間章「東京浸食」

 暴行、殺人、不審物、狂暴化した動物、植物。


 諸々の対応に追われた警察と陸自が半ば戦争状態に等しい東京を戒厳令下で機動し、次々に都民からの連絡などで顕わになった脅威。


 妙な力を使う人間や明らかに狂気に陥った人間、動く動植物や無機物によって常識を全て破壊されている最中。


 政府中枢もまた対応に追われ、多くの省庁がただただ物理的にあり得ない数字や有り得ない存在や有り得ても困るモノに時間を取られていた。


 総理官邸での会談となったのはそもそも使えるホテルが関東近郊で確保出来なかったという事もあったが、何よりも日本政府がようやく本格的に交渉する事になった相手の要望であった。


『オイ。あれが例の……』

『善導騎士団。コスプレした子供にしか見えん』

『だが、あの歩き方……』

『軍人とも違うが、そういう場所でしか身に付かんだろうな』


 SP達が静かにざわめく中。

 外国人らしい少年少女が3人。


 内閣府の職員に付添われて、総理官邸への道を進んでいく。


 傍目にはパーカーにGパン姿の餓鬼にしか見えないというのが彼らの本音であったが、それにしてもそういうのが戦う人間にしか不要だろう音も立てない歩き方をするというのは気味が悪かっただろう。


 大使ベルディクト・バーン。


 そう便宜上は呼ばれている少年の姿を写真や映像で見た時、政府内では正しく何か狐か狸に化かされれているんじゃないかという空気が漂った事は否めない。


『彼が本当にあれほどの現象を引き起こしたMU人材なのか?』


『映像や画像で報告されても俄かには……』


『ですが、現場から上げられた情報は全て事実です』


『『『『………』』』』


 ただ、それでも外国の皇太子などを迎える時のような待遇でやろうと決まってはいた為、国賓として少年は持て成されるはずだった。


 が、これを善導騎士団側は拒否。


 最終的にベル達は東京湾内に今も沈められているシエラ・ファウスト号から直接海自の船で陸まで運ばれ、陸自の装甲車によって総理官邸へと向かった。


『わざわざ陸自に輸送を頼むなんて、どういうつもりなんでしょうね?』


『後ろの連中の事は機密事項だ。不用意に喋らん方がいいぞ』


『ですけど、本当ならオレ達も治安維持活動に当たってるはずなんですよ?』


『だが、上の話を聞く限り、この現状をどうにか出来る可能性がある』


『本当ですか? あのちっこい外国人の少年少女が?』


『何かの冗談ならば、我々がそもそも戦っているのは冗談そのものだがな……』


 陸自の輸送車両の護衛達すら、半信半疑だったのは北米からの情報が殆ど政府上層部で止まっており、防衛省側も意見が分かれていたからだ。


 曰く。


『信用出来るのか?』

『あの力は本当なのか?』

『我々の知るMU人材とはまるで違うぞ?』


 日本政府もまた信用出来る海自の自衛官を精神分析に掛けるべきか迷うような話で胡乱になりながら半信半疑で聴いていたような段階。


 しかしながら、次々に入って来る関東圏からのSOS染みた怪奇な話の数々はどんなに疎い政治家の耳にも入っており、彼らは事態打開の鍵となるかもしれない善導騎士団との早急な会談を迫られた。


『もうそろそろ到着ですな。防衛大臣』

『官房長。ネクタイが曲がっていますよ』


『おや? 本当だ。さすがに2徹はこの歳だとな。堪えているようだ』


『総理。我々は一体何と対面する事になるのでしょうね』

『君はそう言えば、MU人材に懐疑的な立場だったな』


『ええ、まぁ……外務大臣として世界を飛び回りましたが、聞いた事もありませんでした』


『緊張するな。相手も人間だ。少なくとも形だけは……』


 防衛大臣、外務大臣、官房長官、総理大臣の四名。


 彼らを前にして総理官邸地下の一室において少年はようやく自身の仕事の1つである秘密会談を行う事となっていた。


 実質的に国家安全保障会議が行われている体で参考人として民間人を招致したという形での会議ではあったが、ベルと少女達と猫二匹を見るに当たり、やっぱり担がれているんじゃないだろうかという考えを政府中枢の要人達は拭い切れなくなっていた。


