第79話「離れた手」

 追加登場人物


 |白木二真(しらぎ・かずま)(15)♂


 ・陰陽自衛隊に編入が決まっている陸自の自衛官。ゾンビ出現後、自衛隊は極めて広く入隊の下限を取った為、今では中学卒業と同時に全国に新設された自衛隊へ入学と同時に直接入隊となる一条校が存在している。密かに陸自がMU人材と呼ばれる家系の者達に接触し、彼らをスカウトや志願を促す形で入隊させているが、カズマはその中でも広範な戦闘に耐え得る人材としてエリートコースに入っており、将来的には陸自もしくは陰陽自衛隊において幹部自衛官の制服組、幕僚の一人となる可能性があった。実際、彼の身体能力及び現場判断は本人にこそ知らされていないが、かなり高い水準であり、総合評価こそ最底辺(主に筆記)だが、現場指揮官として将校過程に教官である安治准尉が推薦している。陰陽自衛隊は自衛隊の皮こそ被っているが、事実上は他国の軍隊などを纏めて対ゾンビ戦闘用の突破部隊として編制する為のハブとなる基幹部隊という感じに防衛省では見なしており、将来的には自衛官という名前ながらも内部規範などは全て外国式で統一される事が内定している、実はこっそり彼はそういった外人部隊とのコミュニケーションも取れる人物として密かに期待されていたりする。だが、そんな事は露知らず。本人は炎が出せる術師として活躍したいと思いつつも、いつもマッチやライターや着火剤よりは簡単に火が出せる人物、野外演習で重宝する馬鹿としてライバル達には親しまれている様子である。特に魔力も殆ど無く、魔術が使えない事を除けば、陸自的には現場に一人は欲しいムードメーカーと言ったところだろう。


 ヴァルター・ゲーリング(15)♂


 ・薬師の魔女の家系に生まれたドイツ系アメリカ人日本産まれという複雑な出自の少年であるが、基本的に現代日本の男子高校生なイケメン銀髪野郎。しかし、異性にモテても彼は色恋や外見を整えるよりも純粋に級友達と馬鹿な話に盛り上がる方が楽しいという人物であり、彼女いない歴=人生という非常に勿体ない生き方をしていると同性及び異性から忠告されている人物でもある。ただ、自分の家系の殆ど途絶えたに等しい魔術や薬師としての技能はしっかりと受け継いでおり、伝統芸能の域だとは思いつつも護り継いでいく事は決めている。陰陽自衛隊創設に際して集められた将来の幹部候補生の一人であり、日本国籍保有者であり、内面も日本人とほぼ変わらない事から、成績さえ良ければ、制服組の幕僚になれる逸材なのだが、どうにも主体性に欠けると言われ、未だに成績は低空飛行を続けている。ただ、当人が意図してあまり好成績を出すと対ゾンビ戦闘の矢面に立たされるかもしれないという危惧から成績を落している疑惑があり、教官からは長い目で見ていく必要があるという報告書が提出されている。


 ユンファ・ラオ(15)♀


 ・占術師の家系に生まれた香港在住であった中華系マレーシア人という華僑出自の少女。ゾンビから多くが逃げた香港の人々は大抵が台湾か東南アジアに逃れたが、その時に日本へ逃れたのが少女の家系であった。移民後は横浜に在住し、そこでほぼ日本人として育てられており、実際小中共に普通の学校に通っていた。事前の評価では精神的に家族への依存が強く、家を大事にし、家を心の拠り所とする想いが強い事から郷土愛に溢れた資質の高い人材として期待されていたが、ホームシックが微妙に酷く、家族や家の周囲の事が気になって集中力に欠ける事から、中々成績が伸びないという現状に陥っている。陰陽自衛隊創設に際しては占術などによる事前の作戦上の重要項目の予測などが想定されており、的中率4割を超える彼女の家系の魔術技能は是非取り込んでおきたいというのが上層部の考えであったが、未だそれが実施出来るような環境も人材の質も揃える事が出来ていない。ただ、新たな家や家族として組員達と触れ合う事が出来れば、この点は改善されていくだろうという教官の報告から未だに将来的な芽はあると最終評価は留保されている。


