第25話「任務とゾンビと土建業」


「ベル!!」

「は、はい!!」


 一面の荒野。

 獄暑が全ての存在から水気を奪い。

 湿度が失われた砂と大地。

 照り付ける太陽の下。

 低木や仙人掌の間をゾンビ達が走ってきていた。

 その最中を駆け抜ける者達がいた。


「行きますよぉ!!!」


 キャンピングカーの上部。


 増設された四隅を囲う柵と中央のこんもりとしたブルーシートが取られ、中から現れたのは強力無比な威力を誇るミニガンだった。


 それを掴むのは金糸の髪を靡かせる軽甲冑の少女。


 巨大な銃口は正しく強烈無比の咆哮を上げて、猛烈な勢い横の弾帯を消費しながら、屋根に空薬莢をドラムのように叩き付け、襲ってくるゾンビ達に銃火を見舞う。


 本来、狙った部位を破壊出来るような代物では無かったが、その上でグリップを握る少女の瞳に捕らえられたゾンビ達は広く散らばっていたにも関わらず、全ての銃弾が地面を叩く事もなく。


 一発一発が個別に頭部を破壊していく。


 弾丸の軌道が変化し、まるで猟犬のように逃がさず相手を捕らえていた。


「こっちも行くぞ。坊主!!」

「は、はい!!」


 長耳の浅黒い肌のエルフ。


 常ならば、片腕の男が今は幻の腕を顕現させ、その手に持った木と鉄を用いた小さなライフルに傍らの少年がずっと握り締めていた銃弾を一発貰い装填。


 スライドドアの先に見える走るゾンビの大群に向けて打ち込んだ。


 最初の一発は先頭の一体の頭部を貫通。


 しかし、彼の視線があちこちのゾンビの頭部を流れるように見つめる先で、その順序に沿って次々に頭部を石榴ざくろにされた固体が増えていく。


 動く死体達の間を最初の弾丸がまるで燕か蜻蛉か。


 まるで生き物のように最短距離で曲りくねって飛び回りながら地面に転がるどころか、灼熱する程に像速し、炎の軌跡を虚空に焼き付けて誘導されたレーザーのように相手を撃ち倒していく。


「準備完了だ。一緒にやるぞ」

「はい!! フィー隊長」


 白い髪を風に靡かせ。


 車両後方の窓を全開にしていた女が今まで忙しくしていた小さな形の少年を傍に呼び寄せ、その手を設置した対物ライフルを持つ自分の手に重ねさせ、身体も密着させた。


 そして、顔を見合わせてから呼吸を合わせ、共に同じ文言を唱和していく。


「「我ら善きを導きし、人々の盾なり。我ら悪しきを挫きし、信仰の剣なり。ならば、その鉄と硫黄の加護を以て、今逆巻く偽りの生を撃ち払わんッ!!」」


 対物ライフルの砲身に魔導方陣。

 光の円環と秘儀文字アルカナが奔り出す。


「我は火。夜を貫くものなり」


 少女の声を引き継ぐように少年もまた声を響かせる。


「我は死。世を追うものなり」


 二人の手が重なった場所から極僅かな白い虚無。


 空間に滲む絵の具のようなソレが対物ライフルの表面を幾何学模様のように侵食しながら体積を増して行き―――最後にはライフルそのものを包んで光沢のある真白き別の銃へと変化させる。


 それはライフルというよりは銃剣。


 否、白き大剣に砲口が付いていると言って良いような何かだった。


「「共に歩み、共に鍛え、共に討ち果てる日まで……我らは百夜びゃくやの契りを交わさん」」


 砲口内部に黒きものが凝る。

 ソレが小さな弾丸へと寄り集まり。


「「【陽光は地を撫ぜるソリス・アクシス】ッッ!!」」


 窓から突き出された砲口内から光が伸びた。


 1km、2km、3km―――。


「ベルッ!!」

「皆さん掴まって下さいッッ!!」


 車両の運転席を操作していたゴーレム達が一瞬でブレーキと同時に急激にハンドルを切りながら、ドリフトを掛けた。


 必然、砲口から延びた光もまた地を薙ぎ払うように回転し広範囲を瞬時に薙ぎ払っていく。


 スピンした車両が1回転して止まった時。


 彼らの周囲からは貴重な荒野の水分補給源である仙人掌が人の背丈の半分から上は消え失せ、低木もまた同様に焼け落ち、動く死体もまたほぼ全て上半身を消し飛ばされていた。


 残るのは染み入るような走らなければ風の入ってこない車両の中の暑さと。


 拭う汗と四人の騎士の笑みだけだった。


 *


―――3日前、ロシェンジョロシェ市庁舎4階バージニア・ウェスターのオフィス。


「という事で、一週間後までに北部に展開している騎士団と接触して、交渉するようにあちらの友人へ頼んだわ。返信があれば、すぐにあなた達と彼らを通信越しで合わせられるよう手は打っておく」


