第16話 鍛練の賜物

 あれから図書館へと向かったケイゴたちは、ヒナタを気遣う気持ちから、自然と駆け足になる。辿り着くなり、ガラスの割れた入り口から館内へと侵入。そこは落下した本で埋まる床。ドミノ倒しになった本棚が行く手を阻み、レールから外れ落ちたカーテンも足にまとわりついて邪魔をする。


 しかし、ここはロジーにとって庭のようなものだ。ためらいもせず館内に潜り込んでは、最寄りの階段を昇っていく。案内板も無しに目当ての書架を探し当てると、間を置かずに本の品定めが始められた。動きに無駄や迷いは一切見られない。この調子であれば迅速に書物の回収も終わると、熱い期待が寄せられる。


 だが、実際には別の結果となりそうだった。


「おいロジー、少しは急げよ!」


「そう急かすな。真に有用であるか確かめている所だ」


「だったらせめて、飛ばし読みするとか工夫しろ!」


「静かにしたまえ。気が散って仕方がない」


 本の収集には審査が設けられた。ケイゴがライトで誌面を照らす中で、ロジーがじっくりと文面を改めるのだ。流石に全編を熟読する暴挙には出ないものの、重要箇所を探り当てては深く読み込み、そして長考する。コレクション入りに相応しい書物か否かについて。


 手当たり次第に持ち去らない方針にはケイゴも賛成するが、悠長な態度には大いに不満を覚えた。急ぐ素振りを全く見せず、頁をめくる仕草は妙に優雅。それはさながら、休日に読書を愉しむ姿勢としか思えなかった。


「なぁ、もう十分集まったろ。でっかいのが3冊だ。これでも足りないって言うのか?」


「まだ最低限だな。物事を多角的に知るには、やはり複数の書を見比べるべきである」


 その意見についてはケイゴも理解できる。それでもマイペース加減には腹が立ち、だいぶ気を揉まされてしまう。ロジーはロジーで読み耽るばかりか、時々「ほぅ」などと感嘆の息を吐くのだから、相手の神経を滑らかに逆撫でする。


 いつまで続くのかと懸念された読書タイムだが、直に終わりを迎える。回収が首尾よく完了したのでも、焦れたケイゴの強硬策でもない。不意に状況が急変したせいである。


「出てこいやネズミども! オレ様の領地を踏み荒らして、タダで済むと思うなよ!」


 館内に高圧的な怒号が響き渡る。ケイゴは咄嗟にライトを消すと、本棚の脇から声のする方を覗き込んだ。入り口には狂騒と威圧感を孕んだ男が5人。そして全員が金属バットに角材と、何かしらの武器を手にしている。


 その中でも、特に怒鳴り散らす男の風貌は目立つものだった。オフロードバイク用のプロテクターを装着し、手にするバットも所々がへこみ、相当に使い込んでいる事が察せられる。そんな姿の男が金色に染まる長髪をかき上げながら叫ぶのだから、薄闇の中でも一際目を引いた。


「シエキさん。ハネジマの奴らが来てねえッス。武器持って出ていく所までは見たのに」


「ったくアイツら、またサボりかよ。そろそろ始末しとくか、クソどもがッ」


「そんな事は後回しで良いだろ。今は目の前の敵を片付けねぇと」


「オレ様に指図すんな。そんぐれぇ分かってんだよ」


「あの、シエキさん。今回のご褒美はなんですかね?」


「今回のMVPには女だ。新鮮な女を1匹くれてやる」


「マジッすか! それマジッすか!?」


「テメェらやる気出たか? だったら狩れ! 今すぐにだ!」


 男たちが色めきだつと、すぐに複数の光が館内に散った。辺り構わず、意気揚々と武器を振り回し、派手な音を立てては威嚇する事を繰り返す。


 階上のケイゴにとって、もはや気が気ではなかった。敵は手始めに地上階へと散らばったので、即戦闘とはならなかったが、自分達の居場所が知られるのも時間の問題である。


 この戦力比では逃げに徹するのが最善だ。しかし、入り口ではリーダー格の男と太鼓持ちの男2人が陣取り、建物からの脱出を許しはしなかった。徹底抗戦、からの玉砕。そんな言葉が矢継ぎ早にケイゴの脳裏を過ぎった。


「どうすんだコレ。こっちは数で負けてる上に丸腰だぞ」

 

「白旗と戯れるのが早すぎるな。油断しなければ負ける事はあるまい」


「お前さ、状況見えてんのかよ? 勝ち目なんかねぇだろ」


「根拠ならある。ひとつ、統率の取れていない敵である事。それは先程の会話だけでなく、集合に手間取った事からも推察できる。ふたつ、こちらは迎え撃つ側だ。万全の態勢で待ち受ける事が出来る。みっつ、敵はこちらの位置を知らないが、我々は連中のライトにより把握が出来る」


「万全の態勢って、オレたちに何が出来るっていうんだよ」


「人類に与えられし最大の武器は、四肢ではない。知恵だ」


 ロジーはそう言うなり、ポケットから取り出した小箱をケイゴに差し出した。一縷の望みをかけて受け取ると、それがソーイングセットである事が分かる。こんなもので何を、と怒鳴りかけたが、すぐに思案顔となった。