 安治あじ・トーマス・Jr(44)♂


 ・数年前、陸自の外人部隊として中国本土への橋頭堡確保、上陸作戦において最初期から作戦終了まで部隊の撤収を維持した殿部隊の一員として幾つかの勲章を授与されているアメリカ系日本人。対ゾンビ戦闘に関してはゾンビの出現以後、自衛隊が行った海外への小規模な偵察派遣任務に従事しており、現地で数多くの国家が破滅する姿を見て来た歴史の生き証人でもある。中国に派遣されるまではそれなりに美形なイケオジで通っていたが、彼の地からの撤退時、殿の部隊で戦い続けた結果……最後に撤収する際、最大規模の群れに襲われて顔面を複数部位齧り取られて重傷を負い、今はあまりの顔面から特別に包帯と仮面を付けて任務に従事している。実は陸自が最初期に獲得したMU人材であり、当人は水芸と称する程度の水の発生と操作を行う魔術を行使出来る。ただし、当人は真っ当な装備やインフラさえあれば、殆ど自分が魔術を使う必要のない戦場ばかりを経験してきた為、MU人材の訓練教官となってからも殆ど魔術行使はしておらず。訓練生には逃げ足の重要性を説き、撤退戦や遅滞戦闘の訓練ばかりを施している。だが、実際に対ゾンビ戦闘の際は圧倒的な火力で相手の数を葬り去るか。補給が切れて逃げるかの二択しかない為、彼の偏った訓練メニューに関して陸自側は何ら文句を付けていない。実は妻子持ちであったが、中国への橋頭堡確保時の作戦で死んだと思って欲しいと離婚。ほぼ全ての私財を妻と娘に残して旅立った。帰って後も親子関係や妻との関係は極めて良好だが、己の顔を見られたくないと同居はしておらず。2か月に1回会いに行ってはお土産と土産話を渡すのが楽しみとなっている。二人とも地方の田舎に住まわせており、連絡はメールなどで取っている為、孤独という程に孤立してはいない。意外と涙脆くて感動動物系映画が苦手というオジサンである。


 ルサールカ・グセフ(15)♀


 ・ロシア諸島連邦出身の15歳の少女。彼女は故郷においてによって養成された後、日本側の難民受け入れ対策の一環である優秀な幼年者の日本国籍の取得及び日本国内でのロシア亡命政権及びロシア系企業への就職、要は人手不足の日本国内のロシア系住民社会に対する人材還元政策によって招かれた。ゾンビによるユーラシア大陸失陥までの時期に北方四島と北海道北部の島々にはロシア系住民の難民が押し寄せた経緯から、そこは現在ロシア難民の溜まり場となっている。日本が当時基本的に米国に北海道及び東北への大規模な移住及び租借による亡命政権の樹立を政策として掲げた後。その『これ以上の移民は不可能だ』という大義名分の下、他国からの移民と難民にはG7や友好国以外、極めて厳しい条件での受け入れが課せられたが、ロシアに関してはを条件にして日本政府からは支援金が出る事になり、その租借地に対してならば、無制限の移民難民の受け入れ許可が出された。これはつまり、島々に対して日本は移民や難民をどれだけ収容しようが、ロシアの権限でお好きなだけどうぞ、という事実上の北方領土の放棄であったが、同時に租借した地域に対する支援金には限界がありますという宣告に他ならず。ロシア政府は日本国内への難民と移民の移住に関して他の中小国と同じ規模の受け入れしか行われないが、特例的な措置で更に+αの地域を手に入れたという事になる。ロシアは現実的に日本国内には政府の指導層や研究者、科学者、技術者に限って逃がし、他の北方諸島にはそれより幾分か優先度の下がる人員を養える限りは詰め込んだ。結果として、ユーラシア失陥までに総勢で300万人程が狭い島々に鮨詰めにされる事になり、軍による徹底的な管理の下で地獄のような飢餓と暴動が発生する社会が形成されていった。最初期の混乱で淘汰されながらも何とか生き残った人々は日本本土への脱出を夢見ていたが、本土にいる亡命政権は日本政府からの厳しい対処と本国への送還に対して口出ししない、これは日本の専権事項であるという約束から基本的に無視を決め込み。日本は米国に租借中の道県における全ての違法難民移民の返還業務を委託。結果として、ロシア内でも少数民族などの被差別民や日本本土に行けなかった少し能力的に劣る人々が寄り集まった現地市政運営者達が激怒。米国及び本土亡命政権との関係を悪化させ、再冷戦の如き様相を呈し、今も日本からの支援で辛うじて運営されている。少女はロシア諸島連邦から2つの密命を受けて活動する諜報活動従事者だ。ロシア亡命政権や日本政府の内情を探る存在であると同時に北方諸島からの大規模な移民政策を日本政府に翻意させる為の迂遠な手段……使として諸島の民をアピールするモデル・ケースでもある。日本政府及び自衛隊はこの事を勿論のように知っているが、彼女が実際にどのような働きをしてくれるのか神妙に見つめており、違法性の無い諜報活動をしている限りは放置される事が決定している。


