第132話「灯」


「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒット。ヒット。ヒット」「ヒッ―――」


 中国地方の一区画。

 現在、人が巻き込まれた唯一の区画。


 赤鳴村と呼ばれる小さな村落の周辺数kmをグルリ囲むのは善導騎士団、陰陽自、陸自の包囲部隊であった。


 現在、中国から九州に掛けて6つの包囲地域が存在している。


 そのどれもが今では超危険地帯であったが、殆ど民家も疎らな地域ばかりだった事が幸いし、少人数を逃がす事で封鎖は完了。


 しかし、各地でBFCは元厚労省管轄の施設を占拠後に陣地可。


 今では陣地からの滞空迎撃によって周辺空域にはドローンすら飛ばせなくなっている。


 東京を消し飛ばそうとした敵の一撃を警戒して潰せなかった陣地は今やゾンビ兵の巣窟と化しており、唯一魔族側のゾンビと敵対している場所である赤鳴村だけが内部に人がいながらもBFCの脅威から逃れていた。


 が、無限に溢れて来ると思われるゾンビ達の激闘の横で迷い出て来るゾンビもおり、それを次々に打ち殺す狙撃部隊は出番となっていた。


 結果として善導騎士団が使うでの狙撃訓練が毎日ローテーションで3時間交代で60ユニット分も行える有り難い場所として活用されている。


 何せ実戦である。


 陰陽自からも善導騎士団からも陸自からも大量の狙撃部隊志願者と狙撃能力を養ってこいと言われた連中が千人規模でゾンビの撃ち方を研究していた。


 不規則にワラワラ大量にやってくるZに向けられる銃口は多数。


 消費される弾丸は毎日40万発前後。

 実弾訓練の費用は全て少年の錬金技能で賄われている。


 まぁ、死体処理が面倒な為、少年の導線と死体処理用の地表走行型ドローンが連携して毎日毎日片付けているのだが、すっかり周辺はどす黒い同型ゾンビの血で染まり切り、雑草すらも心なしか黒くなっていた。


「クローディオ大隊長。僕らの持ち場は何処でしょうか?」


「ああ、お前らは一般隷下部隊枠だ。日本語も習っとけ。コミュニケーションは取れるな。相手も英語は分かるから安心しろ」


 そんな場所にまだ十代前半や小学生程度の外国人の子供達がワラワラとやって来た時には多くの関係者が一般隷下部隊かと物珍しそうに見ていたが、それは違う。


 彼らはロス、シスコ側の善導騎士団の入隊者。

 騎士見習いの更に下。


 卵の卵という意味で『Egg_Of_Egg』略してEOE部隊と呼ばれていた。


 幼年者というにはもうそれなりだが、まだまだ見習いにも遠い。


 だが、それでもいつロスとシスコにおいて大規模なゾンビの襲来が起こるかも分からない。


 故に重火器の扱いだけは必ず覚えさせる事が決定しており、彼らの大半はこの包囲状況下で実際に同型ゾンビを撃つという訓練を行う為に日本の山奥まで来ていた。


 ベルと東京本部で出会った少年少女達が正にこれに当たる。


『ふぅ。最新のヒューリア時報で確認したけど、家族って姉妹の事だったのか』


『すげー焦ったじゃねぇか。でも、姉妹って事はカワイイんだろうな』


『オイ。コレ……( ̄д ̄)』

『あ、これ、まさか?(´▽`)』


『ふふ、善導騎士団の緋祝御姉妹応援隊の隊員とか言う人に貰った。同志だからって』


『ど、同志!! 此処にもヒューリア姉ーちゃんの事を思う奴らがそんなに……』


『うぉ?! 姉!? しかも、お二人ともその……凄く……(ゴクリ)』


『で、でっけぇ……それにか、カワイイ……(*´ω`)』


 一応の戦地。


 更に死ぬ危険性も含めて十分に事前訓練とレクチャーを受けた一行はようやく現場まで帯同が許され、自分の身体に合った実銃。


 ベルと陰陽自研謹製の幼年者用の重火器。


 威力よりも反動と重さを限界まで低減する事に重きを置いた通常火器の小型化ダウンサイジング版を手に現場の後方まで来ていた。


 その光景に銃を子供に持たせる事への抵抗感から日本人は何とも言えない顔になり、陸自の元国外の軍事組織出身の者達は遂に日本国内でも子供兵、少年兵を見るようになったかと複雑ながらも己の手に僅か力を込めた。


