第154話「終末の代永に」



 世の中、うんざりする事の方が多い。


 例えば、入国審査に死ぬ勢いで齧り付いて何とか安全な国に潜り込んでも最底辺の生活と死と隣り合わせの社会保障で暮らさねばならないとか。


 風邪一つが命取り。

 防寒着一つが生死を分け。


 職能が無ければ、単なる無能のただ飯喰らいの寄生虫と揶揄され。


 実際のその通りだから何も言い返せず。

 犯罪を犯しそうな素振りだけで検挙拘留され。


 釈放された時には決まりそうだった仕事は勿論他の奴に取られ。


 縋る神とやらは無いのに神様に祈ろうとカルトに勧誘され。


 断ったら信者から闇討ちされ。

 骨を折っても医者に掛かる事も出来ず。

 飢え死にしそうでも誰一人見向きもせず。


 この世界なんて全て滅んでしまえばいいと心底に呪詛を吐き出す事すら寿命を縮める行為で。


 何も出来ずに公園の便所の後ろで薄汚い肉の塊になる時、とか。


 だから、彼はこの世界の何も信じてはいなかったが、この世界を滅ぼす神だけはいればいいと思った。


『大丈夫ですよ』


 その声は世界が彼の望むままに終わろうとした時に降って来たものだ。


 猛烈な嵐に樹木と死体と岩が降り。


 彼を無視していた者達が無残に潰されていく様子に半分しか開かない瞳で『ざまぁみろ』と思って喝采を内心で送り、後は死ぬまで眺めていようと思っていた時の事だ。


 自分もまた降って来た土砂の一部に身体を潰され。

 もう目も見えず。

 死ぬだけの状態だった時の事だ。

 彼の瞳にはただ天使が映っていた。

 空からやってくる輝ける天使。

 彼のいた国の宗教では死を呼ぶ天使。


 聖典は本当だったのかと彼は最後の力で腕を天に伸ばし。


 けれども、手を掴むより先に首にペンダントを掛けられ。


 目が見えるようになった彼が見たのは……黒き女神。


 異国の地では悪魔は山羊の姿をしているという。


 ならば、空飛ぶ山羊さんはきっと彼にとって悪魔なのだ。


 輝ける悪魔。

 輝ける女神。

 黄金と黒と白の彼女。


 やがて、彼女が飛び去り、彼を搬送した人々はアレは騎士団だと言った。


 そして、彼は口に食べ物を詰め込まれながら、貪り喰いながら、天使、悪魔、女神を観なかったかと矢継ぎ早に訊ね。


 一つのディスプレイを見せられた。


 ―――【善導チャンネル!!】


『いや~~イギリス心配ですね』

『ええ、心配ですね。でも、大丈夫!!』


『現在、善導騎士団の精鋭支援隊が向かって活動を開始しているそうです』


『現地指揮官は騎士ベルディクト。次席として騎士ヒューリアが任務に従事していると』


『ただ、騎士ヒューリアに関しては近頃イメチェンしたらしいですね』


『ええ、知ってます。黒ギャルになったらしいですね』


『いや、アレって黒ギャル……いや、止めとこう。御尊顔をビフォーアフターで映しておきますね』


 ドンッという擬音と共に彼は見た。


 己の天使、悪魔、女神……いや、信じるべき彼女の姿を。


 彼は未だに世界へうんざりしていたが、女神の姿をディスプレイ越しに見る内。

 その語る言葉の優しさと温かさにボロ泣きしていた。


 世界は残酷だ。

 でも、残酷でも手を差し伸べる人はいる。

 たった、それだけで人生が変わる人がいる。

 自分はそうしてもらった。

 だから、相手にもそうする。

 それだけの事なんだと微笑む彼女を見て。

 彼は―――決意する事になった。


 シェルターに入り、職能は無いがやる気はあると一般隷下部隊へと入るにはどうしたらいいと隊員に話し掛け、現地での技能の取得後、試験を受ければ入れる事を知り、警官や兵隊の間に混じって訓練し、昔なら一生喰えないと思っていた食事の旨さに何ら思うところもなく。