「よろしく頼みます」


 丁寧に頭を下げて礼を言ったフィクシーにバウンティー・ハンター達を束ねる女が何か言いたげな顔となった。


「何か?」


「いえ、前までの話し方の印象が強過ぎて逆に違和感があったから」


「ああ、今はベルに翻訳して貰っているので。かなり魔導の処理能力を喰われる為、緊急や重要な会話以外は前のままですよ」


「ああ、そうなの。本当に便利なのね。坊やの魔導は……」


『あ、アリュガトゥーごらいマス』


 横にいた少年が少し照れたように下を向いた。


「ふふ、息子の小さい頃を思い出すわ……さて、早速で悪いけれど、北部にそのまま向かわせるわけには行かなくなったわ」


「どういう事でしょうか?」


 フィクシーが僅かに瞳を細める。


「上がごねたの」


 サラッとバージニアが言った。


「ぁあ、そういう……」


「一応、あなた達の発言力が今は低いという事を教えておくわ。ただ、市庁舎の上層部もあなた達のご機嫌は取っておきたいし、関係も保っておきたい。なので」


「なので?」

「しばらく南部で土建屋をやってみない?」

「土建屋?」

「ええ、魔導の詳細を幾らか伝えたらね。そういう事になったの」

「?」


「あの一件でタワーは崩壊。北部との綿密な連絡網が作れない以上は都市独自にやっていくしか無くなったのよ。結果として都市の力を増す為に実りの少ない北部から南部へハンター達を向かわせる計画が立ったの。でも、それには大掛かりな拠点が必要よ」


「我々にその拠点の設営を?」


「ええ、魔導の話の中に簡易に建造物を立てられるってのがあったでしょう?」


「ベル。どうだ?」

「は、はい!! 可能だと思います」


「こっちで図面を引いたのを後で渡すわ。資材一式も用意するから、お願いね。それを遣り切ったなら、上にもあなた達を北部に向かわせてもいいと言質も取った。進捗だけ無線通信で頂戴な」


 そうニコリとしてバージニアは机の引き出しを漁り。

 ゴトッと二人の前には大型の軍用無線が置かれたのだった。


 *


 翌日、市庁舎から届いた包みにはゾンビ達に抗するべく人類が叡智を結集して作った……にしてはかなり慎ましやかな規模の星型な施設の設計図が入っていた。


 どうやらニホンというところのゴリョウカクというお城をモデルにした云々と書かれてあったが、彼らにはまったくトンチンカンであった。


 ただ、基本的に重火器で武装してゾンビ達を倒す為に作られた設計らしく。


 かなり銃器によるキルゾーンを作れるような設計になっており、現地に運び込む資材などに付いても考え抜かれたもので、大きくは無いが堅実な作りだとフィクシーやクローディオは設計図に対して、それなりのものと認めていた。


 そうして、翌日には出発との事で彼らが技術者とハンター、大量の資材を積んだトラックを5台と車両数台程を引き連れ、都市から40km地点の建設予定候補地に向かったのである。


 しかし、建設予定地が見える地点に差し掛かった時。


 彼らの目に見えたのは……ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、正しくゾンビ村ですと言わんばかりの大量のゾンビが徘徊する全滅確実ゾーンであった。


 遠方からクローディオが偵察したところに拠れば、この数日に限り、都市でも噂になっていた走るゾンビとやらが大群となっているらしく。


 建設候補地を変えるかどうかという話になったのだが、そんな事をすれば、彼らが無能であるという事を示してしまうとフィクシーは排除を決断。


 腕が生えてきたという奇跡で一躍病院の看護婦達の間で有名人になったベルの退院後、少年の魔力を色々と活用する為に詰めていた合同での魔術や各員の戦闘力の強化プランの結果を確認する為、総員での出撃と相成った。


