第155話「海神」


―――??日前


「おお、生田精密さんじゃないですか」

「ああ、鳳製作所さんですか。本日は……」

「ええ、本日は……」


 小さな精密機械の部品下請け会社が2社。


 コンクリート製のロビーで出会った部長クラスが互いにペコリと頭を下げた。


 彼らの背後には数人の人員が共におり、名刺を交換した彼らは時間だとイソイソ歩を進める。


 実は重要な会議への出席に際して諸々の事情から遅れてしまった彼らは歩調を合わせて速足で通路を通り過ぎる。


 その左側のガラス張りの壁の先では地下の巨大な工廠設備が見えている。


 内部にいるのは全て航空機と艦船であった。

 そう、この相慣れない二つの乗り物が今は此処に。

 陰陽自研第四地下工廠に集められていたのだ。


 そのあちこちでは白衣の研究者とエンジニア達が真面目な顔で観測機器やデータと睨めっこしており、何やら盛んに議論を交わし合っている。


「ああ、アレは高橋テクノさんですね」


「あっちには大手の盃山クラウンさん。ああ、白戸さんがいないくらいですか」


「あちらはあちらで独自色を出してやっていくそうですから」


「耳が早いですな」


「はは、話を持って来られた時に断ってしまったので……」


「ああ、そちらも?」

「という事はそちらも?」

「ええ、実は……」


「まぁ、最初に唾を付けられた以上はお断りも出来ないですから」


「ですか。いや、役員会でも揉めたんですが、やっぱり政府公認というのが大きかった。やはり、こういうところで日本人というのは安定感が欲しいのかもしれませんね」


「言えてますが、その日本政府も随分とチャレンジングな事を始めた……ソレを知ればこそですよ」


「もう派遣してるのですか?」

「ふふ、実は派遣して数日で出戻ってきました」

「おや、何か問題でも?」


「いえね。自分達の未熟を痛感したので一ヵ月程学び直したいと騎士団側に言ったら、学習用の諸々の手引き書や見学の手配、費用を用立てて貰ったらしく」


「学習意欲が高くて良いじゃありませんか」


「はは、社としては情けないやら恥ずかしいやら……ですが、二日前にはまたもう戻らないという気概で派遣されていきましたから、次は年始くらいにしか戻らないんじゃないかと」


「お、そろそろですね」


 彼らの一団が大規模な数十人用の業務エレベーターへと乗り込む。


 ソレが地下へと一気に降って数百m。


 音も無く降りた地下から重苦しい作動音と共に彼らの前で扉が開き。


 彼らは眩しさに目を細めた。


 そして、一瞬後には唖然とした心地となる。


 地下には空が広がっていた。

 心地良い微風。

 夏の日差しと温かさ。

 それは里山の光景。

 だが、問題は更にその先。

 里山の中腹に置かれた下り坂の先。


 少し開けた野原の上にはテーブルが置かれており、穏やかになりつつある3時過ぎの陽光の中。


 複数の企業体や中小零細の部長クラス達が出されたお茶と御茶菓子を口にしながら、会話に花を咲かせていた。


「おお、生田精密さんが来たようだ。鳳製作所さんも……これで話が始められそうだな」


 二人の部長が恐縮した様子で頭を下げ、部下達を何処に待たせようかと思っていると。


 髭面のパッと見で類人猿みたいに汚れた白衣の髭面男がエプロン姿で彼らの横にやってくる。


「会議参加企業の方ですね。騎士ベルディクトから持て成すよう言われていまして。我々は此処の管理をやっている大学関係の者です。部下の方達はあちらで陰陽自研の諸々の技術の展覧を行っており、そちらでお過ごし下さい」


 男が指差したのは坂を更に下って行った場所にある屋台が並ぶ一角だった。


 確かに卓に付いている人物達よりも若い人々が20程もある屋台の周囲で何やらワイワイとやっているのが見えただろう。


「分かりました。君達はそちらの方を」

「ウチもそうしましょう」


 部下達が髭面男に先導されて向かうのを見送り、彼らはすぐに余っていた席へと付く。


 すると、同時にフッと彼らが付いた席が浮かび上がる。


「?!」


 驚く間にも座席が空に昇ると空の先。


 天井など無いように見える世界の果てまで上昇し、何かに激突するのではないかという不安を思う間も無く。


 彼らは真下がガラス張りになった部屋にいた。

 下の里山を見下ろす場所は会議室らしく。


 今にも墜ちるんじゃないかという生理的な不安定感以外は落ち着いた作りの普通の間取りでインテリアも控えめのものが採用されている。


「魔術。いや、もうソレすら超えているというのは本当なのかもしれませんね」


「ええ……」


 彼らが人が来るまでテーブルの上に置かれた菓子に手を付けておくように言われていると隣から聞き、そのお椀に入った水のように透明なゼリーよりも崩れそうなフルフルとしたものを木製のスプーンで掬って口に運ぶ。


「―――これは葛、ですかね? 葛饅頭? いや、実に水のように解けて……何とも薫りも甘く清々しい……」


 ゼリー状のソレに今まで食べた事のないような食感、舌触り、香りの良さに驚いている合間にも彼らのいる会議室に入室する者があった。


 会議室の誰もが陰陽師研の主たる少年を前にして立ち上がり、軽く会釈する。


 それを両手で恐縮したように留めて少年が上座に座った。


「これより防衛装備品の技術審議会を開催します。今回、集まって頂いたのは途中で見る事が出来たと思いますが、全て航空機と艦船の部品を卸している企業体の方々が主軸となります」


 少年の言葉と同時に男達の周囲に次々と彼らの企業が作っている製品のデータが集まる。


「防衛装備は現在日本国内で10割賄われている事は知っての通りです。このサプライチェーンを使わない理由もありません」


 少年の周囲にもまた彼らが防衛装備関連で卸していた品のデータが立ち上がっていく。


「今回は我々陰陽自研が皆さんに善導騎士団及び陰陽自衛隊の各種装備の設計図と部品製造用の装置類を全てお貸しての大規模な民間からの調達が企画されました。これは陰陽自研の規模拡大がもう限界に近い為です。具体的には敷地不足。面積比で言うと9割以上使い切りました」


 少年の周囲に航空写真が広がり、富士樹海が跡形もなく消えたビフォーアフターな現状が次々に映し出されていく。


「皆さんも此処に来るまで広大な敷地は見て頂いたと思いますが、殆どの民家にも転居して頂いた結果として富士の裾野一帯は東、北、南に限って我々が使い終わったと言えるでしょう」


 ゾンビに襲われた当たりから周辺地域の転居はかなり行っており、今や殆ど民家は周囲にない。


「ですが、これ以上の拡大は非効率ですし、ギチギチに色々と詰め込んだせいで人口過密状態とは言えなくても施設は過密化しています。結果としてこれ以上のリスクヘッジが不可能になったので皆さんのところに設備を置かせて頂いて、民間委託する形で部品調達しようとなったわけです」


 少年はいつもの(・ω・)顔である。


「今後来るべき、日本全国への騎士団隷下部隊への装備供給も中央からの一括は見直す事になるでしょう。此処にいるのは僕が認めた今後も装備調達に協力してくれるだろう企業体の方々。そう少なくとも見込んだ相手と思って下さって構いません」


 少年が指を弾くと今度は大量の航空機と艦船のデータが映し出された。


「通常兵器の魔導機械術式でのブラッシュアップは殆ど実機に施すだけとなりました。此処でお付き合いのあった皆さんに声を掛けたわけですが、具体的なお仕事としては基礎的な技術の完成品をお渡ししますので、後は卸す際のチューンや改装、マイナーチェンジはお任せという形を取ります」


「お任せ、ですか?」


「はい。儲けはそちらで勝手に出して下さい。我々はノータッチです。ガイドラインと技術関連の相談は随時受け付けますが、基本的には投げっ放しだと思って下さい」


 その言葉に誰もが驚きを隠せなくなっていた。


「一ついいでしょうか。騎士ベルディクト」

「何でしょうか?」


 少し頭の禿げあがった眼鏡の壮年が少年を見やる。


「我々の利が大き過ぎるのでは? 少なくとも防衛装備関連の技術が公表出来ないとしても、警察や各亡命政権への装備品の供給は独占的になるでしょう……平時ではない今の環境では民生品の生産よりも儲かります。もしゾンビがいなくなったとしてもしばらくはそういった状況が続くでしょうし……」


「気にしてません。というか、そんな事を気にしている暇が無くなりました」


「それは先日の?」


 壮年の言葉に少年が頷く。


「黙示録の四騎士の襲撃が日本に起こってしまいました。これから大増産する装備品は山の如く作ってもらわねばなりません。ですが、此処ではソレが不可能。だから、皆さんにお任せします。勿論、税金も払ってもらいますし、僕らに直接儲けの数%をというところも変わりません」


「ですが、もっと管理した方が……」

「管理ですか?」

「我々が言うのも何なのですが……」


「ああ、そこら辺は気にしないで下さい。根本的な勘違いでしょうから」


「勘違い?」


「僕らは資金や資産という形での利益を得たいわけじゃないですから。ルールを作る事は国任せ。自分達の活動に必要なもの以外は口を出す気もありません」


 それにしては日本国内の憲法停止下でやりたい放題はしている、という言葉は全員の胸の内に呑み込まれる。


「ただ、儲け優先とか。そういう事を言っていられない事は皆さんも分かってるでしょう。そういう事です」


 少年が暗に伝えたのは人類にも日本にも余裕などないという事実だった。


 彼らの友人知人家族とて先日のゾンビの無限湧き事件や黙示録の四騎士の直接襲撃で大なり小なり被害を被った。


 儲けとか利益なんて言っていられないのは正しく当たり前の状況なのだ。


 今までの安穏とした前提が失われようとしている。


 それが分からないような者は確かにその場にはいないだろう。


「と、言う事で皆さんに表向き防衛装備品関連の全ての権限と義務は移譲します。大手もこの決定は了承済みです」


「大手さんもですか?」


「ええ、彼らは彼らでこれから大企業にしか出来ない莫大な作業が必要になる生産を任せる事になりますから、文句も出ませんでした」


「そうですか……」

「黙示録の四騎士がいなくなれば、中長期的には軍用品の値段も下がりますし、平時になれば防衛産業は先程のご指摘通り、赤字産業ですしね」


「まぁ、でしょうね……」


「この会議自体は今後も継続。後で各々利害調整をどうぞ。独禁法は復活したら意識して頂ければ。それと裏向きのお話をしてしまいましょう」


 少年がパチリと指を弾く。


 それと同時に彼らの前に次々に新たな装備品の設計図やらアビオニクス関連の情報が大量に表示された。


「裏向き……」

「これは……いや、原型は留めているが、何だ?」


 男達がガヤガヤと騒がしくなる。

 それもそのはず。


 その設計図にあるのは既存の彼らが関わって来た防衛装備品や魔導関係でブラッシュアップして、今正に海自や空自に卸し始めている改修機や改装した艦船とは違っていた。


「まさか、これは―――」


 気付いた者が数人出た。


「はい。何人かはお気付きになったようなので答えを言います。コレは防衛装備品じゃありません」


「防衛装備品じゃ、ない?」


 彼らが嫌な予感に背筋へ汗を掻いた。


「善導騎士団が自衛隊及び今後、人類軍が創設された時に貸与する事になっている魔導によるこの世界の兵器の真っ当な進化先……そうですね」


 少し考え込んだ少年が顔を上げる。


「痛滅者のような黙示録の四騎士用ではなく。純粋に技術の粋を集めた汎用決戦兵器類と考えて下さい」


「汎用決戦兵器……」


 その言葉が冗談に聞こえない時点で彼らは自分達が随分と毒されているに違いないと理解する。


「黙示録の四騎士の撃滅のアシストくらいは出来る代物です。シエラⅡやシエラⅢと同じですよ。それで培われたノウハウが投入されてもいます」


 少年が詳細なデータを虚空に提示していく。


「艦船は1艦隊30隻、航空機は4機編成で80機有れば、星一つくらいは大抵護れるくらいの性能です」


 少年がサラッと言ってのける言葉に何ら否定の言が聞こえては来なかった。


「半永久的な動力機関を積んで殆どメンテナンスフリーを想定しています。恐らく、技術的に同じ物を再現するには今後秘匿される技術の再開発まで千年くらいは確実に届かない代物でしょう」


