第126話「広報業務」


 善導騎士団東京本部。


 その内部構造は基本的にはバームクーヘンのようなものに近い。


 穴の開いた円筒形の多重構造。


 階層毎に挟まれる巨大な空間は正しく余すところなく使い切られている。


 折り込まれたミルフィーユかパイ生地のような空間には衣食住のみならず。


 多種多様な設備が混在し、出来るだけ均等に設備が置かれていた。


 そんな最下層付近の訓練設備の一室。


 下方にある長方形型の鍛錬用の空間を見下ろす位置。


 見学者用ルームで少年は仲間達の模擬戦を見る傍ら、ようやく実働データを取り終えて本日の職務に復帰したハルティーナを背後に端末の電子データ上の書類にサラサラと指でサインしていた。


「騎士ベルディクト!!」

「?」


 そんな少年が自動で扉が開いて誰かが入室してくるのに顔を上げると。


 そこにはいつの間にかズラァッと白衣の男達が並んでいた。


 陰陽自研のみならず。


 無論のように東京本部にも研究開発関連の人員が在中しているわけだが、陰陽自研と違って東京本部での研究開発は主に中核研究の周囲の派生技術がメインだ。


 例えば、巨大構造物たるベルズ・ブリッジの設計や新技術の導入時、その導入された新規の超過重に耐える建材などの開発は陰陽自であったが、その建材を組み合わせる最適なパターンや建築技法、工法の構築は東京本部の方で行われた。


「ええと、何か用でしょうか」


「はい。上申書と企画書を持って参りました。精査をお願い出来ればと!! 建築部門の竹中と申します!!」


 一番乗りの40代の研究者が持って来たモノがペラペラと捲られる。


「……通常の建築技法に低魔力消費の筋力のアシスト用スーツを使う案ですか?」


「はい!! 自在に建材を持って高速精密に動ける職人がいれば、騎士ベルディクト程ではありませんが、短期間での建築が可能になるはずです。今後、様々な面で復興時に騎士ベルディクト頼みとなれば、リスク管理の面でも不安が残ります」


 パラパラと少年が書類を見やる。


「採用で。ただ、筋力や動きの精密性を上げる為の方法は複数案出して、複合して最も性能を両立出来る方式をお願いします。一般人向けの装備ですから、安全対策は万全で」


「了解致しました!!」

「次の方」


 白衣の男が嬉しそうに頷いて列から離れた。


「パッケージング技術関連を研究している梱包部門の原です!! 善導騎士団と陰陽自での食糧及び他の機器や消耗品の包装技術を担当しております。新規の生物包装技術に付いて医療部門と合同で立ち上げたい計画が。コレを……」


「重傷者や致命傷を受けて、すぐに死亡するトリアージで黒に分けられる人達を生きたままに梱包して後方へ送る案、ですか?」


「はい。MHペンダントや治癒術式では完全回復が難しい激しい損傷で重大なダメージを受けた場合などでも生命維持を行ったまま後方へ送れる医療用の簡易カプセルを開発してはどうかと」


「……即死でなければ、ほぼどうにかなりますか?」


「はい。魔術具化された医療機器は極めて軽量で小さく済みます。術式を多重に織り込んだMHペンダントの超多機能版を用い、外界からの影響を遮断するカプセルは全て柔らかく折り畳める布地などを使用し、軽量化と小型化を進めれば……恐らく掌に納まるくらいまでにはなるかと」


「お魚と合成した臓器で確認して下さい。それで使えそうならラットなどを使って検証を……実用段階になったと判断したら、民間の救急隊員に万単位で配って使い勝手を聞きましょう。量産のめどが付くか。設計が終了したらもう一度来て下さい」


「了解しました!!」

「次の方」


「広報部門のジャック・ベルモントだ。騎士ベルディクト。この企画に予算を付けて欲しい」


 金髪のガタイの良さそうな二枚目の男が少年にパサリと資料を二つ差し出す。

 周囲が白衣の中。


 革ジャンに皮のブーツにジーパンと何処かで見た事のあるような北米スタイルは目立っていた。


「……コレは……」


「オレは北米のシスコでスカウトされた。母方の祖母が日系の血筋でな。日本語は一通り話せる。そこで副団長から依頼を受けて、今はこちらに来ている」


「ああ、副団長の……では、本格的に広報し始めるんですね?」


「ああ、現状の情報公開は不完全だと再三世間から陰口を叩かれているのは知っての通りだ。暗黙の了解や空気とやらはいつ変わるとも分からない。だからこそ、此処で情報戦で日本側との間に明確な見せられるラインを引くべきとの話が持ち上がっている」


「………この案は却下で」


「ッ、通常の情報公開に関連して副団長からもお墨付きを得たものだったのだが、何か問題が?」


「いえ、問題無い事が問題です」

「どういう意味だ?」

「簡単に言えば、普通です」


「―――普通、か。まったく癇に障る言葉だが、情報公開に関連する計画は慎重にとのお達しだったのだが……」


「前々から考えてたんですよ。この国の人達に僕らの事を出来るだけ分かって貰うにはどうしたらいいかって……この案は確かに堅実で手堅いものでしょう。ですが、こういったお役所仕事みたいなものは大抵の人達に届きません。それこそ気にしている人達くらいしか見ないでしょう」