 全ては大人達の力不足。


 それが例え、ロスとシスコからやってきたという事実があろうと。


 本来は幼年者にまで銃を持たせるなんて良心的にも倫理的にも常識的にも先進国の現代社会ならば、あってはならない事だ。


 彼らはその思いを再度胸に刻む。


 それとなく彼らの周辺の大人達が緊張感を持って周辺警戒に力を入れる姿はまだ子供達からすれば、大人達に『子供がこんなところに来るな』という類の無言の圧力ではないかと不安になるものだったが、彼らを引率する騎士見習い。


 いや、もう騎士(卵)と呼ばれるようになった異世界から転移してきてずっと訓練漬けであった少年少女達の一人は『君達を護ろうとしているんだ』と小声で彼らに伝えて安心させた後。


 クローディオに言われた通り、現場の一角へと50人程を連れて向かう。


『ヒューリア姉ーちゃんにこんなお姉さん達がいたなんて……』


『ふふ、君達……彼女達はだそうですよ?』


 ―――『ナ、ナンダッテー(>_<)』×一杯。


『ま、まさか?!! 魔法少女!! 魔法少女か!? 変身しちゃうのか!?』


『YES.YES.YES』


『くぅ~~~ッ?!! さ、さすが、ヒューリア姉ーちゃんの妹さん達!!』


『変身前の写真がこちらです』


『―――お、オレにはヒューリア姉ーちゃんという人が!!』


『おや? まさか、同志はヒューリア=サンから妹様達に乗り換える気で?』


『そ、そそ、そんな事ぉ!? オレは今もヒューリア姉ーちゃん一筋!!』


『………ねぇ、また男子がキモイ顔でハァハァしてるんですけど』


『うん。あいつら、今日のディナーはピーマン漬け確定ね(*´ω`)ニッコリ」


 彼らは特に優秀な者を集めたEOE-01Unit。


 この状況を用いた訓練の試金石となる者達であった。


 会話は微妙にお気楽なのだが、その身のこなしも持っている蒼い重火器も全て本人の一部にはなっている様子が見れば、分かるだろう。


 どれだけ幼くとも、ゾンビと隣り合わせの世界に生きて、ハンター達の様子や街の守備隊を見て来た彼らには安全国と呼ばれる国で育った子供達ともまた違う精神性がある。


 人が軽く死ぬ世界ならばこそ、笑顔を絶やさず。

 他者が明日死ぬ世界だからこそ、その触れ合いを大切に。


 それはロスでもシスコでも周辺地域の子供達に教会のシスターがよく言っている事であった。


 例え、倫理的に許されずとも、命を掛けて生き残ろうとする者が悪なわけもない。

 そう彼らを送り出した育ての親達も同様だ。


 学校なども行っていた彼らにとっては正しく本当の親にも等しい神の信徒は道徳も倫理も正義すらも崩壊した時代にあって……他者の生存を願って銃を取る兵隊が死んでいったのを目の当たりにしていたからこそ、子供達に今銃を取る事を許した。


