第161話「ダーク・メナス・クリエイター」


『始まりました。公募から掬い上げたこの企画』


『善導キッチン。始まります!!』


『いやぁ~~何億人もの視聴者の方々がいると思うと思わず引き籠りたくなるね。ジェニファー』


『そうね。オーエン』


 付け鼻に化粧をした外国人風の二人のいつもの日本人パーソナリティーがキッチンスタジオからお届けしていた。


『それにしても料理系が1位になるとはこれも善導騎士団のおかげだと思う。切に』


『ああ、好物のチョコレートがまともな値段で喰えるようになって毎日食べてるものね。オーエンたら』


『HAHAHA、チョコが10円だった頃を懐かしむ老人相手に本気で嫉妬を覚えるくらいには好きだからショウガナイ』


『目が笑ってないわ。オーエン……ま、それはそれとして今日は何作るの? 朝ごはん? 味噌汁? お漬物? 焼き魚? 白米?』


『物凄く日本に偏った朝食じゃないか? パン食でもいいかと思うけど』


『分かったわよ。間を取ってお魚の頭が空を見てるスターゲイザーなパイでもどうかしら?』


『イギリスの郷土料理をディスるのは止めてさしあげろwwww』


『カワイイと思うわよ。あ、コレが実物画像ね』


 バンッと。


 パイの中から魚の頭が大量に飛び出した正気度が減りそうな画像が配信された。


『しょうがないなぁ。此処はこの秘密のレシピを……』


 ゴソゴソとオーエンが何やら小さな畳まれた紙を取り出した。


『何か中身が手書き感溢れてるわね。あ?! まさか、彼女!? 彼女出来たの!? オーエン!!?』


『何でも色恋に結び付けたがるのは君の悪い癖だよジェニファー。これは騎士ヒューリアの御姉妹の方から頂いたイギリスのシェルター都市“ベルズ・タウン”で実際に作られてる料理のレシピさ』


『へぇ~~~そう言えば、御姉妹の上の方は料理上手いって一部の騎士の人達が言ってたわね』


『プロ並みだそうだよ。将来騎士止めたら料理人志望でも食ってけるレベルらしいね』


『じゃ、さっそく作ってみましょ。というわけで今日のお料理の内容は―――』


『苺大福デス!!』


『って、やっぱり日本食というか和菓子?じゃない!?』


 ジェニファーが片手で相手の胸を叩いた途端、会場からドッと笑い声が響く。


『良い乗りツッコミありがとう。まぁ、甘味はこの十年以上、昔のようなのはあまり無かったからね』


『あ、メールの抽選結果出たわよ。ええと、御姉妹の御尊顔プリーズ?』


 ブッブーとブザーが鳴る。


『あ、御姉妹の御尊顔はNGだから』

『え~~あんなにカワイイのに?』


『しょうがない。彼女達、まだ見習いだから。ちゃんと騎士になるまでお顔はダメ。プロフィールは一部に限ってOKになったらしい。この間、ジャックさんに釘刺されちゃって』


『え~~姉君と同じくらいどっちも見目麗しいのにモッタイナイわ~~ちなみに姉の方はモノスゴク、本当にモノスゴク胸部装甲がふくよかでグラビア・アイドル=サンが裸足で逃げ出すレベルの包容力と料理力と優し気な雰囲気を醸し出す女神よ』


 ちなみにネットに挙げられた御尊顔画像の殆どは九十九の自動的な処理と大手プロバイダーが削除対象にしているというのは一部では知られた事実だったりする。


『妹の方はスレンダー超絶美少女って言っていいかな。正しくモデルも裸足で逃げ出すボディと天真爛漫な笑顔が魅力的だよね。うん』


『あ、次のメールが……姉の方のバストサイズ?』


 ブッブーとブザーが鳴る。


『まぁ、取り敢えず、世の巨乳女性達が心底相手の肩こりに同情して、男性諸氏が夢に見た友人を羨ましさのあまりにリンチしてもおかしくないくらい、とだけ言っておこう』


『言い方www』


 善導チャンネルの企画がズンズンと進んでいく傍ら。


 それを視聴していた数人の一般隷下部隊の人員達は自分達の出番が来た事を時間で確認すると立ち上がり、装甲とスーツと各種一式の武装を身に着けたまま、幕屋の下から走り出した。


 ドッドッドッドッと。


 彼らが褐色の大地を走る度に彼らの背後で砲爆撃の応射によってクレーターが大量に出来上がっていく。


 相手は魔力もディミスリルも使う無限のゾンビ。

 戦術戦略を駆使する兵隊であった。

 仮想戦域400km。


 現在、夢の世界で大量の人員の意識を同期させての演習中。


 この一週間でようやく形になってきたシステムと演習は個人演習での滅びの三十日とはまた別の超規模の野戦形式の模擬戦として評価中であった。


 参加しているのは現在、仕事をローテーションしている選別済みの英軍警察と陰陽自衛隊、善導騎士団一般隷下部隊と日本の陸自と空自と海自、一部の民間人だ。


 演習人数74万人。


 内10万人近くが陰陽自が新規に教練していた若年層と既存部隊だった。


「こらぁあああああああ!!!! 第4連隊右翼!!! 貴様ら友軍の砲爆撃で死にたいのかぁ!? 戦域データは誤差を込みで見ろと言ったろぉ!?」


 陰陽自の主力と善導騎士団の一般隷下部隊が出来る事を要求された通常の部隊の多くは戦域で精密な動きも出来ず、前方から無限に増える魔力マシマシ超常の力マシマシ戦略戦術を駆使する胴体だけになっても死なないゾンビ兵……という明らかに無理ゲーというかクソゲーを前にして涙目で遅滞防御中。


 左翼と右翼からの全周包囲に向けた正面のクッション役を仰せ付かっていた。


 彼らは長大な戦域のど真ん中でベテランがいない中、孤立したも同然に後方へと下がりながら、敵からの砲撃で減っていく仲間を庇い、相手を打ち倒し、負傷した仲間を担いで下がりつつあった。


