第22話「決戦」


 朝が来た。


 市役所の前には郊外に赴く為に重武装のハンター達が40人。


 馬に乗っている者もいれば、車両やバイクに乗っている者もいた。


 しかし、その背中、腰、懐には重火器がビッシリだ。

 革ジャンにジーンズがデフォのバイカーか。

 世紀末な珍走団か。

 そんな気配のむさ苦しい男やガタイが良い女達の最中。

 仲良しこよしな片言な連中が四人。


 近頃、仲間が増えたらしいと噂されてはいたが、それにしても入った男が醸し出す雰囲気があまりにも軍人然としているのでへらへらしていてもコイツがリーダーに違いないと誰もが注目していた。


「なぁ、オレってそんなに視線を集めるような事したか?」


 その視線にげんなりしたクローディオが溜息を吐く。


「女子供が指揮を執っていると考えるよりは妥当だろう。いっそ、指揮を執っては如何か? 英雄殿」


「茶化すなよ。大隊長……オレがそんな玉じゃないのはアンタも分かってんだろ。オレは教導隊の隊長は張ってたが、指揮の殆どは副官任せだった。隊長としては二流だ。同輩や後続に軍人の姿を見せてやる程度の話さ」


 それは真実だった。


 善導騎士団の教導隊は其々に団長が各地から引き抜いて来た兵士や騎士として技量や立ち振る舞いが極めて洗練された実戦のエキスパートばかり。


 彼が隊長に抜擢されていたのは純粋に戦闘能力が高く。

 人に慕われる性質であった事が大きく。

 指揮能力だけなら彼の副官の方が明らかに高かった。


「無駄口を叩くな。ハンターの元締めの登場だ」


 キャンピングカーを後ろにして四人が市役所の裏口から出てきて、スピーチ用の演台に上がる女を見つめる。


 四十代にして既に荒くればかりのハンターを束ねる女傑。


 バージニア・ウェスターは周囲を見回してから一声を上げる。


『今、我々の手には人々の生存と生活が懸かっているわ』


 たった、それだけの言葉が朝方の空気をまるで割っていくかのようで。


 感情へ訴え掛けるものがある事を多くのハンター達が理解しただろう。


 そう、女は少なからず人を動かすに足る力は持っていた。


『世紀末も当に過ぎた時代に馬鹿みたいな職業が蔓延ってる。ねぇ? 信じられる? ゲームの中の世界に私達は生きているのよ? ゾンビを倒して、廃墟から物資を回収して、お金に変えて生活してる人がいるのよ? 笑っちゃうわよね』


 女の言葉は一歩間違えば、ハンター達への侮辱だろう。

 しかし、そう取る者は誰もいない。


『あの頃、十五年前……私は息子にパンケーキを焼いていたわ。あなた達だってゾンビを狩るのはゲームの中だけだった事でしょう。でも、今は違う……』


 その重苦しい雰囲気。

 過去への郷愁。


 未だ異邦人たるフィクシー達には分かり様も無い日常がハンター達の間で懐かしまれ、共有されていた。


『若い子達もいるから、教えておくわ。我々は……勝ったわ。生存競争に勝ったの……でも、今や手に入るはずだった“昔”は最安全国にしか存在しないッ!!』


 四人も色々と情報は仕入れて来た。

 彼らにいる大陸から海洋を挟んで存在する国家が3つ。


 今やそこだけが完全にゾンビのいない人類の住まう土地として人々に羨望の的として見られている。


『ねぇ、安っぽいパンの味は覚えてる? 甘ったるいチョコバーの味は? フルーツは美味しかったかしら? ゲームは沢山出てたわよね。家の子も休みの度に友達と一緒に馬鹿騒ぎして、私はその度に【勉強をしなさい!! ママをこれ以上怒らせたいの!!】って怒鳴ってた……』


