第125話「世界の敵」
―――??年前戦線都市最高議会討議場。
『親愛なる合衆国及び同盟国の出資者及び企業体、研究者の諸氏諸君』
『私は戦線都市永世名誉市長ヴァヴェッジ・レミントン』
『この合理と科学の牙城の羊飼いだ』
『君達に挨拶するに至った過程は語って聞かせるにはあまりにも長過ぎる』
『そこで私がどのような資格と技能と義務を負っているのか。君達に伝えよう』
『私は二度とこの戦線都市の半径200m圏内から出る事が出来ない』
『私は二度とこの戦線都市以外のネットワークに直接接続する事が出来ない』
『私の国籍は米国でミドルクラスの家庭に生まれ、ルイジアナの片田舎で育った』
『父親はラテン系米国人、母親は福音派の白人で両親は私の生後3か月目に銃乱射事件に巻き込まれ、死亡した』
『私の育ての親は父方の両親だった』
『そして、私には普通の子供とはほんの少し違う才能があった』
『私はその超人的な記憶力によってあらゆる学問を修め、12歳でMITの首席クラスの成績を上げた後、世界各地の研究所を転々と渡り歩いた』
『私の専門とする学問は総計で23程だが、博士過程終了程度で良ければ、その三倍の知識を保有している』
『そして、私は当然の結果として世界最高の学問の砦でもある戦線都市に招聘され、此処で米国陸軍及び空軍海軍全ての戦闘用装備の開発に携わっている』
『では、第1回戦線都市最高会議を始めよう。君達が一分野でも私より有能である事を切に願う』
『何故かって? 私は有給と土日祝日を敬虔に過ごす神の徒で現代プラグマティストの申し子だからだと答えよう。では、2時間45分の有意義な時間を……おっと、23秒程はまけておいてくれ』
少年を筆頭に善導騎士団東京本部に集められた対魔騎師隊といつもの面々は穏やかな白髪の60代程の白人男性の映像を見ていた。
参考資料として今現在本部に匿われている元厚生労働省大臣が自宅から部下に持って来させた稀少な映像との事。
それの上映が終わった後。
老人、
調書などは取らない約束。
東京本部内で語られた情報は全て人伝に内閣の大臣クラスが共有するという事で話は付いており、今現在その場にいるのは政府側の代表である陰陽自衛隊の幕僚、要は結城陰陽将の部下だけだ。
「当時、ゾンビの発生に対して速やかな戦線都市の構築が行われたのは前身機関が複数存在したからだ。米国防総省の関連機関、そして、日本からも【
椎名が持って来させた資料の一部を投影用の機器と説明された円筒形の台座の上に置く。
すると、壁にパッと資料が映し出された。
「戦線都市は米国がゾンビの解析を行う機関として設立したが、実際にはその前からの研究に携わる者達が表に出て来ただけに過ぎない。私が彼らと付き合うようになったのは戦線都市の成立よりも2年前の事だった」
資料にはM計画という文字が躍っていた。
「彼ら先進科学技術を人類の為に役立てようというグループは元々が世界中の大学の関連機関に所属する構成員だった。他にもベンチャー企業、既存の大企業の開発部門などから来ていた者達もいたな。彼らは米国陸軍の要請によって秘密の研究をしていたそうだ」
「秘密の研究……」
ベルには何となく予想が付いた。
「この老骨も当時見るまでは信じられなかった。魔術……その現代科学での解明だ」
「やっぱり、戦線都市には魔術の研究開発機関があったんですね」
「まぁ、微々たる物理現象を少し変質させる程度の代物だった。だが、それでも十分に最新の科学研究を上回る成果が上がっていた。それが今人類を一部とはいえ救ってもいる」
「人類を?」
「米国が解放した核融合炉や一部の重要施設の建築技術は全て出所が戦線都市だ。人類のエネルギー事情は今も変わらず戦線都市が造ったモノの上に成り立っている。もし、彼らがこの技術を開発していなければ、少なくとも後50年は長期実用に足る核融合炉の各国への大量建造とメンテナンスフリーに近い運用形態は不可能だった」
少年が北米の巨大電波塔や日本海の潜水艦基地の事を思い出す。
それは細かなメンテナンスこそ必要だが、それでも長期間の使用に耐える代物。
更に巨大な建造物の多くも堅牢極まりないものだった。
それでも黙示録の四騎士には破壊されるのだろうが、電波塔の方は内部に侵入されるくらいに破壊されてさえ、地下の設備は無事に運転が可能だった。
どれもこれも戦線都市製の技術が大本になっていたとすれば、納得出来る堅牢さだろう。