『無理だってぇえぇ?! ぜぇったいむぅりぃぃいいぃ!?』


『ひぎぃいぃ?! 塹壕水虫って何!? わたしの脚がぁあぁあ!?』


『う〇こ埋めてよぉ!? よっちゃん何処ぉ!?』


『あ、さっきのであの子餌になっちゃった……いいなぁ。早く地獄から解放されて……』


『こうしてまだ十代の陰陽自女子高生達は遅滞戦闘も出来ねぇゴミ屑と自らを証明してゾンビ達の餌になるのでした〇♪』


『あぁあ、副官役がもう壊れてるよぉ?! 心折れるの早過ぎでしょ~~?! 解放される前に食われるのもリアルタイムで体験なんかまっぴらごめんだよぉ~~~?!!』


『前からは怖いゾンビ!! 後ろからは怖い教官の声!? いや、後ろの方が怖いってオカシイ!? 絶対オカシイって!?』


『安治総隊長のおかげで私達、立派な自衛隊員としてゾンビの餌になれました。うふふ……今日の夕飯、ステーキにしてやるとか教官は昭和世代よね……』


『あぁ?! 目からハイライトが消えてる!? しっかりして!? 唯一、まともに防御系魔術方陣使えるアンタが要なのよ!?』


『防御? 何の話ですか? ちなみに魔力はさっきの一撃を受けるのに使ったのでもう空ですが何か?』


『え?』

『はい?』

『あ、流れ星……』


 ドゴォオオッと。


 遠方からの薄緑色のビーム的な砲爆撃が普通なら女子高生をしているだろう年齢の陰陽自女性隊員を跡形も無く吹き飛ばした。


 デッドエンド。

 スコア39932点。


 連隊中最下位という不名誉を払拭すべく。


 後に彼女達は真面目に一般隷下部隊やエリート系の実働部隊からの強化合宿という名の地獄の戦場フルマラソンをする事になる。


 と……こんな戦域中央部は彼女らと同じような地獄の阿鼻叫喚状態であったが、最左翼と最右翼のベルがとして主力に組み込まなかった人々はまずまずの戦果を挙げていた。


 中央が主力を受け止めている間に対峙する大群に浸透し、乱戦に持ち込みながら高度な連携と相互支援によって敵を漸減。


 更に銃弾を転移で無限に補給しながら敵主力の後方まで部隊の3割が到達、それまでの損耗1割でボロボロになりながらも相手の砲爆撃部隊である緑色の粒子をビーム砲撃にする俗称と呼ばれ始めたBFCの同型ゾンビを撃滅。


 浸透しながら完全に背後へと抜けて左右から内側へと閉じるように旋回。


 乱戦中の部隊をそのままに左右から扉を閉める動きで敵の後方へと進撃しながら無理やりに不完全なまま包囲を完成させた。


『負け戦だな』


『乱戦で損耗一割かぁ……まぁた隊長にどやされる……』


『愚痴るな。愚痴るな。これがオレ達の今の限界だ。精鋭連中1個師団なら問題ないレベルの難易度だそうだから……まぁ、上手い連中とオレらの間には天地の差があるな』


『元個人経営の電気店の店長が部隊長になれるのが善導騎士団とはいえ、才能の差って残酷だなぁ』


『それをレベル創薬が埋めてくれるとの話は?』


『聞いてます。イギリスの軍警察のデータが蒐集されて、現在量産体制に入ったらしいですよ』


『あ、流れ星』


 ドゴォッと。


 会話中の男達をビーム砲撃が直撃したが、彼らは何食わぬ顔で盾を全開防御状態にしてすぐにゾンビ達の海へ飛び込んだ。


『それにしても中央部は酷い有様だな』


 ゾンビの頭や動体や腕を刀剣で切り裂きながら、遠目にも中央が蹂躙されつつ後退している様子を見た彼らの感想は“明日は我が身”であった。


 戦争というよりは生存闘争。


 だが、それでも人間を超越した軍隊染みた動きをするゾンビを相手にしている限り、悲惨というよりは凄絶と言うべきだろう死に様しか現場にはない。


 夢とはいえ、ちゃんと死体も残る。


 仲間の死体を前に発狂した様子でケタケタ笑う女子高生や男子高校生くらいの若者達が自殺者0で踏み留まっているのは奇跡的な事ではあったのだけれど、どうにもならないと立て直せなかった部隊は次々に全滅していた。


『アレでもマシな方だって話ですよ? 彼ら前衛職向きだから此処にいるわけですし』


『後方職系の連中も一応、いるだろ』


『あ、ゾンビの奇襲爆撃時に後方連隊が幾つか全滅したそうです。予備兵力は実質0ですね。今、参謀役連中が頭抱えてますよ』


『防御しなかったのかよ!?』


『出来なかったんですよ……防御系技能の習熟が前衛の7割くらいだったらしくて、テレパシーでも持ってなきゃ足並み揃えて防御なんて無理ですって』


『全体行動での防御陣は騎士団も陰陽自も戦術基本構成だぞ……』


『9割が同じ行動しなきゃ防げない威力に設定されてますからねぇ……』


『前は7割だったろ?!』


『今は9割です。割と上は焦ってる様子ですよ。ただでさえ、魔族だBFCだって騒いだところに魚介類との海獣大決戦でしたから……あ、一週間後の大規模演習はソレを大本にしてアラビア半島全域を防衛する想定でやるそうです』


