一同、鼻をすする

 ほぼみんな同時に読み終わった。

 鼻をすする音がした、メガネちゃんだった。


「ひよこ兄さん……なんか、伝わってきました」


 カンナも鼻をすすった。


「兄さんらしいな、なんか。全然喋んねえんだけどさ、きちんと色々考えてんだよな、あの人」


 佑紀乃の目も潤んでいた。


「——うん、なんかこう……やっぱりそうだよねって思った。そういうことだよね」


 パーマンも鼻をすすった。


「…………」


 カンナが、慰めるようにパーマンの肩に肘をおいて、パーマンを顔を見た。


「お前もちょっとは分かるようになったか、兄さんの優しさを……っておい!」


 パーマンはちょうど胸から取り出した点鼻薬を鼻に挿していた。そしてプシュっと薬液を噴射する。


「何? ごめん、俺鼻炎持ちなんだ、点鼻薬手放せないんだよね……ってゆうかなんでみんな涙目なの? 兄さんいないから言っちゃうけど、正直あまり意味わかんなかったんだけど。どっちが幸せかって、そりゃ太郎兄さんだろうよ、歩けるんだから」


 そのまま振り上げられた手刀は、パーマンの後頭部を勢いよく叩打。即座に首が前に折れたパーマン、その鼻に点鼻薬が奥まで突っ込まれた。


「痛っ! おい、ふざけんなよ。かなり奥までいったじゃねーか、って……あ、あぁ!」


 パーマンの鼻からぽたぽたと鼻血ががこぼれた。


「うわっ! 血、血ぃでてるし!」

「お前お医者さんなるんだろ? 自分の血くらいで怯えんな」

「そーゆー問題じゃねえだろ! 誰か、ティッシュティッシュ!」


 メガネちゃんが差し出したティッシュを数枚鼻に詰めて、床にうずくまる。そしてそのまま動かなくなった。

 張本先生が覗き込んだ。


「大丈夫ですか、和気さん」


 パーマンは体操座りで顔を伏せたまま、小さくうんと頷いた。

 それを見てから、張本先生は満面の笑みを浮かべた。

 一方佑紀乃は重い息をついた。


「あのね、私が思うにはね、兄さんは幸せには色々な形があるって言いたかったんだと思うの。手に入れる幸せもあれば、忍ぶ幸せもあるというか——」


 言いかけてやめた。

 パーマンは鼻血の止血でそれどころじゃなかったからだ。


「みなさん、ありがとうございます。なんか、元気が出てきました、彼女も所帯持ちでいきなりこんな手紙渡されてきっと戸惑ったと思います。それにもかかわらず、こんな真摯に気持ちを伝えてくださり、私はとても嬉しいです。そう思えたのもみなさんのお陰です、本当にありがとうございました」


 皆一斉に頷いた。

 パーマンは必死に鼻を押さえながら、手を出し、まあいいよ、気にしなくて、といった素ぶりを見せた。


「そうだ、センセも今日来たら? みんなでぱーっと打ち上げちゃわない?」

「あ、それ良いかも。どうですか、先生。これから和気さんの家みんなで行くんですけど」


 メガネちゃんはまだ目を拭いていた。拭きながら全く前が見えない状態で、


「……是非、先生も。せっかくだから、みんなで話しましょ」


 と少しずれた方を見ながら喋っていた。


 だーかーら、勝手に決めんなよ、家主の許可取れって言ってんだろ? というパーマンの声は体操座りでうずくまっていたせいか、黙殺された。


「そうですか、もしよろしければ是非ご一緒させてください」


 よっしゃー、じゃ先行っとくねん、そう言いながらカンナが講義室を飛び出した。

 

——へえ、今日は先生も合流か。こりゃ賑やかになりそうだわ。それにしてもみんな頑張ってるな、それに引き換え私はいつも逃げてばっかり。


 そんな事を考える佑紀乃。

 しかし、佑紀乃はまだ知らない。

 佑紀乃だけがこの後みんなと合流できなくなる、止ん事なき理由が発生するとは。

 避けられない運命の歯車は間違いなく少しずつ動き出していたのだった。


(閑話休題:破滅への螺旋階段 了。最終話「葛城佑紀乃という女」へ続く)

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