 彼女達の一人は彼らへこう言った。


『貴方達に神と騎士の御加護を……情けないお母さんでごめんなさい』


 孤児院の上の子達が全員志願した日。

 ロスの担当者。


 バウンティーハンター達を束ねる女傑と騎士団の副団長との魔術具による話し合いが終わった後。


 子供達を前にそう涙を浮かべながらも笑顔でシスターの一人は孤児院出の彼らの一部を抱き締めた。


 その言葉を聞いて、共に泣いた彼らだからこそ、決して鍛錬を怠る事は無い。


 訓練に手を抜く事も無い。


 彼らを中核とした01の誰もが規律を疎かにせず。


 故郷の自分達よりもまた下の子供達を護り、大人達の次の盾として己を鍛える。

 これこそが悲劇だと言う大人は大勢いた。


 が、その姿にまた襟元を正した守備隊や数多くの大人の見学者達もいただろう。


『オイ。あの部隊……』


『ああ、そう言えば、ロス、シスコからも狙撃訓練に部隊が派遣されてくるらしいって話だったな』


『あの背丈……現地は慢性的に戦力不足なのは知ってたが、あんな年齢の子まで……』


『騎士団が面倒見てるそうだ。そこらの自衛隊よりよっぽど生存率は高いだろう』


『まぁ、そうかもしれんが、騎士団は子供を戦場に駆り出す気なのか……』


『いや、彼らが戦うのは最後の最後の最後だ。民間人に混じって避難し、民間人の防衛任務に就く事が決まっているらしい』


『後方の最後の護りという事か』


『人類の全滅を避ける為の方策だってハナシだったか。もし後方が瓦解しても彼らが生き残れば、人類の存続はまだ可能。そういうなんだと』


『使われない事に越した事は無い保険か』


『我々の結果次第だ。人類を救えなければ、一番最後に死ぬのが彼らだ。我々大人が最後の盾となれるよう頑張れればいいが……』


『……そうだな』


 大人顔負けに泥に塗れて行軍し、ゾンビ型ゴーレムを相手にシミュレーションだからと泥臭い消耗戦や遅滞戦闘を演じ、負傷者や後退する部隊、民間人保護の為に延々と盾になってゾンビの大群を食い止める。


 これがもしも普通の兵隊ならば、まだ熱心な若者達という意見で済んだ。


 だが、まだアニメやゲームでも見ているような子供達の背中がゾンビとの戦いで蔓延した諦めの感情を吹き飛ばした。


 北米で潰えていった民兵達の背中をまた……今度は子供に演じさせようとしている自分達の無力さが情けないからこそ、北米でも人々の気持ちはゾンビとの戦いに再び向き始めていた。


 畏れではなく、恐怖とそれに抗う意志を持って、鋼の如く。


「今、夕食の話をしてなかったかい?」


 少年少女達がフル装備で狙撃ポイントに向かう途中。

 道案内していた騎士(新米)が横を向くと。


 いつの間にか長身でかなりの爽やかで優し気な笑顔の二枚目なイケメン日本人が陰陽自用のデフォルトスーツと装甲にエプロンを身に着け、お玉を持っていた。


「貴方は?」


「いや、失礼しました。食事の話が聞こえたもので……此処で現在料理番をしています。加賀谷芳樹かがや・よしき一曹です(キラッ☆)」


 変な日本人に絡まれたな、という感想を持ったEOE部隊の面々であったが、悪い人じゃなさそうだ、とも思った。


 料理の匂いをさせている人間にそう悪い人間はいない。


 そして、少なくとも丁寧な仕事を心掛けているのだろう事はエプロンに沁み一つ無く、漂わせている香りが穏やかであれば、大抵は外れない彼らの常識の一つであった。


「実は現在、実地研修中でして。一人で皆さんの行くポイントでの食料の配給を全て手掛けています。個人でどれだけの人間に食料を配給出来るかの試験的な試みを行ってまして。魔術具の運用ノウハウや効率的な配膳など、色々と試しているんです」


「では、今夜の昼食は?」


 騎士(仮免)の言葉に加賀谷が頷く。


「ええ、まだレーションに頼るような状況ではありませんし、僕が創らせて頂きます。ポイント後方の配給所併設の幕屋食堂に来て下されば、深夜2時までは色々造りますので」


「そんなに遅くまで?」


「ええ、兵士の仕事に時間帯が関係無い以上、同行する料理人にも相応の状況が適応されますので。夕食も夜食もお創りしますよ。明朝の食事は8時です」


「分かりました。ポイントでの訓練後、寄らせて頂きます」


「はい。それで……」


 加賀谷が後ろを振り返り、自分が乗って来ていた野戦食運搬用らしい二輪のサイドカーからドサッと紙製チューブ型のレーションらしいものが大量に取り出され、全員に配られる。


「現在、試験中の糧食なのですが、狙撃の合間の小休憩の時にでもどうぞ。各種の鶏肉、豚肉、牛肉を加工したもので、味も其々に10種類程あるので食堂に来た時にでも感想をお聞かせ願えれば。あ、包装はそこら辺に捨てても自然分解で数か月後には無くなるタイプなので環境にも安心なんですよ」