『侵食環境下、仲間が狂ってく横で空飛ぶサメや襲い掛かって来る海産物や再生する半魚人に何も攻撃が効かない島型クリーチャーを相手するのか……』


『愉しい防衛線ですよ?』


『もしMHペンダントやカウンセラーがいなかったら、演習が速攻中止になってんな』


『海獣の恐怖は深刻らしいです。魚介類だけは勘弁してくれとイギリスから送り返されてきた鯖缶やカニ缶の話でもします?』


『今日の夕飯か?』


『ええ、サバ缶のカレー。カニ缶はクリームコロッケにカニ玉らしく。もしかしたら人生で食べられるのはコレが最後かもしれませんよ? トラウマを将来負う的な意味で』


 夢なのにお腹が空いてきたな人々は早く演習を終えようと自分の持ち場へと別れながら銃を乱射。


 敵の攻撃を掻い潜って駆けて行くのだった。


 *


 善導騎士団が後方職や通常戦力に無理難題な演習を真面目にやらせている頃……それとは裏腹に北米の南部沿岸地域には半魚人ではないにしてもタコ足を背後に持つ筋骨隆々な少年少女や青年淑女的な若年層が大量に上陸し、大挙して沿岸部の廃都市を拠点化し、ゾンビの駆り出しを行っていた。


 北米大陸南西部西海岸。


 カリブ海を望む沿岸部は嘗て大量のゾンビに追い掛け回された南米からの難民達が米の海上警備隊に撃沈された海の墓場だ。


 ゾンビによる襲撃が東部海岸線沿いまで到達するまでに比較的早い時期に放棄された事から多くの物資、長期保存資源が眠る場所ともなっている。


 現在時刻9:32分。

 天候晴れ。

 清々しい海風の下。


 巨大な嵐が過ぎ去った後の晴天が続く海辺の廃墟街は今や上陸した新種族の拠点として大盛況であった。


 そんな街の庁舎の上。


人類史跡発掘共同体アルカディアンズ・テイカー


 と手書き感溢れるスコップを象形化した白黒褐色の三色旗が棚引いている。


 手前の広場には巨大な船体が着地しており、半ば埋まるようにして周囲にテント群がズラリと並んでいた。


 周囲には若者達が集まっており、次々に幕屋から運び出される鍋や調理器具や各種の食糧を都市各所の配給地点へと運び出していく。


「う~む。食料供給が飢餓一歩手前。明日までに支援が来なければ、遠洋漁業だな」


 白衣を来た米国人らしい若者。

 いや、頚城たる元老人。


凶科学者ザ・マッド


 ガラート・モレンツ元技官。


 FC及び頚城仲間の意思あるゾンビ達からはドクターと呼ばれるようになった男は庁舎の旗の下。


 屋上に張ったテントの中から外の状況を視て、カタカタとPCを打ち続けていた。


 その横ではフードを被った少女が床へ大量に敷き詰められたM電池の上を何故か横になってゴロゴロゴロと身体を回転させながら右に左にと移動して遊んでいる。


 いや、遊んでいるというのは語弊があるだろうか。


「ああ、もういいぞ。運搬頼むよ」


 そう外に声を掛けたガラートの下にタコ脚を背中に付けた青年と女性達がやってくるとM電池を次々に運び出し、同じものをまた大量に同じ場所へ敷き詰め始めた。


「経理はゼミの学生に任せっ放しだったからなぁ。ああ、簿記くらい取っておくんだった」


 彼が愚痴りながらも現在の状況を入力したグラフを見て肩を竦める。


 現在、彼が立ち上げた国家はいきなり200万人の加入者を抱えて、想定外の状況に陥っていたのである。


 FCは彼ら新しい種族……イギリスの魔術師の1人が米軍の基地を乗っ取って機械に産ませた生後2週間もしない少年少女達に驚きはしたものの快く受け入れる事を決めた。


 理由は単純だ。


 FCもまた彼らと同じような境遇だったからだ。


 ついでに意思あるゾンビ達を率いるネストル・ラブレンチーは別に構わないと承諾。


 更に肉の塔が大量に詰め込まれたシエラⅡの中では未だに赤子がされていた事もあり、今更どれだけ増えようが彼らに否は無かった。


 総計で200万くらい集まってくると知るまでは……。


『おぎゃーおぎゃーおぎゃー』

『おーよちよち(=゚ω゚)ノ』

『おぎゃーおぎゃーおぎゃー』

『元気で生まれて来たわよ!! お湯はどうなってるの!!』

『産科医のライセンスは取ってないんだがなぁ(´-ω-`)』


『正気が削れる肉の中から生まれて来ても命には変わりない。我々にコレを止める方法が無い以上、出来る事をしましょう……』


『オウ!!』


 次々に生まれて来る赤子や赤子みたいなまだ殆ど実際の知識というべきものを持たない無垢な子供達を前にして次々に問題を解決するべく立ち上がったのは……北海道戦域でと呼ばれるようになった事件の首謀者に生ける屍とされた米海軍の軍人達であった。


 彼らは子守一つ出来そうにないFCやゾンビ達の状況を見ている事は出来ず。

 已む無くというよりは1人でも罪の無い子供を救うという使命感から艦隊の人員総出での育児に取り掛かったのだ。


『ベビー用のミルクは最優先よ!! 確保したら必ずその日の内にこちらへ届けなさい!!』


『イエス・マム!!』


『全部隊に食料精査用の専門的な知識のある人材が欲しいわね』


『すぐに上へ掛け合ってみましょう』


『まさか、死んでから赤ちゃんの世話をする事になるなんてね……』


『僕らはもはや人間じゃない。だが、だからって赤子をゾンビに任せられる程、良心を無くしたわけでもない。そういう事だろ?』


 中心となるのは艦隊にいた医療資格保持者と船医達だ。


 彼ら海軍は人材を教育するという事に掛けてはエキスパート。


 そもそも船とは家にも等しく。


 規律と規則を遵守するエリートが大量に必要な海軍である。


 恐らく陸軍よりも団結力という点においては一つの船に命を預ける者として意識が強いだろう。


 そんな彼らがまず赤子を救おうとワーキング・グループを自主的に立ち上げ、今度は生後間もない新種族の無垢な彼らを養育しようとしたのはもはや人間には戻れぬ己の身を嘆いてばかりはいられないと思ったからだ。


 海軍の一部は大西洋での米軍の計画の一部を知っており、そこで製造されたと思われるタコ足種族の200万人を人類側として戦力化すれば、少しでも本国奪還に近付くという意図もあった。