 だって、明らかにアニメコスプレの外国人なのだ。


 彼らが途中で着替えたというのは聞いていたが、スーツと装甲はファンタジーとSFの融合的なものに見えたし、その第一印象は相手の年齢も相まって拭い難い。


 彼らが武装を何一つ持ち込んでいないのは当然としても、武器さえ持っていなければ、正しく単なる女子供……外見的にはそうとしか思えなかったのである。


『騎士ベルディクト。でいいだろうか?』

『はい。そう呼んで下さって構いません。閣下』


 総理と呼ばれた男。


 古田陽日ふるた・よしひは流暢な日本語に聞こえて、実際には奇妙な違和感に襲われ、僅かに困惑したような表情を浮かべた。


 今年で当選9回を数える60代の彼はガッシリとした体格こそ柔道家のようではあったが、物腰も柔和な厚労族の派閥の首魁である。


『翻訳に違和感があるかもしれませんが、すぐに慣れます。それまで我慢して下されば』


『気遣い感謝する。騎士ベルディクト』


 簡素な会議室は殺風景な天上とロの字型に並ぶ机と椅子と小型のマイクしかない。


 対面に座る四人を前にして少年少女が3人。

 彼らの後ろには少年達の希望から八木が付き。


 総理の周囲には本当に信用出来る政務官や秘書達が並んでいた。


 出来る限り、総理の信用出来る政府関係者を少人数集めて欲しいという事を最初に少年が要望していた為だ。


『(あの報告書の通りの外見だが、あの状況判断を本当にこの子が?)』


『(まだ、何とも言えないが、日本語ペラペラなんだな)』

『(むぅ……可憐な美少女だ)』


 全員が本来ならば、今すぐにでもあらゆる仕事に駆り出されねばならない状況であったが、今現在の状況を左右するかもしれないという重要会談への出席要請に渋々出てきた面々でもある。


 彼らにしてみれば、胡散臭い相手を魔法使い派の筆頭である村升事務次官が連れて来ただけの話であり、映像や資料を渡されても相手がどういう存在であるか理性では理解出来ても、本能的にまだ半信半疑というのが本当のところだった。


『まず、最初に確認しておきたい事があります。この時点であの協定と条約は有効ですか?』


『無論だ。米国とも摩り合わせが既に出来ている』


 総理が頷く。


 だが、実際には摩り合わせは出来ているが、物凄く不満顔で情報をせっ突かれているというのが正しい状況だろう。


『では、まず始めに現在の状況に至った経緯を再度こちらから説明させて下さい』


 少年がロスを出発後の状況を次々に話し、最後に現在の状況……自分達の大陸に存在する魔族による国家の実験場化や乗っ取りに付いても告げる。


『つまり、君達の世界の危ない種族が入り込み、黙示録の四騎士達との間で協調関係を築いて我が国を自分達の次なる楽園にしようとしている、と言うのかね?』


『信じられないのは百も承知で申し上げます。後3日も放置すれば、恐らくこの地域一帯は完全に僕らの世界ですら危険地帯と見なされるような状況になります。人口は聞いていますが、恐らく10万人規模の死傷者が続出するでしょう』


『放置すれば、か。騎士ベルディクト』

『はい。放置すれば、です』


『……善導騎士団はそう大きな組織ではないと聞いている。君達がこの状態に対処するならば、どうにかなると?』


『確実に改善します』

『ほう?』


 少年が懐からゴトリと小さな魔力電池のネックレスを置く。


『今、起こっているのは魔力供給過多による人間や動植物無機物の変異です。こちら側の言葉にすれば、物理法則や通常の物理現象から逸脱する存在の発生という事になるでしょう』