 女傑が昔を懐かしむように瞳を細めて、静かに続ける。


『私達が目指すのはソレよ。確かに問題だらけの国だったでしょう。銃で毎日のように人は死んでいたし、乱射事件は起こっていたし、リベラルと保守の間で国家は分断されていたし、貧富の格差は天地を割く程で……移民問題、人種差別、逆差別、環境破壊、薬物問題、犯罪組織、幾らでも……破滅へと向かう道はあった事でしょう』


 それが過去か。

 彼らが取り戻したい事か。


『でも、此処は過去じゃないの。此処は未来なの。あなた達は馬鹿馬鹿しい恰好をして、馬鹿馬鹿しい敵を殺して、それで飯を食う……そんな、そんな人類が滅んでも滅びそうにない最高の生存者よッッ!!!』


 その言葉に叫びが上がった。

 銃を掲げる者。

 拳で天を衝く者。

 排気音を響かせる者。


『旗を掲げなさい!! 我々の旗をッ!! 此処は自由の国よ!!! 貴方達に銃弾と死んでいった者達と神のご加護をッ!!!』


 女の声にハンター達は誰もが応えてみせた。

 気炎を上げる者達は決してソレに縋っているわけではない。

 だが、誇っている事は誰の目にも分かった。


「何だ……こいつらもちゃんと解ってんじゃねぇか」

「クローディオさん?」

「ああ、何でもない。さ、出発だな。オレ達は最前列らしいぜ」

「あ、はい。今出しますね」


 ゆっくりと駐車場から全員が乗り込んだキャンピングカーが発進していく。


 最前列を誘導する市役所側のオフロードカーが旗を掲げた。


 それが国家の旗らしく。


 事前に全てのハンター達に同じ旗のステッカーが配られていた。


 ベルもまた運転席横から扉にソレをペタリと張り付ける。


「隊列の後方は馬の連中。速度は30kmで工程は8日。行きと帰りで6日。残り2日でキチキョクとかいうのの整備。中核となる車両集団はあの“とれーらー”とかいうのを護るらしい。そこに物資と人員が詰め込まれてるんだとよ」


 キャンピングカーの後方には大型の白い物資輸送用と思われる車両が他の車両に護送されながら進む様子が見えていた。


「知っている」

「再確認するオレは副官向きだろ? 大隊長殿」


 フィクシーにクローディオがウィンクした。


「いや、副官にするならベルかヒューリがいい。どちらも再確認どころかお茶まで入れてくれるからな」


「それは気付きませんでしたよ。大隊長殿」


 ヒューリが大量の重火器を売却後に買ってきた紅茶セット入れた紅茶をコーヒーカップに入れて持って来る。


「フィーは角砂糖2つにミルク有り、ディオさんは砂糖なしでミルク有りでしたよね?」


「ついでに物覚えもいい、か。確かにオレには到底出来そうもない」


 ヒューリの気遣いに元軍人が肩を竦める。


 テーブルに広げられた地図の一点にはもうマーカーが張ってあった。


「この地点を中心として8隊に別れた我々は周辺のゾンビの掃討を行う。中心であるキチキョクは大規模な改装が必要だとの事でそれが終了するまで護衛するのが任務となる。移動力の低い騎兵は山間部のあちこちを自在に走り回る戦力として。車両は道路が整備されている地域を重点的に固めて掃討戦と同時に各地点の遊撃だ」


「つまり、あっちこっちで助っ人しろと?」


「作戦は至ってシンプルな護衛と迎撃。問題は重火器メインである為に倒せば倒すだけ相手が集まって来る事。キチキョク自体はソレを撃退するだけの力がある防備にするとの事だが、我々はゾンビを集めない為に其処を見る事は無いだろうな」


「うぇ……一歩間違えば、捨て駒か」


「あのトレーラーにいる人員や物資とて捨て駒になる可能性があるのだ。そこまで確度の低い作戦なら、しない方がマシだ」


 クローディオが自分達が配置される場所を丹念に見つめる。


 その高精度の地図には山岳部の高低差まで諸々が書き込まれていた。殆ど大陸の地図と変わらないが、魔術や魔力、あるいは亜人や異種と言った人間以外の存在に関わる記号が無いのは逆に視易いとすら言えるかもしれない。


