第134話「口笛」


 石詰彼方いしづみ・かなた防衛大臣。


 今現在、全ての自衛隊に号令を掛けるべき男はその日、初めて陰陽自の護衛部隊にSP毎救われて、無数に路地から湧き続ける莫大なゾンビの群れを前にして今日が日本最後の日かと善導騎士団東京本部に向かった。


 その合間に部隊が使用する【黒武】及び【黒翔】による連携によって広域でゾンビが屋内に入り込んでさえいなければ、千体や二千体ものの数ではない事を知り、同時にその全ての暴力を握っている事の重圧を嘗て無い程に感じ、内閣府の職員と内閣の全員が生存して永田町の地下シェルター内で陣頭指揮を執っていると知り、前とは違う事を理解した。


『石詰先生ご無事でしたか』

『官房長……総理は?』

『横の部屋にある陸自の幕僚本部です』

『そうですか。私も合流したいところですが……』

『こういう時の為の通信ネットワークですよ』

『では、此処から』


『ああ、総理とオンライン会議をお願いします。今度こそ我々が戦いましょう』


『はい。必ずや日本を……』


 彼ら政治家の大半が死んだ日。


 何も出来ずにいた事を思い出せば『まだだ』と……そう思えたのだ。


 内閣の半数が死んで尚……総理大臣を続けた男は未だ無事。


 善導騎士団は陰陽自と共に既に動き出しており、都内23区内に限って言えば、まだ死傷者は1万人に満たない。


 ならば、戦える、抗える。

 理由は当然必然。


 彼らが生き残り、臨戦態勢を取り、善導騎士団の事前防災計画が完遂され、都民9割以上が即時シェルター内に避難しているからだ。


 更に民間人護衛用の新装備。


 AIを用いたボール状のドローン兵器が40万機程……いつの間にか備え付けられており、次々にゾンビの頭部を銃撃と魔術で破壊してもいた。


 侵入される事も想定されて、屋内戦闘に限ってはAIとドローンを使う旨は前々から日本どころか米国内ですらも実用段階として量産が決定していた事であったが、その質は明らかに現在、飛躍的に上がっている。


『こちらに逃げろぉおお!!』

『善導騎士団のドローンが呼び掛けてる方に向かえ!!』

『走るゾンビだぞ!! 車を壁にしろぉ!! 橋を塞げぇ!!』


 屋内に逃げ込んだ先にもゾンビという事がある最中。


 それでも家のパニックルームや近隣のシェルターに逃げ込む過程で人々は次々飛来する空を飛ぶ鳥の影と円筒形のドラム缶のようなドローンが転がっていくのを見ただろう。


 ―――【こちらは、善導騎士団です。〇〇区の方は―――】


『騎士団のドローン!? 回覧板で出回ってたやつか!?』

『あちらから川沿いを逃げればいいって言ってるぞ!?』

『女子供が優先だ!! 道を開けろぉ!!』

『トラックに載せて運べ!! 大型車両で周囲を囲めぇ!!』


 一切止まる事なく。


 上空からゾンビを魔術らしい真空の刃で撃ち倒すソレと莫大な銃弾を周囲にばら撒きながらゾンビだけを撃ち倒していくドローンの軍団。


 これは言わば、魔術師技能による使い魔の操作。


 そう魔術の要領で行われた少年の第二の肉体の操作などのデータを下に運用される魔術師の【|DOT《ドローン・オペレート・タクティクス】。


 あらゆる領域に迅速に魔術師を派遣する為の医療用遠隔作業ドローンなどの運用に近しい魔術師技能の広範囲投射戦術であった。


 つまり、魔術師が用いる事で効果を発揮する視線誘導弾が使える。


 ついでに少年の魔導の導線を内蔵するソレは【黒翔】と同じように内部の弾倉をカートン単位で転移で補給しながら、撃ち続けられる。


『陰陽自ドローン強行偵察中隊3000機、屋内より街路に火力投射を継続』


『屋内戦闘はAIに任せておけ。肉入りは路地だ!! 収音率最大!!』


『東京二十三区内のゾンビ撃破数が40万を超えました!!?』


『何処かに転移で出て来てるのか!? まだ減った感じないぞ!?』


『現在、【九十九】のネットワークが敵出現ポイントを解析中です!!』


『転移小隊は関東圏、名古屋、関西、九州に向かえ!!』


『米軍と陸自から北海道と東北は任せて欲しいと!!』


『総理が良いって言うなら、構わん!! 近畿、中国にも早めに送るぞ!!』


『了解しました!! ただちに転移遊撃中隊各位を送ります!!』


 本来ならば、40万機なんて操るだけの人材はいないのでは?


