第23話「敵」


『前方集団の進軍の方角に変わりなし!! 連中、いつもと違って、こっちの車両に反応して来ねぇぞ? 音や動くものに反応するんじゃなかったのか?』


 屋根の上から不可解そうにクローディオが疑問を叫ぶ。


「大方、操っている誰かがタワー以外は目に入らないようにしているのだろう。さすがに攻撃を仕掛ければ仕掛けて来るはずだ。だが、これは行幸!! ベル残りは!!?」


「の、残り、100mです!!」


 ベルが横のスライドドアを開け放ったまま、未だ腰溜めに構えたサブマシンガンを討たないヒューリの横で外套を光らせながら、車両のメーターを見ていた。


「カウントダウン行きます!! 5、4、3、2、1、伸び切りますッ!!」


「嘗め過ぎだ貴様らぁああああああああああ!!!!」


 何か嫌な事を思い出したような絶叫。


 同時に今の今までフィクシーが手にしていた柄から先の黒い輪が消え、後方に向かって流れる黒い糸だけがその根元には繋がっていた。


 その瞬間は正しく劇的。


 刹那、彼女の握っていた柄から伸びる糸がパリッと紅蓮色から蒼、そして白く染め上がり、魔力が1km先の鉄球まで通り切った瞬間。


 フワッとその長い長い長い線が大地にまるで白線でも引いたかのように浮かび上がり、丁度―――先頭集団が端の鉄球の部分を抜けるより先に音速を超えて90°の角度で振り抜かれた。


 女傑にしてみれば、それは後ろに流していた腕を自分の横まで振る動作に過ぎない。


 しかし、その瞬間の加重は想像を絶してフィクシー・サンクレットの片腕を破壊しようとしたが、膨大な魔力による強化が1秒以内の振りを可能とした。


 パキッと彼女の何処かの骨に罅が入る音がするも当人は痛みに顔も歪めない。


 しかし、戦場は劇的な惨状となった。


「はははははははは―――死ねッ、死ねッ、死ぃいいいいいいいいいねえええええええええええええええええええええええ!!!!」


 狂笑。

 余程、腹に据えかねた事があったのか。

 常の冷静沈着を絵に描いたような人格とはまるで別人。


 彼女の声と共に今の今までタワーに向かっていた全てのゾンビ達がほぼ肩の辺りから横に真っ二つとなり、次々に倒れ込んでいく。


 それは一本の猛烈な耀きを放つ白線が土埃を上げるものを刈り取っているようにも……否、そのものに違いなかった。


『ウチの騎士団にはこんなヤバい奴しかいないのか。マジで職場環境が酷過ぎる』


 愚痴った寝不足の狙撃手が刈り取られていく集団の先鋒の根元。


 1kmで利かないだろう広範囲に展開しているゾンビ達目掛けて、高速で上空に爆破矢を連射する。


 C4の鏃が数秒後音速を超え、弧を描いて密集しているゾンビ達に着弾。


 薙ぎ払い始めた。


「い、行きますよぉおッッ!!!」


 ベルを横にして、今まで開けっ放しの風が吹き込むスライドドアの中からサブマシンガンを構えていたヒューリがトリガーを牽きっ放しにした。


 瞬間、殆ど狙いも付けられていなかった弾丸が銃口から飛び出るとまるで生き物のように各自微調整を加えながら弾道を変化させ、僅か上向きになったかと思うと……ゾンビの群体の表面にいた個体の頭部に次々と突き刺さっては頭を消し飛ばしていく。


