第133話「勃発」


 厚労省の大スキャンダルが持ち上がって昨今。

 彼らは善導騎士団の動きに苦慮していた。

 他の省庁が腰を折る中。

 数多くの医療関係者が大問題を抱えたからだ。


 医療介護が稼げなくなる未来を生きる事になるとは思わなかった。


 それは社会保障費の内訳の大半を使う省の誰もが間違いなく抱いた感想だろう。


 予算編成だけで血反吐を吐くような大改革が必要になった厚労省の予算案を作っている役人連中など徹夜が祟って死にそうなのにMHペンダントや亜種ペンダントが山盛りの生けるゾンビ状態でデスマーチに従事している。


 各地からのデータは一致していた。

 医療介護現場はもう儲け口ではない、と。


 老人介護施設ではボケ老人が意識がハッキリするどころか。


 殆ど介護が必要無くなったおかげで家に帰るだの趣味を始めるだのめっちゃ元気な様子だ。


 病院も患者が次々にいなくなって、仕事を持て余した看護師や医者が大量。


 神様仏様善導騎士団様。


 寿命が確実に40年くらい伸びた高齢者岩盤支持層が全国で発生。


 医療現場に吸い上げられていた多くの資金が遊興や行楽目的に回った事で縮小していた文化や観光系の業務を行う企業もニッコリ。


 そんな状況をテレビで眺めながら『お前はペンダントより仕事出来るのか?』と言われた医者達は真に専門家たらねば、廃業の危機であった。


『先生!! 外来の患者さん今日は3人も来ましたよ!!』

『新記録ですよ!!? 昨日は0人でしたから!!』

『いや、救急外来が満足な人手で回せるなんて夢みたい!!』

『お薬取りに来た患者さんも4人だったんですよ!!』

『本当に善導騎士団様々だなぁ~~日本の未来は明るい!!』

『……院長が依願退職を募集するそうだ』


『此処に置いて下さい!! 何でもしますから(/ω\)』×一杯。


『ん? 今、何でもするって……』


『辞める以外ならぁああああああああああ(´Д⊂ヽ』×一杯。


 少なからず病院の機能の大半が維持されるという現状にあっても、医者の高級取りな現状が維持される事は殆どあり得ないだろう。


 だが、国家全体的に見れば、社会保障費の内訳を限界圧縮出来る又と無い好機。


 途中で善導騎士団がMHペンダントの機能に謝罪会見をしはしたが、急激な変化が緩やかになるというだけの効果しかなかった。


 だが、今の日本の現状的にはかなりの負担軽減であった事は否めないだろう。


 何分、労働者不足に超高齢化社会である。


 良い人になる洗脳効果がありまぁすとか言われたところで死にそうな老人達はペンダントに群がる構図が穏やかになった程度の話だ。


 私善人になりたくないから、ペンダント使わないとか言う悪人がいるかどうかも実のところ怪しい。


『社長。ウチの商品、まったく売れてません。来月のオフィスの賃貸すら危ういですよ。いや、マジで(T_T)』


『そういう君のペンダントは何かな?』

『え、いや、社長だって使ってるじゃないですか』


『持病の糖尿病が後数日付けたら完治するって医者が……』


『でも、案外何処の人も健康志向なのは変わりませんし、いっそペンダントと一緒に使えば、もっと健康にって謳い文句でも付けます?』


『そ・れ・だ!!』


『あ、でも……善導騎士団に許可取らないとダメみたいですね。政府から善導騎士団関連の商品に対し、相乗りする広告は効果を確かめないとならないって』


『幾ら?』

『……これくらい。払えます?』


『どうせ、このままじゃ倒産だ。フィットネスに通う人間が少なくなってもいなくなるわけじゃない事を思えば、まぁ許容範囲だろう』


 美容健康にもちゃんと効果があると善導騎士団が認め、公言した事で実際には需要の一時的な減りすら確認されておらず。


 効果が半減したところで全国でMHペンダントの需要が減ったという事実は無かったし、美容が気になる女性も体脂肪率が気になる男性も少し手が出し辛くなったというだけの事でしかなかった。


 そもそも生活習慣病や死に直結する病を患っていた者達からすれば、使わないという選択肢は無かったし、癌とその他諸々の内臓の病が遺伝病でなければ、完全に寛解すると言われてやらない病人達も殆ど無かった。