「それでも十分な数だと思うが?」


「はい。ですが、こちらに来てから色々学んだ結果として話題作りから始めた方が何かと好感触な気がします」


「話題作り?」


「はい。今、日本中でゾンビが出ている。まだ駆逐されていない。人々は不安を抱えてるでしょう。だからこそ、不謹慎な案で行きましょう」


「敢て、火中の栗を拾うような案にするのか?」


「カチューのクリとかは知りませんが、何となく言いたい事は分かります。言いたい人には言わせておけばいい感じな信頼と実績とお祭り的な広報をしましょう」


 少年がゴソゴソと外套を漁って、懐から1cm程の企画書らしいものを取り出して、逆にジャックへと渡した。


「これを明日までに読み込んで感想と実現可能かどうか、改善案が在ればを教えて下さい。それで良さそうなら数日中に始動させます」


「……分かった」


「こちらの案は腹案として、今出した案に批判の声が出てから使いましょう。よく出来てますから、丁度良いでしょうし」


「反論を黙らせる材料にされるとは中々、聞いていた通りに頼もしい男なようだ」


「そんなんじゃありませんよ。ただ、虚勢を張ってるだけです」


「そういう事にしておこう。では、これで」


 ジャックが部屋の外に出ていけば、今までの事が嘘のようにまた白衣の男達が自作の企画書と計画書を持って少年に群がり始めたのだった。


 *


 ゾンビが出て以降。


 ネット界隈において活動する者は戒めておかなければならない事がある。


 あまりSNSで繋がる相手に入れ込み過ぎない事。


 これが特にネットマナーの範疇として徹底される事になった。


 誰が言い出したわけでもないが、確かにその統計は数字として表れている。


 特に他国の相手とは務めて繋がらないように心掛ける者が多くなっている。


 それは差別云々の話ではない。

 その理由は純粋に彼らが直面する亡びに起因する。


『ねぇ、何の動画見てんの?』

『ああ、ちょっとな』


『あ、またスプラッタ映像? いい加減止めなって……気が滅入るよ?』


『だが、もうあいつの顔はこの中にしか無いからさ』

『友人だったんだっけ?』

『ああ、随分と古い友人だ。子供の頃からの……』

『ごめん……』


『謝らなくていい。そういう時代だったんだ。それだけさ……』


 ゾンビに殺される他国の友達をリアルタイムで見た層はこの数年こそ落ち付いてこそいるが、生き残った人類の半数以上が直面した現実であった。


 故に昔よりもドライな関係が築かれるようになった現在。

 ツールをツールとして割り切った関係が主軸となる。

 SNSで見知らぬ相手と繋がろうとする者達は減っている。


 それは他人事にしていなければ、狂ってしまいそうな人類と己の終わりへの些細な自己防衛に過ぎないかもしれないが、僅かなりとも人々に虚構の安心を齎してはいる。


 だが、それでも目を逸らせないモノもネットには多い。


 それこそ未だ存在するストレージや大手動画サイトには消されないリアルなスプラッター動画が大量に溢れている。


 それが消されない理由は純粋だ。


 人類が消滅するという時に記録を消しては後で事件事故あらゆる事実の検証が不可能になる。


 特に英国と日本のサーバーには退避させられた情報が膨大で管理者はその全情報の保全。


 人類の活動記録を護る義務が課された。


 以降、どのような映像であろうとも動画は消されるのではなく一般からは見えない形で保全されるスタイルが取られているが、それでもマンパワーに対して退避させられた映像や画像情報は大量で未だに手は回り切っていない。


 何処かでカチリとSNSにアクセスするクリック音が響く。


 144:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 14:42:24.32 ID:/???

  ウチも遂に念願の善導騎士団製スマホきますた(祝)


 149:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 14:43:23.83 ID:/???

  ≫144 おめっとさん


 232:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 14:48:11.42 ID:/???

  そういや、今日は何かサイトで告知あるらしいぜ。


 244:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 14:59:88.72 ID:/???

  えっと、確か……人類生存圏の全域に対して公募するらしいよ。


 253:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 15:11:01.79 ID:/???

  ≫244 何を?


 296:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 15:12:06.43 ID:/???

  騎士団の使うスーツと装甲の見た目やアイディアをイラストレーターやアニメーター、画家、グラフィック・デザイナーや企業や一般からも映像画像文章で募集するんだってさ。


 301:(・ω・)さん@東京騎士(/・ω・)/:20××/××/××(×) 15:14:07.53 ID:/???