「ありがとうございます」

「いえいえ、これも仕事ですから」


 キラッと歯を煌めかせた爽やかで優し気な長身のイケメンのオーラにウッという顔になった少年達はともかく。


 少女達はちょっと頬を染めていた。

 そうして彼らは狙撃ポイントへと向かう。


 全員が規定の400発近くを撃ち終えた頃には後方でチューブの端を切って肉のパテをチューチューと絞り出すように食べる子供達が量産されるのだった。


 *


 日本上空。


 航空自衛隊のF-35の編隊が今日もマルチロールな万能型戦闘機の能力を発揮して、遠方から目標をミサイルのロックオンと同時に発射。


 目標を撃墜―――出来ていなかった。


『ケツに付かれた?!!』

『クソ!? 降り切れないッッ!!?』

『機銃が当たらないって何だよ?!!』

『ミサイルより速い?!!』


 編隊は12機編成で練度も申し分ない歴戦の空飛ぶ兵隊。


 しかしながら、未だ午後4時の空にはマルチロール機の哀しい性。


 制空戦闘が脆弱という事実が露呈している。


 F-22程ではないにしても、この十数年でF-35の空戦能力だって上がっている。


 だが、それでもまったく相手に遊ばれていた。


 視認出来る程の至近にまで近付いて来られ、それまでにミサイルの大半は迎撃されて、今度はドッグファイトなんて事になったわけだが、機銃がロックオンして絶対に当たるタイミングで射撃したというのに……相手の慣性を無視した機動で瞬時に避けられ、逆に自在な方向に打てる銃撃の餌食となっていた。


 それも相手からの射撃は1機1発限り。

 ついでに仲間がやられている最中。

 攻撃動作中の隙に狙い撃った猛者もいる。

 が、弾丸はわざわざ盾で弾かれた。


 本来ははずなのにだ。


 余裕どころか。


 完全に弄ばれているパイロット達だったが、この勝負染みた事を提案したのは彼らだ。


 幾ら善導騎士団が超常現象染みた相手だろうと空の上で未だ最新鋭の座は譲らないだろう3年毎にアビオニクスもアップデートしている完全に当初とは別物のF-35Jならば、撃墜まではいかずとも手傷くらいは追わせられるだろうという自負があったのだ。


 だが、その鼻っ柱は折らなくてもいいのに折られた。


 全機撃墜。


 演習終了という文字がコクピット内部のキャノピーと一体化しているモニターに投影される。


 相手はそんな彼らに虚空でお辞儀までしてから、彼らよりも早く基地の滑走路脇にある倉庫の横に垂直着地した。


 そうして十分程で全機が戻って来た時にはいつも彼らの機体を完璧に仕上げてくれるメカニック達が海のものとも山のものとも知れない陰陽自から戦術研究用に貸し出されている【痛滅者】を見て、繁々と数枚のレポートと睨めっこし、大きく唸ってあーでもないこーでもないと議論を戦わせている。


「で、どうです。そのアニメ兵器」


 全員でやって来たパイロットの一人の言葉に50代の主任技師が肩を竦めた。


 民間から派遣されてきた【痛滅者】のパーツの製造の一部を担う事となった大手大企業の一人だ。


 だが、彼は運用面での話は任されているが、聞いた事も見た事も無いシステムを本社の上から説明されて、送り込まれただけの男であり、白衣を着ていなければ、ただのおじさん。


 いや、今ならば白衣を着ていてすら、普通のおじさんに違いなかった。


「どういう原理で飛行してるのかは分かった。どういう理屈で推進してるのかも分かった。どういう原因で慣性が制御されてんのかは何となく理解した。アビオニクス関連は門外漢だが、仕様書的には航空機ってカテゴリじゃねぇな。こりゃ」


「どういう?」


 白衣姿の冴えない白髪が混じる髪が微妙に剥げた男はパイロット達に向き直る。


「まず、こいつを動かしてるアビオニクスは正確には既存のソレじゃねぇ。魔術ってヤツを科学的に解明して記述したプログラム言語みたいなもんを使って、純粋波動魔力っつー新しい燃料を操作してる」


「燃料を操作?」


「あ~~魔力の説明は省くぞ。オレも完全にゃ分かってないからな。とっつき易く言うとだな。こいつは魔力って燃料であると同時に情報伝達を行う回路染みたもんも形作れる万能エネルギーを消費して重力を軽減する合金で浮かびつつ、普通の運動エネルギーで推進する」