『このネックレスは?』


『魔力を吸収する素材で出来た電池です。これを事件が起きている周辺へ大量に配って身に着けさせれば、一端は事態も沈静化の方向に向かうはずです』


『つまり、魔力という大本の原因を人間や動植物から除去するモノ、で合っているかな?』


『はい。今日中に2000万個ご用意する事が可能です』


 その言葉を聞いて外務大臣が僅かに目を細める。

 まるでマッチポンプのようだ、と感じたからだ。

 だって、そうだろう。

 この状況が起きてから3日だ。

 その期間でそんな量を造れはしない。

 最初から造っていたと言われた方が分かり易い。


『一つ訊ねたい』

『何でしょうか?』


『君達は今回の一件について我が国にどんな対価を求める?』


『……ヒューリさん』

『はい』


 少年の言葉に横の少女が持って来ていた鞄からペラリと数枚の紙を取り出して八木に手渡した。


 それを彼が総理達の前にそっと配る。


『……これが君達の我が国への要求か』


『要求というよりは最低限の準備に必要な各種の取り決めと国内での活動の許可申請ですが、問題のある条項はありますか?』


 政府側の大臣四人が目を細める。


 色々と書かれていたが、基本的には彼らにしてみれば、奇妙な条項ばかりだった。


 例えば、ロス、シスコ、善導騎士団の合同大使館を設置する場所として首都近辺の無人の廃坑や山間部地域を租借し、採掘や伐採、建築の許可を出して欲しいとか。


 技術協力時の知的財産権は放棄するが、彼らの技術が使われた成果物に掛かる原価費用の1%分をロス、シスコ側の活動資金として技術を用いた個人、企業から直接徴収させて欲しいとか。


 極め付けは善導騎士団の活動において警察や自衛隊との合同での協力態勢を敷いた場合、あらゆる武器の使用を認めて欲しいという旨の条項だろう。


『この徴収というのは我々からの間接的なものではダメなのかね?』


『はい。米国と共に日本国が我々との関係を悪化させた場合、活動資金が干上がる可能性を捨て切れません。幸いにして、この世界では資金の流動をネットワーク化した金融で行えるそうなので、我々の活動資金の担保として所管省庁の人間などを出向させて頂き、直接徴収という形にしたいんです』


『……関係機関と協議しなければ、まだ何とも言えないが……どうかな?』


 後ろの政務官達が難しい顔をしながらも検討しようとその紙を総理から受け取って頷いた。


『では、この合同での協力態勢というのは……』


『今回の一件で出る被害を未然に防ぐなら装備の使用が必須です。警察と自衛隊と合同での態勢を敷いた場合には重火器、火砲などの使用を認めて頂きたいという事です』


『我が国は法治国家だ……国民に被害が出る可能性を考えた場合、この条項は……』


 古田が難しいという言葉を呑み込んだ。


『無論、被害者、加害者の鎮圧には非殺傷兵器を用います。ただ、魔力関連の事件だと発覚した場合は威力が、迅速に対処するには各種の武器弾薬が必要です。民間人への被害を出さない為に周辺区域の封鎖や避難誘導は必須でしょうが、ゾンビ化したり、対象が人間以外の何かになっていた場合、殺処分しなければならない可能性も高いです。その際に取り逃がす事にもなれば、国内に蔓延する可能性は否定し切れません』


『何!? ゾンビが我が国内に出るというのか!?』


 思わずだろう。

 外務大臣が声を荒げた。


『そもそもこちらの世界ではゾンビ発生の直接原因は分からないという話ですが、我々の世界では基本的に魔力が関連してゾンビが生まれます。今世界に蔓延るゾンビが我々の知るモノとは違うとしても、魔力を大量に供給された地域でゾンビが生まれないとも限らないという事です』


『むぅ……』

『総理……』


 官房長官の言葉に考え込んだ男が少年に鋭い眼光を投げ掛ける。


『君達は一体、我が国で何をするつもりなのかね?』


『協力させて下さい』


 少年が微笑む。


『協力?』


『皆さんがこの世界で生き残る事に協力させて頂きたい。僕ら善導騎士団は人々を護る事を信条にしています。無論、友好国に対して技術供与も行いますし、装備の売買や運用の指導も行う予定です。その際、身の安全の保障と安定して活動出来る地位。そして、信用出来る人材を求めている。そう解釈して頂ければ』


『……人材を求めている、か。それはこのロス、シスコへの移民の際には渡航後、自動で国籍を放棄と見なし、君達側の通告だけで済むように取り計らって欲しい。騎士団への入団はロス、シスコ側の住民としての登録を意味し、あらゆる国籍を放棄、あちらの国籍を得る、という条項の話かな?』