 只管に鍛え、鍛え、鍛え、一月も待たずにアイルランドのシェルター都市で初めての隷下部隊の合格者となった。


 その頃には大量の魔力の放射を浴びてか。

 超常の力にも僅かながら目覚めていた。

 そんな彼だったからなのか。


 あるいは彼の瞳が魔眼と呼ばれる類のものであったからか。


 中央アジア諸国ならば、ありがちだろう褐色の肌の男は世界の変容に誰もがおかしな事もないように首を傾げて避難していくのを見送り、1人でも戦える兵は多いに越した事はないと日本側からやってきて未だに働いている同僚になった先輩達の下へと向かっていく。


 しかし、そんな彼の目がふと敵が来ると言われた北側を観ていると。


 ようやく完成しようという要塞線の向こう側から真昼ような輝きが空に奔り、衝撃波が空震となって空を渡った。


「!?」


 開戦。


 それを告げるゴングを偶然にも見た男は彼がいた一枚100mの壁の一部が灼熱し、溶けて穴が開いたのを確認したのだった。


 そして、その穴から落ちたモノがズシャッと地面に落ちて、アラームと同時に急速な魔力反応が彼の視界で吹き上がったかと思えば、2m程の人型らしき何かが―――。


 *


「第一報!! 要塞線に着弾確認!! 敵の遠距離砲撃だと思われます!! 九十九から試算出ました!! 威力は戦術核並み!! 熱量を一点集中する弾頭のようです!! 瞬間的に推定3万度を計測!! 放射線も微量検出されました!!」


 レッドアラート。

 今、正に敵が攻めて来た。


 それに即座主戦力を熾すかどうかの判断を八木が行い……一般隷下部隊への対応で任せる事としたのは初撃において基地が壊滅するような攻撃が行われていなかった事に起因する。


 こちらの時間は無い。


 そして、万全の状態でなければ、神の欠片相手に戦えはしないだろう。


 だからこそ、着弾して尚基地が健在ならば、対応は隷下部隊で行わなければならないと判断したのだ。


 もしここで無駄に演習中の主戦力たるセブン・オーダーズの隊員達を熾せばどうなるか。


 最悪はアイルランド壊滅、イギリス崩壊だが、その後だって控えている以上、此処は主戦力の温存というのは合理的だった。


 機龍メインCIC内部には基地の左側の要塞線の一角に開いた穴が見えていた。


 ディミスリル化合金の中でも強度耐熱耐久性に優れるソレを突破するとなれば、攻撃は防げないと見た方がいいと目を細めたのも束の間。


「九十九よりドローンに反応有り!! 基地内部に敵の侵入を確認!! 現在、現地にいた隷下部隊の隊員が応戦中!! モニターに出します!! 周囲の一般人の避難を完了後、ただちに担当区域の部隊は応援に向かわれたし!!」