「到着まで2日。精々、のんびりと監視させて頂こうか」


 カップと出された小麦菓子クッキーを片手に器用に数枚挟んで。


 クローディオが屋根裏の陽光の差す窓の方へとハシゴで昇っていく。


 今日は片手はもう造ってあるらしい。


 それだけで彼の気が抜けていない事を確認したフィクシーはヒューリを交えて山間部での想定される戦闘を何度も問答しながら、備え始めるのだった。


 *


 思っていたよりも順調にハンター達が進んだのは一重に最前列からの通信で近付いてくるゾンビの群れを早期に発見、迎撃出来た事が大きかった。


 常の遠征ならば、次々に襲い掛かって来るゾンビの相手をしている間に次の群れがやってくるという悪循環が著しく。


 大量の死体を行きと帰りで生産しなければならなかったのだ。


 だが、ベル達キャンピングカーチーム。


 特にクローディオの偵察能力は一級品で、殆ど地平線の先で見えなくなるギリギリの位置からでも相手を察知し、群れの数まで把握する事が出来た。


 最初こそ半信半疑であった者達だが、その情報が正確であると知るや先手を取ってゾンビを数km先で撃滅し、後方の車両集団の安全を確保という戦術が取られ、群れの正確な位置が把握出来るおかげで囲まれる事もなく効率的に無用な戦闘を行わず進む事が出来たのだ。


 郊外の基地局は都市から北に43km地点の小山の頂上。


 殆ど禿山だったが、その付近の裾野にはまだ林などが残っており、ゾンビも徘徊している。


 ほぼ一日で走破したハンター達はその脚で頂上にある電波塔を要する基地局。


 十五年前のパニックで粗方潰れた通信網を軍が再構築する為に建てた実際には通信経由基地周辺に展開。


 最前列で敵を見付けまくったフィクシー達はその目を買われて、トレーラーと共に地下にある施設へと入場後。


 監視要員としてタワーの上層部へとクローディオはドナドナ市役所の者達に連れられて行った。


 残った三人は無論のように警護任務で基地局の破壊された部分の撤去や設備の更新中の技術者の護衛となったが、その世界での軍事施設の威容にそれなりの目を奪われていた。


「大きいですね」


「ああ、建設技術は民間ならば、こちらの方が優れているかもしれんな。この国は元々中央諸国のような先進国であったと言うし。まぁ、我が祖国ながらガリオスは中央だと田舎だからな」


「ガリオスも十分に僕にとっては都会でしたけど」


 地上へと出て外観を見れば、正しく巨大なタワー型の施設であり、破壊された思しき場所の付近にはカラスの骨やら遺骸が大量。


 それをタワー上空から降ろしたゴンドラが掃除し、次々に破壊されたパーツが地表部分へと地下に備え付けられ、浮上したクレーンで降ろされていた。


『いやぁ、本当にありがたい。前の更新の時は死傷者もそれなりに出てねぇ。技術者は育てても臆病だから、こういう場所には来たがらなくて……』


 トレーラーに乗っていたらしい技術者達を統括する部長職の男がそうフィクシー達

に揉み手でやってくる。


『ゴクリョーシャン!!』


 フィクシーの敬礼に小太りで作業着の男もそれで返した。


『この基地局も結局は13年前に建てられたはいいが、中身は殆ど解ってない。造った軍部も軍の技術者もあの戦線都市と共に消えてしまった。我々に出来る事は整備と外側の機材の更新だけ……それも後何年持つか……大陸を奪還する事も出来ず……息子や孫に安全な未来も残せてやれない……』