「な、何とか分かりますけど」


「道具の方にオンオフのスイッチの機能が付いてて、プログラム言語の塊であるアビオニクスみたいなもん。専門用語で言うと術式。正確には【魔導機械術式ハイ・マシンナリー・クラフト・コード】っつーもんの塊で人間の動作や精神に反応して空で動きを微調整してる」


「精神? 機械が人の精神状態を見てるって事ですか?」


「ああ、それで機敏に使用者のしたい機動を察して事前にその動きをする為に必要な推力や機動中の空力的な物理現象に魔術や現代科学的なアプローチで干渉して、無駄にオカシな機動を可能にしてる」


「何かスパコン積んでるって聞こえるんですけど」

「量子コンピューターだって此処まで小さくねぇぞ?」


【痛滅者】の腕が手の甲で叩かれようとしてツルリと滑った。


「おっとと」

「そういやツルッツルですね。その機体……」


「摩擦が限りなく0になる塗料とやらが塗られてやがるからな」


「もしかして空気抵抗とか……(・ω・)」

「ああ、殆ど受けない仕様だ」


 男が肩を竦める。


「つーか、音速を越えてもガタ付かない。装甲表面や自身の周囲に真空を生み出す超高速モードだか使ったら、塗料無しでも宇宙並みに加速出来る」


「真空を生み出す、ですか……」


 さすがに門外漢な男達でもその言われた事の凄さは理解出来た。


「通常の航空力学的な考え方で言うと。この人型は空飛ぶ機械じゃない。空力なんて何も知らん奴が《重力を扱う原理》に手が届いたから、浮かばせて空気抵抗を全部ぶっちぎって、推進力ぶっ込む装置を考えただけだ」


「つまり、見たまんま。空飛ぶ羽根つき鎧なんですか? こいつ」


「そういうこったな。だが、恐ろしいのはな。最低出力が推定150万馬力以上とか、超高速で直角や鋭角に曲がりながら減速無しで加速する変態機動性とか、ノズルも無ぇのに全方位360°何処にでも推進力を噴射する技術とか、重力を操る未知の超合金で未だ人類が実態の把握に到達してない論理の一つであるグラビトンやらグラビティーノを操作する理論とか、相対性理論で説明が付かない慣性を操る術式とか、魔力とかいうよく分からん万能エネルギーの方じゃない」


「今の聞いただけでお腹一杯ですよ。こっちは(´Д`)」


 普通に考えて、如何に彼らが俊英の空自の現代戦主力な尉官、佐官達だろうと確実に脳髄も知恵熱寸前なオーバーキル単語が山盛りである。


 重力を操作したり、慣性を制御したり、言われただけでもうSFにしか出て来ない単語なのは嘗てならば常識なのだ。


 今ですら、まだ善導騎士団などに世間が侵食され切ってないのだから常識であろう事は疑いようもない。


「問題なのはこいつがたった一点において黙示録の四騎士に打撃を与えられるような兵器だって事なんだよ」


「―――どういう事です?」


「こいつは仕様上、秒速キロ単位の速度で敵へ正確に肉薄出来る兵器だ」


「それはつまり……」


「空飛ぶゾンビの親玉がスゲー機動力で攻撃を回避しまくりだったりするのは知ってるな? だが、こいつはその動きに付いていける。ついでにその装甲を食い破れる兵器が搭載されてる」


「さっきの小銃ですか?」

「いいや? こいつの全身だ」

「全身?」


「お前も言ったようにこいつは空飛ぶ鎧なんだ。超高速で動く相手に適度な距離感を保ちながら、相手の攻撃を装甲で受ける前提で防御面のシステムが組まれてやがる。そして、航空戦闘でならば、至近距離と言える絶対撃ち落とせるだろう距離で常に相手へ火力を集中投射する」


 男達が全長3m弱の黒い機影を見やる。


 善導騎士団と陰陽自が正式採用機をロールアウトしたついでにそれまでに何機か試作されていたものを少し手直ししたという機体は本家とは違い黒で統一されていた。


 脚と手を突っ込んで動かす腕と翼と脚が一体化したようなディティールは人間が乗る事でようやく全体的なシルエットが完成する。


「だが、火力の投射が本命じゃない。何故かって言うと。こいつの能力で一番高いのは防御力だからだ。こいつに搭載される、搭載可能な兵器は全てこいつの防御を突破出来ない」