 まぁ、新しい剣で試し切りする剣士と同じようなものだ。

 結果、彼らは走るゾンビ群を1200匹程撃滅。


 半径10km圏内のゾンビ密度を極端に下げての建設作業が始ったのだった。


 騎士はどうやら剣や銃の他にもスコップを握らねばならないらしいのが、異世界の流儀であったのだ。


『カンヅメぇ!! 一人ニュコ!! ニュコ!!』

『アン全カクニャン!!』


「お~~そんな若いのにお姉ちゃん、技術者だなんて凄いんだな」


 サラッと一人ナンパしているカタコトじゃないハンターが混じっている気もするが、まずはトレーラーから車載クレーンで下したプレハブ小屋を数棟繋いだ彼らは内部で一息吐く事になっていた。


 技術者と労働者だけで20人程の人間が荒野の熱量から官給品のクーラーで涼んでいる。


 電力はプレハブ上部の熱と光から電力を生むソーラーパネルだ。


「で、坊主がオレ達に指示出ししてくれるってハンターさんかい?」


 プレハブの二階。


 設計図を睨んでいた作業着姿の技術者である男達の代表。


 胸のプレートにマクラーレンと書かれた黒人の四十代の男が捻り鉢巻姿で腕を組んでベルを睥睨していた。


 その筋骨隆々としている姿を見れば、彼が叩き上げの土建屋である事は一目瞭然。


 技術者と言えど、この世紀末より酷い有様だろう現状では肉体労働は必須という事を如実に物語っている。


「は、はい。よろしくお願いします。ええと、一人一人御名前を教えて下さいますか?」


 懇切丁寧に頭を下げて、一人一人の名前を聞いていったベルだったが、すぐに全員の顔が芳しくない事に気付く。


「あ、あの……僕らの事は上の人達からは何て?」

「魔法使いが手伝ってくれるってよ」


 白人の30代の男の言葉にその場の男女が笑えない冗談だと半笑いで苦笑していた。


「……僕は皆さんのように建築や設計や施工のプロフェッショナルじゃありません」


「やっぱりかぁ。上も耄碌してんのかなぁ。あー死にたくねぇ」


 彼らは危ないからとかなり後方で他のハンター達が守っていた為、ベル達の戦闘シーンなどこれっぽっちも見ていなかった。


 実際、どんな強力な武器を持った屈強な人間があのゾンビ共を駆逐するのかと一目見て、オレ達は今日死ぬんだと諦観の瞳になっていたくらいである。


 彼らにしてみれば、変なファンタジーな格好のハンター崩れの若者達に命を預けてくれと言われたに等しいのだから、そりゃそうだろう。


 だが、それでもそこまで侮蔑に近い感情を向けられていないのはベル達が確かに自分達の仕事を遣り遂げたことを後からやってきた彼らが見たからだ。


 どんな魔法を使ったのか、というゾンビの屍骸。


 そして、それを見て遺留品に何か金目のものがないかと喝采を上げるハンター達。


 彼らにしてみれば、ベルは不思議というよりは不可思議の国の王子様であった。


「でも、技術者としては半人前ではありますが、それなりだと思っています」


「ほう? 何か手品でも見せてくれるのか? 坊主」

「はい。手品をお見せしますね」

「はぁ?」


 さすがに男の内の何人からか。

 明らかに険悪な視線が飛ぶ。

 しかし、それに構わず。


 ベルは自分の外套の内側から次々に弾薬、重火器、お茶の入った大型魔法瓶、鋼鉄のインゴットや各金属元素のインゴットを明らかにその外套の下に入り切らない程の量を取り出して見せた。


 最初こそ単なる手品だと思っていた者達も次々に明らかに質量保存の法則に反する事実を見せ付けられて、青くなっていき……最後にスコップとツルハシが人数分出て来たところでマクラーレンも驚きながらストップを掛けた。


「分かった!! 分かったからもう出すな!! 此処を重量で潰す気か!?」


「その、分かって頂けましたか?」


 ベルが上目遣いに尋ねる。


「ぁあ、坊主が魔法使いだって事は信じよう。こんなゲームみたいにゾンビを撃ち殺して生計が立てられるご時勢だ。魔法使いがいてもおかしくはないだろう。で、坊主の特技は物を沢山持てるって事なのか?」


