最強の作戦会議

 数日後の昼下がり、パーマンとメガネちゃんはピアットにいた。この駅前の人気店は平日にもかかわらず、ランチタイムはかなりの人で賑わっている。そんな客足も三時も過ぎればやっと落ち着いてくる。そのあとは午後を優雅に過ごす奥様たちのティータイムへと色を変える。

 そんなマダム達に紛れたパンチパーマは少し異彩を放っていた。三十過ぎのパンチパーマがこんな時間に何をやってるんだろう、そんな目線もちらほら見える。

 カランカラン、ドアの開くその音の方をパーマンが見ると、ちょうどカンナが入ってくるところだった。手を振るパーマンとそのパーマ頭を睨みつけるカンナ。

 メガネちゃんは既に椅子に座っていた。


「もう、何いきなり呼び出して。あたしこれでも結構忙しいんだけど」


 そのままカンナがドカン、と座ると店員を呼んでジャスミンティーを注文した。

 パーマンは間合いを伺いつつ、一つミルクティーの氷をすすった。それから真剣な眼差しを見せた。


「今日みんなに集まってもらったのは他でもない、ゆきりんの事だ」


 それを聞くとさすがのカンナも黙った。

 メガネちゃんも視線を落とす。


「みんなも気付いてるだろ? 明らかにここ数日のゆきりんはおかしい」


 メガネちゃんがはっとしてから、また恥ずかしそうに視線を落とした。


「そうですかぁ、わたしだけかと思ったら、みなさんも気付いていましたか……」

「そうだろう。メガネちゃん、どこがおかしいと思った?」


 メガネちゃんが全てを諦めたようにため息をついた。


「いつもは左の髪がはねているのに、最近は右でした。ひょっとしたら、寝相でも変わったのかなーと思ってました」


 チーン。

 誰かがカウンターで店員をよぶ呼び鈴を鳴らした。

 メガネちゃんは真剣だった。


「あのさ、言っていい?」


 カンナが辺りを憚ってから、他の人に聞こえないようテーブルの中心に縮こまった。


「あの変な男、あんたたちのところにも来た?」

「変な男って……あぁ、ゆきりんさんの弟さんのことですか?」

「そうそう、弟とかほざいちゃっているやつ。あのイノシシの息子みたいな? もうウリボーって言った方が早いんだけど。マジでキモくない? ほんとにあたし達があいつのこと弟と思ってるのかってーの」


 パーマンが難しい問題を解く時の顔をした。

 メガネちゃんは顔が青ざめ、口をポカンと開けた。


「え……えーーーーっ! そうだったんですか!?」


 カンナが気まずそうに視線を落とす。パーマンも一つ頭を掻いた。


「ウリボーってイノシシの息子のことだったんですか、わたしスーパーマリオでジャンプするボタン知らなくて、いつも最初のあれにやられてたんです」

「あぁ、それクリボーな。そんでな、あいつの事なんだけど……」

「ちょっと待って。あたしの掴んだ情報言っていい?」


 カンナの目が光った。パーマンもメガネちゃんも、その口元を見つめた。


「ゆきりんにはまだ言ってないんだけど、あいつが金貸して欲しいって言って来た時、なんか怪しいと思ったんだよね。そんで、念の為に免許証の写真見せてくれない? って言ったの。そしたら喜んで出したよ、あいつ馬鹿だよね。名前にしっかり『高野裕司』って書いてあったし。名字違うっちゅうの。そんでね、その免許証写真撮ってやったの。そしたら面白いことになってさ」

「面白いこと……ですか?」


 カンナがおもむろにスマホを取り出して、何やら操作を始めた。素早い指先で画面がスワイプされていく。


「そう、この写真使って、あたしのフォロワーさんに送ったんよ。『ちょっとこの人にナンパされたんだけど、誰かこの人知りませんかぁ〜』って。名前と写真出ちゃってるから余裕かなって思って」

「お前のフォロワーさんって。芸能人でもないくせに、そんなちっちぇえネットワークで……」


 喋っている途中でカンナがスマホの画面見せた。


「あたしのフォロワーさん、結構幅広くてさ」


 パーマンは見せられた画面のフォロワー数に注目した。そして今さっき口に入れたミルクティーが吹き出そうになった。


「お前……何これ。嘘だろ」


 フォロワー数のところに57,640という数字があった。


「あたし結構いろんな人と仲良くなっちゃってさ、気づいたら収拾つかなくなっちゃってるんだよね」

「——これ、文句なしのインフルエンサーじゃねえか」


 メガネちゃんが突然口に手を当てた。


「イ、インフルエンザ? だ、大丈夫ですか?」

「いや、インフルエンザじゃない。『インフルエン!』影響を与える人ってこと。SNSとかでフォロワー数がかなり多い人のことを言うんだ。最近じゃインフルエンサー採用っていって、SNSのフォロワー数が多いだけで就職出来たりすることもある。中には企業からお金をもらって宣伝したりもしてるんだ。お前こんだけフォロワー数いるなら、うまくやれば商品宣伝して、企業からお金もらえるかもしれねぇぞ?」

「ああ、もうすでに結構もらってるし」

「げ、うそ? どれくらい?」

「まあ、先月は40万くらいかな」


『よ、四十万!』


 二人の大声に、辺りの客の視線が刺さった。

 隠れるようにこうべを垂れると、パーマンは食いついた。


「お前それ、yenだよな? まさかウォンとかじゃねーよな?」

うぉん? なにそれ、円だけど。ってゆうか月に四十万を下回ることはあんま無いけど。だからぶっちゃけあたしの場合、そんなに頑張って働かなくてもいいんだよね、ほんとは。クラブで働いてんのは楽しみ目的ってことで」

「カンナさん……すごいです」

「いや、これはガチですごいやつだわ。っていうかお前俺より金持ってんじゃねーか! たまにはお前おごれよ」

「いやいや、そんなんじゃなくて、ほらこれ見てみ」


 二人は画面に注目した。


「さすがになかなかすぐには見つからなかったんだけど、やっとのことであのウリボーを知ってる人いてさ。その人が教えてくれたよ、何もかも」


 机の上に差し出されたカンナのスマホを、メガネちゃんとパーマンは食い入るように見つめた。

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