第24話「プレイス・オブ・ダークネス」


 タワー内部は脱出のゴタゴタがあったとは思えない程に静まり返っていた。


 今や地下の核融合動力炉は電源設備として十分な出力を発しており、南方にある都市へ有り余る電力を供給しつつも、再び通信の要として電波を発信出来る状態となりつつあった。


 地下の電源である動力炉を直接制御するターミナル。


 その複数台のディスプレイから吐き出される情報を見やりつつ、太っちょの技術者の部長職の男は最後の仕上げを行う為、自動運行プログラムの仕上げを行っていた……本来ならば、専門のプログラマが行うべき代物だったが、現地で直接、組み上げなければならなかった事情の為、慣れない作業は続いている。


「これで……地表のゾンビ共が全てを呑み込んでくれる」


 残る作業はY/Nの選択肢を選ぶだけとなった。


「助けに来ましたよ。英雄殿」

「―――!!?」


 男が振り返る。

 其処にはもう外部から入って来れないはずの人間。

 いや、ハンターが四人立っていた。


「ど、どうやって此処に!?」


 その男は確かにフィクシー達にチョコレートの包みを渡した男だった。


「ちょっとした裏技がありまして」


 フィクシーが慇懃無礼にそう肩を竦める。


「馬鹿な!? この施設はシェルターとしても完全なスタンドアロンだぞ!? 一体、本当に何処から入って来た!?」


「それよりも、帰りませんか? 我々の都市に」


「あ、ぁあ、そ、そうだな……この仕事が終われば、君達の来た道で都市に帰れるものな……」


 男が震える指先でエンターキーを押そうとしたが、それよりも早くフィクシーが相手に語り掛ける。


「ああ、そう言えば気になっていたのですが、そのは何ですか?」


「―――何の事かね?」


 まだ距離がある相手に悟られぬよう。

 男がハハッと笑ってみせた。


「ここからは推測になるのだが、聴いて頂けるかな? 都市を救う英雄殿」


「何の話かね?」

「ゾンビを集めた理由に付いてですよ」

「………」

「最初の違和感はこの遠征でのゾンビの少なさだった」


「少なさ? 君達のおかげで戦闘をせずにここまで来られたんだ。何を不思議に思うところがある」


「私の体感ではゾンビの密度はもう少し高いと思っていた。でも、拍子抜けする程に群れの数が少なかった。その理由が先程襲ってきたゾンビ達だ」


「………」


「そして、二つ目の違和感はこの施設。通信を行う為にしては極めて大規模。しかも、動力炉が自立し、尚且つ長期間のゾンビの襲撃に耐えられる程に頑丈……都市から離れている事も気に掛かった。そもそも何故、都市のすぐ傍や中に創らなかったのか?」


「それは……」


「私の推測はこうだ。この施設は危ないものだった。動力源か。あるいは能力そのものが。どちらかか。あるいはどちらもか」


「………」

「三つ目の違和感はこの施設が無防備に見えた事」

「無防備?」


「ハンター達に訊ねても基地局は立派な通信施設、というくらいしか分からなかった。だが、地下に施設を埋没させて守っているとはいえ、他に何か迎撃設備などあるのだろうか? それを周囲を見回して見付けられないのは我々が無知なせいだったのか?」


「………」


「いや、そうではない。恐らく、襲われ難い何らかの装備があるのだ。目に見えないな。ハンター達に聞いても答えは聞けず。頑丈だから大丈夫。そのような回答しか返って来なかったのも結局は防衛設備が稼働したところを見た事が無い事を示していた」


「それがどうしたと言うんだ!!」


「軍の設計なのだろう? 秘密が満載だと思うのはおかしな話か? そして、あの状況で基地にたった2人だけ残して撤退? 英雄的な行為だが、秘密のある場所に少人数がいるという状況が出来過ぎていると思った」