「いえ、これは僕の力の一つです。皆さんには僕が整地する一帯と作る資材から少しその設計図から大きめに施設を造ってもらえないかと」


「大きめに?」


「はい。この設計図だと壁の高さも厚さも足りないと思えました。戦っているからこそ分かります。ゾンビがああやって走ったり、群れたりしたら、弾丸が尽きたら何も出来なくなる……だから、効率的にゾンビを倒せる仕掛けを作ろうかと」


「具体的にどうする気なんだ?」


「ゾンビの習性は今まで戦ってきて把握しています。これから強くなったり、変な行動を取る個体が出てくるかもしれない。でも、基本的にゾンビは二足歩行の人間と動物です。なので、ゾンビの物理的な限界はあります」


「それを整地した地面と資材だけでどうにかすると?」


「はい。その……皆さんのようなプロの方に見せるのは恥ずかしいんですけど、コレを……」


 ベルが懐から取り出した白紙には拙いながらも施設の周囲に造りたいと計画する様々なフィールドと構築物が大量に書き込まれていた。


 それを見た技術者の多くが思う。

 こんなに大量の資材は持ってきていない。

 いや、そもそも大型の重機すら無いのに出来るわけがない。

 だが、先程の手品。


 外套の内部から絶対に出せない程の重量のものを出した少年は彼らの反応を見ていた。


 もっと、手品を見せないと信用してもらえないのだろうか、と。


「坊主。いや、名前は?」

「べ、ベルって呼んで下さい」


 マクラーレンが頷く。


「分かった。ベル……お前の魔法とやらがオレ達のような土建屋の仕事でどんな事が出来るかをまず教えてくれ。コイツが本当に出来るのかどうかはソレを聞いてから判断する。いいか?」


「は、はい!!」


 少年は魔導で土建作業や建築に使えそうな出来る限りの事を彼らに実演して見せ始めた。


 それは正しく中世の錬金術の具現であり、現在の高度な建築に必要な特殊資材を瞬時に生み出してみせるものであり、重機が無くても整地し、その土砂をまた新たな資材として形成する工場のようでもあり、明らかに現代技術では生成不可能な物質の具現であった。


 次々に教えられる“手品”に彼らは思う。


 それは―――それは確かに人の世を救うに足る希望に違いない、と。


 彼らがガヤガヤやっている間にも戻ってくるハンターや外の地形を観測している技術者達に缶詰を配給したり、安全確認で色々とコミュニケーションを取っている三人は二階で状況が進み始めたのを感じていた。


 そう、少年を中心にして彼らのクラフトな日々は動き始めたのである。


―――ケース1『アマンダ・ウォンの場合』


 彼らがまず最初に行うべきは測量であった。

 測量結果が無ければ、何も始らない。


 測量用の機材を持ってきていた中華系7世のアマンダ・ウォンは今年で22歳の新人測量士だ。


 というか、土建屋のナンデモ屋だ。


 ぶっちゃけ、一つの事に特化させて教育している暇なんてない世紀末土建屋業にはスコップとツルハシとペンと定規と分度器が同時に支給される。


 現場で作業員として働く傍ら、測量してねというのは普通だ。


「ベ、ベル君。ほ、本当に機械も無いのに測量出来るの?」


「あ、はい。皆さんに半径10km圏内に魔力を込めた測量用の魔術具。ええと、この世界で言うとビーコン? みたいなものを置いてきて貰ったので。後は中心地点である此処で魔力の波を発して、それからの情報を収集して、照らし合わせたら、半径15km圏内の地下の状況まで大体分かると思います」


「す、凄いのね。魔法って」


「結果は自動で術式から出力されるので、白紙に書き出して起きますね。あ、この世界の専門的な単位なんかは分からないので何がどういう単位なのかは聞いて下されば、翻訳します」


「分かったわ」


 少年がプレハブ小屋から少し離れた建設予定地の中心で地面に両手を付けて魔導方陣を展開して、数十秒……情報を取得して少年が懐から出した紙に手を触れると魔術で僅かに紙の表面が漕げて次々に十枚程の情報が出来上がった。