「敵反応1体が立ち止まっています!! それと質量の減少を確認!! これは―――九十九が敵が自身の質量を分散しての攻撃を行っていると警告しています!!」


「神の欠片が更に分散するのか!?」

「推定魔力量―――凡そシエラ3隻分!!」


「ッ、現場に黒武で照準しろ!! 推定進路で構わん!! 撃ちまくって脚を殺せ!! 動き回られたら混乱するどころじゃないぞ!!」


 次々に出るデータから八木が侵入した敵の魔力量に歯噛みして隷下部隊で即時包囲殲滅しなければと拳を握る。


 敵の数がすぐに増え始めるだろうことを思えば、最初の相手を防げなければ、済し崩しに戦力が瓦解して溶ける可能性が高い。


 一体でもシェルター都市に侵入された時点でアウトだろう。


 ブオンとアラートと共に出た二つの映像。


 それはまだ入ったばかりの隷下部隊の隊員の奮戦と敵ゆるキャラが自身の腕を斜め上に向けているところだった。


「もう一撃来るぞ!! 敵の着弾予想地点に連続での火力投射用意!! シエラⅡの副砲と副武装を全て立ち上げろ!!」


「火器管制セミオートでセット完了!! 弾頭装填、魔力供給終了!! いつでも撃てます!!」


「九十九に要塞線の壁への着弾時を狙わせろ!! 相手が熱量の塊なら脆い可能性もある!!」


「了解―――九十九から可能と回答!!」

「第二派来ます!!」

「れ、連射で1秒毎に3発!! 着弾まで8秒!!」

「急速上昇!! 艦を真下に向けるぞ!! 総員踏ん張れ!!」


 ゴッと絶妙なタイミングで基地後方の上空で機龍が時速数百kmで上空へと跳ね上がるようにして急速上昇し、その船体を縦90℃地面に対して直角に屹立させる。


 ほぼソレが終了する寸前。

 副砲と副兵装のほぼ全てが立ち上がっていた。

 要塞線の壁を貫通しようと敵砲弾が着弾。

 欠片は全部で9つ。


 瞬時に敵砲弾から溢れ出る魔力と熱量が炸裂する―――よりも先にシエラの左右の翼の根本がカシャリと装甲毎開いて輝く水晶球のような物体を露出させ、刻印砲弾を短距離の転移で相手の空間への影響範囲ギリギリの地点から秒速25kmで射出した。


 水晶球の裏側には砲弾を打ち出す砲身が備えられており、ソレが魔力転化で直接運動エネルギーを砲弾に供給、発射した瞬間に前方の空間転移用の儀式方陣を書き込んだ術式媒体、水晶の発生させた転移用ゲートに飛び込んだのだ。