「私はヴァヴェッジ。彼と出会ってからその研究成果が日本を変えられるものだと確信した。ゾンビが出る前、当時の日本は確かに先進国ではあったが、エネルギー問題や人口問題が長期的に国の死活問題になっていた。労働力の確保を機械に任せようとしても限界があった。社会規模の縮小、内外の経済リスクに対応する為、継続して海外への安全な投資先も探していた」
椎名がフゥと息を吐く。
「彼らの技術を導入し、日本国内の問題を解決する案として私は日本政府内にゾンビの出現後、逸早く国家規模での投資を持ち掛けたのだ。その成果が各地の原発横に建てられた商業用核融合発電所であり、米国の海軍の大半を収容可能なドック、更に整備や新規開発用の乾ドックという形になって残っている」
老人はペラペラと計画書らしきものを捲った。
「だが、我々は気付いていなかった。彼らが裏で本当に研究していたものを……」
「本当の研究、ですか?」
「彼らは魔術の研究で人体実験していたのだよ。それも我々に黙って魔術が使える人間を解剖していた」
場が静まり返る。
「それを知ったのは戦線都市の消滅する少し前だった。ヴァヴェッジ……彼とは友人でな……国家規模の投資の前に多くの人間が彼らとの間に契約をしていた」
「契約?」
「そうだ。各国で我々が現地のローカル・スタッフとして働く事。それが投資後に優先的な技術供与を行う条件だった。それで……その人員達に彼らはようやく自分達の最大の研究成果が出たと喜々として情報を送って来た」
「M計画……これがその情報とやらですか?」
「ああ、そうだ。内容は専門的だったが、意訳すれば……まぁ、単純だ。魔術を自在に使う為の最小限度の基礎研究開発の終了。そのシステムの概要だ」
最も重要らしい場所が……黒く何かのペンで塗り潰されている箇所があるのを見て、少年は老人を見つめる。
まるでシャープペンでグシャグシャに書き潰したようなソレは当時の心情を顕しているようだった。
「作り方を多くの人間が知ったのだ。ソレは魔術が使える人間の体細胞を採取してクローニングもしくは代理出産させた赤子を……《加工》して生み出される」
―――「 」
誰もが息を止めた。
「映像は破棄した。だが、見てしまったのだよ。彼らに協力した多くが……喜々として研究者達が見せてくれる人類の未来とやらをね……」
最後にパラリと捲られた資料の内部には図解があった。
思わず女性陣は厳しい顔になるやら蒼褪めるやら涙を湛えて怒りそうな己を抑えるやら。
「君達に想像は付くか? 良かれと思い。その未来に手を貸していた者達の絶望が……何も倫理や道徳面の話だけではない」
老人が一気に老け込んだように瞳を俯ける。
「我々はその力で人の世を動かしてしまった。缶詰などに使われる超長期保存技術や戦線都市消滅後の莫大な人命を賭した消耗戦に使われた非人道的な兵器や戦術の数々。全てが全て生き残る為に使われた力だ。だが、全てが全て計画中に派生した技術故に可能なものだった」
老人は天上の先の空を見透かすように見上げて、その果てに何かを凝視する。
「私は見た。戦線都市に関わった多くの者が視てしまった。絶望的な消耗戦。可能だからと人道に悖る囮を使った戦術。非戦闘員を巻き込んでの殲滅戦。無限の消耗に耐える為の食糧すら恐怖の対象だった。超長期の保存が効く缶詰は本来、何を保存する為に使われたと思う?」
思わず口元を蔽ったのはヒューリだった。
「いいかね? 戦争は人類の進歩の歴史だ。そして、それが今まで数多くの非人道的な行いの果てに成果を獲得した。それを何食わぬ顔で使う人類の大半はソレがどうして造られたのか知らないだろう。だが、確かに歴史に刻まれても多くの事実は勤めて感情が伴わないものだ」
老人が自分の半分も生きていないような少年少女やまだ年若いと言える大人達を前にして何一つ偽らぬ輝きを、鈍色の刃のような切れ味を宿していた。
「技術はただ技術だ。しかし、使われてしまった技術は誰の犠牲の上に在ったとしても有用ならば、いつか誰かが使うのだ。我々はその扉を開いてしまった。半世紀、一世紀前ならばともかく。西暦が2000年を超えているこの現代にだ」
老人が赤子の脳の加工方法の概略ページを閉じる。
「人がより良き未来に向かえるとの彼らの囁きに我々は乗った。混沌と思える世界に彼らは指針を示して見せた。圧倒的な現実として……だが、その結果がコレだ」
老人が用意させていたのだろう。
区画の未だ冷めている途中の大穴の写真を投影させる。
