決断を迫られる佑紀乃
茜色の夕日が、河川敷を歩く佑紀乃を照らしていた。両手にはスーパーで買った飲料や惣菜やら。それらを揺らしながらも、その表情は暗かった。
明日にはさすがに仕事に出なくちゃ、有給もあとわずかだし。何よりシフトの件で夏菜子にかなり迷惑をかけている、気持ちを切り替えなきゃ。そんな事をぼんやりと考えながらもコーポ箕郷に着いた。
佑紀乃の心拍数が上がる。
大丈夫、きっとあいつはいない。いても家には入れない、絶対に——そう決めていた。
がちゃん、と家のドアをしっかり閉めると鍵をかけた。待ち伏せは無かった。
ふう、そう一息ついた時だった。
ジリリリ、ジリリリ。スマホが震える、ユウジからだった。
「もしもし、佑紀乃? 今から会える?」
スロットで当たったからさ、この前の借り返すから、そんな声を佑紀乃のスマホは鳴らしていた。
「あのさ、ユウジ。だから私は……」
「もう終わりにしようと思って」
スマホの向こう側は、外なのだろうか、時折吹き付ける風の音が混じっていた。
「まだ言ってなかったかもしれないけど俺、今までとは違うんだ。仕事も見つけたし、もう前みたいに佑紀乃に頼らなくていいようにさ」
「仕事って——何の?」
「まあ、介護関係。まだ見習いだけど。結構大変だし、お給料安いけど……やりがいはあるよ、それに今後は必要となってくるから」
買って来た冷凍食品も置きっ放しにして、佑紀乃は壁にもたれかかっていた。目は開いているが、何も見えていない。
「それに、忘れてないよな? あの約束。あの事故で右耳が聞こえなくなった時、佑紀乃言ってくれたじゃないか『私があなたの耳になる』って。こんなことになった以上、やっぱり責任は取ってもらわないとさ、俺も自分がどうなっちゃうか分からなくて。情緒不安定、っていうの? 自分を制御できないんだよね、最近。そうそう、最近仲良くなったアニキがいてさ、色々相談もするんだけど、どうやらその人ヤクザっぽいんだよね、後から分かったんだけど」
いつのまにか辺りは暗くなっていた。電気無しには部屋の様子が分からないくらい日はすっかり落ちていた。闇の中、スマホのディスプレイだけが異様に光る。それを力なく耳にあてる佑紀乃。
「なあそろそろ分かってくれよ、俺には佑紀乃だけなんだよ。佑紀乃がいてくれたら他に何も要らない。もう俺はあの頃とは違う、俺分かったんだ、佑紀乃がいなくなって独りで考えて、どれだけ俺今までアホだったか。どれだけ俺にとって佑紀乃が大切な存在なのか。だから最後に一度だけ俺にチャンスをくれないか? な? 頼むよ」
このセリフに何度弄ばれてきたことか。いつもいつもこれが最後、これが最後と言われ、それを信じる方が楽だった。そんな楽な方へ流れて行き着いたのがこの場所。この先に待つものは一体何なのか?
「もし佑紀乃が来てくれたら、俺はもうこの街には来ない、約束する。明日、駅前に19時。待ってるから」
そのまま一方的にスマホの通話は終了した。
『明日、駅前に19時』。簡単なことだ、行かなければ良い。
でももし行かなかったら……。あいつのことだ、何をしでかすかわからない。大事な友人にさらに迷惑がかかることにもなるだろう。
それに——それに故意ではなかったにせよ、自分は人様の体を傷つけてしまったのだ、なんらかの責任はいつか取らなければならないのは分かってる、いつまでも逃げてばかりはいられないのだ。
自分だけ、自分だけが我慢すれば済むこと、それだけのこと。
通話を終えたスマホを握りしめる佑紀乃の手が震えていた。
レジ袋がガシャ、と音をたてた。上の方に積んであった生卵が崩れたのだ。その下には冷凍食品に吸い寄せられた水滴達が池を作っていた。
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