 黙って警護を続けるフィクシー達に男が小さな銀色の包みを渡してくる。


『これはお礼です。十年以上前に軍が作っていた代物ですが、本物のカカオを使っていたんですよ。今じゃ手に入らないから、他の人達には内緒にして下さい』


 頭を下げた男がスゴスゴと再び地下へと戻っていく。


 全長50mはあるだろうコンクリートで造られた塔はまるで墓のようにも見えたが、陸の灯台にも思えるモノだ。


 それは都市の人間にしてみれば、時代の象徴そのものなのかもしれなかった。


「では、頂こうか」


 三人が男に僅か頭を下げてから銀の包みを破く。

 すると黒く固いものが顔を出し、甘い香りがした。


「ほう、これは……」

「これ、チョコレートですね」

「ちょこれーと?」


 ベルが首を傾げる。


「ええ、とある果実を使って作る高級お菓子ですよ。この板のを溶かして、色々なお菓子に混ぜても美味しいんです。大陸中央でも珍しいものですし、北部や西武、東部では見掛けないので完全に南部と中央の一部だけで食べられるものですけど」


「し、知りませんでした……」

「ま、まぁ、南部も帝国は広いですから」

「懐かしいな……」

「懐かしい?」


 ヒューリが上司の言葉に首を傾げる。


「入団祝いに団長が送ってくれた菓子が確かコレだった。私は甘いモノが苦手でな。お茶くらいならばいいのだが、中央式の砂糖は入れれば入れるだけよい!! という方式の菓子は苦手だったのだ」


「そ、そうだったんですか。こ、今度から甘さ控えめの御茶請けを買ってきますね?」


「気にするな。食えないわけではない。それにお前のお茶も買ってくる菓子も優しい甘さだった……例え、それが甘味が都市から枯渇しつつあるからだとしてもな……」


「食べます?」


 ヒューリとベルが訊ね、フィクシーがバリンと三等分して渡す。


「しばらくは口を甘くしながら警護しよう」

「はい。フィー隊長」

「了解です」


 三人がパリッとその黒い塊の端を齧り、そのほろ苦く甘い味に浸りながら周辺の警護を続ける。


 しかし、その日の終わりまでに周辺の森林にいたゾンビは出来る限り駆逐され、彼らの下まで到達する事はなく。


 夜通し暗視ゴーグルで続けられる作業は3交代制でバトンタッチされ、次の日の昼までにはほぼ完了。


 残るは電源設備の調整のみとなり。


 ハンター達は前回とは違って撤収準備を早々に開始する事となったのだった。


 *


「ぁ~~聞いてない。夜通し見張れとか。オレはこれから寝る。起こしてくれるな。騎士諸君」


 へなへなになってクローディオが戻って来たのは昼過ぎの事であった。


 ようやく解放された彼の目は紅く充血しており、キャンピングカーに入っていくとすぐにガサゴソと缶詰を食べる音がして、それっ切り音は途絶えた。


 地下駐車場には現在、キャンピングカーと数台のハンター達の車両が止まっている。


 撤収準備が通達された事で何処も一息入れている者達ばかりだ。


 無論、最低限以上に偵察の人員は周囲に出されていたが、それも撤収開始の合図と共にトレーラーの下へ集まって来るだろう。


 技術者の多くも今は外側の改修は完了させており、地下の方で諸々の指示などを出していた。


 トレーラーが直接付けられた巨大なシャッターとその横の小さな出入口からは次々に仕事が終わった技術者達が出てきて、夜通しの作業のせいだろう目の下のクマを擦って欠伸をしていた。