『はい。片道に成りますし、成果だけを得て帰るような移民は要らないとあちらからの要望です。僕らもまた命を掛けて共に戦える人間を欲しています』


 古田が目を解した。


『君達は外交のスペシャリストではないのだな』


『そうですね。僕らは騎士団であって、外交が出来る人材が運よくこの世界に流れ着いたわけでもありません。ですから、愚直なお願いになってしまう事は承知でこの条項は用意させて頂きました』


『普通ならば、多くの点で検討させて欲しいという言葉を突き付けるところだが……君達の要求はある意味で合理的で尚且つ重要なものばかりである事は認めよう。こちらの法律の事もあり、詰めなければならない事は多いが……限定的に君達の要求に応えよう』


 古田がベルを見つめる。


『まず、警察自衛隊との協力についてだが、使用する口径や火器類の種類をこちらで絞らせてくれ。また、発砲許可はこちら側で出すという事で良いだろうか?』


『はい。構いません。我々が造った重火器という一文を加えて頂けるなら』


 その言葉だけで多くの政府側の人間が嫌な予感をさせていたが、落としどころは確実にその辺になるだろうというのも理解していた。


 騎士団の強さは技術だと報告を受けていたのだ。


 そして、その技術も無く戦ったところで今の現状が覆る程の威力になるとも思えないわけで……政府側からの要望の制限は妥当なところであった。


『徴収の件だが、こちらは国税庁と調整して数日中には回答する。直接入って来るなら、仕組みはこちらで考えても?』


『構いません。日本政府が米国と共に動く事になっても我々側として業務だけは着実に行ってくれる人材が来てくれて、法整備がされるならば』


 島流し的に国税庁から出されるだろう生贄を思って、政務官達が犠牲者に内心で黙祷を捧げておく。


『この移民と騎士団への入団についてだが』


『ご懸念となるような誘拐などは一切ないと断言しておきます。あくまで自由意志での渡航、入団が我々の用意する環境への最低限の条件です。逆にそういった事に耐えられないような人材はまったく求めていません』


 その類の話はそもそも騎士団にとって選択肢に入らない事は彼らの常の理念からすれば、当然だったが、一応は少年が捕捉しておく。


『拉致のような事は少なくとも極めて我々に敵対的な組織の人間……例えば、我々の世界の人間を“人体実験の道具”にしている輩やそれに関連して“拉致誘拐”に関わった人物や“組織のトップや幹部”などに対して行う程度でしょう』


『……聴かなかった事にしておく』


 さすがの古田もアメリカへの不信が極まる話は大量に聞かされ、見せられていた為、ベルの爆弾発言を無かったことにした。


 幾ら不信だからと言って、今から米国と決裂するなんて現在の日本に出来るはずもない。


 彼らもまた基本的には日本を護る為に必要な人材には変わりないからだ。


『例外的にロスやシスコに置いてある我々側の治療設備が必要な患者や騎士団に入団させなければ、いつ暴発してもおかしくないような変異を受けた人間などを連れて行く事は考えられます。そちらとしても警察や自衛官が100人単位で死亡するような事件をお望みではありませんよね?』


 思わず吉田の顔に汗が流れた。


『―――これからそういう事になると?』


『日常になるかもしれません。犯罪者が力を手に入れて自制したりすると思いますか? 無防備な警察官や自衛官に絶対死ぬだろう護送任務や対象の殺処分を請け負わせる事がこの国で倫理的に問題無いと言うなら、別に構いませんが……そういった明らかな権力の薄弱化が露呈すれば、政府機能は今の麻痺状態から壊滅まで向かうはずです』


『……我々に選択肢など始めから無かったわけか……』


 古田が息を吐く。


『ロス、シスコにはそういった人物を隔離収容する施設がもう出来ています。それをこの国の中にお造りする事も可能ですが、専用の設備になりますから時間が掛かります。それに魔力を用いる現象に絶対はありません。物理的な距離が最も脅威を遠ざけるとお考え下さい』


