副将飛ばして、大将登場
あまりにも想像しなかった光景に、思わずパーマンはアスファルトに尻餅をついた。
「え? どうして……」
メガネちゃんとカンナの目が輝きだした。佑紀乃の目も思わず丸くなる。
そこには白のスーツに身を固めたスキンヘッド、その下には鋭い目が鈍く光る。ポケットに手を入れ、且つ隙のない体勢で人が立っていた。
「に、兄さん。何でここに?」
不死川はその問いに答えず、顎を突き出しながら、パーマンの前に立った。そしてユウジと対峙した。しばらくそのままユウジと一定の距離を保ってから、再びユウジの前に詰め寄る。それから、さっと手を差し伸べた。
「こんばんは。不死川と言います。ゆきりんの友人です」
白いスーツから差し伸べられた大きな手。それをじっと見つめながら、ユウジはゆっくりとその手を握った。そのまま不死川はぎゅっと握り、大きく振る。二、三回振ったところで、その手を離した。しびれそうになった手を思わずさするユウジ、眉にシワが寄っていた。
「ゆきりん」
不死川の背中が佑紀乃に問いかけていた。
「もしゆきりんがこの男のところに行きたいなら止めない。でももし行きたくないのに無理やり我慢しているんだったら、それはどんなことしても止めないといけない」
駅前はたくさんの人が通り過ぎている。しかしその一帯だけはまるで時が止まったかのように静かだった。佑紀乃を見守る三人と問いかけられてただうつむくばかりの佑紀乃。
いつしか佑紀乃は鼻をすすっていた。寒かったからではない、いつのまにか目頭が熱くなっていた。不死川はゆっくり振り返ると、しゃがみこみ、目線を佑紀乃に合わせた。そして答えをじっと待つ。
「私……」
不死川はいつもの優しい目をしたまま、何も言わずに頷いた。
「私……ほんとは行きたくない」
そのセリフを皮切りに、ぼろぼろ涙がこぼれでた。うわーん、とまるで子どものような鳴き声が漏れた。そんな佑紀乃の肩に手を置いて、一つうなずく不死川。それから立ち上がると、キリっとユウジを睨みつけた。
「——って言ってるんですけど、どうします?」
「どうしますって言ったって……」
「あ、ちょっと待って」
不死川が少し考えた素ぶりを見せた。顎に手を当て、わざとらしく眉にシワを寄せた。
「なんか、暑くないですか、今日」
「暑い? いや、だってみんなコート着てるし……」
「いや、暑いなあ」
そう言いながら、不死川はスーツを脱いだ。それを丁寧にささっと受け取るパーマン。それからネクタイ、シャツを脱ぐとあとはTシャツだけになった。鍛え抜かれた三角筋と前腕がお目見えした。それからためらわず、最後に着ていたTシャツを抜いだ。その瞬間、
「あ!」
メガネちゃんの声が思わず漏れた。
「え、何ですか、メガネちゃん」
この冬のど真ん中、上半身裸になった不死川がわざとらしく振り返り、その背中をユウジに見せた。そこに見えたのは、
——!?
チャラリー、という極道のテーマが聞こえてきそうだった。不死川の背中に現れたのは、それはそれは見事な龍の昇天。鍛え抜かれた不死川の背中を所狭しと今にも天へと舞い上がりそうな躍動感だった。
それからもう一度ユウジを見る。
「えと、何でしたっけ? そうそう、どうします?」
ユウジの額から汗が垂れた。完全に全身の力が抜けていた、足が震えていた。
「どうって……なんかよくわかんねーな、面倒くさそうだから、もう帰りますわ、そんじゃ」
「あの」
そのまま不死川はぐっと近づくと、そのおでこをユウジのおでこに近づけた。
「あまり変なことしないでくださいね、大事な友人なんで。じゃないと自分でもどうなるか分からないんで」
ユウジはヘビに睨まれたカエルのように青い顔になった。そのまま唾をごくりと飲み込むと、そそくさと駅の方へと走って行った。それをじっと眺める不死川。
完全にその影が見えなくなるのを見計らってから、カンナが元気良くとびだした。
「イエーイ、バイバーイ! ってゆうか二度と来んな、このウリボーやろう! ぺっぺっ!」
唾を吐いているカンナの横で、メガネちゃんは黒いリュックくからおもむろに何かを取り出して、ビニールを破いた。中には白い粉、表には「博多の塩」と書いてある。それを握って、全力で先ほどユウジがいたあたりにぶちまけた。
何度も何度もぶちまけた。
「やっとこれを使う日が来ました。悪霊退散ですね」
それはさながら土俵に入る前の力士。一時的にそこら辺のアスファルトが白く染まった。ここ数時間は凍結の心配は無いだろう。
その二人をかき分け、パーマンが前に立ちはだかり、駅の階段を遠く睨んだ。
「いやいや、一時はどうなるかと思ったわ。まさかあそこまで鶴拳が効くとはな」
「は? 鶴は効いてない、っていうか全く聞いてねえっつーの! ほんと危ないところだったわ」
パーマンにその声は届いておらず、にっこりとした満足げな表情を浮かべている。そして何度もうなずく。
「ひよこ豆さん!」
メガネちゃんが不死川を羨望の眼差しで見つめた。
「そうそう、ひよこ豆ちゃん、マジでカッコ良かった〜」
そう言いながらメガネちゃんとカンナは不死川の腕に抱きついた。
「でも、びっくりした〜、ひよこ豆ちゃんがいるなんて」
不死川は少し恥ずかしそうにメガネちゃんを見た。その視線を確認したカンナが、メガネちゃんを覗き込む。
「ん? どゆこと?」
