第78話「騎士団のお仕事」
善導騎士団として任務を終えての総理官邸からの帰路。
東京湾までの道程で昼時の状況を視察していた少年少女はまだ店はやっているだろうかと周囲を見回し、護衛の自衛官達の車両を後ろにして個人経営でまだ開いている喫茶店に入る事とした。
八木はもしもの時は呼んで欲しいと端の座席に座り。
少年少女達はカウンター席である。
パーカーにジーンズといういでたちの彼らは初老のマスターにお勧めの軽食を聞いてソレを頼み。
すぐに出てきた夏場のおすすめの冷たい飲み物……水出しのアイスコーヒーにシロップとミルクで完全にオフ状態であった。
「……疲れました」
「お疲れ様です。ベルさん」
「はい。一国の指導者層相手に御立派でしたよ。ベル様」
「ありがとうございます」
精神的に疲弊したらしい少年が少しだけ肩を落として気を抜き、ストローでチューチューと珈琲というよりはカフェオレを啜る。
「この3日間の働きが報われましたね」
ヒューリの言葉にコクリと少年が頷く。
「被害の出た地域にディミスリル・ネットワークの代わりに鳥型ゴーレムを大量配備した手際はさすがです。ベル様」
ハルティーナが八木から渡されている大型のディスプレイの付いた電子端末の地図を呼び出して、少年が満遍なく鳥さんを配備した地点を見つめる。
その数、実に30万羽。
誰もが魔力波動によって変質し、様々な人物、動物、植物、無機物が引き起こす事件に釘付けの間、空に注目していない夜中に東京湾から大量のディティールが鳩型なビーコン内臓済みのソレが飛び立ったのだ。
今やカントウの端から端まで少年の魔導は延伸可能。
日本政府に譲渡する大量の魔力電池も併せて、極めて大量のディミスリルが最も影響の大きい東京を中心に供給され、各地で魔力が吸収される事になる。
「それにしてもこの国にはディミスリルの鉱脈が無いというのは予想外でしたね。ベルさん」
「いえ、実はそうでもなくて」
「え?」
少年は魔導の延伸用の機材にビーコンと北米なら大量に埋蔵されているディミスリル鉱脈をネットワーク化して用いているわけだが、東京湾から最初に上陸した時、その必要とされる鉱脈が見当たらなかったというハプニングがあった。
「恐らく、この国には無いだろうな、とは思ってたんです」
「どういう事ですか?」
「まだ、確証のある仮説ではないので断言しませんが、恐らくディミスリル鉱脈や鉱物資源、燃料資源の埋蔵量はゾンビの数と相関関係にあります」
「ええと、つまり?」
「ゾンビがいないところにはディミスリルも鉱物も燃料も無い、と思ってくれれば……」
「そ、そうなんですか?」
「恐らく……」
チューッとアイスコーヒーを啜ったヒューリが少年が謎を解き明かしつつある事を知って、内心で少年を称賛しておく。
「それにしてもこの都市、大きいですよね。ベルさん」
「え? あ、はい。ガリオスの首都が何個も入りそうですよね」
「……それは微妙にガリオス人として傷付くんですけど」
「ご、ごご、ごめんなさい!?」
思わず慌てた少年が頭を下げようとする。
「いえ、いいんです。実際、この都市圏は世界でも最大規模の広さがあると言われているそうですし」
「そうなんですか?」
「ええ、八木さんが言うには今の人口はこの東京だけで3000万人くらいだと」
「す、凄いですね……帝国の首都も凄く広くて凄い規模の都市だって話ですけど、僕は行った事ないので比較出来ないかもしれません」
「私はそれよりお店の数や品物の多さに驚きました。同じような品の種類が何百もあるような事はさすがの大陸中央でも無いので」
「そう言えば、僕も鉄道が沢山走ってるのは正直に凄いと思いました。ガリオスの首都でも一日に28本くらいしか運航してないのに此処では―――」