 もうその時点で集められた彼らのお腹は一杯であった。


「皆さんにはコレの調整や維持をお願いします。ちなみに1年後までには確実に実機が完成予定です」


 ―――【………(;´Д`)】×一杯。


「これは僕ら善導騎士団が壊滅した際の保険です。なので黙示録の四騎士に僕らが滅ぼされても出すかどうかは日本政府任せです。ただ、コレは日本政府及び自衛隊の最後の切り札として温存されるようにと総理にお願いして来ました」


 少年を今や全員が何とも言えない顔で目を丸くしてガン見であった。


「搭載兵器の火力は一斉に発射すれば、惑星を崩壊させる事が可能、という試算も九十九が既に出しています。そうですね……もし、人類が敗北して滅びを避けられないのならば、コレで全て道連れにする事も選択肢としてはアリです」


 少年はまるで明日の天気は破滅とでも言うような気軽さで告げる。


「何故、大企業の連合などに委ねないかと言えば、皆さんの企業体が今後もどれだけ成長しても今の大手が大規模に消滅するような事にならない限り、最大手並みの力は得られないから、と言っておきましょう」


 それでピンと来た者もいた。

 敢て小さな力しか持たない者に渡される巨大な力。


 その意図はある種清々しい程に明確だ。


「政治力が無い、資本力が無い。そして、だからこそ、貴方達は世間一般で言う権力というものから一番遠い」


 何を言われているのか。


 それを理解しつつある誰もが複雑な心境ながらも納得し始める。


「外部から干渉する方法は今からお配りするコアとなる【魔導量子暗号通貨ハイクラフト・クオンタム・カレンシー】……陰陽自研で通称HQCハックと呼ばれる術式形式の特別な処理を施した暗号通貨の保持者のみに限られます。手を」


 少年に言われるがまま彼らが手を差し出せば、その手の甲に何かが沈み込んだような跡が丸い跡が付いて、それもすぐに消え去る。


「今後、僕らが使う全ての技術成果に用いる事になるソフト的な鍵です。保有者は念じて譲渡するか分散する事が出来ます。ただし、無限には分散させられず、随時3人が限度です。色々と仕様に付いてはHQCを脳裏で参照して下さい」


 少年が仕事が終わったとばかりに大きく頷いた。


「今後、数か月以内にまた大規模な戦いが起るでしょう。皆さんには航空機と艦船のブラッシュアップの実働改装部隊として働き倒して貰う事になるので、よろしくお願いします」


 少年の周囲には現在、日本が保有する米国や他国から譲渡された無数の戦闘機や航空機……もはや生産も補修用のキットや部品も存在しないような、ただ朽ちるのを待つだけだった倉庫の肥やしが数百機並んでいた。


 その映像データのどれもがもはや動き出しそうな程にカラフルであり、原型を留めるモノ、そうでないモノと様々だ。


「人類の戦力はこれでようやくゾンビ相手にやや不利くらいまで持ち直します。その後の開発に関しては日本やこれから各地に作る企業集団次第ですが、間に合うとは思えないので……自分の仕事と戦い続けて下さい。力ある者の祈りというのは最後の最後の最後……死ぬ時やればいいものですから」


 少年は暗に言う。

 今出来る仕事の全てを全力でお願いします、と。

 言われなくても彼らにだって分かっていた。


 彼らが手直しに動いている兵器群こそが、今後来る新時代の兵器。


 そう、ゾンビ相手にも戦える武器の主力なのだと。


 少年達が作っているものは全てが全て黙示録の四騎士とそれが操る軍勢相手に対抗する為のものであって、単なるゾンビ相手ならばもはや過剰戦力と言っても過言ではない。


「期待してます。皆さんが整備し、その手で造った人類の剣と出会う事を……」


 誰もが立ち上がり、敬礼した少年に同じように返した。


 忙しいとの話で関連資料を全部テーブルにおいて後から入室してきた明神に全てを任せた少年はそうして去っていき。


 彼らは日本政府の意向も聞き取りつつ、次なる大規模な戦闘へ向けて、更なる稼働可能な実機を増やすべく社の全力を挙げての仕事を確約するのだった。


 *


 人には限界がある。

 己の壁を超える、とか。

 絶対や完璧だ、とか。


 個人が言うは易しだが、行うのは極めて困難だ。


 そして、人の可能性は無限で無いし、ダメな時はダメというのも良くある話。


 もしも、とある少年が熱血で人の可能性や希望を素直に信じられるような人物ならば、日本はとっくの昔に壊滅していただろう。


 魔術師とは彼のいた大陸において滅びゆく定めを背負う人々だ。


 魔導師とはその定めを魔術師達に突き付けた合理主義者と善行の使徒だ。


 そして、どちらでもある彼は……人の可能性を信じてはいても、100%信頼しているなんて柄ではない。


 信頼が刃を防いではくれないし、希望が傷を癒してはくれない。


 いや、そういう魔術もあるにはあったが、そんなのは極めて特例だったのが過去の大陸における魔術の大前提であった。


 ソレが奇跡でも希望でもなく。


 “一般的な薬”レベルで普及させるのが魔導師という輩であり、これに対して魔術師が出来る事など歯噛みして衰滅する己を眺める程度の話だった。


 だから、決して……少年は決して自らも世界も他人も過信しない。


 正しく見つめて正しく評価する。


 一見してその醒めた瞳と頭脳こそが少年の戦いにおいて最たるものであった。


 それが異世界の技術と出会った時、此処に生まれ得るモノは必然的にそういう性質となる。


 だから、少年が造る武装や兵器の類は大きな意味で汎用性の塊だ。


 そういう人物しか使えないという場合もあるが、大抵……ソレはそういう人物のような人ならば、同じように使えるというのが指向されている。


 言わば、一点もののドレスを仕立てるとしても、少年が仕立てるドレスは当人だけにしか似合わないものではなく。


 当人の子供や孫にも似合う代物である。

 それは兵士達も実感していた事だろう。


 彼らが使う神にすら抗い得る鎧は誰もが抗い得る鎧である。


 ある程度の条件はあるとしても、オンリーワンしか使えない代物ではない。


 これこそが個人の限界を知り、集団の力を理解する魔導師としての彼の答えであり、それを限りなく個人のものとして使えるようにカスタマイズする魔術師としての選択であった。


「………ぅ」


 少年大好き高位魔族な羊少女に懸想した男は命を永らえていた。


 左腕は侵食により、9割を欠損させて切り離し、右足は敵の攻撃で内部の骨が粉砕骨折状態だったが、辛うじて原型は留めている。


 MHペンダントで何とか侵食環境でも存命。


 巻き付かれた胴体にしても肋骨が圧し折れて砕かれ、肺に突き刺さってはいたが、千切れはしていないのでセーフと言える。


 それも3日もすれば、治るケガだ。


 ペンダントをフル活用すれば、それこそ身体が軋んだり、寿命が縮んだりして良いなら、数時間の内に治癒するだろう。


(生きてる……オレも隷下部隊の一員になれたかな……はは……)


 今日、男が負ったケガは嘗てならば、悲惨を極める死に様であった事だろう。


 今、仲間達に小さな掌に納まるビニール状カプセル、東京の研究者が造っていたソレに入れられて運ばれる男は……善導騎士団において始めて神の攻撃を受けて生き残った者として、稀有な経験の持ち主として、多くの同胞にその経験で得た戦訓を、知見を、次の対抗策を教える事だろう。


 外気温がようやく40度に下がった要塞線はしかし未だ厳戒態勢。


 男と同じ鎧に身を包んだ者達が次なる砲撃。


 あるいは襲撃の次波に備えて各種の装備のチェックと観測機器をフルレンジ稼働状態のまま塵一つの違和感すら見逃さないよう目を見開いていた。


『こちら機龍!! 黒翔部隊は散開し、観測部隊として上空へ退避!! 砲撃した個体は移動停止!! 残り2体は1体が砲撃個体より8km先で停止!! 残り1体は未だ進行中!!』


 彼らは圧倒的に正しかった。

 一時の勝利になぞ酔いしれている暇は無い。


 彼らに共通して送られる戦術データや各種の映像が次に示したのは相手の次撃の準備。


 砲撃後に止まった相手より先に進行し、停止した個体がゆるキャラから変貌を始めていた。


 ブクブクと膨れ上がると蛸というよりは触手の伸びた巨大な樹木のように成長していく。


『停止中の個体に異変を感知!! 主要形態が樹木型に変化!! 九十九からレッド・アラートです!! 主要パターン可能性にして32!! 何らかの個体及び魔力成果の生産ラインの可能性大?!』