「ぅ、べ、ベルさん!? ま、魔術での高速同時照準て、こ、こんなに大変なんですか!? あ、め、目が回りそうな―――」


「あ、僕が半分受け持ちます」


 少女が撃ち尽くしたサブマシンガンを後方に投げ捨て、横からベルに渡された同じ物を同じように撃ち放つ。


 しかし、その瞳は目まぐるしくあちこちを見ていた。

 弾丸が相手の頭部だけを射抜くのには理由がある。


 その弾丸に刻印された魔導方陣が弾丸を撃った術者とチャンネルで繋がっているのだ。


 それは無数のを脳裏で処理し、その弾丸の方向性を変化させるという術式であった。


 魔術師は大なり小なり、チャンネルを用いて、離れた空間と通信をしたりする事が出来る。


 その上で魔術には複数の処理を同時にこなさねばならない代物が数多くある。


 それを極限まで自動化して効率的に使うのが魔導の素晴らしいところであり、それを自らで完璧に遣り遂げてしまうのが高位の魔術師が高位たる所以である。


 要は威力と速度を弾に置き換えた魔術師ならば、よく使うような火球などの制御を同時に多数制御しているに過ぎない。


 魔術制御のリソースを威力や速度や弾体となるエネルギーや事象の展開に割かなくてよい為、魔術師は殆ど狙いを付けるだけという単純作業を熟す事になる。


 まぁ、それが秒間数百発ずつと考えたら、気が狂いそうな処理量かもしれないが、大魔術の工程などは正しく万単位の作業を一人で構築し、自動化してすら術師は数千の調整を行わなければならない。