 そう思うのが当たり前だろう。


 が、生憎と【九十九】を主軸にして現在日本全国に送られたシエラⅡ内臓の量産型量子計算機【百式】は実質的に魔術師技能をある程度は自立して管制する事が可能だ。


 要は魔術師技能を代替拡大する機械そのものでもある。


 陰陽自研の小規模なイントラネットや陰陽自の【C4IX】にも繋がるネットワークは並列化された時点で既存の量子コンピューターを軽々と上回る。


 AIドローンとネットワークのバックアップを受けたオペレーター達の大半は内勤で後方で働く者達だ。


 普段は経理や補給、施設の管理を行う者もまた自身の魔術師技能を視線誘導弾の運用に特化して爆発的に能力を拡大してくれる機械の支援されあれば、複数の機体の映像を処理し、ゾンビを駆逐する事は流れ作業であった。


 変異覚醒者達の多くも五感が強くなる者は多く。


 直接的な火力となる能力を持たなくても通常のHMDヘッド・マウント・ディスプレイなどで視線誘導弾を使う事は出来る。


 魔術師技能が無い為、かなり秒間の駆逐効率は落ちるが、それでも機械の支援さえあれば、魔術師の卵程度の仕事は熟せる。


 全感覚をドローンに送り、視線に集中する彼らは無防備だが、それこそ陰陽自や善導騎士団内にいるならば、問題は無かった。


『一般隷下部隊ドローンオペレート技能保有者は直ちに地下最下層へ―――』


『急げ急げ!! 一分遅れりゃ100人死ぬぞ!!』


『編成は事前通達通りだ!! 各位は持ち場となる地域の制圧を急げ!!』


『我々は屋外担当だ!! 一人当たり1km四方の街路を制圧せよ!!』


『個人担当のオペレート数は30機だ!!』


『60機の通常カリキュラムの半分だぞ!! 喜べ!! 笑え!! 簡単なお仕事だ!!』


『幼年部隊は騎士団本部の周辺地域制圧に出すぞ!!』


『小隊長は部隊内から選出する!! 中隊長は任意に編成し、3分で出撃準備を整えよ!!』


『ガタガタ震えてんのは部屋の片隅に放り込んでおけ!! 慰めてやる余裕は無いぞ!!』


『護衛は出せん!! フル装備で出撃させろ!! 生半可な事じゃ死にゃしない!!』


 一般隷下部隊4万人の内、2万弱が内勤の者達であるが、彼らは普段からの訓練通り、ゾンビを撃ち殺す機械に精神を投射し、視線を凝らす間も被害は確かに広がり続けていた。


 地下最下層ブロック内のコントール・ルームと呼ばれるドローン・オペレート専用の乗り込み型ゲーム筐体のような座席に座っている姿は正しく異様。


 しかし、それ無くして今の日本中のゾンビに対抗する術は無かった。


 そんな一角から階層を上がる毎に騒がしくなっていく騎士団本部の階層は今や出撃する部隊員と後方のドローン・オペレーターとHQの人員に三極化され、次々に自分の仕事現場へと掃けていく。


 海辺暮らしが似合う水生系ののほほん変異覚醒者達すらも本日はドローンを操作する交代要員なり、現場に出向いて専用の浮遊ホバーするボードの改良版に下半身を包み、地表を滑るお魚系騎兵となって走る状況だ。