 彼らがソレを見守る事など無い。


 九十九が上空から照準していた敵樹木型に副兵装を圧倒的な質量で撃ち放つ。

 二門の転移砲撃ではない。


 シエラⅡの装甲表面の一部。

 主翼から前方に掛けての左右に4列160か所。


 そこが凹んだかと思えば、急激な魔力凝集と同時に3m程の高さの白い正八角形状の棒を大量に転移で凹んだ穴の中心へ並べだ。


「【遠隔転移分散迫撃砲ソリトゥード】発射!!!」


 カンッ。


 そんな音と共にその白い棒が転移で消失する。


 樹木型が何かをする前に巨大な光がその地点で突如として炸裂した。


 ―――【!!?】


 近距離転移した白い棒が発する光。

 ソレはディミスリル・クリスタルの魔力転化光だった。


 砲弾とはまた別の超高速での敵至近での術式による効果処理は相手の妨害が入るよりも先に全てを完了する。


 焼き尽くすのではない。

 光が収まると跡にはただ虚無が広がっていた。

 そう、虚空だ。


『転移成功率98.932%。誤差0.00024パーセクで推移!!』


『連続転移のチャンネル波形を衛星より確認!! 転移距離が金星軌道より内側に到達するまで約903時間と推測!! 九十九が97%以上の確度で成功と判断!!』


『成功です!! 連続転移投射戦術のドクトリン構成は本一撃を以て完了しました!! 戦えますよ!! 神とすら我々は!!』


 術式による超遠距離転移を行う大量のポータル爆弾。


 それも相手へ瞬時に送り付けて、極小にばらけた柱が直径1mm以下の空間転移の超大質量連続転移を行うという代物だ。


 これもディミスリルの原理解明によって可能になった攻撃方法であった。


 言わば、相手を抉り取って散らばせる爆弾。


 しかも、相手と神のチャンネルを切断し、魔力を引き出せない状態で千切りながら高速で連続転移を相手の魔力で行う悪魔のような兵器である。


 コレを前にしては単なる魔力を使う程度の生物など一溜まりもないだろう。


 転移後に魔力を吸われて分割されながら再転移を繰り返し、転移が不可能になるまで無限連鎖する分解と太陽の引力圏への直接投射を受けるのだ。


 真空の宇宙で魔力0まで枯渇させられては神の欠片とてただでは済まない。


 最後にはDCによる焼却によって炭化。


 それでも再生する、という事があろうとも問題など無い。


 無限再生しようが太陽のプロミネンスの中で燃えないという事も考え難い。


 相手が電子や中性子や電磁波や熱や波動の類を吸収して増殖するような類の敵でないならば、やがては燃え尽きるだろう。


 敵にしてみれば、一瞬の転移で何をされたのか分からないまま通信が断絶して魔力も送れなくなって、消えてしまったという状況。


 これもまた北米において【コア・ライト】の巨人と初めて遭遇した時、少年が使った空間転移戦法の発展形である。


『進撃個体の増速を確認!!』

『時速83kmから154kmへ!!』

『有人ドローン・オペレートを開始します!!』

『ファースト・アタックまで32秒!!』


 砲撃型は未だ停止中。

 樹木型は瞬時に何もさせずに消滅。

 だが、未だに走り続ける人型だけは無事だった。

 それもこれも相手の速度や予測能力故だろう。


 九十九の演算と溜めを張るような予測合戦が繰り広げられているのがシエラⅡの中では驚きを持って見られていた。


『C4IXと同期したネットワークに警戒警報!!』

『相手への照準が定まりません!!?』

『予測合戦中です!! 乱数回避機動算出不能!!?』

『敵の回避パターンが幾何学的に増殖しています!!』


 相手の動きを予測して攻撃を当てようとする機械の処理速度に相手の予測精度が拮抗し始めていたのだ


 一撃必殺の攻撃は相手に対処させないまま葬る為の代物。


 もしも、神が学習してしまえば、敵に早くも攻撃が効かなくなる可能性もあり、確実な1撃を与えられると予測結果が出ない限り、攻撃は許可されない。


 常に消耗戦は人類側が不利だ。


 技術や叡智を持たない神が本質的に攻撃へ適応してしまえば、どんな攻撃もすぐ意味を為さなくなるだろう。


 だからこそ、単純な作業としての予測処理という分野で拮抗している内はまだ神相手にも互角であると言えた。


 どれだけ相手の処理速度が上がろうとも処理速度自体を上げるのは容易だ。


 機械は幾らでも代えも量産も効くのだから。

 攻撃が効かなくなるよりはマシと言うべきだろう。


 ―――【ッ】


『レッド・アラートです!! 巨大な魔力波形を検知!! 敵超大型内から急激な魔力噴出を確認!!』


『周辺展開していたドローンより魔力吸収用の結界発動要請!! 周辺海域で再び大結界の再形成が確認されました!!』


『す、推定魔力出力シエラ8000隻分!? まさか?! 本体からの魔力供給が開始されたようだと九十九が断定しています!!』


 八木が相手が本気で潰しに掛かり始めた事を理解し、周辺区域を封鎖する魔力吸収式の結界発動を承認。


 直ちに周辺ドローンから展開された大量のDCの球状の粒が空気中に散布され、魔力を吸収しながら瞬時に結界を封じ込める結界を張り巡らし始める。


『魔力濃度急激に上昇中!! 結界強度も上昇していますが、これは消費し切れていません!! 一部のDC群が過剰魔力に劣化し始めています!!』


『追加でDCを散布しろ!! 空間制御の人員を回せ!! 日本に備蓄している分は全部吐き出させろ!! 日本以上の状況になるぞ!! 騎士ベルディクトから譲渡されていた地下のディミスリル・ネットワークへの魔力伝導を開始せよ!! 地球緑化プランで対処に当たる!!』


『は!! 周辺海域の散布DCより魔力伝導を開始!!』


 海底下のディミスリル・ネットワーク。


 ようやく近頃少年が日本側へと使用権利を与えたソレは日本、北米、今はイギリスまでも続く超大な魔力を流す運河だ。


 ソレ自体が海底に莫大な埋蔵量を誇るディミスリルを組織化するにも魔力を用いる事から大量の魔力を扱う相手に対しても物理的なエネルギーに転換される前の状態ならば、吸収は可能。


 前回、緑燼の騎士相手に使われなかったのはソレが殆どもう威力に転化されていたからだ。


 それに日本国内にはディミスリルの鉱脈が殆ど無いというのも禍した。


 だが、今ならばアイルランド北部にまで伸ばされたディミスリルの導線は散布されたDCから空間制御を行える魔導師の助けを借りれば、問題無く魔力吸収可能。


 莫大な魔力が次々に肉塊の周囲に散布された煌めく粒子の帯から海底へと流れ込み、地下で猛烈な輝きを発する鉱脈が変成、脈動しながら少年の組んだ通りの方陣の群れとして形成されてイギリス、アイルランド近海から大西洋全域へと拡散していく。


 それでも魔力の供給は止まる気配がない。


 クアドリスとのファースト・コンタクト時に少年がやっていた魔力導引はもうプログラムとして組まれており、少年がいなくても実行可能。


 北米東海岸まで到達した魔力が各地で湧き潰しをしていた大隊が地下に埋め込んだビーコンや北米各地に拡散していた無人ドローンまでも到達し、内部に組み込まれていた術式をフル稼働しながら、次々に各地で巨大な荒野と砂漠を魔力で満たしていく。


『魔力誘導順調に拡大中。北米東海岸線に到達!!』


『砂漠化した各地の無人ドローン術式解凍!! 地下水脈よりの汲み上げ及び地域の空気中の水分を凝集開始しました!!』


HMPハイ・マシンナリー・プランツ光厳樹こうごんじゅ】育成開始!!』


『緑化サイクル安定まで40秒!!』

『963地点のドローン内の種子同期成長開始されました!!!』


 糧食部門のハイ・マシンナリー・プランツ。


 魔導機械術式によって手を加えられた此岸樹の親戚に類する大量の植物の種子が魔力の急激な吸収により、発芽成長していく。


 機械のDC中枢を魔力吸収の中核として、水は術式による大気や地下水脈からの吸収によって賄った形だ。


 ソレらの大樹が北米のロスアラモス域以外で急速に形成。


 今も無限に増殖するゾンビ達と激戦を繰り広げていた大隊の目の前で大森林が幾つも幾つも誕生していった。


『緑化プランが始動されたぞ!!』

『遂に神様クラスとドンパチかよ!?』

『はは、聞いてたけど……聞いてたけどさぁ?!』

『コレはヤバ過ぎでしょう!!?』


『妖精とか住んでそうな森が爆誕? う~ん。どっかのアニメ映画かな?』


 その樹木は嘗てハワイに自生していた溶岩が冷え固まった上にも根を張る頑強で生命力の強いモノの強化体だ。


 最大の特徴はその緑化作用にあり、溶岩に覆われて固まった大地に再び森を形成する程の力を秘めている。


 それを魔力と術式によって後押しすれば、魔力源さえあれば、今滅びゆく北米の大地に再び森を誕生させる事など造作も無いだろう。


 だが、それだけの能力であるはずもなく。


 増えたゾンビ達が次々に樹木の根によって串刺しにされ始めた。


『形成した森林地帯のゾンビ吸収化プロセス開始されました!!』


『黒武と黒翔は短距離転移で直ちに退避!! 森林地帯より最低9km離れて下さい!!』


『地球緑化プラン-【ZEF《ゾンビ・イーター・フォレスト》】-の進行を開始!!』


『形成された樹木群の地下茎脈の結合を確認!!』

『終わりの土への誘導捕食開始されました』


 蠢く樹々。


 大陸なら魔の森と呼ばれるような高魔力汚染地帯に良く生える生物を襲う植物群に似ている。


 しかし、ソレはまったく逆の性質を持っていた。

 生きているモノにはまるで反応せず。


 生命活動が感じ取れない動体反応を示す敵を肥料にしようと襲い掛かるのだ。


 無限に増殖するシャウト群の幾つかが森に呑まれた瞬間。


 数百万から数千万単位の樹木の根や枝によって串刺しにされ、圧し潰され、上に伸びる剣山のような樹根に養分を吸われていく。


 敵が“終わりの土”で形成されているのならば、ソレの利用は正しく医療部門のエヴァン先生の十八番である。


 糧食部門とタッグを組んで義肢接続手術の片手間に研究していた成果だ。


 黙示録の四騎士の操る同型ゾンビ。

 終わりの土製の存在を吸収分解する菌類の創生。


 そのひっそりした研究は数か月で無事に終了している。


 樹木に喰らわれたゾンビ達の体積によって更に樹木は太くなり、紅葉のように微生物群が集まる葉を赤くして落とし、死体の死体を内部に埋もれさせていく。


 腐肉や死肉を分解する大量の増殖力の高い菌類込々で形成された森林地帯は地面までもがゾンビを許さないのである。


 栄養となる動く死体を決して逃がさない生きた罠。


 ソレが無限に増殖する養分を得るならば、無限に拡大するという極めて単純な摂理であった。


 シャウトを活用し、砂漠化する未知の働きを緑化で相殺して相手の意図を挫く……そんな現実が唐突に出現したのである。


『地下ディミスリル鉱脈へと茎脈のコンタクトが開始されました』


『ディミスリル鉱脈の吸収は順調です!! これで魔力吸収率が更に上がるはずです!!』


『森林地帯の魔力消化率940%上昇!! 伝導魔力を殆ど消化し切れています!!』


『これなら現状維持可能と九十九から回答!!』


 育った樹木は地下の鉱脈からディミスリルを汲み上げる性質がある為、露天掘りする必要もなくディミスリルの資源化、魔力の吸収率の向上を達成した。


 生きた生物を襲わないので人間が重機を使わずに森から樹木を回収すれば、ディミスリルを魔力込みで実質的に掘り出したのと変わらない。


 まぁ、その内に木こりなんて職業が北米では隆盛する事になるだろう。


 まったく、一体誰が考えたんだと呆れるような計画。


 黙示録の四騎士達の今までの成果。


 その全てを引っ繰り返す悪魔を絶望させる所業であった。


 こうなれば、もう今まで戦って来た大隊も笑うしかない。


 相手の力を利用して相手の最も嫌がる事を大規模に無限に相手の強さの分だけ利益として回収する……下に恐ろしきは魔導師。


 否、【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】か。


『中部山脈付近や各地の森林地帯で魔力吸収率が上昇していますが、誘導された魔力の一部が地表に噴出している模様!! 高濃度魔力の土壌汚染が―――』


『各地の大隊にDCの散布を開始させろ!!』

『了解です!! 北米HQへ直ちに依頼します!!』


『魔力誘導中の大西洋の海域で高魔力反応!! 恐らく、予期されていた神の本体関連の情報があると目される遺跡ではないかと推測されます!!』


『観測は続けろ!! ただ今は構うな!! 現状を維持してアイルランドとイギリスの魔力汚染を防ぐ事に全力を傾けろ!!』


『了解!!!』


 神の資源化に成功した九十九を要する八木達であったが、それでも状況は現状維持で手一杯の様子となっていた。


『魔力誘導率94%!! ですが、未だに魔力の勢い止まりません!! 投入しているDC量なら現状維持で320日間持ちますが、この供給量から考えて欠片は未だ内部で変成を続けているか。もしくは3体と同じような個体を製造している可能性があると九十九が判断しました』


『マズイな。認知不能領域の拡大はどうなっている!!』


『現在、時速10m程ずつ拡大している模様です。観測が再び途絶し始めました』


『……最優先は進行個体である!! 砲撃個体の監視も怠るな!! 現状維持のまま、敵20m級を討ち取るぞ!! 副兵装への再魔力充填は!!』


『残り23分です!!』


『では、ドローンによるファースト・アタックを開始する!!』


 日本でも大活躍し、イギリスでもアイルランドでもおなじみになったドラム缶が次々に配置されていた進行個体の行く手で次々に転がりながら立ち上がって、銃弾を速射し始めた。


 最も効果の低いと思われる弾丸による面制圧。

 無論、相手の速度に合わせた全方位からの射撃である。

 しかし、その弾丸が当たる寸前。

 不可思議な事に弾丸が全て逸れた。

 魔力反応や魔術の反応は無く。

 方陣防御や魔力障壁関連の反応も無く。


『超常の力の一種と思われます!! 弾丸の威力減衰は認められず!! 威力はそのままに進行方向を変えられました!!』


『続いてMVT能力を刻印、即時速射!!』


 ドローンによる再度の速射が今度は相手に逸らされるギリギリの距離で起爆して散弾の雨を相手に降らせる。


 だが、それも捻じ曲がっって地表やあらぬ方向へと逸れた。


『目標速度変わらず!! 破片数20万をクリア!! 個別の対処能力ではないと思われます!!』


『続いて大質量弾!!』


 黒武が壁の向こうから山なりの弾道を算出して、数十発一斉に超遠距離砲撃を試みる。


 巨大な砲弾が敵を囲い込むように命中率78%程で着弾。


 爆砕する100m四方の大地の奥。


 土煙の中を走るゆるキャラが高速で砲弾の威力圏内を突破した。


『弾着観測!! 54発中23発命中!! 目標に損害無し!! 回避機動は取られましたが、当たっても効いていません!! 九十九からは逸らせる力が働いて威力そのものを体表から流したのではないかと推論が出ています!!』


