第12話 冷たい光
短いクラクションが2度。それは車の用意が出来た合図で、ケイゴたちが部屋から出ると、車上で手招きするロジーが出迎えた。
「準備が済んでいるのなら乗りたまえ」
乗り付けた車は4人乗りの乗用車であった。青白磁色(せいはくじいろ)のボディが、薄雲の広がる穏やかな空を想起させ、どこか物悲しげに映る。
「可愛らしい車ですね」
「意外だな。もっと厳(いか)ついのに乗ってると思ってた」
後部座席に乗り込んだ2人が口々に感想を述べる。ロジーは苦笑混じりに「知人の意見が通った結果だ」という言葉を残し、1度車を離れた。そして手早く戸締まりを終えると、再び運転席へと戻った。
「では出発だ。道の状態は調査済みなので、順調に進む事ができるだろう」
裏路地や大通りは今も変わらず瓦礫に埋もれている。当然、車での走行など容易ではない。ケイゴたちはその事を経験則から理解している。
しかし、思いの外スムーズに移動が出来ていた。頻繁に道を変え、ジグザグな進路を選んではいるが、道の真ん中で立ち往生する事は免れている。躊躇いのないハンドル捌きが、目的地への到着を約束するようで頼もしい。
「随分と複雑な道を通るんだな。普段通りのルートなのか?」
「まさか。昨日のうちに調べあげたんだ、車が通行できそうな道をね。おおよそ10分程度の距離だが、今回ばかりは倍以上かかるだろう」
一対のヘッドライトがアスファルトを照らしながら進む。確かに選ばれたルートは比較的道の状態が良く、車の妨げになるような物はほとんど見られなかった。だからと言って、この周辺の被害が少ない訳ではない。木造建築と思しき建物はおしなべて全壊していた。道沿いの建物は平家か、せいぜいが2階建ての物件ばかりであるために、残骸が広く散らばらずに済んだだけである。
「星空が綺麗って思ったけど、不謹慎かな?」
「空が広く見えてるからな。これも廃墟になったお陰って考えると、皮肉にしか思えねぇ」
「地震の揺れも相当なものだった。余震も本震と区別がつかないほど強かった。それでほとんどの建物は潰されてしまったよ。もちろん、中の住民を巻き添えにして」
「じゃあもしかして、今も生き埋めに……」
「気に病まなくて良い。既に災害発生から72時間を越えている。今さら救出したとて助かる事はない。もし仮に生存者を見つけたとしても、医療機関の機能していない現状で何が出来る」
「この様子だと、かなりの人数が埋まってしまったんじゃないか?」
「恐らくは。避難所には生存者が大勢集まっているが、周辺居住者の数を思えば、せいぜいが2割程度。就寝時に被災したのが災いした」
「つうことは、地下に居たオレたちは幸運だったんだろうな」
「そうだろうな。地上は瓦礫とガラス片のシャワーが降り注いだのだから。初日の時点で既に、深手を負ってしまった者も少なくなかった。彼らがその後どうなったかは、もはや言うまい」
その言葉にヒナタは顔を俯かせた。握りしめた拳もワナワナと小刻みに震える。今朝方見た夢の影響も相まって、家族の安否が気がかりになったのだ。電話ひとつかけらずに堪える中で聞く話としては、少々受け入れがたい内容である。
隣に座るケイゴは彼女の変化について敏感に察知していた。空気を変えるべく、別な話題に切り替えた。それは胸の中で引っ掛かっていた疑問の解消も兼ねている。
「ところでロジー。ひとつ聞いて良いか?」
「何かね、急に改まって」
「初日の事だけどさ、最初はオレたちから逃げたよな。家の前でも閉め出されたし。それが結局は飯まで食わせてくれて、今もこうして同行してる」
「君は、この掌返しのような待遇が気になるのかね?」
「最初のうちは、かなりのマニアだからだと思ってた。ヒナタのコスプレに感激したか共感した結果だと」
「ハハッ。確かにあれは良いものだった。だが、流石に主要因とはならない」
「だったらなんで?」
「君たちの事を、当初は大学の一味だと誤認していた。しかしだ、気絶した私を介抱したことから疑念も晴れた。連中なら間違いなく略奪に勤しんだろうからな」