「あの……わたしパーマンさんに話聞いたあと、心配になっちゃって、ひよこ豆さんに連絡したんです。そうしたら来てくれるって」
不死川は苦笑いを浮かべた。
「ええ、何もなければそのまま帰ろうと思ったんですけど、端から見ててちょっと我慢できなくなってしまったんで出てきてしまいました」
へえ、と頷きながら、あ、そろそろ服着た方がいいかも、と言いながらカンナがTシャツ、その他衣類を差し出した。それを申し訳なさそうに受け取る不死川。その時何かを思い出して、全員が同じタイミングで同じ方角を見た。それからカンナが今もうつむいている佑紀乃に近寄った。
「も〜う、ゆきりーん。いなくなっちゃったらどうしようかと思った〜」
「ほんとですよー。わたしよりあんな人の所行くなんて、ショックでしたー」
カンナとメガネちゃんに肩を抱かれながら、何度も何度もうなずく佑紀乃。
「……うん、ごめん、ほんとにありがとう。みんながいなかったら私、また同じこと繰り返してたかもしれない。だから……」
そのままカンナがぎゅっと抱きしめる。もう何も言わなくていい、そんな事を言っているように見えた。
「ゆきりん、ちょっといいですか」
佑紀乃が視線を上げると、不死川のいつもの優しい笑顔があった。
「あいつは社会のゴミです。ひねりつぶしても良かったんですが、あの手の輩は何度つぶしても湧いてきます。それよりもっと大事なこと、それは……」
不死川がしゃがみ、視線を合わせた。
「それは自分です。あいつらは心の隙をついてきます、心の弱さ、後ろめたさ、強がり、世間体——そんな弱点を見つけると、徹底的に食らいつき、骨の髄までしゃぶり尽くそうとします。隙を見せないためにはまず、不完全な自分を認める事、受け入れることです。世の中人に迷惑をかけていない人はいません、みんなどこか弱みや汚点を持っている、でもそれでいいんです。だからこそ人を頼るんです、そして頼られたら助けようとするんです、少なくとも自分はそう教えられました」
佑紀乃はその言葉を噛みしめていた。じっと耳を傾け、さながらそれは佑紀乃にとって、心のシャワーだった。
「ありがとう。そうだよね、強がってばかりいたってどうせ何もできないんだし。でも今、大事なことに気づいた気がする、ほんとにありがとう」
四人は佑紀乃を囲んでいた。パーマンだけが一際満足げだった。
「でもね……一つだけいい?」
「なになに? 何でもいっていーよ!」
「あの——」
佑紀乃は申し訳なさそうにうつむいた。そしてしばらく逡巡してから口を開く。
「やっぱり私……パーマンと付き合うのは、演技でも無理」
数秒、間があった。そんなほんの一瞬の間を打ち破ったのはカンナだった。
「だーよーねー! あたしもムリー。絶対無理だわ」
「は? お前となんか、こっちだって無理だわ」
「——ごめんなさい、わたしもです」
「え? メガネちゃんも? それはちょっとショックだな……今回の俺、結構イケてると思ったんだけど」
本気の凹みパーマンを見て、佑紀乃もいつもの笑顔を取り戻した。
しばらくポリポリと頭を掻いていたパーマンが、あ、と声を漏らした。
「そうそうまだ言ってない有力な情報があったんだけど」
「どうせお前の有力な情報って言ったって……」
「いやいや、これほんと、マジで。あのユウジとかいうやつのかかりつけ病院のカルテ情報見てみたんだけど」
佑紀乃が目を丸くした。
「そんなことできるの?」
「まあ、ちょっと裏技使ってね。そうしたらさ、これまたすごい事が分かってさ」
「すごいこと……ですか?」
「ああ、あいつの耳、小さい頃から聞こえないんだって、なんか耳の奇形らしくて。事故のせいじゃないんだよ、あいつの耳が聞こえないの。これでより一層ゆきりんはあいつへの貸しは無くなったな」
はあ〜? とカンナが大きな声をあげた。
「ってゆうことは、もう最初っからってカンジじゃんよ、それ。あいつマジ最低だわ、ほんと今度会ったら喋る前にぶん殴ってやる」
「ひどいですねー。もう少しお塩買っておけば良かったです」
最初から——?
佑紀乃の頭の中の景色の色が、一瞬にして変わった。
最初から無かった、あの雨に濡れた日も、風に身をかがめた日も、全てを投げ出して走り出したあの日も……?
結局大事なのは自分、いつだって隙を見せているのは自分の方だった。全部自分で勝手に作ってきたこと。でもそれは同時に自分が変わる事で未来が変わるんだ、という希望にも思えた。
明日はきっといい日になる、佑紀乃の心にはそんな雪解けのような予感が舞い降りていた。
「よーっし、お祝いにぱーっとやろっか! じゃあパーマン宅ね」
「いいだろう、今日は親父から借りてきた、Sクラスちゃんがいるし……」
とパーマンが路上駐車していたベンツに目を向けた時だった。
「あーっ!」
塾帰りの小中学生が、メタリックボディのドアを何か金属製の棒でカリカリしていた。
「おい、お前らやめろっ! あれいくらすると思ってんだよ、親父に殴られるだろうが!」
そう言って真っ赤な衣装に包まれたパーマンが走り出した。
それを見て、思わず吹き出す一同。
「ま、あたし達はゆっくり歩いて行こっか」
佑紀乃も頷いた。
「そうね、ゆっくりとね」
こうして佑紀乃を取り巻く一悶着はとりあえず落ち着いたのだった。
楽しい一時もついに終わりの時が近づいていたのだった。
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