第13話 キャンパスは健在か
敷地内はまるで別世界だった。遮るもののない道を通るなど、久しぶりのように思える。損壊と言えば、せいぜいアスファルトにヒビが走り、立て看板が倒れているくらいだ。いくつかの物事に目を瞑れば、平時の時と変わりはしない。状態の良さにケイゴとヒナタも驚きを隠せず、しきりに左右の窓から辺りを窺ってしまう。
「綺麗なものだろう。膨大なコストを払って、昨年にようやく完成した新キャンパスだ」
「すげぇな。被災したとは思えないぞ」
「高い金を払っただけの事はある。まぁその結果として、アウトローどもの根城になってしまった点は皮肉であるがね」
車は滑らかに駐車場まで進み、そして停車した。他にも2台駐車されているが、人の居る様子はない。
「さて、端的に説明しよう。中央が各教室および事務室、向かって左が研究棟、右が部室棟。中央棟の反対側に図書館がある」
「すると、灯りが点いてたのは部室棟になるのかな?」
「そこは購買部と食堂も併設されている。何かと過ごしやすいのだろう」
「おおよその構造は分かった。それで、どうするんだ?」
「まずは中央棟の事務室で鍵の入手。次に研究棟で物資の確保、最後に図書館で有用な書物を入手する。何か質問は?」
「今のところは何も。じゃあ早く取り掛かろう。連中に気づかれたら厄介なんだろ?」
ケイゴとヒナタは後部座席から出ようとする。しかし、その動きをロジーが言葉で制した。
「待ちたまえ。ヒナタ君には車内に残ってもらおうか」
「えっ、アタシ?」
「何でだよ! こんな所に置いてきぼりなんて危ねぇだろうが!」
「落ち着きたまえ。意味もなく置き去りにしようと言うのではない。2つの重大な理由から提案させてもらった」
「何だよそれ。言ってみろ」
「まずひとつ。襲撃を受けた場合、彼女が真っ先に狙われてしまう。そのため探索に加わるより、身を潜めていた方が安全だ。ふたつ。万が一車を襲撃された際に、運転して逃げる人員が必要だ」
「車が気になるんなら、駐車場じゃなくて建物の目の前に停めりゃいいだろ」
「我々の居場所を知らせるようなものだ。何度も言うが、目的は戦闘ではない。潜入と収集だ」
「そうかもしんねぇけど、だからって……」
ロジーの言葉を覆せず、言葉に詰まる。ケイゴ自身、一理あるとも感じてしまったからだ。それでも到底受け付けられる要求ではない。胸の中も激情で煮えくり返っている。
この際、何か取ってつけたような理由で一蹴してしまおう。感情の先走りから結論を出し、口を開こうとした矢先の事だ。ヒナタの返答の方が僅かに早かった。
「ケイゴ君。私なら大丈夫。ここに残るよ」
「おい、考え直せよヒナタ! ここはヤバイ奴らがうろついてる場所なんだぞ?」
「見つからなかったら平気でしょ。それにね、私も一緒に探索して、襲われでもしたら足手まといになる。そうですよね?」
「まぁ、そう捉えてもらって差し支えない」
「そうだよね。だから残ります」
「ヒナタ。本当に良いのか?」
「もちろんだよ。私の心配をしてくれるなら、なるべく早く帰ってきてね」
話がまとまったと見ると、ロジーはシートベルトを外した。ケイゴも舌打ちしながら同じ動きをする。
「ヒナタ君。キィは差したままにしておく。運転の経験は?」
「教習所に2回だけ通いました。それと、レーシングゲームは得意です」
「そうか……。君が運転をする状況に陥らない事を祈っているよ」
「ありがとうございます。どうか気をつけて」
「ヒナタ、自分の身の安全を最優先にしてくれ。場合によっちゃ車なんか捨てちまっても良いんだ」
「君は話を聞いていたのかね? そして、移動手段を失うという意味を理解していない様だね」
「あはは。ケイゴ君こそ、怪我しないようにね」
こうしてヒナタだけを車中に残し、2人は暗闇の中へと躍り出た。ケイゴは後ろ髪を引かれるような想いで一杯だ。思えば被災して以来、別行動を取るのは初めての経験だと言える。それがよりにもよって危険地帯での事なので、気が気ではないのだ。
「頭を切り替えたまえ。探索に手間取れば、その分だけ危険が増すのだぞ」
「わーってるよ。ちゃんとやるっつうの」
