第26話「完成」


―――拠点造成から7日目。


「出来た……」


 完成したのは正に奇跡であった。

 少なくとも技術者とハンター達にとっては。


 まぁ、拠点設営地点を中心に半径600mを囲う長大な星型の壁というか構造物が出来ただけなのだが……その巨大さは押して知るべし。


 壁の高さは14mにも昇り、ちょっとした数階立てのタワー壁面にも見える。


 それを証明するかのように壁の全長と比例して拡大した延伸された内部の連絡通路―――そう、壁そのものに3階にも及ぶ空洞が通ったソレは遠目には完全に要塞であった。


 各階には銃座を据え付ける外部に迫り出した一角があり、壁から飛び出している為、真横やある程度の遠間への威力集中も出来るようになっている。


 20m間隔で置かれた銃座用の部屋の数だけ気が遠くなるだろうし、その全体像を把握するのは極めて難しいだろう。


 そもそも実際にはソレは壁ではなく。

 一つのコインに穴が開いたのような構造物。


 莫大な質量の台座の上に伸びている代物であると言えば、多くが目を丸くするに違いない。


 半径600mの厚さ4mのコンクリートの円盤。


 それが今壁が乗っているモノの正体であり、一面の地面は完全灰色で埋め尽くされている。


 その中心部。


 五望星の中心部に当たる半径50m圏内のみが地面を曝し、未だに何一つ完成していない五角形の施設の用地として確保されていた。


 まず説明せねばならないのは明らかにこの規模の質量を何処から持ってきたのかという事であろう。


 それは正しく、その先の地面にある。

 壁のすぐ外。


 外延部との距離300m、直下20mに渡って出来た堀が全てを物語っている。


 その大規模な断崖は正しく渓谷と呼べるものであった。

 これが人の手で造られたものだと誰が想像するだろう。

 しかし、それは事実のみを曝している。

 五望星の角頂点から外延部に続く道は2つのみ。

 北部にあるロシェンジョロシェと南部への道のみである。


 その道もまたコンクリート製であり、20mにも渡って幅を持つ正面通路であり、そのすぐ下は堀の闇がポッカリと開いている。


 道の下の壁面も完全にコンクリート製である為、直線距離にしても莫大な資材が使われている事は確実だろう。


 何処かの国家がアメリカの使うコンクリートの100年分を数年で使い切ったと言うが、そんな事実も真青な建造に違いない。


 そして、ソレが実際にコンクリートなのかと言えば、そうではない。


 仮にコンクリートと称されているだけで、珪素とマンガン、炭素、鉄などの資材が混合された後……少年の魔導による錬金術の一部技法が用いられたソレは分子組成レベルでまだ現在の人類が造った事の無い生成もされていない分子の繋がりを持ったナニカとなっている。


 ソレは最初から少年のポケット内からブロックそのままで出て来たことも相俟って、基本的には積み上げて内部を接着しているだけに過ぎない。


 そして、それを接着しているのは鉄だ。

 だが、超と付く純鉄であった。


 あらゆる元素は不純物0の単一元素では通常の金属の性質として知られるものとはまったく違う性質を発揮することが知られている。


 そのコンクリート(仮)は少年が内ポケット内で生成した本当に純度100%という極めてオカシなインゴットを魔導によって変型させブロックに染み込ませて固定化しており、殆ど錆びず、酸化しない鉄らしからぬ特性と極めて加工の難しい硬度を獲得していた。


「うぅ、苦節7日。ようやく完成したんですね。ベルキュン」


 33歳独身のマリアさんがまだ内装もまったく終わっていないその要塞を前にして感涙していた。


 彼女の協力と管理が無ければ、少年はこの短期間でこれほどの資材を使い切れなかっただろう。


 少年の構想を具現するべく。


 彼女は必要な物資量とその物資をブロックとして何処に置けば、最短で組み上げられるかを綿密に計算し、少年が堀を築きながら溜まっていく物資の配置場所を決め、その工程に掛かる時間まで計算し、睡眠時間や食事の時間まで管理してくれたのである。