 結果として世界最大の運河の上をネストル・ラブレンチーによる艦隊の飛行という曲芸的な力で通過して居を構えたばかりの新共同体は何故かFCが自分達の為に犠牲にした艦隊の関係者が内政を司る奇妙な状況になっていた。


『これはゾンビ共の為じゃない。あの少年兵らの為でもな……』


『ですが、少佐殿……隊員の中には反発する者もおります。このまま黙って彼らの勢力を大きくする手伝いをするのですか?』


『与えられた手札の中で最良を試行しているだけだ。我々が彼らを謀る事が不可能な以上、あちらとて不用意にこちらから意思を奪ったり、反感を買うような事は出来まい。今の状況は自主性こそが必要だ……』


『それはそうですが……それで治まりますか?』


『無理だろうな。だが、跳ねっ返りや強硬派には目を配れ。事実、彼らFCは指導者を欠いて自滅しそうな状況を新たな指導者を得る事で安定させた。安定を志向するという事はまだこちらと対話や交渉の余地があるという事に外ならん』


『殺された恨みを晴らせもせずにまた殺されるよりは……と?』


『不満のあるヤツにはこう言っておけ。勢力が国家化してしまった以上、家族との会話や生家へ帰れる可能性はあると。生きる屍を家族として迎え入れる者がいるかはまた別問題だが、それでもまだ会いたい人に会える可能性を……そういう連中の希望を潰してやるなとな』


『了解しました。徹底させます』


 ザ・マッドの話を聞いていた海軍関係者達は新国家勢力内の人員として実績を上げた後、指導者相手に直接交渉に乗り出し、自分達を少なくともさせて家族に会わせて欲しいという嘆願を出した。


 結果、頚城の術式を何処よりも高い次元で理解していたガラートはFCのハンドレットと呼ばれる不完全な頚城の子供達と同様に肉体の再生と防腐処置や死んでも動ける相手に対し、肉体活動の再開や疑似的な生体活動を提供すると確約。


 ―――【生き返らせてはやれんが、より完全な頚城として活動出来るよう調整してやる事は可能だ。君達が協力的なのに出し渋る技術でもあるまい】


 本国にいる家族への直接的な連絡もこの局面が乗り切れた後ならば、日本政府側に打診してみようという話にもなった。


 まぁ、そうして動き出したところでいきなり降って湧いたのが200万人の亡命事件だったのである。


 普通に食料はひっ迫。


 食料生産キットとして持ち込まれた此岸樹はとにかく炭水化物だと芋を量産するマシーンとなって200万人分の糞尿を魔術で処理して肥料として使う事で何とか持ち堪えていたのだった。


『味は二の次だ!! 今のサイクルを維持しろ!!』


『収穫班前へ!! 最短で処理しろ!! 肥料班と耕作班!! 収穫班の作業終了と同時に動くぞ!!』


『こらぁ!? 隊列は乱すなよ!! 規律と規則を護れ!! オレ達の肩には此処に住んでる連中の命が掛かってんだぞ!! そこぉ!? タコ足で泥遊びしてんじゃねぇ!?』


『僕らって海的な種族なのに……陸地でポテト栽培……』


『銃弾撃つ方が楽しいんだけどなぁ。バンバーン』


『魔力弾はハンソク!! シッカク負け!!』


『そもそもオレらって戦闘用で人格組まれてるって知識にあるんだけど……農業系の知識0で肉体労働かぁ……』


 とにかく食料が足らなかった為、200万人の殆どがゾンビ相手に戦える力を備えていた事から、艦隊は彼らを陸戦隊として再編し、次々に戦力化。


 廃墟街に残されていた衣服を着込ませ、武器弾薬の使い方を学ばせ、食料を廃墟から確保しつつ、ゾンビを駆逐して生存圏の確保へと乗り出した。


 だが、それとは別に農耕専門の部隊も10万人規模で作られ、大量の此岸樹を用いて昼夜無く200万人分の食糧を極短サイクルで増産していた。


 今や街の周囲10km内の用地という用地は全て此岸樹の畑となり、完全にゾンビが駆逐され、缶詰と芋と海産物で腹を満たした彼ら【人類史跡発掘共同体アルカディアンズ・テイカー】は海沿いの港付近に作った拠点を中枢として動き始めている。


『艦隊から海産物の陸揚げ要請!!』


『OK。第八埠頭にタンクを用意させるわ。すぐに処理して各区に出荷よ!!』


『第八から第十二までのシーカー連隊から大規模なMZGが北東から東に向けて進軍中との報です!! 数4万』


『手を出さないように見つからないようにって釘刺しときなさい。長距離偵察隊からの連絡は?』


『現在FC直轄の大隊が90km地点まで進軍中ですが、ゾンビの群れは数える程しかなく東海岸に向かっているようだと』


『今の内にシーカー連隊と連携させて50km圏内の物資回収に勤しむべきね。HQからは?』


『001の方より同様の命令が今出ました』


『有能が上司で助かるわね……ま、まだ生後そんな経ってないけど、私達が抱く感慨って私達の精神構造設計したヤツが苦労したからなのかもしれないわね』


 元々は米軍が戦力化する為に作ったシステムから生まれて来た者達だ。


 BFCによる脳髄への情報の直接入力。


 最初期に直接インストールされたデータは一律。


 正しくSFの技術であったが、内実は魔術の解析結果と科学の融合技術であり、魔導機械術式HMCCに近い代物であった。


 武器の使い方や戦術戦略を司る後方司令部要員などは数日訓練すれば、完璧に近い仕上がりとなっていたが、向き不向きはあるらしく。


 彼らの中でもインテリや武闘派のような個人毎の資質は性格として存在しており、勉強が出来る武闘派は部隊の隊長、インテリでインドアで力が弱い者は内政組や農作業従事者として振り分けられ、次々に都市内部の仕事で実働していた。


『はーい。魔術班のみんな~~我らが指導者ガラート・モレンツ=サンからM電池の差し入れだよ~~通信班を優先してねぇ。発電設備がまったく足りない以上、必要な分は魔術でカバーするしかないんだからね~~』