「……だから?」


「状況がもしも作り出されたならば、どうか? 本当は時間が足りないのではなく。時間が、とか」


「……ふ、くくく、勘繰り過ぎだと言われないか? お嬢さん」

「生憎と本当の英雄は見て来たつもりだ。英雄殿」

「馬鹿な。英雄などいない。この世界には……」


 今までの態度ではなく。

 何処か諦観を含んだ暗い表情で男が呟くように告げる。


「もしもで良ければ、この施設の正体を教えてくれないだろうか? 疑問を抱えたまま死にたくはない。私の安易な考えでは、この施設は……」


「ハッ、気付いたのか。小賢しい小娘め。いいだろう……教えてやる……このタワーは確かに表向きは通信施設だ。北米最大出力を誇る電波の発信基地。あの13年前の悲劇が無ければ……全ては上手く行くはずだった……」


「戦線都市とやらの崩壊か?」


「軍はな。ゾンビ共にネット以外のあらゆる地上の電波設備を食い荒らされ、最後にこのタワーを建造した。コイツは次世代型の核融合動力炉を使った画期的な代物だ。残り40年は炉心も持つとされている。コイツがあったから、ロスは生き残った。コイツが地下のラインで送って来る莫大な電力のおかげで防衛設備の殆どをフル稼働させ、あの中核集団を消滅させられながらも北上してきたゾンビ共を迎え撃つ事が出来た」


 男が天を仰ぐ。


「しかしだ。オレは知ったんだ……コイツの仕様を……」

「仕様?」

「軍は……ゾンビ共を操る実験をしてたんだよ」

「―――やはり、このタワーは……」


「そうだ。ゾンビ共を誘導する装置なんだ。13年前、最前線付近にゾンビ共が集結したのはコイツの仕業だ。だが、何かが狂った……ゾンビ共は都市を突破し、軍は核で焼き払う事しか出来なかった。敗北だった。【BFPビッグ・ファイア・パンデミック】の一次被害を防げず。戦域内からのゾンビ共の突破を許して被害を米国全土に広げ、戦線都市と各戦線で推計2000万の人命を失い、その後に6000万の人間がロクな食べ物、医療品、火器、銃弾、あらゆる物資も無く戦い続けて、漸減させた敵をあの都市はギリギリ食い潰しただけに過ぎん」


 その壮絶な生々しい憎悪の滾る言葉にヒューリもベルも言葉を失う。


「今や守備隊と名乗ってる陸軍の残存部隊連中も市庁舎の連中も一部はこの事を知ってるよ。そして、通信機器の補修と点検だと言いながら、実際には街のライフラインである動力源を補修しに来てる。毎回毎回大量の死者を出しながらな!!」


「それで?」


「あいつらはこのシステムがまだ生きていると知っていた。少し修正すれば使えると知っていた。だが、使おうとはしなかったッッ!!」


「欠陥があるなら当然だ」


「だが、可能性はあるだろう!! 私は上層部に解析を願った!! だが、今の擦り減っていく小康状態を連中は選んだ!! リスクが怖くて何が掴めるって言うんだ!! オレはだから、このシステムを補修の度に何回も弄って来た!!」


「……滅びる可能性は考えなかったのか……」


 その言葉をもう男は一切聞いておらず。

 己の語る言葉しか聞こえていないようだった。


「そうしてようやく……僅かながらも誘導が可能になった!! システムは一度誘導を開始すれば、途中で停止しても、ある程度の移動先と行動を制御出来る!! 更にはそのシステムを僅かながらもこうして移植する事が出来た!!」


 男が横から手の中に少し大型の軍用無線のような箱を拾い上げて見せた。


 それを素晴らしいとでも言いたげに男が誇らしそうな顔をする。


「だが、足元のコイツはオレを止めようとした。人類を救える可能性を潰そうとした。殺そうとすらな!! だから、殺した。殺されて当然だ。ゾンビ共を殺し合わせたり、誘導して海に追い落したり、いつかそう出来るようになる事は確実だ!! ようやくまともに戦える手段が手に入ったってのにオレの事を上層部に告発するだとよ!!」


「……それで?」


「前回の補修の時に決めてたんだ。人類を救う為にはあの都市の連中は邪魔だって……オレはこのシステムを完全なものとし、米国を他の都市と一緒に救う事にした!! 何の問題がある!!」


「問題しかない……」


「妻はゾンビに食い殺されて死んだ。オレが殺した。オレが頭部を撃って人間として殺した。ああ、息子は行方不明だ。あの手を離してしまった……そう……そうだ。そうだ。そうだそうだそうだ!!! 全部、この悪夢みたいな世界のせいだ!!! 何がアメリカ最後の抵抗勢力だ!! 何が光と希望を灯す都市だ!! 此処は闇だッッ、全てが消えた闇の世界だッッ!!!」