「どうぞ」


「え、ええ……ッ、で、出来てる……これ、何となくだけど、どの情報か分かるわ!! 凄い地質調査まで!! こんな簡単にッ!! ベル君て凄いのね!!」


「ぼ、僕は凄くありません。全部、この魔導を生み出した聖女様が凄いんです」


 ギュッと抱き締められた少年は胸に顔を挟まれて顔を紅くしたが、それから数分アマンダは興奮して少年をハグし続けたのだった。


―――ケース2『ナンシー・ハマーの場合』


 測量結果に基き。


 何処まで何を造るのかを決めたら、早速整地に取り掛かるものだが、生憎と彼らにはガソリンや重油を大量に使うような重機は無かった。


 無論、多くの建設資材や建設用の道具を持ち込んではいたが基本的には組み立てのみが彼らの仕事であって、本格的に整地するにしても必要な用地のみ。


 そうであったはずだが、彼女の前には何やら大きな岩等に小さな拳銃からペイント弾を打ち込み、ズルズルと数百m先から鉄線のようなものを上下に二本引いてくる少年が一人。


「ベル=サン。何をしているのですか?」


「あ、ナンシーさん。今、大きい岩は邪魔なので粉々にして、さっき打ち込んできた杭を中心に掘削して地面を平らに均す為の下準備を」


「あの大きな岩を?」


 彼女の前には建設予定地の300m先にある半径10m程の大岩がすぐにどうにか出来る類のものには見えてはいなかった。


 大規模な発破はゾンビを呼び寄せてしまう為、少しずつ割ってどうにかする必要がある。


 いや、そもそもほぼ600m先まで整地する理由など彼女達には本来無い。


「どうやって地面を整地するのですか?」

「あ、この導線は僕のポケットの入り口なんです」

「入り口?」


「はい。いつもは小さい入り口ですけど、ちょっと大きくして、線自体にも物質を振動で崩す魔術が組み込まれていて、大きなシャベルみたいなものです」


「シャベル……」


 ナンシーの前でベルの懐から金属の棒が出され、その奇妙な刻印が為された棒に上下の導線が接続された。


「これを張ったまま、円を描くように周囲を回れば、棒の部分までは接触面から地面が崩壊して、僕のポケット内部に入ります。ああいう大きな石は―――」


 少年が再び拳銃を出して大岩に弾丸を撃つと。


「!?」


 岩が崩れていく。

 まるで砂のように。


「あれでポケットの中に十分入ると思うので。中身に制限はあるんですけど、一杯になったら、ポケット内で変化させて、資材にしてから同じ様にこの導線と同じ原理で物資集積場所に積み出すんです」


 と言っている間にも金属棒が一人手に地面を削るように並行に動き出した。


 途中で凸凹した地面の上にある砂、土砂、仙人掌、低木、岩、あまりにも大きなもの以外はかなり早いペースで導線と導線の間に手品のように消えてしまう。


 弧を描いているらしいが、それが一時的にストップすると。


 遠方の資材を集積する場所では悲鳴ような喜びのようなどよめきが多数上がっていた。


「ベル=サン。凄いのですね」


「え? 僕は魔力使うだけですから、殆ど道具は自作ですけど、皆さんの仕事を取ってしまうようで申し訳ないです。でも、小さな地面の凹凸を埋めたりするのはこの方法だと出来ないので、その時はよろしくお願いしますね。土砂は資材にする分以外は僕が持ってるので」


「あ、はい」


 コクコクと頷くナンシーであった。


―――ケース3『マリア・モレンツの場合』


 資材の管理は重要な仕事だ。

 綿密な計算の下。


 必要なものを必要なぶんだけ保管し、必要な場所に届ける事は軍事では兵站と呼ばれ、極めて重要な仕事とされる。


 物資の移動に必要なエネルギーとてただではないのだ。


 死蔵しない為にも常に資材は適量を適所に置くことが求められる。


「きゃぁあああああああああああああ♪」


 だが、しかし、例外もあるだろう。

 この工場という工場の殆どが消え去った現在。


 都市内部の建材の工場は殆どが壁の補修と増強の為にフル稼働状態。


 何よりも都市そのものが優先される為、ハンターの前進基地とはいえ、そう多くの資材が回されているわけではない。


 だが、彼女がベルの要請で資材の一部を流用し立てた資材安置所には今や大量の珪素、鉄、銅、マンガン、その他の雑多な元素が殆ど単一で資材置き場に置かれていた小さな金属棒の周囲に溢れ出していた。


 その中にはまるで冗談のようにちょっとずつではあるが、貴金属の類が混じっており、金、銀、レアメタルまでもがペレット状で増え続けている。


「こ、この金……う、売ったら……(ゴクリ)」


 今や貴金属に価値があるわけがない、と思った世紀末サヴァイヴァーはこの時代には多いが、一部の安全国に分類される国では今もレアメタルや金属資源などを滅び掛けた国家から輸入しているところが殆どだ。