  ≫296 マジかよ。


 善導騎士団、見た目とアイディアを公募するの報は瞬く間にネットを舐め尽くす炎のように燃え上がった。


 イラスト投稿サイトや動画サイトなどにも公募の広告が出され、アイディアを募集時、善導騎士団は特定の書式や動画時間、イラスト点数内で“生存性と見た目”を両立する事と戦術や戦略的な妥当性を考えてくる以外は全て自由という目標を提示。


 また、優秀ならば全体的な採用。


 他にも部分採用する事もあり、既存のゲーム、アニメ、イラストなどをアニメ制作会社や版権元が送る事も良しとした。


 更に二次創作なども版権元を明記すれば、採用の範疇とし、その場合は版権元を採用した事としても扱う旨が示され、久方ぶりにネットでは祭りが勃発。


 未だゾンビの襲撃やBFCを名乗る者達の攻撃や占領という事態が続いてはいたが、国際的に公募する事から概ね善導騎士団には好意的な意見が寄せられた。


『つまり、オレの考えた最強のスーツが採用されるのか(*´Д`)』


『いやいや、オレの考えた最強のコスチュームが採用されるんだろ?(´-ω-`)』


『いえ、わたしが考えた最強のロボが採用されるって事よね?(;´∀`)』


『そこは私の考えた最強の設定が採用されるって事なんじゃ?(・ω・)』


『だぁかぁらぁ、僕の考えた最強装備が採用されるって事だろ!!?(・`д・)』


『あの~~意見集約過程で意見の一部が参考として使用されるって(小声)』


『あ、でもでも!! 優秀な案で選考に残った場合は実際に2000体まで実物創るって……え? 何かアタシの目がオカシイのかな? 5mまでの乗り込み型案は可って書いてあ―――』


『うおおおおおおおおおおおおおお!!!』

『最強ロボ投票じゃぁあああああああああああ!!?』


 無論、不謹慎という声も上がった。

 が、サラッとそういった声が上がった瞬間。


 善導騎士団が真面目に広報を始めた事が即座にSNSなどでは話題になり、多数派の意見によって大抵は祭りに水を刺す意見として『空気読めん奴』のレッテルでメッタメタに過去の悪行を晒されたりした後。


 アカウントを消して逃亡という憂き目に合う者もあった。


 まぁ、そんなこんなで応募された映像画像アイディア文章の量は規定を敷いていても多数に昇り、善導騎士団と陰陽自の二組織では数万人規模で画像や映像は次々に気に入ったモノを投票方式で採点し、アイディアなどは研究者達に業務の一環として精査が投げられた。


 この時に活躍したのは【九十九】であった。


 シエラ・ファウスト号のメインフレームであり、優れた演算能力を持つ為、主に採点する人物と採点される提出物のマッチング……要はちゃんとソレを評価出来る人間に評価させる事を目的に情報を整理する事で無駄な選考時間を省いたのだ。


 ただ、求められたのは機能的なものだけではない。


 日本国内の治安維持用に少しでも親しみのるディティールにしておく事。


 使用者となる若年層やシニア層まで自分の着る死に装束でもある装備の選考に携わる事で僅かなりとも戦う自覚を目覚めさせるという思惑もあった。


『ロボとスーツが半々。スーツみたいなリアルロボが8割にスパロボが2割か』


『何でスパロボが2割なんだよ!?』


『あ、いや、ほら、騎士ベルディクトが現実的なフォルムやディティールって注文付けたし、1人映像は1分、画像は10点、アイディアは3枚って制限付けたから』


『スーパーとリアルの垣根を越えてスリムなスパロボ系スーツを希望(=_=)』


『でも、乗り込み型と着用型の間みたいな物は点数高いって話だよな』


『まぁ、それ以前に各種の陸海空及び各戦術、戦略用の合理性も混みで提案する事が義務付けられてるわけだが……』


『戦術と戦略を絡めてコストは全部無視しろってお達しだしなぁ』


『夢は無限大だが、ちゃんと考えてないと即効落ちるだろ。ディティールだけ考えた奴らは何かSNSでこのロボやスーツの使い道を考えてくれって募集してるぞ』


『外人は戦隊系が多いみたいだな。北米から輸出された戦隊ものが放映されてた影響かもしれん。あちらには乗り込み型のロボは日本のアニメにしか出て来ない代物だからな』


 各国からの接触を鑑みて。


 英国、オーストラリア、ASEANへの装備の輸出という事も念頭に置かれた事から、公募は日本のみならず……そういった地域において活動するMU人材達への将来的な活動の布石でもある。


 国民には自分達が関わった守護者像というものを出させる事で親しみを演出し、今後の善導騎士団の活動領域で採用される人間には自分が何になるのかというものを具体的に見せる効果もある。