 彼らは【黒翔】や【黒武】などを使う部隊とは違い。

 携行する銃弾にも限りがある。


 それを補う補給部隊は現場ではなく地下最下層の儀式上横の制御室で転移座標に弾薬のパッケージを送る作業が忙しい。


 少年の精密な転移を用いる部隊とは違う為、補給にタイムラグは出るが、それでも東京中に放射状の拡散を見せる部隊はシェルターへの避難経路やゾンビの多い地域を次々に制圧し、何処から湧いているのか分からない無限にも思えるゾンビ相手に斬った張った撃ち殺したと元気な様子だ。


 視界さえ開けていれば、ゾンビが喰い付かれそうな相手を優先的に援護して、逃げ切らせる事が出来る。


 同時にゾンビに重症を負わせられた人間にもMHペンダントを掛けて回る事でゾンビ化を抑止する事も出来る為、完全にゾンビ化した以外の多くの人々が保護されて、制圧下の地域のシェルターへと駆け込んでいく。


『こいつら数だけはッ!?』

『子供型にも容赦するな!! 生きてる奴が優先だ!!』

『近隣の児童養護施設からの応援要請です!!』


『良し!! ドローン部隊に制圧維持を任せて、1小隊を抽出し、応援に当てる!! 第3小隊はただちに現場へ急行せよ!!』


『了解しました!!』

『このぉおおおおおおお!!?』

『邪魔だぁ!! 退けぇえええ!!!』


『これより車両を投棄!! 都市を踏破せよ!! 訓練の成果を見せて見ろ!!』


『た、隊長!! 新たに全周囲に敵約4000体!!』


『フルオートを解禁!! 2分で片付けろ!! あちらは三人で現場を保持しているらしい!! 子供達を迅速に保護し、シェルター内へ誘導せよ!!』


 単なるゾンビには戦術も無い。

 同型ゾンビ達程の能力も無い。

 だからこそ、数だけならばいる。


 が、例え魔力や弾丸が尽きて疲労で動けなくなってすら、まったく彼らは安全と言えた。


 1000体に囲まれようと彼らの装甲には傷一つ付けられるものではなく。


 今ではスーツの硬化機能から齧り付かれてもまったく痛くも痒くもない。


 つまり、孤立化しても生き残る事は出来る。


 無論、周囲の一般人が死に尽くしてもいいのならば。


 何処も彼処も対処に追われる最中。


 中国地方に展開していた包囲部隊もまた最低限の現場保持用の戦力を残して大部分が市街地や山間部などの避難へと動き出していた。


 EOE部隊は出撃していく大人達を背後に内部からの攻勢に備えて誰もが狙撃位置に付いている。


「今、日本中が襲われてるってのにオレ達は……」


 部隊のムードメーカーな少年が唇を噛む。


「アンタが出て行ったって何が出来るのよ」


 横で少女が呟く。


「そうかもしれねぇけど……」

「12時方向にZ集団を確認―――何だ?」


 いつも通り狙撃していた子供達が困惑する。

 夕闇が近付く最中。

 その黄金に染まり始めた空の下。

 山が影を創る道の先。


 BFC側ではない同型ゾンビ達が規律だった行動で彼らに見向きするでもなく。

 次々に道を創るように左右へと整列しながら彼らの包囲陣地の前に真横を向いて向かい合わせとなって膝を折り始めた。


 その道の先。


 山の影から歩いてくる人型を残された部隊の一部が目撃する。


 魔族と思われる山間部の赤鳴村で老人達に治癒術式を施していた男。


 擦り切れたような風貌。

 顔付も鋭い灰色の角持つ相手。

 ソレが確かな足取りで近付いて来ていた。


 現場を任されていた部隊の指揮官には予め大陸共通言語が教育されている。


 すぐに誰何と止まれという制止の声が響いた。


 その途端、ギョロリと何かに見られたような感覚をその場いない包囲部隊の者達すらも感じた。


「?!」


 陰りゆく世界。

 山間の影が濃くなる。


「随分と手こずっているようだな」


 男がそう口元を歪める。


「まったく、為政者が国民を護れぬようでは……この国も文化は良いものを持っているが、二流と言ったところか」


 一般隷下部隊の部隊長は既にこの情報をリアルタイムで陰陽自や善導騎士団の上位意思決定者達に流している。


 だが、あくまで語り掛けられているのは自分だと理解する故に……堂々と陣地から一歩踏み出し、その近付いてくる影の前に立つ。


 子供達はその背後。

 自分達の前に立つ大人。

 その横顔に僅か汗が滲んでいる事を知った。

 声は集音され、ちゃんと届いている。

 何か言葉を返さねば、相手の意図も測れない。

 変異覚醒者として3か月目の40代の男。


 元中小の電気工務店勤務のサラリーマンだった男は冴えない中間管理職という風体だが、それでも子供達を後ろに……聞かされていた相手のスペックを思い出しながら、緊張した面持ちでその男を見つめる。