 ベルは笑顔だ。

 そして、政府高官の誰もが思う。


『ああ、誰だ。この少年が楽そうな交渉相手だ、なんて言っていたのは……』と。


『そういった特異な人物達をこのペンダントで減らせるのでは無かったかな? 騎士ベルディクト』


 外務大臣の声に肩が竦められた。


『初期症状だけならば、そうでしょう。ですが、魔力への親和性が高い人物。資質を持つ人間がその力を開化させれば、魔力の発現や魔力が無くても極めて強い力を発揮し続けられる人体や精神、能力を手に入れかねない。無論、時間が掛かれば掛かるだけ脅威度は増していくでしょう』


『ただ、取り締まるだけでは無意味という事かな?』


『逆に悪化しかねません。自身の置かれた過酷な社会環境に応じて狂暴性が増したり、能力が増大したり、感情が制御出来なくなったり……悪循環で状況が悪化すれば、殺す以外にないという人間も増えてしまうはずです』


『我が国には対処能力が無いと君は言いたいのだな?』


 古田の言葉に少年は軽々と『何でそんな当たり前の事を聞くのだろう?』という顔で頷く。


『だから、言ったはずです。と』


『『『『―――』』』』


 少年は笑みを浮かべたままだ。

 そして、その瞳を覗き込んでしまった大臣の誰もが知る。


 目の前の相手は外交の素人だが、確かに自分達が知らない世界の人間だろうと。


 どちらでもいいですよ?

 そう、瞳は言っていた。


 そう、愚かな選択をするのか、賢い選択をするのか、分からない異世界人を前にして品定めしていた……彼らは自分達が見ている側だと思っていたが、それは同時に見られている事だと今更ながらに思い知ったのだ。


 深淵を覗く者は深淵から覗き込まれている。


 陳腐なセリフだが、彼らは政治家として初めて今その瞬間に自分達のこの場所での決断が祖国の命運を左右するのだと気付き、手に汗を掻いた。


『騎士ベルディクト。君が思う時間でいい。我が国の直面する問題が限界を超えるのはこれからどれくらいの時間の内だろうか?』


です。3日待ちました。この間にかなり魔力の浸透を受けた動植物や無機物が変異しているはずです。僕らから最初期の対応に幾らか助言をしましたが、混乱でまともに情報が運用されている気配もありませんし、法律で色々と出来ない事も多いんでしょう』


 古田の声にサラッと少年は特大の激薬を提示する。

 一国の首相たる者の眉間が自身の指で揉まれた。


『君の予測を聞かせて欲しい。我が国がになるまでの時間は?』


『2週間。魔力に目覚め、魔力を再生産する人物や植物、動物、無機物が現れれば、加速度的に被害は進行します。魔力波動が拡散したカントウ圏と他圏域の隔離が必要です』


『隔離?』


『物理的に人と物の物流を遮断しなければ、日本全国に浸食が拡大し、手が付けられなくなります』


『この混乱が更に全国へ……』


 官房長が僅かにその光景を思い浮かべ、思わず顔を固まらせる。


『騎士団が総員出撃した場合、カントウ圏全域の事態対処に約2か月。僕らから技術供与した装備を自衛隊及び警察が使い始めれば、彼らだけでも数年あれば何とかというところでしょう。ただ、その間に出る被害は数百万から二千万人と騎士団は見積もっています』


『……今日中に君達から供与されたペンダントを渡しても、事態の進行を遅らせる効果しかないわけか……』


『お察しの通りです。未だ先日の暴風雨の被害から脱却出来ていない状態ではまともにインフラも動かず、現場からの情報や現地での環境が分からないでしょう。更に魔力関連の事は僕らのような別世界の人間か、魔力を最初から持っている人間にしか把握のしようもありません』


 古田がフゥと溜息を吐いた。


 会談の場では異例な事だったが、今祖国の岐路をいきなり教えられては仕方も無い。


 他の三人にしても聞かされた内容の衝撃に未だ内心を立ち直らせる時間が確かに必要だった。


『……そのペンダントの供給は今日中に可能だとの話だが、お幾らかな?』


 古田のその声こそが日本政府が半分白旗を上げた事実そのものであった。


『僕らは人々を助ける事を信条としています。この魔力電池に関しては今後、造り方も含めてお教えします。無料で結構ですよ。シスコ、ロス、善導騎士団との友好の証としてお納め下さい』