「この二日で私が持っていた全ての資料は纏めておいた。彼らが消滅する寸前まで我々は彼らと提携し、日本各地に日本を護る為というお題目で施設を建造した。それが今、君達が戦っているゾンビが出て来ていた施設の正体だ」
老人が日本地図に点が打たれたものを投影する。
「元々は厚労省管轄の厚生施設の再利用計画だった。跡形も無く消し飛ばされた地点には当時、最新鋭だろう電子設備が搬入され、戦線都市の一部機能が導入される手筈にもなっていた。そして、その計画が戦線都市の消滅で頓挫し、多くの関係者は口を噤んだのだ。悪夢は終わったと」
ヒューリを始めとして少女達が非難の声を上げるより先に少年が手で制して立ち上がる。
「でも、それだと貴方がゾンビや更に詳しい戦線都市の情報を知っていた理由にはなりませんよね?」
「ああ、私には……戦線都市の消滅時、メールが送られてきていてね」
「メール?」
「もう削除したが、内容は写しておいた。我が友人はゾンビは自分達が生み出してしまった事、これからゾンビとの決戦に臨む事、更には……その先の結末までも書き記していた」
「結末?」
「具体的な事は分からない。だが、彼が選んだ少数のモノと共に当時、投資された金額の3分の1を投入して複製した魔術的な遺物……箱舟と呼ばれるもので……必ず、死の世界から蘇ってみせる……そう、彼は本気で文面を認めていた」
ゴクリと八木や
神谷などの大人組が唾を呑み込む。
普通に考えれば、単なる狂人の戯言。
だが、圧倒的な技術力を保有し、成算が無い事を強がるような男でないのは最初の映像から見れば、まったく明白。
「つまり、戦線都市は……死から蘇ったと?」
八木の言葉に頷きが返される。
「そうだ。私には技術の詳しいところはまるで分らない。だが、あの男ならば、それは可能だと確信も出来ていた。だが、否定しようとしたのだ。この資料も自分を納得させる為に揃えただけの材料に過ぎない。しかし、彼らは懸念通りに蘇った」
老人は悪夢の中を彷徨う幽鬼の如き顔で誰もを見る。
「私が戦線都市の事に言及出来たのは単純な話だ。ゾンビの発生技術を応用し、人工的に兵士を作る生産設備と研究設備、資源の規模が一個師団に足りないかもしれない。そう書かれてあったんだ……これから死にに行く。消えるはずの人間がどうして困ったものだと兵隊を作る算段をしているなんて悪い冗談だろう? いや、死んですらそうしようと平然と書かれていた事を信じた私も狂人なのかもしれんな」
「一つ訊ねていいですか? どうやって、あちらは接触を?」
「メールが来た。そして、夢にもな」
「メールは分かりますが、夢?」
少年に椎名が頷く。
「ヴァヴェッジ……ヤツが夢枕に立った。圧倒的な現実感の中で議場らしき場所で王のように玉座染みた椅子へ座って、背後に巨大な黒い板。モノリスのようなものを置いて」
「何と?」
「迎えに行く。準備をして待っていろ。断るならば、死んで我らの列へ加われ。そういう事を……言われた……これで後は君達も知る通りだ。私は当時の関係者に連絡を取ろうとしたが、すぐに行方不明が数日続いている事を知り、奴らが蘇った事を確信した」
「そして、逃げ回っていたんですか?」
「ああ、もう連中に協力は出来ない。だが、連中の為に死んでやれる程、善人でも無かったからな……だが、私一人の勧誘であの有様……大人しく付いて行けば、あの被害は出なかっただろう」
老人が全ての書類を纏めて、少年の前まで歩いて行くと全てを差し出す。
「国に助けは求められるわけもなかった、と」
「魔術の事を言えば、それなりに信じられはしたかもしれない。だが、死から蘇るだとか。公務員を確定的にまた死へ追いやる事は避けたかった。それにこの件が公になれば、また要らぬ世界の秘密の暴露で現行の世界体制が揺らぐ。揺らげば、また混乱で死者が出る。それは……望むところでは無かったのだよ……勝手な話だと思うだろうがね」
老人はすっかり老け込んだような顔で腰を椅子に卸して、杖を前に持って来て両手で付く。
「これで私の話はお終いだ」
少年は背後を向く。
ルカやカズマ。
ヒューリや悠音、明日輝。
八木、神谷。
各々が其々の苦悩に近いものを顔に浮かべていた。
「取り敢えず、これで今日は解散にしましょう。BFCの件は長期膠着が見えてますから、もしもの時に動けるようにして、後は通常シフトのままという事で」
「あ、終わった? じゃあ、今日は昼時の子供達の訓練行ってくるね~」
片世が伸びをしてから、いつもの調子で手をヒラヒラさせて、隷下部隊の幼年組みの指導へと扉を開いて出て行った。
