ヘビの力を借りるために払う代償
シュコー。飲み終わったグラスの氷はそんな音を立てた。まだクリームソーダの泡がかすかに残る。通りかかった店員を見つけると、パーマンはすかさず声をかけた。
「店員さん、クリームソーダもう一つ」
はい、かしこまりました、そう言ってメイドのような制服を着たシャノワールの店員は頭を下げた。もう一杯が来るのを待つ間、パーマンは再びとろけた氷をシュコー、と吸い続ける。そんなパーマ頭の上からこんな声が降りかかった。
「坊ちゃん、お久しぶりです」
パーマンが顔を上げると、そこには黒のスーツに身を固めた勅使河原の笑顔があった。
「勅使河原さん、おひさです。ってゆうか坊ちゃんって……自分もう30なんですけど」
「坊ちゃんは坊ちゃんですよ、私にとってはいつだって。お父さんはお元気にされていますか?」
「もう元気も何も。この前もたっぷり殴られましたよ」
ありゃ、と舌をちょっと出す勅使河原。
その愛らしい表情を見て、パーマンはこの男が業界ではガラガラヘビとして恐れられていることを想像できないでいた。
元帝人データバンクに勤めており、主に商社などを対象に新たなベンチャー企業などがペーパーカンパニーでないか、業績に不審な点は無いかなどの情報提供をする仕事などを担っていた。そのままその強力な情報網のコネクションを利用して、独立し、個人向けの興信所のようなビジネスを展開した。元から仕事態度が細やかでつつがなかった彼はすぐさま多くの顧客からの評判を呼び、一気に業界で著名人となった。
パーマンの父である、和気慎太郎とは勅使河原が帝人データバンクに勤めていたときからの知り合いである。まだ無名だった勅使河原に目をかけ、大事にしていたこともあり、今でも付き合いが続いている。
「ところでどうしたんです? こんな急に呼び出したりなんかして。医学部の試験問題なら簡単にリーク出来ますよ、まあ私だったらそんな卑怯な手は使いませんけど」
「だーかーらー、それが出来たら10浪もしないっちゅーの。そんなんじゃなくて、あの……俺の知り合いの事なんだけど」
勅使河原の目つきが変わった。
一瞬にして顔から笑みが消えた。クライアントから依頼を聞く時の姿勢へとスイッチが入った。
そのままパーマンの話に小さくうなずく勅使河原。その内容に賛成とも反対とも取れる、色のない表情が浮かんでいた。
一通りの話を聞き終えると、勅使河原は机へと視線を落とした。そして数秒、考えを巡らせた後、再びパーマンを見た。
「話はわかりました。やろうと思えば簡単にできるでしょう、ただ問題があります」
「問題?」
「ええ、最後の件。それは法的にグレーを通り越して完全にアウトです。もし相手に感づかれでもしたら、坊ちゃん、あなたは医学部に入る前に刑務所に入ることになります」
パーマンは運ばれてきたクリームソーダを一瞬見て、一口スプーンで救おうとして、やめた。そして目をパチクリさせる。
「気づかれなきゃ大丈夫なんでしょ?」
「どちらかと言うと、その覚悟があなたに出来ているかどうか、それ次第でしょう。気づかれるかどうかはやってみないとわかりません」
勅使河原の声は冷たかった。
それは危ない橋を何度も渡って来た者だからこそ言える、厳しい言葉だった。パーマンは頭をぽりぽり掻いたり、天井を見つめたり、クリームソーダを見つめたりした後、再びまるで怒られた少年が親を見つめるように勅使河原を見た。
「お願いします。俺、今回のことはなんか、後悔したくないんだ」
勅使河原の瞳がにこっとした。
「分かりました。始めたらもう元には戻れませんよ、いいですね?」
パーマンは一つ唾をごくりと飲み込んだ。
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