「何事もなく終わってくれそうですね。フィー隊長」


「気は抜くなよ。ベル……こういう時は終わる寸前が危ないんだ」


「お、脅かさないで下さいよ。気はひ、引き締めておきますけど」


「ふふ、ベルさんもまだまだなようです」


 そう仄々していた三人だったが、遠征時の必要機器として渡されていた小型の無線通信機が突如として音声を発する。


『こちら北西部第6班!! 遠方に土煙を確認した。塔の上の監視に確認して欲しい』


『こちら塔監視班!! 土煙は確かに北西部に確認出来る。望遠での観測を開始する……何だアレは?!』


『どうした?』


『き、緊急!! 各班に緊急!! 北西部より大規模なゾンビの群れを確認!! 先端部だけでも物凄い数だ!! こ、後方は何だ―――地平線が動いてる!?』


 次々に監視班からの報告でゾンビの大群の襲来が各ハンター達に通達されていく。


『げ、現在恐らく北西から総数で万単位以上の敵を確認しています!! とても迎撃出来る数じゃない!!』


 すぐに上と掛け合ったのも束の間。

 ハンター達に出された命令は総員撤収準備。


 次々に技術者もハンター達も自身の命を預ける車両や馬に跨り、合流していく。


『馬の者は先に都市部へ先行してよいと通達が出た。ただちに撤収!!』


 森林地帯で嘶きが奔り、蹄の音を響かせて、アスファルト用の蹄鉄が駆け去っていく。


『森林地帯の防衛班は北西部の班以外即時撤収。敵との距離が10kmを切った時点で北西部の班も撤収を。それまでは相手の観測を行って下さい!!』


 さすがに撤収は許可されている為、その命令で逃げ出す者はいなかったようだ。


『トレーラーの護衛班は済みませんが、最後に我々と共に逃げて下さい。まだ、調整が完了していません』


 技術者達の殆どはもう仕事を終えていたが、地下ではまだ必死に作業が進められているらしかった。


『こちら塔観測班!! 先頭集団が増速!! 目標がこの山の外縁に到達するまで40分程と思われます!!』


『マズイ。地下の調整は少なくとも、後1時間は掛かるぞ』


『何だって!?』


『……仕方ない。トレーラーを先に!! 塔観測班も撤収を!! 緊急脱出用の滑走路を展開すれば、地下格納庫から輸送機はまだ飛ばせます。我々はそれで!!』


『わ、分かりました!! では、こちら撤収させて頂きます。どうかご無事で!!』


 観測班からの連絡が途絶えた。


 それと同時にトレーラーにはワタワタと地下から何人かの技術者が慌てて出て来る。


『チョーセーは?』


 シャッター前でフィクシーが訊ねる。


『まだ、部長が残ってやってる!! それにしても此処滑走路なんてあったのな。さすが軍は予算が違うな。はは』


 顔が引き攣った技術者がトレーラーに乗り込み。


 最後に地下への通路から出て来た男が、自分は輸送機の調整があるからとトレーラーに出るよう伝えた。


 それと同時にトレーラーが動き出し、他のハンター達も地下から外へと出発していく。


 その慌ただしい動きは正しく沈む泥船から逃げ出すネズミのようにも見えた。


 フィクシーが残った30代の黒人の男を見つめる。


『早く貴女達も撤収を。我々は輸送機で逃げますので』

『……ウーソー』


『ッ……まぁ、解ってしまいますよね。ええ、ですが、時間がありません。此処の電源さえ調整出来れば、どんなゾンビの群れが来ても何とかなります。ですが、調整が終わらなければ、この基地局は破壊され……北米大陸の通信回復は絶望的となるでしょう。それは……この大陸の終焉を意味します。だから、我々は最後まで調整を続けます。貴方達はどうか早く撤収を。何、食料は6か月分はあります。地下に立て籠もっていれば、ゾンビが掃けた後助けくらい来ますよ』


 少年と少女が自分達の上司を見つめる。


 コクリと頷いたフィクシーはベルに車両を出すように言う。


『ありがとう。此処まで我々を連れて来てくれて……』


 男が呟き、シャッターの中に戻ると。

 キャンピングカーが出ていった後。

 全ての隔壁とシャッターを下ろしていく。


 後方で基地のクレーンや入口までも地下へと格納さていくのを見て、さすがのベルも先程の説明がどういうものかは理解していた。


「フィー隊長……」

「ベル。我々は此処に何をしに来たのだったか?」

「え、それは……北部の都市と通信が出来るように……」


「だが、どうやら通信設備が回復するまでには時間が必要なようだ」


 山を下っていく車両にいはトレーラーの背中が山肌に見えていた。


「どうするつもりですか?」


「我らはたった四人。だが、この世界に無い魔術を持ち、魔力を持ち、戦う術を持ち、己の全てを掛けて人々の為に戦える騎士という職に就いている。いや、それは本来……称号であったはずなのだ……お綺麗な騎士道などこの二千年の話だろう。だが、人々はそれをお伽噺にはしなかった……我々が此処にいる事、善導騎士団が存在する事がその証左だ!!」