 |片世依子(かたせ・よりこ)(34)♂


 ・中国本土への橋頭堡確保作戦に従事して、初めて陸自内で頭角を現したMU人材。MU人材の有用性を国内の一部の人々に戦慄と共に知らしめた張本人。当人は至って普通の日本人を自称しており、事実として彼女は東京在住の一般家庭の出である。しかし、十代後半の頃より、極めて身体能力が高い事に自覚があり、魔力運用による体系化されてこそいないが、確かな力の使い方を独自に編み出した結果、陸自内では鉄人もしくは超人として最初はMU人材とすら思われないままにレンジャー過程を終了した数少ない女性の一人であった。しかし、中国本土で部隊が次々に瓦解する中、彼女は全ての部隊が撤退し終わるまでの時間を稼ぐ為、単独でゾンビ相手に奮戦。いや、その当時既に完全に人外としか思えない身体強度と能力を備えていた為、彼女にしてみれば、詰らない流れ作業を延々を行ったに過ぎないかもしれず。その姿を無人偵察に捉えた自衛隊が知ったのはMU人材の真の実力にして怖さであった。遥か地の果てまでも埋め尽くすゾンビ達がゾンビ達の屍の上を歩き。同じように歩いて全てのゾンビ達を撲殺していく女が野戦服姿で一人。当時から己の力を持て余していた彼女は自分を脅かす程に強い相手との血肉が躍るような戦いを求める戦闘狂と化していたが、そんな彼女にしてみれば、百万単位のゾンビの群れすら単なる遊び相手以下の詰らない的でしかなかった。最後の部隊の撤退と共に遠泳で台湾まで泳ぎ切って戻って来た彼女の異常な戦果を前にして陸自は事実を隠蔽。内情は伏せて、勇猛果敢に戦った英雄の一人として彼女を扱い、佐官級の位を与えようとしたが、現場に出られなくなるのは困ると彼女はコレを固辞。結果として彼女の事件を機に陰陽自衛隊創設というプロジェクトが大規模に始まる事となった。目指すは彼女の量産であり、結果として多くの人々が彼女を中心にして運命の歯車を回される事になる。彼女は陰陽自衛隊創設時の重要メンバーとしてオブザーバーとなり、各地から集められたMU人材に対しての振るい落しや適性試験を作る立場を経ている。現場では機関砲や戦車砲で殺せない女という通り名で使える人材を選別しつつ、訓練に明け暮れていた。黙示録の四騎士との戦いを誰よりも望んでいるが、今の自分のスペックではまだ少し戦うには足りないと自覚する故にその足りないピースを求めていた人物でもある。彼女の生死感はであり、人の生死にはあまり頓着しないタイプ……ただ、その実態を知った者達は多くが内心で『あんな化け物が英雄か』と思うらしい。実は高いビルやタワーの頂点に昇って風を受けて涼むのが好き……SNSでは怪奇事件ファイルとして語り継がれる伝説の人影だったりする。


 緋祝悠音(ひのはふり・ゆね)♀


 ・吊り目でしっかり者の金糸の長髪に虹彩異色の少女。子供っぽいところもあるが、意外と中身はしっかりしており、実はとても寂しがり屋。毎日、朝起きると誰にでもなく祈る事が日課となっており、それは全て家族と親しい人の安寧の為という少し普通ではない一面を持つ。体育と歴史や国語が得意だが、数学や理科のようなものは不得意。姉である明日輝をお姉様と呼んで慕うが、別にお嬢様口調だったりはしない。将来の夢はお嫁さんだが、年収1000万以上、優しくて楽しい人、まぁまぁな顔立ちを希望する現実的な女子でもある。


 緋祝明日輝(ひのはふり・あすてる)♀


 ・おっとりで優し気な視線の金糸の長髪に虹彩異色の巨乳少女。しっかり者で妹を監督する立場として完璧なお姉さんと目指している頑張り屋。そのふくよか過ぎる胸の包容力は絶大であり、包まれて眠る者には完璧な安眠を与える事が出来るに違いない。お掃除、お洗濯、お料理、家計簿も付けられるパーフェクトな嫁検定特急超人で理数系に強い。倹約家だが、缶詰食を日常的な食べ物としては快く思っておらず。必ず手作りの生の食材を使った料理を心掛けている。そのグラビア・アイドルやパリコレのモデルも裸足で逃げ出すスタイルと美貌がエプロンを纏う時、彼女のキッチンは戦場であり、その集中力は極めて高い。故に料理を邪魔されると優しげな恐ろしい笑顔で応えてくれる料理の鉄人だったりもする。特に日本食と洋食に精通しており、そのレパートリーは600にも及び、今も増え続けている。




 前回までのあらすじ


 オレは主人公の四肢をリリースして一時的勝利を発動!!→火星人は食べ物ハッキリ分かんだね→子作りでカワイイ使い魔を創るんじゃよ→放棄された無人島には恐ろしい怪物が……漂流者達は一体どうなってしまうのでしょうか?→どうやら基地は火星人に占拠されているようです→巨大空洞に残された謎、狂気の殺人蛸による連続自衛官殺人事件を追え!!→あ、追加で百足と蠅の王が入りま~す→復活の主人公→くくく、烏賊と蛸と百足と蠅は我らの中で最弱→変なロリコンから逃れた仲間達は新たなるステージへ(ちょっと日本政府を脅す程度の能力を使って)!!!