 こうして半分が広報で半分が実用という意味において、善導騎士団HERO化計画(仮)は深く静かに進行するのだった。


 *


 Eプロがプロデュースするアイドル・グループには昨今、新しいメンバーが入った。


 少女は着ぐるみ系な衣装を決して脱がないオカシな人物として名を馳せている。


 どんな練習でも決して汗も掻かず。


 愉し気に何時間でも踊っている事から、仲間内で付いた徒名は残機無限。


 現在、芸能界で数十人単位でライブを躍らせ、アイドルでありながらも舞台芸術として正しく芸で食っているグループも珍しい。


 歌うのは歌が上手いもの。

 踊りのトップを張るのは踊りが上手いもの。


 そして、踊りでも歌でもトップを取れない者が久方ぶりにグループ内のNO1を決める選挙で1位を取ったのは正しくミラクルか。


 美貌というならば、同じくらいに美しい少女も所属するのだ。


 はんなり着ぐるみ系。


 色物が一番になるなんて、当初は誰も思っていなかった。


 しかし、驚くべきは何よりもシュピナーゼ・ガンガリオの人徳というべきものかもしれない。


 能力で劣るメンバー達から極めて熱烈に支持された。


 脱退寸前の少女や冴えない売れない曇ったアイドルが少女と歌って踊る内、何故か自然と成績が上向くという状況を経験したからだ。


『シュピナちゃん!! 私、もう一度アイドルの頂点を目指そうと思う!!』


『シュピナーゼさん。幾ら着ぐるみがアイデンティティだからって、海でもそれを着るつもり?』


『シュピナ~~一緒に写真撮ろう~~』


『はーい。シュピナちゃんを右に!! 低カロリー糖質オフなおやつよ~~』


『何でシュピナはこの踊りで疲れてな―――(ぜぇぜぇ)』

『シュッピーは大人気だな♪』

『ウチ、人気者?』


 それに気付いた者達は驚いただろう。


 グループ内に今まであった不文律は純粋に技能と団結と付いて来れない者は振り落とすシステムであったが、自身の年齢も売り物の一つである彼女達には少しずつ引退タイムリミットが近付いている。


 そんな、現実に叩き潰されそうな者へ輝く瞬間を少女はくれたのだ。


 半ば、芸能界引退。

 アイドル止めてグラビア・アイドルになるか。

 あるいは最後まで足掻いて年増と呼ばれるようになるか。

 女優にも雛壇芸人にも歌手にも成れない。


 個人ではまるで売れ無さそうな少女達が行き付く場所など落ちるところまで落ちれば、後はアダルト業界くらいである。


『シュピナさんのおかげでまだ私アイドル続けられそうです。一緒に練習してくれてありがとう(´Д⊂ヽ』


『シュピナっちはアイドルの救世主!! 間違いない!!』


『絶対、着ぐるみ脱がないレディだけどなぁ(ケラケラ)』


『シャチョーが許してるからいいんじゃない? 水着をこの服の上に来た時は笑ったwww』


『引退したら、私服飾デザイナーになりたいの……真っ先にシュピナさんの服を量産化するわ!!』


『お~~良かったね~~しゅぴな~~♪』


『でも、お仕事以外の時は何処にいるのか分からないのが困りもの』


『っていうか。地方ロケとかに現場集合で来るのはシュピナくらいでしょ?』


『シュピナって魔法使いなんだよ。ね~~?』


『え、今話題のMU人材ってやつ? そっか~~魔法少女路線だったのか~~う~~ん。納得!!!』


 過酷な芸能界の現実を前にして自然と人を引き付ける着ぐるみ少女が死せるアイドルの残骸に成り掛けた者達を救った。


 天然系で時折、何を言っているか分からない彼女に反発する者もいたが、能力そのものよりも相手を愉しませる事や共に笑える共感能力、感受性の高さこそが多くの人々に評価された。


 あっという間にグループの人々に支持された少女は今や1位の座でふんぞり返るでもなく。


 仕事は必要最低限。

 ダンスの訓練なども必要な時以外は来ない。

 何処を飛び回っているのか。


 パパラッチやカメコ、多くの人々が捜しているが、当人は雲隠れが上手く。


 今では休日行方不明のアイドルでもあった。


「ベルはん♪」


 そんな彼女が新しい仕事先で出会ったのはベルディクト・バーンであった。


 ギュッと少女に抱き締められるに至り。

 ヒューリは雷に打たれたような顔で固まる


「べ、ベルさんがアイドルの女の子に親し気に抱き締められている?!!」


 近頃、少年のあれやこれやで色々とフラストレーション堪りまくりのヒューリにしてみれば、初対面に近いシュピナの事を思い出すのは現状不可能だったらしく……あんぐりと口を開ける以外やれる事など無かった。