「―――なら、最も強い兵器はこいつ自身?」

「そうだ。こいつの開発運用思想は決闘。いや、決戦兵器だ」

「この時代に決戦兵器(T_T)」


 胡乱になる男達が首を傾げる。


「この遠距離戦闘がスタンダードなご時世に最強の鎧で殴り合えば、あの理不尽なゾンビの親玉相手に


 誰もが息を呑んだ。


「それって……ガチンコで殴り合えってこってすか?」


「はは、馬鹿みたいな話だろ? こいつは数で囲んで棒で滅多打ちにして叩き殺す。人類の原始的な戦術を押し通す野蛮人も真っ青な兵器って事だ」


「そんな……冗談抜きで棍棒とか送られてきた兵器にありますか?」


「ある。が、さすがにな。相手が武器持ってるんだ。こっちも持つだろ?」


 言わんとしている事を白衣の男の視線に先に彼らが認める。


 大小様々な刀剣類だった。


 人が持つサイズもあれば、人が持てないだろうサイズのものも大量に30本程がトレーラーから卸されたコンテナ内のハンガーに立て掛けられている。


「防御面の殆どはシステムが代替してくれる。逆に攻撃面や回避面の決断はパイロット任せだ」


「つまり、攻撃や回避に専念出来るって事ですか?」


「ああ、通常戦闘はそれが殆どになるはずだ。問題はこいつが本来戦う事を想定している超常の存在……黙示録の四騎士以外ではBFCや高位魔族と呼ばれる連中だ。こっちもその時は完全武装で最初から騎士団や陰陽自が使ってるスーツに装甲が必要だろう」


 陸自、空自、海自には陰陽自を通して、もう世間一般でも知られ始めている魔族の情報やBFC製ゾンビのデータは既に流れて来ていた。


「そいつら相手には防御も意識しなきゃならないと?」


「善導騎士団のマニュアルというか。戦技研究資料が送られてきたが、高位の存在が本気で攻撃すれば、こいつの装甲は抜かれるらしい。だが、こいつの攻撃力をフルで発揮させれば、相殺くらいは可能なはずだって事も言われてる」


「攻撃は最大の防御って事か……」


「そうだ。また、射撃が相手に至近ですら当たらない場合や敵の間接防御……見えざる障壁。魔術的には方陣防御と言うらしいんだが、ソレがどんなに分厚くても突破する事が出来る刀剣類でも相手の攻撃が魔力を転化中の事象なら切り払ったり出来るんだと。そこらへんは自分達でデータを見といてくれ」


 男達は自分達とは違う戦場フィールドで使われる装備に撃墜された事。


 いや、をようやく理解するに至る。


「正しく。こいつは騎士の装備だ。ああ、間違いなく。遠距離からの攻撃を耐え切る装甲なんてそれ以外にない」


「騎士鎧。痛みを滅ぼす者……ペイン・バスター……こいつはオレ達の痛みを滅ぼす兵器って事か……本当にアニメだな……」


「相手を寄せ付けない強力無比な射撃兵装を積んでる癖に人間の反射が追い付かないような速度が出せて、一度でも近付けば、敵の防御を力と数で突破する。空飛ぶ騎士以外に誰が使うんだよ。この航空力学の欠片もない浪漫マシマシのガラクタ」


 男達の一人がそれが何を模して造られたのかを理解したような顔になる。


「黙示録の四騎士……連中の力に似ている、のか?」


「そういう事だ。善導騎士団と陰陽自はこいつを大量配備しての決戦を考えてるはずだ。一人でも相手の懐に潜り込んで必死致命の一撃を当てて、相手が無防備なところに射撃を飽和させてやれば、確実じゃなくても可能性はあるだろうな」


「オレ達、航空機パイロットなんだけどなぁ」


 ガシガシ頭を掻いた男達は半笑いだ。


「だが、聞いてるだろ? 今現在、日本の保有する航空機や艦船。その中でも旧式や時代遅れになりつつある機体や船体がブラッシュアップされて各地に卸されてる。こいつに乗るのは新米パイロット連中になるだろう」