第79話「離れた手」


 ―――富士演習場敷地内第21師団専用総合演習区画。


「ごらぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」


 ビブラートが掛かっていそうな怒鳴り声。


「あいやぁあ?!!」

「オレの屍を超えていけ……」

「ああ、そうさせてもらう」

「いや、連れてけよ……」


 今日日、世界がゾンビに呑み込まれた状況を踏まえれば、陸上戦力などゾンビ相手には上陸阻止戦力、地域の隔離封鎖戦力としての意味しかない。


 という事など誰もが分かっている。


 ゾンビの圧倒的な数を前にしてあらゆる攻撃兵器は無力。


 現代兵器は確かにゾンビを完全無欠に破壊出来たが、長時間の戦闘、極めて大量の物資の淀みない補給、経戦能力の維持が不可能ならば、何れは食い潰されるというのが結論であった。


 なので陸上自衛隊のような死亡率が極めて高い歩兵職を志向する者は減っている。


 ユーラシア、北米、中央アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ。


 全ての戦域で完全無欠に陸軍はゾンビに蹂躙され、その仲間となったのだから。


 それでも辛うじて日本の陸上自衛隊が定員を割って尚、実存を保っているのは実際にゾンビの上陸が何度も水際で止められてきた事を国民が知っており、義務感と祖国の安寧を志す少なくない若者が割といた、というところに帰結する。


 そして、同時に彼らと全て同じではないにしろ。


 日本で優位な生活環境を得る為に国内の難民や移民出の日本国籍取得者の若者や2世などが割りと入った事も要因の1つであろう。


 十五年前に赤子や幼児、子供だった彼らは今や自衛隊への入隊可能年齢が15歳に引き下げられた事も相まって普通に訓練や教育を受けている。


 防衛大学校の付属高校が全国に大量新設されたのは8年前。


 そして、現在に至っては日本の取り組みは海外でも評価されていて、多くの15歳の子供達が次世代のゾンビの脅威から国民を護る為の戦力として、あるいは生き残る為の術を学ぶ場として、普通教育以外にも大量の教練を課され、地獄のような訓練に明け暮れている。


「クソ。脚に喰らっちまった。移動速度超過でビリビリとか!? どうしてオレ達の班には医療出来るヤツがいねぇんだよ!!」


「悪いが、オレ達の組は医療出来ねぇ3人だけだ。何故かって?」


「何でもいいから射撃してよぉ!?」

「極限環境用対ゾンビサバイバル訓練だからさ!!」

「誰に説明してんだよ!?」


 塹壕の中、突撃してくるゾンビ役の陸上型ドローン。


 人型の的を動かすドラム缶型のソレが大挙して押し寄せ、まだ15歳な彼らは片手の小銃を手にようやく49体目のゾンビを撃破後、塹壕内を走って後方へと向かう。


「ゴールまだぁ!? もう3kmは走ってるのにぃ!?」


「ハハハハ、やだなぁ。ユンちゃん。僕らはMU人材……確実に通常の2倍の量を走らされる運命ダヨ。塹壕を出てゾンビに捕捉されながら撤退するか。あるいは教官が土砂で埋めた塹壕の壁を無理やり突破して後退するかの二択なのさ(キラッ)」