『ねぇねぇ隊長。私らって魔術で戦わなくていいの~~?』


『いいよいいよ~~銃弾の方が安上がりだし絶対。僕らはガチムチさん達と違って単なるひ弱貧弱品行方正な御淑やか魔術師系だからね~~』


『ガラートおじちゃんの魔術って効率良いよねぇ。が使えるようにしてくれてた魔術よりもさ』


『だねぇ……FCの人達も変わった魔術使えていいなぁ……』


『ネストルさんのは何か効率は悪いけど、面白いの多いよねぇ』


『そう言えば、艦隊の赤ちゃん組、R部隊の子がカワイイカワイイカワイイって頬ずりされてゲッソリしてたよ。まだ小っちゃいから腐臭は堪えたみたい』


『子供好きなんだって。親近感湧くとか何とか』


 魔術的な素養が基本的に全員に備わっていた事から、そちらの教育はFC及びネストル側がガラートの下で指導。


 こうして名実共に国家運営をスタートさせたガラートは当座の食糧サイクルが限界に来たのを理解した事で自分の友人に更なる取引を持ち掛けたのであった。


「さて……あちらの方は……」


 元老人は実際あまり待てない台所事情という事もあり、再び友人に連絡しようとPCでまだ生きている回線で日本にメールを送ろうとした時だった。


『Dr!!』


 術式による通信が彼の耳元に入る。


「どうしたのかね?」


『第三埠頭全域に高魔力反応!! 何かしらの戦術級魔術の顕現を確認致しました!!』


「おお、ようやくかな? ただちに輸送部隊を編制し、車両整備班からトレーラーを回して貰って埠頭に向かう部隊を10単位で頼む」


『一体何が!? 001から説明要求が来ておりますが』


「支援物資だ。あちらに送った情報は食料支援200万人分には値すると評価された、と思いたいところだな。001には引き続きHQから戦域管制を行うようにと」


『了解致しました。現在、待機中の部隊を30程向かわせます!!』


 こうしてガラートが遠方の様子を各地に設置した監視カメラから覗く。


 現地の廃墟都市は荒廃していたものの。


 それでも使えるものは何でも運び込ませたおかげで電子機器には困っていない。


 それが動かせるだけの電力は現在存在しない為、魔力電池から引いた魔力を電力にしたり、魔術そのもので機器の代替はしているのだが、それも今は魔力を垂れ流してくれる傍らの少女のご機嫌次第であった。


「大規模転移……聞いた通り、騎士ベルディクト……彼に今のところ人類はおんぶにだっこ状態なようだ」


 遠方の海の方から海底が僅かに発光しているのを確認したガラートが埠頭の倉庫前に次々にコンテナが虚空から地表に落ちて積み木のように積まれていく様子を見て肩を竦める。


 中身は恐らく追加の此岸樹。


 それから食料作成用のキット類や缶詰製造用の機材と見て間違いない。


「世界の何処にでも海岸線沿いに物資が届けられるとなれば、大いに兵站の負荷は軽くなる……米軍も本格的に動き出したとなれば、こちらも一段落したら向かわねば」


「?」


 彼の呟きにM電池の上でゴロゴロしていた少女が止まって起き上がり、首を傾げる。


「行きたい場所に行けるというのは素晴らしいという事だ」


 少女が首を傾げた後。


 電池の上でゴロゴロするのを止めるとテテテッと外に向かって歩き出した。


 遠く遠く。


 遠方から来る支援物資の山がゆっくりと空間から迫出してコンテナで積み上がっていく様子は積み木で遊ぶ子供なら愉しそうと思うかもしれない。


 小さな背中がフワリと浮いて空を駆けるようにして少女は跳ぶ。


 面白そうなものを見に。


 それを後ろから確認しつつ、ガラートはまたPCに向かって決済業務を行い続けるのだった。


 *


 名も無き海神の封印と共に世界が再び復興と再編成へと向けて動き出した事は多くの人間にとって良くも悪くも新たな時代へ入った事を実感させていた。


 華々しくというには泥臭い消耗戦を演じた善導騎士団と陰陽自衛隊は次世代の主力兵科を携えた唯一の戦力として人類軍と地球連邦設立に弾みを付けた。


 英国と日本、最大の人口を持つASEAN、オーストラリアは内部の亡命政権と共に総意として各国の軍警察の解体と統一軍の再構築を議論し、議決に至った。


『―――以上を以て議論は尽くされたと見なします。では、採決を』


『国連議会総意として人類の絶滅に類する関連諸法の各国の批准を以て、我々はこの採決に踏み切りました。この決断が後に英断であったと見なされる時代が来る事を切に願って……』


『―――世界連邦及び人類軍創設に賛成の方はご起立下さい』


『―――満場一致を以て、本案件は議決されました。おめでとう……人類は初めて国家を超えた惑星規模での統一見解を出す政体を此処に開始する事となります』


『では、続きまして。本案件の推進機関への推薦を各国から―――』


 国家の主権放棄と同時に世界憲法の制定。

 人類生存圏における基本的な往来の確保。

 文化文明に関する保存基準の策定。


 人種及び国家における既存社会や既存価値観においての個人の生命や精神に対する非合理・不条理な慣習や実情の取り締まり。


 国家主導における人類生存への努力。

 総力戦時の人権制限法の構築。


 人種及び国家間の差別と区別の曖昧さの撤廃と明示化による効率的な個人資質と人材活用の制度化と各国家の法規の統一と弾力的な運用と是正。


『ASEAN、EU、各国から御越しの皆様。これより第一回世界憲法制定会議を始めたいと―――』


『憲法側はあちらへ。民法と刑法はあちらのCテーブルへ』


『魔力魔術関係はDテーブルですよ』


『技術関連の方もDテーブルで善導騎士団の方と共にどうぞ』


『世界共通法規……世界統一見解……生きている間にEU発足以上の事が起こるとは……』


 まったく問題が無かったと言えば嘘になるが、イギリスの惨状を見てから過去の因習や古い法律や非文明的な慣習を保存して滅びたい連中も多くなかった。


 各国の法規はバラバラであったが、宗教系と不合理な法律を全て放棄する事で一致した為、各国は最終的には合理性を重視し、法令や法規の実情を必要な同水準まで上げる事を確約。