「フィー。でも、さすがに戦力差ばかりは……」


 ヒューリが僅かに俯き、それでもと残酷な現実を伝える。


「フッ、私を誰だと思っている。大魔術師の名が伊達ではない事を教えよう。つまり、全ての火力を適切に相手へ叩き込めば良いのだろう? これでも魔導師になろうか、大魔術師になろうかという時に七教会から声が掛かった事もある身だ。やってやろうではないか」


「え? 初めて聞いたんですけど!?」

「わ、私も……」


「初めて言った。さすがに商売敵には流されなかったが、連中は色々と参考になる資料を置いて行ってくれた。魔術が七教会に絶対勝てない理由。戦力の合理化、戦術の合理化、戦略の合理化、兵器の合理化、その極地たる力を鎧に込めて、あの七聖女筆頭が産み出した総合戦術理論……火力の集中のさせ方なんぞを説かれて、笑った笑った。いやぁ、実に魔術師は不合理と非合理の極みだろう」


「あ、あの、フィー隊長?」

「ど、どうしたんですか?」


 様子がオカシイ自分達の隊長に2人が声を掛ける。


「私の能力は60年以上前に創られた七教会の部隊が使っていた高格外套ソーマ・パクシルム・ベルーターにも劣るのだそうだ。ああ、連中はなぁ。本当になぁ。言わなくても良い事をズバズバと人の気も知らずに教えてくれる……」


 さすがに二人が押し黙る。


 フィクシーの体には怒気とも覇気とも付かないものが漲っていた。


「ゾンビは飛び道具を使わない。ゾンビは重火器も使わない。人間のように工夫しない。強靭な戦術も戦略も取らない。なぁ……ベル……ソレを人間になら使ってはいけない方法で倒したら、私は騎士失格だと思うか?」


「そ、そんな事は、無いと……その、思います」


「ヒューリ。私がゾンビをこの世の一番残酷な方法で殺したら、狂人だと思うか?」


「そ、そんな事!? い、今は非常時ですし、生き残る為です!! どんな方法であれ、ゾンビ相手でそういう事を思ったりは……」


 そこでようやくフィクシーは叫ぶ。


「進路北西部。突っ込むぞ! ついでに戦闘準備だ。造ってほしいものがある。運転はヒューリに代われ。ここからは時間との勝負だ!!」


「わ、分かりました!! お願いします!! ヒューリさん!!」

「は、はい!!」


 途中で止まり。


 すぐに運転席から出て来たベルを後ろに呼んでフィクシーがドカリと後方の座席に腰を下ろした。


「ベル」

「は、はい!!」


 フィクシーがゴニョゴニョと少年の耳元に必要な道具の仕様を連ねていく。


 そして、部下のどのような言葉も聞かず。

 彼女は全てが出て来ると信じて。


「私は敵の状況を使い魔で観測してくる」


 そうキャンピングカーの屋根裏でグーグー寝ている男を横に天井の窓を開け、上半身どころか全身を抜け出した。


 そうして、フィクシーが掌に小さな光の球体。


 飛行能力と視覚共有出来る力を与えた簡易の使い魔を上空へと放つ。


 車両は北西部に続く林道を抜けて林や荒野の先に土埃を上げるゾンビ達の群れを確認して、更に高度を上げていく。


 相手の全景が映る頃には3000mは上昇していた。


(半径で3km半はあるか? 北西部から殆ど矢のように先端部を伸ばして来ている。一斉に襲い掛かって来ないのは何故だ? 足並みが揃わずに各個撃破される事を畏れている? はは、普通なら数にものを言わせれば、それでお終いだろうに……それとも誰かが裏で誘導し操っているのか? だが、そうならばまだ勝機はあるか)