 空間を超える砲撃。


 それこそ正しくシエラの正式採用された副砲の力であった。


 灼熱した敵砲弾が熱量を集中して壁を抜ける前に刻印砲弾が横っ腹に命中し、魔力を急速吸収しながら運動エネルギーに置換。


 そのまま相手の構造を抉り砕くようにして破壊。

 共に地表へと散弾の如く降り注ぐ。


「命中!!」


 同時に要塞線の各防壁の狭間の地面が破片の威力で巨大なクレーターとなる。


 その間を吹き抜ける爆風で地面が削り取られていく。


 最中、砕け散った敵砲弾、肉の塊が破片の魔力転化によって放出される莫大な熱量の中、白い空間内に蒸発していった。


「8発を完全粉砕後に刻印砲弾で蒸発させました!! ですが、1発半壊です!! 抜けられました!!」


 すぐに映像が出る。


 一発が先程よりも小さな穴を開けて基地内部に落ちていた。


 次々に黒武の砲弾がその敵を襲う。


 だが、それが当たったと思われるより先に砲弾の軌道が次々に曲がってあらぬ方向に弾かれ、壁や別方向に流れるか着弾する。


「何だと!?」


 砲弾を弾いたのは……半壊した様子の人型のゆるキャラであった。


 背後に触手を背負っているが、顔は半魚人だ。


 1m程の肉体は左半身が潰れているが、ブスブスと熱を伴って灼熱しながら再生しているのが伺えた。


 これがもしも普通に見えていたならば、正気が削れるだろう光景が展開されていたのだろうが、悪そうなゆるキャラでは誰の喉をゴクリともさせられまい。


「敵は砲弾を弾くぞ!! MVT機能を刻印!! 即時速射せよ!!」


 各地に展開されていた黒武が次々に機動しながら相手に向けて更に砲弾を集中させる。


 連射されたのは敵の至近で破砕する代物だ。


 次々に弾く寸前で砕けた砲弾が散弾の如く相手に突き刺さり、それでも消し飛ばすまではゆかず。


 魔力を吸収しながら、熱量を発して相手を内側から燃やし尽くしていく。


 基地と砲弾が弾けた壁と壁の間も炎熱地獄だ。


 相手の魔力を即時熱量へと変換する術式が全力駆動し続けている結果。


 敵が魔力を再利用するより先に何とか相手を焼き滅ぼしている現状である。


 だが、それでも数万度近い熱量を延々と術式が放出している事からして異常事態。


 巨大な壁が基地を隔てていて尚、基地周囲の外気温は既に1000℃を越えていた。


 紅蓮の揺らぎが世界を蔽い尽す。


 だが、その程度でどうにかなるような柔な装甲は誰も渡されていない。


 正しく1万℃近い温度に耐える装甲を身に纏い出撃している一般隷下部隊にはちょっと蒸す程度でしかないだろう。


 炎獄の最中、彼らを乗せた車両が機動し、彼らの脚が踏破し、高速での戦闘が行われていた。


「クソッ、コイツ!?」


 最初に落ちた敵砲弾は完全体として猛威を振るい。

 隷下部隊の手を焼かせている。


 相手の魔力量もさることながら、一番の問題はその速度であった。


 正しく音速超えで走って蹴って跳んで襲い掛かる敵は触手の塊だ。


 幾らデフォルメされているとはいえ、それでも無数の太さの触手に塗れて弾丸を弾きいなし、避けるとなれば、ゆるキャラでは済むまい。


「く?!」


 無数の触手の錐を縦や帯剣で受けた隷下部隊の人員が悲鳴を上げる装備の音色に驚く。


 ディミスリルの超凝集体に付いて彼らは少なくともそれなりに詳しい。


 単なる鉄剣ではないのだ。


 それこそ魔力を込めれば、普通の要塞のコンクリや合金の隔壁だってバターのように斬り裂くだろうし、戦車の装甲だって両断する代物だ。


 ソレが生物の触手で軋むなんて事があるとすれば、それは規格外以外の何物で無かった。


「このぅッ!!」

「おらぁああ!!」

「ダッッッ、しゃぁああああああ!!!」


 思い思いの叫びで彼らが無限のように降り注ぎ薙ぎ払う錐と鞭の暴風雨を弾き飛ばし、受け流し、あるいは装甲表面からの振動として感じながら背後に下がって、敵の動きを留めようと常に包囲下に置きながら後方部隊からの攻撃を待つ。


 敵戦力は今のところ彼ら1人では1秒持たないレベル。


 だが、群れで掛かれば、まだ勝機があると感じる程度には理不尽でも無かった。


 相手が超音速超えで機動していようと、実体はあるのだ。


 そして、彼らはソレの対処法をまったく基礎的に学習し、体感し、対策し終えている。


 それこそ夢の中で何度も何度も黙示録の四騎士に殺される事で。


「機動算出終了!!」

「前衛は一気に相手を押し込んで足止めしろ!!」


 弾丸の密度補正。


 空間内の弾丸配置を芸術的に描き出す九十九のネットワークの演算結果がC4IXに同期し、火器管制をサポートする限りにおいて、銃弾の檻というべきものが超高速で複雑な機動を行う交戦中であろうとも構築可能になる。


「行くぞ!! 各員、掃射用意!!」

「各狙撃手はリアルタイム補正を忘れるなよ!!」

「残り3秒!!」

「タイミングをミスるな!!」

「身体制御をFCSに同期!!」

「発射ぁあ!!!」


 それは北海道でシエラが行っていた事の小規模版。


 いや、演算量ならば、更に上がっているかもしれないが、それにしても焼き回しに過ぎない。


 それが兵士達の火器と動きを一体として、滑るように基地内部の地表を移動しながら触手で建物や隷下部隊を薙ぎ払い、黒武までも弾き飛ばす程の敵、神の欠片の欠片に一斉掃射として突き刺さる。


 ―――【!?】


 それは少年と善導騎士団が導き出した対高位存在相手の鉄則。


 一手即殺三項。


 そう隷下部隊では呼ばれている戦術基礎のお手本のような一撃だっだ。


 相手に学習させない。

 相手に対応させない。

 相手に認識させない。


 その為に一撃で相手を滅ぼす。

 機会に必ず最高の攻撃を叩き込む。

 この為にこそ自衛隊のC4IXはあるのだ。


 黙示録の四騎士相手に確実な通信が不可能である以上はこれもまた単なる理想でしかないが、生憎と神とやらはそんなのを理解してはいなかった。


 そう、黙示録の四騎士はその点で極めて人類の弱点を突く存在だ。


 もし通信が戦闘で生きてさえいたならば、また人類の生存域の広さは違っていただろう。


 ―――【!!?】


 ギョルッと目玉が動く。


 今まで自らの衝動の赴くままに敵を触手で薙ぎ倒し、弾き飛ばし、弾丸を防いでいた欠片が高速機動中に自分に迫る新たな弾幕に自らの身体から無数の触手を大小伸ばして弾き飛ばそうとした。