ーー喚いても意味なんか無い。工夫だ。工夫しなきゃ。


 ろくな武器のない中で、いかにして襲撃を凌ぐか。ケイゴの頭はフル回転だ。走馬灯のように浮かんでは消える対抗策。そして、それらに紛れて既視感に似たものも覚え、軽く苦笑いが漏れた。


ーーあんな遊びでも、変なところで役に立つんだな。


 柔らいだ思考から罠が導き出され、すぐさま黒い糸を乱雑に引き出した。そして手早く細工を施し、ロジーとともに本棚の上へとよじ登って身を隠した。


 階下の喧騒が止まぬ中で、階段を昇る足音が聞こえた。敵は単身で2階へと躍り出たのだ。 複数人で行動しないのは、各人が報酬を独り占めしようと目論んだからであり、反撃を喰らうなど想定していなかった為でもある。


「どこに隠れてんだよ、手間かけさせんじゃねぇぞ?」


 威嚇する声に恐怖などは微塵も混じっていない。悪漢たちは、自分たちが追い詰める側だと信じて疑わないのだ。


ーーよし、そのまま行け。疑問を持たずに通り過ぎろ!


 一人の男がケイゴたちの傍をゆっくりと通り過ぎていく。そして、そのまま数歩も進むと罠が作動した。幾重にも重ねた黒い糸で本棚を繋いでおり、それが男の足を見事に絡め取ったのである。意識の外にあった仕掛けに、男は盛大に倒れこんだ。そこへすかさずケイゴが飛び、全体重を乗せたままで転がる体を強く踏みつけた。辺りに乾いた音が響き渡る。


「ぎゃあああッ! 肩が、オレの肩がぁぁッ!」


 危なげなく一人を戦闘不能に追い込み、さらに武器を奪う事にまで成功した。目覚ましい戦果にはロジーも「頼もしい限りだ」と涼しげな顔で褒め称える。だが、この反撃は当然ながら敵の耳にも届いてしまう。


「ネズミどもは2階だ、下じゃない!」


 号令が飛ぶなり騒がしくなった。1階を捜索中の者たちが階段を目指して駆け始めたのだ。ひと所に留まるのは不利と判断し、ケイゴたちは階段を駆け下りていった。入り口と反対側に位置する方の階段を。


 先を行くロジーが1階東部へと繋がる通路に向かう。ケイゴもその背中を追うが、脇道から突如振り下ろされたバットによって移動を妨げられた。不意打ちは咄嗟に身を捩る事で回避したが、体勢を崩してたたらを踏んでしまう。そして猛攻に押し負ける形で、側の自習室へと追い込まれた。

 

 男はケイゴの不利を見ると、俄然攻勢に打って出た。闘争本能が命ずるままの乱雑な打撃。しかし全てが急所を狙ったものであり、一撃でも当たれば致命傷に成りかねない。死の気配を帯びた凶悪な風切り音が、防御に専心することを強制するのだ。


ーーやべぇ。腕が痺れてきた。


 ただ捌き続けるのも技術が必要だ。ましてや殺意の込められた攻撃は凄まじく重い。4度、5度と受け流すうちに、掌は感覚を失いつつあった。そこへ、男は渾身の力で真横に一閃を繰り出した。


 ケイゴは愚直にも真っ向から防ごうとする。しかし、とうとう耐えきれなくなり、唯一の武器であるバットを弾き飛ばされてしまった。こうなってしまえば対抗手段は残されていない。敵も自身の勝利を確信し、雄々しく叫びながら大きく振りかぶった。


「よっしゃ! 片割れはオレがもらったぁぁ!」


 前面がガラ空きになったその瞬間をケイゴは見逃さなかった。ポケットに差し込んだライトを取り出し、出力を最大、男の顔面に向けた。


 天体観測に用いられるライトである。フルパワーともなれば光量は凄まじく、思わず目が眩むほどだ。更に言えば、今は暗闇に目が慣れきっている所だ。眩しいなどという程度で済むはずがない。処理能力を超えた光が視神経を犯し、脳を焼き付けるかのような激痛を引き起こした。


「うわああ!? 目がああぁーーッ!」


 男が顔面を両手で抑え、大きく身を悶えさせた。膝を突いた瞬間は見計らって、ケイゴがその顔を思い切り蹴り飛ばす。頬に深々と突き刺さる靴先が顎の骨を粉々に砕き、男の意識を完全に奪い去った。逆転勝利の瞬間である。


「はぁ、はぁ、助かった……」


 額に溢れる冷や汗を拭いながら、ケイゴはふと不思議に思った。なぜこうも咄嗟に対抗手段が思いつくのだろうと。喧嘩が初めてという訳ではないが、慣れている程で無い事は自分が一番良く知っている。ではなぜと思う。しばらく考えてみると、ヒナタの顔が脳裏に浮かび、そこでようやく合点がいく。


ーーそうか、TRPGのおかげか。


 これまで散々に付き合わされてきた、空想上での危機的状況がケイゴを軍略家たらしめたのだ。確かに例の遊びは、戦闘シミュレーションと言えなくも無い。実際にこの土壇場になって真価を発揮したのだから、自然と感謝の念を抱いてしまう。


ーーそういえば、ロジーは!?


 独り丸腰のままで逃げ惑う仲間を思い出し、ケイゴは再び武器を手にした。気だるさを訴える掌。今ばかりは忘れる事にして、再び暗闇の向こうへと身を投じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る