「キラッじゃねぇよ!? どうすんだよ?! カズマぁ!?」


「ヴァルター。こういう時は唱えるんだ」

「何をだよ!?」

「魔法の呪文さ」

「魔法の呪文? どんなのだよ!?」


「―――きょぉおおおかあああああん!! もう無理ぃいいいいいいいいい!!!」


「ば、馬鹿!? とち狂ったか!? あの教官にんな事言ったら!?」


「このカズマ野郎!! 鬼!! 悪魔!! カズマ!! バカばか馬鹿!? あいやぁああ?!!」


 猛烈な怒気が空を渡ったような錯覚。


 一人の少女と二人の少年が見る前でゾンビ役のドローンが次々に退路を塞ぐように展開され、続いてカポカポと音がした。


「ひぃいいぃいぃい!? カズマぁ!? お前のせいだかんなぁ!? 騎士役を教官殿は買って出て下さるそうだぞぉ!?」


「もうお家帰るぅ!?」


『きさまらぁ……電流は1.2倍だ。なぁに死なんから気にするな。MU人材の新世代がコレとはぁ……忸怩たる思いで教育が必要だなぁ』


 鎧に身を包んだ馬に跨るHENTAI。

 明らかに西洋鎧ではない。


 日本武将っぽい鎧に鬼の面を付けた男が明らかに普通のサイズには見えない馬に跨って、ドローンの後方に現れた。


「くくく、オレはこの時を待ってたんだぜ? 何故かって? 騎士役を倒したら、そこで訓練終了だからだよ!!」


 少年の一人が己の手に持った小銃を投げ捨て、自らの片手を上げる。


「オラァアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 叫んだ途端。

 ボッと極度の熱量が周囲を襲う。


「あっつぅ!? やめろ!? 止めろってバカ!? オレ達が火傷するじゃねぇか!?」


「あいやぁああぁ?!!? 髪がぁ!? チリチリヘアーはいやぁあ!?」


「ファイアーボール如何っすかぁああ!!!」


 猛烈な勢いで火球が騎士というか。


 侍的な相手に投げられ、秒速20m程の勢いで塹壕内を抜けて、ドローンの持つ人型目標の板を焼き焦し、後方の馬に当たろうかという時。


『まず何よりも名前がダサ過ぎるな』


 そうダメ出しした教官と呼ばれた男がペイッと片手で叩くような仕草をする。


 すると火球が横に逸れ、通路を焼いてすぐに鎮火した。

 ドローンは死体役として機能停止。


『お終いだ。今日中に反省点を洗い出したレポートを提出し、今回の状況で塹壕から撤退時にどう逃げるべきか所見を書いて送れ。12:00時厳守だ」


 武将な鎧の男の手が三人に向けられた時、その手から大量の水が吹き上がったかと思うと濁流となって、彼らを押し流していく。


「溺れたら、教育委員会に訴え、ガボボボ―――」

「ズブ濡れはいやぁ、ガボォ?!!」

「カズマぁ……後でぶっ殺、ガボォ?!」


『安心しろ。MU人材なら死なん程度に教育してもいいと事務次官殿は仰せだ』


 ズザァと白いドラム缶型ドローンと共に流された少年少女は見事にズブ濡れとなり、塹壕内の泥水に使ってしっかり電極入り野戦服まで汚し、反省文まで書かされる事になったのだった。


 *


 第21師団……その殆どを日本への移民及びその2世で構成する通称外人師団。


 10年で数師団も新設された国外からの避難してきた軍人などを受け入れて肥大化した陸上自衛隊の師団の1つは今や全国から集められたMU人材……端的には魔法使い等と俗称で呼ばれる15歳の少年少女の志願者や教官役の人々からなる一種の軍事教練用師団となっていた。


 陸上自衛隊の通常のカリキュラムでは伸ばせないMU人材の素質を伸ばす為に一括して富士演習場内の機密区画で対ゾンビ戦闘を学ばせているのだ。


 MU人材の若手の育成には今現在、事務次官の後押しによって何とか資金が捻出されているが、給料以外の消耗品や育成用の様々なシステム、物品の多くは彼らMU人材の国内団体からの寄付や人材派遣で賄われている。


「あーだるー」


 |白木二真(しらぎ・かずま)。

 15歳。

 黒髪黒目に野性的な顔立ち。


 身長もそれなりに高く二枚目な顔立ちなのに残念な性格の男。


「だるいのはお前のせいなんだよなぁ。カズマぁ……」


 ヴァルター・ゲーリング15歳。

 銀髪銀眼にクールを気取れる切れ者系な顔立ち。

 だが、基本的に中身が普通過ぎる男。


「もぉ、お家帰るお家帰るお家帰る」


 ユンファ・ラオ15歳。


 褐色の瞳に黒髪のショートカットで顔立ちはキツメの一重系。


 なのに、中身は極めて乙女な年頃の少女。


 陸自が極秘にカリキュラムを組んで教育するMU人材の若手ホープ達。


 その一組こそ彼ら【MU-037組】であった。


 俗称は『おさない組』もしくは『え、イタリアいないの?』組。


 イタリアとドイツと日本が揃っていれば、確実に枢軸組とか言われていたであろう彼らは同じような倉庫が立ち並ぶ区画でステテコ姿で花札でもやっていそうな親父、みたいな雰囲気を醸し出しつつ、己の総合評価がデカデカと張り出された倉庫内の壁を見つめていた。


 演習場内に新設されてまだ2年程の小さな基地の倉庫群の1つ。


 彼らのホームである専用の設備しかない其処でシャワーを浴びたのが10分前。


 少年少女達はTシャツにスエットの短パン姿で冷たいコンクリの床の上に瓶ビール用ケースを引っ繰り返したモノに座っている。


「オレ、もっと魔法使いって劇的なドラマみたいな事しながら運命の敵とかと戦えて、カッコよく中二病台詞を決められるもんだと思ってたんだけどなぁ」


 カズマが溜息を吐く。

 その片手には包帯が巻かれていた。


「教官が言ってただろ。オレ達なんぞ上の連中からすりゃ塵芥だってよ。何故にカッコ付ける必要があるのかと。そもそも陸自だってオレ達が使い物になるとは思ってねぇよ。だが、可能性は捨て切れねぇから、こうして此処に閉じ込めてガッツリ訓練させてんじゃねぇか」


 ヴァルターが得たいの知れない緑色のドリンクをコップから飲み干す。


「もぉいいよぉ。どうせ底辺だしぃ。ぁ~~東京、まだあの嵐のせいでダメみたい。大丈夫かなぁ……横浜……どこの局も映してないし!! ああ、もう!! 事件や事故が多発してるって言うのに、家族にも連絡取れないとか!!」


