中堅:パーマン

 佑紀乃は自分の肩に手がかけられていることを確認した。そしてその出どころを探る。横を見ると、パーマ頭の男が立っていた。


「パーマン、ってその格好……」


 パーマンはセットアップのジャケットとスラックス。しかもその全体がぎらぎらするくらい真っ赤に染まっていた。そして目は少し遠くを見つめる。


「やあ弟さん。実は、俺ら付き合ってんだ。ごめんね、報告遅れて」


 そう言って、佑紀乃の肩をぐっと引き寄せる。

 ユウジは不審な表情を浮かべながら、じっとその様子を見ている。佑紀乃の目が泳いだ。パーマンの舌が止まらない。


「俺らこれからほら、あれ」


 そう言って、アゴで路上に止めてあるベンツを指した。


「あれに乗ってデートってわけなんだ」


 ユウジが鋭い声を発した。


「佑紀乃、どういうこと?」

「あの……これは」

「あのさー」


 パーマンがその空気を踏みつぶした。


「えーと、何だっけ? 『忘れてないよな? あの約束』だっけ。『最近仲良くなったアニキがいる』んだっけ? たしか『ヤクザっぽい』とか? 随分頼りになるアニキじゃないの、ねえ」


 ユウジの目が一瞬だけ見開いた。それから小さく佑紀乃を睨む。その視線にどうしたらいいのか分からない佑紀乃。パーマンは続ける。


「ちなみにこれ、明らかに『脅迫』だから。完全に! 警察に言ったらもう犯罪者になっちゃうね。介護の仕事どころじゃないよなあ、何の介護か知らねえけどさ!」


 ユウジが口を結んだ。そして佑紀乃をキリっと睨む


——お前まさか。


 佑紀乃が慌てて首をかしげるのを見て、パーマンはため息をついた。


「ちなみにゆきりんは何も知らねーよ。正体はこれだ」


 そう言ってパーマンはスマホを見せた。そしてニヤリと意地悪く笑う。


「この前、君にアプリを紹介しただろう。お金に困ってるっていうから、お役立ち情報がゲットできるというやつ。あれな、実は嘘だ」

「嘘?」

「あぁ、あのアプリを通じてGPSの位置情報など君の行動は全部筒抜けだ。それだけじゃない、メッセージや電話の内容まで全てダダ漏れ状態。もう保存済みだからどうしようもないぞ。覚悟しろ、イノシシ狸め、チェックメイトだ!」


 そう言ってパーマンはユウジを指差した。赤いセットアップがぎらりと光った。


——キマッた。


 ちょうどパーマンが心の中で叫んでいる時だった。


「へえ、なるほどね。それは知らなかった。でもさ、それってそっちも違法だろ? 証拠には使えないよな」


 パーマンの顔がはっとした。


「は? あの……そうなのか?」


 カンナが後ろからパーマンの尻を思いっきり蹴飛ばした。


「痛ってねえ、なんだよ」

「お前、最後のは言わない方が良かったんじゃねーの? ゆきりんから聞いたとかにしておけばよかったじゃんよ」


 メガネちゃんも心配そうに見上げる。そんな3人に向かってユウジは追い討ちをかける。


「それにあんたの言っていることには一つ決定的な嘘がある」


 パーマンは差していた指を下ろし、おどおどし始めた。


「う、嘘? 何だよそれ」


 ユウジが再びニヤリと薄気味悪い笑顔を浮かべてこうはっきりと言った。


「あんたと佑紀乃は付き合っていない。自信を持って言える」

「な、なんでだよ」

「教えて欲しいか?」


 パーマンは唾をごくりと飲み込んだ。


「佑紀乃は前からパーマ頭が好きじゃない」


 パチーン、とまるでデコピンをされたような衝撃がパーマンの頭に走った。急いで佑紀乃を見つめる。


「ゆきりん、そうなのか?」


 佑紀乃はその視線を受け申し訳なさそうに頷いた。それを見て脱力するパーマン。


「うそー、そうなの? それ今初めて知ったわ……」

「ということだ。だからもう俺たちの邪魔しないでくれ、さ、佑紀乃さっさと行こうぜ、こんな人たちに構っていられないし」


 そう言って佑紀乃を連れ去ろうとするユウジを遮るようにパーマンが大の字で塞いだ。


「こうなったら最後の手段だ、力づくでもゆきりんは渡さないぞ」

「は? あんたに何が出来る?」


 パーマンは腰を落とし、斜に構えた。みるみるうちに目が鋭くなっていく。


「俺、こう見えても中国拳法出来るんだぜ」


 メガネちゃんの目が光った。


「そうなんですか?」

「あぁ、NHKで毎週見てる」

「見てるだけかよ」というカンナのツッコミと同時にユウジが詰め寄る。それを止めるパーマン。


「ちょっと待て! これならどうだ?」


 そう言って、両手を高く上げ、手首を垂らした。それをゆっくり横に大きく開く。左膝を高く持ち上げた。


「鶴拳。これはなかなか手ごわいぞ、俊敏な動きに加え、かなりの打撃力も持っている。逃げるなら今のうちだぞ」


 ユウジは腰に手を当て、大きなため息をついてから再び詰め寄った。そのまま佑紀乃の手を強引に引っ張ろうとしたその時だった。その手が止まった。そして眉が上がり、半歩下がった。

 その向かいでパーマンが鶴拳のゆったりとした、まるで太極拳のような動きを見せている。


「ついに鶴拳の恐ろしさが分かったか。これは気をつけないと急所をついてしまうことだってある」


 そのままユウジはもう一歩後ずさりした。それをみてパーマンの動きがさらに力が入った。


「ふふふふ、それでいい。怪我をしたくないなら……」


 その時、パーマンはやっと気づいた。ユウジの視線がどうやら自分ではなく、少し上、そして自分の背後の何者かをじっと見つめていることに。


「ん? お前どこを見ているんだ……」


 そうつぶやきながら、振り返ったその時、思わずパーマンはその光景に恐れおののいていた。







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