「魔族の方とお見受けします。我ら善導騎士団にどのような御用でしょうか?」


「ほう? 冴えない男が意気軒昂ではないか。後ろの子供達がそんなに大事か?」


 男の声はまだ遠いにも関わらず、周囲の者達全てに聞こえた。


 そして、その姿はフッと消えてすぐに男の数m前に現れる。


「ッ、我が国でも子供は古来から国の宝と申します」


「フッ……建前だけでも立派に言い切って見せる事は評価しよう。それが己の国の子供でないと知っても命を掛ける覚悟くらいはあるか。いいだろう……貴様を窓口として認めよう」


「窓口。我々と何かしらの意志疎通を図りたいと?」

「上の連中に伝えろ。黙って見ていろ、とな」

「何を―――」


 夕闇が近付く世界に男はクククと笑む。


 それは相手への嘲笑でもなければ、目の前の無知な男への哀れみでもない。


「ヴァルガ、ヴェルガ」


 男が瞳を閉じて呟く。

 すると、その周囲一帯の空気が明らかに変質した。

 一瞬、トリガーに指を掛けた者達が多数。


「撃つな!!」


 しかし、最初から自分達が目の前の相手の敵にはならないと知らされていた男は厳命する。


「利口だな。オレの使い魔は狂暴でな。攻撃する者には容赦せん」


「使い魔―――」


 現場の誰もがそれらしき反応が一斉に自身の持つ術式や魔力の計測反応を表示する機器に現れるのを見て、一体何処からだと周囲を見渡す。


 だが、姿は見えず。


 しかし、まるで声の低い男が呟くような低音の意味不明な音色が周囲に響き始める。


 それが魔術言語の中でも圧縮言語。


 音声詠唱用の通常の人体には発音不能の術式の一形態だと理解する者は未だ部隊の中にも無かった。


「ふむ。【攻国魔術マギア・レギオレム】の一種だな。ならば……」


 男が虚空を見る。


 するとバサリと黒鉄の翼が背中に空間へ滲むように現れ、羽ばたいた。


 ソレは金属の骨格の連なりのようにも見える。


 しかし、捻子くれた歪む形は不定形で高熱で溶かされた鉄をも思わせるものだった。


 高速で上空400mまで上昇した男は久方ぶりに運動でもしようかと己の使い魔に指示する人差し指をスゥーッと水平に動かした。


 途端、獣の吠え声を数百数千重ねたような劈きが空を割った。


「な?!!」


 周辺の都道府県4県に展開していた全ての部隊がさすがに目を見張った。


 世界が夜に染まったのだ。

 いきなりの事であった。


 あまりの出来事に驚く彼らの中でも夜と昼の境目にいる者達は更に知らなくて良い事実を理解してしまう。


「嘘、だろ……」


 中心域では分からない事実。

 それはたった一つの真実。

 夜が来たのではない。

 空に日差しを覆い尽す天蓋の如き何かがいる。

 たった、それだけの事であった。


 中国地方の4県を完全に覆い尽す巨大な黒い何かが円形に空へ陣取っていた。


「さぁ、久しぶりの飯だ。前の戦で疲れているだろう。好きなだけ喰え」


 ―――【こんなのありかよ……ッッッ】


 誰かの絶望を声にすれば、そういう事であった。

 黒い夜空に単眼の紅き瞳が無数に開いていく。

 それは夜を埋め尽くす勢いで増え続け。

 赤光はただ輝く投影された幻想にも思える。


 が、その内の一つからスルッと紅い瞳が地表に紐のように伸びて降り立ち、駆逐されたゾンビ達の群れの一つの上にユラッと漂うと。


 カパッとその戯画染みた瞳孔を開いて乱杭歯のようなものを内部から覗かせると……ドチュッと生々しい音を立てながら、死体を貪り始めた。