 男の激怒はもはや世界全てに向けられている。

 絶望に呑まれた末。


 そこにいるのはただ復讐と失望に取り憑かれた真に恐ろしい単なる人間だった。


「都市一つが何だ……この悪夢が終わるなら、オレは悪魔にだってなってみせる!!」


 正しく狂気に染まった毒々しい嗤みで男が歯を剥き出しにする。


「ふ、ふふふふ……今、オレが救ってやるからな。ジェイミー、ジョーイ……」


「一体、何をしようとしている?」


「教えてやろう。オレを殺しても無駄だ。今後、ゾンビ共はあの都市を目指し続ける。たった、それだけの誘導さ♪」


 ポチリと男が軽く指でエンターキーを圧そうとして、キーボード横にコロンと転がったものを見て、それが自分の指だと理解して、血がボードにボトボトと滴るのを見て―――。


「~~~ぁ゛、あああ゛ぁあ゛ああ゛ぁ゛ああぁあぁ゛あああ゛あぁ!!!!?」


 悲鳴を上げて手を握り、ゴロゴロと死体横で転げまわる。


「つまらん話だったな。そんな事で人命を軽んじるとは」

「な、なんだとぉッッ!!?」


 指を抑えながら憎悪の視線で睨んで来る男にフィクシーが肩を竦める。


「しかも、培養共の一件とは違うハズレ……ディオ。完全に全裸にしてから簀巻きにして死体と一緒に適当な部屋に放り込んで置け。ゾンビになるかもしれん。経過観察はしておけよ」


「ぅーい」


 軽く掌を振って、実際ツマラナイ話だったと投げナイフを仕舞った元英雄は英雄になり損ねた殺人者を拳一発で気絶させると身包みを剥いだ。


「世界が理不尽なのが自分にだけだとでも思っていたのか。その殺した男とてお前を慕っていただろうに……」


 刺殺された男。


 最後に残った相手を心配して下に降りて行ったに違いない男の血痕の横には職員全員で取ったらしき二つ折りの写真が血の足跡を付けられて落ちていた。


 それが拾い上げられコンソールの上にそっと置かれる。


「終わったぞ」


 クローディオが男をロープで簀巻きにし、付近にあるオフィスの一室に刺殺されたらしい死体と共に同衾させて戻ってくる。


「ベル。もう魔導の全処理能力を翻訳に裂かなくていい。それでなのだが、機械の事は分からないが、解析は出来るか?」


「は、はい。データの内容は専門外かもしれませんが、魔導なら解析と解析データ自体は作れると思います。あ、その機械も一応、貰っておきますか?」


「ああ、あの女に渡すにしろ。とぼけて懐に入れるにしろ。貴重な代物だろうしな。綿密に詳細なデータを入手してから、数時間休んで転移で車両まで帰ろう」


「フィー……あの人はどうしますか?」


「単なる悲劇に狂った普通の人間だ。当局に突き出すだけで後はあちらがどうにかしてくれるだろう。我々の管轄でも無い」


 少しだけ不憫そうに少女は気絶した小太りの男へ硝子越しに目を向ける。


「それにしてもゾンビを操るか。まるで死霊術師だな。魔術にはネクロマンシーもそれなりに体系として存在するが……魔力の無いこちらだと電波のような波などだけで操作するのか? ふむ……」