「そういや三沢のF-2の改修機がもう飛んでるらしいが、どうしてF-35とかじゃないんです?」


「連中、どうやらまずは昔の機体で性能テストや機体のブラッシュアップのノウハウを蓄積してるみたいだぞ。航空機産業の開発陣が軒並み陰陽自研に行ったらしいしな」


 そこまで言い終わった白衣の男が背後を見やる。


「今日テスト飛行してくれたのは選抜された奴じゃない。善導騎士団で軽くレクチャーされた一般団員だそうだ」


 言葉通りか。


 善導騎士団のデフォルト・スーツに装甲を付けた20代くらいの男がペコリと彼らに頭を下げてから、何やら書類を倉庫内のメカマン達に手渡して、自分はこれでと倉庫の裏手の扉から出て行った。


「熟練してないヤツが乗って、あの動きってマジか」


「まぁ、今回は装備の機能しか使ってないってな事も言ってたし、熟練して乗りこなせば、さっき以上になるはずだ、との有り難い話も聞いた」


「……やっぱ、オレ達にはいつもの機体が合ってるみたいです」


「はは、残念。再来週中には【遠未来魔導化改修ハイ・マシンナリー・クラフト・フューチャー・プラン】HMCFPとやらで改修予定だ。5日で戻ってくるってよ」


「「「「「………(=_=)」」」」」


「気にすんな。魔術師だか魔法使いだかも乗れる複座式だそうだ。ついでに一緒に乗ってくれるだけで慣性をガン無視のこいつがやってた変態機動も再現可能だ。善導騎士団からエリートな魔術師候補生がやってくるってよ。年齢は……おお、30代から20代まで男性3:女性7らしいぞ? 喜べ喜べ」


 まぁ、変態機動だったな、と。


 彼らは内心で同意しつつ、これからは女子供載せて飛ぶのかぁと想像も付かない未来に思いを馳せた。


「戦術核弾頭や大量破壊兵器並みの誘導兵器も使えるぞ☆」


「それ市街地上空じゃ絶対使えないヤツ……」


 さすがに空自の今までの理念的には過剰火力だろうと男達が肩を竦める。


「統合情報処理システムC4IXとやらに接続可能。あらゆる自衛隊の兵器とリンクし、1度に5000個のターゲットを照準、攻撃可能だそうだ。データは44G並みの超高速データ通信だとよ。オレまだ最新でも9Gの世界に生きてると思ってたんだがなぁ」


『どうやって、そんな大量のデータ通信を可能にしているんだ?』という疑問は彼らの中にはもう今更な感じであった。


「ついでに超音速航行《スーパークルーズ》能力をアフターバーナー無しで可能にして連続稼働時間500時間。もはや意味が解らんレベルの航続距離だな。あ、オムツが現実的じゃないから、空に上がる前に魔術で処置されるとか書かれてたな」


 ゴソゴソと白衣の男がポケットから資料を取り出す。


「それ人体改造とか、そういう?」


「いや? 魔術系の下剤で1分で排泄出来る専用のおトイレが地表に完備されるらしい。ついでに超高濃度、高カロリー栄養ドリンクが常備されて、尿道から直接膀胱に繋がる機材で尿を機械で排出して機体内部で処理するんだと」


「「「「「(´ω\)ヒェッ?!!」」」」」


 男達はガクブルものの未来予想図。


 遠い未来の世界の話ではない事実を前にしてプルプルする。


「安心しろ。こいつを試したF-2HMCC、改修後の機体に乗った尊い犠牲者パイロットの感想も書いてある。最初はもう二度と空に上がりたくなくなりましたが、何回か経験する内に段々違和感も薄れて今ではすっかり慣れました(恍惚)、だとさ。こいつ、死んだ魚みたいな目ぇしてやがる……」