 農村では村のジジババが超元気になってしまって、暇を持て余しまくりだし、都市部の有識者に至っては逆に『年金や保険会社、大丈夫?』と心配しているくらいだ。


『中村さん?!! 病院で死に掛けてるって息子さんに聞いたんだけど!?』


『あ、例のペンダント1週間付けてたら完治したって医者が……』


『そ、そぉなの? 大丈夫? 病院じゃカウンセリングもするって聞いたけど』


『あ、それは別に受けたい人だけらしいから……脳も委縮どころか。30代のレベルに戻ったって言われた……』


『良かったわ~~~(B_B)』


『その……息子がオレが優しくなったって言うんだが、洗脳されてんのかなぁ……』


『何かあったの?』


『それが……息子がな? 父さんが酒も肴もねだらず、たばこ一本吸わないなんて、きっと明日にゃゾンビが降るに違いないって。いや、死に掛けて改心したんだって言ったら、あいつ何て言ったと思う?』


『何て言われたの?』


『これから酒とたばこを止めてくれるなら、オレも一緒に住むよって……う、うぅ(/ω\)』


『いい話よ!! これ、いい話よね( ;∀;)スゴクイイハナシ』


『で、でも、息子がな……オレ、騎士団に入る事が決まったから、今度は恩返ししてくるって……ゾンビと戦ってくるって……ゥ、ウォオオオオオオオオオン(´Д⊂ヽ』


『だ、大丈夫よ!? あの子なら生きて帰ってくるわよ!! もうホントよ!! ホント!!』


『だから、こ、これ!? 息子との約束だから!! 最後の純米大吟醸と本場のバーボンともう出荷停止になったウィスキーの21年ものと32年ものと古酒と梅酒と密造してたどぶろくと―――』