 ニィッとフィクシーが唇の端を吊り上げる。


いくさの怖さを教えよう。誰と名も知らぬ敵よ……」


 大魔術師が酷薄な瞳で世界を俯瞰する。


 それは確実に人間に対して向けてはいけない瞳に違いなかった。

 少なくとも敵にすら向けて良いのかどうか。


 実験動物をまるで無感動に研究の為、切り刻むような……そんな倫理や道徳の外側で何かを行う者の顔がそこには確かにあったのだ。


 *


「何か寝てる間に自分の所属する部隊が味方部隊の撤退までの時間を稼ぐ殿になっていた件について……」


 クローディオが物凄く渋い顔で決戦に向けてキャンピングカーにガソリンを供給するベルに愚痴った。


「寝てたから、議決権は無い、だそうです」

「ウチの大隊長は頭の螺子が飛んでるな」

「ま、まぁ……」

「それにしても正気とは思えねぇ作戦立ててくれたな」

「ええと、そろそろ屋根に行かなくて大丈夫ですか?」


「ハリネズミみたいに矢筒だらけにしてくれてありがとよ。1万本打っても大丈夫な弓まで貰ってオジサン涙が出る」


「あ、矢は追加で300本ずつ出せるので、足りなくなったら言って下さい」


「アレで足りなくなるのかよ……」


「今出来る限り、フィー隊長が所望したものをポケット内部で生成中なので。僕が死なない限りは矢も弾薬も武器も大丈夫です。さすがに集中力のいる運転はゴーレム任せになりますけど」


「あ、はい。もう固定砲台でいいやオレ」

「フィー隊長は自分は固定大剣になるって言ってます」


「これで生き残ったら、オレ絶対生きて帰って騎士団に仕事分の給料請求するんだ」


「あはは、なら絶対生き残らないと」


 2人の男性陣がそんな遣り取りをしていると上からお叱りが飛ぶ。


「貴様ら配置に付け!! 決戦だ!!」

「了解。大隊長殿」

「は、はい。ただいま!!」


 急いでキャンピングカーに乗ったベルが自身の外套に浮き出ている魔導方陣に集中する。


「ベル。まだか!!」

「………で、出来ました!! どうぞ!!」


 フィクシーが載っている助手席の扉はもう無くなっていた。


 邪魔だと言われて、ベルが魔導で部品を溶かして取り外し、地面に置いたのだ。


 すぐに後ろの通路から隊長の下まで行った彼がそっとその手に金属製の柄の上に丸く黒く分厚い輪とその上に小さな鉄球らしきものが付いた珍妙な武器を手渡す。


「使い方は?」


「その錘を垂らして車で走り出せば、そのまま引き出されて行きます。結局、1km分しか出来ませんでした」


「構わない。仕様通りならな。よくやった。もう一つの方はどうだ?」


「は、はい。ヒューリさんの傍で足りない分は生産予定なので恐らく弾切れにはならないかと思います」


「ならば良し。よく間に合わせてくれた。敵先鋒集団は此処から100m先を通過して、あのタワーに向かっている。攻撃は相手の伸び切った側面1kmを走破した後に行う。総員!! 戦闘準備!! これより我々はあの有象無象の敵を殲滅する!!」


『お父さ~ん!! お母さ~ん!! オレ、今日英雄になるよ~~!!』


「黙れ!! ディオ!! お前は矢を射る機械だ!! 今日は死ぬまで好きなだけ的を射抜いていけ!!」


 切ない溜息が屋根の上で吐かれた。


「準備完了です!! いつでも行けます!! フィー!!」

「ベル!! 発進だ!!」

「は、はい~~~ッ!!」


 少年の操る自身に似たゴーレムが5体。

 アクセル、ブレーキ、ハンドルの左右に一体ずつ。


 更にギアチェンジ用の個体も助手席のフィクシーの横に控えていた。


 急激な加速が車両を襲う。


 戦いの始まりに開け放たれた横のドアの先にヒューリが見たのはタワーに向かって走り続ける無限にも思えるようなゾンビの群れだった。

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