「八木さん。神谷さん。椎名さんの身柄と今後に付いては善導騎士団が預かりますが、日本国政府への報告よろしくお願いします」
「任された」
「ああ、分かった」
頷く大人達が椎名を連れ立って、少年に敬礼した。
それに敬礼し返して、少年は小さく見える老人の背中に声を掛ける。
「お話。ありがとうございました。しばらくは善導騎士団本部で匿うので内部は自由に出歩いて構いません。ただ、地下2階以上は一般人もいるので3階から下でお願いします」
「分かった」
老人が頷く。
「食事は善導騎士団で出しますが、騎士団の運営でコンビニや食堂もあります。本や週刊誌、電子機器も揃ってるので何か欲しいものがあれば是非見に行って下さい。護衛の方に頼めば、出歩かなくても色々届けてくれると思うので」
少年がケロッとして告げる。
「……先程の話を聞いて、君は私にそこまで気を遣う必要があると思うかね?」
「過ぎた事は言っても仕方ありません。後悔してるなら、責任の取り方は人其々でしょう。誰かが納得しないと言うなら、電力を使わず、魚を喰わない人間かと聞けばいいんですよ」
思わず椎名の表情に驚きが浮かぶ。
「罪が有るか無いかは問いません。問題なのは貴方が何をして何を出来るかです。僕らが命を掛けて戦うように、貴方は命を掛けて逃げ出した。今度はその命で何をするか。それがもしも手伝える事なら、その時は言って下さい」
「―――少年。お人好しだな。君は……」
「いえ、単なる合理的な理由です。貴方が戦わずに死ぬ程、柔な人じゃないのは見て話せば分かりましたから……」
その言葉に僅か杖を持つ手を震わせて。
老人は頭を下げ、二人の大人に連れ添われ、本部最下層近くの部屋へと案内されていった。
「ベルさん……」
ヒューリが少年に視線を向けていた。
「私達が戦わなければならない相手……それがBFCなんですね?」
「はい。その解剖された魔術が使える人物達やシステムの基幹に使われた赤子の血筋は……この世界の人も混じっているかもしれませんが、確実にガリオス人もいた事でしょう。現状の状況証拠から考えて……」
「ヒューリお姉ちゃん……」
「ヒューリ姉さん……」
二人の妹が不安そうな顔で姉を見やる。
それに少しだけ無理をした表情で大丈夫ですからと少女は笑う。
「大丈夫ですから。二人に心配掛けさせるようじゃ、まだまだ姉失格ですね」
「む、無理しちゃダメだよ?」
「そうです!! 姉は無理しちゃダメ!! 絶対です!!」
「あはは。はい。まだ、凄く複雑ですけど、あのお爺さんが悪いわけじゃないのは分かります。だから、この胸の気持ちは取っておきます。それをぶつけるべき人が私達の前に出て来るまで」
妹達をキュッと抱きしめた少女の瞳の端には僅かに涙が溜められていた。
「済みません。辛い話になってしまって……」
「辛いですけど。でも、知らなきゃいけません。この話を恐らく米国も知っていた。だからこそ、空を飛ぶくらいの技術を持っていた。関係があるならば、いつか我々には知る機会もあるでしょう。そうなったら、問い詰めてやります。戦うべき相手ならば、容赦しません」
「はい。その時はお手伝いしますから」
ヒューリが少年を前に瞳を閉じる。
「確かに一杯悪い事もあるのかもしれません。でも、この世界に来たから、私は妹達と出会えたし、もう会えないと思っていた父の言葉を受け取れた。だから……」
「強いんだね。ヒューリさんは……」
「ホントホント。オレ達よりずっと強くて困っちまうな」
ルカとカズマがそう褒めて、ヒューリは思わず少し照れた様子で困った笑みになる。
「さ、辛気臭い話はお終いだ。クローディオさんが封鎖してるんだから、問題無いだろうし、オレ達は自分に出来る事をしなきゃな」
カズマがそう切り出せば、場の全員がそれに乗った。
「じゃあ、さっそく模擬戦でもどう?」
「お? この間の再戦といくか? 今度は負けねぇぜ?」
ルカの笑みにカズマが頷く。
「あたしも模擬戦するわ!! お姉様にもヒューリお姉ちゃんにも勝つんだから!!」
「まだ、悠音には負けてあげませんからね?」
「妹に負けるようじゃ、姉は名乗れません。まだまだ、負けませんよ」
互いに笑い合う仲間達に大丈夫そうだと安堵して。
少年は全員での訓練に東京本部の施設の利用申請を脳裏で行うのだった。
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