 特にユーラシア、アフリカ、南米、北米は大陸の大半がゾンビによって占拠されている。


 今や鉱物資源は島国などが殆どである安全国へ輸出するゾンビの生息域と生存領域を接する国家にとっての最大の資源であった。


 それがこんな形で手に入ったのである。


 安全国では生存に必要な多くの物資が生産され、ロシェンジョロシェのような都市などとの間に物々交換で卸されているが、そのレートは基本的にはボッタクリという程ではないにしても、彼らには不利なものであった事は間違いない。


 なのに、その問題が一気に解決しようとしていた。


 土の主原料である珪素が多いとはいえ、各種の元素がほぼ単一で出てくるという資材安置所は……今や宝の山になりつつあったのである。


「あ、マリアさん。どうでしょうか? 一杯溜まりましたか?」

「ベ、ベ、ベルキュゥウウウウウウウウウン!!?」

「はひゃ?!!?」


 グリグリグリグリグリズリズリズリ―――。


 感動のあまりに目がお金になった金髪な33才独身のマリアが神様女神様ベル様々と言った崇めようで凄い凄いを連呼していた。


「ぁ、あわわ……わ、分かりました。こ、此処は大丈夫そうですね。あ、あちこちに資材置き場を増設して欲しいんですけど、建設用の資材が足りなかったら言って下さい。ブロック状の建材と小さな建材で良ければ、すぐにご用意しますから。じゃ、じゃあ」


 少年はイソイソと離れて逃げていく。


「あ、待ってベルキュゥウウウウウウウウン!!!?」


 独身女にとって少年は正しく金を生む卵どころか。

 金を生む美少年(ショタ)ジュルリ垂涎の的であった。


―――ケース4『ヒューリアの場合』


 そんなベルの様子を双眼鏡で見つめていた少女はハンカチが主食になっていた。


 しょうがないとは分かっている。

 自分のベルさんが他の人のベルさんになっていくようで寂しい。


 だが、今は仕事、今は仕事と必死にベル成分を絶った彼女は正しくダイエットに耐える苦行僧も真っ青のOLにすら似通っている。


「うぅ、ベルさんが遠くなっていきますッ」


 そんな呟きを漏らす少女の後ではハンター達の何人かが、可愛い焼餅だなぁと嫉妬する少女の後姿に仄々と自動小銃やサブマシンガンをテントの下で解体整備していた。


 ゾンビが粗方掃除されたとはいえ、ハンター達の半数は死んだゾンビ達の遺留品漁りに。


 もう半数は周辺の警戒と外での待機任務に付いている。


 また、フィクシー達が掃討したゾンビ達そのものもそのまま荒野に放置しておけば、朽ちるには朽ちるのだが、乾燥後にエアロゾルのような粉流となって周囲に拡散すると汚染源になる可能性もある為、出来れば、集めて焼却するか埋めるのが望ましかった。


 その為、遺留品集めのハンター達は遺留品と同時にトラックで遺骸を集め、遠方からプレハブの近くにベルが作った大穴へと持ってきては投げ入れている。


 本当はヒューリなどは丁寧に埋葬したいと言っていたのだが、この状況でもいつゾンビが襲ってくるか分からない事は事実であり、そのマンパワーも無いという事で順次運び入れたら、その上から土を掛けて段階的に埋めていた。


 最終的に集め終わったらベルが魔導によってその場で蛋白質とカルシウムが混ざった土に分解する為、今はベルに頼んで造って貰った小さな石碑のような墓だけが彼らの供養だった。


「大隊長殿。隣は?」

「空いてないように見えるか?」

「御最も」


 フィクシーが監視用テントの一つで椅子に腰掛け、双眼鏡を片手にベルの様子を観察していた。


「坊主。大活躍だな」


「フン。当たり前だ。我々の中心人材だぞ。物資、兵站、補給は独壇場。もし彼がいなかったら、我々は何処かゾンビの数に押し潰されている」


「にしても、本当に便利過ぎるな。魔導……」


 クローディオが裸眼で視力21の瞳でベルがあちこちで資材や土砂をポケットから出したり、専用の魔術具で出したりしているのを見て呟く。


「空間制御系の術式を変更して、魔力こそ必要だが、チャンネルを繋ぎつつ、別の空間にそのまま内部の物体を出力する。本来ならば、その系統の術者がそれなりに修めていなければ、不可能な芸当だからな」