 もはや、大の男が裸足で逃げ出すレベル。


 人間としての尊厳とか威厳とか諸々が抜け落ちたような仏の笑みを浮かべる同業者の白黒画像を男達は見てしまった。


「あ、後やっぱりバリアーっぽいもんとか付くな。ついでに射撃兵装はレーザー、レールガン、コイルガンのオプションが全部載せ出来るとよ」


「第七世代機で近接レーザー防御が実装されるって聞いてたんですけど。まだ、最新鋭が第六世代なんですけど。ええ、本当にどうなってるんです?」


 呆れた顔になる男達はそれ何世代先の兵器?と首を傾げざるを得なかった。


「ただ、レーザー以外は弾数制限があるし、レーザーも連続照射時間や距離の減衰が問題になるらしい。つっても3キロ圏内の戦艦の装甲程度なら連続照射時間0.2秒で楽々融解させるみたいだが……」


 今現在、対艦装備として低速の誘導弾迎撃用が精々であるはずのレーザーを軽々と超える超出力が戦闘機から発せられますとか。


 絶対にSFよりヤバイ動力炉とか積んでるに違いないと彼らは思う。


「それに全方位弾幕用の魔術攻撃オプションも付くらしい」


 白衣の男はもうヤケクソ気味にお届けされる兵器の情報を羅列した。


「「「「「………(-ω-)」」」」」


「そんな嫁が別人になって戻ってくるみたいな顔しなくても……」


「嫁が変態宇宙人になって戻ってくるくらいの衝撃なんですが……」


「ははは、じゃあ、男として応えられるようにしっかり学ばんとな。マニュアル届いてるが、40ページくらいあったぞ」


「この歳で暗記かぁ……いや、やりますけど、やりますけどね!!」


「とりあえず、このをよろしくだとよ。各地の空自の基地に14機しか納入されてないモンキーモデルだからな。大事に扱えって上から釘刺されてる」


「あの力でモンキー言われても……」


「本家の能力は基礎的な機体スペックは殆ど同じ。だが、限界が完全に振り切れる仕様らしい……ええと、何か最後に書いてあんな……あはははははははは!!?」


「ど、どうしました?」


 思わず笑い出した白衣の男に誰もが遂に壊れたかと目を丸くした。


「いやぁ、本家の公開スペックの最後の欄見落としてたんだが、大気圏外活動で時間さえ掛ければ、亜光速移動可能って書いてあんぞ」


「あ、亜光速移動って……」


「魔術師が乗ってる前提の慣性制御で延々と加速すれば、それくらいになるんだと。理論上」


「もしかして、宇宙戦闘とか?」


「出来るだろうそりゃ……アレだな。コレは完全に宙自構想を意識してるな」


「宙自って航宙自衛隊ですか?」


「そっちの方が詳しいだろ? 20年後にはアメリカに続いて設立するだろうって言われてたんだし」


「ま、まぁ……ゾンビの出現でそれどころじゃなくなりましたけどね」


 男達はそうしてツッコミどころしかない善導騎士団からの資料を肴にガヤガヤと意見を交わし合うのだった。


 彼らの横では黒き翼が今もただ物言わず置物と化している。


 しかし、その笑いながら青くなったり赤くなったりと忙しい彼らの馬鹿笑いが多くのメカマン達に希望を与えた事は確かだ。


 自衛隊で整備を担当する者達にとって、それは久方ぶりに見るパイロット達の本当に楽しそうな姿だったに違いない。


 可能性。

 生き残りを賭けて未来を掴める輝き。


 それが未だ空から墜ちていないという事実こそが、何よりも人の情熱を燃やすだろう。


 日本の国土は蹂躙され、北海道を立て直しつつあるのも、奪い返したのも、殆ど善導騎士団であり、その力におんぶ抱っこな状況なのを理解するからこそ、自衛隊には厳しい視線が注がれ始めていた。


 その最中、その自分達を追い詰めもする者達から差し出されたモノが、それでもなりふり構わず生き残りを賭けて、国土の守護を誓った者達に火を灯す。


 戦いは更に苛烈となる前兆を見せている。


 多くの部隊が消えて、友人知人の隊員の国葬に参加した者もある。


 それでも前を向いた彼らにはもう駆け抜ける以外に出来る事は無い。


 それが燃え尽きる前の蝋燭か。


 最後の輝きだとしても、人類が消滅するという厳然たる脅威の前に……ツワモノ達は笑みを浮かべ、明るく先の事を思い描く。


 神は言った。

 光在れと。

 だが、人もまた言うのだ。

 世に灯在れ、と。

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