 其々の国の一番良い法律や実情に即した弾力的な運用をする事で同一法規でも各国を緩やかに統一した仕様で治める事となった。


 未だ絵に描いた餅ではあったが、それはそれだけ十分に力となるだろう。


 それは皮肉にも国内亡命政権との関係に限界を感じていた日本が何やかんや問題を抱えながらも未だに破綻はしていなかった為、可能と判断された。


『同一法規による各国の合理的な理由による弾力的な運用、ですか?』


『合理的でないと見なされる例は?』

『それはこちらに……』


『宗教や社会的実情において個人の人権を明確に侵害する場合、また他宗教や宗教離脱者への脅迫・迫害事案……』


『金銭や裁判などを用いる嫌がらせに習俗世俗的な男女差別または逆差別……』


『人権の平等は同一的なものではなく共同体の社会的実量的な資源事情及び個人の資質毎に行われ、今までの功罪も判定の材料になる。実績や功績が見込めるかどうかの事前精査が前提として―――』


『これ出来るのか? こんな複雑な処理……』


『九十九による肉体と人格の資質の解析結果が同時に用いられます。現在までの犯罪歴や個人情報の統一データベースを使用可能との事です』


『この点で人権は制限され得ると。管理社会だな。正しく……』


『はい。ですが、当人のリアルタイムのデータは必要にならなければ、取得出来ません。それを取得するまでのプロセスも明示化されます。恣意的な運用を避ける目的でデータの閲覧記録は当人に必ず開示され、それが何処の誰が取得したかも表示されるらしいです』


『情報の供給元のルートは必ず辿れるようになると?』


『ええ、そのデータベース内部からの開示であればですが』


『あちらの法曹界の関係者は大変そうだな……』


『まぁ、国境関連はあちらに比べれば楽な方でしょう』


『税関職員共を新しい職場に案内しなきゃならん点ではあっちに負けず劣らず大変な話になるかもしれんが……』


『はは、ならば、ウチの港湾管理局員は傭兵になるかもしれません』


『ははは……洒落にならんな。そちらの港の治安の悪さを知ってると』


『ま、戦争するのはゾンビ以外にいなくなった時代です。しばらくは人類の内輪揉めで喰う人間もいないでしょう』


『そう願いたいものだ……米国相手に人類で戦争とか無いと言い切れないのが何とも……』


 関税の完全撤廃。

 自由な物とサーヴィスと金の往来。


 唯一、人の往来だけはパスポートによる管理が徹底され、ゾンビ対策として残されたが、根本的には今現在一番平和で合理的な国家をモデルにしてソレに準じた形での世界政府が形作られる事が決定したのである。


 中核になる世界憲法の手本となるのは日本国憲法。


 その周囲には各国の民法及び刑法などから持ち寄られた。


 様々な先進的な法規が集められたが、厳しいものや宗教的なものは廃され、合理主義と実情主義的な代物で固められた。


 最終的には日本国内の法規が7割、他国の法規が3割程で纏められる事となる。


 日本主導の法律となってはいたが、経済関係の法規は多くが米国から輸入され、亡命政権や後進国への一定の配慮も為された。


 各国は国の主権こそ放棄したものの実質的な国名は維持。


 実働する世界政府の主力機関へ各国の中から九十九などが用いていた人材採用や人材活用のプロトコルを駆使する事で優秀な人材を吸収。


 完全な三権分立での最高行政執行機関が出来る事となった。


『執行機関の推薦からあぶれた連中が結構いるな……』


『善導騎士団調べの個人的な資質と背後関係及び過去の洗い出し結果で白及び灰色な人々以外は除外されてますからね。政界の大物や実質的な指導者層も心黒い後ろ暗い腹黒いの三拍子連中は黙り込んでますよ。を一々公表されたいわけでもないでしょうし』


『実質的には善導騎士団が決めたに等しいと?』


『彼らに批判的な者も2割程いますが、根本的な決め方は本当に自分達に有利なヤツ、ではなくて。単純に資質と能力と人格的に相応しい人間だけらしいです』


『合理主義が服を着てる連中か……』


『いえ、感情論や精神的な部分で評価された人もいるそうですよ』


 世界政府構想は元々がEUから内部法規などを引き継いだ部分もあり、亡命政権の欧州勢を纏めている旧EU各国と亡命政権全てに世界政府内での議席の確保が確約された事で国連で何とか妥結に至った。


 ただ、ソレは徹底的に柵を配され、最も相応しい役職に相応しい人物達が宛がわれた事で事実上は『僕の考えた最強の内政執行機関の従事者』の群れと化した。

 これらの状況を作る最大の立役者は勿論のように善導騎士団であったが、一番重視されたのは今現在地球上で生産される物資の4割を牛耳る少年の言であった。


『え? 世界政府を作るに当たっての技術支援、ですか? ああ、構いませんよ。今現在日本国内で進めてる物資の生産態勢が整ったら、全人類規模で貧富の格差を是正するのに食糧・教育・軍事・その他諸々で支援する気でしたし』


 シレッと世界規模で影響力を拡大する気だったと告げた少年に脂汗を浮かべた国連の交渉役達であったが、続く言葉に驚くよりも呆れたのは致し方ないだろう。


『はい? 可能なのか? ええ、可能です。というか、全人類規模で生産現場や生産者や労働者関連の事はテコ入れする予定です。日本でやった事の焼き回しですし、こちらとしては楽な方なので』


 そう少年はニコニコとして続けたのだ。


『働けない人を働けるようにも出来ますし、働かなくても個人で生きていけるくらいの支援はします。最低ラインは日本の生活保護の二倍くらいの基準になると思うので。贅沢しなきゃ生きていける。働けばもっと楽しく生きていける。働くのは苦になるどころか愉しい。そういう世界にするつもりです』