「ぁの……それガリオス人としてやっぱりちょっと傷付くんですけど」
「ご、ごごご、ごめんなさい!?」
ヒューリが謝る少年に確かに少年の言う通りだけど、と苦笑する。
「取り敢えず、良さそうな都市ですし、お仕事が終わったら視察も予て何度か出掛けましょう。善導騎士団の本部は一応この都市圏域の中に設定する予定なんですよね?」
「はい。近辺にもし適当な鉱山跡地や無人区画が無かったら、湾内に造って周辺の無人の山林地帯とかを適当に借ります」
「ベルさんもすっかり建築大好きですよね」
「い、いえ……実は本格的にこの国で資料を集めて学ぼうかと思ってて」
「必要あるんですか?」
「大ありですよ!?」
思わず少年のキラキラした目にヒューリが仰け反る。
「そ、そうなんですか?」
「はい!! 今まで素人建築を魔導で色々と誤魔化して来ましたけど、やっぱり建築の基礎とか、方法とか知ってると絶対今までよりも強い構造物とか色々造れそうだなって思ってるんです!! あ、造船と車両と航空機にも挑戦したいです!!」
「お、おぉ……ベルさんがいつになく燃えている……」
実際、少年の夢は膨れまくりだった。
「ベル様の造った船や車両……愉しみにしておきます」
碧い少女が何やら想像して大きく頷く。
「ハルティーナさんもそういうの好きですよね。実は……」
「機能美というのが好きなので。見ているだけでも楽しいですから」
ヒューリが自分には凄さは分かっても楽しさは分からないという顔になる。
『どうぞ。当店の特性コンビーフサンドになります』
少年達の前にマスターが三つ皿を持って来る。
その上にはカリッと焼き上げられたパンにしっかりもったりした白い肉入りのソースと生の葉野菜が挟まれている。
三人が顔を見合わせてから笑顔で一緒になって齧り、目を丸くする。
「美味しいですね」
「はい。とても美味です」
ヒューリとハルティーナが頷き。
ベルもまたコクコク頷いてから無言で食べ進めた。
三人が食事を終えてアイスコーヒーを吸い終えた頃にはそろそろ昼時も半分を過ぎ。
八木に彼らが視線を送ると8000円程の支払いをしてくれる。
その後、八木の運転する車両に乗って一心地付いた様子で三人は僅かに息を吐き。
後部座席でポツリと呟く。
「人、私達以外いませんでしてたね」
「……きっと、普通なら昼時は混んでるはずです」
「善導騎士団の仕事、ですね」
ハルティーナの声に2人が頷く。
「行きましょう。僕達の仕事をしに……この都市で沢山の人がまた出歩けるように……」
翻訳されていない少年達の言葉は分からなくても、何を言っているのかは何となく分かっていた八木は何も言わずに車両を走り出させる。
「………」
少年が車外に見る東京は閑散としていた。
戒厳令が発令されて、夜間の外出禁止令が出された事は極めて異例らしかったが、新型のゾンビやそれに類する新種の化け物が大量に侵入し、動植物や人間、無機物にまでも影響が出ている、という話が全国放送で流されれば、さすがに殆どの人々はその指示に従った。
多発する事件事故が猟奇的だったり、怪奇事件だったりするせいで警察も自衛隊も司法も対応に苦慮している。
その合間にも進行する魔力の浸食によって都市は大きく雰囲気を変えようとしているのは正しく少年達が見た街並みからも明らかだ。
昼時にも関わらず、人の影は車道からは数える程も無く。
夏の日差しの下。
異様な程に静まり返った世界は何処かゴースト・タウン染みていた。
綺麗な街並みも人通りがあってこそだろう。
商店が立ち並ぶ一角もブティックや衣料品店、食料品店が並ぶ通りも……。
八木は少し遠回りながらも出来る限り、東京を見せながら当初の予定時刻へ間に合うよう車両で移動していた。