 フィクシーがちゃっかりこの世界での超重要データを失敬するベルを見ながら、思案顔になる。


 その時だった。

 巨大な撃音と共に周囲が揺れた。


「何だ!?」

「どうした!!?」


 クローディオとフィクシーが同時にベルとヒューリの下に駆け付け、咄嗟に防御方陣を展開する。


 途端、施設の天井の一部が崩れ、数百kgの瓦礫が輝く方陣によって弾き飛ばされて周囲の情報機器を押し潰した。


「ベル!! 状況は!!?」


「え、ええと、この状況は……なッ!? タワーの地上部分が殆ど全損してます!?」


「何!? ゾンビの仕業か!?」


「い、いえ、そうだとしたら、あの大きな塔を一撃でへし折った事に!?」


 フィクシーが時間も無いかとまだ十分に回復し切っていない魔力を用いた転移を実行するべく。


 死体と男を一緒に放り込んだ室内に全員を集めた。


「車両まで転移する。そのまま帰投だ。今日は全員が消耗している。もしも、ベルが言うような敵がいたとしても相手は出来ん!!」


「オレはもう目が限界だ」


 クローディオがもういい加減眠いという顔をした。


「転移後は速やかに全速力で都市に迎え」

「わ、分かりました」


 すぐに男を放り込んだ場所に集まった全員がフィクシーの緊急転移用の魔術方陣内で身を縮める。


「行くぞ!! 帰るまでが遠足だ!! 気を抜くな!!」


 それに答えた全員が一瞬で消え―――否、その場で弾けるはずの転移方陣の内部で少年だけが取り残された。


 瞬間、バチリッと音がして、少年がまだ手に持っていたゾンビの誘導システムを抽出したと言われていた機械の箱がモクモクと煙を上げる。


「え? え!? ど、どうなって!!?」


 思わず少年が混乱し、すぐに自分が取り残された事を理解して、顔を青くした。


 それとほぼ同時に地下施設の崩落が始まり。

 脚が竦んだものの。

 もしもの時の心得。


 フィクシーが何度も訓示していたような冷静沈着に事態に対処するようにとの心構えを思い出した少年が僅かに顔を引き締めて、自分のいる場所から地下通路までの最短ルートを走り出した。


 すぐに中央のメイン制御室が崩落に呑まれていく。


 それを背後に必死に奔る少年は緊急用の避難通路などが無いかと通路内の掲示板や表示を何とか見付けようと目を凝らす。


 そうすると、明滅する灯りの下。

 ハシゴを示すらしき表示を発見。

 左右に別れた道の1つへと進み。

 実際にハシゴを確認した。


 すぐその下まで来て、上を確認すれば、地上付近にまで続いているらしい事が分かった。


 恐らくは地下駐車場付近。


 それでも随分と地表へは近付くと必死にハシゴを昇り始める。


 それから数十秒で次々に連鎖した崩落が通路を押し潰し、少年の下から建材の噴煙を噴き上げていく。


 それをあまり吸い込まないように呼吸を浅くしながら、必死に昇って昇って昇って―――ようやくまだ非常灯が消えないハシゴの縦穴の先にある金属製らしき蓋まで辿り着いた。


 それがもしも自分の力で開けられなければ死。

 そう知っても拳が叩き付けられる。

 すると、パッカーンと結構軽い音と共に外へと出られた。

 思っていた通り。

 地下駐車場の一角だった。


 すぐ横にはシャッターがあり、本当に緊急時の避難用だったのかもしれないと思うのも束の間。


 這い出した少年が完全に格納されている出入口にガックリと項垂れた。


 内部は非常灯が未だに付いていて、薄暗いが朱い光に満たされていて、崩落の余波で崩れる事は無さそうだった。


 ズズン、ズズンと何度か揺れはしたが、それもすぐに収まり。

 しばらくは安堵していられそうだと壁に凭れ掛った時。


 地下駐車場上の分厚い天井に瞬間的に熱されたような円形の線が入り、まるで刳り抜かれたかのようなにズズズと半径2m程の部位が捩じれて迫り出し。


 ドシンと銅像を置く台か何かのように床へ落ちた。


 その上から何かが―――燐光を―――蒼い輝きを雪のように降らせて降りて来る。


 ソレはまず四つ足。

 蹄鉄どころではない。


 鋼の鎧を足先にまで身に纏った馬らしき物体が蒼とも銀とも付かぬ全身を晒した。


 その上に跨ってタズナを握るのは全身鎧の騎士甲冑。

 しかし、それは地方諸国ではまず使われない形に違いなく。


―――高格外套ソーマ・パクシルム・ベルーター


 七教会が用いる対魔王汎用兵装。

 大陸各種族の頂点存在すらも1千機で平らげる。


 そんな、七教会の武力の象徴たる魔導と機械を用いる人類史上最強の装甲。


 世に超常の力と魔術を解析し、道具として齎した工学の神にして真なる天災。


 世界全ての神々より忌避され、宇宙の創生すら手に欠けると囁かれる女。


 七聖女筆頭フルー・バレッサの作品だった。


「そんな、七教会?」


 呆然と呟く少年を前にして、従来大陸中央において防衛力としてあらゆる局面に対応する人々にとっての戦いの象徴が、その通常のものとは聊か違う蒼き魔力の転化光が漏れ出る関節を動かし、カシャリと本来密閉されているはずのフェイス部分を上に上げた。