 が、それが瞬間的に失敗した事を理解しただろう。


 理屈は単純だ。


 相手の生物的な認識機能が追い付かない速度の攻撃で即死させる。


 たった、それだけのシンプルな回答。


 今の今まで使われていた銃弾の速度域は精々が秒速1km。


 それが相手が触手で薙ぎ払う瞬間を狙い澄まし、MVT機能……敵周辺で起爆する弾丸と同じく、相手に弾かれる寸前に秒速15kmの一撃に変貌した。


 今まで銃弾を弾くのに最適化していた触手の動きを一斉に変化させる事は可能だっただろう。


 だが、変化させるまでの反応が間に合うかどうかと言えば、答えはNOだ。


 そして、本命の弾丸が放たれる刹那、基地は外部からの情報の遮断を行う結界によって封鎖され、神の本体も知らぬ間に欠片は一発……一発の弾丸を額にめり込ませ、魔力を限界無く非常識な程に非効率な空間制御術式によるループ式の転移方陣の形成に注ぎ込まされた。


 ―――【!!!!?】


 コンピューターで言うところの単一処理の無限ループによる負荷を魔力と空間制御術式で再現したようなものである。


 これは少年が緑燼の騎士相手に最初使った空間制御のリソースが多大である事を用いた相手魔力の消耗式戦術の発展形だった。


 のたうち回る触手よりも早く弾丸が次々に着弾し、相手の纏う魔力、体内の魔力を吸収しながら、非効率な術式による事象の顕現を目指して莫大な量の術式を敵に流し込む。


 相手はこれを拒絶しようと思えば、出来ただろう。


 だが、拒絶しようという時間が足りたかどうかで言えば、答えはNOだ。


 そう、相手は反応するよりも認識するよりも早く弾丸の効果処理の終了を持って、無限の消耗を余儀なくされた。


 全ては魔導機械術式の超々速効果処理の機能故だ。


 世界最高性能の機械より演算処理を早く行える生物がいたならば、対応出来たのだろうが、生憎と神の欠片程度にそんな機能は無かった、という事であった。


 隷下部隊が相手へ続け様に打ち込む弾丸は全て焼却用の熱量置換術式を封入した単なる熱量発生弾。


 だが、瞬時に消耗を余儀なくされた欠片は身体のあちこちが干乾びており、その周囲には空間の歪み……相手を拘束する転移ループの輪がある為、何も出来なかった。


 着弾する弾丸の数は数千発にもなり、ソレが熱量を発しては内部から相手を焼き尽くしていく。


 その光景はまるで弾丸が潜り込んで相手を喰らい尽そうとする寄生虫。


 熱量で膨れ上がる事から無数の小さな何かに身体を蝕まれているようにも見えてエグイ事この上ない。


 この弾けるような悍ましい死に様を前に敵は慣性で滑る事すらなく。


 虚空で銃弾の嵐に撃たれながら火脹れで風船のようになって弾け飛んだ。


 だが、所詮はゆるキャラ。


 直接見れば、精神が崩壊するディティールだろうが、単なる悪そうなデフォルメ蛸さんの死に様で彼らが固まるような事も無かった。


 触手の先まで白い炎に包まれて超高熱で朽ちていく様子に警戒を解きはしなかったし、敵がそれでも再生した時に備えた銃口はキッチリと其々の分担領域に向いている。


 そうではあるものの、それでもある意味では呆然と呼べるだろう心地を彼らは味わう。


『………敵、沈黙しました。魔力残渣を現在基地が吸収中……再生している様子ありません。破片の焼却と滓の原子分解を行うまで気は抜けませんが、これは……我々の勝利、なのではないでしょうか?』