『く、喰ってる!? アレは瞳じゃない!!? く、口なのか!!?』


 それを見ていた部隊の大半が喉を干上がらせる。


 だが、その一つ目の瞳を皮切りに黒き夜が到来した世界に今度は紅い雨が降り注ぎ始めた。


 触手のようにうねりながら、駆逐されたゾンビも動いているゾンビも区別なく瞳で喰らい付き、啜り上げるように内部に呑み込んで、肉と骨と血を磨り潰す音を立てながら、ゴクリゴクリと音をさせて飲み干していく。


『の、飲んでる?!』

『この数は―――』


 その輝きの雨の一つが何もない空間にブチ当たって、瞳……否、口を細めたかと思うと。


 グシャッと瞳全体から牙を剥き出しにして、その虚空に突き立てた。


 刹那、ブチュッと肉と肉が擦れるような音と共に空間に刃が捻じ込まれ、内部から景色を割り砕くように何かを引きずり出していく。


 それは……巨獣。

 そう呼べるような化け物だった。


 腐肉で構成された六つ脚と下部胴体は蟲か馬染みて、その上にある胴体は人型ながらも背部に9本の腕らしきものを備え。


 全ての指は何処か像のような太さの蹄のような形。


 捻じれた四肢は歪んでいたが、ブヨブヨと弾力に富み。


 顔は完全に乱杭歯に覆われて、逆に仮面の如く反り返った牙が頭部までも覆い尽し、口の漆黒内部を覗かせている。


 胸元にも口らしきものがあり、同じように反り返った牙が鎧染みてXの字を描くように肉体を防護する装甲のようなものと化している。


 大きさは約30m。

 ビル程もあるだろう。


 だが、その明らかに人類が相対するには正気も気力も削れそうな怪獣というよりは破滅の使徒と呼べるようなモノが……腹部に赤い輝きの紐の先から伸びる乱杭歯で喰い付かれ。


 もがきながら体内の質量を吸い上げられている様子で弱っていく。


 血肉の通った四肢が次々に痩せ衰え、皮ばかりになったかと思うと。


 紅い紐に吊り上げられていった。


『ひっ?!』

『う、うぁ……ぁあ……ッ』


 その様子は正しく人類の想像を絶してトラウマものだろう。


 巨大な人類の敵と断じられる邪悪な何かが、更に巨大なものの一部によって夜を生み出す天空の紅い瞳の群れの奥へと没していく。


 血肉の一滴すらも漏らさぬような殺到。

 紅き瞳の乱杭歯。

 その群れの中にソレは沈んだ。


「嘔え!! 生憎と酒は無いがな!!」


 主の声に応えてか。

 口笛のような涼やかな音が人の耳に届く。

 荒涼とした野や夕日の沈む砂漠に相応しい。

 何処か物悲しく。

 おどろおどろしい恐怖を掻き立てる音色。


 とても澄んでいるソレは確かに意志が無ければ、奏でられないもの。


 だが、それに知性があると認めれば、人は正しく正気ではないかもしれない。


 人類など瞬時に食らい尽せるだろう威容。

 正しく、世界を侵食する何か。

 次々に空間を超えて、巨獣が何体も瞳の生贄となっていく。


 やがて、10分もせずに中国地方ではゾンビの発生件数が0を記録し、黒い何かも跡形も無く消え失せ、空が束の間の悪夢を終わらせた。


「これが、高位魔族の力……我々人類はこんなものと相対せねばならないのか……」


 絶望的な差を前に未だ空の中二病患者を見上げる部隊長は自分を見下ろす者がニヤリとして山奥の村に虚空を歩いて帰っていく間も指揮を忘れて呆然としている事しか出来なかった。


 中国地方での状況収束後、派遣された部隊の多くは喜べないままに関西圏と四国、九州へ高速で向かう事になるのだった。

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