう】


 ―――【滅びたる我らが願いがどうか聞き届けられますように】


 ―――【そして、またいつか我らが世界に帰れますように】


 ―――【門に至る鍵となりし、7つの頚城は我らが偉大なる聖女を模して】


 ―――【世を拓く鍵となりし、2つの頚城は我らが神と対となる者を模して】


 ―――【それを運ぶ箱舟は永遠の異相を絶えず渡る宿願の戦艦】


 ―――【終わりの先へ至る勇気持つならば、必ずや道は開けましょう】


「来るべき日……確かの教義にある信仰だったか……」


「御存じなんですか? 副団長」


 少年に眼鏡を少し布で拭きながらガウェインが答える。


「実は姉が七教会でシスターをしていて、旧教会派との融和の為に教義関連を学んでいた事があると、その時少し……」


 陰険眼鏡と呼ばれて久しい彼の目が僅かに遠くを見るように穏やかに細められる。


「来るべき日は旧教会派における信仰の一つであり、救世主の降臨と共に世界が救われるという類の話で現総主教パトリアルヒスが今も説いていたと聞いています」


「ええとガリオスって実は旧教会派の影響力が強い場所だったんですか?」


「いえ、決してそんな事は……ただ、何か繋がりがあるとの話は姉に聞きました。何でも前代の総主教猊下が大戦、黄昏の悠久戦争前夜に立ち寄って七教会側との会談をしたとか。詳しい事はさすがに……」


 ガウェインがあの時もう少し聞いておくべきだったかと僅かに息を吐く。


「旧教会派の地盤が少しはあったと考えても?」

「ええ、それは恐らく……」


「ヒューリさんの魔王の血統の話と合わせると色々と胡散臭いですね」


「ベルさん? 呼びましたか?」


 地獄耳という程ではないが、自分の名前を呼ぶ少年の声に今まで他の列席者と会議していた少女が会話に入ってくる。


「ヒューリさん。それからリスティさん」

「ん? どうした? ベル」


「ええと、お二人に聞きたいんですが、旧教会派と王家って関係あります?」


「旧の方ですか? ええと、あ、はい。確か私のお爺ちゃん。祖父と親交のある人達。というか、確か王族派の人達って殆ど旧教会派だった気がします」


「ん? ああ、教会は七教会とやらに衣替えしたんじゃよな? 七聖女だったか? 聖女が七人も出て乗っ取られとるとか聞いて、驚いたもんじゃが……御爺様の頃は七教会なんぞは無かったから、ワシも信仰的には旧教会派と呼ばれたもんをやっとったぞ。お祈りとかもそちら方式のはずじゃ」


 ヒューリとリスティアの言葉に少年が益々顔を思案顔にしていく。


「ベルさん?」

「どうしたんじゃ? ベル」


「恐らくですが、古代遺跡になったガリオスの主力の意見は旧教会派であった可能性があります」


「何じゃと?」

「え? 七教会、ではなく?」


「お二人は今までのログを見て来て下さい。此処までの会話の流れが分からないでしょうから。副団長、フィー隊長」


「ベル。ログは見返しておいた。今の話を総合するとコレはもしや……」


「ええ、その可能性があります」


 副団長とフィクシーが同時に難しい顔になる。

 それに今まで口を挟まなかった結城が視線を向けた。


「どういう事かを尋ねても?」


「リスティさん。その詳しくお話してもいいですか?」


「ああ、構わんぞ。というか、コレはワシの事じゃよな?」


「ですね。本来は恐らく頚城としてリスティさんも……術式は撃ち込まれていなかったですが、入っていたアレがもしかしたら頚城そのものなのかもしれません」


「ふぅむ。人の身体を何だと思っとるんじゃ。ワシは何かしらの封印に使われていたが、こちらの世界でBFCとやらに発掘される前から魂関連の儀式術に使われておったわけじゃな?」


「はい。ガリオスに入る鍵にされていたんだと思います」


「ならば、四騎士はまだ入れていないのか?」


「分かりません。頚城は例外の可能性もあります」


「だが、戦船が持ち出されていたとなれば、そちらに有るのか?」


「可能性は高いでしょう。魂がもしも戦船に保存されているとすれば……僕らが次に接触しなければならないのはゲルマニアという事になります」

 少年が結城にリスティアの身の上を話す。


「つまり、彼女を米軍が運ぼうとしていたのは……」


「はい。リスティさんが古代遺跡ガリオスに入る鍵だったから、なんじゃないでしょうか。ですが、ハワイまで持って来たところで運ぶのを断念せざるを得なかった。他の頚城に付いても解析が不完全でBFC程の成果を上げらていなかった。シエラの返還要求をわざわざしていたあたり、日本側に後で遠征時には要求する予定だったのかもしれません」