 スマホを弄っていたユンファが緊急時の災害伝言ダイヤルに掛けて実家への安否確認を入れた後、溜息を吐いてソレをテーブルの上に置いた。


「銃の方が強いとか。そりゃそうだけど、汎用性はこっちの方が上だろ……何故に魔力強化カリキュラムみたいなのは無いのか」


 カズマが愚痴る。


 彼らが常にやらされているのは基本的に様々な絶望的な状況下での後退と脱出のシミュレーションばかりだ。


 3か月程演習場に詰めているが、何一つ魔法的なものを伸ばす修行などしていなかった。


「お前のとこの名前何だっけ?」


 ヴァルターに彼が肩を竦める。


「ウチの爺ちゃんが陰陽の葉紙はし術つってた。アレだよ。アレ……式神とか、植物伸ばすとか」


「お前、んな事出来るのか? 炎しか出せねぇじゃねぇか」


「いやぁ、ウチの家系って平安の頃の術師の一族の傍流の傍流みたいでさぁ。普通の陰陽師が使えたらしい術の端っこだけ継いでる流派なんだよね。流派って言っても、○○流みたいなもんでは無くて爺ちゃんが言うには一子相伝の一発芸なんだって」


「……一発芸にオレ達は今まで組長を任せてたのか……攻撃力高そうって理由だけでッッ、不覚?!! 超不覚ッ!? やっぱ、オレが組長やるべきだったわ!?」


 ヴァルターが天を仰いだ。


「でも、炎出せるって言ったら、マジかよスゲーって言っただろ!? それに爺ちゃんも驚くほどの才能なんだぜ? 継がせられる術が無い?!! って」


「そりゃ、困ってたんだよ。クソ……馬鹿は馬鹿でも自覚が無い方だったか」


「酷ッ?! でも、ご先祖様は天を割く大木を作ったとか、巨大な石で化け物を地の底に封印したとか、海を渡る橋を造ったとか言われてるんだぜ? カッコ良くね?」


「ああ、カッコいいカッコいい。お前のご先祖はな」


「な、なら、お前のとこのは何なんだよ!?」


 その言葉にヴァルターが歯切れ悪そうな顔となった。


「……魔女」

「魔女? お前、男じゃん」


「ッ、だから、言いたくなかったんだよ!? いいか!! 魔女っつうのは男も含めるもんなんだよ!! ウィッチ・クラフト!!」


「ドイツ語で」


「くぅ?! 人の弱みを突いて来やがって!! 家はバリバリの英語圏なんだよ!! ドイツ系ってだけでだなぁ!! それにオレは生まれてこの方日本語しか話したこと無いんだぞ!! 両親がどっちも日本語話せりゃ構わないだろって英語もドイツ語も教えてくれんかった」


「……で、何が出来るの?」

「他人の夢見たり、後は……ぁ~~薬調合したり」

「怪しげ?」


 口元に手を当ててカズマが小首を傾げる。


「怪しくねぇ!? 普通の薬よりちょっと効き目がいいだけだ!! ぶっちゃけ、大昔の薬師の家系なんだよ。今の良く効く薬は効き目もスゲェが、副作用もでけぇ。でも、オレの家系が使う薬の大半は副作用が殆ど無くてそれなりに効く……まぁ、後は劇薬と毒薬とヤバい薬も調合できっけど、儀式用であって、実用じゃねぇんだ……」


「へぇ~~」


「そもそも儀式や動作で起動する術の仕組みが残らなかったんだ。実用に足らないのばかりでマンパワー集約すりゃ何でも出来る時代になったから……」


「世知辛いなぁ……ラノベ張りに衰退する理由が科学や文明の発展なのか。で、ユンちゃんは?」


「は? 何で言わなきゃいけないの?」


 冷たい視線がカズマに向けられる。


「いやぁ、今日の敗因は確実にヴァルターが君を庇って負傷した事なんだよねぇ」


「ぅ……カズマの癖に!?」


「ははは、何とでも言うがいい。さぁ、吐け!! 吐くんだ!! 仲間に自分の残念な家系の話をするんだ!! 我が隊切ってのうっかりさんよ!!」


「くぅ……レポートに書かないでよ?!」

「はいはい」


 悔しそうにしながらもユンファが不満そうに己の流派を口にする。


「占術……」


「アレか? ジャラジャラやって引いたら運命が分かる的な?」


「そうよ。色々あるけど、ウチの家系が出来るのは昔からカードだけ。香港でアルカナやってたの……」


「アルカナ? ああ、タロット?」

「そう、それ……」

「へぇ~~~普通」


「ッ、普通で何が悪いのよ!? 的中率四割よ!! 四割!!」


「え―――低くない?」


 カズマの思わず出た声にビキッと少女の額に青筋が立った。


「あのねぇ!? 相手を見て当てる真っ当な方じゃないのよ!? 完全無欠にただ占って当てるの!!」


「自分で言っちゃうんだ。真っ当じゃないって……」


「別にいいでしょ。実際そうなんだから。そもそもよ。こっちはこっちで厳しいのよ!! 昔は何となく当てられれば、使い勝手良くて、客も一杯いたの!! でも、今は色々な事をシビアに当てろって言われちゃうの!!」