 見習いとはいえ。


 王家で術師として鍛えられてきた元お姫様の魔術師としての力はそれなりだ。


 次々に処理を迫られる弾丸の角度調整に少年と一緒に忙殺されながら……ちょっとだけ二人の共同作業が嬉しいヒューリなのだった。


「はははははははは」


 大地を白き大剣が切裂き。

 巨大な砲弾と化した矢が降り注ぎ。


 無限のような銃弾が狙い違わず、ゾンビ達の頭部を正確無比に貫いていく。


 それは正しく奇跡のような光景だった。


 いや、傍目から見たら狂人の集団にしか見えなかったが、それにしても人間技とは程遠く。


「ヌッ!?」


 しかし、それにも終に終わりがやってくる。


 敵集団の半数以上が切り伏せられ、無限に降り注ぐような爆撃に晒され、頭部を爆ぜさせていく最中に長き大剣が途中でパキンッと折られ、長さを半減させられた。


 と、同時に銃弾の視界を共有していた二人。


 爆破矢で掃討するには距離が空き始めていたゾンビに通常の矢による頭部の破壊を行おうとしていたクローディオも気付く。


「あの培養ゾンビか!? 総員!! 此処からが本番だ!!」


『ゾンビの流れが変わった!! こっちに突っ込んで来るぞ!! ベル!!』


「は、はい!!」


 運転席のゴーレムがハンドルを切って、襲い掛かって来る集団から逃げるように進路を取る。


「此処からは引き撃ちに移行する!! もし敵が包囲を仕掛けて来るだけならば、戦闘続行だ!!」


『「「了解!!!」」』


 車両後方に向けて顔を出したヒューリが銃撃を再開する。

 それと同時にフィクシーは剣を放棄。


 後方の座席の窓を全開にしつつ、ベルの懐から対物ライフルを二挺引き抜いて、砲身を窓枠に固定した。


「ベル!! 予定通り第二段階だ!!」

「は、はい!!」


 ヒューリに銃を渡す傍ら、ベルが自身の外套をはだけさせて、内部のポケットから勢いよく何かを噴出させた。


 ソレは薄い鉄欠だ。


 一辺が1cm程の長方形のソレが風に舞って次々に車両後方へと大量に落ちていく。


『大隊長!! あの培養共が突出して来てる!! すぐに囲まれるぞ!!』

「させんよッ!!」


 対物ライフルが火を噴いた。

 猛烈な撃音。


 しかし、誰もがもうチャンネルによる通信しか耳に入らないよう聴覚を魔術で保護している。


 次々に撃ち放たれる対物ライフル弾の衝撃に車が跳ねる。


 その合間にも突出してきた培養ゾンビ達が次々に胴体と下半身をサヨナラさせて、体を地面にブチまけていく。


 それを援護するべく。

 通常矢と爆破矢が次々に敵の上空に降り注ぎ。

 あわよくば、相手を爆砕。

 そうでなくても手傷を負わせてライフルの射程内に誘導。


 それと時を同じくして、ドガッと走っていた培養ゾンビ達が脚を消し飛ばされて地面に転がり、更にその先で爆破されて頭部や上半身を失うという事が多発した。


「地雷も機能してます!!」


 ベルが叫ぶ。


 前衛が吹き飛ぶのも構わずに突撃してきたゾンビ達の多くが地雷原を食い潰すように進行しながらも速度を落としていく。


 だが、ゾンビ達は広がっているため、最短距離以外のルートで追っているゾンビ達が中央を追い越して弧を描くように車両へとコの字型に伸びていく。


『培養共の数、残り23!! 距離100!!』


「ヒューリ!! 後方にはもう構うな!! まずは脚を止めようとする培養共を打ち倒す!!」


「は、はい!!」

「ベル!! 地雷はお終いだ。第三段階!!」

「りょ、了解です!! フィー隊長!!」


 ゴーレムが今度は速度を緩め始める。

 わざわざ包囲されるような行動に相手は戸惑う事なく。


 速度が緩んだキャンピングカーへと培養ゾンビ達が群がってくる。


 それを最短ではなく。


 上空への曲射からの一撃で爆破矢と通常矢で相手の頭部をクローディオが破壊していく。


 更にヒューリの弾丸も腕などで防がれてはいたが、敵の脚部などを撃ち抜いて確実に動きを鈍くしていた。


 それをフィクシーのライフルが破砕していく。


『残り9!! 前方集団接近!! 400!!』


 その屋根からの言葉に丁度、弾丸が切れ、砲身が焼き付いたライフルを捨て、腰に久方ぶりに装備していたヒューリの帯剣を引き抜く。


「ベル!!」

「は、はい!!」


 フィクシーが剣を差し出すと揺れる中でその切っ先を外套の内側に入れたベルが投身に触れて方陣を展開する。


「―――引き抜いて下さい!!」


 言われた通りに引き抜かれた剣がプルンと揺れた。


 まるで液体金属のようにも見える剣身がゆっくりと形を成して硬化していく。


「重量は同じです!! ただし、切れ味は期待しないで下さい。あくまで魔力無しにいつもの爆破を使うだけの装備です!!」


「感謝する!!」


 大剣を掴んで屋根の端を掴み、一瞬で猫のように上に跳び上がって着地したフィクシーが殆どの矢筒が邪魔とばかりに落され、もはや数個になっている光景に呆れる。


「本当に撃ち尽くすとは……」

「そんなのは後で聞ッ、後ろだ!!」


 殆ど横まで追い付いていた培養ゾンビが少し先行した状態から飛び上がり、屋根上の二人を狙って詰めを繰り出してくる。


 丁度、ヒューリの銃を貰うタイミングだった事が災いした。


 だが、その相手に魔力の紐を柄に付けた大剣が投擲され、切っ先が爆発し、相手の上半身を吹き飛ばした後、手元に回収される。


「魔術使ってないのか?」


「お前の矢と同じだ。あの粘土型の爆薬を一時的に剣の形にしている。剣を振った瞬間に衝撃で起爆する状態のものを微量だけ相手へ粒子状にして刃先から吹き付け、剣を振り抜く際の圧力で起爆している。ベル様々だな」