移動中は闇に紛れるという想定だったが、屋外に限っては難しい。要所に懐中電灯が設置されており、可能性は僅かながらも、姿を見咎められるかもしれない。灯りを避け、壁に沿うようにして進む。そうしていくつかの壁を経由すると、ロジーが立ち止まった。
「ここが中央棟だ。近くに連中は居ないようだな」
「それに鍵も要らないみたいだ。手間が省けて助かる」
建物の入り口は自動ドアなのだが、ガラスが粉々に砕かれており、もはや扉の役目を果たしてはいない。大学を占拠する学生の仕業なのだが、その恩恵は敵方に相当するケイゴたちにも存分に与えられた。
「事務室は入り口脇の部屋だ。どこに見回りが居るか分からない。慎重に行こう」
「分かった」
「屋内ではライトが必要だろう。使う際には足元を照らすように。水平方向には向けないよう気をつけてくれたまえ」
「うん? ああ、そういう事か。覚えておく」
暗がりで明かりは極端に目立つ。ライトを相手の顔にでも向けたなら、光のちらつきにより、遠くに居ても存在を気取られてしまう。リスクを最小限に抑えるには、そういった工夫が必要だった。
事務室のドアは開け放たれていた。ドア付近の窓ガラスのみ破られている事から、何者かが強引に侵入したのだろうと察しがつけられる。中の様子も他所と変わらず酷い。床に転がる何台ものパソコンのハードディスクとモニター、その隙間を埋めるようにして散乱する紙類にファイルの数々。被災後に誰かが利用している気配は感じられなかった。
「ここは手付かずって感じか」
「いや、ハードディスクが変形している。鈍器で叩き壊されたのだろう」
「本当だ。わざわざ何の為に?」
「憂さ晴らし以外にあるまい。非建設的な事だ」
「ガキの癇癪、みたいなもんか」
「そして、物の価値を知らん連中で助かる。収穫有りだ」
ロジーは2組の鍵束を指先で摘みあげ、音を鳴らしてみせた。チャラチャラと小気味の良い音。研究棟および図書館の鍵である。
「もう見つけたのか、早いな。それじゃあ次は研究棟?」
「そうだ。長居は無用、先を急ぐとしよう」
2人は次の目標に向けて、最短ルートを選んだ。事務室から抜け出し、中央棟を後にしようとした、その時だ。先導するケイゴはライトを消し、次いでロジーの体を壁に押し付けた。
「どうかしたか?」
ケイゴは疑問の言葉に答えず、静かにしろとだけ返した。向こうの通りに2つの揺れる光を見たからだ。それは徐々に大きくなり、同時に騒がしくもなる。そして声の識別が可能な程度には接近を許してしまった。
「マジで勘弁してくんねぇかな。死体処理なんかやりたくねぇっつうのに」
「じゃあハッキリ言えば良いじゃん。お断りしますってよ」
「バカか。んな事ぬかしたらシエキさんに殺されっちまうだろうが」
「流石にそれは無いんじゃね?」
「あの人って容赦ねぇだろ。命乞いする生存者を笑いながら蹴り殺すくらいだ。おっかなくて逆らえねぇよ」
気配が中央棟に近づくにつれ、その正体も段階的に明かされた。ケイゴと同世代の男が2人。どちらもロングコートに身を包み、手には鉄パイプやバットがある。光の正体は、首からブラ下げている携帯用ライトだ。そんな男達の談笑は物々しい風貌も相まって、不快極まりないものに感じられた。
「オレは不満なんか無いけどね。使い古しとはいえ、女を分けてくれんじゃん。おかげで童貞も無事卒業できたし」
「半分死んだみてぇな女だろ。そんなのとヤッて何が愉しいんだよ」
声は次第に遠ざかり、違う闇の方へと消えた。物音が聞こえなくなった事を確認すると、ケイゴは大きく息を吐いた。
「思ってたよりヤバいな、ここの連中は」
「実行可能な犯罪は全てこなしているだろう。まるでゲーム感覚だな」
「とにかく、奴らに気付かれる前に先を急ごう」
ケイゴは警戒を強めながら先へと進んだ。壁に隠れ、慎重に付近の様子を窺い、足音にも細心の注意を払う。それから無事に研究棟へ辿り着くと、自分の事を褒めたくなった。素人ながら上手くやれていると。また、目的は想定したより簡単にこなせるのでは、とも楽観した。
しかし、彼らは気付かない。部室棟の一室で光が点灯し、ケイゴたちの動きに合わせて明滅していた事に。それに呼応するようにして、警備網が息を殺しながら動きだした事に。
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