 間違いなく“ベルキュン”が身体を壊さなかったのは彼女のおかげであろう。


「ベル=さん。よくやりました。感激しました」


 ナンシーがウンウンと要塞を見ながら頷いている。


 彼女が居なければ、この少年の構想は夢物語で終わっていた可能性が高い。


 何故かって、土建屋が一番土建屋しているだろう工事の工程を全て彼女が取り仕切ったからだ。


 最初の難関は出て来たブロックをどうやって積み上げるかであった。


 少年は本来が全て魔導で組み上げようとしていたのだが、あまりの大質量に精度の悪い汎用式では事足りず、悩んでいた。


 しかし、少年に話し掛けていた彼女がふとベルが便利使いしていたゴーレムに目を付け、ソレを土木作業員にしたらどうかという提案をした事で芸的に事が動いた。


 6m程に大きくしたゴーレムを同時に40隊120組。


 汎用式を用いた簡易の命令を聞く自立人型作業機械と貸した巨大ベルやらヒューリやらフィクシーがナンシー他多くの人員の指揮の下、ガゴンガゴンガゴンとまるで積み木でもしているかのようにブロックを組んでいく様子は荒業に見えて繊細、芸術的な作業に他ならなかった。


 他の土木作業員達も大いに協力した結果。


 1cmどころか1mmの狂いもなくベルの構想通りに全てのブロックが組まれたのである。


「ベル君。やったんだね。これでベル君は男だよ」


 やっぱり感涙しているアマンダがウンウン頷いた。


 彼女の測量無しに彼らは決して緻密にブロックを組み上げられなかっただろう。


 また、ブロックを組んだ後、ベルが純鉄によって各ブロックを結合させた時、歪な形になったに違いない。


 彼女はブロックの寒暖での伸び縮みまでも計算に入れて、夜間に最後の作業をベルに完遂させた。


 あちこちを駆け回り、持ってきた機械で測量し、ベルが他の作業をしている間にも殆ど寝ずに夜間は奔走したのだ。


 結果として組み上げられた要塞は美しく構造的な脆弱性。

 弱点となるような脆い部位はベルの最後の測量でも出る事が無かった。


「ようやく出来たんだな……」


 マクラーレンが鼻を啜っていた。

 最初は単なる子供の戯言。


 そして、次は魔法使いの戯言かと思われたベルの計画を推し進め、次々に発案される工期の短縮案と全員のマネジメントをした彼はゴーレムの陣頭指揮に当り、不屈の闘志によって1日で2割のペースで建造を捗らせた張本人だ。


 魔導で出来る事の限界を見極め、その限界までベルの能力を酷使した事でその毎日は睡眠4時間、食事と休憩2時間以外は全て仕事という激務となっていたが、彼が他の人員にベルが寝ている間やメシを食っている間の仕事を適切にさせていたからこそ、殆ど問題なく工事は進んだのだ。


「う、ぅおおおおおおお!!! オレ達が、オレ達が完成させたんだぁああああああああ!!」


 設計技師達の多くは持ち込んだモバイルPCで図面を引いて、即作業員達に渡した。


 ベルの素人設計は素人だからこそ、簡素な代物であり、それを巨大化させた際に出てくる問題を未だ生き残るモノ造りに賭ける男達の魂が磨き上げたのである。


 何よりも同じ形の何百倍も小さい建物を建てようとしていたのだ。


 その設計が生かせたことも大きいに違いない。

 そして、彼らの背後。


 未だゴーレムの傍に佇み、腕を組んで互いに話し合っている男女が数人いる。


「この塗装はやはり錆びを用いて、表層を錆びから守るあの技法で行こう。この極悪な環境だ。砂による磨耗や風化を考えても最初から表層を錆びさせていた方がこのブロック長持ちすると思わないか?」


「ああ、日本の技法だったか? 確かに金属の酸化を抑えるよりは最初から表層を酸化させて風雨や熱波、風から守った方が合理的ではあると思う」


「此処の内装、生活導線の構築要領でやりたいな。弾薬用の部屋を増設出来ないか?」


「いいな。これだけの広さだ。物資集積所として壁の内側にそういう部屋を付けるのはアリだな」


「爆破されても各銃座には爆発が飛ばないような構造が望ましいな」


「そっちは図面班に引いてもらおう」


「あ、トイレの事なんですけども!! やっぱり堀に流しますか? 流しますか? いえ、砂が風で拭いてくれば、風化させられるでしょうし、この配管を伸ばせば、十分イケルと思うんですよねぇ」