「ソレ使う方が人間技じゃねぇだろ……」

「お前が言うな。お前が……」


 言っている間にもブリッジするように両手を背中側の屋根に付けたクローディオの上を剣が貫き、紐で全方位に振り回された。


 車両周囲が一瞬で爆風の嵐に見舞われる。


 何とか無事に車両に取り憑こうとしていた培養ゾンビ達がヒューリの弾丸によって防御をよぎなくされていたせいでまともに剣を避けられずに弾け飛んだ。


「やっぱり、人間技じゃないって」


「先程ので培養共は片付いたな。残るは雑魚か。ベル、準備は完了したか?」


『は、はい。でも、これ煙幕にでも使うんですか?』


「ガリオスにも旧い騎士物語が残っているが、我らが世界で一番有名な騎士が不死者の軍隊を討伐する時に使った手だ」


「え?」


「ヒューリ!! ベルを手伝って魔術で可能な限りの広範囲に突風を吹かせろ!!」


「は、はい!!」


 ベルがとにかく命令を実行するべく。

 再び、外套を内側から開いた。


 瞬間、ザアアアアアアアアアアアアアアッと煙のような濃密な黒が車両後方へと広がっていく。


 それが魔術を即座に組んだヒューリの風によってまるで黒い横向きの竜巻のように全てのゾンビを覆い尽していく。


 そして、まるで何事も無かったかのように車両が停車し、フィクシーがいつもならばちゃんと周囲の地面に魔力消費を抑える為に黒炭などで描く方陣を魔力で強引に虚空へと描き出す。


 すると、不可視の結界が発動し、彼ら四人を呑み込んだ。


「ほ、本当に逃げなくても大丈夫ですか?」


 声を潜めてベルが訊ねる。


 だが、双眼鏡が屋根の上からベルに手渡され、結界内部からその未だに黒い粒子が吹き、後方の集団の終点までも呑み込んだのを確認させられた。


 そうして、すぐに少年はゾンビ達のオカシな行動に気付く。


「あ、あれ? 仲間を襲ってる?」


 ゾンビ達が完全に黒く染まり、互いを同士討ちし始めていた。


「ゾンビは何故ゾンビを襲わない?」

「え、それは襲う対象として見られてないからじゃ……」

「何故、襲う対象ではない?」

「自分と同じと認識……ぁ、もしかして……」


「そういう事だ。ゾンビ共は五感で仲間を見分ける。だが、仲間を見分ける時に使うのは大抵が視覚と聴覚と嗅覚のはずだ。まず、触覚や味覚は使わない」


「えっと、つまり……あのゾンビ達は視覚を奪われて、聴覚と嗅覚で?」


 ベルが作ったのは黒い炭素の粒子だ。

 要は炭の極めて細かい粉末である。


 ソレはゾンビ達の瞳に入り込み、視界の殆どを奪い去っていた。


「基本的には視覚以外の感覚は視覚の補佐だ。暗闇でも暗視出来る程に優れた能力を持つゾンビだぞ?」


「すごく視覚に頼ってると」


「そうだ。嗅覚で誤認を完全に避けられるなら、ハンターの教本にゾンビの腐肉で臭いが確率で誤魔化せる、なんて載ってない。聴覚はあくまで視覚で得た獲物の音を探すのに使っているに過ぎん。他の感覚は鈍いはずだ」


「つまり、今のゾンビ達はすぐ傍に人間が沢山いると思ってる?」


「ゾンビ共に涙を流せる奴がいたら、この作戦は失敗だったな。だが、生憎と悲しみは感じないらしい。そして、自分を攻撃してくる相手を本能的には敵と認識すれば、後は人間のパニックと変わらん」


「フィー。凄いです!?」


 ヒューリが本当に尊敬すると言いたげに目をキラキラさせる。


「大群相手だから使える手だ。集団が自滅する程に集中していなかったら、自然に距離が開いて知覚も低いゾンビはウロウロするだけだろう。後、直接コントロールしている連中がいない限りは有効、という戦法でもある」


 その言葉に全員がゾンビを培養している何者かを意識する。


「これからタワーに戻りますか?」

「ああ、戻ろう。今回の一件を知る者へ会いにな」

「へ?」


 フィクシーは静かに目を細めた。

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