『ウィスキーくらい残しときなさいよ。いつか二人で飲む為にね(B▽B*)』


『―――はぃ(/ω\) 後、外に退職金で買った樽で12個くらい……ワインとウィスキーとブランデーの原酒あります』


『そりゃ、死に掛けるわよ……(´-ω-`)』


 総論としてネガティブ・キャンペーンは大失敗であった。


 後、効果としては善導騎士団へさすがに危機感を持った人間が極僅かに生まれたくらいのものだろう。


 社会保障費の急激な自然圧縮と同時に各地での医療資源不足、医療人材不足が善導騎士団の技術力の塊で急激に改善された結果。


 東北に軒を連ねる亡命政権領土でも衰退の速度が穏やかになり、医療の質と財政もかなり上向いたとの話。


 御家お取り潰し政策と批判された例の同化事業もストップし、今は善導騎士団支持という亡命政権が殆どなっている。


『同志マオ』

『何ですか? 同志チェン』

『君は知っているかね?』

『何をでしょうか?』


『師父達がどうやらまだ世代交代はしないと明言したらしい』


『ああ、その件ですか。まぁ、我々も彼らの後、精々長く苦労しましょう』


『人類がそこまで生き残っていれば、だがね』


『異世界からの来訪者。嘗て、大陸において繁栄したとされる古代文明の関係者』


『そう、神仙の類だ……党が蒐集し、秘匿してきたアレが現実だったとは驚きだが、まぁ……ゾンビもいる時代だ。そう驚く程の事でもあるまいよ』


『大兄……我らは……多くの同胞を失いました』

『ああ……』

『これ以上、失わずに済むでしょうか?』


『それこそ我らが仕事次第だろう。少なくとも……彼らはまだこの国を見捨てまい』


『例の彼ですが、やはり詳しい検査は拒否するそうです……』


『まぁ、そうだろうな。代わりに米国の内実とソレに首を突っ込むだけの理由を持って来た事で自分の身体の件は押し通す気だろう』


『屍仙……【無極七母むきょくしちぼ】の力……この歳で道教に被れるとは思ってませんでしたよ』


『あの古文書も党自身が消し去ったモノを集めただけに過ぎんよ。何にしろ。我々の国にはもう血脈は残っていなかったのだから……』


『宗教を潰した世代の事をあの時程に恨んだ事も無かったでしょうな。師父達も……』


『それは魔女狩りのあった米国とてお互い様だ。それがどうした事か。負かしたはずの神仏が住まう国での親類に救われるというのだから、まったく出来過ぎているな……』


『では、火鍋のセットでも送りますか?』

『そうしておこう。芋煮の方が個人的には好きだがね』

『はは、お互い歳には勝てないですなぁ(*`ハ´)』

『まったくだ。弛んだ腹と尻の具合は特にな(。-`ハ-)』


 そのような時世の最中。


 シェルター建設に始まった善導騎士団の建設ラッシュは拡大し続けていた。


 日本の衣食住の内の食を傘下に収めたに等しい彼らが次に向かうのは住だ。


 北海道での超短期間の復興工事に端を発し、ベルズ・ブリッジの建設、関東圏のシェルター充足まで終わった後。


 東京の一区画を完全復興してのけた少年はシレッと観光名所になったカラフルな都心の一角、ちょっと陰陽自研の技術使いまくりな未来型ドームにしたEプロの所有劇場にいた。


 本日は騎士団のメンバーを招いての落成式が行われているのだ。


『Eプロの劇場落成式にようこそ!!』


『皆様と善導騎士団の後援のおかげで我々はまた此処から羽ばたく事が―――』


『皆さ~~ん。今日は愉しんでいって下さいね~~』

『アイドル達との握手会は2時からになります』


『ウォ?! 極めてカワイイのが大量!? これがヤマトナデシコ!!』


『ああ、騎士ウェーイがいたぞ。君達、御挨拶しようじゃないか』


 勿論、音頭を取るのは表向きの広報担当になったアフィスだ。


 集まった区の有力者や起業家、議員達に埋もれて謝罪会見大変でしたねと土下座の件を労われている横ではEプロの抱えるアイドル達がパーティーで愛想を振り撒いている。


 さっそくアイドル研修生となった善導騎士団と陰陽自の少年少女達に優しく指導し、時にはちょっと脇腹を肘で突き、男女問わない営業スマイルを叩き込んでいる姿はプロの鑑と言ったところか。


 だが、グループ内選挙1位のはんなり着ぐるみ系アイドルはおらず。


 熱心なファンだという有力者達の一部はシュピナちゃんは善導騎士団のお偉いさんの接待に行っているとの話にちょっと残念な様子であった。


「楽しそうね」

「ああ」


 そんな騎士団関係者が複数人いる劇場周辺には公安が何気なく一般人のように待機しており、周辺の主要道路や小道をさり気無く監視している。


 だが、その隙間からガラス張りのようにも見える半透明のドーム型劇場を除く者達が数人。


 8km先からカラフルな区画の今は開いたドームの天蓋内部を見つめていた。


「善導騎士団。奴らの力はあの方々に肉薄すると聞く。各地の同志達が魔族側の頚城と思われる者達やBFCに襲撃され、東京全土で死が枯渇し始めた今……もう我々に時間は残されていない……」