「―――?!!」


『何だ? 子供……いや、違う。その魔力……我々に近しい、だと?』


 少年が下がれもしない壁に背を付けて、僅かに遠ざかろうとする。


 相手の顔は死蝋の能面。


 だが、瞳の部分には赤黒い赤光が燃えるように揺らめいており、ソレが少なくとも尋常の存在ではない事を知らしめていた。


「あ、貴方は一体、な、何なんですか?」


『ほう……知性まであるのか。貴様、【BFPビッグ・ファイア・パンデミック】時の個体だな。奴らの施設にいるという事は……捕らえられたか。研究材料にでもされていたか』


「な、何を―――」


『自覚が無い? そこまで仕上げるのにどれだけの人間を使ったのやら……ふ、まあいい。ハンター共があの数を倒せるとは予想外だったが、閣下には良い手土産が出来た』


「え、あの数って……」


『見なかったのか? あのゾンビ共を』


「あ、アレは!? こ、この施設の!?」


『知っているようだな。この施設が何なのか。だが、稼働もしていない施設で誘導など出来んぞ? それともそうだと教えられていたのか?』


「そ、そんな―――」


 少年が思わず、まだ空間拡張内部ではなく。

 懐に入れてあった機械の箱を取り出して確認する。


『その気配……くくくく、連中ついにシステムを小型化して持ち出せないかと試し始めたのか。馬鹿めッ、この魔力無き世界で我々の協力無しでまともに動くものか』


 その言葉にベルがようやく自分が取り残された理由に付いて思い当たる。


 特殊な魔力に干渉する装置。


 それが恐らくはそのゾンビを誘導する力を込めたとされた箱には使われていた。


『久方ぶりにお喋りが出来て楽しかったぞ。坊主……礼に首から下も連れて行ってやろう』


 ジャキュシッと馬の脚の装甲が一部外れ、男の手に掴める程の柄が飛び出し、ソレが握られて引き抜かれた。


 その剣はまるで銀のようにも、あるいは宝石のようにも見えたが、少年はソレが何なのか魔術師の端くれとして知っている。


「ミスリルの合金?!」


『何―――貴様、その知識を何処で手に入れた?!』


 そのゾンビなのかどうか。


 人ではない何かがバッと馬上から降りて、剣を向けて少年に近付いていく。


『……まさか、オリジナルか? いや、そんなはずはないッ、あの時、全員が燃やされたはずだ!! それとも我ら以外に新たな転移者がいるとでも、だが、そうだとするなら、貴様は何だ?!』


