不死川作:太郎と次郎と雪の華

 むかしむかしあるところに、仲の良い兄弟がいた。名前は太郎と次郎、2人は明るく元気な、いわばよくある普通の兄弟だった。一つだけ大きな違いがあるとすれば、それは次郎だけ足が不自由だったということ。

 小さい頃はそれでも仲良く遊んでいた。だが次第に大きくなると、太郎は野山を駆け回るために外に遊びに行くようになり、次郎は家で留守番。その間、次郎は身の回りのもので時間を潰していた。


「今日のうさぎはさ、後もうちょっとで捕まえられたんだよ。もし捕まえたら、あの大きさは新記録だったな、間違いなく」


 兄の話を聞きながら、次郎は外の世界を想像した。風のせせらぎ、木々の凛々しさ。葉のこすれる音……全て次郎にとって魅力的な世界だった。時々お土産として持って来てくれる栗や木の実を見ながら、外の世界がどんなに素晴らしいものか想像するとともに、自分の足をうらめしく思うこともあった。

 もし自分が兄さんのように不自由の無い足だったら……。きっと自分も今頃野山を駆け回って、うさぎを追いかけたり、木の実を集めたりしているだろうに。

 どうして自分だけが——。次郎はそんな風に、自分の境遇を呪うこともあった。

 しかし彼は前向きだった。優しい兄さんに話を聞けるだけで嬉しかった。想像力の豊かだった次郎の世界はみるみるうちに輝いていった。

 また太郎も次郎に外の世界を感じてもらうために、少しでも多くのお土産を用意し、話も沢山した。次郎にはそれがとても嬉しかった、幸せだった。


 そんなある日のこと。太郎は次郎に問いかけた。


「なあ次郎。『雪の華』って知ってるか?」

「いや。何だい? それは」

「あのな、雪解けの山頂の洞窟で、一年に数日だけ見える華らしい。それはそれは見事なんだと。きらきらしてて、見ただけで一生忘れられなくなるくらい美しいんだって」

「へえ、雪の華か。見てみたいな」

「もし見つけたら、次郎に持ってきてやるからな」

「ありがと、兄さん。でも無理はしないでね」


 それから太郎は毎日のように、出かけた。

 外の様子も教えてくれた。今日はここまで行った、明日はここまで行くつもりだ。ここは難しそうだが、こうすれば行けそうだ、まるで次郎もそこにいるかのようにその話に食い入った。

 それから毎晩、次郎は雪の華を思い浮かべた。それはそれは美しいのだろう、輝いているのだろう、見ているだけで心が洗われる、そんな華に違いない。


 ところがそんな毎日は突然終わりを告げる。

 兄さんが出かけなくなったのだ。かと言って何か特別なものを見つけた後のような達成感がある訳でも無い。一体どういうことなのだろうか。

 次郎は思い切って聞いてみた。


「なあ兄さん、ちょっといいかな」

「なんだ?」

「『雪の華』見つかった?」


 少し驚いた表情を見せたが、太郎はすぐに呆れたようにため息をついた。


「あぁ、あるにはあったよ、でも……」


 太郎はそう言ってから、ゆっくりと雪の華を見つけるまでの話を始めた。

 野を越え、丘を越え。まだ雪の残る山頂付近、危ない崖を渡りながら、太郎は雪の華が咲いているという洞穴に辿り着いた。


「最初に見たときはそれはそれはびっくりしたよ。洞穴の隙間から射すわずかな光に照らされて、雪の結晶のような華が浮かんでいるんだ。きらきらしててこの世のものとは思えないほどきれいだった」


 次郎の脳裏にいつも思い描いていた雪の華が現れた。ほらやっぱり、素晴らしい華なんだ、僕の想像していた通りだ。だが、そう語る兄さんの表情はちっとも嬉しそうじゃない。


「それで? 手に入ったの?」


 太郎は大きく首を横に振った。


「あんなのろくなもんじゃない。触った瞬間、その冷たさに手がキーンとなったよ。周りは尖ってて、危うく手を切るとこだった。握っただけで崩れるし、期待していたのと違ってがっかりだ、本当に残念だよ」


 冷たすぎる? 尖ってて手を切る?

 嘘だ、僕の中での雪の華はいつもきらきらしてて、美しい形をしていてそれはそれは見ているだけで心が洗われるような、そんな華のはずだ。それがそんなトゲトゲしていて、醜い性質があるなんて。

 僕はこれからもあの美しい華を思い浮かべ続けるよ、これからもずっと——。


 太郎の足は自由だった。

 次郎の足は不自由だった、幸せなのはどっちだろう。


(不死川 玄太作:太郎と次郎と雪の華 了)

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