「あらあらお知り合い? シュピナちゃん」


 ナヨッとしたオネェ系の40代のスーツ姿に唇のルージュもドぎつい茶髪ロン毛のグラサン男が微笑む。


「ベルはんはウチのお友達なんよ? な~~?」

「え、ええ、シュピナさんとは前からの知り合いで」


「あっら~~そうなの? それはそれは良い話を聞いたわねぇ。それなら今回の件も上手く進みそう。んふふ~~」


 ロン毛が丁寧にベルへ名刺を渡す。

 それはホテルの一室での事であった。


「ワタミ・サンスイと申します。昔の芸名ですが、今も舞台をやる時に名乗ってまして。どうぞよろしく」


「あ、はい。よろしくお願いします。ワタミさん」


 都内某所のゾンビが出た例のホテルのスイートルーム。


 売上が激減したのを不憫に思った少年が善導騎士団の会合に使う事を提案した事で何とか今も食い繋いでいる老舗の最上階。


 Eプロからはプロデューサーと1位の少女が、善導騎士団からは少年とヒューリとハルティーナが出て、仕事の打ち合わせとなっていた。


 BFCの1件が落ち着いてから4日。

 そろそろ一週間になろうという時期。


 少年は膠着したものはしょうがないと通常業務をカリカリとこなしており、Eプロとの企画は広報部門のジャックがセッティングした仕事の一環であった。


「ベルはん。飲み物いる?」

「あ、はい。皆さんの分のよろしくお願いします」

「はいな♪」

「シュピナちゃんもご機嫌ねぇ~~」


「ベルさん? いつの間にアイドルの子と親しく。その辺をじっくりまったりこってり聞きたい気分なんですが、私……」


 背後に般若でも見えそうなヒューリがニコリと目を細めて微笑む。


「あ、後でお教えしますから!? 今はどうか!? どうかお仕事を優先で!!?」


 拝み倒す勢いの少年を見て数秒。


(*´Д`)と溜息が吐かれた。


「もぅ……仕方ありませんね。もし教えてくれなかったら後でフィーや妹達にも教えちゃいますから……いいですね?」


 据わった瞳の少女にブンブンと少年が首を縦に振る。


「あ、はい。肝に銘じます」


「おほほ~~日本語ペラペラねぇ~~これが噂の騎士ベルディクト。善導騎士団の影の支配者なんて呼ばれている子がこんなにカワイイなんて。おねーさんも俄然興味が湧いてきちゃった♪」


 ワタミが目を輝かせる。


「あ、あはは……よろしくお願いします」


 少年はその瞳に何処か下着屋のオネェ系店員を思い出すのだった。


 ―――5分後。


「つまり、善導騎士団としては大規模広報の材料の一つとしてウチのノウハウで広告塔となるユニットを立ち上げたい、と言う事でよろしいかしら?」


「はい。そう単純じゃない事は分かってます。ですが、基本的に放送関係の利権は全て押さえたので独占配信、独占ライブで完全に見たい人達に向けたものになります。まぁ、緊急避難時などに使う時、端末を見る習慣が無いと手間取る事にもなりかねませんから」


「あの端末ねぇ。アレ、本当に高性能だけど既存のSNSで投稿出来ない仕様なのよね? テレビも民放は入らなくて、見れるのは公共放送と善導騎士団や陰陽自、政府からの広報だけ。ネットも視られるけど、ダウンロードオンリー。よく出来てるわ」


「ありがとうございます」


「褒めてないわよ。悪辣ぅって思ってただけだから。まぁ、そこらへんはさすがに大手キャリアやSNS運営との取り決めなんでしょうし」


「ええ、基本的にアップロードが出来ない仕様なので……構造的にもコアには今現在の民間で解析出来ないシステムを使ってます」


「で、素材となる子達のリストがコレ、と」


 端末に指を滑らせたワタミが次々に出て来る同意が取れた隷下部隊と陰陽自の少年少女達のリストを見て、上から下までツラツラと読み込んでいく。


「何人くらいの規模をご希望かしら?」


「1ユニット7人、15ユニット、日本国籍取得者以外の外国人最低2人」


「了解したわ」


 サラッと取り出した白紙のメモ帳にサラサラとワタミが条件を書き込んでいく。


「ダンスと歌の練度は如何程まで上げて良いのかしら? それと何を売りにするかも」


「ダンスと歌は本業に劣っていても構いませんが、当人の限界まで絞って頂いて構いません。此処に載っているのは全て後方勤務向きの資質や当人の前線への勤務が厳しいと判断された者ばかりですから」


「ズバッと言うのね? それでも戦えるのでしょう?」


「はい。ですが、生存率的な観点から後方での仕事が適任です。当人達もそれに自覚があるはずですし、広告塔は長く続けて貰う必要があります」


「つまり、文字通りの御長寿アイドルになって欲しい、と」

「はい。売りにするものは当然のように戦闘技術ですけど」

「それを可愛く、カッコよく、仕立て上げるわけね?」


「舞台芸術として剣劇や殺陣、銃による演武、プロレスのような組み立てでの進行を行えればとこちらでは考えています」


「ほうほう?」


「テレビ局との話も付いてます。基本的に2時間ドラマなどを考えていて、撮影には技術的なバックアップも行います。撮影期間は3週間、映像編集に1週間、半年以内に45本。芝居が出来ない人間はエキストラ役で芝居が出来る人間は使い倒す方針で」


「……普通に聞いていれば、まるで雲を掴むような話と思うところだけれど、善導騎士団と陰陽自の全面バックアップの前じゃ意味も無いわね。ちなみにご予算は?」


「ライブは1回5億、ドラマは単発でも連続でも1本7億。日本中の俳優さん女優さんを集めて、映画監督の方に凝ったモノを自分が撮りたかったストーリーで全力で撮って頂きます」