「衛生的にもそちらがいいか? この数年でここらも雨が降り難く砂漠化も進んだ環境になってる。地球温暖化様々だな」


「でも、水はどうする? やはり地下水か? 井戸を掘って足りるか…・・・いや、やってみねば分からないか……」


「だな。そういや、LED造れないか。あの坊主に聞いてみないか? この規模の建物だ。明かりが絶対に夜は必要だろう」


「そうだな。サーチライトや電源に付いても順次取り付けて稼動させていかなきゃならんだろうし、バッテリーもどれだけ集まるか……造れるのだろうか?」


「物資の集積場所から荷物を移動させるのが面倒だな……小型のレールを敷設するか溝を掘るか。物流の導線を使って磨耗した重火器を取り外せ移動出来るようにしなければ……これも頼んでみようか。色々と捗るぞ。きっと……」


「人が入るまで封鎖する必要もあるだろうし、やる事は山済みだな。はははは」


 ワイワイガヤガヤ。


 施設内の施工を取り仕切るプロフェッショナル達が次々に壁内部に設けられた広大なスペースを用いて、どのように人が常駐出来るようにするかという問題を其々の持てる知識を持ち寄って解決していく。


 彼らこそが今後この要塞を造る主役となっていくのだ。


「本当に出来ちまったよ」

「すげーよ。あいつら……マジで涙出て来た」


「クソッ、オレの頭じゃ何て言っていいのか分かんねぇ!! でも、スゲー!! スゲーよ!!」


 今の今まで土建屋達を守っていたハンター達も次々に出来ていく巨大構造物の様子を見ていた為、その感慨は一塩であった。


 その現場であった情熱的な遣り取り。

 団結していながらも意見を戦わせた男女の激戦。


 そして、何よりも未だ人類がゾンビに生活圏を奪われながらもこうして偉大なものを生み出せるという事実が彼らハンター達にも希望を与えていたのだ。


 時折やってくるようになった走るゾンビ達を打倒し、彼らはその出来上がりつつあるものを米国陸軍の本拠地にも思える気持ちで見ていたのだ。


「まるで御祭り騒ぎだな」


 フィクシーが苦笑しつつ、壁際でスヤスヤと眠る少年を見やって苦笑した。


「そりゃ、祭りにもなる。一月掛からずにこんなもんを造っちまうんだから。オレだって本当なら嘘だろって叫びたい」


 肩を竦めるクローディオが少年の寝入る顔を見て、もう何と表したからいいのかという顔で半笑いになり、少し優しげな手付きでその頬に付いた砂を手の甲で払った。


「ヒューリは?」


「え、ああ、お嬢ちゃんは出張版ヒューリ印の野菜をあの建設予定地でデカデカと育てて、そろそろ収穫してるはず……」


「今夜はご馳走か」


「さっき簡易の水源を坊主に作らせてたし、此処である程度は生活も可能になる。水の問題は坊主が地下水脈を見つけてたみたいだから、どうにかなるだろう。後はこの馬鹿デカイ要塞を守る人とそいつら養うだけのモノが入ってくれば、殆ど街になるかもしれねぇ」


「それ程の余力があの都市にあればな」

「相変わらず厳しいな。我らの大隊長殿は・・・・・・」


「我々がいつまでも此処に居られるわけでもない事を知れば、そうもなる。違うか? ディオ」


「……でも、今のあの連中を見れば、どうにかしてしまえるとも思える。この世界の連中だって、オレ達みたいなことが出来なくても、大そうな文明を築いてきた」


「だが、その文明ではゾンビ共に勝てなかった」


「だからこそ、オレ達が此処に来た時点で流れが変わったとは思えないか? 坊主に魔導の手引き書と汎用式の複製をさせてるのは何故だ?」


「気付いていたのか……」


「そりゃこれでも教導隊で同じ様な作業はしてきたからな。だが、この世界の人間は魔力が無いし、最もオレ達の大陸で多用される純粋波動魔力すら大気中の実用濃度に足りない……分かってるだろうに……今は肉体や特定の事象から魔力を引き出す系統しか有効じゃない」