 八木が現れた難敵を前に目を細める。

 敵は一撃必殺の攻撃は恐らく回避する。

 だが、生半可な質量弾攻撃は無意味。


 だが、これ以上の攻撃力の投射は真正面からの殴り合いを意味する。


 威力を維持するには近接戦闘が必須であり、敵の触手の防御圏も突破せねばならない。


 こうなれば、もはや相手に対して取れる戦術は正しく黙示録の四騎士相手に想定される近中距離戦闘による威力の集中しかなく。


 兵が危険に晒される事を承知で戦場へ投入する決断が必要だ。


 本当ならば、痛滅者を使いたいところであった。

 が、最新鋭機以外は今も日本やアメリカだ。


 ついでに最新鋭機の大半はシエラⅡ内部で今も突貫の調整中であった。


 巨大な侵食作用のある敵専用の対策装備である【無限者アペイロン】を優先した結果である。


 それに先日の巨大航空戦艦。


 否、空飛ぶ要塞であった七教会の軍艦を要する帝國への備えとして現在、実はこっそりとASEAN及びオーストラリアには痛滅者が人員込みで派遣され、モンキーモデルの防御型と通常型が善導騎士団と空自から数機消えていたりする。


 帝國の諜報活動能力を鑑みて表向きは公表されていないが、実際には現在の状況で動ける戦力はほぼ無かった。


 大規模な戦力の分割は先日のような北米戦のような事態が勃発する契機に成り得る事は日本政府も善導騎士団も承知している。


 此処に至っては戦力が不十分と御託を並べるより、手札を切って何とか凌ぐというのが彼らにとっては現実的な対処だった。


『これより中遠距離戦となる。先発隊の黒翔12機と隷下部隊3個中隊で対処に当たる!! 他の戦力はイギリス側の対処を鑑みても動かせん。総員、彼らが起きるまで踏ん張ってくれ』


 了解の声は幾多。


 そして、終に真正面から彼らは要塞線より前方34km地点で目標と会敵する事となる。


 敵は20mの悪そうな蛸系ゆるキャラ。


 しかし、確実に死が見える攻撃力と絶対的な防御力と圧倒的な侵食力を持つ初めての敵であった。


 *


 シェルター都市要塞線での攻防が激しさを増している頃。


 北米の大異変とは裏腹にイギリス本土はようやくシェルター暮らしにも慣れた人々が数時間もせずに避難し終わり、善導騎士団から送られてくる映像情報を固唾を飲んで見守っていた。


 現在、イギリス政府は主要閣僚をロンドン市街地の内部。


 新しく騎士団が小規模シェルター。


 ビッグベン付近に設営した地下の一角に居を移していた。


 イギリス各地からの情報を英軍の幕僚本部の者達と共に確認し、厳戒態勢を敷いている最中である。


 既存のシェルターが殆ど半魚人達に対して役立たずだったという事実から、政経軍のお偉方の団体は急ピッチで進められたシェルター整備に比例して、各地の命令系統や司令部機能をそちらに移管している最中であり、それも4割方終わっている。


 結果として供与された超技術の塊の電子機器?で情報を取得している軍上層部はその先進的な技術と莫大な情報の波を捌くのに手一杯。


 彼らは自分達のフィールドで縦横無尽に駆け回る敵と味方の人智を越えた戦いに既存の戦術や戦略が陳腐化していくのをヒシヒシと感じる事となっていた。


『これが終末の戦いか』

『神よ。どうか人類に勝利を……』


『UUSAの少将がお見えになっています。どうなさいますか?』


『何? この状況で現場指揮を放棄してきたのか?!』


『どうしても直接伝えねばならない事があるとの事で……』


 英国内の米国政府及び米軍は英軍に組み入れられて久しい。


 だが、冷たい視線が痛いのは分かっているのか。


 彼らが必要以外に発言する事はしばし無い事であった。


 そう、無かったのだが、此処に来て喋り始めた者がいて、英側の幕僚達は何だ何だと総司令部の一角で息を切らせてやってきた男。


 元米国陸軍の将官の姿に注目していた。


『大西洋沿岸地域と北極側に残っている観測機器から情報がありました。我々に信用が無いのは百も承知で申し上げる。どうか耳を傾けて頂けないか』


 元々は将官である男だ。

 それが日本人のように頭を下げる。

 その必死さが逆に司令部の者達の心を冷静にした。


 意見的に排除されていた相手がソレを承知で総司令部に押しかけて来たとなれば、ただ事でないのは誰にも解った。


 メインルームに通された男が居並ぶ英側に情報の入ったメモリを渡す。


 すぐに映像データがPCで立ち上げられた。


『何だ。コレは……?』


 真っ黒い映像。

 最初はそう思われていたが、すぐに変化が出る。

 映像の内部に次々に情報が映し出されていくのだ。


 それは米国の観測機器が情報を解析し終えて算出されたらしきデータ。


 直径340m。

 質量330万t。

 表面温度摂氏830℃。


 周辺生物群数測定不能。


 バツリとアングルが切り替わる。

 ソレは黒い何かだった。

 赤黒く脈動する何かだった。

 ソレが青黒い海をゆっくりと染めながら進んでいた。

 黄色い月に照らされて、緑の夜の中を悠々と。

 そして、その映像が一気に43分割される。


 それは大西洋とイギリス周辺海域より少し遠い無人の海域からのものであった。


「我が軍の一部技術は善導騎士団に先行している部分があり、その機器からの映像です。到達予想時刻は4時間後。それまでに防備を固めねば、イギリスは落ちます」


「何?!」


 掴み上げられた胸倉もそのままに男は真摯に相手を、いや……司令部の目の前の人々に向けて語る。


「善導騎士団側から供与されているデータの一部にあった個体。こちらでリヴァイアサンと呼ばれていたものの一種ではないかとこちらでは見ており―――」


 男の言葉に善導騎士団への救援要請が直ちに出される事は確定したが、それで事態が終わったわけではない。


 今まで米国が隠し持っていた情報網の一部が露わになったのだ。


 それも英国政府の上層部すら知らないようなものが、だ。


 裏切りだの疑惑だの陰謀だのでスキャンダル塗れの米国が現在の状況でも信用出来ない最後の一押しとなる可能性もある案件。


 一部の者からの視線は60代の将校相手に自然と厳しいものとならざるを得なかったが、敢てそれでも情報を持って来た男の苦労がその場の多くの者に表立った非難をさせなかった。


 米国政府が諸々隠している事は各地で追及されてこそいるが、殆ど一部の人間から辿れなくなるような完璧に近い隠蔽工作が施されている事が確認されている。


 大抵が拷問でも薬でも口を割れないように自分の舌を処置して喋れなくしているとか。


 あるいは薬剤耐性を持っているとか。


 非人道的な手段において口の割り様が無いという事実が如何に彼らの知っている秘密が重いものかを逆に政府側に教えていた。


 善導騎士団は独自に蒐集した情報に付いて各国政府が知り得る以上の内容は殆ど公表していない。


 これもまた事態が思っていた以上に深刻である事を多くの政府上層部の人員に意識させ、過剰な追及という事にはなっていなかった。


 何れにしても米軍は人類生存領域の主戦力の6割にも及ぶのだ。


 此処で彼らを切り捨てるという事が出来ないのは最初から分かっていた事でもあった。


『直ちに善導騎士団に情報共有を!! 海軍及び沿岸部の守備隊を集結!! 海軍は港湾内にて砲撃と撤退の準備を!!』


 このご時世、海で最大級の攻撃力というのはミサイル巡洋艦のようなものが想像され、イージスシステムを搭載した艦船などはバージョンアップの果てに弾道弾クラスの弾体までも迎撃可能という事実を以て、最強の名を欲しいままにしている。


 が、ミサイルの高コストが祟り、現在のところ米軍が使っていたレールガンや精密遠距離砲撃が可能な火砲や高性能砲弾諸々がローコスト化された後に艦船へ積まれて久しい。


 イギリス各地の港に次々と小型船が入港し、最後に入って来るのはそういった誘導弾以外の武装を積んだ艦艇ばかりであった。


 こうなれば、徹底抗戦あるのみ。


 どちらにしても米国が持って来た情報……を見れば、誰もが後は全力を尽くして天命を待つのみである事を理解しただろう。


 大西洋全域。


 イギリスを包囲するようにソレらが揚陸してくるとなれば、笑いしか起きまい。


 銃火器も弾丸込々で日本から大量に供給備蓄されてはいたが、どれだけ持つものやら。


 少なくとも島クラスの何かが40以上。


 同時に無限のような海獣類の群れと攻めて来ては何処からでも護りようが無かった。


 必ず突破される地点が出て来るとなれば、新たに発生した巨大なアイルランド北部の低気圧も伴って前回の二の前。


 否、完全にソレを上回る被害が出ると覚悟するのは何ら不思議な事でもない。


 ―――『首相。日本国総理からお電話です』


 英国議会の人々が地球最後の日を観ずに自分達もまたゾンビ達の仲間入りかと半ば……善導騎士団の働きがあって尚、諦めムードを拭えない最中。


 多くは家族に会いに行くやら、最後まで抗おうと避難者に演説しに行くやら。


 現実的にこれ以上の善導騎士団からの援軍が来ない事を知らされていた層にしてみれば、もう手詰まり感が酷かったわけだが……そんな空気にも関わらず。


『重要な話がしたいと……』


 電話が掛かって来た。


 戦力分散の愚を犯し、黙示録の四騎士に漬け込まれる事を厭うならば、これ以上の応援は無い。


 お詫びでもするつもりなのだろうか、と。


 彼らの多くは思った。


 しかし、映像越しの東洋の支持率最低値から少し持ち直した男は未だ最後の最後まで仕事に残って忙しそうに立ち働く西洋の同類達にこう声を掛けた。


 ―――『人類に逃げ場は無くとも、人類にはまだ隊伍を組む仲間がいるはずです』


 *


 ―――6時間32分後。


 イギリス本土は猛烈な嵐の中に呑み込まれていた。


 先日の結界の再起動及び完全な超大規模化が果たされたのだ。


 その上での島国の全周包囲からの多重波状飽和攻撃。


 嘗て、各大陸で起こったMZGマス・ゾンビ・グラウンドによる一撃が全てを圧し潰す一方的な津波、波濤だとするならば……今現在の状況は島国がその物量に群がられ、犇めく怪物達によって地図を文字通り内側へと侵食されるという現状であった。


 第一波において海域から上がって来たのは半魚人及びZ化した海獣類と巨大な蛸や烏賊という


 冒涜的にも程がある悍ましい奇声を発しながら、水陸両用となった20mから30m級の蛸さん烏賊さんの毛玉。


 いや、群体生物染みたみたいなのが何千体と押し寄せて来たのである。


 それを護衛するかのような魚介類は新鮮そのもの。


 恐ろしい蟲のような乱杭歯を持つソレらが一斉に大雨のせいで陸に上がって来る様子は絶望というよりは人に諦観を覚えさせるものであった。


 数が多過ぎる。

 どれだけの海洋資源と海獣類がいたものか。

 ペンギンやトドなどまだ良い方だ。


 酷い時には鯨が地表を滑るように全てを圧し潰して進行し、小さな食用になりそうな烏賊や蛸が僅かな水や湿気のある場所をベチャベチャと人型に擬態し、蠢きながら集合状態で移動して各地の守備隊にばらけながら雨のように襲い掛かった。


 他にも海豚、時にはシャチまでもいたのだから、今や陸はZ化海獣類の水族館だ。


 だが、最大の笑ってしまいそうな程の狂気映像はサメの行軍だろうか。


 嵐に巻き上げられて重力を無視しているとしか思えないサメの嵐がB級映画さながらに守備隊やシェルターへピンポイントアタックをかまし始めた辺りで標的となった施設や集団の人々は思わず変な笑いが止まらなくなった。


 ゲラゲラ笑いながら銃を撃つしかなかったのである。


 その前の時点でも十分に彼らは笑っていた。


 善導騎士団がビッシリと沿岸部という沿岸部に隙間なく並べていたディミスリル製の永続する地雷や機雷の群れが一斉に起爆し続けていたからだ。


『ありゃぁ、どうなっちまってんだよ♪』


『オイオイ。我らが祖国に御入国する海獣さんは随分とパーティーが好きなようだな』


『どうして、無限に爆発する地雷地帯が突破されてんですかねぇ?』


『HAHA、クソが……サメが空を飛んでやがる』


『悪い冗談だぜ。米国製の映画はこれだから……』


『人類の悪夢を先だって描いた巨匠になるんじゃね? あの監督』


 沿岸部に到達した第一波は崖だろうが岩場だろうが浅瀬だろうがとにかく敷き詰められた指向性の無限に魔力を用いて爆破を繰り返す機雷と地雷の中でミンチパーティーを開催した。