「ジャンルはオールフリー?」


「はい。ただし、期限厳守。守れなかったら、大規模広報の第二陣に回します。予算もその分追加で。ですが、天候などに関してはこちらで全て操作するのでそういった面で遅れることはないでしょう。不確定要素は役者さんのスケジューリングだけです」


「凄いわねぇ……」


「CGなどは全て元ハリウッドのCGディレクターさんやCGクリエイターの方々を雇う事が決まりました」


 さすがにワタミも汗を浮かべ始めた。


「……ねぇ? それだけでもう大作映画作れそうなお値段しない?」


「いえ、無料に近い額で引き受けて頂きました」

「どうやって?」


「彼らに新型の映像表現が可能な陰陽自研謹製の映像創作用のシステムとツールを無償で譲る事が決まったので」


「ああ、そういう……」


「そちら系の映画監督の方達には陰陽自と善導騎士団の各部門や過去の僕達の戦いをテーマとした映画を撮って頂く予定です」


「また大きい話ねぇ。ウチのはその一端って感じ……」


「これを愉しめる内に愉しんで欲しいというのが本音です。これから人類とゾンビの決戦がやってくる。それまでに多くの人達に戦う人達の現実を少しでも知ってもらう一助として、今回の広報計画は練られてます」


「……それって此処だけの話?」


「僕らにしてみれば、いつ嵐が来ないとも限らないなら、今の内に覚悟はして欲しいところですね」


「OK。グッボーイ……貴方が真面目に騎士だって事はその言葉で分かったわ。お金の事はともかくね」


「でも、これでもお金が掛からない方ですから」

「え?」


「取り敢えず、複数の僕が良いと思ったアニメ制作会社の方には1話30分8億円でアニメーターやCG制作の方々に26話分のお仕事を個人的に発注しました」


「ん? 今、何て?」

「アニメ制作会社の方にお仕事を発注しました」

「いや、個人的にって言わなかった?」

「はい。そうですけど……何か?」


「(;´Д`)……ちょっと、訊ねるけど1話で8億円とも言った?」


「はい。そうですけど。何か問題でも? あ、でも、ちゃんと映像創作用のシステムとツールは渡してるのでクオリティーは高いと思います」


「あのね……ウチらの業界だとアニメ1本数千万くらいが相場なんだけど、殆ど十倍近いわよ? 広告企業にぼったくられてない」


「ボッタクラレ……ああ、そういう事は心配してません。さっき言ったように善導騎士団が配布する端末での独占配信ですから。そもそも既存の広告企業の方達には少額で真面目な方の仕事をお願いしてるので……」


「真面目な方と来たか。こっちは真面目じゃない方かしら?」


「いえ、です。でも、きっとこういうのが人の心に残るんですよ。誰も半年前の政府広報なんて覚えてるものじゃないですし」


「く……あははは!! そう、そうね!! その通りよ!!」


 思わずワタミが笑い出した。


「制作会社の方達には努めてアニメーターや現場の製作スタッフの方達の給与に5割くらい製作費を当てて欲しいと言って有ります。後、放映制作中のアニメをストップさせない為にも体力や気力、精神力、睡眠時間や集中力などを諸々改善する為のMHペンダントの亜種をスタッフ全員分お送りさせて貰いました」


「豪華過ぎねぇ」


 ワタミが肩を竦める。


「ちなみに現実の陰陽自と善導騎士団の装備、更に現在公募中のスーツや装甲関連の選考に残ったディティールをタイアップして使用して頂く予定です。機能はデタラメに設定してもらって、ストーリーもまったく現実と関係ないもので構わない感じにしてもよいと」


「つまり、既存のアニメ企画を流用していいって事かしら?」


「はい。どんなストーリーでも可です」


 少年の言葉にフゥッとワタミが息を吐く。


「……話が逸れちゃったけど、ウチも頑張らないねぇ。そこで寝こけてる子達には色々と苦労掛けそう」


 そういった男の視線の先には話し込んでいる内に口数が少なくなって一緒にもう難しい話は要らないと言いたげに目を閉じ、ソファーに背を預けた少女達の姿。


 例外はハルティーナだが、当人は基本的に周辺を警戒している為、直立不動でソファーの背後にいるだけだ。


「あ、1つ聞いておきたい事があるのだけど、いいかしら?」


「何でしょうか?」


「ウチの所有劇場無くなっちゃったんだけど、あの子が言ってたのよ。おじいさんを助けたんよ~って」


「ぁ、ぁ~~はい。すみません。先日は……出来る限り、被害は少なくしたんですが……」


 その影響で肉体をシェイクにされたとは思えないような困った笑みで少年が恐縮する。


「でも、陰陽自と善導騎士団のおかげであの事件での人的被害は0だった。ウチも物損だけよ。それも保証するって話が来てるし。それに……あの時、隊員さんに連れていかれてなかったら、あたしはあの場所で死んでる」