『やったか?!』


『オイ!? 今、フラグ立てたヤツ誰だ!? 不穏だから止めろ!!?』


 今までの侵食能力が嘘のように急激に彼ら隷下部隊は身体が軽くなっていくのを感じた。


 精神侵食機能による相手の不調を誘う力も数十分単位の戦闘だったならば、確実に隷下部隊を倒す手札だったのだろうが、戦闘時間は現在時点で8分。


 消耗は最小限度であった。


『やったんだ。オレ達……』

『喜ぶのはまだ早いぞ!! 敵の次波に備えろ!!』


 それは1人の英雄ではなく。

 無数の名も無き者による快挙。


 神の欠片の欠片とはいえ、それでも彼らは確かに神の一部を屠ったのだ。


 砲弾や銃弾を弾き。


 1000℃の熱量と自身と敵の超高速機動によるソニックブームの最中で相手に勝ったのである。


 彼らが満身創痍かと言えば、そうでもない。

 連続戦闘は可能だろう。


 その最たる理由は戦闘可能限界の引き上げに起因する。


 少年が組んだカリキュラムを毎日毎日毎日毎日熟し続けた彼ら。


 それは個人の努力にしか過ぎない。

 だが、毎日毎日30日分の夢を見た彼ら。

 それはその時いつだって現実だった。


『オレ達にも黙示録の四騎士を討てる……きっと……』


『はい。隊長……きっと……』


『今までの苦労……無駄じゃないですよ。絶対……だから、私達は生きてるんです』


 人類最後の30日を幾多越えて来た彼らは少しずつ少しずつ進歩してきた。


 どうすれば生き残れるのか。

 敵がどうやって自分を殺そうとしてくるのか。

 黙示録の四騎士が主敵とはいえ。


 それでも高位存在が使って来るだろうありとあらゆる手を少年は疑似的な死と滅びの最中に多彩に練り込み続けた。


 それを受け続け、精神を摩耗させ、それでも手を伸ばし続けた者。


 立ち上がれた者だけが此処にいる。

 毎回毎回持ち越せるのは技術と経験だけ。


 それでも、そうだからこそ、彼らは生存日数を伸ばし、己の技量を対応力として砥いだ。


『ようやく此処まで来たんだな。オレ達……』


『来れなかった連中の分まで戦えるようにしとかなきゃな』


『ええ、誰か1人じゃ絶対に倒せない。でも、全員でなら……』


 人間が高位の存在を打倒する事は特別な何かが無ければ、決してない。


 だが、その特別が今までは個人の能力だったのが過去の世界。


 しかし、今此処にある世界は違う。

 神を殺す技が無くても、神を倒す拳が無くても構わない。


 神に通用する能力が無くても、神の力を受ける体が無くても構わない


 此処には神を殺す剣がある。

 此処には神の力に耐える鎧がある。

 此処には神からの攻撃を受ける盾がある。


 反応も技量も叡智の結晶が、機械と人々の支援があれば、どうにかなる。


 問題は選択。

 瞬間的な己の未来への想像力。

 掴み取ろうとする意思を届かせようとする決意。


 使える手札を試行して、回答をトライ&エラーで得た経験。


 身体を見えない場所から消し飛ばされた。

 上半身と下半身を二つにされた。

 肉体を磨り潰された。

 己の魔力で芯まで焼かれた。

 拷問を受けて自白させられた。

 無限の責め苦は正しく地獄。

 だが、何が正しくて何が次に繋がるか。

 それを彼らは理解した。

 消し飛ばされるならば、その前に行動を行おう。

 二つにされるのならば、二つにされない場所に隠れよう。


 肉体を磨り潰そうとする相手が倒せないならば、どうやって逃げようか。


 魔力で焼かれるのならば、魔力を全て捨てればいい。

 拷問を受ける前に自決するのも手だ。


『高々ちっぽけなオレ達人間があんなにのにも勝てる。勝てるようにしてくれた……』


『ああ、その代わり死ぬより訓練キツイけどな。はは』