「偉大なる聖女とは君達がセブンオーダーズのモデルにした七聖女とやらが頚城のモデルという事でいいのだろうか?」


 結城に少年が頷く。


「恐らく、頚城は十体。大門の頚城であるリスティさんとあの巨大なディミスリル塊。七つの七聖女様方を模した鎧。そして、世を拓く鍵、旧教会派が信仰する唯一神を模した頚城と魔王を模した頚城だと思われます」


「魔王?」


「七聖女は魔王と黄昏の悠久戦争と呼ばれる大戦争を引き起こし、大陸中央より上の地域は200km程が砂漠と化しました。唯一神と戦ったという話もあります。七教会は勝利を謳っていますが、実際に魔王は討伐されておらず。当時の状況的に言って、世界の全てと戦って尚生き残った魔王は世界最強の存在であり、大陸最上位神格である旧教会派の唯一神と唯一対等に戦えるだろう相手とも目されていました」


「更に魔王の血族がガリオスにいた、と。これは確かに……では、もし魔王の頚城とやらが用意されていたと仮定した場合……どうなる?」


「当時の王族で生存者は3人。ヒューリさん、ヒューリさんのお父さんとお爺さん。ですが、お父さんはこの時代に跳んでBFCにも見つかっていなかった。お爺さんは……ヒューリさん。お爺さんは魔族として覚醒してましたか?」


「い、いえ、そんな素振りはまるで……お爺ちゃんは各癪とはしてましたけど、魔力も普通並みで軍略家としては一流だって周囲の人達は言ってました」


「だとすれば、結論として魔王の頚城が存在していた場合、それを使えるのは魔族化している王家の血統のみかもしれません。その場合の適格者はヒューリさんと悠音さんです。リスティさんは大門の頚城となっていたので必然的に僕らは四騎士、BFC、魔族にお二人を浚われないようにしないといけません」


「それで何を深刻になっていたのか聞いても?」


 結城の言葉に少年がヒューリを大丈夫と少し覗き込み。


 力強い笑みを返されて、再び向き直る。


「旧教会派は唯一神を信仰していた。七教会は七聖女を信仰していた。その二つの教会は実は内部闘争していましたが、旧の方は殆ど七教会派に駆逐されて廃滅寸前というのは知ってる人なら知ってる事です」


「七教会と旧教会派。どちらも信仰されているような節が文面には見受けられると」


「はい。そして、その二つを同時にやるとしたら、随分と合理的な人間がこの碑文を認めた事になります。その上で魔王や聖女や神を模した頚城を作った。とすれば……これは魔導師の仕事と考えます。そういう人が造った一種の儀式術の行使役が使う舞台の小道具が頚城。そういうものとして作ったと考えるべきです」


「魔導師が……それに儀式術……黙示録の四騎士がやっていると目される惑星規模の儀式術の話かね?」


 結城はかなり頭の周りが早いというのは少年が実際に会議を共に行う事で理解した事実だ。


 どのような状況だろうと合理的で尚且つ今までの情報から最速で推論し、彼らの話にすぐ付いてくる辺り、頭脳的にも老人と侮る事は出来ない。


「僕らはどうして四騎士が悠長なのかと思っていたんですが……彼らが今も同胞を大陸に返す為に戦い続けているとしたら……魂だけでも返そうとしているんだとしたら、ある程度の辻褄は合うんですよ」


「この碑文をなぞっているという事かね?」


 少年が頷く。


「砂漠化に付いても一応、説明が付きます。大陸中央諸国の上が砂漠化したのは黄昏の悠久戦争のせいです。つまり……」


「君達の世界での大戦争を模している?」


「はい。その可能性が出て来ました。頚城を得た彼らが儀式術を改変している可能性もあって予断はあまりしたくないのですが、頚城関連の何かしらの致命的な事象がトリガーになって儀式が完成してもおかしくありません」


「やはり、魔導師の力は凄まじいものがあるようだ。これ程の規模で人類に直接的な影響のある魔術を作ったというのだから……」


「……魔王の敗北や神の敗北がそのまま何らかの結果に直結していた場合……ああ、そうか。だから……」


 ようやく少年が気付いた。


「フィー隊長。黙示録の四騎士が倒れたから儀式が早まったとすれば……ソレって戦争の結果がそういうものだったんじゃないんですか?」


「―――七教会に我々は振り回されっぱなしか」


 フィクシーに頷いた少年が目元を揉み解しながら視線を結城に向ける。


「僕らの大陸では七聖女が勝って魔王を打倒したとなってます。当時、天界から大勢の天使も来ていたという噂もあります」


「普通なら勝てないように思える程に魔王とやらは敵が多いようだ」


「ええ、ですが、魔王が死んでいないのも事実。ここからもしも当時の状況が七教会の言っていた事とは真逆であった場合……」


「七聖女と神が魔王に打倒された可能性がある、と?」


「はい。もし儀式術を進めるのに彼らが遅々とした方法を取らざるを得ないとすれば、それは非正規の方法、儀式術の改変を行っているから、という事が考えられて然るべきです」