『(ただより高いものはない、の諺を教えて差し上げたいくらいだが、一体何を考えているやら……)』


 官房長がそのペンダントを見て、目を細める。


『警察消防自衛隊市役所町村の役場……それから各省庁の所管する全ての施設に届けよう。国土交通省の協力がいるな。そのペンダントの輸送ルートの構築に協力し―――』


 古田が考え付く限り、指示を出そうとしたが、少年がその言葉に少し手を上げて遮った。


『供給はこちらで行えるよう既に手を打ってあります。カントウ圏全域の市役所、警察署、自衛隊基地などでいいですか?』


『何? 一体、それはどういう』


『僕らも3日間何もせずにいたわけじゃないので。連絡が入った役所が管轄する地域の人口をお教え下されば、その分に+1万程度の予備をお付けして届けられますよ』


『君達は3日間、東京湾に沈んでいるという船の中にいたのでは?』


『法律を護って滅亡するか。法律を破って生き延びるか。我々は後者だと言う事です』


 自衛隊の監視など筒抜けだし、こっそり街で活動していたとバラされた防衛大臣は部下を叱り付けるのは止めようと少年を前に誓う。


『それとカントウ圏全域に米国へも依頼して飛行禁止措置と同時に航空機の運航許可を頂きたいんですが……』


『どういう事かな?』


『ペンダントだけでは不確実性が高いので予防措置として航空機によるこのペンダントの粒子の散布を行います。肺に入り込まないようにこちら側の技術で処理した代物で胃に入っても便と一緒に出て、体内で吸収される事もない、そういう魔力吸収用の優れものです』


『航空自衛隊は協力出来るかな?』


『いえ、今日中に全域散布するなら、我々の乘って来た船が適任です』


『……そう言えば、時速450km出る空飛ぶ潜水艦だったな……』


 大体の事が決まったと同時に官房長が周囲に目をやる。


『では……壁建設予定の民間の土地と建物に関しては超法規的に徴用し、建物からの退避と非難を自衛隊と警察を主軸に行いましょう。土地周囲の予備的な建築や測量に関しては民間の……を主軸に複数の大手に任せてみようかと思いますが、総理よろしいですか?』


『構わんよ。最も適している者と今、出来る者が一緒というわけでもないだろう』


 官房長と古田が頷き合う。


 ファンタジー此処に極まれり的な報告書を一応全員が読んでいたが、まるで現実感が無かったせいで、その場の政治家達の大半は騎士団側に全て丸投げするところは任せようという意見で一致する。


『連絡は八木さんを通してお願いします。許可と連絡が出次第、我々は行動を開始しますので』


 少年が立ち上がり、握手を求める。

 それに……古田もまた立ち上がり、握手で返した。


『今後の詳細は……コレを』


 少年が水晶玉のような魔術具を取り出して古田に渡す。


「そのペンダントを首から掛けてから触って呼び出しと声を出して下さい」


 古田が言われた通りにすると。

 虚空にブゥンと映像が浮かび上がる。


『どうやら上手くいったようだな。騎士ベルディクト……此処からは我々が詳細を詰めよう。君達は関連任務を現場で遂行してくれたまえ。こちらの話は後で送る』


『了解しました。ガウェイン副団長』


 白い病室。

 その上で未だ病院着姿の男が一人。

 その横に数人の秘書達を連れていた。


『貴方は……確か……』


 古田達も存在は知っていた。


 フィクシーが実質的に騎士団を取りまとめているのはそもそも副団長と呼ばれる男が現地の病に掛かって療養中だったからだと。


『善導騎士団副団長ガウェイン・プランジェだ。お初にお目に掛かる。日本国代表、古田陽日殿。今後、善導騎士団の現地の窓口は騎士ベルディクトに一任するが、それ以外の政治的な話は私が直接携わる事となった。このような姿、このような場所からで申し訳ないが、お恥ずかしながら我々には今人員が足りていない。代行であるフィクシー・サンクレットはこちらで重大な任務を遂行中であり、容易には時間を取れないのだ。寛恕願えれば幸いだ』


『い、いや、善導騎士団側の厚意には今現在感謝せねばならないところであり、我々としても騎士団の上層部と直接対話出来るチャンネルを設けられた事は喜ばし―――』


 古田達が話している間にも頭を下げ、少年達は八木と共にその場を後にしたのだった。

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