「……大隊長殿は魔導がお嫌いだったか?」


「自分の家のメシの種を大抵否定されて辛いとも零さない術師がいると思うか?」


「御最も」


「今は実感している。やはり、魔術師では魔導師に勝てない。いや、勝とうとするならば、かなりの先鋭化を余儀なくさせられる」


「先鋭化?」


「……ベルとの共同での術式だがな。アレは元々が対魔導師用に私と同じ大魔術師や高位の術師と連携する為のものだ」


「今明かされる衝撃の真実ってやつか」

「茶化すな。一先ず上手くいったが……見ろ」


 ベルには隠していた右手がクローディオの前に翳された。


「爪が……異様に伸びてる?」


 右手の薬指の爪がかなり長くなっていた。


「7cm程だ。後で切っておく」

「どういう事だ? 大隊長殿」

「恐らく死が爪に作用した」

「爪に死が作用したら永くなるのか?」


「いや、爪そのものではないのかもしれん。ベルは死の概念を魔力源としているが、アレは恐らく死の概念の一部定義や法則性にまでも干渉する。言わば、死の概念そのものの制御なのだ」


「爪が長くなるのか?」

「爪は生きていると思うか?」

「死んでるとも生きているとも思えんが」

「なら、髪は?」


「……なる程、人間単体じゃない付属物や排泄物には死という概念そのものが影響しないのか」


「恐らく爪を作る生きている生身の部位が死の影響を受けた。死ぬには爪をその部位が完全に成長させ切る事、つまりは老化などだが……それが死として捉えられていた可能性がある」


「老女の髪って長いよな。爪も」

「今、魔女を想像しただろう?」

「さてね」


「とにかくだ。死は生物の根幹だが、それを言語化して定義したのは人間だ。その定義や宇宙によって規定されている死の関連法則があの子の手には丸々載っていると思っていい」


「……死霊術師でもないのにな」

「私は逆にだからこそ怖い」

「怖い?」


「ベルの出身母体である呪い師の一族は本当に死への洞察を深めていた。そして、それに手を伸ばしていた……死霊術ネクロマンシー系列の術式に落とし込む必要すら無い程に直接的な制御があの子には可能なのだ。恐らくは……」


「………」


「あの子が継いだと思われる術式に触れれば分かる。アレは少なくとも“こちらの理”で書かれた術式ではない」


「異世界の幕屋で寛いでるのに今更な」


「そういう話ではない。魔術の心得があるなら分かるだろう。魔術も魔力も全ては宇宙に描かれた諸法則の一つに過ぎない。ソレを使って術式は記述される。だが、あの子の術式は法則そのものを用いて書き換えているような感触がする」


「……大魔術師だって法則くらい書き換えるじゃねぇか」


「アレはこちらの“その方法に使う法則”を使ってあちら側を書き換えているに過ぎない。だが、あちら側に最初からあるものを用いて直接書き換えているのならば、こちら側から干渉するよりも簡単に全てが変質する可能性が高い……」


「つまり、工程数が少ないのか?」


「質も違うだろう。使用する魔力などの効率もな。もしかしたら、使われていない可能性すらある」


 二人が押し黙る。


「あの二人でやる術式、使い続けるのか?」


「もしもの時に止められる役が必要だ。彼自身に訊ねても死に触れて色々と使う時には意識がトランスで変質して、術式自体は感じられないと言っていた。かなりの自動化が為されている。計測と解析を行い続ける必要がある。あの子の為にも……」


「立派過ぎて何も言えねぇな。やっぱ、大隊長殿は男に生まれてきた方が良かったんじゃないか? 他の隊長連中が言ってたぞ」


「昔はそう思っていた。だが、今は女で良かったと何のてらいも無く言える」


「人はそれを恋と言うのだった」


「いや、人はそれを愛と言うのだ。私は少なくとも部隊員には愛情を持って接している」


「オレには―――ハイ何でもありません済みませんでした……はぁ」


 ギロリと睨まれ、クローディオが両手を上げた。


「もしも、私が死に飲まれそうになったら、ベルと接触する腕や足くらいならフッ飛ばしてもいい。死にはせんだろうからな」


「……了解。我らが大隊長殿」


 迷わず。

 本当に迷わず。

 ベルを殺せとも、ベルの手足を吹き飛ばせとも言わず。


 ただ、己を吹き飛ばせと命令する女に彼は敬意を持って頷く以外に無かった。

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