『言えてる。死んだ方がマシ……なんて言ったら、怒られるな』


『そもそも死なせてはくれないさ。あの小さな背中に追い付くより先に死ねやしない』


『オレらには何もない。用意出来るのは決意とやり遂げる覚悟くらいなもんだ』


『それを何よりも必要としてるんだろうな。彼は……』


 そう、そうだ。

 彼らは所詮人間だ。

 だから、経験した事でしか学ばない。

 人の愚かを学ばざるが人である。


 だからこそ、彼らに無理やり叩き込まれた全ては血肉となる。


 激痛、恐怖、絶望、諦観、そんなものを前にして心を何度折られたか


 何度、失禁したか。

 何度、拷問を前に仲間を売ったか。

 何度、死んだか。

 何度、何度、何度―――。


 滅んで初めて、死して初めて、彼らは戦士となっていった。


 それで諦めなかった彼らだから、其処に立っているのだ。


『感慨に耽る前にやる事をやるぞ』

『アイサー。隊長殿』

『各員!! 周辺警戒を怠るな!!』

『了解!!』


 笑って戦おう。

 仲間を愛しもう。

 殿を務めよう。

 言葉を交わそう。

 どうせ、彼らは凡人だ。


 例え、資質があり、訓練に残っても決意した人間にしか過ぎない。


 だからこそ、迷っても折れても立ち上がらねばならない。


 せめて、死ぬ前にやらねばならぬ事をやる為に。


 たった、それだけの決意を、神すら殺す現実に押し上げてくれた少年へ報いる為に。


『黒武の集結完了しました』

『黒翔の魔力補充完了!!』

『立て直すぞ!! 各員の装具を点検!!』


『セルフ・チェックリスト。クリア!! 行けます!!』


『システム・オンライン!! スタンドアロン時の設定も万全です!!』


 自分の屍を仲間と後続の人々の前に敷く決意が彼らを鍛えた。


 彼らが過ごした時間はどれだけだろう。


 世界が終わるよりも先に進めぬ自分を鍛えて鍛えて、それでも高が知れているからこそ、決して彼らは間違わないと言えるだけの対応力を磨いた。


 己の死すらも受け入れて、先に繋げるという孤独なる行動力を、絆……そう呼べるものを尊ぶ。


 この最善手の集積は個を強くはしなくても集団を確実に強くする。


 破綻するものはいつか破綻する。


 ならば、破綻せぬものを破綻せぬように原因を積み上げてやればいい。


 人の力が集団の力である以上、それが最も滅びを遠ざける力だった。


『剣の自動研磨術式解凍!! 再戦闘までに仕上げます!!』


『そちらは任せる!! 戦闘支援システムのオールチェックを急げ!!』


『コンバット・データの最適化開始!! 後9分下さい!!』


『C4IXとの同期と補正プログラムの展開を開始。これで次に同じ敵が来ても戦えますよ!!』


『よっしゃ。蛸が何ぼのもんじゃい!! たこ焼きにしてやらぁ!!』


『え、いや、食べるのはちょっと……』

『それよりは燃えるゴミにしてやりましょう』


 無私なる人理に達しても、彼らを悟った奴ら等とは口が裂けても言うまい。


 その苦悩を知ればこそ、彼らの欲望を、その願いを、悟った等とは言うまい。


 全てを見て来た仲間達は、家族は、多くの友人や知人達は……。


 だから、彼らの戦う姿を見る時は無言で祈るのだ。


 神にかもしれないし、仏にかもしれない。

 あるいは誰にでもない何かにかもしれない。

 けれど、これだけは確かだ。

 彼らの中にある人の魂の金色。

 1人の少年は正しくソレを磨き上げた。

 故に人々は彼へ祈る。


 どうか、あの人を戦場から連れ帰って来て下さい。


 ―――騎士ベルディクト、と。


 この信頼こそ。


 彼が今まで戦い続けて来た中で人々から勝ち得た最大のものであった。

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