捜索:最終日

 雨粒が窓を叩く。

 バケツをひっくり返したような重たい雨が、通行人を嫌という程叩いていた。

 

 駅前のイタリアンレストラン、ピアットで4人はテーブルを囲んでいた。

 1人、クリームパスタを必死ですする男以外、3人は暗い表情を浮かべていた。


「うめー! ここのクリームパスタ、いくらが絶妙なんだよな。サラダのドレッシングも相性ぴったりだし」


 3人はそんな独り言にも耳を貸さず、ぼんやりと視線を落としていた。

 窓ガラスに降り注ぐ雨粒。

 カンナは窓ガラスに反射する色の無い自分の顔を見つめていた。


「……なんか、感じんだよね、あたし」


 佑紀乃がため息を一つついてから、眉を上げる。


「何が?」

「なんか——もう終わりって。今日が最後なんだな、って」


 今日も4人は捜索をしていた。

 しかし大雨という悪条件も重なり、全くと言っていいほど手がかりは掴めなかった。

 メガネちゃんが肩をがっくり落とす。

 

「なんか、わたしこうやって人混みを見ていると、だんだんみんなひよこ豆さんに見えてきました……例えば、あっ!」

「え? 何? いたの?」

「……すみません、ひよこ豆さんかと思ったら、ただ頭が丸い人でした。——ああっ!」

「なになに? いたの?」

「……あぁ、すみません。街灯でした」


 カンナがだるそうに脱力して、椅子にもたれ掛けた


「もう、メガネちゃん勘弁してよ。ほんとに居たのかと……」

「あ! あれって! ……あ、すみません。カーネルサンダースでした」


 カンナが頭のドレッドヘアをごちゃごちゃっとさせた。


「もう、だからー、サンダース兄さんはハゲてねえっつうの」


 その横でパーマンが1人一番乗りでクリームパスタを平らげた。


「よし、そんじゃ俺は先に帰るな。んじゃ!」


 カンナは顔を窓に向けたまま呟いた。


「なんか……嬉しそうだな」


 パーマンの目が泳いだ。


「ひえ? そ、そんなことないぜ。何言ってんだよ」


 カンナが振り向いた瞬間、パーマンは水をかけられることを想定して防御の姿勢をとった。

 しかし、水は飛んでこなかった。


「ありがとな、忙しいのに」


 思いもよらぬ言葉に、パーマンの目の泳ぎが増した。


「い、いや。まあこれくらいな、大したことねえし。じゃあな、みんなも風邪ひくなよ」


 そう言ってお金をテーブルに置いてから、出口へ向かった。

 ドアを抜ける前に、一度だけ3人に目をやった。

 そのどんよりとした空気を見てから、一度だけ口を結ぶ。そして床を見た。

 そのまま何も言わずに大雨の降り注ぐ駅前へ足を踏み出した。


——あぁ、この後予備校で講義の動画見ねえとな、コーヒーでも買ってくかな。


 そんなことを考えながら歩いていたパーマンの視線に、何かが引っかかった。

 それは本能だった。

 気をつけないといけない人物がいる、そう何かが訴えていた。


 雨の中、よく目を凝らす。

 

——うそだろ、まさか……


 パーマンは気付いたら、その人物の背中を追いかけていた。荷物をたくさん抱えている。

 そして声をかけた。


「ひよこ、兄さん?」


 男は振り返らなかった。


 そのまま終わらせることもできた。何も言わなければよかった。

 ただパーマンの胸に何か叩きつけるものがあって、それが彼の背中を強く押した。


「ひよこ兄さん!」


 その大声に、男は立ち止まった。そしてゆっくり振り返る。

 スキンヘッドに薄い眉。

 鋭い目尻が傘の下に浮かび上がった。

 その映像とパーマンの間にさっきから沢山の雨粒が邪魔をする。


 男はじっとパーマンを見つめた。表情ひとつ変えずに。

 二人とも目を合わせたまま、何も言葉を交わさずに数人の通行人が二人の間を通り過ぎた。


「パーマン、こんばんは。どうしたんですか?」


 パーマンは不死川の大量の荷物を確認した。


「ひよこ兄さん。……どこか行くんですか?」


 不死川は口元以外はぴくりともさせなかった。


「はい、ちょっと遠いところへ。この街に戻ってくることはもう無いと思います」

「何でですか。何か問題でもあったんですか?」

「ええ、自分、色々ありますから。自分のせいで周りの大切な人に迷惑かけてはいけないんで。あなた達にもです、一緒に話が出来て、本当に楽しかったです。あなた達のような大切な人たちを不幸な目に遭わせたくないんで」


 ボタボタと雨粒が傘を叩く音が、不規則なリズムで響いた。

 パーマンは胸に広がりつつあるモヤモヤを言葉にできず、ただ黙っていた。


「どうする……つもりですか?」

「どこか別の街でまたバイト先探します。もう慣れたもんです、皆さんにもよろしくお伝えください」


 そう言って、腕時計を確認すると、一つ、パーマンに会釈をした。そしてそのまま背中を向けると、駅へ向かって歩き出した。

 そのシルエットが遠ざかって行く。


 それはまるで深い、海の底に、決して戻って来ることのないその奥底へ沈んで行くようにさえ見えた。


「あの……ちょっと」


 不死川は振り返らなかった。


「……ちょっと、いいですか!?」


 その声は雨粒の中消えた。

 ちょうど不死川の影が見えなくなりそうな時、パーマンは持っていた傘を地面に叩きつけた。パーマンのパーマ頭に大量の雨粒が零れ落ちる。


「おい! ちょっと待てって言ってんだろ!」

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