 だが、大物が掛かるとその大物の残骸の下で爆発する機雷や地雷をそのままに上を更に大きな怪物達が通り抜けていく。


 小さなモノも大きなモノも死骸の上に死骸を敷いて、豪雨と突風に押されるようにしながら沿岸部を突破。


 イギリス海岸線は発光し続けていたが、ソレでも相手は止まらない。


 本命の島々が来るまでまだ幾らかの猶予があるという時点でソレであった。


 海岸線が海産物と海獣類のパテで埋め尽くされながらも進んだ怪物達が港の無人の艦船を呑み込んで次に出会うのは日本から大量に卸されていた善導騎士団製のドローン240万機だ。


 傍目にはちょっと小さなドラム缶が大量に並んでいるようにしか見えない。


『英国側のドローン・オペレートが開始されました』

『九十九側のネットワーク使用受諾』

『後方基地内からの指示で戦略運用となります』


『各機のデフォルトは漸減で設定されていますが、地域のリソースの割り振りはあちら側のコマンドが優先されます』


『ドローン損耗率を表示。日本側の予備残機数は30万機ですが、随時手薄な地域への投入となります』


 有人オペレートは少数であったが、戦域単位での指揮が可能になったソレは魔力と電力を同時に使用し、各地で次々に襲い来る小型の化け物達を掃討して回った。


 とにかく敵を漸減させなければ、まともに戦えもしない。


 これは対ゾンビ戦においては鉄則であり、米国がドローンによる漸減戦略を取っている事からも正しい戦術であっただろう。


 今はこれが海獣類にも当てはまるという時点で多くの軍人の顔は引き攣るよりも諦観の笑みが浮かぶ。


 死なないドローンならば、使い潰しも効く。


 各地で地雷原や機雷原で減った敵は此処で更に数を減らした。


 しかし、それでも多過ぎる敵は1km四方に30万体弱。


 それも中型から大型。

 凡そ1m以上の者に限られた。


 此処に来てようやく英軍の守備隊が重防御陣地を構えての砲撃と機関銃による応戦を開始。


 無限のように日本から送られて来ていた動体誘導弾を惜しげもなく連射し続ける事となった。


 前回とは違い。


 目標を人力で照準する必要が無い為、撃ち漏らしが出ない事が幸いして暴風雨の中で視界も無きに等しい最中。


 文字通りの弾幕が形成されたのだ。


 これが沿岸部から1km後方での出来事であった。


 イルカ、シャチ、サメ、シロクマ、丘に上がれそうもない生物も大量に半魚人と共に打ち倒されていく様子は正しく海獣大決戦と言うのが相応しい。


 半魚人だけはそいつらにしか当たらないように調整された特性の相手を焼却する弾丸が用いられたが、倒し切れず。


 戦場はさながら肉の草原。


 咽返るような内蔵が蠢き、銃弾が爆ぜ、血潮と何の欠片か分からないものが大量に降り注ぐ。


 此処で押し留められた事実は奮戦と言って良かっただろう。


 数波とはいえ、中型から大型を殆ど駆逐してのけたのだ。


 善導騎士団製の重火器は焼け付く事もなく連射され続けていたし、機雷も地雷も爆発し続けていたが、それでも守備隊が4時間後に撤退せざるを得なかったのはソレが上陸してきたからだ。


『―――戦域警報発令!! 島形の上陸を確認!!』


『地雷原と機雷原の一部が脚部によって圧し潰されました!!』


『し、島形から更に大量の次波が確認されました。計測不能!!』


『暴風圏にZ化した海獣類が降り注いでいます!! トップアタックに各員は注意するようにして下さい!!』


『滝……生物の滝です!!』


 ソレはまるで生物資源を大量に垂れ流すプラントのようであった。


 ズシン。


 そんな重低音が響き。


 世界に巨大な脚が打ち付けられて、踏み潰された機雷と地雷の草原が通り抜けられる。


 爆発していく戦域の一部。


 摺り足で引きずられた大地の轍の後ろから次々に地雷や機雷で押し留めていた海獣類の本隊が殺到。


 守備隊の陣取る沿岸部の防御陣地はすぐさまに放棄される事になった。


『アレが―――』

『島が動いてやがる。クソ……』


『撤退!! 撤退だ!! 弾丸は持っていけ!! 機関銃は詰めるだけでいい!!』


 脚でグイッと海中から本体を引っ張り上げた時、バラバラと落ちて来る雪崩か滝にしか見えない海獣類や魚介類の群れが降り注ぎ。


 迎撃するだけで手一杯だった人々は理解してしまう。


 絶対に単なる人間には倒せない何かがいるのだという事実を。


 砲弾は確かに次々と着弾していた。

 だが、当たっても効果が無い。

 いや、当たっていないというのが現実だっただろうか。


 物理的な力が働いているならば、突破しようもあったのだろう。


 だが、ソレは何か不可視の力。


 少なくとも魔術でも魔力でもない力で護られていた。


『砲撃の効果ありません!!』

『砲弾の一斉起爆準備!! 此処を放棄する!!』

『了解です!!』


 圧倒的な質量でドローンも機雷も轢き潰し、薙ぎ払ったたソレが巨大な触手。


 脚を振り上げ、全長3km近いソレを振り下ろした時、撤退作業中の防御陣地が1撃で壊滅しなかったのは善導騎士団が用意していた防御方陣生成用の水晶型の魔術具がフル稼働していたからだ。


 幾ら魔力があっても威力を減衰して押し留める負荷に術式が全て焼き切れるのは時間の問題で3回目の殴打で陣地は文字通り叩き潰された。


 だが、その頃には陣地戦に徹していた兵達が第12波目の化け物の津波を背後に撤退を成功させ、小銃と機関銃を荷台から連射しつつ完全に後方へと逃れ。


 敵の進行は早まるも人員のほぼ全てが共に後方へと退避を完了した。


『まだ早いですが、沿岸域の防御陣地97%が予定通り放棄されました!!』



『続いて後方の砲陣地より敵群に向けての連続砲撃開始されます!!』


『後退中の各部隊、損耗率は0.0001%以下です!!』


『ドローンによる護衛はやはり効果が高いようですね。これなら、殆どの部隊が消耗せずに次の陣地に辿り着けるはず……』


 アイルランドの敵が用いた超常の力。

 その防御能力を持つ化け物。


 後に【島型巨大海獣類アイランド・クリーチャー】と分類される事になるソレが我が物顔で化け物達を吐き出す前線基地として機能し始めていた。


 少年が潜水艦の寄港する地下基地で出会い損ねたリヴァイアサンの同類と思われるソレは見てくれだけを述べるならば、正しく島に青黒い触手が四方に生えて、巨大な黄色い縦に割れた虹彩の目が全方位にギョロ付く何かであった。


 時速10kmというゆっくりとした速度ながらも海獣類や魚介類をばら撒きながら移動する敵は上陸済みだけで20以上……だが、その後ろには同じ数だけの後続が控えており、其処からは次々に100波以上の群れが排出されていた。


 善導騎士団は現在もアイルランドを強襲している敵と交戦中。


 しかも、動きが早く固く通常戦力では絶対倒せない相手だ。


 とても英軍が戦えるものではない。


 イギリス内に残っている騎士団の戦力の殆どが数で圧し潰す敵相手の持久戦に従事しており、ドローンと共同の最前線で漸減を実行中。


 何とか陣地から撤退する人々の退路を確保して英軍を逃がしてはいたが、如何せん……攻撃そのものが効かないとなると島形には手が出せないままであった。


 数がいないというのもソレに拍車を掛ける。


 化け物のど真ん中で延々と戦い続ける事は出来るが、背後の人々を護り切れるかと言えば、答えはNO。


 ついでに増援をオーダーした彼らに帰って来た情報は北米で一部消失したシャウトの群れであるが、今度は南米からロスアラモスの砂漠を通って西部海岸線沿いに新しい群れが大突撃中との報。


 過去最大級のMZGが確認されているらしく。


 早計で4億体が森の出来ていない海岸線を縦列走破中との話。


『北米HQよりプラン04-Aが発動されました!!』

『飛行ドローンによる機動地雷群の投入が決定!!』


『遅延と漸減を軸に有人ドローン・オペレートが開始されます!!』


『沿岸部の戦略ドローンの起動が承認されました!!』


 日本では未だ大きな動きは無いが、もしも……もしもイギリスと同じような事になったらという不安は拭い切れないだろう。


 その場合、海岸線沿いの防御面は恐ろしく引き伸ばされて肥大化し、現行の戦力ですら揚陸阻止に足りないのは目に見えて分かり切っていた。


 それは唐突に南米から過去最大の敵群がやって来たという事実からも決して可能性が低いものではない。


『魚は海に帰れ!!』


『フィッシュ&チップスにすんぞ!! ゴラァアアア!!!』


『はは、死んだってもう絶対お前ら何か食わないからなぁああ!!!?』


『はは、ナイスジョーク。我が軍の缶詰の86%は海洋資源ですが何か?』


 殿を務める車両の機関銃が唸りを上げる。

 道路に薬莢が雪崩のように音色を鳴らす。


 だが、全ての銃弾が敵を叩いて尚、相手の数は実質的に接する面では数える事が無駄なレベルなわけだから無限であった。


 彼らが数時間でほぼ陣地に供給された銃弾を使い切った事は敵の数の恐ろしさ故。


 だが、善導騎士団に準備が足らなかったと言わしめる程の数はもはや準備が無ければ、即時全滅レベルの敵であるという事実であり、想定外であった。


 とにかくZ化した海獣類や魚介類が恐ろしく多い上に襲ってくるという事実によって、通常の半魚人の群れを想定していた備蓄量ではまったく足りなかったのである。


 それでも第二第三の陣地が内陸では未だ存在している為、撤退する彼らもすぐ立て直す手筈にはなっていた。


 しかし、それも島形が襲ってくるまでの話だ。


 それまで随分と敵を減らす事が出来るだろうし、相手とて消耗はしているのだ。


 そう心に不安を飲み下させても、彼らの実感に数が減ったという事実は一欠けらも無かった。


『クソ!? サメは海に帰れ!!』


『映画じゃねぇんだぞ!! 鉛玉で死ねよやぁああああああ!!?』


『車両に積んだ銃弾はコレが最後だ!!』


『目的地まで残り2㎞!! 上から降ってくるヤツだけ警戒しろ!!』


『空からまた黒い塊になって来るぞ!! 掃射用意!!』


『了解!!! このクソ海獣共がぁあああああああ!!!』


『撃ち尽くしたら重火器は投棄しろ!! 車体を少しでも軽くするんだ!!』


 土砂降りの雨の中。


 断続的に機関銃の唸りが山々や平原や森林内で木霊し、人々は撃ちっ放しにする弾丸が何を貫通したのかも知らず。


 撃ち尽くせば、火器を道端に投棄して車体を軽くしていった。


 沿岸部の最前線から20kmは相手側に制圧されたが、内陸部の砲陣地からは次々に射爆要請に従って散弾化する刻印砲弾が秒間数千発単位で島形周囲の敵群を砕いており、磯臭い血潮の平原と化している。


 沿岸部の半数以上のシェルターが都市部に統合された事。


 また、シェルターの地下壕としての機能が上がった事で今現在敵群に呑まれた地域でもミンチの下に埋まった人々が死んだという事実は無い。


 逃げ込んだ人々は静かに息を殺し、薄暗い室内で音量も無くディスプレイを見つめるのみだ。


『(此処もあの海の悪魔共の死骸に埋まった……)』


『(音を立てるなよ。誰も……誰も……っ)』


『(どうか気付かれませんように気付かれませんように気付かれ―――)』


『―――


『外に出ちゃダメなんだっけ? でも、こんなになのになぁ』


『ああ、サメさんやイルカさんだ♪』


 黄色い月が大きく夜空に広がっていく。

 緑色の夜に暗雲と豪雨と暴風が吹き荒れる。


 しかし、誰もがソレを良しとして狂気に踊る兵隊達を見つめる。


 そう、それは常識を改変する結界。

 シェルターの入り口にいつの間にか人々が詰め掛け。


 その隔壁を内側から解き放とうとと手を伸ばしてハッチ開閉用のハンドルを回そうとし―――。


 ガチンとハンドルにロックが掛かっている事に気付く。


 黙示録の四騎士用のシェルターは勿論のように少年と研究職連中の合作だ。


 そして、内部の人間を変化させたり、変質させたりしてシェルター内部を地獄にしよう……とか、考えるのが相手であろうと予想された時点で仕様がどうなるのかは決まったも同然だった。