 呟く者達はたった5人。


「嘗て……輝く日に生まれた命があった……」

「ああ」

「祝福されて生まれた来た命だった……」

「ああ」

「奪ったのは誰だ……」


 世界に涙は零れない。

 冷たくなり始めた秋も過ぎゆく最中。

 終わりなく降り積もるのは冷たさと喧騒ばかり。

 しかし、忘れてはならない。

 例え、誰が忘れても。


「―――奴らだ」


が開かれるまで後10年……しかし、例え見る事が叶わずとも……」


 仄暗い空の下。

 矮小でちっぽけな者達の瞳が燃え上がる。


【憎悪よ。怨嗟よ。怨讐よ】

【門を叩く手は誰ぞと問う声よ】

【臙脂に砕かれし、命の声ヨ】

【闘ワんとした勇士モハや無くとモ】

【隣の憐に涙セヨ】


【【【【【我ラガ異敵ヲ滅ボサン】】】】】


 巨大な陶器を弾いたような音色が空を渡る。


【クサレタダイチ】

【シャクネツノソラ】

【コオリツクウミ】

【ナゲキノヤマ】

【クルエルヘイゲン】


【【【【【   死の国を此処に   】】】】】


 世界に新たな回答が告げられる。


 その異常を察した善導騎士団からの急襲部隊が急行したのは23秒後。


 だが、それはあまりにも遅過ぎた。


 跡にはただ嘲笑うかのようにコールタールのような燃え滓だけが残り。


 その日、再び人類は思い出す。


 例え、どれだけの防備を整えようが、この世界を今支配する圧倒的なるモノが何であるかを。


 そして、人間がどれだけかよわいと言える生き物であるかを。


 ―――概念魔術。


 とある大陸において、そう多くない者達が修める物理法則を超えて事象を引き起こす力の中でも更に特異な代物。


 準拠する莫大な世界への干渉を行う為の消費を代替するのは多くの場合において


 絶対価値。

 相対価値。


 稀少さを世界の真理が図る時、例え……どのような者だろうと差し出せるものが唯一のものならば……その領域から引き出される魔力の天秤は釣り合うのだ。


【―――――ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ―――――】


 魂すら朽ちた者達の嘲笑が世界に響く。


 目指された果てに向けて進行する術に己を焼べる者。


 日本に2万と234人。


 唱和した者達は驚く人々に見られる者すらありながら、天に伸ばした手を朽ちさせていく。


 しかし、目撃した者達は誰もが後に語る事になる。


 その人間にしか見えなかった人々は確かに……確かに人間のように泣いていたのだと。


 それから一分後。

 東京のみならず。

 日本全域で人々は観た。

 死者の列を。

 幾多の襤褸切れとなった衣服を身に纏う者達。

 同型でも無ければ、造られたわけでもない。

 嘗て、人であった者達。

 その最大の武器は言うまでも無く。


「ぎゃぁああ゛あぁ゛ああぁぁ゛ああ゛ぁ゛あ゛ああ゛ぁ゛あああぁ゛ぁ?!!!?」


 突如として全国の放送局内で起こった事を人々は目撃する。


 誰かが言った。


 ―――平和か……短い夢だったな、と。


 *


 ゾンビに呑み込まれ始めた悲鳴の上がる世界の上。

 ビル屋上にふわりと降り立つ影が一つ。


「連中が自己を犠牲に概念域の新たなチャンネルを開いたようです」


 その声は何者かと通信を続けていた。

 巨大な片方の機械椀。


 それが屋上の淵を掴んで手摺に腰が下ろされている。


「観測も予定通り。順調に行けば、こちらの仕事の手間が省けるでしょう」


 風が舞い上げる血と火の粉と断末魔。

 今、あらゆる建造物にはゾンビ達が一定数入り込んでいた。


 もう数十分もすれば、殆どのビルが燃え上がり、水浸しとなり、多くの家々は死者の群れに沈んで燃え上がる。


 シェルターに入り込んだゾンビもいれば、警察署や消防署、病院にもゾンビはいる。


 単なるゾンビでしかないが、単なるゾンビであればこそ、数だけはいるのだ。


 その完全無欠の物量戦ならば、それこそ億単位が投入され得る。


 巨大な日本列島という檻の中へ恐らくは近隣のユーラシアから呼び寄せたと思われるゾンビがどれだけ空間を超えて呼び出されたのか。


 計測と推測は出来るが、正確に知る術は無い。


 が、そんなあまりにも無常なる世界に笑みを浮かべる機械椀の少女はその片腕が微細に感じるデータの波に奇妙な波長が混じるのに気付き。


 眉根を寄せた。


「……何だ? 量子系の通信波……解読は……時間が掛かる。まぁ、いい。いえ、この状況で大容量のデータ送信が行われているのならば、十中八九は善導騎士団か陰陽自でしょう。ですが、妙なのです。この1MBにも及ばない微弱な……」