 彼らの思惑など関係ない。


 そう、善導騎士団の兵站部門を預かる少年はソレが一番滅びから遠ざかるのに良い方法だからと地球人類全てが満足に衣食住にありつける実質的な人類生活扶助を宣言した。


 いや、サラッと普通に垂れ流した。


 事実、それに近い状況になっている北海道北部や各地のゾンビ被害の出た地域の実情を見れば、それが嘘大げさ紛らわしいの類ではないと彼らにも解った。


 そのせいで多くの職業が失われるのではという懸念が為されたが、少年はニッコリ言った。


『御懸念は分かりますが、今働く人達にテコ入れしてからの話です。無くなる仕事は有るかもしれませんが、失業者が大量に出る事は無いかと。完全雇用になるくらいには仕事が逆に増えるんじゃないでしょうか?』


 夢みたいな話を平然と話す少年に恐怖を感じたのは何も彼らだけではないに違いない。


『働いた方が楽しくて、働いた方が良い人生が送れる。その上、働く方法も働く為の知識もこれからは望んで努力すれば、簡単に手に入る世の中になりますから、努力出来る資質もちゃんと揃えましたし、レベル創薬が出来るまでしばし待ってて下さい』


 努力出来る資質を授ける。


 一体、何を言っているんだお前はという顔になる者は無く。


 その空恐ろしい幸せな未来に向けて今も驀進中の少年を止める者も無かった。


 世界が一つになったとて、世界を破壊し、変革出来る個人はいる。


 その筆頭たる少年を前に否が出るような覇気持つ交渉役はお役所仕事な人々にはいなかったのであり、いたとしても今の状況では有り難いとしか言えないに違いなかった。


 こうしてイギリス復興中。


 人類は初めてとなる地球規模の世界政府樹立宣言を採択。


 実質的な調印は4か月後という事が決まり、それまでに内実を固める先行しての各機関の統合が始まった。


『―――【ASEANから1400名。善導騎士団東京本部付の宿泊施設へ】か』


『今日のトップニュースですよ。ちなみに二面は【善導騎士団。神の如きものを倒す者達の素顔】でした』


『ようやく……人類に反抗の兆し。いや、希望の芽が見え始めたな』


『ええ、そして……ようやく始まります。各国からのお偉いさんが続々太平洋航路で到着ですよ。あ、オーストラリアの亡命政権連中……中東のゲリラ上がり結構いますね』


『オーストラリアは色々受け入れ時にあったからな。ASEANは多過ぎて中身は闇鍋状態。それから台湾か……今、最も危ないと言われてる国にしてみれば、早く善導騎士団の支部を置いてくれって嘆願部隊だろうなぁ、ありゃ……美少女と美男子な十代が大量……騎士見習いへの門を潜らせる気か?』


『英国は外務大臣が来るそうですが、元は諜報関係の組織にいたそうですよ』


『米国は各国の国務省の大臣が来るらしい。統一見解出来てませんって言ってるようなもんだが、あそこは完全に内輪揉め状態だから、今はそのまま黙っててくれれば、問題無いか』


『日本的には台湾が墜ちる前に世界政府が樹立された。これは大きいですよ。本土が被害にあっているとはいえ……それでも橋頭保になる可能性の高い竹島、佐渡、台湾、本島……サハリンが丸々残ってます』


『そうかぁ? 世界政府の執行機関が善導騎士団の翻訳術式頼みで日本語と英語のバイリンガルで組織化されるってのにまったく受け入れるホスト国側の準備が出来てねぇぞ? 遠征なんぞ今の内閣の頭にあるかねぇ……』


『米国はあの日本なら破滅してるかもしれない政局やら陰謀暴露でグダグダしてても軍は独自に動いてますもんね。羨ましい話です。というか、あっちは完全に遠征ありきで色々やってますよね……』


『米軍は未だに世界最大の軍事組織ダヨ(棒読み) 独自行動してもユルサレル(今の大統領の古巣だからな)』


『……ま、今の日本の国家的なリソースが掛った組織で独自行動取れるのは無いですから、あちらに遅れるのはしょうがありません。政府も国内の政治的な意見を纏めるのと騎士団側から提出されたリストに記載のあった連中を現場から理由付けて排除するのに忙しいですし……』


『能力が無くてアウト。人格的にアウト。過去の犯罪歴でアウト。お前ら後ろ暗過ぎ、と』


『以上の理由で陰陽自に国外からのお客さんの護衛と受け入れ施設関連は投げっ放しらしいですよ?』


 ASEAN、オーストラリアからは大量の公務員と政治家が人材交流、組織作りの為に渡日する事が決定して既に来訪していた。


 神の封印から10日後。


 北米にある都市国家や未だ米国からも情報が洩れて来ないニューヨーク、南西部の海岸線沿いに出来た新興国、左翼絶対許さない国家たるゲルマニア以外の全国家全亡命政権は東京に置かれる事となった世界政府の大会議場予定地を前に東京の復興を願いつつ、工事の開始式典でテープカットした。


 人類規模での予定前倒しが強行されたのだ。

 いつ我が国もあんなのに襲われるか。


 という恐怖が彼らを責め立て、それを退けた善導騎士団との折衝を行う上で早く人類の統一意見として対等に物事を進めたいというのが本音だったのである。


 無論、その工事関係者の大半が善導騎士団の建築部門とその関係者で埋め尽くされている事は誰が見ても騎士ウェーイとして名を馳せつつあるアフィス・カルトゥナーの姿で一目瞭然だったりもするわけだから、今更人類に騎士団相手に優位に交渉を進める、なんて事が出来るのかは甚だ多くの人々が疑問になっただろう。