「今、色々と考えいているが、その案の一つとして魔力と電力や熱量を相互転換する機構があればいいと考えている」


「坊主に出来るか? かなり高位の魔導師じゃないと不可能だと思ったが……」


「未来は分からない。期待しようではないか。我々のベルは優秀だ」


「ふ……確かに……」


『フィー!! ベルさ~ん!! お野菜持ってきましたよぉおおおおお!!!』


 遠方から少女がキャンピングカーを走らせてきていた。

 しかし、少年はまだ夢の中だ。


「もう少し寝かせてやろう。ディオ、全員を集めてきてくれ。外回りのハンター達には時間差で取りに来るようにと」


「分かった。どうせ、野菜塗れだろうしな。あの車両」


「何、今なら野菜と塩と調理器具があれば、何処でも祭り気分だろう」


「違いない。では、自分はこれで」


 笑いながら二人が立ち上がる。


 その夕暮れ時、確かに異世界からの異邦人達は何かをその地で遣り遂げたのだった。


 *


 明け方のオフィス。


 市庁舎では昨日徹夜したと思しきハンター達の頭目たる女が軽い仮眠を取った後にパリッと新品の下着やスーツに着替え、庁舎の中にある食道で既に並んでいる今朝方の一人分のトレーを持って静かに角の席に座っていた。


 水を一杯。


 その後、ようやくコーンフレークと牛乳、サラダとソーセージという食事に手を付け始めようとした時、


 情報を随時、受信及び外部から受け付けている情報処理課の職員が走ってやってくる。


「ウェスター部長!! つい5分前に南部橋頭堡設営部隊より入電がありました!!」


「ああ、あの子がいるならもう少し早く終わるかと思ったけれど、10日前後……ふむ。結構手間取ったのかしらね」


 そう一人ごちた彼女が送られてきたらしい画像情報と設営されたハンター達の橋頭堡の資料をチラチラと見やる。


「あら? 結構遠間から撮ってるのね。画像情報の縮尺これで合ってるの?」


「え? は、はい。規定通りですが? 何か問題でも?」


 情報の内容自体は見ていなかったのだろう職員がそう首を傾げる。


 そして、読み進めた彼女がピクリとしてから、そろそろ戻ろうとしていた職員を呼び止める。


「あの、何か?」


 彼女は大きな。

 それこそ特大の溜息を一つ朝の食堂に吐き出した。


「………市長でも副市長でもいいから」

「?」


「今すぐ呼んで来なさい。家から直行させて。難民統制局と移民課の連中、後は市内の労働組合のトップもよ。緊急事態だって言っていいから、掻き集めて。議場でいいわ」


「そ、そんな大問題が!!? す、すすす、すぐに!!?」


 男が顔を青くしてゾンビの大襲来でもあるに違いないと死にそう顔で駆け出した。


 それを見送った後。

 彼女が半笑いで首を横に振る。


「まったく……やってくれるわね。ハンター達の少しまともな寝床を造って来いって言ったはずなんだけれど……どうやら随分と耳が悪いみたいね。どうして、橋頭堡が要塞になってるのかしら」


 馬鹿らしくなった彼女は資料を適当にスーツのポケットに捻じ込んで、ズンズンと歩いていく。


 徹夜明けにしては清々しい空気の中。

 彼女の燃えるような瞳には光が宿っていた。


 そう、これから来る嵐を前にして全ての権限を己で分捕ろうという剣呑な笑みが浮いた女の顔は正しく猛女……牝獅子のような彼女がその日に叫んだ数は実に14回……何もかも飲み込めていないトップ達を圧倒した彼女は終にその“南部に近い移民先”と呼べる場所の全権を合法的に握る事となる。


 そして、その場所に向かうハンターを募集する広告が都市にはデカデカと張り出されたのだった。


―――来たれ勇士!!!


―――南部に再び進軍する時が来た!!


―――新たなフロンティアで君も一攫千金を狙おう!!


 そうして滅び掛けていた国に今、新たな風が吹き始める。

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