「六割の客が逃げて、四割の客がその話で逃げていく的な?」


「……フン。今じゃスピリチュアルやってるわよ」

「やっぱ世知辛いなぁ……」


 カズマが大きく溜息を吐いた。


「で、どうしてアンタは炎しか出せないの? 自分の家の継げた術とか無いわけ?」


「アレ、魔法ってわけじゃないんだよね。実は……」


「は?」

「え?」


 カズマの言葉に2人が思わず凝視する。


「つーか、オレのは―――」


 駄弁っている彼らがふと顔を上げた時だった。


「―――え」


 カポカポと音がして、彼らの視界の端。

 40m程先に蒼褪めたような馬が一匹。


 巨大な稼動フィギュア染みたメタリックな装甲に教官が載っている馬にあんな悪戯したのは誰だ?という空気が流れ。


 馬が己の大きく脚を振り上げて地面を打つ。


 途端、その馬脚の左右にまるでブレードのようなものが跳ね上がるようにして展開され。


「伏せろぉ!!!?」


 ヴァルターがユンファを無理やりに押し倒して、カズマを突き飛ばす。


 ―――蒼い稲妻が区画全体をまるで撫で切りにするかのように刃の如く左右へ奔り抜けた。


 派手な爆発は無い。


 しかし、瞬時にコンクリート壁が灼熱して融解しながら破裂。


 疾走した馬の左右に巻き上げられた大量のアスファルトの巨大な欠片混じりの土砂が音速を超えて降り注ぐ。


 たった数十mの合間に雷鳴が轟く。


 灼熱した数百度にも及ぶ熱風があらゆる生命を拒絶し、表皮と肺を焼き、猛烈な静電気の中で次々に人体が発火していく。


 供給された魔力と転化による人体の融断。


 それより先に多くの倉庫内の人物達は頭部や胴体を雷撃によって両断され、瓦礫によって貫かれ、ゾンビになる暇もなく蒸発し、焼け焦げただろう。


 運良く五体満足だったとしても熱風に肉体を焼かれ、次々に収縮した筋肉に骨を折られて生きている者などいないに違いない。


 誰も助けに入らなかったならば。


「………ぅ」


 少年は一人。


 周囲にある山林の端の樹木の枝に引っかかっていた。

 殆ど刹那の事を彼は辛うじて明滅する意識で思う。

 吐き出された息を吸おうにも未だ熱風は数十度で熱く。


 呼吸困難に陥りながら涙を垂れ流し、衝撃を受けた心臓が驚いたかのようにガンガンと鼓動を早打たせて、脳裏がズキズキと痛んだ。


 擦り傷だらけだが、五体は無事。

 木の枝に突き刺さって死ぬような事も無し。


 だが、彼は辛うじて折れていなかった左腕で目元を擦り、見てしまう。


 全てが灼熱していた。

 黒い何かが朱い地面の只中でブスブスと焦げていた。


 視線を彷徨わせた先にある自分のいた倉庫は―――跡形もなく。


 腕が一つ自分に向き、脚が一つ天に向けて朱い朱い溶鉱炉のような地面の中から突き出して燃え上がり、折れ曲がっている―――折れ曲がっていく。


(……ぉ……ぃ……ヴぁるたー? ゆんファ……)


 |白木二真(しらぎ・かずま)。

 15歳。

 黒髪黒目に野性的な顔立ち。


 身長もそれなりに高く二枚目な顔立ちなのに残念な性格の男。


 そんな、彼は初めて自分の喉に灼熱を感じ、意味のある声を出したつもりで……出血した箇所を探そうとし……己のいつも触れているはずの顔……顎から喉に掛けて……ヌルリとし、今は乾きつつある粘膜に触れた。


(ぁ?)


 何故、血も出ていないのか。

 顎から下の感触は無く。


 その代わりにブヨブヨとした黄色い何かの破片が己の指に付いたのを見て、彼はようやく理解する。


 顎からの下の喉の部位に掛けてが無い。

 大きな血管が止血されているのか。


 僅かな耀きが己の其処から溢れているのを感じて、ようやく彼は……自分が死体寸前だと気付き。


 燃えて崩れ落ちていく黒い脚と腕を見た。


 ―――世界に再び雷鳴が轟く。


 彼の視界の先の先。


 樹海に入りそうな一角で次々に樹木が雷撃で燃え上がり、その中を疾駆する蒼褪めた馬が何かとスレ違いながら巨大な体躯を撓ませ、軋ませ、首の一部を抉られ……天へと昇って消えていく。


 噴煙が上がる中。


 蒸し暑いで語るには不可能な……炎を浴びたような灼熱に身を浸しながら、彼は思考を放棄し……やがて、己がいつの間にか太くもしなやかな女性の腕で抱えられ、地面に降ろされたのを知る。


「ぁ、ごめんね~余裕無くってさぁ」


 上機嫌。

 そう聞こえる、聞き覚えのある声。


「抱えられるだけ抱えたんだけど、2人しか残らなかった。あっちは両手両足と両目、君は顎から首に掛けて、傷付いてない太い血管の血量を増強して何とか持たせてる状態なの。ごめんね。まだ、頭痛いと思うけど、我慢して……」