『では、テープカットを行います。代表として善導騎士団より騎士ウェー、ごほん!! 騎士アフィス様どうぞ!!』


『ウ、ウェーイ!?』


『ウェーイ(・∀・)』×一杯。


『先生!! カッコいい!!』×歓声に混じってサクラ役で盛り上げる秘書役1人


『先生!! 凄いです!!』×魔術で複数音声のガヤを手掛ける秘書役1人。


『先生!! 結婚して!!』×思わず音声に欲望の声が混ざる秘書役1人。


 世界政府組織委員会。


 実質的に国家政府の権利を世界政府へ譲渡する利害調整を行う実務機関が公平性を保つ名目で善導騎士団に投げられた。


 ―――のは良くも悪くも彼らへの信認が人類にあったからだろう。


 彼らは自分達の活動にケチが付かなければ、それこそ善意を物資と共に押し売りしまくってくれる有り難いくらいにオカシな人々だともう世界中に知れていた。


 公平な裁定者としての役割を期待されたのである。


 それが内実、他世界の人間に地球人類の命運を託す投げっ放しな選択肢だったとしても、国連に否は無かった。


 この人類滅亡寸前の時期になってもまだ差別だってあれば、逆差別もあり、人種の為に人殺しも起きれば、正義の為にと自身の権利を護る他者を糾弾する者だっていたのだから、今更もう地球人の聖人君子探すより身近な異世界騎士を登用する事は合理的であった。


 だから、その日の夜。

 騎士団の上層部。


 副団長の側近達から言われた通りに何の会議かも聞かずに出席した男は何かよく分からない内に何かよく分からないままに大きな任を任せれる事になる


『では、これより世界政府組織委員会の―――』

『先生。お茶です!!』

『あ、ども。で、これって何の会議な―――』

『せ、先生!! こ、これ手作りの茶菓子です!!』

『お、おぅ……い、頂きます(ポリポリ)』


 正義を語る者。

 保守を語る者。

 革命を語る者。

 平等を語る者。

 大義を語る者。


 誰が何を語っても彼ら地球人類が基本的に色眼鏡と主体性を放棄出来ないのは自明であった。


 それは今までの十数年間で人類の身に染みていたのだ。


 なればこそ、ほぼ人類の総意として別世界の人間に解決を投げたのは賢明だったのかもしれない。


 ただ、そこに一つだけ問題があるとすれば。


『では、本議決を以て正解政府組織委員会の委員長として騎士ウェ……ゴホン。騎士アフィスを任ずるものとする!!』


『ふぁ?! え? え?! あの、お、オレが委員長?!』


『先生!! 良かったですね!! これで名実共にアフィス先生が善導騎士団の顔役ですよ!!? 世界政府を創った偉人として歴史の教科書に名前が載っちゃいますよ!!』


『(ちょ、ま、お、オレちゃんはただお水のねーちゃんと愉しくお酒とおつまみを頂きたいだけのただの普通のウェーイなんですが?!!)』


 目をキラキラさせた秘書役の従騎士の少女に凄い凄いと誉めそやされた青年は顔色を蒼褪めさせながら、副団長からの辞令……会議の結果としての任に従えという仕事に邁進する事になる。


 世界政府組織委員会の委員長として出向を命じる。


 そんな一枚の紙を会議終了後10秒で副団長の側近に渡された彼はそれを前に全部決まってた出来レースにガクブルしながら気を遠くさせていくのだった。


 オリガ・レヴィは後に語る。


 きっと、神様が先生の今までの行いを見ていらしたんですよ、と。


 その日、騎士ウェーイとして一躍名を馳せていた男は“世界政府を創る男”の称号と共に無限に湧いて出る政治家や起業家や軍人や公務員などの魑魅魍魎を前に絶望的な消耗戦を始める事になる。


 彼が逃げ出そうとした事は言うまでもないが、その後ろから彼を祝って微笑む少女の言葉と視線がソレを許さなかった。


 時に祝賀者の祝詞は地獄の業火よりも明確に人間を追い詰める。


『オレちゃんにッ、オレちゃんに自由は無いのかぁあぁ?!!?』


 叫んだ彼の前には合計3万枚程の決済案件を入れたPCが置かれ、1日100件ペースの処理を求められる事となった。


 九十九がそのサポートに回るという話ではあったが、それにしても酷い寡頭制の弊害を彼は上に立つ者として身を以て知る事となる。


『先生。頑張りましょう!! わ、私もお手伝いしますから!!』


『う、ウェーィ……(´;ω;`)』


 睡眠時間1日3時間でMHペンダントを着けっ放しにしたアフィス・カルトゥナーの姿は善導騎士団東京本部内において、参列する全ての国家と亡命政権の重要人物達が目撃する日常となるが、その背後には五光が射していると称されるようになる横顔に菩薩系指導者という新たな俗称が加わる事にもなるのだった。


 ただ、それが本当に涅槃へと旅立ちそうな程に燃え尽きた笑みである事を知る者は多くなかった。


 神の封印から二週間後。

 アイルランドのシェルター都市。


 功労者の名を取って【ベルズ・タウン】と名付けられ、支部化した地下設備に新型痛滅者の充足を以て戦後の残務処理に追われていた少年と一行は引継ぎ人員が来るのを待ってからロス・シスコの本部へと向かい。


 ひっそりと当人達の業務は終了した。


 彼らの背後には魔導師となった正史塔の魔術師やその家族、イギリス政府から押し付けられた新種族を孕んだ元カルト構成員が付き従う事になった。


 少年のポケットを通した工作はまだまだ続いていたが、セブンオーダーズの引き上げは同時に新たな戦場への到達を目的にする彼らの準備を意味する。


 始まりの都市へと舞い戻った彼らを待っていたのはアフィスが抜けてちょっと寂しくなった……様子もない活気のある騎士養成校での少年少女達の姿。


 そして、久方ぶりに顔を合わせる実質的な都市の指導者たるバウンティーハンター達の元締めである女傑との邂逅。


 だが、それもまた新たな戦いへと続く序曲かと少年と仲間達は知る事となる。

 彼らが到着した一週間後。


 ニューヨークからの使者が善導騎士団本部に辿り着いた。

 その相手からの一言は再び世界を変えていく事になる。


 曰く。


「騎士ベルディクト。無理を承知で申し上げる。ゾンビである我々を……助けてはくれないだろうか」


 そう両腕の腐り落ちた女は少年を前にして頭を下げたのだった。

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