「つまり、本来の儀式術はもっと簡単に済むものだった?」


 可能性があると少年が頷く。


「彼らは本来の儀式術の内容を知っていて、ソレを使わずに儀式を遂行しているから人類を亡ぼせていない、のかもしれません」


「……その推測が当たっていた場合、黙示録の四騎士を倒したら……」


「儀式が一気に進む可能性が高いです」


「米軍が解析中の頚城を使わない理由はもしかしたらソコにあるのかもしれんな」


 結城が呟く。


 それに思わず少年が目を見開いた。


「あッ、そう、ですね。そうなのかもしれません。戦力になる事は知っていても、使って負けたり、負かしたりしたら……その分だけ儀式が進んで世界の破滅が進行する可能性が否定出来ません」


 誰もが一端の沈黙を挟む。

 今のは多くが推測に推測を重ねた話だ。


 だが、誰もがその内実で当たっているという確信があった。


 不合理なものを取り除き、状況証拠と相手の情報を総合していくと限りなくそういうものだとしか思えなくなっていたのだ。


「マズイのう。ワシも術師の端くれじゃから分かるが、儀式術で演劇のような類は筋書きが変わっても劇の終焉の結果で効果が変わる事があっても完遂されれば、必ず効果自体は発揮される」


 リスティアが溜息を吐いた。


「不用意に四騎士を倒せなくなったな……」


 フィクシーが一番の問題をそう総括した。


「コレは対策が必要な案件です。部外秘は勿論ですが、頚城の扱いをもっと慎重にしなきゃなりません。ただ、最悪のパターンは頚城を全て奪われて彼らが自作自演で倒される事です。7体の内の1体をもう倒してしまったので残り6体。それも後3体まではあちらの手の中。残り3体と魔王と神の頚城の場所を突き止めて、確保しなければならなくなりました」


「儀式術を止める方法は?」


「儀式場を破壊すれば可能ですが、それ故に恐らく不可能です」


 結城がその言葉も気付く。

 彼もまた魔術を知っていた端くれだ。


「―――儀式場は、舞台はこの地球か!!」

「まず間違いありません」


「我々の取るべき方策は遅延及び儀式術の効果の変更辺りか?」


「それ以外に道は今のところ見えません。今までの戦術や戦略に更なる改変は確定。黙示録の四騎士の撃破の優先度の消失と同時に確保か封印の手段が必要になりました」


「忙しくなりそうだな。騎士ベルディクト……」


 結城の言葉に少年は頷き。


 そこに集まっていた全ての人々は新たな戦いの到来を予感する。


「四騎士の頚城を一つ手に入れたはいいが、ソレはもう儀式術的には退場した扱いなのかね?」


「恐らく……ただ、再利用プランが容易ではなくなりました。陰陽自研ではゾンビ化させずに使用者を強化する為の案として有力視され、実際に色々と計画が進んでいたんですが……」


「負けて再び環境の激変が加速しても困るか」


「はい……」


 緑燼の騎士。


 その頚城は今現在少年の監督下で研究が進んでいた。


「はいはーい(*´ω`*) 提案がありまーす」


 ずっと興味無さげに周囲の会議室の内容をちょこちょこと聞き齧っていた仄々バーサーカー片世依子が手を上げる。


 それに注目した人々は次に彼女がどういう発言をするのか。


 ほぼ100%占い染みて予感した。


「負けない人間が使えば問題は万事解決じゃないかしら?」

 にこやかに微笑む女は正しく生身で四騎士全員相手に今や7割も人類?だ。


「結城陰陽将」

「何だね? 騎士ベルディクト」

「……有り、ですか?」


「……この場合は負ける確率が人類中最低という意味において有りと答えておこうか。逆に過剰火力で相手を亡ぼさないか心配せねばならなくなるとは……世の不思議此処に極まれりだな」


 その日、餌を与えてはいけない生物に餌を与えるような罪悪感と共に一つの計画が立ち上がった。


 ただ一つだけはすぐに九十九によって計算され、確実とだけ判断された。


「うふふ~~新装備ゲットよ~~~♪(´▽`*)」


 頚城を使った現在の片世依子に黙示録の四騎士が事前準備無しに単独で勝てる可能性は限りなく0であった。

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