 男が煙草を取り出してジッポで火を付けて、一吹して天井に吹かした。


「ワタミさん……」


「全力でやらせてもらいましょう。約束するわ。騎士ベルディクト」


「ありがとうございます」


 少年が頭を下げる。


「それとね。リストにある子達は良い素材だと思うんだけれど、貴方達も結構良い素材だと思うわよ? それで相談なんだけれど……」


 こうして『こんな時だからこそ。人々に安心を広報せよ』という大義名分の下、善導騎士団関連の広告業務は進行し始めたのだった。


 *


 ―――広報業務2日目。


『ちょっとちょっと、これどうなってんの?』

『あ、おはようございます。ほら、例のお仕事の……』

『ああ、もう先方から来たのかしら?』

『ええ、どうやらそうらしいんですが……』

『何か問題が?』

『それが子供が来たらしいんですよ。秘書連れて』

『子供? 何それ?』


『ええ、連絡して来たジャックさんを通して伺ってはいたそうなんですが……』


『今、プロデューサーと役員の方が応対してます』


 とあるアニメ制作会社の本社。


 二階応接室の廊下の端には暇ではないはずだが、昼間と言う事でスタッフが微妙に大仕事が決まるかどうかの一大事を前にソワソワした様子で部屋の様子を伺っていた。


「初めまして。プロデューサーの大貫おおぬきと申します」


「善導騎士団のベルディクト。ベルディクト・バーンです。よろしくお願いします」


 ソファー前のテーブルの上で握手が交わされる。


 そして、50代の男二人を前に明神を連れた少年はニコニコしていた。


「では、先日の御依頼と契約に付いてですが、このまま進めるという事でよろしいでしょうか?」


 大貫と名乗った琥珀色の眼鏡をしたロマンスグレーな少し厳つい白髪の混じるオールバックの男がそう訊ね、明神がサラッと後ろから契約書を相手側に提示した。


「拝見します」


 それを数分呼んだ男が目を解した。


「……先日伺った話より3割程、予算が多いようなのですが……」


「あ、はい。多くしました。ジャックさんに相場的にお支払いした方が良い金額と現在の貴社の経営を調べさせて頂いて、途中で制作が滞らないくらいに増額を……」


 大貫が目を細める。


「我が社の経営状況を知ったから、増額した、と?」

「はい。何か問題が?」


「……正直に話せば、非常に助かります。ですが、我が国にはただより怖いものは無いという言葉がありまして」


「大貫君?!」


 思わず役員が汗を浮かべて、横の男に思わず小さな悲鳴のような声を上げた。


 相手は日本で今話題沸騰中の本当の意味での軍事組織だ。

 しかも、中小の経営がギリギリなところに超々大口の依頼。

 渡りに船どころか。

 今後、数年は喰っていけるような高額を提示されたのだ。

 それを前にして相手を嗜めるような真似をすれば、どうなるか。

 胃をキリキリさせた役員の男が思わず声を出すのも当然だった。


「友人の伝手で聞いたのですが、大手から中小まで今の業界を牽引するスタジオで13件程依頼したそうで。その何処にも最新鋭の映像制作用の未知の電子機器やら製作スタッフ分の高額なMHペンダントやら、それこそ映画製作費を丸々賄えるような金額が投入されたとか」


「ええ、ブラックな業種だと聞いていたので。お金で解決出来るものはそちらで。解決出来ない事でも、僕らが解決出来る事ならそうするべきだろうと思いまして。実際、他の来季のアニメのお話を延期して作ってもらう迷惑料も含まれているとお考え下さい」


「いえね。いいんですよ。そもそも制作委員会の企業や広告企業からも『大丈夫だ。問題無い。進めて欲しい』ってメールや電話がすぐに掛かってきましたので」


 大貫が少年を見据える。


「今後、制作中に善導騎士団を賛美する内容にシナリオを変更する、なんて事はありませんか? 失礼ながら、あまりにも急過ぎる話なのは否めない。契約書には好きにしていいとは書かれているが、制作側としては少しだけ疑いたくもなるんですよ。特に今は憲法が停止中。善導騎士団に物申す存在は殆ど存在しない」


「確かにそうですね」


「行政省庁の多くがお宅の意見に振り回されているとも聞きます。事実上の検閲もあれば、報道の自由も制限されている。この状況下で契約書があったからと安心は出来ない。迷惑料とやらが我々の思想すらも好きにする迷惑料ではないかと勘繰りたくもなるんですよ」


 大貫の横の役員がさすがに声を上げようとしたが、すぐに少年が片手で制止した。

 後ろの明神はシレッとした顔で澄ましている。


 少年の秘書業をするようになってから、自分が感情を噴出させたりするのは意味が無い事をちゃんと理解していたからだ。


 だって、そうだろう。


 一々、相手に騎士ベルディクトはこれこれこういう人物だと言う必要も無く。


 少年はあらゆる相手と交渉するに辺り、成果を出してきた。


 それを直に見ていれば、自分の言葉が杞憂に過ぎないと分からないわけがないのだ。


「では、そうですね。まず、を明確にしましょう」


 少年がズズッとお茶を啜った。


「まず、制作費の5割は全て必ずスタッフの給与に当てて下さい」


「はい?」

「契約書にも書かれてある事です」

「………」


「それからシナリオに付いては戦闘を行うものなら出来るだけ絶望的な消耗戦とか、防衛線とかを演出して頂ければ、幸いです。メインキャラクターの死亡は出来れば、少なく。サブキャラクターの死亡も意味のない死は無いようお願いします。幾ら死んでも構いませんが、そういうのだけ気を付けて頂いて。最後の方は未来に希望が持てる終わり方にして下さい」