所々で火事の煙や警察車両のサイレンや救急車が移動していく様子。
また、陸自の部隊が迅速に何かを追い掛けている状況は彼らにしてみれば、ソレがこの国では異常な出来事なのだと理解出来るくらいには都市の中で浮いている。
融けるような陽射しも窓を開ければ、吹き込む熱波も街路樹の下のざわめきも年期の入った建造物も……人がいなければ虚しい程に無音だった。
「……今現在、シエラ・ファウスト号の外側の改装は終了。内部も基本的な配管の設置が終了しました。上下水道関連のシステムは全て魔力を用いた動力機関で代替。問題は兵装と武器管制システム、電送系。こればかりは日本側の技術に頼らざるを得ないので、この一件が終わったら色々と政府に掛け合ってみまし―――」
沈黙に耐えられず。
少年が仕事の話をし始めた時だった。
「ベル様。前方の車道に何かいます!!」
『八木さん!!』
ハルティーナの声にベルが八木に車両を止めさせる。
『どうした? 騎士ベルディクト』
『前方に何かいるとハルティーナさんが捉えました。少し出ます。自衛隊の方は後方で待機を』
『分かった』
八木が車両から降りて後方車両に話しを付けに行く。
その間にもパーカーにジーパンという姿の三人は少年が虚空から出現させた外套を羽織って飛び出す。
30m程先の車道の中心で爆発が起きていた。
地表が穴だらけになるのも構わず。
赤黒く染まった何かを何度も何度も爆発が捉えて消し炭にしていく。
「「ッ」」
さすがのヒューリとハルティーナも顔を強張らせた。
『死ねッ!! 死ねッ!! お前らが悪いんだ!! このッ!! このッ!! 警察が何だ!! オレはあの女の飼い主だぞ!! オレを振ったクソビッチを殺して何が悪い。ファックッッ!!』
よく見れば、路地裏からも焦げた臭いが漂っており、数本の腕がまるでオブジェのように黒い消し炭となって見えている。
叫んでいるのは肉体が魔力で肥大化しているのか。
まるで巨人のように3mはあるだろうと背丈の金髪の男だった。
殆ど全裸だったが、その腕が地面に向けて振られると爆発が巻き起こり、その度に男の顔や体表が黒く染まって怪物染みて角が伸びていく。
「どうやら犠牲者みたいですね……ヒューリさんとハルティーナさんは下がってて下さい」
「ベルさん!?」
「ベル様!?」
少年が驚く少女達を後ろにして前に出る。
ようやく気付いたらしい悪魔めいて変貌していく男がその小さな姿に気付く。
『ぁあ? 何だガキぃ!? お前もこうなりてぇのか!?』
『……関係ない人まで殺さなくても良かったんじゃないですか?』
『何ぃ?!!』
男の大きな手が少年の細い胴体を掴んだ。
『その人達にも貴方と同じで全うするべき人生があったんですよ』
『はははははっ!! 知った事か!? このまま捻り潰してやろうかぁ!? ァアアッッ!!?』
ゴリッと少年の身体が猛烈な握力で軋む。
『誰の死にも価値がある。この人達の死は少なくとも多くの人が悼むだけの価値が確かに……でも、貴方の死は……』
『何を分からねぇ事をッ!! 死ねッ!!!』
男が握力で少年を握り潰し、叩き潰そうと少年を地面に向けて―――緩々と降ろした。
『―――ぇ?』
何故か。
男が己の手を見る。
急激に手が衰えていた。
まるで老化するように皺枯れ始めていた。
『な、なん、だ、ぁ?』
男が急激に力が入らなくなっていく身体の感覚にゾッとした様子で目の前の少年が霞んで見えなくなっていくのに狼狽した。
『ど、どうなってぇ……ん……たぁ?』
ポロポロッと男の口元から次々歯が抜け落ちていく。
『どんなに魔力があっても死者でない限り、生物には限界がある。貴方はこれから残りの余生をその姿で生きて行って下さい』