『あれ~? 開かないな』

『どうしてだ?』

『ちょっと開けられるか試してみ―――』


 シュッと通路の消火用のスプリンクラーから即効性の昏睡ガスが噴出。


 人々は昏倒し、内部の隔壁内部に格納されていたドローンが次々に人々を回収しては各々の部屋へと輸送していく。


 実は人間を人間以外に変貌させられた場合の為に屋内ドローンが完備されたのだという事実の一端は日本政府も知らないところだろう。


 シェルターは巨大な鳥籠。


 人々を護る殻であり、ゾンビや敵となった味方を拘束する檻でもあったのである。


『84%のシェルター内でセーフティーが働きました』


『常識改変の弊害と九十九が断定』


『術式による精神強化、認識強化機能を1段階引き上げるよう要請』


『早くこの結界をどうにかしないと英軍にも被害が広がりかねません』


『英軍の第一次防衛ラインの退避完了しました!! 第二次防衛ラインで戦闘再開されます!!』


 混沌と渦巻く狂気。

 イギリス本土失陥へのカウントダウン。

 それを前にして英軍の動きは機敏であった。


 秩序だった撤退という程には冷静で無かっただろうが、備えられていた各種の防御陣地や内陸部で新規に整備された道路、各地点に配置されたドローンの護衛がいた事で死傷者は最小限度。


 未だ戦死者20人を下回ったまま。


 彼らは重砲の射程圏内へと退避して次々にまた機関銃を取り、降ってくる敵へと対処し始める。


 暗雲。

 豪雨。

 暴風。


 世界が変質した中で繰り広げられる宴は正しく地獄だった。


 それでも迫出した黄色い月だけが今もチラチラと雲間から地上を照らして、人々の顔を薄ら映し出す。


 じっとりと汗を掻く熱気がまるで密林の中を行くような倦怠感を兵士達に感じさせていた。


 それでもと英軍の士官達は考えていたが、一刻一刻と変化する戦況は続く彼らの僅かな弛緩すらも許さなかった。


 英国本土を蹂躙する島々の上空から何か大きな鳥のようなものが大量に内陸部へと飛び立ち始めたからだ。


『て、敵島形から大量の航空戦力の離翔を確認しました!!』


『九十九が要解析と回答!! こ、これは―――』


『敵は翼を持つ半魚人型と推定!!』


『九十九より新規個体をデモン型と指定するようです!!』


 巨大な怪鳥類か。


 はたまた海洋生物と一緒くたに汚染された海鳥の類か。


 陣地ではレーダーに映ったソレの大きさだけは推定出来た。


 だが、導入されていたドローンからの解析映像を映し出すディスプレイには……デフォルメされた半魚人の顔が付いた翼持つ翼竜と人型を混ぜ合わせたような奇妙な青黒い生物が映っていた。


 その身体はテラテラと皮のような鱗のような質感の肌で滑っており、島形から発進してきたからか。


 湯気を上げている。


 ソレは巨大な四肢に鉤爪と翼を持つ天使というにはあまりにも歪な飛行する半魚半翼の何か。


 正しく海の悪魔と呼称するに相応しいモノに違いなかったが、英軍にも供与されたバイザー類は未だ機能している為、あくまで顔も姿もゆるキャラにデフォルメされて戦う人々の正気を削る事は無かった。


『時速700km!! 急上昇しています!!』

『高度1000、2000、3000、尚も上昇中!!』

『数は―――す、推定900万体!!?』

『ダメです!! 砲門の数が足りません!!』


『地表の群れを無視出来ない……くッ、戦力と火砲の不足か』


 飛行高度は4000m程。


 だが、恐ろしいのは速度と射爆する砲門数を覆す数だ。


 暴風雨の中でどうやって飛んでいるのか。


 速度は時速700kmを超えている。


 防御陣地の重砲の限界射程は39000m程だが、ソレは直接狙った時の話であって、地表へ向けての火力が削がれるのは現在許容出来ない事態だ。


 地表と上空を一緒に撃つのも難しい。

 砲弾を散弾化しての漸減にも高度限界がある。


 つまり、地表と上空のどちらかにしか撃ち分けするしかない為、火砲は足りなくなる。


 空の敵を鴨打に出来るとしても地表の敵に制圧されたら陣地も機能しなくなる以上、空への対処は正しく今の英軍には荷が重かった。


 結果、理不尽な二択を彼らは迫られ、やはり片方を選ぶしかなった。


 航空戦力を落とすか。

 あるいは陣地に迫る敵群を殲滅するか。


 英軍が後者を選んだのは賢明ではあったが、最良とは言えないジレンマであった。


 だが、少しでも時間稼ぎしなければならないのだ。

 ならば、航空戦力よりも数が多い地表を優先するのは順当。

 そして、ソレらのワンサイドゲームが開始される。


『敵航空戦力が都市部に急速降下しています!?』


『これは―――爆撃? いえ、半魚人ならば魔力を使って……』


『地表まで残り3秒!!』


 重砲のある各防御陣地付近は何とか寄せ付ける事は無かったが、内陸の都市部、大きな市街地を要する街へ次々とゆるキャラな侵食者達が急降下。


 超低空で増速しながら衝撃波を放ちつつ、都市部を砕いていく。


 それは魔力転化による巨大な衝撃を上空から叩き付けながら都市を蹂躙するという一撃であった。


 舞い上がる雨粒と暴風を超える烈風。


 屋根は剥がれ、レンガは吹き飛び、壁は倒壊し、電柱や樹木は圧し折れ、アスファルトの道が捲り上がり、建物は粉々になっていく。


 都市空襲。


 爆弾なんて無くても驚愕すべき能力だけでソレらは都市を破壊する威力に足りていた。


『敵攻撃は衝撃波が主であるようです!!』

『市街地のシェルター周囲の陣地はまだ耐えています!!』


『都市部陣地にある重砲で何とか落としていますが、数が足りません!!』


『各地の砲陣地は周辺の防御で手一杯です!!』

『新規の砲を日本と北米から転移で輸送するしか!?』


 今現在残っている主要な二大拠点はロンドンとエディンバラ。


 しかし、次々に押し寄せる航空戦力からの衝撃波による蹂躙は市街地を念入りに粉々として瓦礫と更地を通り越し、沼状になるまで攪拌していく。


 歴史ある建造物も人の叡智の結晶である現代建築も区別なく。


 ゾンビが街を残すような部類の緩慢な終末ならば、今襲い掛かるのは確実に全てを無為に帰す滅亡そのものであった。


『ああ、街がッ!? オレ達の街が!?』

『お母さん!? お家無くなっちゃったよ!?』

『神よッ、神ヨッ、神よぉッッッ!!』

『なんて事だ……ッッ』

『これが亡び……なのか?』

『どうか、神様。この子達をお守り下さいっ!!』


『ああ、クソ……さすがにもうダメか……ダメなのか……』


 想い出のある店は消え、記憶の柱たる生家は無くなり、毎日通った道も、共に過ごした学び舎すらも今は終わりゆく景色の一部。


 けれど、それでも未だ残るシェルターの最中。


 折れそうな心と微振動する寝床で人々は泣いても喚いても諦められずにいた。


 もう滅ぶんだと叫ぶ者も、もうお終いだと悲鳴を上げる者も、等しく。


 確かにそれでも諦められなかった。

 それは善導騎士団のせいではあったのだろう。


 もしかしたら、此処から人類は立て直せるかもしれない。


 そう、彼らに思わせたのは外ならぬ少年達だ。

 こうも抗って尚、十分だと彼らは思わない。

 それは我儘というヤツだろう。


 ギリギリの線でまだ戦えている英軍が脱落しそうな部隊を何とか後退させながら護り抜いた防衛線。


 ドローンが届ける兵士達の生き様にまだそれでもと諦められないのは本当に強欲か傲慢と謗られていいだろう。


 だが、人間の幸福追求に終わりはない。


 充足を知れば、人々が望むのは更なる充足なのだ。


 人類が人口爆発で滅ぶ最たる理由は欲望である。

 人よりも尚求める性は生命としては極めて妥当。


 そして、その為にあらゆるものを滅ぼして尚ケロリとしているのは地球に生きる生物としては極めて害悪の部類に違いない。


 しかし、それこそが原動力であり、欲望無くして人は此処まで進んで来なかった。


 滅びゆく世界の中ですら奪い合いが起きる事は人にとって逃れられない業であると同時に未来へ進む原動力……言い換えれば、希望だった。


『善導騎士団は何してんだよ!!』


『救えないなら、あんな旨い食料なんて配布してんじゃねぇ!!』


『最後の晩餐のつもりだったのかよ!! あいつらぁ!!』

『何で助けてくれないの!! 何で何で何で何で!!!?』

『助けろよ!! タスケテッッ、くれよッッッ?!!』


『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな―――』


 だから、彼らは叫ぶ。

 無責任な事をするんじゃないと怒る。

 負けるんじゃないと詰る。


 今、戦い続ける者達に罵声のように声援を送る。


 醜いと。


 それを醜いとすれば。


 人類は正しく醜悪であるからこそ、此処まで辿り着いたのだと言える。


 息足掻く人の群れがシェルターの中で喚き始めた時。


 彼らにその情報を伝えていたネットワークにいきなり何かのマップが表示される。


 それにどうなってんだと彼らが目を見張った。

 だが、次に出た映像に彼らは言葉を失うだろう。


 それは遠い日本の富士山の麓くらいの場所からのものであった。


 巨大な陸橋の如きガイドレールが次々と東に向けてそそり立っていく。


 割れた基地の地下深く。

 何かが煌めている。

 それは幾何学模様を地下の暗闇に浮き上がらせて。


 ―――【カウントダウン10秒前】


 無常な程に冷静な声が数字を告げていく。


 ソレが0になった時、極限まで静まり返ったシェルターの中でもう遅いという言葉が幾多呟かれた。


 例え、今から急行したとしても、間に合わない。


 次々に飛行タイプは街の中で砕けないシェルターに向かって集まって来ている。

 それが彼らに振動という形で命の終わりを教えていたのだ。


 しかし、長大なレールの上を加速していくソレは―――形も様々な航空機達は、F-2やF-22、F-35などの既存航空機のディミスリルによるブラッシュアップを受けたカラフルなソレらは、マスドライバーの加速から解き放たれる寸前、アフターバーナーを全開。


 縦列する列車の如く密集しながら、その前方の巨大な炎の波を受けながら、共に進み、マスドライバーの終点に浮かんだ空間の歪みに突入し、消失した。


 ―――【航空転移投射戦術プランC-002を開始します】


 転移で何でも送れる時代だ。


 加速したモノもそのままの速度で転移終了地点に現れる。


 イギリスの都市各地。


 もはや化け物に群がられて死を待つのみとなったはずのシェルターの内部。


 彼らは暗雲となった無限の貪色。


 飛行するゆるキャラの群れが光によって焼き切れていくのを外部モニターが映るディスプレイ越しに見た。


 既存の航空機ならば、出現したと同時に相手に群がられて破壊される。


 だが、彼らは違う。


 そう、彼ら日本全国の航空自衛隊が手にしたのはそんな生温い過去の遺物染みた代物ではない。


『敵影全方位360°』

『敵を狙わなくていいと来たか』

『全機、魔力転化5秒前!!』

『イギリスの空を取り戻すぞ!!』

『オウッッッ!!!!』×一杯。


 アフターバーナーは全開にされていたが、更にその後方ノズル内から噴き出す炎の輝きが極高温の白き輝きへと移り変わる。


『炉心効率最大!!』

『核融合反応4万度突破!!!』

『炉のご機嫌が良い内に片付けるぞ!!』

『現在出力においての炉心融解まで940秒!!』


 そもそもソレらに付いているのはもうジェットエンジンではないのだ。


 空気を圧縮すらしていない。

 胴体中心部に据え付けられた超小型核融合炉。


 陰陽自研で黒武などの車両に搭載される予定だったソレの航空機版は今現在、あらゆる放射線を重力制御によって捻じ曲げる事で最大効率時には恐ろしい程の出力が可能だ。


 そこで生み出されるエネルギーをノズル内部から噴出させる事で空気を爆発的に膨張させて推進する汎用推進機関なのである。


 無論、エネルギーそのものを出力出来る以上は空気が無くても推進は可能だ。


 専用の術式を使えば、スターリングエンジンのようにエネルギーを交換しつつ、その環境にあった推進エネルギーを得る事も出来る。


 技術的には宇宙での活動を前提にして多くの部品が造られており、後数か月もせずに魔力式推進とスイッチングする事でどんな場所でも、水中ですら推力を得られるようになるだろう。