 テキパキと声の主は少年の身体の衣服を脱がしていく。


「あら、御立派……疲れたのね。ええと、今から貴方の四肢を幾つか切るわ。生命の危機に対して貴方の力が暴走し掛ってる」


 女の声は楽し気だ。


「貴方、熱量を際限なく発生させられるでしょう? 魂魄を四肢毎一部削って熱量の発生を押さえないと恐らく燃え散っちゃうから、悪く思わないで」


 肉を裂くような音、骨が断ち割れるような音。


 しかし、何よりも己の剥き出しの声帯が発する何かが耳を再び劈き。


「コレで一安心よ。後は身体が凄く熱くなると思うけど、何とか耐えて頂戴。陸自の病院じゃ恐らく無理……今、東京に魔法使いさんが来てるみたいだから、病院に担ぎ込んだ後、色々聞いてみるわね」


 声の主が彼を担ぐようにして持ち上げる。


 彼の目には四肢の無い少女が幹に寄り掛からせられているのが見えた。


 金髪に抜けるような白い肌。

 スラブ系の骨格の少女は妖精のような顔立ちをしていた。

 しかし、気を失った細い少女の野戦服は半分以上燃え落ち、血に塗れた身体を晒す。

 血と土に汚れた衣服の袖の欠片はヒラヒラとしていた。

 声の主が少女もまた片方の肩に担ぐ。


「ぅ~ん。見事なまでに全滅ねぇ……あ、そう言えば、本当は此処に来たのお知らせする為だったのよ」


 歩き出す身体。

 揺られる肉体。


 山林から降りて、次々に区画内へ殺到してくる車両のヘッドライトに意識を遠のかせながら。


 彼は声の主の話を聞く。


「此処の子の大半の家族が東京で事件起して処分されたそうよ。魔力が強かったり、資質が微妙に良かったせいね。まぁ……すぐに鎮静化したのだけど、少しタイミングが悪かった。君のご家族はお爺ちゃんが暴走したみたいで家族全員が樹木になったとか聞いたわよ。こっちの子の親族はたぶん択捉にいて無事だろうって話だけど」


「―――」


「でも、良かった……一番あの中で使えそうなのは君とこの子のツートップだったのよ? 何とか回収出来たし、しばらく療養してから、今後の事は決めましょう」


 声の主は明るい声でそう笑う。


「それにしても蒼褪めた騎士の馬だけ来るとか……本人は何処で何してるのかしら? まぁ、おかげで貴重なサンプルも手に入ったんだけど」


 白く白く溶けていく世界に少年は今までただただ叫んでいた声で……辛うじて枯れた声で……小さく激痛に塗れた響きを発する。


 ―――ぁ……ぃ……っ……ら……オイて……か、な……。


「ごめんね~貴方達を病院まで持たせて送り届けるのが先よ。其処まではちゃんと責任を以て命を繋いであげるから、死んだ人の事は諦めて頂戴。然るべき人が然るべき調査をして、然るべき方法で遺体を回収してくれるから、ね?」


 ウィンク一つ。

 まるで明るい笑顔で。

 狂っているとすら思えぬ、本当に朗らかな笑顔で。

 まるで子供のような悪戯っぽい瞳で。

 少女のような無邪気さで。


 彼女は自衛隊の車両のヘッドライトの中へと消えていく。


「ぁ~それにしても久しぶりに満たされたわ。戦える武器がもう少し揃えば、あの騎士達とも愉しく戦えそうなんだけどなぁ。事務次官に魔法使いの子へそういうのが無いか聞いてみましょうか」


 まるで今日の晩御飯は美味しかった、とでも語るような口調。


片世依子かたせ・よりこ准尉!!! 救急搬送の準備が出来ました!!! 生存者は!!」


「ぁ~~ほぼ全滅よ。青褪めた騎士の馬にやられたわ。この子達は私の魔法で病院まで持たせます。野戦医療のスペシャリストを呼んで頂戴。一時的に傷口の縫合をした後、大きな周辺の民間病院へ。出来れば、外科手術の上手いのを呼んで頂戴な。一人は男の子。一人は女の子よ」


『―――ッッ?!!』


「その子達だけですか?!! 他は!?」


 ようやくやってきた自衛官達は彼女が肩に担いでいるモノが人間だと気付き、さすがに顔を青褪めさせ、すぐ彼女を乗せて整った医療の出来る現場へと向かう。


(………………………何も………………出来なかった)


 その日、富士演習場の一角。


 総勢36名の陸自隊員が【黙示録の四騎士アルマゲスター】の使い魔との戦闘により命を落とした。


 そして、2名の生存者が手厚い初期治療を受けた後、救急車で近隣の最も大きな病院へと二人揃って搬送され、一命を取り留める事となる。


 しかし、治療を担当した医者は沈鬱な表情でこう付き添いの自衛官達に告げた。


 ―――数日中が山場でしょう。

 ―――銃もしくは切断用機材の準備をしておいて下さい、と。


 後日、この事は政府から発表され【失われた子供達】事件と呼ばれる事になる。

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