ロジーが吐き捨てるように言う。知り合って初めて見せた怒り顔に、ケイゴは浅からぬ因縁のようなものを感じた。
「その大学の連中ってのは何者なんだ?」
「キャンパスに立て籠もっている元学生の事だ。やつらに人間らしい理性など皆無だ。話が通じないどころか、一方的に襲われて荷物を奪われかけた」
「強盗かよ。おっかねぇな」
「まぁひとつだけ褒められた点は、この世界の条理に最も早く順応できた事だろう。法と秩序を消し去ってしまえば、残るのは力の論理だけだ。相手を殺して物を奪う行為は倫理的に問題はあるが、理に敵っているとも言える」
「まだ災害が起きて一週間も経ってないぞ。思い切りが良すぎないか? もし今後警察が機能するようになったら、なんて事は考えねぇのかよ」
「そんな日が来ると思うかね?」
平和ボケだと嗤うかのような響き。確かにケイゴも間の抜けたコメントだったと自省した。しかしロジーもとやかく言える程ではない。彼は彼で曲がり角へ差し掛かる度に、ウィンカーを出してはすぐに引っ込めるという事を何度も繰り返した。平時に癖付けした動きが止められない。被災してまだ間もないのだから、順応しきれないのも無理は無かった。
「つうかさ、そんな奴らの拠点に乗り込もうってのか? さすがに無茶だろ!」
「何も殲滅しに行くのではない。夜陰に紛れて虚をつけば、必要な物は手に入る。それに、捜索すべき場所の目星も既につけている」
「そんな上手くいくもんかよ……」
「まぁ上首尾にできねば、いずれにせよ破滅だ。人の手によって殺されるか、地球によって凍死させられるかの違いでしかない。それとも別の大学を当ても無く探すかね? 在るかどうかも分からない、健在かつ安全な大学を」
「分かったよ、行くって。その代わり、争いは極力避けてもらうからな」
「勿論だとも」
その言葉を最後に話は途切れた。ケイゴが抱えていた胸のつかえも無事に解消したのだが、今度は身の安全について考えねばならなくなった。次なる敵は瓦礫でも寒気でもない。悪意に心を染めたヒトである。相手を具体的にイメージできる分、不安もこれまでとは違って正体がハッキリしたものだった。
ケイゴが物思いに耽り始めると、入れ替わるかのようにしてヒナタが声をあげた。指先で窓をつつき、懸命に外の様子を伝えようとしながら。
「ねぇ、向こうでたくさん光ってるけど、あれは何?」
「ほんとだ。あれって、人じゃないか?」
瓦礫の山で揺れる幾つもの光。それは、ライトを首から下げた人々によって生み出されたものだった。暗闇のあちこちが扇形に明るく照らされる。どこか蛍を連想しないでもないが、見る者の印象は雲泥の差である。
「大学の連中ではないな。バイクも無いし、何より老人が混じっている。彼らは避難所の人間だろう」
「そいつらが、どうしてここに?」
「食料などを漁りに来ているのだ。百人単位の人間を食わせていくのは、容易な事ではないのだろうな」
「もしかして、コンビニとかに食べ物が無かったのって……」
「たぶんこいつらに奪われたんだろうな」
「駅周辺など、初日の段階で略奪にあっていた。文字通り奪い合いという格好だったのをハッキリと覚えている」
「皆で分け合うって事にはならなかったんですね」
「誰もが困惑しているのだ、仕方あるまい。さて、そろそろ到着だ。心の準備は良いな?」
正面には既に校門が迫っていた。その向こうに佇むキャンパスは思いの外に明るい。敷地内の一部では、懐中電灯で街灯が作られていた為だ。建物の窓からもいくつか光が漏れ、生存者がそこに居る事を告げた。
明るいが、冷たい光。人々を受け入れず、安らげたりもせず、ただただ悍(おぞ)ましい灯り。聞いた話のせいで、つい悪感情ばかりが心に浮かぶ。ケイゴは全身に緊張を漲(みなぎ)らせつつ、車上のままで校門をくぐった。
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