「ぼ、僕は―――僕はベルディクト・バーン!! 善導騎士団魔術大隊所属!! フィクシー・サンクレット大隊長の部下だ!!」


 ベルがグッと拳を握り締め、心だけは負けぬよう叫ぶ。


『―――本当にまさか、まさか……はは……15年……15年だぞッ!? 貴様を連れてカエルッ!! さぁ、ワレラガモトにコイ!!!』


 今までの流暢な言葉が嘘のようにカタコトとなり始めた男の顔がゆっくりと解けるようにして、その屍蝋の下を顕わにしていく。


 其処には悍ましい程に腐肉と男が持つ剣と同じ色合いの金属が混合し、互いが結び付くかのように蠢いていた。


「ひ―――」


『ベルさあああああああああああああああああああああああああああん!!!』


 外からの声。


 同時に少年の耳にも爆音のようにも聞こえる車両の嘶きが聞こえて来る。


『チッ、邪魔が入ったか。まぁ、いい。全て死にタヤスカ』


 男がガションと仮面を再び嵌め、少年の事を後回しにしようとした時。


 少年は外套の内側から拳銃―――コルト・ガバメントを取り出して向けていた。


「止めろッ!? あの人達に手を出すなッッ!!!」


『そんなものでこの鎧が止められるか? よく考えて物を言え。坊主……』


 男がゆっくりと振り向く。

 途端。


「が―――ごッ、ぅぐ?!!?」


 呼吸困難に陥った少年が装置を取り落とし、首元を抑えた。

 周囲に降り注ぐのは……殺気だった。

 ただの殺気だった。


 しかし、圧力を伴い、人間をただ殺してやるというだけの気配のみで相手自身の体が死を選ぶ程の莫大な―――。


『大人しくしていろ』


 だが、その言葉を聞いても少年は銃口を降ろさず。

 燃えるような瞳で首元を抑えた手を握り潰すように掴む。

 その瞬間、ユラリと自分と同じ気配が強まるのを感じ。

 男が少年の体から現実へとソレが滲み出すのを見た。

 白い虚無がゆっくりと周囲を侵食していく。


『面白いッ、ソレを何の道具の力も借りずに制御するか……益々欲しくなったぞ!!』


 少年は何処か頭が冴え渡っていくのを感じていた。

 首に跡を付けた手がダランと下げられ。


 だが、銃口だけはそのままに己の口から勝手に言葉が出ているような感覚に陥っていく。


『概念域より内在魔力を抽出。認識力を二次切り替え』


 パキッと少年の周囲の空白に罅が入る。


『?!』


 初めて、その蒼き騎士が異常を察知して、少年に向き直り、その剣を本能的に構える。


 常の魔導とは違う耀きが、蒼き光と紫紺色の光。


 二つの転化光が混じり合う炎にも似た揺らめくものが少年の右手に方陣を描き出し―――ソレが瞳を通さずに少年の無手に宿る。


 その五指が滲み出る空白を掴んだ瞬間にソレが砕け始めた。


『―――な、チャンネルを砕くだと!? 何を、何をしている貴様!?』


『高次領域の流入を開始、概念域露出、逆固定1秒ッ!!』


 少年の生み出した空白から黒いものが濁流のように溢れ出し、それがガバメントのチャンバー内へと集束されていく。


『我らが死は、我らが頚城は、営みに連なる悲劇よ。永久に追われ、永久に終わらず……我がは至り、我らがは至らず……この身は死源しげんに暮れし、死せる至者ししゃ……」


 その膨大な黒きナニカが発射寸前の弾丸に刻まれた魔導方陣の刻印に雪崩れ込み。


『させんわッッッ!!!!』


 攻撃予備動作が長過ぎる。

 相手の攻撃前に相手の首を落す。


 その神速の踏み込みがベルの首を斜めに断ち割るより先にガバメントの中心。


 黒きソレに向かって彼のいた空間そのものが引き寄せられる!!!


『グオ?!! 死を引き寄せるだとぉ!!? コレは―――』


「虚構の白。是空の黒。我が手に宿りてを奔れ―――」


 トリガーが引かれた瞬間。


「【静寂の王は翳りたりUNEX/UNLUX/UNVITAE】ッッッ!!!」


 蒼き騎士が咄嗟に剣を銃口へと突き入れるようにして離し。

 己の上半身を左へと跳ばす。

 刹那、黒が弾けた。


 圧倒的な本流がまるで空間を喰らい尽すように引き込みながら直線状にある何もかも―――全ての現象と事象と空間を引き込みながら世界を食い破り、凡そ50mもの距離を完全な虚―――世界に露出した高次領域、概念域へと変化させ―――世界の恒常性による復旧が熱量も質量も事象としても記録されない紅蓮の炎によって焼き潰されていく。


 直撃を避けた騎士は完全に右半身を消滅させられていた。

 その内部の腐肉と金属の混合物の断面が解け崩れている。

 倒れ込みそうになったのも束の間。


 逃れていた蒼褪めた馬が主を首で背中に放り上げ、そのまま空の上空へと音速を超えて流星と化した。


 何もかもが終わった後。

 糸が切れた人形のように少年が倒れ込む。

 ガバメントは既に無く。

 それを握っていた手も肘から先が無くなっていた。


『ベ、ベルさぁあああああああああああああああああん!!!!!』


 声が響いてくる。

 己の中から残響する声を打ち消すような声が。

 それを何処か心地良く思いながら目を閉じる。

 その日、少年は重症を負って運ばれ、夜には緊急入院となったのだった。

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