 そうなれば、魔力電池に依存しない無限航行能力を手に入れたも同然。


 もはやソレを航空機と呼ぶ事も無くなるに違いない。


『アフターバーナー転化終了します!!』


 超加速を得る為の推進機構も燃料を噴出しているのではなく。


 魔力転化による運動エネルギーの直接放射による推進力を得ている方式であり、揚力に殆ど頼らずシエラ・ファウスト号と同じく浮かんでいるものを推力で押し出しているという点では何も変わらない。


 そして、誘導兵器の類が一切付いていないという点ではソレは正しく航空機というには武骨に過ぎた。


 F-18ホーネット改め。

 F-18HMCC。


 ブラッシュアップした機体は共通でカラフルな紅色だ。


 コックピットを3D投影方式のモニター化した空の剣は硬度においては従来機を遥かに超えた陰陽自研のHENTAI科学者達の満足する出来なであった。


 ―――【憑依装甲ポゼッショナル・パンツァーッ、全開放フルオープン!!!】


 敵を攻撃するには単なる弾体加速式の火器では数が多過ぎる。


 だが、心配ご無用とばかりにソレに付けられた最大の機能は超接近戦によるドッグ・ファイト……相手を直接装甲や装甲至近でぶっ壊す莫大なエネルギー放出能力と大群殲滅用の超時間戦闘能力だ。


 翼持つ鳥の如き航空機の群れは今、魔力転化光に包まれながら、加速し続け、威力を増し、正しく刃となって敵の群れを切り裂いていく。


『機体装甲異常無し!!』

『侵食率0.000043%未満!! 行けます!!』


『これならッ!! 空自の新たな空の剣!! 疾くと味わえ!! 化け物共!!!』


 表面装甲に実装されているのは間接物理量装甲。


 言わば、魔術方陣の科学版だ。


 魔力を動力源としているものの、電気、熱量、運動エネルギーの三種類に転化されたソレを放出しているのは完全な科学技術の産物であった。


 ソレを強化するのにディミスリルが用いられてこそいるが、その機構自体は確かに現存の人類が用いて来た従来の叡智に依存する。


 プラズマや放電現象、風を起こす機械なんて今でもあるだろう。


 それを容易には壊れず摩耗しない材料であるディミスリルで再現し、原子力発電所十基以上分の出力で放出し続けているのだ。


 表面にエネルギーを噴出展開して雷撃を纏う白き鳳と化したソレは正しく何かに憑依されたような、幽玄にして勇壮なる輝きで空を切り裂く。


 加速し続けるソレの表面にブチ当たった化け物達が、恐ろしき超重元素によって鍛造された耐熱・耐電・耐冷・耐衝撃・対侵食用の機体装甲表面に到達する間もなく、焼かれ爆ぜ千切れ砕けていく。


 何とか到達した敵もまた攻撃する余力も無く。


 莫大なエネルギーの中で装甲に傷一つ付けられず、摩擦を全てカットする塗料の上で滑って真っ二つになって音速のままに散った。


『空を光が……』

『サンダーバード?』

『光の鳥……』


『まだおかしくなってないヤツいるか!? アレ、アレは……本当にある事なんだよな!? な!? な!?』


『フェニックス……』


 その光景は緑の夜に似付かわしくない燦々としたものだ。


 闇を切り裂く光芒が上空を埋め尽くす敵を駆逐していく。


 あらゆる敵を突撃して弾丸の如く貫くのだ。


 加速中に機影の装甲が一繋がりの流線形へと変貌したソレをもはや鏃であった。

 これを嘗ての機体と同じと言い張るのは無理があろう。


 自身がミサイルの如く格闘戦を行う空の覇者は空飛ぶゆるキャラに群がられながらも、それを置き去りにして次々突撃のみで世界の空を晴らしていった。


 ―――【上空の敵影密度規定値をクリア!!】

 ―――【第二波の戦域展開を開始!!】


 レールから吐き出される機体の第二陣が射出された。


 次に現れたのは近接格闘用のものではない。

 いや、タイプが違うというべきか。

 空自の剣が今まで戦っていた戦域の上層。


 更に高高度に出現したと同時に下部に付けられていた全ての誘導兵器ミサイルが一斉に発射された。


 英軍、善導騎士団、シェルター。


 戦域にあるソレら以外の全てへと放たれた槍は即座に加速しながら高度を落とし、戦域から気付いて昇って来ようとした群れの本流の中に呑み込まれて消えた。


 だが、その後に不可思議な事が起き始める。


 戦域にばら撒かれた大量の誘導弾が次々に群れの中に没して爆発すらせずにいたのだが、その落下軌道をなぞるようにして敵群が集中し始めたのだ。


 それは自身で行っているわけでは無かった。


 何故なら、敵が溺れているかのように上空へ退避しようと藻掻いていたからだ。


『超重力崩壊開始されました!!』

『重力増加量規定値内!!』

『重力球出現します!!』


 敵の群れを呑み込んで巨大な黒い怪球が発現し、地表へと落ちていく。


『21秒後に是正用の空間修正弾を!!』

『30秒後阻止臨界点を突破します!!』

『敵漸減率94%以上!!』

『カウントダウン開始!!』

『10、9、8、7―――』


 まるで重しを付けられたかのように化け物達が引き寄せられるのに抗っていながら、悲鳴とも断末魔とも付かない声を上げて黒々とした球体に呑み込まれていく。


 最後には呑み込み切れずに瓦礫の巨大なボール状となった。


 シェルター以外の様々な瓦礫が土砂が大量に同じように集中していき、巨大なソレがイギリス全土に降り注ぐ光景は大地が落ちて来るかのようだ。


 しかし、肥大化しながら地表に落ちる寸前。


 クシャリと。

 ベコリと。


 紙屑を丸めて潰すような光景がその玉に無数起きたかと思えば、黒き真球が吸収された物体の内部より出現し、引き寄せた全ての敵を一斉に呑み込んでいった。


 呑み込まれた敵の群れは幾多。


 しかし、地表すらも呑み込む前に上空から飛来した紫色の戦闘機。


 F-35J改め。

 F-35HMCCが機銃を掃射する。


 その弾丸が撃ち込まれた瞬間。


 進軍し続けていた巨大な島形へとソレの内部から恐ろしく太い赤黒い光の束が無数放たれた。


 内部に取り込んだ物質を分解して得られたエネルギーが即座にクェーサー反応となって莫大な粒子線として放たれたのだ。


 クェーサー・ボム。


 超重力崩壊を用いたソレによって敵群を瞬時に吸引し、その質量を消化し切ったエネルギーを新たな刻印弾によって制御。


 エネルギーの放出口を敵に向けて放つ。


 そう、それはシエラⅡの主砲シャイニング・カノン内部で行われている事を外部で行うに過ぎない。


 急激なエネルギーの放出と同時に空間の是正能力が彫り込まれた弾頭の術式が内部で解凍され、重力崩壊による地球滅亡というリスクは回避された。


 が、無数に放たれ、雨粒を灼熱させ、超高圧蒸気の爆風によって蒸し焼きにされたイギリス全土が暴風の再開と同時に見たのは無傷の島形であった。


 国家だろうが、地殻だろうが、蒸発させられそうな熱線のエネルギー照射を直撃させられて尚、島形は動いていた。


 茹で上がった大量の群れを見れば、ソレがどれだけ非常識な事かが分かるだろう。


 だが、その能力で弾かれた粒子線が何処かに弾き散らされて海を干上がらせたり、森を燃え上がらせたり、大気を爆発させていたりという事は感知されておらず。


 ―――【敵防御能力は粒子線照射を受け切った模様】


 ―――【物理法則下に無い防御方式であると九十九が推測】


 ―――【防御陣地内の空間制御、重力是正効果は規定値通り発動しました】


 残っていた半魚人達が茹で上がりながらも同じような状態の自軍の化け物達へ触手を伸ばし、同化吸収して再生しながら太く巨大な体躯を手に入れていく。


 20m、30m、50m。


 幾らでも体積に出来る資源はあるとばかりに巨人化する様子は日曜朝の戦隊ものもかくやというところか。


『アレでまだ動けるヤツがいるのか!?』


『さすがに再生能力持ちは直接吸い込ませなきゃ無理か』


『HQ!! 敵影を未だ確認している!! 敵は再生しながら周囲の死体を使って巨大化中だ!!』


 ソレが大地を踏み締め、抉るように歩きながら、島形を護るように展開し、触手で造ったと思われる三叉矛、ジャベリン型の肉槍を持ちながら移動し始めた。


『クソ!! まだ立て直せてないぞ!!』

『砲陣地の態勢が整うまで時間を稼ぐぞ!!』


 飛行型がほぼ全滅して尚、内陸部の惨状は酷いものであった。


 航空自衛隊による迎撃によって次々に残敵が掃討されていくが、各地の陣地を護るので手一杯というのも本当のところであった。


 各地の防御陣地はシェルターと同様に重力崩壊時に起動した防御方陣の全力展開によって護り切られた。


 が、それは同時に陣地の防御負荷の許容量が限界に達する事を意味していた。


『次が来るぞ!! 砲撃用意!!』

『シット!! もう防御は期待出来ねぇみたいだな』

『だが、小型は消えた!! 後はあの半魚人共だけだ!!』

『それでもどんだけいんだよ!? クソッ!!』


 シュウシュウと音を立てて防御方陣生成用の宝玉が陣地中央のボックス内で割れて使い物にならなくなっている。


 重力球の一撃は殆どの半魚人以外の敵を壊滅させていたが、大規模な敵への備えは島形や周囲の大物へ殆ど使い切っていた関係で心許ない。


 残っている砲弾だけで巨人化した半魚人や島形が討伐出来るかと言えば、明らかに足りないというのが正しい。


 そもそも半魚人だけでも未だ残っている数は無数。

 何百万体いるか分かった物ではなかった。


 ―――【第三波の投射開始】


 乱暴にイギリスの壊滅を免れる為、ブラックホール祭りをした空自であるが、更に後続の機体が転移でイギリス各地に現れる。


 今まで出て来た殆どの機体は機体強度を限界まで上げた近接格闘戦用、投射兵器の弾体内部の処理装置や術式演算を経由一部代替する電子戦用の二つ。


 しかし、三度目の正直で地獄の空へとやってきたのは本当の戦闘機。


 F-22改め。

 F-22HMCC。


 制空戦闘機としてならば、未だ世界最強と言えるだろう。


 2000年代よりも前の機体ではあったが、その改修案は真っ当に単純にこの上なく純粋な代物であった。


 機影が霞む。


 恐ろしき加速が、慣性が、人間には耐えられないだろうGが、機体と搭乗者達を孤独とする。


 複座式の機体は他にもある。


 だが、ソレは本当の意味で魔導と科学の申し子であった。


『慣性制御320秒』


 後部座席に魔導師を載せた空自の士官達は今や翼を持った兵器というよりは翼を持った戦略兵器に乗る戦闘機乗りならぬ戦略兵器乗りだ。


 理由など言うまでもなく。

 その純粋な基礎能力にある。


 青白く透き通るような氷の如き装甲を持つソレが直下の8本のミサイルを次々に島形にロックオン。


 18機が同時に各地でミサイル・パーティーの開催を告げる。


 即時射出、加速、数十kmの距離を数秒で着弾。


 弧を描いた弾頭は地平線の先の島々に極々僅かな一撃を見舞った。


 敵の触手の反撃を掻い潜るF-22HMCCの速度はもはや視認不能レベルで軌道は完全に鋭角や真逆にすらも動く乱数回避、不規則軌道の極致に達している。


 ミサイルより速いのだから、恐ろしい話だ。


 が、魔力と魔導師を載せて術式による慣性制御を随時受ける機体にもはや常識的な軌道を期待する方が無駄だろう。


 彼らの辞書には戦闘機とはマッハ40以上で前進していながら0.1秒後には背後に後退出来る乗り物という常識しかないのだ。


『やっぱ、十秒後の敵の配置が見えるってヤバイな……』


『軌道決定はそちら次第です。3D式の視界投影モニタに集中を。軌道演算は九十九が行いますが、先日から言っている通り、コレは皆さんの意志と思考を受けて行き先を指し示すコンパスなのです。戦闘機乗りが常人でも10秒後を知っていれば、超音速超えでも軌道選択と入力は簡単でしょう?』