「………」


「ああ、それとクオリティーは放映中一度たりとも下げる事は許しませんし、許すつもりもありません。もし、制作スタッフが足りないとか。CGを作るのが間に合わないという時はこれから教える番号にご連絡を。すぐに陰陽自研、あのシステムを作った人達の中から専門家が派遣されて来ます。仕事の手伝いや外注先として存分に活用して下さい。無料です」


「………」


「後、同じような作品の乱立を防ぐ為に各スタジオ間で明確に別ジャンル、あるいは同じジャンルでも方向性や話しの内容が被らないようにお願いすると思います。これはスタジオ間で後で調整して頂きます」


「………」


「それから、これが一番大きいんですが、ストーリーに戦闘を挟むようなジャンルの場合は戦う相手は完全な悪ではないという事と掘り下げだけ徹底して下されば」


 大貫が少年を静かな瞳で見つめる。


「それ以外は契約書通りだと?」


「はい。このアニメ制作に関しては全権が僕に与えられています。また、ポケットマネーでやっているので僕以外に誰も貴方達に指針を与える人間はいません」


「凄い話だ……」


「つまり、クレームは全て僕に来るようになってます。その僕が断言しておきますが、これは厳然とした善導騎士団の広報、


「何?」


 思わず大貫が目を見張る。


「アニメって、この世界に来て初めて見ましたが、愉しいですよね。だから、それで少しだけ知って欲しかったんですよ」


「知って欲しい? 何をですか……」


「アニメが見られる……それがどんなに幸せな事なのか……もうアニメを見られない人間がこれからの戦場では大勢出るかもしれない。だから、それを覚えておいて欲しい。理解していて欲しい」


「………」


「このアニメの発注はこれからゾンビと戦わねばならないだろう人類にこういう姿で戦っている人間もいる。それを知ってもらう為のものなんです」


 大貫は少年の小さな身体を見る。

 まだ、子供だ。

 それこそアニメに目を輝かせてくれるような年頃。

 その少年が言うにはあまりにも重い言葉だろう。


 だが、それを知っていて欲しいからこそ、それを理解して欲しいからこそ、平和でなければ、作られようもないだろうアニメに姿を残すのだ。


 そう言われて……これから死にに行く者達の墓標を彫ってくれと言われて……男は今の時代の理不尽さとそれを為さねばと言い切った少年を前に拳を握った。


「我々に戦場で散る者の墓標を作れと?」


「戦後のドキュメンタリーにしない分、有情だと思いますよ? それに僕は可能な限り、多くの人達が生き残れるように準備していくつもりです」


 少年が当然のように大貫へ告げる。


「もしも、僕が人類を護れなかったなら、これらのアニメは陰鬱な現実を糊塗する為に造られたと後世伝えられる資料になるでしょう。でも、人類の破滅を阻止したならば、単なる異世界から来た人間のおかしなプロパガンダとして残る事でしょう。僕は後者にするつもりです」


 大貫はようやく自分の前にいる相手が確かに自分達とは違う世界に生きている事を理解した。


 だが、同時にその決意を秘めた瞳に宿る純粋な熱量が自分達の仕事に掛ける情熱と被りもした。


「……分かりました。今までの無礼を心から謝罪させて頂きたい。騎士ベルディクト」


「いえ、御懸念は当然の事だと思いますし」


 いつもの笑顔で少年が頭を下げた男に顔を上げさせる。


「それと今言いましたが、僕らは異世界から来た人間です。これが最後の迷惑……全てのアニメにおいて僕らが異世界からやってきた事を公表させて下さい。その為の基本設定は全てお渡しします。全てのアニメにおいて、どんなジャンルだろうとこの設定を組み込んで頂く。裏設定とか資料本を作る時に使う程度でもいいので、どうかよろしくお願いします」


 少年が頭を下げるに辺り、大貫も役員もまた頭を下げた。

 そうして、二人の男が互いに手を取り、再び握手する。


「あ、そういえば、最新の装甲に関する公募で一番応募の二次創作で多かったのは此処のアニメのロボット系列番組です。まず間違いなく何らかの形で使われると思うので、出来れば資料下さい」


 こうして、さっそく善導騎士団アニメ化プロジェクトは本格始動する運びになった。


「それと現物が出来たら飾る用にお送りしますね。大きさは3分の1になるかもしれませんが、ともかく普通に人が乗り込んでです」


「「………(´・ω・)」」


 スタジオのパンフレットを片手にそう愉し気に少年は笑うのだった。

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