 通信先の相手に言いながら、彼女はその巨大な片腕を瞬時に上空へと振った。


 途端、上空からスゥッと鳩が落ちていく。


「いえ、鳥がこちらを……ドローン? いえ、その気配はまるで……解析した限り、蛋白質の塊でした。訓練された生き物という可能性もありますが、魔術の気配も無く」


 受け答えしている間にも微弱な通信波に変化が生じ始める。


「これは……周辺の電子機器のデータ解析を行っていますが、ヒットするものは無し。少なくとも既存の発信用機器に同様のデータが奔っている気配はありませ―――」


 突如として発砲音が響く。

 それは遠く遠く。


「……どうやら認識を改める必要があるようだ」


 正確に頭部よりも防護が薄い首を捩じ切られるようにして中央から吹き飛ばされた彼女は己が虚空に見る遥か先。


 9km先の狙撃ポイントにいる敵性狙撃手が瞬時に現場から消え去るのを見て、獰猛に微笑む。


 彼女の周囲には重力を制御する場が存在し、術式及びあらゆる物理事象を歪める。


 掌握している空間内の術式による魔力を消費しての重力発現は弾体と魔術、物理現象をランダム性のある空間の歪みで逸らし、肉体を保護する。


 が、それが破られた。

 それも超長距離狙撃によるビルの隙間を縫うような一撃。

 通常のライフルでは到底到達しない射程と命中精度。


 その上で銃弾が【領域防御エリア・ディフェンス】を抜けるなんて事は今までの人類の科学技術的な階梯ステージでは不可能だ。


「はい。はい。これより追跡と解析を開始し―――様子見ですか? 罠の可能性もあると?」


 少女が難しい顔で狙撃手の消えていった方角を見やる。


「……分かりました。こちらの防御を抜かれたという事実を鑑みるにこの国も大きな変革期に入っていると考えて良い。では、魔族の頚城の探索を継続致します」


 通信が途切れた後。


 虚空で浮かんだまま固定化されていた首が機械椀の指先で摘まれ、そっと砕けた頸部の上に載せて微調整する。


 瞬間的なものであったが、見る者がいれば、喉を干上がらせただろう。


 その少女の中央から破壊されて血の一滴も出さない肉体と頭部の中間点がゾブッと肉の紐のようなものを互いに伸ばして、互いの内部にグチュグチュを侵食するかのように入り込み、メキメキと音を立てて樹木染みて表面を蠢かせながら同化融合して、骨が急速に形成されたかと思えば、メキョッと一回り太くなって頸椎を完成させ、肌がその上に出来ていく。


 スーツもまたゆっくりと肌に染み出すようにして補填され、完全に元通りとなった……いや、更にその首筋には胸元から首を蔽う装甲がゆっくりとせり上がるようにして顎までのラインに円環状のパーツが追加される。


 そうして、少女はビルの中から絶望の悲鳴や断末魔が聞こえず。


 パチパチというビルが焼け、スプリンクラーが作動している音を聞き。


 ようやく何の為に自分が撃たれたのかを知った。


 クツクツと嗤って、次は逆に首を飛ばそうと決めて、その姿は闇夜に融けるようにして光学迷彩の能力で呑み込まれていく。


『……行ったようだ』


 東京のあちこちで火災が起きていた。

 もう安全な場所など何処にもない。

 炎上する日本の最中。

 それでも戦う者達は奔走する。


 直下のビルから人間を救出する為だけに勝てもしない敵を狙撃する。


 そんな馬鹿げた戦いに身を投じながら。


 それは事件後に分かる凡そ4439万件以上のゾンビとの戦いの内の一つにしか過ぎなかった。


 しかし、今は救出された多くが喜ぶ。


『あ゛り゛がと゛う゛!!? あ゛り゛がと゛ぉッ!!』

『お母さん!! うんッ!! うん!! 私、無事だよ!!』


『お前か!! 今、早くシェルターに向かうんだ!! こっちは大丈夫だ!!』


『騎士団だ!! あの大穴に向かえ!! 生き残れよ!!』

『無事か!? 早くシェルターに逃げろ!!』

『助けてくれて本当に助かりました!! お、お名前を!!?』


『ただの公務員と』

『ただの騎士です』


 鼻水と涙を流して拭いて感謝する者達に背を向け、走り出す多くの善導騎士団、陰陽自の部隊の一つはこうして再び激戦区たる市街地内部へと向かう。


 だが、そんな事実すら実はとても幸運な方だ。

 理由など単純に過ぎる。


 人のいない地方や山奥の重要度の低い田舎に部隊が展開されるのは首都圏や行政省庁がある場所より後回し。


 この日本滅亡が現実味を帯びる事件の初動において両組織の全部隊が使った銃弾の量は凡そ2000万発にも及んだが、その銃声が地方にまで響くのはまだ少し先の事であった。

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