『ぁ……ぁ……あ゛?』
涎を垂れ流しながら、現状認識が出来なくなったらしい男だったモノは2m弱まで萎んだ皺だらけの身体をペタンと座り込ませて、失禁したらしく黄金の水溜まりを周囲に広げていく。
それに掴まらぬ速度で少年が戻ってくると追い付いてきた自衛官達が顔を強張らせて、化け物となった何かが老人のように座り込む姿に絶句していた。
「ベルさん。一体、何を?」
「……アレが……僕の超常の力なんです。生物を死に向かわせる力……生憎と死体やゾンビみたいな死んでいるモノや僕と同じような死から造られた相手には意味が無くて……」
少年が少しだけ瞳を俯ける。
「……そうですか。つまり、ああいう化け物を大人しく無力化させられる能力なんですね!?」
「え?」
少女がギュッと少年を抱き締める。
「ベルさんが私達に教えてくれて嬉しいです。でも、幾ら分かっててもあんまり使っちゃダメです。ベルさんが傷付くのは私、見たくないですから……」
「―――はい」
「ベル様のおかげで殺人犯が捕まったようですし、対応は自衛隊の方に任せましょう」
ハルティーナが八木に何やら話すと護衛の1隊が残る事になった。
そうして、少年を乗せた車両は東京湾へと向かっていく。
『この男……もうダメだな……完全に……』
『それにしても一体、彼は何を……老化させた?』
『オレ達には分からんが、一つだけは確かだろうな』
『何がですか?』
『この警察官を数人殺した犯罪者よりもあの小さな背中の方が強いって事だ』
残った自衛隊員達がその言葉の意味を受け止めながら、遺体に手を合わせて、巨漢の男の腕を縄で縛り、警察の応援が来るの待つ。
彼らはそうしてふと気付くだろう。
男が傍にいた街路樹がいつの間にか完全に枯死している事に。
『『『『………』』』』
その日、東京中の……否、カントウ中の空に人々は幻影にも似た巨大な怪物体が陽炎のように現れるのを見た。
ソレは鯨の如く尾を広げ、巨大な翼を持ち、無限のように鳥を引き連れて、白と朱の色に染め上がり、猛烈な速度で空を無音で飛んでいくナニカだった。
首相官邸においても、その威容を見た男達は知る。
自分達が一体何を相手に交渉していたのかを。
米軍基地でもまた一部の指揮官達がその空飛ぶ鯨。
よく見れば、米国最大の敵であった国家が保有していた原潜。
ソレに似たモノを見て呟く。
―――アレが新しい敵になるかもしれないモノの力か、と。
キラキラと舞い落ちるディミスリル粉末が雪のようにカントウ全域に降り注いだ時、6割強の異常な事件の大半は途中で収束し、残る3割は警察と自衛隊の出動と対応によって何とかなるレベルまで落ち着いた。
そして、残る1割に関しては既にターニング・ポイントを超過した様子であり、怪奇事件として次々に彼ら権力側は対策に追われる事となる。
『お~~♪ 空飛ぶ鯨さん? ファンタジーっていいなぁ……』
そんな空を見下ろすスニーカーにジーパンとTシャツ姿のラフな格好な30代くらいの日本人女性が一人。
『アレが事務次官が連れて来るって言ってた人達の船……いやぁ~~面白そうな事になってきたわ~~うふふ(*´ω`)あ、買い出し急がないと』
東京スカイツリーの頂点。
180cm程の背丈の彼女が一切バランスも崩さず。
チョコンと爪先で立ちながら、何か面白いものを見付けたと言わんばかりに笑み。
フッとその脚を滑らせるようにして地表へと自由落下していく。
―――その内に会いましょう……魔法使いさん♪
長髪を靡かせ、近場のビルへとタワー外壁を蹴って飛ぶ彼女は天地を逆に視ながら、確かに彼らと交錯したのだった。
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