『魔術師ってヤツが嫌味なのはこの1週間で十分知った』


『愚痴る暇があったら、390通りの回避パターンから選択をどうぞ。貴方が取り得る可能性をこの機体は全て汲み上げます』


『視線で虚空をなぞって軌道入力する簡単なお仕事だっての!! ああ、クソッ!? いつから戦闘機乗りは事務職になったんだ!!』


『術式負荷が限界に至るまで残り278秒。それまでにこなすミッションの数は42ですよ? 慣れない機械を弄って計算までしてサポートしてるんですから、真面目にお仕事をどうぞ。パイロットさん』


 爆発する弾頭は火力という点では何ら脅威ではない。


 まったく不発かと思われる程に軽く音がしたかもしれないが、敵が動いている音に掻き消される程度の炎すら見えない代物だった。


 だが、キラキラとしたチャフの如き輝く何かが島形を蔽うように広がって……数秒後、島形の形がゆっくりと崩れていく。


 それは石化に近いだろうか。


 次々に表面からボロボロと細かく砕けて流体のように流れていく。


 まるで砂像が砕けたようだ。


 数秒もせずに中央部まで地表に落下したかと思うと、一気に末端部まで微細に崩壊して流砂状になった。


『弾頭起爆確認。島形に効果有り』


 物理量を用いる威力が物理的に効かない相手がいる。


 としたら、どうすれば倒せるのか?

 真面目に考えたのは少年とフィクシーだ。


 どうせ、法則改変系の防御が使われるのは目に見えていると黙示録の四騎士レベルの高位存在相手に汎用攻撃手段を用意していないわけがない。


 そして、ソレをミサイルに積む。

 まったく合理的な判断だろう。

 仕掛けはこうだ。


 敵が破壊的な威力を退ける物理的ではない防御を敷いたならば、相手に破壊的ではない致命的な事象を押し付ければいい。


 石化して砂になる何処が破壊的でないのかと言えば、ソレは生物の一部機能を過剰稼働させる言わば、生体機能操作兵器……BC兵器だからだ。


 敵が塩基を持つ生物であるならば、それがどのような法則下の生き物だろうとも動くには法則が働く場所が必ずある。


 そして、相手は生憎と液体金属生物とか鉱物系生物のような北米で出会ったものとは違って完全に生もの……ついでに遺伝子もありそうな存在であった。


 弾頭に込められていたのは骨芽細胞を超速で爆発的に増殖させて細胞単位で骨にするという魔導機械術式が用いられた臓器培養用のプロセスを応用したウィルス兵器をDC粒子に付着させた代物だ。


 ソレが威力も無く漂い。


 僅かでも敵に付着した瞬間に表面から魔力を吸収しながら増殖して浸透し、相手の細胞単位で骨芽細胞による骨化を進行させた。


 そもそも莫大な熱量を発している敵だ。


 普通は死滅するだろと思われるだろうが、だからこその対策が施されていないわけもない。


 DCに付着したソレは周辺魔力を吸収して自己の生存環境を超局所的な魔導方陣で確保する生きた魔導方陣とも言うべきものに仕上がっている。


 これを破壊するには単なる熱量では不可能であった。


 侵食能力もまた侵食されるより先に相手を侵食する方が早いという速度の代物だ。


 内部と外部には安全に敵が格納される面が必ずあり、そこに少しでも付着すれば、ウィルスの増殖速度は爆発的であった。


 此処で味噌なのは相手の体積と移動する際に必要な運動エネルギーの量だ。


 巨大な物体が動く以上、その内部の運動エネルギーは莫大。

 だが、それに堪えられるのは柔軟性のある細胞だからである。

 それがもし失われ、小さな細胞が全て骨化したらどうなるか?

 答えは先程、イギリス全土の国民が見た通り。


『石化した!?』

『魔法使い……魔術師、か』

『アレが善導騎士団の本気……』

『玩具みたいにカラフルな癖に何だあの軌道?!』

『―――』


 石化した部分を狙って刹那の機銃が掃射される。


 それが着弾した瞬間には島形の崩れた部分が爆風で吹き飛び。


 更に内部から次々に崩壊が広がって、罅割れが全身へと波及していく。


 石のように固くなった細胞が運動エネルギーで破砕されて、自己崩壊するのを更に加速させたのだ。


 もしコレがもっと小さな敵だったならば、彫像のようになったのかもしれない。


 が、相手の再生よりも相手の魔力を用いて増殖する骨芽細胞の侵食速度の方が早い上に敵は移動中であった。


 生体機能を維持する為の器官がどれだけあろうが、その全てが骨に代わって生きているモノは存在しないだろう。


 完全なる異界の生物でなかったのが、島形にとっての不幸だった。


 外界からの影響を完全遮断出来る生物。


 もしくはソレを行い得る能力が有れば、生きていただろうソレは生物が生物であるが故に駆逐されたのである。


 黙示録の四騎士相手ならば、少しでも恐らく生きている部分が有れば、効果が出てから克服される程度の手札。


 僅かな最初の行動の遅延に使えるかどうかという微妙な代物であったが、高位存在でもない特殊な防御能力を備えるだけのデカブツならば十分な威力だった。


『触手野郎が崩れるぞおおおお!!』

『ヨシッ!! ヨシッッッ!!!?』

『戦えてるッ!! まだ人類は戦えてるぞ!!!』

『頑張れ騎士団!! 航空自衛隊!!!』


 ネットでもリアルでも歓声が上がったのは言うまでもない。


 だが、その喜びもすぐにアイルランドでの戦闘がどうなるかに掛かっていると人々は気付く。


 三種の空自の戦闘機が次々と地表に向けて魔力式の範囲殲滅用の魔術……衝撃波を超低空で放つ敵飛行タイプと同系統の攻撃やコイルガンやレールガンを山盛りの刻印弾を使用して速射。


 残敵掃討に当たっていたが、それでもまだ敵の巨人型は駆逐出来ておらず。


 それどころか……戦闘機の攻撃を受けて触手で反撃するやら、島形を更に吸収して大きくなるやら、そのままボロボロに崩れていくやら……事態は何とか膠着状態を維持しているに過ぎなかった。


『大きくなったぞ?!!』

『何で、何でまだ倒れないのよ!?』


『北米のチャンネルでやってたぞ!! 負ける前に大きくなるんだよな!! レンジャーものの敵って!!』


『クソッ!? 数が多過ぎる!!』


『どっかの戦隊ものの最終回じゃないんだぞ!? 何だよこのクソゲー!?』


『海の方でも半魚人が!? 海の中で無事だったのか?!!』


 港湾は死肉に覆われ、船は座礁炎上。


 巨人化した半魚人達が次々に内陸の仲間と合流するべく歩き出していた。


 沿岸部の陣地は放棄され、内陸の陣地ですらも目まぐるしく襲ってきた敵の攻撃に疲弊し、今最後に残る半魚人……いや、半魚巨人をディスプレイ越しに見て半笑いで砲撃していた。


 まだ生き残った100の残敵を撃つしか出来ない時点で彼らに出来る事など高が知れていたのだ。


 追い詰められているのは間違いなく人類側であった。


 相手側の戦力は大小の半魚人のみに絞られたが、各地では大量の死体が未だに交通を麻痺させており、戦力移動など満足に出来る状況ではなく。


 どうしても時間が掛かった。


 如何なディミスリルでブラッシュアップされた軍用車両であろうと道そのものが無くなってしまっていては移動は行えなくもないが、困難だったのだ。


 死肉の山を掻き分ける事が出来る程のパワーがあるのは基本的に黒武のような装甲車の類であるが、ソレもまた飛行能力が無ければ、陣地の外の破壊されまくった道路を短時間で走破出来る程ではない。


 程無くして各地の防御陣地は半魚人達の視認領域となる。


 そうなれば、砲撃で何とか凌いでいた各地は次々に投擲でも何でも巨大な人型が取り得るあらゆる攻撃手段で以て沈むだろう。


 避難してきた海軍も民間人も一緒にだ。


 それが猶予されているのは一重に空自の戦闘機による異常火力な初撃後のが辛うじて相手を再生させる程度には押し留めているからだった。


『コイルガン、残弾0!!』

『レールガン、もう弾が有りません!!』


『レーザー掃射に切り替える!! 各機、頭部を集中して狙え!!』


『戦略術式は使用を控えろ!! 少しでも戦闘を長引かせるんだ!!』


 しかしながら、補給が不可能な時点で空自にも後が無い。


 投入出来るブラッシュアップ済みの機体を全て投入。


 再生産していたクェーサー・ボムの改変版を全弾使い切り、序盤の逆撃で全ての機体の魔力残量は半減以下まで減っている。


 更に言えば、巨人達の数は少なくない。


 破壊されても次から次へと周辺に散らばる死肉を用いて質量を補填し続けるのだ。


 物理火力を使い切り、後は魔力のみで戦う事を強いられた機体の多くは未だ正常に稼働していたが、一度補給に戻らねばやがては戦えなくなるだろう。


 その補給が可能な地域は近辺にアイルランドのシェルター都市のみ。


 ついでにブラックホールなんて物理学の極致の事象を用いた余波は確実にイギリス全土を蝕んでおり、まだ戻し切れない空間の歪のせいか。


 時間の流れすらも変調を来しており、各地で通信が不安定になって数秒前や数秒後、酷いところでは数分ものタイムラグが生まれていた。


 しかも、人々は未だ結界に取り込まれたまま。


 常識の変容がどれだけ続くか分からないとしても、内部で精神に莫大なストレスと影響を受け続ければ、どうなるかなんて火を見るよりも明らかであった。


 夜がようやく終わるかと思えば、違うのかもしれず。


 開演のベルを聞いていないだけである可能性も捨て切れず。


 第二幕の始まる前に決着を付けなければ、持たない事を本能的に戦う全ての部隊は悟っていた。


『今の内に内陸部に移動するぞ!!』

『半魚人共の再生が早過ぎます!!?』


『泣き言は帰ってママのパイを食べてからだ!!』


 海側から内陸部へと化け物を駆逐しながら走破した隷下部隊は戦闘機によるデカブツの遅滞戦闘を横目に内陸部へ向かう残った敵の対処に奔走している。


 数えられなくなかった敵が今は数えられるという点で戦局は前進したが、無限が100万単位になったからって、それが各地の混乱した陣地付近に侵入していては見つけ出して排除するのは如何な彼らとて手間取った。


 混乱の合間に陣地を抜けた化け物達はそれなりにいたし、巨大化しない半魚人達が次々と仲間の死肉を触手で喰らいながら再生、前進する様子は悪夢だ。


『コイツ!?』

『クタバレ化け物おおおおおおおおお!!』

『弾丸はまだ有るか!!』

『まだ、有りますが、更に東から数4000!!?』


『死んでたまるか!? 此処まで、ようやく此処まで辿り着いたんだ!!』


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?』


 残った触手一本からすら数分で本体が生えて来る。


 前回の襲撃よりも敵が強くなっている事を彼ら英軍は身を以て知らされていた。


 燃やせとばかりに銃弾が撃ち込まれても熱量が足りないと数と再生能力を頼りにごり押ししてくるのだ。


 陣地は次々に見切りを付けられ、兵士達は後退を余儀なくされていた。


 そう、此処までがイギリスでの一部始終。


 アイルランドは更なる混沌に沈んでいる事を人々は知らない。


 それを知るのは英国の上層部のみ。


 結界が拡大する毎に通信という通信も怪しくなり始めた結果。


 彼らに後出来るのは勝つのを祈る事だけであった。

 イギリスの大地が蹂躙され尽して尚、人々は生き残り。

 世界中から断線気味の応援が人々に降り注ぐ。


 その最後の天秤を傾ける戦はもう暗雲の先にしか無かった。

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